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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第一部 ロートル冒険者、吸血鬼になる

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第十二話 ロートル冒険者、立ち向かう

12話(プロローグ入れたら13話)にして、やっと主人公無双回とか……。

 のそり、のそりと、ランド・ドレイクがアベルたちに近づいてくる。

 真っ直ぐにではなく、曲線を描くように。慎重に、そして、確実に。


 偶然遭遇(ランダムエンカウント)した獲物を、逃すつもりはないと言わんばかり。


 人間を遙かに超える身体能力を備えている上に、ある程度の知性すら有している。Cランクの冒険者であれば、複数のパーティで立ち向かうべき相手。


 とても、一人でどうにかできる相手ではない。


 アベルの冒険者の部分が、最大級の警鐘を鳴らす。


 このままでは、のしかかられて、喉笛を食い破られることだろう。

 かといって、ただ逃げ出そうとしも、背後から襲われて食い殺されそうだ。


 武器を抜いて待ち構えながら、アベルは早速、自らの選択を後悔していた。


 勝った分を全額、属性石にチャージすれば良かった。いや、ベルトポーチの白金貨を囮にしてでも、この場から離れるべきだ。


「なあ、マリーベル? 俺に吸血鬼(ヴァンパイア)の戦いをレクチャーするってのはわかるけどよ。いきなり、あんな大物を相手にする必要はないんじゃねえか?」

「一理あるの」


 月光の下で咲く白百合のような笑顔を浮かべ、マリーベルは優しげにうなずき。


「ところで、そうやって逃げ続けて、どこへ行くと言うんじゃ?」


 優しげに、退路を断った。


「うっ」

「そもそも、あの程度の獣。逃げる必要もないわ」

「そうだよなー。いつも中途半端なんだよな俺はなぁ。ほんとになぁ、あの時も、もっと別の……」

「いきなりフラッシュバックするでないわッ!」


 耳元で叫ばれ、アベルは思わず背筋を伸ばした。

 そのタイミングを逃さず、マリーベルはレクチャーを無理矢理始める。


「アベル、吸血鬼(ヴァンパイア)となった汝は、我らの根源たる『命血』(アルケー)を感じることができるようになっておる」

『命血』(アルケー)?」

「うむ。先ほど使用した血制(ディシプリン)は、精神的あるいは魔術的なものじゃった。今回は、分かりやすく肉体的な力で『命血』(アルケー)を実感してもらうとするかの」

「……具体的には、どうすんだよ?」

「体内の血を意識せよ」

「いや、血って言ってもよ」


 血液は、心臓から送られ、全身に張り巡らされた血管を通して、指先にまで達する。

 それくらいのことは分かるが、知っているのはそれくらいでしかない。


「そうじゃ、まず、心臓よ。他の不死人(アンデッド)どもとは違う。血が流れ、心臓が鼓動するは、吸血鬼(ヴァンパイア)のみが特権と心得よ」


 慎重にこちらを品定めしているランド・ドレイクから目をそらさず、アベルはマリーベルの言葉を咀嚼する。


『要するに、変な吸血鬼(ヴァンパイア)パワーを使うには、自分の血を意識しなきゃならんわけだな』

『……まあ、その通りじゃ』


 念話に切り替え、代わりに、アベルは口を呼吸のために使用する。


 大きく息を吐き、ゆっくりと息を吸う。

 空気を全身に行き渡らせるようなつもりで、体の内部を意識した。


 心臓を中心に、血が全身へ流れていくイメージ。


 怪我をすれば、その部位から血が流れる。つまり、血液は、そこまで達している。


 それを身をもって知るアベルにとっては、さほど難しい想像ではなかった。


『肉体の支配者は、血だ』


 やがて鼓動と呼吸が同調し、生命属性であることを示す属性石の指輪を中心に、熱を感じ始める。

 これが、『命血』(アルケー)なのか。


「良い」


 マリーベルが、短く賞賛の言葉を発した。

 それで、アベルは正しい道を歩んでいることを知る。


 短いが、疑う余地のない肯定。


 それは、アベルにプリミティブな喜びを与える。


 だが、ランド・ドレイクには関係ない。まったく、欠片も無関係。

 アベルが一段上の境地に達したことなど、知らず。知っていたとしても、行動を変えることはなく。


 動かぬ獲物に向かって、突如として、牙をむいた。

 突然の、同時に自然な攻撃への切り替え。


 アベルが体内の血に気を取られていなかったとしても、避けられたかどうか。


 宝石をも砕く牙が、アベルの左腕にかぶりとかみつく。


吸血鬼(ヴァンパイア)は、白木の杭を除けば銀や魔化された刃しか通さぬ。それは真実であり、誤りでもある」


 ランド・ドレイクの牙は、確かにアベルを捕らえていた。


 人の肉など、骨など、ランド・ドレイクの咀嚼力の前には、薄紙同然。宝石や金貨すらかみ砕く顎の力で、アベルの左腕を食いちぎろうとする――が。


 牙は、その肌を通らず。


「体内の血を燃やし血制(ディシプリン)を発動させ、暫時肉体を硬化させる。強力な吸血鬼(ヴァンパイア)は、陽光や白木の杭すら寄せ付けぬ」


 ランド・ドレイクがどんなに引っ張っても、腕一本食いちぎることもできない。


「これ即ち、《金剛(フォーティテュード)》の血制(ディシプリン)なり」


 気付けば、アベルの腕は赤い靄のようなものに覆われていた。


 その得体の知れなさに、ランド・ドレイクは飛び退る。

 アベルは追おうという素振りも見せず、さっきまでかみつかれていた左腕をまじまじと眺める。


 左腕を覆う赤い靄。


 これが、《金剛(フォーティテュード)》の血制(ディシプリン)を使用したという証。

 これが、自分が引き起こした現象で、飛び退ったランド・ドレイクがその結果。


「はー。大したもんだ、吸血鬼(ヴァンパイア)

