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第三章 過去を巡る旅(1)

 第三章 過去を巡る旅


     七月十四日


 襟足できっちりと結わえられたプラチナ・ブロンドを左右に揺らし、彼は森の中を走っていた。追っては、拳大の球体にまんべんなく瘤のような突起がある、浮遊物五体。まるで黒い金平糖みたいなそれが、突起から、光の矢のようなものを打ち出しながら、彼に迫る。彼は時にジャンプし、時に魔法を放って、光の矢を回避した。が、多勢に無勢で、ついに追い詰められ、囲まれてしまった。浮遊物の突起が光を帯び、今、まさに矢が射られるという瞬間、彼は叫んだ。

「ちょ、ちょっと、タンマ!」

 広げた両手を前に突き出す、浮遊物が動きを止める。

「タンマとは何だ。」

 立っているのか浮いているのか分からない、黒ずくめの男が、浮遊物の後ろから抑揚のない声を発する。

「タンマってのは、待ってくれって意味だよ!」

 説明させられて、彼は地団駄踏んだ。こんな情けない言葉を未だかつて使った覚えはない。

「もっとゆっくりやってくれよ。速すぎるし、数も多い!」

 がっくりと膝をついて、息を荒げ、汗を拭った。

「速さも数も関係ない。感性を研ぎ澄ませろ。」

 ことあるごとに、それだった。浮遊物はいつの間にか消えていた。

「本当に、感性が良くなるのかよ、こんなんで。」

 地べたに座り込んで、上を向く。木漏れ日がちらちら輝いて美しい。

 ラエルと名を変えた青年と、齢も素性も知れないアルフリートという男が旅を始めて、早三か月が過ぎていた。アルフリートは道すがら、人気のない場所を選んで、ラエルに魔法の試練をさせた。常人よりははるかに成長の早いラエルだったが、アルフリートは厳しく、決して手を緩めようとはしない。ラエル本人も、それは望むところだった。ただ、彼の気持ちとしては、あまりせっつかないで欲しいのだ。焦る思いを急き立てられるようで、思考がこんがらがって、自分が何をやっているのか分からなくなってしまう。そうなると、魔法を使うどころか歩き方さえままならなくなって、立ち止まり、動けなくなる。それが、今の、この状態だった。

 呼吸が落ち着いてきた頃、不意に、遠くから女性の声が聞こえた。悲鳴だ。アルフリートはペンダントに収まり、同時にラエルは走り出した。近づくにつれ、はっきりとする声。

「きゃあああああ! 追いかけてこないでえええ!」

 白いローブを纏った娘が、杖を振り回しながら走っている。よく見ると、その周りにいつぞやかラエルを襲ったのと同じ、大きな野犬のような魔物が六匹、長い舌をびろびろ垂らしながら、彼女を追っている。

「いやああああ!」

 走るのに夢中で、前に崖があるのに気付かなかった娘は、あえなく滑り落ちた。犬たちが崖下まで飛び込まないよう、指笛で注意を引く。犬たちの視線がこちらに集中する。作戦成功だ。ラエルは気持ちを静めて、一番先頭の犬に照準を合わせると、指をパチンと打ち鳴らした。犬の毛皮が炎に包まれる。

「ギャアア!」

 勢いよく走っていた犬は、感性の法則に従って、前方にごろんごろん転がった。それを横っ飛びで躱しながら、もう一発、指を鳴らす。今度は三頭同時に攻撃。空気がキュンッと鋭い音を立てて、犬たちの脳天を切り裂く。かまいたちだ。仲間がバタバタ倒れていくのを見て、残りの犬は戦意を喪失し、一目散に逃げて行った。それを見送ってから、慌てて燃えている犬に駆け寄り、上着を叩きつけたり踏んだりして、火を消した。火事になったら大変だ。

「あーあ。早く水系の魔法を覚えたいぜ。」

 一仕事終えて、ふーと息をつくと、例の娘の声が崖の下から響いた。

「誰かいるの? 返事して!」

 下を覗くと、五メートル程の崖の底で、娘が杖を振って叫んでいた。娘はラエルの姿を認めると、一層強い調子で訴えてきた。

「早く助けて!」


 はい、はい。

 

 樹の幹にロープを括り付けて、崖下に放り投げる。

「それを体にしっかり縛りつけて! 引っ張り上げるから。」

 娘は自分の腰にロープを巻き付けて、手馴れない様子でおたおたと結んだ。少々不安はあったが、ロープを引く。湿気を帯びた地面が滑り、足に力が入りきらない。仕方なく、手繰り寄せる速度を上げる。娘の顔が見えてきた。

「手を貸して!」

 左手にロープを巻き付けて、右手を差し出す。娘が右手、左手の順に腕に掴まると、ラエルは両手で彼女の二の腕を掴み、一気に引き上げた。尻餅をつくように座り込むラエル。その前に膝をついて屈む娘。その距離三十センチ。お互い、まじまじと見つめ合ってしまった。

「ちょっと、いつまで掴んでるのよ! 厭らしいわね!」

 娘が我に返ってラエルの手を振り解いた。命の恩人に対して、随分な言いようだったが、言われた方は全く気に病んでいなかった。眉間に皺寄せて睨む娘。

 濃い金色のウェーブがかかった長い髪。春の空色の大きな瞳。猫目というのだろうか、くりくりしている。小さな鼻と口。それから、眉間の上に、白濁した石がはめ込まれて……と、いうことは、彼女はティルート教徒なんだろうが、ラエルが一番に思ったのは、そんなことではなかった。

 そして、第一印象を素直に口にした。

「君……君さ、すごく可愛いね。」

 娘は顔を真っ赤にして飛び上がった。危うく崖にまた落ちそうになる。寸前で堪えたが。

「なっ……何言ってんの? いきなりっ! 馬鹿じゃないの!」

 娘は膝に付いた土を払って、スタスタ歩き出した。肩が少し震えている。魔物に襲われた恐怖や、崖に落ちた恐怖。それが冷めやらないうちに見知らぬ男に掛けられた言葉。いろいろなことが彼女を怯えさせていた。

「大丈夫? そっちは君が走って来た方向だけど。」

 親切心はまるで通じない。

「うるさいわね! ついて来ないで!」

 しかし、凄んだ割に、歩調は遅くなっていく。やがて、ぴたっと止まり、独り言のように呟いた。

「シザウィーって、どっち?」

 やはり、その国の名を聞くと、心が痛む。

「シザウィー?」

「そうよ! 魔法使い出入り禁止ってヘンテコな国に私はいくのよ!」


 ――ヘンテコ……。ま、確かに、変わってんのかもなぁ。他の国からすれば。


「君だって、魔法使いじゃないの?」

「そうだけど……いいのよ。お兄ちゃんだって入れたんだから、私も入れるんじゃないの?」

 膨れっ面に、不安そうな影が過ぎっている。

 

 ――お兄ちゃん?

 

 もう一度、彼女をよく見る。頬が桜色に染まる。

「な、何よ、失礼ね。レディの顔をそんなまじまじと……。」

 天然パーマの金髪に、空色の瞳……!

「君のお兄さんって、ティルート教の司教じゃないか?」

「そうよ。何で分かったの?」

 今時期、シザウィーに入った魔法使いは一人しかいない。

「ディーンさんの妹さんか!」

 ラエルは嬉しくて、思わず彼女の肩に手をやって、しこたまつねられてしまった。

「馴れ馴れしいわねっ! あんた何なの?」

 じんじんする手の甲をさする。

「オレはディーンさんの弟子で、ラエルっていうんだ。」

 彼女の表情が一変する。

「お兄ちゃんの……? 本当に? それで、お兄ちゃんはどこ? 近くにいるの?」

「いや……一緒じゃないんだ。」

 彼とは二か月前に別行動を取っていた。

「やっぱりシザウィーなのね? 私行かなきゃ!」

 道も分からないくせに、歩こうとする娘を制止する。

「ちょっと待って! お兄さんはシザウィーにはいないよ。どうしたんだ? 何か用事でもあるのか?」

 娘は口を結んで震わせた。

「帰って来ないのよ……私の誕生日までに帰るって約束したのに。お兄ちゃんが約束を破ったことなんかないのよ? きっと何かあったんだわ。シザウィーの魔法嫌いたちに酷いことをされているのかもしれない。」

 突然顔を両手で覆って、泣き出す。目の前で女性に泣かれたことなんて思い当たらないラエルは、慌てふためいた。

「いやっ、だから、お兄さんはシザウィーにはいないし、シザウィー人と一緒じゃないから大丈夫だって。」

「じゃあ、どこにいるのよう!」

「分からないけど、そのうち、オレたちどこかで落ち合う予定なんだ。」

 言ってから、しまった!と思う。娘が泣くのをやめた。

「どこかでって……いつ?」

「さあ……来年の四月までにはって言ってたけど。」

 この展開はヤバイと頭を抱え、くるりと方向を変えたが、遅かった。上着の裾が引っ張られる。

「四月までってことは、それより早くなる場合もあるのね。じゃあ、私、あんたについて行く。」

 涙で濡れた顔で、睨んでくる。

「私、ミーナよ。ミーナ・カウラ。」

 名前も可愛いな、と脱力するラエルだった。


 二人で森の中を歩いて二時間程経った頃、ミーナが唐突に質問してきた。

「あんた、お兄ちゃんの弟子ってことは、魔法を使えるのね?」

 彼女はさっきの戦闘を見ていない。

「まあね。」

 魔法を使えるようになって、まだ二月。大分様になってきたとは言え、未だに実感は湧いてこない。

「どうして杖を持っていないの?」


 ――どうしてって、杖代わりの棒は、君の兄さんに投げ捨てられたんだよ。

 

 とは言えず、取り敢えずこう答える。

「杖に頼らない魔法の研究中なんだ。」

「ふーん。変わっているのね。それにしても、お兄ちゃんが人に魔法を教えるなんて・・・私だって教えてもらったことないのに。」

 しょんぼりして、俯く。ラエルは子どもをあやすように声をかけた。

「そんな、落ち込むなって。オレが教えてもらったのは、初歩中の初歩。黒魔法の『く』の字くらいなものなんだし。」

 ミーナの大きな目が、一層大きく見開かれる。

「黒? 何でお兄ちゃんが黒魔法なんか教えるのよ! でたらめ言わないで!」

 掴みかかりそうな勢いで詰め寄られ、小さく手を上げて引き下がる。

「あはは、参ったな。厳密に言うと、魔法の覚え方を教えてもらっただけだからさ。あんまりムキにならないで・・・」

「あんたがおかしな言い方をするからよ! ほんと、変な奴!」

 思いっきりそっぽを向かれる。何という、剥き出しの感情。新鮮な驚きにラエルは打ち震えた。


 先生がいい子だとか純粋だとか言ってた意味が分かったぜ。


 理屈が通用しない、裏表のない、永遠の少女というわけである。悪く言えば、一生子供っぽい性格で行きそうな娘だった。


 あの悲壮感漂うインテリ兄貴の次にこの子が生まれたのは、運命の悪戯だな。

 

 顎に手を当てて、物知り顔で頷く。ふと、彼女の視線を感じて、横を向くと、頬を桜色に染めながら、またそっぽを向くのが見えた。不思議そうに、そんな彼女の後ろ髪を眺める。天然ウェーブの金髪。それを引っかけている耳が、やはり桜色に染まっている。この二時間、そうやって自分の容姿を盗み見られていたことなど知る由もないラエルは、その見た目に反して乙女心を理解するにはまだ早い、十九歳の若者だった。ミーナがそっぽを向いたまま、ぼそっと言う。

「あの……さっきはありがとう。」

「え?」

「助けてくれて。」

彼女の熱が伝播したのか、ラエルは体が火照って、くすぐったくなった。

「いや……助けたなんて、それ程のことでも。とにかく、無事で良かったよ。先生の妹さんに何かあったら、オレ、今度こそ殺されるかも。」

 憤怒の形相が振り向く。

「だからっ、変なこと言わないで! お兄ちゃんがそんなことするわけないでしょ! もうっ!」

 目を合わす時はいつも怒っている。そこがまたいいと思ってしまう。おかしな趣味のラエルであった。


 ――今度から言い回しに気を付けるとしよう。

 

 理由はどうあれ、彼女の兄の取ろうとした行動は、聖職者として、人として、許されるものではない。妹は兄に絶対的な信頼と尊敬を寄せている。それを裏切らせてはならない。永遠の少女に大人の苦味を味わわせたくはなかった。ある種の天然記念物だ。大切に守っていこうと固く心に誓うのであった。


 森を抜けて、街へ辿り着いた頃、ほぼ真上にあった太陽は西へ傾きつつあった。今日はここまでか、と思い、ミーナに声をかける。

「あのさ、オレ、この街の外れにある火の城に行くことにしているんだ。」

「火の城……って何?」

 そんな質問をされても、ラエルに答える術はない。

「さあ……。」

「さあ……って!」

「先生が言うには、昔火の一族が住んでいたところで、今は廃墟らしいんだ。でも、魔法を覚えたりするのに役立つって。それ以上のことは分からない。」

「分からないじゃないでしょう? しようがないわねっ!」

 ミーナが自分から離れて行って、道行く人を捕まえ、何やら話しかけているのを、呆気にとられて見守る。そして、小走りに戻って来るや、いきなり袖を引っ張られて、驚きの目を彼女に向ける。彼女の眉は常に両端が上がっている。

「さあ、早く行くわよ。今、街の人に聞いてきたから。」

「聞いてきたって、何を?」

「火の城の場所よ! 前は観光地だったんだって。今は魔物が棲みついているから、行く人はあんまりいないってよ。さあ、急いで! 日が暮れるでしょう!」


 いや、だから、今日は情報収集に留めて、宿に泊まって作戦を練ろうと思っていたんだってば!

