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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
番外編

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番外編1 ロートル冒険者、本当のことを言えなくなる

完結してから1000ptも増えたので、感謝の番外編です。

「さささ。まずは、一献」

「お、おう」


 とぽとぽとぽと、魅惑的な音を立てて酒がグラスへと注がれていく。

 アベルの目の前で、透明な酒の水位が増していった。グラスは木製の升に置かれているという不思議なスタイルだが、風情が感じられる。


 酒の甘い匂いも良い。蠱惑的だ。


「ローティア、こぼれるぞ」

「それがいいんですってば」


 もったいないと騒ぐ吸血鬼(ヴァンパイア)を、鎧が得意げに押しとどめる。案の定、注ぎすぎた酒はグラスからこぼれ落ち、升の中へと落ちていった。


 ぎりぎりに留めるつもりは見て取れない。むしろ、どれだけ溢れさせられるかという気概を感じさせた。


「おお、なるほどなぁ」

「お得な気分になりますでしょう?」

「なるなる」


 酒のこととなると、アベルはますます単純になる。

 異次元に存在するという、スヴァルトホルムの館。その応接室でローティアから理由もなく接待を受けていても、不審に思うことはない。


「それじゃあ、早速」

「どうぞどうぞ」


 ここまでなみなみ注がれると、持ち上げることも難しい。

 アベルは躊躇を見せずに、口を直接グラスにつけてローティアが注いだ酒を飲む。


 途端、口いっぱいに華やかな香りが広がる。一拍遅れてやってくるのは、爽やかな酸味と雑味のない苦味。

 その頃には酒は喉を流れ落ちていって、胃の腑に染みこんでいった。


 度数の強い酒を飲んだときのような強烈な熱はない。

 ただ、暖かな陽光の下で午睡しているような暖かさがあった。


「これが、古代の酒か……」

次元航行船(プレインクラフト)で保管していた物ですから、腐っても熟成してもいませんよ」

「ああ。こいつは美味い。初めて飲むが、美味い」


 今度は、升ごと手にしてぐびりとやる。


 これまた美味い。アベルは、思わず身震いしてしまう。


 升にこぼれた分を口にすると、木の香りがして、これまた美味い。


「いい酒だな」


 瞬く間に飲み干してしまった。


「おかわり、いかがです?」


 断る理由はない。注いでくれるのが、全身鎧だったとしてもだ。


「……もう、充分だ」

「はいはい……って、おやぁ?」

「いやいやいやいや」


 思っていたこととは正反対の言葉に、アベルは


「……は。もしや、今日は四の月の朔日なのでは」


 確かに四月一日だが、それがそれがなんだというのか。


「それは、四月一日に飲むと、本当のことが言えなくなるお酒です」

「それは毒じゃなくて、確かに酒で間違いないな(それは酒じゃなくて、毒だろ!)」

「あー、はい。なるほど。間違いないようですね」


 翻訳してからになるので若干理解までタイムラグがあるが、ローティアはアベルの言わんとするところを完全に理解した。


「大丈夫です。エイプリルフールは午前中で終わるものですから」


 エイプリルフール。ヴェルミリオ神が異世界から持ち込んだというイベント。

 アベルも存在は知っていたが、すっかり忘れていた。冒険者がやると、騙された人間が実力行使に出かねないのだ。


「ここは、外と時間の流れが一致してるから、今は午前中で間違いないな(ここは、外と時間が逆転してるから、外基準ならとっくに夜だぞ!)」

「うんうん。そうですよね」


 ローティアは、またしても、アベルの言わんとするところを完全に理解した。

 理解した上で、本当のことを言えなくなる酒を手にして尋ねる。


「まあ、長くても半日ぐらいで終わりますから。ところで、飲みます?」

「飲むか!(飲む!)」

「はいはい。今、注ぎますですよ」


 やけ酒で飲むにはもったいないが、飲まずにはいられない。

