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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第二部 ロートル冒険者、家を買う

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第十.五話 彼女たちの夜

風邪気味なので、ヒロイン視点の閑話です。

話が進みませんが、お許しを……。

 ぱたんと音を立てて閉じる扉を、エルミアは内側からじっと見つめていた。


 アベルが。愛する人が閉じた扉を。


 思い直して、戻ってきてはくれないだろうか。いや、忘れ物を取りに来たとか、そんな些細な理由でもいい。


 もう一度、顔を見たかった。


 しかし、その願いは叶わない。


 10分以上も立ち尽くしていたエルミアは、さらに5分してからふっと息を吐き、ダイニングへと戻っていった。


 ろうそくの柔らかな光が照らす、幸せだった食卓。


 つい少し前まで、アベルがいた空間。


 それを思うと、自然と笑みがこぼれる。


 少しばかり大胆な告白をしてしまったが、大丈夫だっただろうか。嫌われてはいないだろうか。


 小さな不安に襲われ、エルミアはテーブルに体重を預けた。


 恩人であるマリーベルも、招待した食卓。彼女を世話するアベルを思い出し、エルミアは柔らかく微笑んだ。


 まるで、子を慈しむ母のように。


 そして、無意識に腹に手を当てた。


 吸血鬼(ヴァンパイア)になっても、子供は身ごもれるらしい。


 アベルは、離してはいけない人だったのだ。


 かすがい――繋ぎ止める物は、ひとつでも多いほうがいい。


 自らの思いつきに、エルミアは小さく静かに。


 けれど、確かに微笑んだ。


 いつしか、不安はどこかへ消え去っていた。





 ルシェルは魔法の明かりを消し、ベッドに潜り込んだ。


「理論武装は完璧です」


 しかし、すぐには眠れそうにない。脳裏には、クラリッサを論破……いや、説得するための筋道がいくつも浮かんでは消えていく。


 それは、アベルとルシェルの家からクラリッサの介入を排除するための作戦の骨子。先ほどまで文字に書き起こしていたものだ。


 まあ、アベルとの関係をきちんと説明すれば、聡明なクラリッサなら分かってくれるとは思うが、準備をするに越したことはない。


 それに、様々な反論と、それに対する再反論を考えるだけでも楽しかった。


 それにしても……と、ルシェルは改めて思う。


「姉さんも、クラリッサさんも分かっていません」


 ――と。


 アベルを盛り立てたいという気持ちは分かる。正直に言えば、ルシェルにもある。


 だが、それでは駄目なのだ。


 アベルは、ただでさえも責任を背負いがちだ。そこに、他者からの期待を乗せてはならない。オーバーウェイトになって、潰れてしまいかねない。


 だから、アベルに最適な人物とは、彼を理解し、無理解な外敵から守れる人間なのだ。


「つまり、私なのですが!」


 ベッドの中で、つい宣言してしまう。


 闇に阻まれてはいるが、それは完璧に恋する乙女のそのものだった。





「じゃあ、あとはよろしくね」

「ええ。お疲れ様ですわ」


 先に帰宅する同僚を見送って、クラリッサは作業の手を止めた。


 以前なら、こんな挨拶をされることはなかったし、されたとしてもまともに返しはしなかっただろう。


 最近は、少しだけ取っつきやすくなった。

 そんな評判を立てられていることを思い出し、クラリッサは銀色の髪を指でもてあそぶ。


「まあ、わたくしはなにも変わっていませんが」


 それでも変わったというのであれば……。


 それはアベルのお陰だろう。

 いや、そもそも、今でもこうして受付嬢を続けていられること自体、アベルのお陰と言うほかない。


 継承権はないとはいえ、領主の嫡子として生まれたクラリッサ。

 いや、だからこそ大切に――あるいは、腫れ物に触るように――育てられたクラリッサが、初めて直面した一般社会。


 そこは、不合理で、雑然として、感情が理性を駆逐してしまう世界。


 こちらが正しいはずなのに、ここにはここのやり方があると、非効率なやり方がまかり通ってしまう世界。


 身元は隠されていたとはいえ、いわばコネで入ってきたクラリッサに、冒険者ギルドという場は必ずしも優しくなかった。


 アベルが構ってくれなかったら、今頃、どうなっていたことか分からない。


「恩返しではありませんが、ちゃんとした物件を選んであげなければなりませんわね」


 意識を過去から現在に切り替え、クラリッサはいくつかの間取り図をカウンターに並べた。今は、冒険者もほとんどいない。この程度の公私混同は許されるだろう。


「いえ、わたくしとアベルの家なのですから、まったく公私混同には当たりませんわ」


 アベルの部分だけ小さくささやくように言って、クラリッサは間取り図に意識を傾ける。


 領主の城館で生まれ育ったクラリッサは、小さな家に憧れがあった。

 家が小さければ、食事は暖かなまま食べられるだろう。

 家が小さければ、家族と会うために、わざわざ使用人を介する必要もない。


「しかし、家族が増えることを考えると、小さすぎるのも問題ですわよね……」


 理想と現実のせめぎ合い。

 悩みは尽きなかった。


 仕事中にそんなことができるのも、夜間帯の担当だからこそだろう。


 最近、意図的に夜間帯を多く入れている。

 それは、こうした時間を作るためなのか。それとも、アベルとの将来を見越してのことなのか。


 クラリッサ本人にも判然としないが、、幸せな悩み事はもう少し続きそうだった。

クラリッサの普通っぽさがいい。……良くない?

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