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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第一部 ロートル冒険者、吸血鬼になる

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第十一話 ロートル冒険者、夜の森を行く

「それでアベル。クラリッサという女子(おなご)とは、一体どんな関係なのじゃ?」

「冒険者と受付嬢だよ。話聞いてれば分かるだろ?」

「話を聞いて分かるのは、クラリッサとエルミアとやらとの間で、なにやら確執があるということだけなんじゃがのう」

「ねえよ」


 明かりも持たずに森へと分け入りながら、アベルは不機嫌そうに言った。

 ない。なにもない。あるはずがない。


 言葉から、そんな感情がにじみ出ていた。


「ま、本人が気付いていないうちに……ということもありえるしのう」

「なんだよ、その『……』は。やめろよ、『……』は。縁起でもない」

「縁起がないのは仕方あるまい。なにせ、余は吸血鬼(ヴァンパイア)であるからのう」


 アベルの肩に腰掛けながら、からかうように言う血の親。

 これ以上の深入りは避けるべきだろう。


 二人の女性のことは一時忘れ、アベルは周囲を取り囲む木々へと視線を彷徨わす。


「南の大森林に行くのは構わねえけどよ」

「一体、なにをさせられるのか気になっている。そんなところかの? おっと、その先は右側に折れて、道なりに進むのじゃ」

「分かってるんなら、もったいぶらずに言えっての。そういうところだぞ、マリーベル」


 もっともらしくうなずきながら、アベルは指示通りに下生えを踏み越え森の奥へと進んでいく。


 その足取りに、迷いはない。


 吸血鬼(ヴァンパイア)の視覚は夜でも関係なく、吸血鬼(ヴァンパイア)化したことによって底上げされた筋力と耐久力が下支えする。


 結果、夜の獣道をかなりのスピードで進んでいくこととなった。森林衛士に目撃されたら、モンスター扱いされるかもしれない。


「確かに、モンスターの一種ではあるか」

「なんの話じゃ?」

「いや、なにを遠慮してるのか知らねえが、俺にやらせたいことがあるんなら、好きに命令すりゃいいと思うけどな……と思っただけだ」


 考えたいたことを正直に言えば、マリーベルから不興を買うことは間違いない。そのため、アベルは話を元に戻す。


「ほう。血の絆に気づいておったか」

「いや、それがなんなのかは知らねえけど、なんか逆らえないところがあるのは分かる」

「そこまでの強制力もないがの」

「それも分かる」


 思いのままに操るというレベルであれば、酒場で飲み食いなどできなかったはずだ。

 行動を示唆し、それが無理なものでなければ自然と受け入れられる。その程度のものなのだろう。


「……怒らぬのか?」

「実害はないからなぁ」


 なにに対して怒ればいいのかと、アベルがうそぶく。


「余は、打ち明けることもできたのじゃぞ?」

「世界中の秘密を全部知らなきゃ生きていけないか? ナイーブすぎだろ。生きるのに向いてねえよ」

「……器がでかいのか、単なるあほうなのかよく分からんな」

「あー。体は疲れないけど、なんか、歩くのが面倒くさくなってきたな」


 下手な照れ隠しに、肩の上のマリーベルが苦笑した。

 あきれたような表情のまま、アベルが作った流れに乗る。


「こらえしょうがないのう。……っと、このまま行くと、大岩に出くわす。そこを左に曲がるんじゃぞ」


 夜の森は、静かだった。


 虫も動物もアベルと小さなマリーベルに遠慮をしているのか、二人の話し声だけが静寂に響いている。