 アベルは酒瓶を奪って手酌で飲み、ローティアは解毒剤を探しに次元航行船(プレインクラフト)へと戻っていった。





「なんだ、アベル。ローティアの秘蔵の酒を試飲するんじゃなかったのか?」


 その数分後。


 日課の訓練を終えたエルミアが、スイングドアを押しながら応接室を眺めやった。ソファに座るアベルがいるだけで、ローティアの姿はない。

 たまに屋敷の風景に馴染みすぎて見つからないこともあるが、今回は違う。


「エルミア!?」


 なぜ、こうなることを予測していなかったのか。

 アベルは、己の迂闊さに天を仰いだ。酒は手放さずに。


 とにかく、変な誤解を生む前にこの場から離れなくてはならない。


「こっちへ来てくれ(俺に近づくんじゃない)」

「アベル……。私の聞き間違いか?」

「いや、違わない(違うって!)」


 エルミアの、エルフ特有の白い肌が紅葉のように真っ赤に染まった。運動直後だからではない。それくらい、アベルにも分かる。


 このままだと、致命的な過ちにつながってしまうということも。


「エルミア、抱きしめて欲しい(とにかく、俺から離れるんだ)」

「ひゃうっ!」


 アベルの情熱的な誘い文句に、エルミアは垂直に飛び上がった。


「ちょ、ちょっと湯浴みをしてくる!」


 嬉しい。嬉しいが、汗が気になって仕方がない。

 乙女のようなことを気にするエルミアが、乙女にはできない具体的な想像をたくましくして応接室から出て行った。


「やべぇ……。こいつは、マジでやべえ……」


 シャークラーケンにも、エレメンタル・リアクターにも。ましてや、イスタス神にも感じなかった脅威を憶える。


 例えるなら、初対面のスーシャ級の脅威だ。


 しかし、それはまだ終わりではない。


「アベル、なにやらエルミアが赤い顔をして出て行ったが、どうしたのじゃ?」


 入れ替わりに応接室を訪れたのは、大きなマリーベル。

 黒いドレスを普段着にしても、その美しさは、いささかも色褪せることはない。


「…………」


 反省を活かし沈黙を選ぶアベル。


「なんじゃ。もしかして、また大きくなった余は違和感があるなどと思っているのではあるまいな?」

「…………」

「なんとか言うては、どうじゃ」


 これ以上の沈黙は逆効果。

 アベルは、目を逸らしながらゆっくりと口を開く。


「そんなことはないさ(めちゃくちゃ思ってる)」


 端から見れば、恥ずかしさをこらえているかのように。


「お、そ、そうか。それなら良いのじゃ、それならの」


 予想外の返答に、マリーベルのペースが乱れた。

 どうやら、正解だったようだ。


 とはいえ、今回は本当のことを言えなくなる酒のお陰で助かっただけ。あまり喋っては、ぼろが出る。


 口は災いの元と、アベルは再び沈黙を選んだ。


 奇妙な空気が、二人きりの応接室を包む。


「じゃが、あれじゃろ。実は、小さな状態のほうが落ち着くなどと思っておるんじゃろう?」

「マリーベルはマリーベルだろ(正直、小さなマリーベルのほうが慣れ親しんではいる)」

「な、にゃ、な、にゃ」


 言葉に詰まり、意味を成さない音だけが漏れる。

 いや、最後までそれは変わらなかった。


「なんじゃワレーー!」


 チンピラのような捨て台詞を残して、マリーベルはドレスの裾をひるがえしながら一目散に駆け出していった。


 あとには、呆然とするアベルが残される。


「旦那様」


 いや。扉の辺りに、もう一人いた。マリーベルの有能にして忠実な執事が。


「ウルスラ、これは……」

「…………」


 男装の執事は、なにも言わない。

 なにも言わずに、ぐっと親指を立てるとスイングドアから身を翻した。


「家にいなきゃ(家から出よう)」


 言葉とは正反対の行動に出たアベルだったが、遅きに失した。

 館から出ようとしたその時、入り口の扉が大きく開き、クラリッサとルシェルが帰ってきたのだ。


「アベル、いいところにいましたわ!」

「……本当にやるんですか?」

「…………」


 アベルは、悪い予感しかしなかった。

 しかし、今の状態では説明もできない。


 なぜ、ローティアを帰してしまったのか。