 

 と、反論しようとしたが、それより早く、ミーナは言うのだ。

「今日っていう日は、二度と戻って来ないのよ。時間は大切にしなくちゃ。考えるより、行動よ! 行動!」

 あの兄の妹とは思えぬ向こう見ずな発言だった。勇ましくすら感じる。ただ、時間を大切に、の件が、なるほど時の一族らしい発想だな、とは思った。兄が未来を見るのなら、妹は今、この時をみるのだろう。別に、後先を考えられない、とも言うが。


 ――まあ、いっか。様子だけでも見ておいて、また引き返してもいいんだし。

 

 抵抗するのを止めて、大人しく、彼女の後をついて行くことにしたのだった。


 所変わって、ここは元、火の城の門。黒塗りの鉄柵の向こう側は、瓦礫の山。石造りの門柱の下に、若い男女が寄り添うように座っている。かれこれ三日間、彼らはここで野宿を余儀なくされていた。いい加減、保存食にうんざりしている頃だった。しかも、この陽気、うだるような暑さ。就寝用のシーツを頭から被って、直射日光を避けるも、追いつかない。時々交代で街へ涼みに行ったりしていた。熱除けマントを一組ずつ買い直そうかと相談していた矢先、待ち人は道の向こうに姿を現した。二人は固唾を飲んで、その人が近づいてくるのを見守った。短くはなっているようだが、照り付ける日差しを反射して、眩しく輝くプラチナ・ブロンド。長い睫毛の影の下、神秘的な色を湛えるエメラルドの瞳。間違いない、彼だ。しかし、その横の、ティルート教徒っぽい女は何だ? 二人は座ったまま、慎重に別の二人の様子を伺っていた。

 そんな風に眺められているとは思ってもみないラエルとミーナは、門柱の横二メートルくらいの場所に立って、柵の向こうを見やった。

「ミーナ・・・あれ、何だと思う?」

 半ば茫然とラエルが問う。ミーナはやはり怒って答える。

「あんた、私のこと馬鹿にしてるの? あれは瓦礫の山って言うんでしょ?」

 顎に手を当てたまま、動けなくなっている、ラエル。

「そうだよな。どう見たって、瓦礫の山、だよな。」

 だけど、火の城なんだろ? いや、火の城だったんだろ? 初っ端からこれか?と目の前が白んでくる。


 ――記憶の欠片も引っかからねぇ。

 

 第三者の意見も聞きたくて、たまたま(彼にとってはたまたま)居合わせた、門柱の下で仲良く座っている若い男女に話しかけた。

「あのー、これって……火の城、ですよね?」

 初対面の人には、取り敢えず、敬語を使っておく。相手もそれに合わせてくる。

「は……い。火の城、だったのです。」


 今、確かに過去形だった。しかも、断言した。

 

 追い打ちに頭を痛める。瓦礫を漁ったら、何か出てくるかもしれないが、あまりにも範囲が広い。一日、二日では済まないことが容易に想像できた。また、二人に問いかける。

「あの……変な事聞きますけど、あの瓦礫の中に、金目のものが埋まってて、人が漁る可能性ってあると思います?」

 今度は男の方が冷静に答える。

「ないな。元は観光地で、廃墟だ。漁っても出てくるのは、魔物の死骸くらいなものだ。」


 そっか。じゃあ、ここは後回しにして差し支えないな。いつか魔法の力で何とかできるようになるだろう。

 

 ラエルは楽観的に考えを纏めて、ミーナに言った。

「街に引き返して、食事にしよう。朝から何も食べてないし、ミーナも腹減ったろう? 腹が減っては戦はできないんだぜ。」

「何よ、それ? 何で戦の話が出てくるのよ?」

「いや、だから、例えの話でさ……」

 素っ頓狂な会話をしながら遠ざかってゆく二人。残された方は、示し合わせて、こっそり後を付けて行くことにした。


 街のレストランに、二人が入って行くのを遠巻きに確認すると、サラは、彼らと離れた席に座って様子を見ましょうと言った。スパイみたいな真似をするのが、剣士の気に沿わない。

「さっき、土の入った瓶だけでも渡せば良かったのではないか? そうすれば、もう顔見知りだし、くっついて歩く理由なんか適当にでっちあげればいいだろう。」

「でも、王子だって確証はないですし……いえ、確証はあると言えばありますよ。心の中が見えませんでしたから。でも、以前の見えないと、今日の見えないは、種類が違うと言うか……」

「種類?」

「以前のが透明だとしたら、今日のは、真っ暗……がらんどうみたいなんです。それに、どうも、おかしいですわ。」

「何がだ?」

「一度見たものを決して忘れない王子が、私の顔をさっきあれだけ見ておいて、何の反応もないなんて……。」

 確かに、妙だ。アルディスは一つ、頷いて、二人してレストランへ入って行った。そこで、すぐに、しまった!と思う。レストランはほぼ満席だったのだ。


 ――こんな昼下がりに、何故だ?


 アルディスの気持ちを察してか、サラがぽつりと言う。

「暑さを凌ぐためですわ、これは……。」

 この店は、冷気の魔法を店全体にかけているらしく、とても涼しかった。それが売りなのだろう。

「出直そう。」

と、アルディスがサラに声をかけ、店を出ようとすると、店員が気を利かせて(余計なお世話なのだが)こう言った。

「あ、お客様、少々お待ちください。相席できるかもしれませんので。」


 相席?

 

 店員が向かった先は、あの二人の元だった。向い合わせの席が二つ、丁度空いている。


 ――これは、まずい!

 

 サラもアルディスも軽く青ざめながら、店のドアを振り返ったが、走ってきた店員が逃がすまいと立ちはだかり、強引に中の方へと押しやられた。

「まあまあ、遠慮なさらずに。あちらのお二人にはご了承を得ておりますので。さあ、どうぞ!」

 あれよあれよという間に、二人はあの二人の向かい側の席に座らされてしまった。バツが悪そうに、相手に視線を向ける。

「あれっ? 何だ、さっきの……。君たちも食べに来たんだ。」

 ラエルがもぐもぐ口を動かしながら喋る。隣のミーナも夢中で料理を頬張っている。空腹のためか、やたら大量に注文したようで、テーブルの三分の二が料理の乗った皿で占領されていた。どれも赤っぽい色合いのものばかり……。見ると、ミーナの方は顔を真っ赤にして、時折血のように赤い舌をひーひー言わせていた。ラエルの方は、結構涼しげに食べている。

「ここの店、、店内を涼しくして、こういう辛いものばかり出しているみたいなんだ。」

「辛いけど、ハマるわよ!」

 アルディスも、サラも、もう暑い思いをするのはうんざりだった。

「私、さっき食べましたから、飲み物で結構です。」

「オレも……。」

 店員にもそう頼む。

「飲み物だけ?」

「私たち、頼み過ぎちゃったから、食べかけで良かったら、どうぞ、食べて!」

 ミーナが親切心で皿をずずいと前方へ押し出す。二人は、うっと喉が詰まる。それを見たラエルは、ミーナを横目に注意しようとした。

「ミーナ、もしかしたら、この人たち・・・」

「何よ?」

 睨み返されて、はっとする。ティルート教の信者は一度人に差し出したものを引き取りはしないのだ。それは、以前ディーンからきつく言い渡されたことだった。ラエルは気の毒に思いながらも、下を俯き、こう告げた。

「あのさ、悪いけど、一口だけでも食べてやってよ。この子、ほら、アレだから。」

 彼が秘かに親指で指す方を見る。額にはめ込まれた石。二人は恨めしそうに、その石を見つめた。結局、吐きそうになりながら、いやいや一口、口に入れる。汗を滝のように流しながら、ごくんと飲み込んだ。ミーナには二人の苦しそうな表情は見えていないらしく、満足げに微笑んだ。

「ね? おいしいでしょう?」

 アルディスはキレそうになるのをぐっと堪えた。歯ぎしりが聞こえてきそうだった。


 ――悪気がなければ、何をやってもいいのか?

 

 サラは小声で答える。


 ――仕方ありませんわ。この場合。私たち、この方たちに嫌われるようなことはできないんですもの。今は。

 

 サラも、あまり快くは思っていない。目が死んでいる。ラエルが場の空気を和ませようと、話し出す。

「こういう辛いのって、あんまりウチの国にはないから、新鮮だなぁ。料理の参考になるよ。ここのは辛すぎるけどね。」

 ウチの国ってどこですか、とサラが聞こうとするが、ミーナの別の質問で遮られる。

「料理の参考って、あんた料理なんかするの?」

「うん。調理師の免許をもっているんだ。」

 らしいよ、という言葉は続けない。

「へええ!」

「今度、作ってやるよ。ミーナのお兄さんには好評だったぜ。」

「お兄ちゃんが? うわぁ!」

 両手を組み合わせて目を輝かす。


 ――何なんだ、この女。

 

 ――感情が剥き出しなんですわ。

 

 子供なのだと言うことを遠回しに呟く。ミーナはキラキラした目のまま、無邪気に言った。

「あっ、あのね。私のお兄ちゃんって、ティルート教の司教なの!」

 アルディスは飲み込み掛けたジュースが気管に入ってむせ込んだ。サラが背中をさすりながら言う。

「あ……あら、と言うことは、ディーン・カウラさんの? びっくりですわ。」

「知ってるの?」

「ええ。とても有名でいらっしゃいますから……。」

 どうも、この娘はネジが一本抜けている。自分の兄の立場というものを弁えていないようだ。軽々と言って良い情報でもないだろうに。アルディスも、サラも、そして隣で目を見張っているラエルも、冷や汗が止まらなかった。この次、何を言い出すのだろう。

「私のお兄ちゃんね、秘密でシザウィーに行ってたのよ。」

「!」

 三人ともぎょっとしたが、一番驚いたのはラエルで、つい、テーブルをパンッと叩いてしまった。

「何よ、もう。びっくりするじゃない。」


 ――びっくりしたのは、こっちだっつうの!

 

 永遠の少女に理屈は通らない。ラエルは顔を左手で覆って、頭を垂れた。


 ――秘密が聞いて呆れるよ。

 

 もちろん、彼女に悪気はないのである。彼女のびっくりトークはまだ続いた。

「それがね、もうシザウィーにはいないんだって。この人、ラエルっていうんだけど、お兄ちゃんの弟子で、魔法使いで、杖を使わない魔法を研究しているんだって。来年の四月までにお兄ちゃんと会う約束してるって言うから、私、ついて歩いてるの。」

「……。」

 前に座っている二人は、あんぐりと口を開けていた。この、シザウィーの王子に限りなく近い人物が、魔法使い? 魔法の研究中? しかも、魔法使いであるティルート教の司教が、禁魔法国に行ってたって? それは非公式な訪問らしいが、そんなトップ・シークレット、ぺらぺら喋っていいのか? 知らなくても良い情報が舞い込んで来て、二人は混乱してしまった。堪らなくなって、ラエルは立ち上がった。

「どうしたの? まだ途中よ。」

「いや、ちょっと寒くなってきたし、外に出たいなぁって。」

 冷や汗で、冷えたのだ。

「もう、暗くなってきたし。」

「あら、本当ね。ねぇ、この後どうするの?」

「宿を探そう。」

「そうね。あっ、ちょっと、あなたたち!」

 アルディスとサラに顔を近づける。二人は少し、仰け反った。

「あなたたちも旅人ね?」

「ええ、まあ・・・。」

「じゃあ、一緒に泊まりましょう?」

 ガン、と脛をテーブルの脚にぶつけてしまったラエル。無言で耐える。

「あんた、大丈夫? ドジねぇ。」

「あはは……一緒にって、何?」

 力なく笑って問う。

「だって、四人で泊まった方がお得だし、安全だし、楽しそうだし。同じ旅人同士、助け合わなきゃ!」


 ――もう、何も言うまい。こうなれば、自棄だ!

 

 後ろ向きに手を挙げて、肩の所で手首を一つ振る。

「さ、行くぞ、皆!」

 ミーナは普通に席を立ち、他の二人はガタガタと椅子に動きを邪魔されながら立ち上がった。


 ――こんなことでいいのだろうか?

 

 案外、うまくいっている筈なのに、二人は不安でしようがなかった。


 近くの宿を探して、ラエルは三人を連れ、二階の部屋へ上がった。部屋には左右の壁側にシングルのベッドが二つ、奥に二人掛けのソファーが一つ。二人用の部屋だった。この部屋しか空いてなかったのだ。

「どういう配分だ?」

 アルディスは顎に手をやりながら聞いた。ラエルが答える。

「まず、オレは、ソファー。」

 ソファーを指さす。ふむ、三人が頷く。

「で、右はミーナ。」

 うん?とアルディス、サラ両名の雲行きが怪しくなる。

「で、左は二人が……」

 アルディスが大手を振って遮る。

「待て待て! 何故そうなる?」

「何故って……別にいいじゃん。カップルだろ? でも、夜中に変な事するなよ。ミーナの教育に悪い。」

 アルディスは、王子かもしれない男に掴みかかった。

「お前、ふざけるな! 言っていいことと悪いことがある!」

 アルディスのマントを引っ張って、サラが制する。

アルディスさん、そんなに興奮しないで……。あの、私たち、つい先日会ったばかりで、その……。」

 ラエルは、襟首を掴まれながら、二人を交互に見た。

「あ、違うの? ごめん、ごめん。」

 両手を挙げると、やっと大男から解放してもらえた。襟を直し、ふーと一息ついて、考える。

「じゃあ……女性はベッド一つずつ。あんたはソファー。オレは床でもいいや。」

「あのソファーにオレは無理だ。」

 ラエルはアルディスを恨めしく見上げた。


 オレも言ってみたいよ、そういう台詞。

 

「んー。じゃあ、女性二人が右に、あんたは左に、オレはソファーね。はい! 決まった!」

 パンッと手を合わせて、自分は定位置のソファーに腰掛けた。三人は何となくまごまごして動けない。サラが代表して言う。

「あの……何だか、悪いような気がして……」

 王子様がソファーだなんて、と言う言葉は飲み込む。

「え? いいよ。オレ、どうせ二時間くらいしか寝れないから。」

「は?」

 三人が三人とも驚く。

「何で?」

「それで疲れが取れるのですか?」

「不眠症か?」

 口々に言うのを、手で一括する。

「大丈夫! これで十九年間やってきたんだから。それとも何か? あんた、オレと寝たいか?」

 アルディスは寒気と熱っ気の両方に襲われた。

「なっ、ふざけ・・・!」

「冗談だって。変なリアクションするなよ。もー。洒落が分からん奴だなぁ。」


 ――お前の顔は洒落にならん!

