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秋の恋は紅葉の如く燃え上がる

作者: Kazuya2009

 夏が終わり、秋も中ごろ。

 葉は朱に染まり、衣替え。

 木々にとっては秋こそ夏のごとく赤々と燃え上がる。

 花を咲かせない木々にとってもっとも自身を美しく見せるのがきっと秋なのだろう。


 時間は夕方の四時を回ったところだった。

 文化祭実行委員の高田正樹は、最後の準備のために残っていた。

 翌日の出し物はクレープ屋。

 女子達の気合いも十分で、正樹もやりがいを感じていた。

 一学期に嫌々ながら引き受けたこの仕事も今は楽しいと感じている。

 正樹のクラスは校庭校舎よりの場所にテントを張っていた。

 その場所で必要な備品のチェックを入れながら、正樹はふと空を見上げる。

「綺麗なもんだ」

 夕日に染まった真っ赤な空。

 かえでの木々が夕日によってその赤い葉をますます朱に染めていた。

 その夕日を受けながら正樹はチェックを進める。

「よし、だいたい揃ってるな」

 そう呟くと、チェックシートを持って教室へ。

 校舎の中はまだ残っている生徒が多い。

 明日に向けての準備に熱を上げる生徒はたくさんいる。

 正樹はそんな彼らを見ながら、文化祭実行委員をやって良かったと思った。

 教室に入る。

 当然、正樹以外は全員帰っている。

 そんな中、一人教室の窓から外を眺める女子がいた。

 セミロングの髪が朱に染まっていた。

 背は高校二年生として平均的な感じの女の子。

「竹島さん?」

「え!」 

 その声に驚くように竹島栞は振り向いた。

 目に涙を溜めていたのか、振り向いたときに涙の雫が夕日で光を放ちながら床に落ちる。

「ど、どうしたの?」

「あ、な、なんでもない!」

 そう言って慌てて教室を出て行こうとしたせいか、足を挫いて転んでしまう。

「痛っ…!」

「ちょ、大丈夫か!」

 正樹はそんな栞を見ると急いで駆け寄った。

「大丈夫だから」

 目に涙を溜めながら、正樹を手で制した。

「ホントか?」

「うん、大丈夫」

 そう言いながら立とうとするが、足に痛みが走って立ち上がれなかった。

「痛っ!」

「やっぱりダメじゃんかよ。俺、清水先生を呼んで来る」

 清水先生は保健医だ。

 今日のような日は必ず待機している。

「ダメ!」

 教室に響き渡る栞の叫び。保健医を呼ぶなということだった。

「…。何かあったのか?」

 その叫びに何かがあったことだけは正樹も分かった。

「…」

 しかし栞は黙ったまま、俯くだけ。

 そして、また肩を震わせながら声を殺して泣き出してしまう。

「俺、シップと包帯を貰ってくる。一〇分くらいは戻らないよ。あと扉は閉めておくから」

 時間をやるから泣くだけ。

 そういうニュアンスだけ残して、正樹は教室のドアを閉めた。

 保健室には幸いその清水先生はいなかった。

 どうやら他の教室でけが人が出たらしい。 正樹は棚からシップを探し出し、包帯も探し出す。