「とりあえず、夜でもはっきりと見えるのは便利だな。色は付いてないけどよ」

「あの街は、やたらと明るいからの」


 アベルの肩に座っている小さなマリーベルが、小さく唇をとがらせた。

 魔法の明かりに実害はないが、思うところはあるらしい。


「じゃが、吸血鬼(ヴァンパイア)の力は、それだけではないぞ? 今はまだ、汝の体は眠っている状態。これから一気に目覚めるのじゃ」

「いぎたないにも、ほどがあんだろ」


 その声には、不信感が満ちていた。


 そもそも、大きく変わってはいないというだけで、体の調子はすこぶるいい。陽光に当たれないことを除けば、若い頃――全盛期と比べても遜色がないくらいだ。


「バカオロカ!」

「意味かぶってんだろ、それ……」

「余の継嗣たる汝の力が、その程度のはずがあるまい」

「そうなのか? というか、マリーベルって、そんなにすごい吸血鬼(ヴァンパイア)なのか?」


 肩に乗っていた小さなマリーベルの動きが止まった。

 アベルは変わらず夜の森を進んでいたため、マリーベルが肩の上でつんのめる。


 しかし、それに文句を付けるでもなく、真剣と言うよりは深刻な顔で恐る恐る口を開く。


「……言うておらなんだか?」

「名前ぐらいしか聞いた記憶がないが」


 マリーベル・デュドネ。

 王とか自称していた気もする。


 それから……。


「アンテなんとかヴィアンとか言ってたか?」

前世界より生ける者(アンテデルヴィアン)じゃ。文字数増えておるではないか!」

「ああ、それだ。神様とやり合ったみたいな話もしてたし、長生きなんだろうなとは思ってるけど……」


 そもそも、言葉通りにすべて信じろというのは無理がある。

 そんな昔から生きているだなんて、吸血鬼(ヴァンパイア)にしても、盛りすぎだ。


「デュドネといえば、闇の社交界では知らぬ者なき家名ぞ?」

「知るわけねえだろ、太陽の下に出てきてから物言え」


 自分の境遇を棚に上げ、アベルは辛辣な正論をぶつけた。


 前世界より生ける者(アンテデルヴィアン)として、イスタス神群による世界再編以前より長らえてきた、貴種のプライド。


 それを完膚なきまでに破壊されたマリーベルは、孫に昔話をする祖母のような語りで自らの存在をアピールしようとする。


「あのな、吸血鬼(ヴァンパイア)というのはの。長く生きれば生きるほど、神祖に近ければ近いほど強力な力を持っておってな」

「へー」

「汝は生まれたてじゃが、血筋は神祖にかなり近いんじゃぞ? 羨望の的じゃぞ?」

「ほー。そうなのか。すごいな」

「雑ッ!」


 ぞんざいだと言われても、アベルは涼しい顔。

 エルフやドワーフの持つのと同等な暗視能力に感心しつつ、歩みを止めない。


「でえい! その身にしっかりと我が一族の歴史を刻みつけてくれるっ!」

「そういう家柄自慢とか流行らないぜ。もっと未来を生きようぜ」

「適当に吸血鬼(ヴァンパイア)のあり方を否定するでないわ!」


 神祖から数えて、何代目なのか。

 どの氏族に属し、誰の血族なのか。


 それは吸血鬼(ヴァンパイア)社会では、なによりも重要なファクター。少なくとも、マリーベルは、彼女の血の親から、そう教えられた。


 それをアベルは取るに足らないもの……とすら考えず、その場のノリで否定した。


「これだから、最近の若者は……。これが、応報の世代か。ゲヘナの炎に投げ込まれても知らんぞ」

「専門用語で嘆かれても、リアクションに困るなー」


 吸血鬼(ヴァンパイア)社会には、いつか神祖が目覚め、ゲヘナの炎で子孫を罰するという伝説がある。応報の世代と呼ばれる、伝統や格式をないがしろにする吸血鬼(ヴァンパイア)が増えるのがその予兆だとされていた。