 

 アルディスは腹立たしく、ベッドに転がった。

「あ。二人とも、着替えるんなら、オレたち外に出てるけど?」

 女性二人に言う。二人は顔を見合わせて頷いた。アルディスもベッドから降りて、ドアに向かうラエルに静かに従った。が、ミーナの声で立ち止まった。

「あらっ? ねぇ、あなた、頬っぺが赤いわよ。」

 見ると、確かに、サラの頬が赤い。言われて、両手で触れてみる。

「え……、ああ。きっと、日に焼けたのですわ。」

 炎天下にずっと何日もいたせいである。

「大丈夫です。私、赤くなるだけで、色は残りませんから。」

「だめよ! 染みになるかもしれないじゃない! さ、そこに座って。私が魔法で治してあげる!」

 迫力に圧倒され、抵抗もできず、サラはベッドに座らされた。ラエルもアルディスも、何となく、それを見ていた。ミーナの手が、サラの顔を挟むように近づけられた。物凄い、真剣な表情。全身に力を入れているらしく、震えている。

「あ、あの……」

「喋らないで! 気が散るの!」

 サラは、頭の血が下に下がるのを感じた。アルディスがラエルに耳打ちをする。

「おい、あいつ、白魔法の腕前はどうなんだ?」

 ラエルは肩を竦めた。

「さあ、オレも初めて見るから。今日会ったばっかりだし。」

「何? あいつはお前の護衛じゃないのか?」

 ラエルは呆れて、アルディスを睨み上げた。

「んなわけねーだろ。オレに護衛なんかいらないし、第一、あれが護衛って感じに見えるか? オレがもし、護衛を雇うのなら、あんたみたいなのに頼むよ。」

 ひそひそ話していると、檄が飛んでくる。

「ちょっと、うるさいわよ! 静かに!」


 ――はい、はい。

 

 ため息を漏らしながら向き直る。


 ――魔法ってやつは下手に使うととんでもない副作用があるものだが・・・。

 

 サラは同じ心配をしているらしく、瞬きもできなくなっていた。ミーナの指先に、わずかな、本当にわずかばかりの青白い光が灯る。一同、異様な緊張感の中、固唾を飲んで見守っている。何時間もかかっているような気がしていたが、実際は二十分くらい。少しずつ、サラの頬の赤みがとれて、ミーナの手が降ろされた。額の汗を拭う仕草が爽やかだ。皆が気を抜きかけた時。

「あー、良かった。うまくいったわ。」

 その言葉を聞いて、サラは魂が抜けたようになった。


 ――失敗もあんのか?

 

 男二人は眉間に皺を寄せ、鳥肌が立って身震いした。ミーナの視線が、ふと、アルディスに移る。

「あら、あんたも赤いわ。」

 アルディスは後ろへ飛びずさった。

「いや! オレはいい!」

「遠慮しないで」

 扉を開けて、逃げるアルディスに、後を追うミーナ。が、ミーナが廊下に出た時には、アルディスの姿は既になかった。

「あれ? もう、いない。」


 ――全速力で逃げたのですわ・・・。

 

 両腕を抱えながら、震えの止まらないサラだった。






     七月十五日


 次の日の朝、四人は二手に分かれて、爽やかに手を振った。アルディスとサラは、ひとまず背を向けて歩き出した。ある程度間隔が開いたのを見計らって、後をつける算段だった。ラエルは、そんな二人を白けた笑顔で見送っていた。と、ミーナの手首を掴んで、おもむろに走り出す。

「ミーナ、急いで!」

「ええ? ちょっと、何でよぉー!」

 それに気付いたアルディスとサラは、慌てて二人の後を追いかけた。

「あいつ!」

「つけてたこと、気付かれたのですわ!」

 ラエルたちが左の路地へ曲がるのが見える。このままでは、撒かれてしまう。焦る二人。しかし、角を曲がってみて、愕然とする。ラエルとミーナが、曲がってすぐのところで塀に寄りかかって待ち受けていたのである。ラエルは腕組みして得意そうにせせら笑っている。二人は声も出ない。しばらく、荒い息遣いだけが聞こえていた。

「ねえ、あなたたち、もしかして……」

 ミーナが疑いの眼差しで二人を見つめる。


 ――あああ、どうしましょう!


 サラは掌に顔を埋めた。と、ミーナの口調が急に明るくなる。

「もしかして、一緒に旅したいのね? そうなのね? なあんだ! それならそうと始めから言ってくれればいいのにっ!」

 ラエルは端的に合意した。

「そうだな。」


 え?

 

 サラもアルディスも、展開の速さについていけない

「オレとミーナの自己紹介は昨日、ミーナが散々してくれたから、もう、いいよな?」

「はあ・・・」

 忘れたいくらいの自己紹介。あれは暴露というのだろう。

「二人の名前は?」

 エメラルドの瞳が、じっと二人を見ている。何となく目を逸らしたくなる。

「オレは、アルディス。アルディス・フロントだ。」

 ラエルが右手を差し出してきた。アルディスは反射的にその手を握った。

「よろしく!」

 次にサラの方を向く。

「あ……私、サラ・ナディア・ドッペルンと申します。」

 握手して、ラエルの動きが止まる。サラとアルディスの目が見開かれる。

「二人とも……すごく、いい名前だな!」

 ラエルの無邪気な笑顔。二人はがっかりしたような、ホッとしたような、複雑な気持ちで、それを見た。もしかしたら、自分たちのラスト・ネームで、それぞれの親のことを話すのではないかと思っていたから。実際、ラエルにだって、思い当たる節がないわけではなかった。物凄く厳重に記憶に蓋がされているような感覚があった。そこへきて、知識がそれをさらに強固なものにしているのだった。

「風の剣士って、お前のことか?」

「! いや……親父のことだが……」

「へえ、親父さんかあ。オレの国の兵士の間じゃ有名だぜ? 風の剣士フロントって。じゃあ、風の魔法、お前も使えるんだ?」

「いや、オレは魔法は使えない……。」

「そうか。でも、剣の腕は立ちそうだな。」

 アルディスは、軽く具合が悪くなった。どうも、こいつはおかしい、と。続いて、サラにも話しかける。

「精神医学のドッペルン博士って、もしかして、サラの?」

「あ……はい。父ですが……。」

 サラの心臓は破裂しそうなくらい高鳴った。

「オレ、学会で会ったことがあるんだ。元気にしていらっしゃるだろうか?」

「!」

 父の、言葉を思い出す。自分の死を、知らせてはならないと……。

サラは、泣きたいのを堪えて、必死に笑顔を作った

「ええ。元気です。とても……。」

 スカートを握りしめながら、震える手……アルディスは痛々しくて見ていられなかった。

「学会って、何?」

 ミーナの突っ込み兼、質問が飛ぶ。

 ラエルは、さして困りもせず答える。

「学会ってのは、学者の集まりのこと。」

「あんた、学者なの?」

「……うん。正確には、医学博士だけどね。」

 今のところ、思い出せるのは。

「お医者さんなの?」

「まあね。本業ではないけど。」

「じゃあ、本業は何なのよ?」

「本業は……一応、魔法使いかな?」

「ふうん。でも、やっぱり、あんた変!」

「何で?」

「お医者さんなら、白魔法の勉強をすればいいのに。そうでしょ?」

 ラエルはさすがに言葉に詰まった。

「その辺のことは、ごめん。ミーナには言えない。」

「何でよ?」

「どうしても! さ、お喋りはおしまい! 皆、行こう!」

 人間相手にかける魔法の研究なんか気持ち悪くてやってられるか!なんてことは、白魔法使いで、白魔法に何の問題も感じていないミーナには、口が裂けても言えない。


 アルディスとサラは、それからしばらく無言でラエルたちについて行った。考えていた。ラエルの、自分たちの親についての発言を。そして、ある結論に達した。彼は、知識以外の記憶を、思い出を失っている、と。王子であることは間違いない。父に関する知識はある。でも、思い出がない。芝居であんな話し方はできない。嘘は苦手だ。しかし、何故? 何故、記憶もないまま旅をしている? 何故、魔法使いに? 何故、足手まといとしか思えない娘を連れて歩く? 何故、関係のない我々を道連れに? 分からない。分からないうちは、父親のことも、自分たちの境遇も話せない。土の瓶は渡せない。時期を見なければ。あの、赤い玉やイフリートのことも、秘密にした方がいい。とにかく、ついて行って様子を見よう。二人の意志は、こうして固まっていった。

 

 それと並行して、ラエルは心の中で、アルフリートに自分の考えを伝えていた。

 

 ――あの二人、オレの正体を知っている。昨日会った、それより先に。待ち伏せをしていたんだ。

 

 ――分かっている。

 

 ――彼らの父親の話をした時、目の色を変えていた。きっと、オレと何か関係があるんだ。なのに、何も言ってこない。

 

 ――感づかれている。


 ――そう。記憶がないこと、気付いているんだ。オレに用事があるのは確かだけど、記憶がないと意味がないのか、或は、もう少し時間が必要なのかもしれない。

 

 ――その時間を与えようというのか。

 

 ――これは、オレの勘だけど、あの二人、知ってか知らずか、オレの記憶の鍵を握っていると思う。彼ら自身か、彼らの父親か、何かの情報か、何かの物か、それら全部か。オレは、その鍵を受け取りたい。

 

 ――記憶が欲しいか。

 

 ――返してくれるのか?

 

 ――いや。

 

 ――そう来ると思った。

 

 ――少しずつなら、取り戻しても良かろう。私には、全てを消すか、全てを戻すか、どちらかしかできない。今は、全てを思い出す時ではない。

 

 ――じゃあ、あいつらに手出ししないでくれよ。

 

 ――あの小娘はどうする?

 

 ――ミーナは、側に置いておくしかないさ。あの、お喋り! 放っておいたら、会う人皆に話して回る。

 

 ――お前のように、記憶を消せば良い。

 

 ――よせよ。オレ、もう、ディーンさんに命狙われたくないからな。

 

 ――好きにするがいい。だが、魔法の訓練だけは怠るな。

 

 ――了解。


 街を出ると、その先は、見渡す限りの荒地で、直射日光を遮るものが何もない、灼熱地獄だった。アルディスもサラも、昨日の今日でうんざりした。ミーナは初めて見る光景に、視点を定めることもできない。前にも通ったことがあるような気がしているラエルは、自分の頭の中や、全身の感覚に意識を巡らせていた。まるで、目がついているのに、見えていないようなもどかしさであった。

「ねえ、ラエル。次はどこに行くの?」

 見るべきものがないと悟ったミーナは、関心を次の目的地に向けることにした。

「次は、時の城、というところに行くんだ。ミーナは聞き覚えがあるか?」

「全然。」

 ミーナが首を横に振るのを見届けて、一つ瞬きをし、前に向き直る。


 ――そうか。先生は、時の一族云々のことは、ミーナに話してないんだな。

 

 道は長い。少し迷ったが、時の一族の末裔である兄弟の生い立ちを聞いておきたいと思った。逆に、自分のことを尋ねられる危険はあったが、それは遅かれ早かれ起こることなのだ。この娘の場合は特に。

「ミーナと先生は、マーナ生まれのマーナ育ちなのか?」

 話の種に対して、ミーナは少し嫌そうな顔をした。それでも、できる限り誠実に答えようと覚悟して頷いた。

「ううん。私たちはね、エルファソっていう、小さな村に住んでいたの。村には大きなお屋敷があって、宝物が隠されていてね。村の人たちはそれを守るのが仕事だったの。おじいちゃんは村長さんで、村一番の魔法使いだったんですって。お兄ちゃんは小さい頃からおじいちゃんに魔法の手解きを受けて育ったそうよ。とても厳しかったって言ってたわ。その分、パパもママも優しくしてくれていたって。でもね、私が生まれて一年くらい経った時、村は魔物に襲われてしまったの。おじいちゃんの魔法でも太刀打ちできないくらい、強い魔物が沢山押し寄せてきて、村の人たちは必死に抵抗したけど、とうとう追い詰められてしまったんですって。お屋敷に、生き残った人たちが立て籠って、話し合って、お兄ちゃんと私だけは逃がしてあげようってことになったの。お兄ちゃんは、残って、皆と一緒に戦うって言ったけど、まだ子供だし、赤ちゃんの私もいるし、種を絶やしてはいけないって説得されて、泣く泣く私をおんぶして、逃げてきたんですって。私たちが魔物に気付かれないように、村の人たちはお屋敷や村中の建物に火を点けて、煙で見えないようにしたそうよ。どうして、皆で逃げなかったのか、お兄ちゃんに聞いたら、宝を守るのが村人の使命で、それができない時は、宝の力を封じるために、死ななければならないって。どういう意味か、私には分からないわ。人の命より大切な宝って、何なのかしら? そんなもの、あると思う?」

 急に聞かれて、ラエルは口ごもった。どこかで耳にした話なのだろう。こめかみの奥が、ずきずき疼いて、痛みは軽減されるわけではないのだが、指先で押さえずにはいられなかった。ミーナが澄んだ瞳で答えを待っている。ラエルは手を離して、ゆっくり、首を振った。

「いや。そんなもの、ありはしないよ。きっと、その宝っていうのは、沢山の人の命に関わるもので、そのために村の人は犠牲になったんだと思う。使命感の強い人たちだったんだね。」