「清水先生、何をやったんだ?」

 椅子に座ると、正樹は軽くため息を付いた。

 あの様子だときっと栞は失恋した。

 そう思わざるを得ない反応だったと正樹は思った。

 清水先生はかなり女子生徒から人気が高い。告白されてもおかしくないのだ。

「先生も大変だよな…」

 壁に掛かっている時計を見る。

 時間はそろそろ一〇分だった。

「戻るかな」

 そういうと正樹は再び教室へ戻ることにした。


 教室に戻ると、栞は床に座り込んだままいた。

 もしかしたら帰っているかもしれないと正樹は思っていただけに安心とわずかなプレッシャーを感じていた。

「シップ、自分で貼れるか?」

「…わからない」

「貼ってやろうか?」

「うん」

 力の無い返事しか返ってこない。

「椅子に座れるか?」

「…うん」

 そういうと机に掴まりながら立ち上がって椅子に座った。

「上履きと、靴下脱がせるけどいいな?」

「うん」

 正樹はそういうと栞の前にしゃがんだ。

 ふわっと女の子特有の甘い香りが正樹の鼻をくすぐった。

 やや理性が飛びそうに成るのを、栞から見えないように自分の足を思いっきり抓ると理性を取り戻す。

 そっと栞の足を掴むとゆっくりと上履きを脱がせていく。

「うっ」

「少し我慢してくれ」

 少し痛みに顔をゆがめる栞に正樹はそう声を掛けると上履きを脱がせた。

 だが、次が問題である。

 靴下だった。何せ栞が穿いているのはハイソックスだからだ。

「少し痛むかも知れないけど、我慢してくれな?」

「うん…」

 正樹は足首付近まで靴下を下ろし、そこから少しずつ靴下を脱がす。

 時々、痛みで栞が声をもらすが脱がさないことには何も出来ないためやや強引に脱がした。

「大丈夫か?」

「少しだけ痛い…」

「あとちょっとだから、待ってな」

 そういうと正樹は手早くシップを栞の足首に貼る。

 包帯もしっかりと足首を固定するようにして巻いて行った。

「よし、これでいいな」

「…ありがとう」

「いいって。ちょっと役得だし」

 そういうと正樹は鼻を頭を人差し指で描いた。

「もう陽が沈むな」

 正樹が窓から外を見ると、もう陽が沈みかかって暗くなり始めていた。

 そこで正樹はもう一つ気が付いた。

 帰りはどうするのか? と言うことだ。

「竹島さんは自転車?」

「うん…」

「その足じゃ、無理だろ? 親とか呼べる?」

「仕事でいない」

「そうか…」

 こうなると親を呼んで貰うという選択岐が無くなる。

 正樹の方は電車通学だけに親を呼ぶには遠いのだ。そうでなくてもクラスメートの女の子と一緒に帰ると言うのはやや気恥ずかしいものがあるわけだが。

「自転車は何インチ?」

「二六インチだけど…」

「後ろに人は乗れるか?」

「乗れるけど、どうする気?」

「俺が送ってやるよ。竹島さんの自転車でさ。だいたいその足で自転車は無理。でもって、押して帰るなんざ足への負担が大きすぎて却下だろ? まあ、竹島さんが何が何でも拒否するってならやめるけど…どうする?」