「ようやく気づいたか」

「ああ。犬に甘噛みされてるのかと思ったぜ、マジで」


 左腕を振って健在をアピールし、犬歯こそ生えてはいないが、アベルはどう猛な笑みを浮かべた。

 エルミア――元妻で、元パーティメンバー――が見たら、複雑な感情を抱くだろう表情を。


「さて、アベルよ。もう、分かるな?」

「言葉にはできねえけど、なんとなく分かるぜ」


 幾分小さくなってしまったが、属性石の指輪の中心に、熱い血塊が存在している。本来はあり得ないはずだが、それが事実として感じられた。


 吸血鬼(ヴァンパイア)の根源たる『命血』(アルケー)


 これをどうすればいいかも、本能で理解している。


 瞳を閉じ、『命血』(アルケー)を燃やすイメージを浮かべた。

 瞳を開き、それをショートソードを持つ右手に集める。すると、今度は、右腕に赤い靄が集中した。


吸血鬼(ヴァンパイア)は、理性持つ怪物である。怪物ゆえ、不死身で、そして、力が強い」


 無造作にランド・ドレイクへ近寄ると、アベルは刃を縦にして堅い堅い鱗へと突き立てた。


「これ即ち、《豪力(ポテンス)》の血制(ディシプリン)なり」


 安物ではないが、ただのショートソード。

 それが、えりまき状に重なった堅い鱗を事も無げに貫通し、ランド・ドレイクの首筋に深々と埋まっている。


 刃が鋭くなったわけではない。


 ただ、《豪力(ポテンス)》の血制(ディシプリン)によりもたらされた規格外の力が、装甲を突破した。

 単純で、それだけに覆すことのできない事実。


 狩る者と狩られる者が、逆転した。


 完全に気圧されたランド・ドレイクは、その場で痛みにのたうち回る。


 のたうち回り、高く鋭い悲鳴を上げ――猫科の肉食獣のしなやかさで、逃げを打った。


 賢明な判断。懸命な行動。


吸血鬼(ヴァンパイア)は、理性ある。しかし、人知を越えた怪物である。怪物ゆえに、不死身で、力が強く、そして、目にも止まらぬほど素早い」


 ただし、それが許されるかは別の話だ。


「それ即ち、《疾風(セレリティ)》の血制(ディシプリン)なり」


 アベルの両足。くるぶしの辺りまでが、赤い靄に包まれる。


 次の瞬間。


 予備動作もなにもなく、一瞬でアベルが加速した。《瞬間移動(テレポート)》と見まがうばかりの動きで、あっさりとランド・ドレイクに追いついた。


 アベルが早いのか。世界が縮んだのか。


 確かなのは、体内の血塊を燃やしたアベルが、間合いに入ったという事実。


 ランド・ドレイクは、その場で跳躍し、体を反転させ頭上からアベルへ襲いかかる。


 本能的な攻撃行動。


 それは偶然のフェイントとなり、起死回生の一撃で窮地を脱することすら可能だったかもしれない。


 ――相手が、アベルでなければ。


 まるでそれを予期していたかのように、アベルは動じない。


「《豪力(ポテンス)》」


 冷静に、マリーベルのアシストなしに血制(ディシプリン)を発動。

 『命血』(アルケー)を燃やし、属性石の指輪を通して体内の血のエッセンスが流れ、左手が赤い靄で覆われる。


 アベルはそれをほとんど意識せず、もう一本のショートソードで正面からランド・ドレイクを斬りつけた。

 魔法の武器でも、こうはいかないだろうというというぐらい簡単に。スポンジケーキを切るぐらい手応えもなく。


 さらに、返す刃でその堅固でしなやかなランド・ドレイク肢体を両断した。


 文字通りの血の雨が、アベルへと降り注ぐ。


 悲鳴すら上げられず、ランド・ドレイクはその場に落下した。


「……すげえな、吸血鬼(ヴァンパイア)


 べったりと血を浴びながら、呆然とアベルがつぶやいた。

 ランド・ドレイクの死体など、眼中になかった。意識しているのは、結果だけ。


「無敵じゃねーか、吸血鬼(ヴァンパイア)。なんで、神様に負けたんだよ?」


 これが自分の実力でないことは、よく分かっている。だからこそ、吸血鬼(ヴァンパイア)血制(ディシプリン)のすさまじさが身にしみた。


「うむ。実感できたようで余は嬉しいぞ」


 そう言いつつも、マリーベルは内心で舌を巻いていた。


 転変して、わずか一夜。


 わずかな期間で、ここまで血制(ディシプリン)を使いこなすとは、マリーベルも予想外だった。


 それは、アベルの適正か、主神との大戦末期に改造されたマリーベルの特異性ゆえか。


 どちらかは分からないし、どちらでもある可能性もあった。


 確かなのは、心ならずも吸血鬼(ヴァンパイア)へと変じてしまった彼の役に立つだろうこと。


 冒険者を廃業するにしろ、続けるにしろ。


 そう。マリーベルのささやかな。本当に取るに足らない希望からすれば、続けても止めても構わないのだ。


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