 時の一族は、と心の中で付け加える。

「それから、どうなった?」

「お兄ちゃんは私をおんぶして、命からがら近くの街へ逃げ延びたの。そこで、修行のための旅をしていたティルート教徒に出会って、マーナへ連れて行ってもらったんですって。で、そこの孤児院に入ったんだけど、お兄ちゃんはすぐに修道院に行っちゃったの。勉強もできるし、魔法も習えるからね。私は、十二歳まで孤児院にいて、それから修道院に入ったわ。孤児院は・・・最悪だった。皆、親がいないから、心が荒んじゃって。しかも、近所の親がいる子たちが、孤児院の前を通ったり、外で遊んでいる私たちを見る度に、大きな声で囃し立てるの。マーナなのにって、思うでしょ? マーナの人も、普通の人間なのよ。中には、心から優しい人もいるわ。でも、大半は良い人ぶってる偽善者ばっかり。孤児は馬鹿にされるか、嘘の憐れみを受けるの。それがどんなに腹立たしいことか分かる? お兄ちゃんが週末必ず会いに来てくれて、それだけが私の救いだったわ。修道院も気取った女ばっかりで嫌いだったけど、孤児院よりはマシね。」

「よく、修道院から出てこられたね? 許してもらえたんだ。」

 ミーナが首を振る。

「許してなんかもらえないわ。一度修道院を無断で抜け出したら、それでアウトよ。でもね。後悔はしてないの。たった一人のお兄ちゃんだもの。助けに行こうとして何が悪いの? 修道院にいなくても、信仰はできるわ。大事なのは、偶像崇拝じゃない。教義を全うして、実行に移すことなの。」

 強い信念が、彼女をここに導いた、というわけだ。助けるどころか、足手まといになることは間違いないのだが、彼女の心意気に不平不満を漏らしたら、それこそ罰が当たるのである。何しろ、神様がバックについているのだから。サラとアルディスは、今度は自分たちが質問を受ける番かとドギマギしていたが、それより先に、禍々しい客が訪れて、会話をするどころではなくなってしまった。


 無風状態の中、前方の枯れ果てた大地に土煙が上がる。俄かに緊張感が高まって、男たちは反射的に腰を落とし、身構えた。

「ミーナとサラは、少しだけ下がって! あまり離れないように!」

 いざという時、助けられなくなる。こんな、身を隠す場所がない状況なら、なおのことだ。女性二人は軽く震えあがって、ぴったりと寄り添い、手を取り合った。ミーナの実力は、昨夜見たとおりだが・・・。

「サラって、戦闘における特技か何かあるのか?」

 ぼそっとアルディスに耳打ちする。鼻で笑う音と、背中の剣が抜かれた金属音が返ってくる。

「彼女は、力むことしかできん。」

 力むって何だ?と訝しがる中、魔物が轟音と共に姿を現した。全長二十メートル、太さ直径二メートル。巨大ミミズか芋虫のようなそれが二匹。頭部らしき部分が持ち上げられ、目に相当するものはなく、代わりに口がぽっかりと穴をあけ、その周囲に触手のようなものが生えていて、不揃いに、わらわら、うねうね、動いていた。恐怖より気持ち悪さが勝る。女性陣は頭から滝のように汗を流した。と、アルディスが怯むことなく、数歩助走をつけて、魔物に飛びかかった。そう、飛んだのだ。その場にいた三人は、唖然と空を見上げた。ラエルは道具もなしに、人間が十数メートル飛び上がる様を始めて見た。


 ――魔法、使えないんじゃなかったっけ?

 

 魔法でなければ、あれは何なのかと思いつつ、後方の魔物目がけて、指を打ち鳴らした。キィン! 空気が鋭い音を立てて、巨大芋虫の胴体を裂く。乳白色の体液が迸った。アルディスはもう一方の魔物の脳天を縦に斬りつけながら、空中で、その光景を目の当たりにして、驚いていた。


 ――何なんだ、この発動時間の短さは。タメがないのか?

 

 アルディスは、斬った魔物の横っ面を蹴り倒し、魔法で傷つけられてもがいている方の首を、スパン!と断ち切った。魔物は首だけでラエルたちに向かってくる。サラとミーナが抱き合って、声にならない悲鳴を上げる。アルディスは着地して振り返った。ラエルの指がまた鳴って、今度は魔物の頭を真っ二つにする。二つに分かれたそれは、四人を避けるように地面を削りながら滑って行き、地響きと共に倒れて、びちびち蠢いた。生暖かい臭気が辺りに立ち込めて、全員が鼻を覆った。

「うえっ。」

 四人は取り敢えず、走ってその場を逃れた。暑いだけでも具合悪いのに、この上、嗅覚までやられては堪らなかった。

「うーん。頭、ガンガンするぅー!」

 ミーナが目を回してよろけている。見ると、全員似たような症状を起こしていた。

「この先に水場があるから、それまで頑張れ!」

 皆、支えているのか、支えられているのか分からなくなりながら歩いて行くと、その先に黒っぽい緑の木立が見えてきて、元気づけられ、速足で近づいて行った。林の中には井戸が掘られていて、すぐさま桶で水を汲み上げた。お世辞にもきれいとは言えない水だったが、上澄みを掬って口にしたり、頭にかけたりして、何とか全員息を吹き返す。木陰に腰を降ろすアルディスの反対側に、背を向けて、ラエルも座った。

「あーあ。危ない所だった。命拾いしたよなぁ。しかし、さっきのあれ、人間業なのか?」

 改めて、先程の感想を漏らすと、こう切り返された。

「それはこちらの台詞だ。」

「はあん?」

 お互い、自分の超人的な能力に疑問を感じていないので、会話はそれきりになったが、二人とも頼もしい仲間ができたことに喜びを覚え、安堵の笑みを浮かべた。


 時の城までは、まだしばらく歩く必要があったが、昼下がりの日差しの中を行くのは、無謀ということで話がまとまり、この日は早々と野宿の支度をすることになった。ラエルはサラとミーナに食べられそうな野草を摘んでくるよう指示をだす。自分は木切れを拾って竈の準備をする。火はあまり使いたくないが、水質もあまり良くないことだし、加熱調理は必須だった。アルディスがどこぞから大蛇の首を掴んで引き摺ってきた。脳天に剣先が刺さった跡が付いている。

「これはだな・・・」

「分かってる。食べられるんだろ? ご婦人方には見せられないから、今のうちに捌いておくよ。」

「鳥ということにしておこう。味が似ているから。」

 ナイフで蛇の頭を木の幹に固定し、一気に皮を剥ぎ、捌いてしまう。いくつかに切り分けて、熱湯をかけると、本当に鳥のささみみたいに見えてくる。剥いだ皮や内臓などは土に埋めて、カモフラージュだ。一息ついたところで、何も知らない女性陣が野草を手に戻ってくる。

「これでいいの?」

「うん。あとは適当に選り分けて使うよ。さ、座ってて。もう作ってしまうから。」

「うふふ、楽しみ。」

「あら、鳥肉ですか、これは?」

 ラエルもアルディスも、生きるための嘘に躊躇はなかった。

「そう! 飛んできたところをアルディスが捕まえたんだ。」

「すごいわねぇ!」

「これで、栄養のバランスもばっちりですわね。」

 それからのラエルの包丁さばきに、他の三人は釘づけだった。何しろ、動きが早すぎて、見えないのだ。


 ――これは調理師免許がどうのという以前の話ではないか?

 

 眉を顰めて見守る三人に、愛想笑いする暇もなく、ものの十分で三品作り終えてしまった。保存食として常備していた干し茸のスープに、摘んできた野草のサラダには手製のドレッシングをかけて、それに「鳥肉」と木の実を香草と一緒に炒めたもの。ドライフルーツもつける。三人は感想を言うのも忘れて、夢中で頬張り、あっという間に完食してしまった。そこへすかさず、茶が振舞われて、皆、目を丸くするのであった。

「えっ、えっ? どうなってんの、あんた。」

「私、母を思い出しましたわ。」

「そうね! 私、ママのこと全然覚えてないけど、イメージとしてはこんな感じ。」

 アルディスは茶を口に運びながら、無言でラエルを見やった。ラエルはちょっと照れ臭くなる。

「ママはないだろ? せめてパパくらいにしといてくれよ。」

「それはない。」

 きっぱり否定されて、少しムッとしながら、空いた器を片付けようとする。

「あっ、片付けくらいいたしますから!」

「私もする!」

 女の子二人はすっかり仲良くなったようで、ぺちゃくちゃお喋りをしながら、井戸水で食器を洗い始めた。

 ――何か、平和だなぁ。

 肩の力が抜けて、軽く眩暈を起こす。ちょっと前まで、魔物に襲われたり、熱射病になりかけたりしてたのに、この差は何だ、と。

「おーい、皆。今日は早めに寝て、夜明け前に出掛けることにしよう。そうすれば、朝のうちに、時の城へ着くはずだから。」

 女性陣の、はーい、という可愛らしい声が響く。剣士殿は、静かに頷く。こうして、四人の旅の初日がほのぼのと終ろうとしているのだった。






     七月十六日


 草木も眠る丑三つ時、というのか。赤毛の剣士は不意に目を覚ました。パチパチ音を立てる焚火の火が、大分小さくなっている。傭兵稼業故に旅慣れ、野宿慣れの彼は、こうして火が絶えそうになると起きる習性がついてしまっていた。傍らに積んである木切れを寝ぼけ眼に火の中へ放っていると、周りで寝ていたメンバーのうち、一人が欠けているのに気付いて立ちあがった。ミーナもサラも、健やかな寝息を立てている。起こさないよう静かに、気配のする方へ足を伸ばした。

 林の外は、昼間とは違い、澄んだ穏やかな風が流れていた。空に月はなく、宝石を鏤めたような星々が、その輝きを争うように主張していた。星明りの下、佇むものが一人。瞳を閉じて、胸の下に両手を重ね、まるで祈っているようなポーズ。そのの周りではつむじ風が舞い、解けた髪を弄んでいた。と、人の気配に気付いて、振り向く。風が止み、夜空に青白く染められたプラチナ・ブロンドが、ふわりと弧を描いてしんなりと纏まる様を、アルディスは夢のように見つめた。長い艶やかな睫毛の下に、神秘の色を湛える瞳が、自分を見つめ返している。すっかり、現を抜かしてしまっている剣士に、妖精のような彼が、穏やかな微笑みを投げかけた。

「おお、アルディス。もう起きたのか? まだ早いぞ。」

 容姿に似合わぬ声と言葉遣い。それで正気を取り戻す。幻滅したのだ。

「魔法の訓練か?」

「うん、まあね。イメージ・トレーニング。瞑想っていうか。」

 はにかむ笑顔。アルディスはほっと息をついた。

「夜通し魔法など使っていて、大丈夫なのか? 魔力と精神力が回復しないだろう。」

 ラエルは一瞬、動きを止めた。こめかみをぽりぽり掻く。

「あー、今のところ、何ともないよ。ていうか、あんまり考えたことなかったな。そういうこと。」

「何?」

「魔力と精神力が消費される感覚が、イマイチ分からないんだ。使ってる魔法が弱すぎるのかな、オレ?」

 今度はアルディスが動けなくなる。

「それ……はない。魔法を使っている奴を、オレはこの目で何人も見てきたが、お前の魔法は強い部類だ。昨日見た、あれだけで十分わかる。普通、あれくらいの魔法を使ったら、次の発動まで相当時間がかかるものだが、お前の場合、そもそも、タメがない。」

「へえ。そうなんだ。タメがないってのは、先生にも言われていたんだけど、オレ、他の人が魔法使ってんのってあんまり見たことないんだよな。比較のしようがなくてさ。」

 アルディスの怪訝な顔が、目に痛い。

「そんな馬鹿な! 見たこともないものを、お前、どうやって習得しているのだ? 魔法書だけ読めば良いという問題ではないだろう?」

 何だか、魔法が使えないアルディスの言うことが、いちいち尤もだと思えてくる。

「ああ……それが。魔法書はせっかく買ったけど使わずじまいでさ。結局、自前の魔法を覚えるようになっちゃって。人のを見たら既成概念が植えつけられて、感性が鈍るっていうから、自力で覚えるしか・・・」

 アルディスは半分怒り始めていた。

「お前、そんなデタラメ、いちいち信用するな! いきなり目隠しで剣を習わされるようなものだ。自前も自力も結構だが、せっかくついている目を最大限、活かしたらどうだ?」

 初めて真面な意見を言ってくれる人に巡り合い、ラエルは秘かに感動していた。ただでさえ美しい瞳を、罪深いほどに輝かせる。

「そう……そうだよな? オレもそう思う!」

 ぎゅっと、アルディスの手を握りしめる。明らかに、嫌がられる。そこがまた、いいのである。


 まだ夜も明けぬうちに、一行は出発した。女性二人は眠いながらも、しっかりとした足取りである。よく眠れたのであろう。いつも通りのラエルは元気一杯に先頭切って歩いている。三人の後ろで、悪い夢でも見たかのように、ふらふらついてくるのはアルディス。

「やだ、どうしちゃったの?」

「よく眠れませんでしたか?」

 高い声が耳に障って、不機嫌に顔を背ける。

「変な時間に起きてるからだよ。」

 これには癇に障って、睨みつける。睨みつけられた方は、にやにや笑っている。

「えっ、起きてたの? だめよ! こんな変態のマネしてたら、移っちゃうわよ!」

「失礼だなぁ。人を病原菌みたいに。」

 いや、失礼ではない、とアルディスは思った。この変態め。あの後、もう一度寝ようと何度も林の方へ戻ろうとする度、袖を引っ張られ、横に座り直され、男の友情を深めようとか何とか妙な事を言って、散々無駄話の聞き役にされていたのである。しかも、彼の場合、思い出がないわけだから、無駄話の内容は知識に基づくものが殆どで、夏の星座がどうのとか、ここの土壌の成分がどうのとか、本編と全く関係のないことばかり、狂ったように話し続けるのである。永遠と。気を失うように眠りかけると、揺すって起こされる。しまいには、掴み合いになり、今の今まで、この変態と格闘する羽目になってしまったのである。ちなみに、格闘の間中、ラエルはずっと笑っていた。


 ――人をダシに、散々楽しみやがって!