 最後の方はやや卑怯な物言いだった。

 人の親切を無駄にする気かというようなやや乱暴な言い方。

 栞は少しだけ考えると、お願いすると正樹に言うのだった。


 正樹は腰に回されている栞の手にやや鼓動が早くなるのを感じていた。

 正樹自身、年の近い妹がいるため女の子には慣れていると思っていたが、妹とクラスメートとはやはり違った。

 それでも栞のことを考えて、出来るだけ振動を与えないように走ることで正樹は意識を自転車に向けることで何とか誤魔化す。

「大丈夫か?」

 後ろに少し首を回して声を掛ける。

「大丈夫」

 後ろから聞こえる短い返事に安心をしながらペダルに力を入れた。

「どうして?」

「なに?」

 自転車に集中しているのと空気がぶつかる音で後ろの声がかき消される。

「どうして、ここまでしてくれるの?」

 少し声を大きくして栞は正樹にそう尋ねる。

 普通、同じ年頃の女子に優しくするのは大抵下心があるからだ。

 それだけに栞は正樹にそう尋ねたのだった。

「さあ?」

「さあ?って…」

「いやさ、自分でも良く分かんないんだよな」

 正樹は別にここまでする必要は無かったのだ。

 ただ何となく、放っておけない。

 それだけだったのだ。

 だから正樹もどうしてここまで自分がしているのかは分からなかった。

「…」

「まあ、深いことはないって。別に恩に着ろとか言わないし。単なる気まぐれだろ」

「そう…」

 栞がそう答えると、彼女の自宅に着くまで二人とも黙ったままだった。

 翌日。

 栞は学校に来なかった。

 と言うのも足を捻挫していたため病院へ行ったからだった。  

 正樹も心配はしていたものの、大丈夫だろうと思い文化祭に集中するのだった。


 文化祭も終わり、一週間後のとある放課後。

「何だ、これ?」

 正樹が下駄箱を開けるとそこに一通の手紙があった。

「ラブレターってやつか?」

 そう言いながら後ろを見ると、正樹の心臓が跳ねる。

 そこには竹島栞と名前が書かれていたからだった。

「…」

 正樹は無言でそれをポケットに入れると、トイレへと向かう。

 個室に入ると、手紙の封を切った。

 ちなみに正樹は彼女とあれから会話は一度だけしか交わしていない。

 大丈夫だったか? うん。

 この二言だけの会話しか交わしていなかった。

 もともと仲がいいわけじゃないのだ。

 必要最低限の会話で問題など無い。

 正樹もあの日のことはすでに頭の隅に行っていたのだから。

「……」

 無言で手紙を読む。

 内容はあの日のことだった。

 ほとんど独白に近い。

 保険医の清水先生が好きだったこと、告白してフラれたこと、正樹に感謝をしていることだった。

 そして。

「あの日と同じ場所でって…」

 教室しか考えられなかった。

 正樹にとって、あの日だけは教室が特別に感じていたのだ。

「時間まで少しあるな」

 携帯の時計を見て、時間があるのを確認する。

 別に今すぐに行っても大丈夫だろう。

 しかし、正樹は何となく時間をつぶしたくなった。

 いや、たぶん彼は心を落ち着けたかったのだろう。

 告白なんて都合のいい事なんてないと言い聞かせたかったのだ。

 舞い上がりそうな思い上がりを、厳しい言葉で打ち消すために。


 時間は一週間前と同じ四時を少し回った頃。

 正樹は散々、自分に罵倒を浴びせて心を平常に戻していた。

 教室のドアを開けると、一週間前と同じ場所で夕日を眺めていた栞が、やはり一週間前と同じく夕日に照らされた髪を振りながら正樹を見た。

「時間通りだよな?」

「一〇秒遅刻。っていうか、普通こういうのは男が先に待ってるもんでしょ?」

「生憎、俺はこういうのが苦手でさ」

 正樹はそういうとややオーバーに手を上げて見せた。

「まあ、いいわ。ここにいるって事は手紙は読んだんでしょ?」

「ああ。しっかし、一週間前とは違って凛々しいよな、竹島さんは」

 正樹がそういうと栞の眉がやや釣り上げながらこういった。

「栞よ」

「は?」

 いきなり栞と言われて何のことだか分からない正樹。

 その様子にやや呆れ顔で栞は再度こういう。

「だから、わたしの名前よ。クラスメートの名前くらい覚えておいてよ」

「無茶言うなって。だいたい男が女の名前をちゃんと分かってる時点で下心があるって思われるんだぜ?」

「気にしすぎじゃない?」

「それくらいじゃないとやっていけないんだよ」

「小心者ね」

「今更だ」

 そこまで言って正樹はふと柔らかい顔をする。

「憎まれ口を言うくらい回復したってわけか」

「高田のおかげでね」

「あれは気まぐれだってあの時言ったろ?」

「その気まぐれのおかげでこっちは心が折れずに済んだのよ」

 そこで会話が途切れる。

 不思議な空気が二人を包んだ。

 甘いような、そして酸っぱいような。

 そんな空気が二人には感じていた。

「何かいいなさいよ」

「綺麗な夕日だな。ついでに紅葉も」

「そうね…」

 正樹は栞から少し離れたところの窓まで行くと外を眺める。