 アベルはそれを知らないが、とりあえず、炎に投げ込まれたくはなかった。今となっては、きちんと死ねるかも怪しい。


「まあ、良い。そこの大木は左側から進むのじゃ」

「はいはい」

「うむ。きりきり進めい」


 何度かマリーベルの指示を受け、夜の森を進むこと約一時間。

 唐突に、視界が開けた。


 森の中にぽっかりと出現した空白地。

 広場と呼んで差し支えない空間は木々の侵入を拒んでいるようで、建物の基礎部分だろうか。欠け、朽ちた石材がぽつりぽつりと点在していた。


「こんな場所があったなんて、聞いたことねえな」


 南の大森林には、アベルが訓練生(トレイニー)だった頃。それに、教導役として訓練生(トレイニー)を連れて何度も来ているが、こんな場所は噂にも聞いたことがない。


 伸び放題の雑草を月明かりが照らし、なんとも物悲しい雰囲気だ。


 アベルはバックパックから火口箱を。ポーチから紙巻きの煙草を取り出して、火を着けた。


 夜の森に、蛍のように微かな明かりが生まれる。


「ふう……。古い砦かなにかの跡か?」

「いや、離宮だった場所じゃよ」


 どうやら、旧時代の遺跡だったらしい。

 基礎部分しかなく、金目の物も見当たらない。となると冒険者ではなく歴史学者の領分だが、貴重なことには違いなかった。


「ここなら、多少暴れても人目につくことはあるまい」

「神さまが世直しに来る前は、遊びに来たりしてたのか?」

「うむ。叔父上主催の夜狩りに興じたりの」

「それはそれは」


 狩りの対象が、なんだったのか。

 容易に想像できるが、口にするのははばかられる。


 ごまかすように、アベルは紫煙を吐き出した。


「む。誤解しておるな? 余らは賭けるだけだぞ。奴隷からの解放を餌に、人間に人間を狩らせていたのじゃ」

「あー。そりゃ、イスタス神に粛正されるわ」

「うむ。余も、今は反省しておる」


 今となっては暗黒の歴史ではあるが、それでも、マリーベルにとっては懐かしい思い出なのだろう。

 それに、過去の行いを現代の倫理で裁くのは誤りだ。冒険者稼業だって、何百年も先の人間からは、野蛮な行為だと非難されるかもしれない。


「なに、他に心当たりの場所がなかっただけよ。思い出など、下らぬ単なる感傷でしかないわ」

「感傷だって、拠り所のひとつだろ」


 肩のマリーベルに煙がいかないよう配慮しつつ、アベルは肯定した。


 吸血鬼(ヴァンパイア)が感傷を抱く? どこに問題があるというのか。逆よりよほど、人間味があって良い。


「いいじゃねえか。吸血鬼(ヴァンパイア)だって、地上に思い出の場所がひとつぐらいあるさ」

「ふんっ。新参者(ニュービー)に心配されるとは、血の親失格じゃな」

「失格の場合、親子関係解消してくれたり……」

「せんわっ!」


 と、マリーベルが吼えたせいではないだろうが。


 のそりと、そのとき、一頭の魔獣が姿を現した。


 ドラゴンのような鱗と、虎のような肉食獣の優美さを兼ね備えたモンスター。

 闇の中赤く輝く瞳には、憤怒が宿っている。


「うげっ、ランド・ドレイク」

「ほう、知っておったか」

「実際に戦ったことはないが、有名だぜ」


 アベルの言う通り、冒険者たちの間の知名度は高い。

 もちろん、悪い意味で。


 ドラゴンは金銀財宝をため込むが、その亜種とも下位種とも呼ばれるランド・ドレイクは異なる習性を持つ。


「やつら、宝石でも金貨でも、バリバリ食うって話じゃねーか」

「ともに、金銀財宝を愛していることには変わるまい?」

「大違いだよ、バカたれ」


 金銀財宝を美女に置き換えてみれば、その違いは歴然。


「なんじゃ、さっきは金が減って喜んでおったくせに」

「使って減るのとは違うんだよ!」


 誰かに奪われるとなると、途端に惜しくなる。

 これは、美女と同じだろうか。


「こんなに早く出てくるとは思ってはおらなんだが、ちょうど良い。余のアドバイスを聞いて、しっかり励むんじゃな」

「ちっ」


 どうやら、逃げるという選択肢は選ばせてくれないらしい。

 というよりは、戦う以外に選択肢はないのか。


 身をかがめ、ショートソードを抜いたアベルが、ランド・ドレイクと対峙する。


 まだ半分以上残っている紙巻き煙草を地面に投げ捨て、恨めしそうに踏み消した。

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