 

 ここで文句を言ったら、それをネタにまた何をされるかわかったものではない。それで、アルディスは奥歯を噛みしめつつ、耐えているのであった。

 ラエルは新しい発見ができた喜びで、顔が緩みっぱなしだった。


 ――こいつ、一見怖そうだけど、真面目でいい奴だし、噛めば噛む程味わいが出てくるタイプだ。からかい甲斐があって、面白いぜ。

 

 彼が彼女でなかったことを、アルディスとしては神に感謝すべきなのだが。


 歩くうち、荒野はいつしか、疎らに草木が生えるようになり、それが鬱蒼と茂るようになる頃、夜は白み、鳥の囀りが聞こえてくる。夏草は背の高いアルディスでさえ埋もれてしまう程の成長ぶりで、四人が進むたび、さやさやと涼しげな音を立てた。サラは草の海に溺れないように、アルディスの背中にぴったりとついてあるいた。

 ここまでくると、ラエルの表情も引き締まって、緊張の度合いが高まる。最初に訪れる予定だった火の城は、瓦礫の山となっていたため、本当の最初は時の城ということになる。どんなところなのだろう。ディーンやミーナが住んでいたという、時の一族の村、エルファソとは・・・。目的地に近づくにつれ、ラエルは無視していた問題と向き合わなければならなくなっていた。

 ミーナが話していた、魔物に襲われたということ。そして、幼い兄妹を逃がすために、村中、火が放たれたということ。それは、今どうなっているのかと考えていた。例え、十七年前から尋ねる者が一人もなかったにしろ、少なくとも去年は自分が確実に来ていたはずで、後片付けや供養はある程度なされているのだろうが、そういう場所へ被害者の一人であるミーナを、覚えていないとは言え、連れて行っても良いものだろうか。しかも、魔物が巣食っているかもしれないのだ。時の一族随一の魔法使いが敵わなかったというのに、魔法初心者のシザウィー人に何ができるというのか。そんな不安に押されて丸くなる背中を、バン!と勢いよく叩かれる。ミーナだ。

「何よ! 元気ないわね。悩んでたってしようがないのよ!」

 ミーナの発言に、特に意味はない。無言で歩いているラエルにちょっと構ってもらいたかったという程度のものである。ただ、タイミングは凄く良かった。


 ――さすが、時の一族の末裔だな。

 

 ラエルは背筋をしゃんと立て、前を見た。そう。悩んでいても、仕方がない。考えるより行動せよと、永遠の少女が促しているではないか。

「あら? あれ、建物じゃない? 見えてきたわ!」

 ミーナが嬉しそうに草叢を掻き分け、走り出す。

「あんまりはしゃいでいると、転ぶぞ!」

 慌てて後を追う。何が待っているか分からないのだ。この時ばかりは後ろも振り返って欲しかった。

 草叢を抜けると、ミーナがポカンと突っ立っていた。全員が揃って、村の光景を黙って眺める。


 そこは、正真正銘の廃墟だった。元は木造の家屋が建ち並んでいたのであろう場所には、焼け焦げて朽ちた柱の残骸が、僅かばかり地面に刺さっている。年月と共に草に浸食されて、それも殆ど見えない。

「火事でもあったのかしら、ここ・・・。」

「人気がありませんね。」

「皆、どこか他所の土地へ移り住んだのかもしれないな。」

 何も知らない三人は、それぞれの予測を口にしながらラエルの後ろを歩いた。

 この村唯一の石造りの建物。ミーナが言うところのお屋敷だけが、忘れられ、取り残されたみたいに、ぽつんと静かに建っていた。元は白っぽい石壁だったのが、煤けて黒ずんで、朝焼けの中、とても寂しそうに移っている。

「これが、お城?」

 ディーンが妹にお屋敷と言って聞かせた理由が、自ずと知れてくる。時の城は、城と称するにはあまりにも質素で、慎ましい大きさの建物だった。一階部分の床が、一メートル程高くなって、階段がついているものの、二階建てには変わりない。もし、建物の中心部に直径三メートルの円蓋がついていなけれあ、誰も特別な建築物だとは認めることができなかったであろう。

 四人はゆっくりと城へ近づいて行った。思えば、この城には門すら付いていなかった。剥き出しの玄関扉はペンキが剥げて、鉛色が光を反射することもなく、年月の流れを静かに物語っていた。扉をそうっと開ける。蝶番が軋んで、陰鬱な音をフロア中に響かせる。ラエルはノブに手をかけたまま、首だけ中へ突っ込んで、様子を伺った。朝方だし、窓の向きのせいもあるのだろうが、薄暗くて、はっきり言って、気味が悪い。そこへミーナが大砲でも打つみたいに、ドン!とラエルを突き飛ばす。

「うわっ。」

「もー、早く! 後がつかえてるじゃないの!」

 ラエルは渋々、先へ進んだ。中はひんやりしている。よく見ると、薄暗いのは光の加減だけが原因ではなく、内壁も煤でくすんでいたのだった。あまりいい気分はしない。例え、十七年前の話であっても、ここで沢山の人々が命を落としたことに間違いはないのだ。

 歩いているうち、ラエルはある考えがすっぽり抜けていたことに気付いた。


 ――ディーンさんがこの十七年間、ここを放っておいたわけがない。一度は必ず来たはずだ。

 

 ミーナは知らないだろう。ディーンと別れる前に、時の城の予備知識だけでも、得ておくべきだったのか。いや、彼が何も言わなかったのは、即ち、言う必要がなかったからだ。信じて進めば良いのだと、自分に言い聞かせる。

 二階へ続く階段の前に来た時、上から、人とも魔物ともとれる嗄れ声がして、四人は軽く飛び上がった。

「よぉく来たね。待っていたよ。一年前から、十七年前から、いや、千年前からかな? さあ、上がっておいで。」

 女性陣は歯をガチガチ言わせた。

「だ、だ、だ、誰?」

 四人の誰もが、ある一言を胸に忍ばせていた。「幽霊」と。もし、そうなら、この声の主は、ミーナのお爺さんではないかとも思ったが、信心深くもなく、死後の世界に興味のないラエルは、馬鹿馬鹿しいとすぐに自分の考えを否定して、さっさと階段を昇って行った。残りの三人も意を決して、ついて行った。

「こっち、こっち」

 声のする方へ、どんどん歩を進める。

「ここだよ」

 焼けて失われた扉の向こうに、円蓋のある部屋が広がっている。その部屋に窓はなく、何でできているのか、円蓋が柔らかく外の光を透過していた。その下に、薄ぼんやりと照らされた老人が、揺り椅子に腰かけて、微笑んでいる。ミーナとサラは完璧に幽霊だと思って、抱き合って震えあがった。ラエルは、おかしな話だが、ミーナのお爺さん、つまり村長が生きていたのかと、希望に瞳を輝かせてしまった。そして、呼びかけようとして、前へ踏み出した。

「お爺さ・・・」

「よぉく来たね。私は、生きても死んでもいない、幻だよ。君に昔話をするために、造られた幻。モデルはいるが、誰か知りたいかね?」

 意地悪く笑う、老人。ラエルは何も言えなかった。

「そう。君は分かっている。そんなことを聞かせたところで、時は戻らない。悲しみを深めるのは人間の浅はかさのためだよ。」

 ミーナとサラは抱き合うのを止め、怖がるのも止めていた。幻の老人はとても優しそうに見え、また、優しそうな声だった。

「昔話?」

「ああ、そうだよ。十七年前の話はもう、聞いているね。大昔と一年前。君が聞くのはこの二つ。でも、その前に、君が聞く資格があるか、少し、試させてもらうよ。名付けて、時の試練。格好いいだろう?」

 次の瞬間、床が音もなく、消え去って、四人は闇の中へ吸い込まれていった。自分たちの悲鳴が虚しくこだまするのを耳にしながら。


 どこまで落ち込んだのか分からない。地面に叩きつけられる感覚もないまま、いつの間にか、落下は終わっていた。真っ暗だと思っていた、その空間。床に触る自分の手が見えて、そこは真っ黒なのだと気付く。

「ラエルさん!」

 呼ばれて、右回り、左回りに何度も振り返る。姿が見えない。

「ラエルさん!」

 目の前に突然サラが現れて、ラエルは飛び退いた。と、また見えなくなる。

「あれ?」

「ラエルさん」

 今度は、手に触れつつ、姿を見せたサラ。

「離れると、何も見えなくなるみたいです。ここは。」

「……。」

 視界が狭まっているのだろうか? サラの顔と手ははっきり見えるが、あとは上半身がぼんやりと見えるだけ。

「これは、何だと思う?」

「分かりません。」

 空気に墨が滲んでいるみたいだった。サラは、たぶん怖かったのだろうか、あまりのことに顔色を変えることもできず、ただ、ラエルのエメラルドの瞳に、唯一の現実を感じて、救いを求めた。黒髪に、黒い瞳、白い肌。これでもし、唇に紅が差していなかったら、サラは無彩色のアルフリートみたいに見えていたにちがいない。

「取り敢えず、歩こうか。」

「はい。」

 お互い確認を取り合うこともなく、手を繋いで歩くことになった。途中、何度も逸れてしまった仲間の名を呼んだが、返事はなかった。こうも暗くて(黒くてか?)静かだと、恐怖を通り越して、絶望感に襲われてくる。自分の鼓動だけが、バクバクと聴覚を刺激し、視覚まで振動で揺らすようだった。

「ラエルさん?」

 何度も呼びかけていたらしい。サラが不安そうに、自分の顔を見上げている。それを見て正気に戻り、自分に今できることは、と考え始めた。このままでは、黒の世界に心まで飲み込まれてしまいそうだったから。

「話をしよう。」

「え?」

 突然の申し出に、サラは戸惑った。

「話って……」

「何でもいいさ。自分か最近思うこととか。」

「……。」

 妙な事だが、シチュエーションがそうさせているのか、サラはこの時、父のことや土の瓶のこと、イフリートに渡された紅玉のことも、考え付かなかった。もしかしたら、絶好のチャンスかもしれないのに。代わりに思いついたのは、自分自身の些細な悩みだった。

「あの、私、人の心が読めるんです。」

「……え。」

「びっくりしますよね。こんなこと言われたら。」

「まあ……ね。」

 これで二人目だからびっくりなのか、二人目だから大して驚かないのか、正確な判断は、今のラエルにはつきかねた。一番の関心事は、自分の心をどこからどこまで読んでしまっているのか、アルフリートは知っているのか、アルフリートを知っているのか、だった。どうせ、シザウィーの王子だということはばれているのだろうから、そのことだけが気がかりだったのだ。

「え……と。」

「あっ、あの。ラエルさんの心は読めませんので、心配なさらないでください。」

「えっ? 何で読めないの?」

 アルフリートにはバリバリ読まれているのに。

「それは……私がまだ、未熟だからですわ。単純に言うと。」

「へえ。そうなのか。」

 一つ安心はしたが、複雑な気分に苛まれる。他の人は読めて、自分のは読めないとは、この異常体質が原因なのだろうか、と。しかし、次に彼の口を吐いて出たのは、本人も思いもよらない言葉だった。

「大変だな。人の心なんか読めたら。」

「え?」

 サラが驚いて見上げると、それ以上に驚いているラエルがいた。

何故にこのようなことを、と我ながら疑問に感じつつ、話を続ける。

「だってさ、人って、頭の中で考えてることと、実際口に出す内容が必ずしも一致してないだろう? 人に向かって話をする時は、何かと気を遣って相手を傷つけないように言おうとか、自分の性格が悪く見られない言い方をしようとか計算して会話をするものじゃないか。たまに、逆をやってしまう不器用な人もいるけど、もし、皆が皆、剥き出しの感情で気の赴くままに会話をし出したら、世界中、大混乱だぜ。あのミーナですら計算して喋ってるんだ。いいか。計算して、アレなんだからな。」

 念を押されて、サラは返答に困った。彼の言いたいことは痛いほどわかるのだが。こういう時、人は引きつった笑いで気持ちを伝えがちである。

「オレが言いたいのは、だ。人の心が読めるっていうのは、マイナスな部分も多いんじゃないかってこと。第三者に対する悪い感情が分かるだけでも嫌な気分になるのに、その上、自分への悪評価が直で聞こえてきた日には、凹むぜ。例え嘘でもオブラートに包んだ物言いをして欲しいものさ。」

「まあ……私の目線に立って意見される方に初めてお会いしましたわ。普通、主観で考えませんか? 心を読まれるのは不愉快だとか、恥ずかしいとか。」

「ほらな。自分が人に好印象を与えてないって感じてるんだろう? それは辛いよ。人と関わるの、怖くなってくるじゃん。」

 図星だった。サラは、他人と腹を割った関係を築いた経験が全くなかった。最初のうちは、楽しく会話できるのだが、それは自分の能力を隠し、また使わないことで成立するもの。やがて「今、この人は何を考えているのだろう?」と疑う気持ちが芽生えて、それ以上付き合うことに嫌気がさしてくる。いつでも心の内を探れることが、返って猜疑心を掻き立ててしまうのだ。自分の能力が知れてしまったことも何度かあって、それがまた最悪だった。逃げる者、非難を浴びせてくる者。「だましたな!」と言われたこともある。今でこそ、大分慣れてはきたものの、幼い頃はショックで家に引きこもった時期も多々あった。だから、アルディスのような人物に出会えたことは、彼女にとって新鮮な驚きであった。心を読むの、読まれるの、どうでもいい……と、実に潔い感覚の持ち主。人にも自分にも誠実な彼だからこそ、平気なのだろう。彼女としてはそれだけで満足だったのだが、ここへきて、横で手を繋いで歩いている青年は、大変だな、と同情までしてくれた。暗い人生に暖かい光が差してきたようで、胸が熱くなるのだった。

