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月読み  作者: 日向あおい(妹の方)
6/8

6.そいつらを異形と言うのなら

 

 苦しくて、堪らない。朦朧とする意識の中、誰かが叫んでいる。

 誰かが手をきつく握る。名を呼ぶ。繰り返し。選べ、と言う。

 ――選べ? 何を!?

 重くのし掛かってくる闇を押し退けるように、瞼をこじ開ける。

「ゆずる、選びなさい。選べねば死ぬぞ」

 ――死ぬ? いったい誰が!? まさか、自分が?

 ぼやけた視界の中、祖父の顔が見えた。そして、遠くの方に二人の姿も見えた。

 ゆずる、と祖父が枕元で強く呼ぶ。

 どうして、と思う。

 どうして、こんなにも祖父の顔がぼやけて見えるのだろうか。

 息が苦しい。全身が汗でグシャグシャに濡れていた。

「ゆずる!」

 促されて、ゆずるは鉛のような腕を持ち上げた。

 二人――双子の従弟たち。

 祖父は彼らのどちらかを選べと言っているのだ。

 指先が震える。

 ――苦しい。死にたくない。

 死ねばラクになる苦しみを抱えながら、死にたくない、だけど苦しみからも逃れたいという矛盾を生み出す。

 矛盾は混乱を招き、訳の分からない状態で、祖父に促されるまま指の震えを必死に抑え込んだ。 


 

▽▲


 ハッと、ゆずるは顔を上げた。

 あの時だ。朦朧とした意識の中、確かにゆずるは直久を選んだのだ。

 そうして、後々になってから、意味も分からずに彼を選んでしまったことを後悔した。

 ――だが、例えあの時、選ぶという意味を知っていたとしても、直久ではなく数久を選ぶことはあっただろうか?

 否。ゆずるが数久を選ぶことは、あり得ない。直久以外の誰も選ぶことは、あり得ないのだ。

 そう例えば、彼を選んだことで、彼が自分を厭うようになったとしても。

 直久が本家を嫌うのは、本家の結界を彼の中に封じられたモノが厭うからだ。彼が祖父を煙たがるのも、ゆずるを嫌うのも、同じ理由。彼の中のモノが、己を封じた者を覚えているから。

 祖母が直久を遠ざけるのは、彼女に流れる妖怪の血が直久の中のモノに恐怖しているから。

 直久の中のモノ。

 それは朝霧の、人間を妖怪へと変化させようとする力。  

 ゆずるは直久を見下ろした。もはや生きた人間ではありえない白い肌。髪は徐々に伸び広がり、変化していく顔は直久ではなくなっている。

 ――朝霧。彼なのだ。

 ゆずるは直久の躰から離れると、その瞼が開くのを待った。

 待つと言っても、それは数秒の時間。瞼は開かれた。紫色の瞳がゆずるを映し出すと、ゆっくりと起き上がった。

 黒かったはずの直久の髪も、いつの間にか、紫に染まっている。そして、直久よりも大人びた顔が辺りを見渡して、嫌そうに顔を顰めた。

「これは、嫌な場所に出てきてしまった感じだな」

「朝霧」

「日暮らしか。お前がそいつらと俺の獲物を攫ってくれたあの時以来だな。――獲物と言えば、こいつがあの時のあのガキか。小夜の血を引きながら、小夜に少しも似ていない。もう少し大きくなれば小夜に似てくるかと思っていたが、やはりそのようなことはなかったな」

 こんなことならば、あの時に喰っておくべきだった、と嗤った。

「女の身で九狼になろうとしているらしいな」

「なぜ、それを……」

「小夜でもないくせに」

 朝霧はけしてゆずるとは目を合わせなかった。人間嫌いの為か、小夜の血を引きながら彼女に似ていないゆずるを見たくないのか。もしかして、とゆずるは朝霧を見やった。

「女が九狼になれないのは、お前がそれを許さないからか?」

 小夜以外の主は認めない。小夜以外の女の九狼は認めない。

 ――そうだとしたら、ゆずるが九狼になるために朝霧を式神にすることは、不可能な話ではないか。

 朝霧はくつくつと嗤った。

「その通りだ。当然ではないか。なぜ小夜以外の者が『九狼の巫女』と呼ばれるようになることを許せると言う? 男でも許し難い。だが、男ならば『巫女』にはなり得ないからな」