 後悔に苛まれるアベル――昔は、寝ようとするたびそうだったのだが――に、クラリッサ満面の笑みで言った。


「お父様が、この後すぐに会いたいって言ってきましたの。協力してもらえ――」

「――今すぐ行こうか(なんとか延期できねえか?)」

「あう、あう……あれ?」


 冒険者の間ではメジャーではないエイプリルフールだが、冒険者ギルドではその限りではない。

 同僚の受付嬢と盛り上がり、アベルに仕掛けることになった小さな嘘。同時に、男が男親に会いに行くという意味も、しっかり教えられていた。


 ルシェルもそれを聞いていて、アベルの好感度が下がるだけだと止めたのだが……。


「なんだか、予定と違いますわよ?」


 まさか、アベルが本当のことを言えなくなっているとは思いもせず、まともにカウンターを食らってしまったクラリッサ。


「ごめんなさい、嘘ですわーーー」


 罪悪感に苛まれ、クラリッサは二階の私室へと駆け出していった。


「あー」


 どうしたものかと、アベルは再び天を仰いだ。

 このあと、どうフォローすべきか。というか、フォローすべき相手は、エルミアやマリーベルもだった。


 そして、この場には、ルシェルもいる。


「義兄さん、おかしな状態異常を受けていますね」

「なにを言ってるんだ、ルシェル(なんで分かるんだ、ルシェル)」

「義兄さんのことなら、だいたい分かります」


 根拠なく言い切る義妹だが、このときばかりは頼もしい。


「今日はエイプリルフールですし、嘘しか言えなくなったとか、そんなところでしょうか……」

「そんなこと、ありえるはずないだろ(いやちょっと、待て、なんでそこまで分かるんだよ)」


 頼もしいことは頼もしいが、頼ってしまっていいのかという疑問も湧いてくる。

 だが、ルシェルは目を細め、背伸びをしてアベルのうなじに顔を寄せてきた。まるで、匂いをかぐクルィクのように。


「姉さんとマリーベルさんとも話していますね?」

「いや、見てないな(その通りでございます……)」

「分かりました。後のことは、私が処理します。義兄さんは、お部屋で待っていて下さい」

「はい(はい)」


 本当のことを言えなくなる酒で、本当のことを言えなくなったはずなのに、真実と嘘がひとつになってしまった。





「ご主人様ご主人様」

「スーシャか……」


 ルシェルに言われて部屋に戻ったアベル。

 そこでは、珍しくスーシャがコフィンローゼスから外に出ていた。


 そのスーシャの姿を見て、アベルは安堵した。

 そして、安堵した自分に驚いた……が、すぐに考えを改めた。


 安堵した理由に気付いたのだ。


 スーシャなら、なにを言っても大丈夫なことに。


「大丈夫ご主人様の状態は把握している」

「えー」

「だから、お願いはひとつだけ」


 便乗する気満々のスーシャが、その場にひざまずき手を組んでアベルを上目遣いに見た。

 こういうところの思いきりは、本当に真似できない。したくもないが。


「スーシャのこと好き?」

「わりと好きだぞ(正直、微妙)」

「わふんっ」


 スーシャは、ひざまずいたまま横に倒れ込んだ。


 嘘でも、好きと言われればそれなりに嬉しい。

 仮に嫌いだと言われたら、それは好きと言うことになるので素直に嬉しい。


 二段構えの抜刀術にも似た、完璧なシナリオ。


 スーシャは、満足そうに身もだえしている。


「あれ? スーシャと二人きりで嬉しいな(ルシェルが説明してくれるまで、このスーシャと二人きりなのかよ……)」


 一時間後。

 ルシェルの説明あるいは説得が奏功し、館を包み込んでいた混乱状態は正常化した。


 ただし。


「来年に向けて、例のお酒のリクエストが皆さんから入ったんですけど、どうすればいいでしょう?」

「全部、今のうちに飲もう」


 元凶であるローティアからの問いに、アベルは即答した。

スーシャは前向きだなぁ。

というわけで、今後も、こんな感じの番外編を更新できたらいいなと思っています。


完結しましたが、これからもよろしくお願いします。

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