 自分が秘かに人を感動させていたことなど気付かないラエルは、何ということもなく質問に移った。

「アルディスは、サラの能力を知っているんだよな。」

「はい。」

「ミーナは?」

「ミーナさんには、まだ……。言っても良いと思います?」

 二通りの意味があるのを、ラエルは知っていた。

「最初は凄いリアクションをすると思うけど、大丈夫なんじゃないかな。無敵の超ポジティブ・シンキングだから。問題はあの軽口だよ。悪い子じゃないんだけどね。はっきり、他の人に言うなって約束すれば、ある程度歯止めは効くと思う。秘密の話とかじゃ、ダメだぜ。回りくどい言い方は通用しない。人に言うな、だ。」

 空いている方の手で、無限の闇を頻りと指さしながら力説する。サラは真面目に頷いている。と、二人の動きが止まる。

「オレたち、何の話してるんだ?」

「さあ……。」

 咳払いのような笑いが漏れる。笑うと元気が出るものである。

「あの、私がラエルさんに相談したかったのは、私の唯一の特技を、有効利用できないか、ということなんです。」

「有効利用……って何故?」

「だって、このままでは、私はただのお荷物ですわ。せっかく旅の仲間になったんですもの。何かお役に立ちたいのです。」

 義理堅い子だなぁ、とラエルは思った。アルディスなら健気と、ミーナなら偉いと表現したであろう。ラエルは顎に手を添えて考えた。

「ふうん。そうだなぁ。サラは、人間以外の心も読めるのか?」

「え? まあ、犬や猫で試したことはあります。心を読むと言っても、本を読むみたいに文字を目て追うのとは違うんです。言葉で聞こえてくるのでもありません。また別の感覚で脳に伝わってくるものなのです。それで、犬や猫の心は読めましたよ。」

「魔物は?」

「先日、その……とても高等な魔物に遭遇しまして。心を覗こうとしたら、酷い目に遭いましたわ。脳が溶けるのではないかと思いました。」

「へええ……。」

「でも、能力が高ければ読めるらしいのです。今まで訓練しようなんて考えたこともありませんでしたが、腕を磨いたら、もしかして……」

「それは、いきなり強い奴に当たったからかもしれないな。雑魚でまた試してみるといい。で、うまくいくようだったら、オレやアルディスに教えてくれよ。魔物が取ろうとしている行動を。この間、デカい芋虫に襲われた時、結構危なかったろう? 進行方向とか、何かを投げつけようとしているとか、何でもいいんだ。敵の行動が少しでも分かれば、危険を回避したり、攻撃の効率を上げることができると思う。」

「ラエルさん……!」

 抱き付きたくなる衝動をぐっと堪えて、サラは瞳を輝かせた。

「素晴らしいですわ!」

「そお?」

 ラエルははにかんで弱ってしまう。褒められるのはちょっと苦手だった。損な性格だ。誤魔化すため、話を付け加える。

「喜ぶのはまだ早いよ。読めるって決まったわけじゃないんだから。それと、オレの心も時々覗いてみたらいい。練習のつもりでさ。何か、オレも心を読まれても、あんまり苦にならないかも。」

 かも、というか実感としてだった。こうしている今も、アルフリートは自分の心を読んでいるのだろうが、全く気にならないのだった。

「まあ……何て寛大な……」

「いやあ。何だかんだ言って、オレってMなのかも。」

「M? 何ですか、それ?」

「……後でアルディスに聞いてみな。」

 にやりと悪い笑みが浮かぶ。

 そんな時、突如前方の暗闇が揺らぎを生じた気がして、ラエルは立ち止まった。サラも合わせて止まる。

「ラエルーっ!」

 幾重もの黒いカーテンの向こうで、誰かが手を振っている。ミーナだ。カーテンを打ち破るように、次第とその姿をはっきりとさせながら近づいてくる。振っていない方の手は、赤茶けた布を握っていて、その布の輪郭を上に辿ると、石像みたいに整った顔立ちの男が、口を真一文字結んでいるのを確認することができた。疲労の色をさっきより濃くしているアルディス。心身共に振り回されたのであろう。彼はどうもそういう星の下に生まれてきてしまったらしい。

「ラエルっ!」

 ミーナがラエルの両腕を捕まえた、その刹那、身体の中に異様な感覚が流れ込み、ラエルは絶句した。眼前のミーナを介して、液体のような、空気のような、虚無のような、今まで味わったことのない何かのイメージが脳裏に駆け巡る。どこからともなく、嗄れ声が響く。

「ほう。彼女がうまい具合に、時のセンスを働かせる触媒となったようだね。さあ、もう出ようと思えば出られるはずだよ。時空の狭間から帰っておいで。」

 その言葉を受けて、ラエルは目を閉じた。

「皆、オレに掴まって・・・。」

 不思議に思いながらも、全員が指示に従った。

「途中で離すなよ。無意識に意識が混じって、失敗するかもしれない。」

「失敗したらどうなるの?」

 ミーナの不安そうな声。答える間もなく、サラの力強い声が耳に入る。

「失敗なんかしません。私、信じます。」

 いい言葉だ、と思った。少し笑って、すぐに表情を消す。四人の身体が、霧状になって黒の空間に溶けだす。ミーナは、ひいっと息を吸い、固く目をつぶった。他の二人も目を閉じる。ほんの数秒後。さっきとは違う肌触りの空気が、頬に当たっている。四人はそっと目を開けた。時の城の二階、円蓋のある部屋に戻っている。煤けた石造りの床は、頼もしくちゃんと足元に敷かれている。幻の老人も揺り椅子に座ったままだ。

「生還おめでとう。」

 老人が言い終える前に、ラエルは片膝を床に落とし、頽れた。

「ラエル?」

 ミーナがびっくりして、肩に手を添え、顔を覗き込む。冷や汗を滲ませながら、目を見開き、呼吸を荒げ、物も言えなくなっている。

「彼は感受性が強いからね。自分を含めた人の身体を分子レベルまで分解して、別の空間に再構築するなんて、想像してごらん。ちょっとしたトラウマになると思うよ。」

 ラエルが立ち直るまで、少し時間を要した。他の三人は今更ながら事の重大さに震えあがっていた。失敗していたら、分子の状態でずっとあの黒い時空の狭間を漂っていたのかもしれない……。

ようやく心を回復させたラエルが、よろけながら立ち上がるのを、ミーナが助ける。老人はそれを待っていたかのように、忠告した。

「今回のは、時のセンスを働かせるための、言わば荒療治。しばらくはさっきのようなリスクの高い魔法は使わない方がいいよ。心が壊れてしまうからね。」

 愛想笑いもできず、黙って老人を見つめる。四人は、一様に顔色を青くしていた。

「さて……」

 老人の掌が差し向けられる。後ろを振り返ると、さっきまでなかったはずの椅子が、人数分並べて置かれていた。衝撃的な出来事の後だったせいで、四人はさして驚かなかった。

「お座り。これから、君たちに昔話を聞かせてあげよう。長くなるからね。楽にしていいよ。」






    幻の老人の昔話


 昔、昔の、その昔。人の住む世界がまだなかった頃の話。妖精と妖魔はいつからともなくそこにあって、いつからともなく仲が悪かった。小競り合いが大戦争にまで発展して、どちらかが滅びるまで続くような、激しい争いになったのさ。

 そんなある日、奇跡が起こった。奇跡と言っても、奇跡中の奇跡。天文学的数字でなければ表せない奇跡だよ。強い力と強い力が互いにぶつかり合ううち、化学変化と同じような現象が起こったんだ。それまで一つしかなかった世界が三つに分離してしまった。と言っても、三つは別々に存在しているのではない。一つ所に同時に存在しているのさ。それでいて、互いに見ることも触れることもない。次元の違いというわけだ。分かりやすく例えるなら、表と裏と中間かな? 正確な例えではないけれどね。

 表と裏は妖精と妖魔の世界。中間は  そう。人間の世界。妖精も妖魔も、この化学変化のお蔭て、住む世界が分けられて、戦う理由もなくなった。代わりに新しく生まれた世界を興味津々で見守るようになったんだよ。

 次元は違うが、元は同じ世界。接点には肉眼では分からないけれど、穴が開いていて、そこから別の世界を行き来できるようになっていた。妖精と妖魔は相変わらず仲が悪いから、もちろん、互いの世界へ行くことなんかない。でも、人間たちの世界には、ちょくちょく顔を出した。中には気に入って棲みつく者もいて、それが精霊とか魔物とか呼ばれるようになったんだ。

 人間は彼らにとって、実に不思議な生き物だった。まず、命がびっくりする程短い。そして、能力がびっくりする程低い。どうしてなのかと観察したり、良くないことだが自分の世界へさらってきて、調べたりした。この辺の内容については、深く考えない方がいいよ。人間の歴史でもよくあることだから、気にしないで。

 研究の結果分かったのは、人間は妖精と妖魔の特性を中和させつつ、受け継いでいたってこと。プラス・マイナス・ゼロだね。ただ、プラスとマイナスの度合いに個人差があって、ごく少数はプラスとマイナスが打ち消し合わず、うまく融合している例もあった。そういう者たちは能力ごとに分かれ、部族となり、協力し合いながら人間の世界を統治するようになった。部族から外れた大多数は、彼らに統治されることをありがたがった。部族は人間の世界の要。その能力で自然を操り、人間に恩恵をもたらす、いわば生き神様みたいな存在だった。

 けれど人間はないものねだり。進化する上で必要なことだから仕方ないね。神様の力が欲しいという気持ちはやっぱりあるんだ。部族は力を使うことはできるけれど、分けてあげることはできない。だから部族以外の人間は、妖精や妖魔に相談してみたのさ。当の相談相手もないものねだりの要素があってね。人間の大本だから、当然かな? 自分たちにないものを、人間の中にちゃんと見つけていた。

 それは、一言で言い表すなら、精神だった。彼らには彼らなりに精神はあるのだが、人間のそれとは別のものなのさ。人間の精神に触れると、言いしれない気分の高まりを得ることができた。麻薬みたいにね。そこで、自分たちの力を貸す代わりに、精神を要求したんだね。人間は一時的に精神を消耗しても、すぐに回復するわけだし、喜んでその条件を飲んだ。失うものは何もないと信じてね。こうして、三つの世界間で契約が成立したんだ。

 けれども、そんなうまい話はないのさ。やっぱり、副作用はある。人間も、妖精も、妖魔も。気づいた時には、三つの世界はどれももう、ガタガタになってしまっていた。

 妖精と妖魔は人間の影響で中和を生じ、早死にするものが現れていた。妖精が妖魔っぽくなったり、その逆が起こったり、奇形や変種が数を増して、大混乱に陥った。こんな危機的状況にも関わらず、人間たちに力を貸すことを止めようとはしない。それ程人間の精神は魅力的だった。

 人間はというと、体質に合わない能力を無理やり身に付けたせいで、アレルギー反応を起こすものがいた。俗にいう、魔法アレルギーだね。でも、まあ、こっちの方は大した被害ではなかったといえる。比べてみると。問題は、神の力を手に入れたと勘違いしだした人間が部族と対等に渡り合うようになり、中和の性質からどんどん血を薄めていってしまったこと。そのために、自然のコントロールが思うようにいかなくなり、人間の世界はバランスを崩し始めていたんだよ。でも、人間たちはそんな異変に誰も気付かなかった。妖精や妖魔が部族の力の肩代わりをいつの間にかしていたんだ。精神という名の麻薬欲しさにね。表面的には依然と変わらなかったが、所詮、仮初の力だ。実質はぼろぼろさ。こうして、三つの世界は破滅の道をまっしぐら。止める手立ては何もないように思われた。

 そんな頃、人間の世界にある人物が生を受けた。彼はいわゆる大天才。千年に一人生まれるかどうかの逸材だ。見たもの聞いたもの、全部記憶して忘れない。それに魔力もずば抜けていた。彼は奇跡的に混血を免れた光の一族の純血。最後の純血だった。光の一族はどの部族よりも能力が高くてね。その分、寿命が短かった。彼の両親も、物心つく頃にはもう亡くなっていて、早々と天涯孤独の身となってしまったんだよ。しかし、泣いている暇なんてなかった。混血とはいえ、僅かに生き残っている光の一族の仲間たちを、どうにか生きながらえようと使命感に燃えて、若干十六歳にして医学博士にまでなった。研究に研究を重ねるうち、彼は一部族の問題にとどまらない、ある重要な問題を発見してしまった。彼が導き出した結論は、全ての人間が妖精や妖魔との契約を解消しなければ、三つの世界は千年後には滅んでしまう、ということだった。二十歳の時、そのことを学会で発表して、彼は理解を得られるどころか、非難の嵐。危険な思想を持った者として、学会から追放されてしまった。こともあろうに仲間であるはずの光の一族にまで軽蔑されて、一族の端とさえ言われ、傷心のうちに故郷を離れた。

 でも彼は、皆を決して責めなかった。彼の発言は確かに恐ろしい内容だったからね。契約を解消したら、今や殆どの人間が能力を失うことになる。手足をもがれるようなものさ。しかも、その見返りはないと断言してしまった。せいぜい魔法アレルギーがなくなるくらいだと。人間界はゆっくり滅亡していくが、それは時の流れ故仕方がない、これも寿命なのだ、せめて妖精や妖魔を道連れにするのはやめようと言ってしまったんだ。解決策を導き出す前に、自分の命は尽きてしまうだろう。次の世代に引き継ごうにも間に合わないと、諦めてしまったんだね。ただ、学会で問題提起することで、万が一にも世界の異変に気付く者が現れて、自分の代わりに救いの手立てを考えてくれたらと、その一心だった。だから彼に悔いはなかったんだよ。

 故郷を離れた彼は、ある小さな村に辿り着いた。そこは魔法アレルギー体質の人たちが魔法と離れ、魔法に頼らない生活をしている、原始の暮らし方を留めた場所だった。彼は残りの人生をここで過ごすことに決め、光の一族であること、魔法使いであること、学会で発表したことなど、全て包み隠さず村人たちに話した上で、村に住まわせて欲しいと願い出た。

 村人たちは相談して、魔法を使わないことを条件に、彼の移住を承諾した。もし使ったとしても、彼の魔法は妖魔や妖精と関わりのない性質だったから、悪影響はないだろうと判断してね。