 あの日と同じ様に陽はそろそろ沈もうとしていた。

「で、ここに俺を呼んだ理由は?」

「分かってて言ってない?」

「俺はマイナス思考の人間なんだ。期待もせずにここに来たんだよ」

「ふーん。全く、情け無い。自分のしたことに少しは自信を持ったら?」

「シップを貼って、包帯巻いて、送っただけだろ? それに役得だって言ったしな」

「何よ。その役得って」

「お前さ、あの日落ち込んでたから無防備だったぞ。スカートの中丸見えだった」

「な! デリカシーって言葉知らないの!」

「だから言っただろ? 俺はあの日ただ気まぐれだったんだから。用が特に無ければ俺は帰るな」

 そう言って、正樹は教室を去ろうとする。

 これも彼のマイナス思考と言うのが働いた結果だった。

 ここまで言えばもう自分に用は無いだろうと。

 全く、運を自分から手放す愚かな男だ。

「待ちなさいよ」

 やや怒気の含まれた声に、正樹は振り向く。

「何だ…よ」

 振り向いた正樹は言葉を失った。

 なぜなら涙を流しながら正樹を睨みつけているのだから。

「カッコつけてるつもりなの! 自分で完結して、わたしの気持ちも無視して、一人だけ悲劇のヒーロー気取り? 自分の事ばかりじゃなくてわたしのことも少しは考えたら!」

 悔しさ、惨めさ、悲しさ。

 そんな思いが入り混じった怒声を浴びせられた正樹は罪悪感にかられる。

 自分で都合のいい状況になるのを否定して、言葉で相手を傷つけてしまったのだから。

「悪い…」

「なんでわたしが、高田を…正樹をここに呼んだか分かってんの!」

 名前で呼ばれたせいか、正樹は心臓の鼓動が早くなった。

「だいたい察しはついてた」

「だったら一人で話進めて、終らせないでよ!」

「ごめん。さすがに無神経すぎた」

「当たり前よ!」

 もうずっと怒鳴りっぱなしだった。

 それだけ栞の気持ちがあっただけに、正樹は本気で失敗したと思った。

「それじゃ、ちゃんと話を聞きかせてもらう」

「今更、何言ってんの! この期に及んで告白してもらおうって思ってんの?」

「都合いいのは嫌いなんだけど、実はそう思ってる」

「ホント、自分のことばっかりね! でも、でも…」

 そう言って、下を向いてしまう栞。

 だが、次の瞬間勢い良く頭を上げると、こう言葉を続けた。

「それでも、わたしは高田正樹が好きになっちゃったのよ!」

 顔は真っ赤だった。

 恥ずかしさか怒りか分からないものの、学校を取り囲む紅葉に負けないほど赤い顔で正樹に告白していた。

「ありがとう…で、いいんだよな」

 あまりの勢いに素直に喜んでいいのか分からない正樹は確認するように言った。

「少しは自信持ちなさいよ…」

 それに栞はやや呆れたように言うと、どうやら怒りは収まったらしい。

「でもさ、異常な状況で芽生えた恋って長続きしなって聞くぞ?」

「とことんマイナス思考ね」

「こういう性格なんだ」

 自分に呆れるように正樹は両手を上げる。

「で、俺は彼氏になるってことでいいのか?」

「何か癪な言われ方だけど、その通りよ。まさかわたしじゃ嫌だとか…言わないわよね?」

「おいおい。人生で告白されたことは愚か、自分から告白しても連戦連敗の俺がここまで来て嫌だって言うと思うか?」

「…ちなみに何連敗中?」

「四戦四敗だ…。全く、聞くなよ。心が痛いんだから」

「ふふ」

 そういうと今日、はじめて笑う栞に正樹も素直に可愛いなと思った。

 それからまだ治りきってない足で栞は正樹に近づこうとして、正樹に制された。

「俺が行くから無理すんな」

 正樹はそういうと栞に後二歩くらいのところまで来て足を止める。

「ここまで来てよ」

「あ、ああ」

 更に二歩足を進めると、二人の距離はほとんど無くなった。

「顔を、少し下げて」

「…。すっごく恥ずかしいんだけど」

「ば、ばか! わたしだって恥ずかしいんだから…。さっさと顔下げてよ」

 言われるまま、正樹は顔を下げる。

 目の前に栞の顔があって、思わず目をそらしてしまう。

「いくじなし」

「全くだよな」

 そう言ってもう一度正樹は目線を戻そうとして、自分の唇に柔らかい感触を受ける。

 栞の唇が、正樹に重なっていたのだ。

 二人は少しの間、唇を重ねてお互いを受け入れる。

 正樹が栞の体を支えるように手を添えてながらお互いの感触を確かめあった。

 唇を離すと二人とも真っ赤な顔をして互いを見る。

「凄く赤い顔ね」

「そっちもだろ?」

「ふふ。そうね…。ねえ、もう一度」

 その言葉にどちらとも無く、唇を合わせるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘酸っぱいところ [一言] こういうの自分が書くと、相当チョロい女の子になりそうなのでブーメランも甚だしいですが(汗 正樹視点の文章なので仕方なしですが、栞視点を割り込ませても良かったかな…
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