 まだ我慢できると、やはりゆずるを見ずに言い放った。

「女のお前が『九狼』の名を継ぐくらいならば、あの鬼子が継いだ方が断然ましだ」

「朝霧!」

 日暮らしが荒げた声を上げる。先見も頷いて、朝霧を睨み付けた。

「俺は嫌だぜ、鬼の子なんて」

「ならば聞くが、鬼が妖とどれほど違うと言う? 妖狼と妖狐ほどの違いしかないと、俺は思うが?」

「いいや。まったく違うもんだ!――鬼は人間の負の感情が生み出した異形のモノだ」

「……なるほど。ならば、言い換えよう。半妖であった小夜の血を引いたその子孫たちは、『異形のモノ』とは言わないのか? 人間であるはずがなく、妖とも言い難い」

 朝霧はゆずるを顎で指す。

「そいつらを異形と言うのなら、同じ異形のモノである鬼に等しい。だから俺は言うのさ。――そいつが九狼を継ぐくらいなら、あの鬼子が継いだ方がましだ、と」

 鬼と等しい。ゆずるは唇を噛み締めて、揚々と語る朝霧を睨んだ。

 黙り込んでしまった先見に代わって、刀守りが静かな声を響かせた。

「妾はずっとゆずる殿を見守ってきました。ずっと……。誕生した瞬間から、今まで。――突然現れた鬼子を主と認めろと言われても、妾たちは納得できません」

「納得しろよ、そのくらい。第一、鬼子の存在を今の今まで知らなかったお前たちが悪い」

「……言われることはもっともですが、しかし!」

「俺は、そいつを認めない!」

 誰が何を言おうと、決めてしまったことは覆らないのだと言うばかりに、朝霧は言い切った。

 その他の者を突き放したような言い方に、誰もが怒りを感じた時だった。 どことも分からないところから、不意に声がした。

 驚いてゆずるは辺りを見渡す。 声は朝霧が発したもののように聞こえた。 そのようなはずはないのに!

「黙れ!黙れ!黙れ!」

 今度は確かに朝霧が口を開いて言葉を放つ。

「お前は死んだはずなのに。お前の意識はすでに消え失せたはずなのに」

「直? 直なのか?」

「黙れーっ!……ぐふっ」

 口元を抑え、朝霧は前屈みに倒れ込んだ。吐き気を耐えるような呻き声を繰り返すと、すっと肩の力を抜き、ゆっくりと上体を起こした。

「直?」

 もはや朝霧の顔はしていなかった。髪の色は黒に戻っている。やがて瞳に生気の色が宿る。

 とたんに直久は立ち上がり、空を睨んで声を張り上げた。

「てめー。勝手なことを言いやがって!小夜が何だって? 小夜に似てる似てないって、そんなに重要かよっ。――てか、ゆずるに何の文句があるつーんだよ!!」

「直……」

 唖然としながらも、直久が睨み付ける先に目を移した。

 すると、そこには直久の躰から弾き出された朝霧が空中に浮きながら胡座を掻いていた。こちらも唖然としている。

「確かに食い尽くしたはずだ。完全に俺と同化したはずなのに……」

「小夜小夜小夜ってな。そんなに小夜が好きなら、こんな山の大奥に籠もってねぇで、捜せばいいだろう。小夜をさ!――お前、何百年も生きているんだろ? だったら、小夜の生まれ変わりを捜せばいいじゃんか。小夜の魂を捜してやれよ」  

 人は転生するものだ、と鈴加が直久に教えた。本当にそうだとしたら、小夜もどこかで生まれ変わっているかもしれない。

「そんなに小夜が好きなら、小夜に会いに行けよ。こんなところに籠もっていたって、この先何百年経ったって、ずっと辛いだけだ。ずっとずっと寂しいだけだ。――探せよ。小夜を。この山から出てこいよ。俺も一緒に捜してやるからっ」

 だぁーっと一息に言葉を吐き出すと、直久は力尽きたように膝を折った。両手を着いて、肩で息をする。

 今頃血の気が引いたのか、顔が青ざめている。だが、それでも、朝霧から目を逸らさなかった。

「小夜を捜す……?」

 ポツリ、と朝霧が零した。

「考えてもみなかった。小夜も転生をするのか……」

「転生した小夜はもうお前の知っている小夜じゃないかもしれない。だけど、魂は前世の記憶を持っている。同じことを繰り返すんだとよ。――だから、きっと、小夜の魂は、再びお前と出会うことを待っているはずだ」

 そして、朝霧はその魂を再び愛することになるはずだ。

 言って、直久はガックリと頭を下げた。倒れそうになる躰を、ゆずるが支える。

「あ、ゆずる。うわっ。なんか、めっちゃ久し振りぃ〜」

「バカ言え! ほんの数十分、意識がなかっただけだろ」

「え? マジ? おれ的にはぁー、数百年くらい眠っていたカンジ〜」

「大げさな……」

「けど。まあ、またゆずると出会えたし、俺って幸せ〜」

 ギュッとゆずるの細い躰を抱き締めて、直久は笑顔を浮かべた。だから、と朝霧を見やる。

「だからさー、お前も幸せを掴みに行こうぜ」

 ほら、と直久はゆずるを抱き締めるのは片腕に任せ、もう一方を朝霧に差し出した。  


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