 余命の短さとか、気の毒な境遇とか、物腰の柔らかさとか、他にもいろいろ理由はあったけれど、何といっても彼の見た目が、村人たちのお気に入りだったのさ。白金の美しくて長い髪に、緑色の宝石みたいな瞳。絹の肌にほんのり紅を差した頬。桜色の唇。彼が笑うと、皆が幸せな気分になれた。

 空き家を改装して診療所とし、彼は科学による医療を始めた。村に医者はいなかったから、とても重宝された。皆が彼を愛し、彼も皆を愛した。静かで穏やかな日常。何もない幸せ。彼が死ぬまで、この幸せは続くはずだった。しかし、運命というものが残酷にも彼からささやかな幸せを剥ぎ取ってしまったのだよ。時しも頃は、千と二十五年前。彼が二十二歳の時に事件は起きてしまった。彼の名は、レオンハルト。村の名はシザウィーと言う。



 一同は、老人の昔話を、途中遮ることなく静かに聞いていた。口もきけなかった、というのが正確なところだった。ラエルは再び具合を悪くしていたし、アルディスもサラも、視界が白んでくらくらした。ミーナは、大変に重大で深刻な話だと思ったが、他の三人ほどショックは強くなかった。言っていることが難しくてよく分からなかったせいもある。

「え……? それで、どうなったの? 事件って何?」

 沈黙を破り、ミーナが猫目をくりくりさせて続きをせがむ。老人は弱弱しく笑った。

「大昔の話はここまで。続きは次の城で聞きなさい。」

「えーっ!」

 緊張感のない叫びに、三人は少しだけ気を取り成した。

「シザウィーって、あの魔法がダメな国と同じ名前よね。それと、レオンハルトって人、聞いた感じ、ラエルと見た目が似ていそうよ。」

 ミーナがもし、シザウィーの王子の名を知っていたのなら、もう少し別の感想が聞けたのだろう。今回の件と、千年以上前の話に、繋がりがあることを仄めかされて、ラエルは恐ろしかった。もしかして、「レオンハルト」とは初代シザウィー国王、「シザウィー」とは現シザウィー王国のことだろうか? そうに違いないと思い始めていた。

「質問はなしだよ。全て聞けば分かることだからね。今の君には、ここまでが精いっぱいだ。違うかね。」

 頭が熱い。たぶん、自分の失われた記憶が戻ろうとしている。アルフリートが言うように、今は全てを思い出すときではないのだ。老人の昔話は、気が振れてしまいそうな内容だった。深追いはよそう。ラエルは首を縦に振った。

「さて。それでは、一年前の話に移るとしようか。」






     幻の老人の一年前の話


 その若者は去年の丁度今くらいに、ここへやって来た。神妙な面持ちでねぇ。ここ数年、毎年来ている人がいるでしょう、その人のことを教えてください、と言うんだよ。聞いてどうするのかって尋ねたら、ただ、助けたいって。話してもしようがないとは思ったんだけどね、彼の目を見ていたら、言わなければいけないのかなって気になってね。それで、話してあげたんだよ。十七年前に起きたことと、その七年後のこと。それからさっき君たちに話した大昔のこともね。

 十七年前にこの村は魔物に滅ぼされたということになっているけど、実際襲ってきたのは、妖魔化した妖精だった。妖精王の命令でね。妖精界は妖魔や人間の世界より、ずうっと事態は逼迫していたんだよ。ここにある、時の力の源、結晶と呼んでいるんだけどね、それを奪いに来たのさ。

 どの部族の城も、同じように襲われて、人間の、それも血の薄まった部族の末裔の力なんかじゃ太刀打ちできなかったよ。結晶は部族の力が消えてなくなる前に、その力を凝縮させて閉じ込めたもの。自然をコントロールするための予備。予備だから、そんなに力は強くないし、長くは持たない。世界の滅亡をちょっとだけ遅らせるだけのものなんだよ。作った人のことは、今は置いておくとしよう。

 そんな予備でも、妖精王は欲しがったんだ。でも、妖精たちは時の一族から結晶を奪うことはできなかった。村を滅ぼした後、血眼になって探したけれど、見つからない。それもそのはず。村中に放たれた火の煙に紛れて、結晶を託された子どもが逃げていたのだからね。その子どもというのが、若者の知りたがった人物だった。

 子供は成長して立派な青年になり、シャベルを手にここへ戻ってきた。事件の七年後、つまり今から十年前のことだよ。妖精たちはいなくなっていた。もう用はなかったからね。もちろん、後片付けなんてしていかなかった。彼だってその辺のことは想像していた。彼がやって来た目的というのは、まさに後片付けだったんだ。村人たちの亡骸はすっかり風化していた。それを時の城の裏手へ運んで、一人ひとり丁寧に埋葬した。どれが誰か分からなかったから、墓標に名前を入れることはできなかったけれどね。作業が全部終わった頃、彼の手は血豆が潰れて、真っ赤になっていた。それを見て、彼は初めて涙を零していたよ。

 この日以来、毎年同じ頃にやって来ては、墓の周りをきれいにしたり、城内の埃を払ったりした。去年も、若者がくる、ほんの少し前に来ていたんだ。私は彼に一度も姿を見せなかった。でも、何かいるな、とは思っていたみたいでね。この場所で、一人で話していったんだよ。

 今日でここへ来るのは最後になります。世界が滅ぶのを止めなければならないのです。その時か、その後で、私は命を落とすことになるでしょう。人の手でか、妖精や妖魔の手でか、分からない。けれど、誰もそうしなくたって、自分でやります。人を殺した身で生きてなんかいけない。だから、今日で最後です、と。

 その話をしたら、若者は震えだしてね。今の君みたいに。そうして、こう言うのだよ。彼を助けたい、人を殺すことも、命を絶つことも止めたいって。だったら、世界が滅ぶのを止めてみるかね、と私が冗談で言ったら、若者は、そうします、そのために必要なものは何ですか? 知っていたら教えてください、と真顔で言うのさ。

 世界が滅ぶのは時の流れて仕方がないことだ、それとも、時の流れを変えようと言うのかね、人間の君が、と私が言い放ったら、彼は何と答えたと思う? 時の流れは変えられません。でも、運命を変えることはできます。必ず変えて見せる、どんな辛いことも耐えて見せるから、ヒントでも試練でも何でもいい、あなたの持ちうる全てを私にください、って、こうなんだよ?

 ずうずうしいけれど、すっかり気に入ってしまってね。あの方が肩入れする理由も分かったような気がするよ。それで、私にできることは昔話をするくらいなものだったから、大昔のことを話して聞かせた。他の城にも行って話を聞くよう助言した。何か良案を思い付くかもしれないからね。その上で私の力が必要となったら、喜んで協力してあげようと約束したのだよ。

 


「ところで、私は、その若者に聞きそびれたことがあってね。」

 と、老人はラエルを見つめて言った。

「彼はどうも、たった一人の人間を助けるために、世界の運命を変えると言っているように、私には聞こえたんだがね。君はどう思う?」

 ラエルはちょっと考えて、冷静に答えた。

「一人を救えない者が、世界の何かを変えようなんて、おこがましいでしょう? そして、一人を犠牲にしないと成り立たない世界なら、滅べばいい。それだけのことじゃないですか。」

 他の三人は一斉にラエルを見た。凛とした横顔。そう、彼は少しだけ記憶を取り戻していた。自分の旅の目的を。


 ――えっ? 何、何? どうしてそうなっちゃうわけ?

 

 ミーナにはラエルの言っていることが全く理解できなかった。一人が犠牲になることで、世界中の人が助かるのなら、それでいいじゃないか、自分なら喜んでそうするが、と。その一人が兄であったり、ラエルであったり、ということは彼女の想像の範囲外だった。


 一同は表へ出た。夏の夕方の生ぬるい風を胸一杯に吸い込む。引いていた血の気が、少しずつ彼らの全身に満ちて行く。城の裏手へ回ってみると、老人が話していたように、村人たちの墓標が立ち並んでいた。今年は誰も祈るものが訪れなかった、その墓場。

「ミーナ。亡くなった人たちのために、それから、今年ここへ来られなかったひとのために、祈ってやってくれないか?」

 ミーナは、まだ知らない。この墓のどれかに、自分の両親や祖父が眠っていることを。敬虔な気持ちはあったが、軽いノリで引き受けようとした、その時。

「あれっ、えっ? 何、これ?」

 ローブの内側から引っ張り出したロザリオに、ついているべき石がない。

「うそーっ! お城の中で落としちゃったのかしら? やだ、どうしよう。もし、あの真っ暗なところでだったら……。お兄ちゃんに絶対なくしちゃダメだって言われていたのに……。」

 ラエルは、じわじわと心に染み出してくるものを感じて、目を見開いた。

 時の結晶は、子供に託され、持ち出されている。それは今どこに? ミーナが手にしている、石を失ったロザリオのペンダント部分の土台は、明らかに球体をつかむ形をしている。普通は平べったい、楕円形のはず!

「私、探してくる! お兄ちゃんの手作りなのよ。」

「ああ、ちょっと待って!」

 ミーナの後ろ手を掴む。振り返るミーナは半泣き状態だった。

「これを、代わりにあげるから……」

 自分の首にかけていたロザリオをはずし、そっとミーナにかける。ミーナは驚いて、ラエルを見た。

「何であんたがロザリオなんて持ってるの?」

「旅をしていて、人からもらったんだ。これで、我慢してくれ。」

「でも……。」

「さっきの所には戻れないよ。戻ってもあれじゃ、見つけられない。先生もきっと許してくれるよ。」

 正確には、ミーナが首にかけていたロザリオの石、時の結晶は消えてなくなったのだ。ラエルの中に。時のセンスを開くと同時に、その役目を終えて……。

「でも、あんたのがなくなっちゃうわ。」

 首を左右に振り、優しく微笑む。

「大丈夫。オレにはもう一つ、別のお守りがあるから。それに、」

 ミーナの胸元で光るロザリオに視線を落とす。

「たぶん、この日のために、持っていたんだと思う。」

 時の流れなのか、運命なのか。二人はここに導かれたのだ。この必然に空恐ろしさすら感じて、自分の腕を抱きかかえる。「もしも」が許されない一年なのだ、と。

 ミーナが死者を弔い終えた頃には、夕闇が迫っていた。一行は村を後にした。


「今日も野宿だけど、進めるところまで行こう。涼しいうちに。」

 ラエルの意見に皆賛同したが、睡眠時間が短かったうえに、元気一杯のミーナに引きずり回されたアルディスは、疲労困憊していた。

「大丈夫ですか、アルディスさん?」

 最後尾をフラフラと歩く彼を心配して、サラが覗き込む。少しだけ癒される思いで、黒目がちな瞳を見つめ返した。

「ああ……。」

 サラは、嬉しさを隠し切れない様子で、上気して語った。

「アルディスさん。私、今回の件で、ラエルさんの心がちょっとだけ読めたような気がするんです。」

「ほう……。」

「読めるようになったわけじゃありませんけどね。でも、いつか必ず読めるように、頑張って訓練します。透明な心ですもの。私の心まで洗われそうじゃありません?」

「そうか……?」

 また、随分と奴の評価が上がったものだと、剣士は口元を緩ませた。

「私、魔物の心を、今度読んでみようと思うのです。」

「何?」

 イフリートの姿を思い浮かべて、眉を顰める。

「忠告されたばかりだぞ? 精神が破壊されると。」

「でも、能力が高ければ話は別だって仰っていたでしょう? それに、弱い魔物で試してみたら、いけるかもしれませんわ。読めたら、きっと旅のお手伝いができると思うのです。」

「旅の手伝いなど……」

 サラは首を強く振った。

「いいえ。私、決めたのです。それに、ラエルさんも協力してくださると約束してくださいました。」

 初めて会った時の、真剣な強い眼差し。こうなると後には引かないことをアルディスは知っていた。

「協力って、あいつ、余計なことを……。お前、自分の能力のことを話したのか?」

 サラは、ほほっと笑った。

「どうせすぐにバレることですから。ミーナさんにも話しておきますね。」

 アルディスは頭痛がしてきて、眉間を押さえた。それが一番危険だ、と。

「あっ、そういえば。」

 思い出して、悪気もなく、サラは言った。

「Mって何ですか? アルディスさんに聞けばわかるって、ラエルさんが……あっ? アルディスさん?」

 サラが言い終える前に、アルディスは前方のラエルめがけて突進していた。ラエルは殺気に近いものを背中に受けて、振り返るか振り返らないうちに、逃げ出した。事態をすぐに把握したのだった。

「貴様、ふざけるなーっ! その腐った根性、叩き直してやる!」

「うわぁ! 何だ、結構元気じゃねぇか。」

 追う者と追われる者の後姿をポカンと眺めるミーナとサラ。

「何なの、あれ?」

「さあ……でも、仲が良さそうで良いではありませんか。」

 群青色の空に、一番星が光り始めていた。






    七月二十一日


 果てしなく続くかと思われた草原を抜け、一行はリーケットという国へやって来た。リーケットは商人の国。大通りに面するレンガ造りの建物は、全て店舗であり、様々な専門店が軒を連ねている。

 ラエルはショーウインドーの前で腕を組み、考え込んでいた。

「何? どうしたの?」

 その視線の先を辿ってみて、ミーナは愕然とした。

『携帯コテージ・五人用(寒冷地対応)』

 と書かれた板の横に、家のミニチュア模型が置かれていて、さらにその横のアルミ製のケースには、

『今なら携帯に便利なケース付!』

 とメモが添えられている。値札には

『金貨五十枚(ケース・保証書付)』

 とある。

「ご、ご、ご、五十……! 何でこんなものが、金貨五十枚?」

 ラエルの袖を引っ張って、揺らす。ラエルは大して動じず答えた。

「んー? 安い方だと思うよ。これさ、魔法がかけられているんだ。使う時は大きくできて、しまう時は小さくできるんだって。魔法が使えない方にも、簡単・安全にご使用いただけます、だとさ。」

 見ると確かに説明書きがある。

「買うの?」

 後ろにいたアルディスとサラも目を見合わせる。

「うーん。ちょっとだけ足りないんだよなぁ。」

 ため息を漏らす。

「ちょっとだけ?」

 全員の驚きはラエルに伝わっていない。

「でも、買っておいた方がいいと思うんだ。今は暑いから平気だけど、あと二、三か月もしたら寒くなるだろう? 野宿はさすがに厳しくなってくるし。テントに寝袋もいいけど、設営の手間とか、いろいろ考えるとさあ……。」

「へえ。あんた結構、先のことを気にする質なのねぇ。」

 お前が気にしなさずぎなんだよ! とは突っ込まない。後が面倒なので。城に帰れば金はいくらでもあるのだが、まさかそういうわけにもいかない。

「あの、少しなら私にも手持ちがありますが……」

 サラが、財布を取り出そうとするのを制止する。

「いや、それはいざっていう時のために取っておきなよ。いずれにせよ、冬を見越して、旅の資金を調達しなきゃならない。自給自足にも限度があるからさぁ。貯蓄は大事だ。」

 凡そ王子様とは思えない、所帯じみた発想であった。

「じゃあ、どうすんのよ?」

「そりゃ、アルバイトを探すしかないんじゃないか?」

「アルバイト?」

 何故、王子の口からアルバイトなんて単語が出てくるのだろうと、サラとアルディスは目を見張った。

「働かざる者、食うべからずって言うだろう?」


 ――いや! 聞きたくないわ。

 

 イメージが音を立てて崩れていく。サラは耳を塞いで抵抗した。ラエルに王宮の煌びやかな世界観を期待しても無駄なのである。

「アルバイトって、そんなに稼げるものなの?」

「正規のルートじゃ、たかが知れてるけど……」

 アルディスをちらっと見る。天使の微笑み、いや、小悪魔の微笑みである。不機嫌に眉を顰めて、睨み返すも、サラとミーナの視線が突き刺さり、観念する。三人がかりでは敵わない。

「分かった、分かった。そんなにオレを見るな! 裏で仕事を斡旋している奴に顔が利くから行ってくる。ここで待っていろ。」


 ――どいつもこいつも目で物をいいやがって……!

 

 押しの強い仲間たちに、名うての剣士も形無しである。

「裏の仕事って……大丈夫なのでしょうか?」

 遠ざかるアルディスの背中を見送りながら、サラが胸で手を組み合わせる。

「大丈夫だよ。サラやミーナがいるのに、危険な仕事は持って来ないさ。あいつ、真面目だし。」

 このメンバーの中で最も節度を弁え、真摯な態度で、しかもマメな性格だと言うことは、この数日間で実証済みであった。街で毎朝新聞を読むし、毎晩剣の手入れは欠かさないし、道端に珍しい植物を見かけたら、採取して手帳に挟み、後で図書館へ行って調べては、手帳に書き込んでおくのである。念の入れようが、全てにおいて半端ではなく、ラエルはつくづく感心していた。


 ――しかも、頼みごとをしたら、何だかんだ言って、必ずやってくれるんだよなぁ。お人好しだなぁ。

 

 もちろん、ラエルが彼のことで一番気に入っているのは、からかった後のきちんとした反応であった。

 数十分後、アルディスが顔を強張らせながら戻ってきた。困った表情にも見える。他の三人は何かある、と気持ちを引き締めた。

「いかがでしたか?」

 皆が固唾を飲んで返事を待つ。

「うむ……あるには、あったのだが……」

 アルディスが、目を合わせようとしない。ただならぬ雰囲気だ。

「何? どんな仕事なの?」

「うむ……」

「言ってよ、言ってよ!」

 ミーナが掴みかかってくる。アルディスは仕方なく言った。

「何、大した仕事ではないのだ。一晩限りで終わる上に、報酬は金貨五十。」

「五十? 凄いじゃない!」

「一晩って、だけど……」

 大人のサラは不安を覚える。

「いや、その手の仕事ではない。」

「だから、何なのよっ!」

 ミーナに揺すられて、渋々白状する。

「ある令嬢の身代わりなのだ。隣国の貴族の娘でな。この国のある大富豪が、貴族の名前欲しさに彼女と結婚したいと言って来たそうだ。」

「けっこ……!」

 ミーナとサラは震えあがった。

「いや、違う、違う! 最後まで聞け! そんな話、誰が持ってくるか!」

 何故か全員、息が荒くなる。アルディスは一息ついて話を続けた。

「それで、だ。貴族側としては、やんわり断りたいところだが、会いもせず突っぱねたら、お互いの立場的に宜しくない。せめて見合いはしようということになったのだが、娘が生理的に受け付けないからと、部屋に閉じ籠って出てこない。今夜が見合いなのに、これでは間に合わない。金はいくらでも払うから、誰か身代わりを、ということなのだ。」

 一同、胸を撫で下ろす。

「なあんだ、そういうこと?」

「では、私かミーナさんのどちらかが行けばよろしいのですね?」

「……。」

 ラエルはさっきから、アルディスの視線を捉えることができず、嫌な予感がしていた。

「娘も大富豪も、まだ顔を合わせたことはないのだが、互いの特徴は伝わっているそうだ。」

「見た目ってことね?」

「うむ……。その娘というのは、近隣でも評判の美女らしい。ただ、人見知りが激しいから、そんなに大勢と顔を合わせたことがなく、誤魔化しが利くだろうということだ。」

「ふうん。」

「背は、割と高めで、」

 皆の目が、ミーナにいく。ミーナは女性としては背が高い部類だった。

「色は白く、小顔で、」

 サラに視線が移る。透き通るような白い肌。

「髪はウェーブがかった、赤っぽい茶色。」

 皆、ぎょっとしてアルディスを見た。それは、ないでしょう?と。

「そして……瞳の色は緑色だそうだ。」

 この時、ようやくアルディスの視線が、ラエルに向けられた。ラエルはちっとも嬉しくなかった。サラとミーナの視線が、そこへ合流する。

「緑色……」

「髪だの何だのは、どうとでもなるが、瞳の色ばかりは……」

 ラエルは首と手を大きく振った。

「い……嫌だね! 冗談じゃない!」

「何でよぉ! いいじゃないの、ちょっとくらい。」

「そうですわ。一晩で金貨五十枚ですよ?」

「黙って酒を酌み交わすだけで良いのだ。」

 イライラとあっちを向き、こっちを向き、怒りの矛先をアルディスに絞る。

「お前、日頃の恨みを晴らそうと、わざとこんな話、持って来たんだろう!」

 これには、非難轟々である。

「馬鹿ねっ! 逆恨みもいいところよ!」

「アルディスさんはそんな人ではありません!」

「お前じゃあるまいし、そんな腹黒いことを考えるか! 第一、金が必要だと言ったのはお前だろうが!」

 悔しいが、完敗である。

「くっそぉー。分かったよ。やりゃあいいんだろう、やりゃあ!」


 見合いのあるホテルへやってきた一行は、準備をするべく部屋をとり、ラエルに細工を施した。雇主と打ち合わせを済ませたアルディスが部屋に入ってくると、そこには絶世の美女が二人の侍女を従えて座っていた。裾と袖に白いフリルのついた花柄の赤いドレスに身を包み、赤毛のかつらを被ったラエルと、黒と白のメイド服姿のサラとミーナなのだが。アルディスは、思わず後ずさる。

「お前たち、ちょっとやり過ぎではないのか?」

「そんなことないわよ! ちょっと睫毛をカールさせて、口紅塗っただけよ!」

「元が、元ですから……。」

ラエルの恨めしそうな眼差しに、サラは口を噤んだ。美女の睨みは迫力がある。

「ね、鏡見る?」

 ミーナが差し出した手鏡を押しのけ、顔も背ける。

「見ねーよ。気持ち悪いっ!」

「おい、お前、その言葉遣い、本番では止めろよ。」

 本当は今も止めて欲しかった。似合わないし、ギャップがあり過ぎた。幻滅、とまで言うと、語弊がある。

「いいか? オレたちはお前の付き添いとして側に控えている。お前はただ、酒を飲んで適当に話し相手になっていればいいんだ。余計なことは言うなよ。どうせ破談になる話だが、体面というものがあるのだからな。」

「へい、へい。」

 ふて腐れる姿すら美しかった。と、その時、ドアをノックする音がして、髭の紳士が入って来た。娘の父親である。

「ほお……これは、また、何と……。この件が終わったら、連絡先を教えて頂きたいものですな。お近づきになりたい。」

 ラエルの手を取り、口づけしようとする。もちろん、ラエルは慌てて引っ込めた。

「悪いけど、そういう趣味ないんで。」


 ――勘違いして色気づいてんじゃねぇよ、このジジイ!

 

 依頼主故、罵声を浴びせるわけにはいかなかった。

「・・・? 声が低い方なのですねぇ?」

 紳士は髭を捻った。ミーナがラエルに耳打ちする。

「あんたが男だってこと、内緒なんですって。」

「へ? そうなの?」

 だからといって、裏声を出せる程、彼は大人ではなかった。

「それでは参りましょうか。」

 紳士に連れられて、一行は大広間へ向かった。ミーナはサラにひそひそ話しかける。

「ねぇ。お見合いって、こんなとこでやるものなの?」

「さあ。でも、貴族と大富豪ですから、やることが何でも大きいのでしょうね。」

 大広間は、城の謁見の間くらい広くて、舞踏会でも始まるのではないかと思う程、着飾った踊り子が列を作って立っていた。奥の真ん中には白いクロスを被せられた長いテーブルが置かれ、そこにでっぷり太ったオッチャンが座っていた。隣できれいなねーちゃんが酒を注いでいる。すでに出来上がっている雰囲気だ。

「あの人……?」

「やだー!」

 本当に嫌なのはラエルであった。何でもう飲んでいるのか? 礼儀知らずにも程がある。娘が生理的に受け付けないというのも頷けた。オッチャンは、ラエルの姿を認めて、手招きした。

「おおお! お待ちしておりましたぞ! さあ、早くこちらへ!」

 二の足を踏むも、ミーナに背中を押され、嫌々、オッチャンの横に着席した。オッチャンは思った通りの悪臭を放っていた。

「おえっ。」

「? 何か言いましたかな?」

「いえ、別に……」

 鼻と口を覆ってしまう。向こうでアルディスが指先を振りながら睨んでいる。仕方なく手を離した。目尻に涙が滲む。

「お前たち、こちらに酒をお注ぎしなさい。いやはや、噂にたがわぬ美しさですなぁ。」

 下品としか言いようのない、弛んだ赤ら顔がラエルを覗き込む。ラエルは取り敢えず、酒がグラスに継がれるのを凝視してやり過ごした。

 オッチャンがパンパンと合図の手拍子を打ち鳴らすと、音楽の演奏が始まり、踊り子たちがこちらに一礼して、一斉に踊り出す。この踊りを見るためなのか、席の配置は横並びで、真ん中はオッチャンとラエル、オッチャンの向こう側は全員若いねーちゃんで占められていて、ラエルの横には貴族の紳士、その横にサラとミーナが腰かけていた。アルディスは入口付近で用心棒風に立っている。色とりどりの衣装に身を包んだ踊り子たちが、くるくる踊るのを、奇妙な夢でも見ているような面持ちで眺める。見合いの言葉の意味を、四人は完璧に見失っていた。

「はっはっは。いかがですかな? あなたに比べたら、皆、クズのようなものですが、どれもこれもこの国の美女を選りすぐった娘ばかりです。私は美しいものに目がなくてですな。これ!と決めたら金に糸目を付けません。人でも物でも、必ず手に入れます。」

 オッチャンは血走った目でラエルを見つめながら、豪語した。ラエルは眉間に皺を寄せるのに抗うことができなかった。


 ――何だ、こいつ。人と物を一緒くたにしやがって。

 

 他の仲間も、苦虫を噛み潰したように顔を歪めていた。

「私はずっと、我が家柄に相応しい娘を探していたのです。そして、ようやく見つけることができました。噂というのは、当てになりませんから、正直、あなたの見た目はそれ程期待はしていませんでしたが、こうして実際お会いして驚きましたな。これはもう、是非、手に入れたい。」

 オッチャンの脂ぎった手が、ラエルの手に伸びて、握ろうとするので、ラエルは咄嗟に酒の入ったグラスを掴み、ぐいぐい飲んで誤魔化した。

「いやはや、いい飲みっぷりですな。ますます気に入った!」

 紳士は、自分の娘が同じ目に遭っていたかもしれないのだと思い返し、その身を震わせた。

 ラエルが空いたグラスを、とん、と置くや、透かさずなみなみと酒が注がれた。注ぎ方が急に大胆になったので、不思議に思い、上を向くと、さっきまでいたはずのねーちゃんは、にーちゃん、いや、おじさんか? 三十代前半くらいの男にすり替わっていた。身なりは給仕らしかったが、適当に撫でつけられた短い金髪頭といい、剃り残しの目立つ髭といい、あまりにも場の雰囲気から浮いてしまっている。しかも、ラエルに向かって、目配せなんぞしているのだ。ラエルは可愛いくらいキョトンとして男を見た。

 

 ――こいつ、見合いの席で、しかも客に向かって色目使ってやがる。

 

 オッチャンはそんなことには気づく様子もなく、自分がいかにして財を成したかについて、延々と語り出した。地位も名誉も金も、生まれつき持っているラエルにしてみれば、だから何だという話で、ひたすら鼻につくばかり。まるで自分一人の手柄で頂点まで登りつめたと言わんばかりで、部下への労いの言葉など一つもない。自慢話のつもりかもしれないが、返って品位を下げているのに、少しも気付かないのだ。


 ――うざいなぁ。要するに成金なんだろう?

 

 ラエルは彼の会話にあまり参加したくなかったので、相槌を打つ他は、酒を飲んで聞き流した。給仕は間髪入れずにグラスを酒で満たし、終始にやにやとラエルを眺めていた。

 一同のイライラがピークに達しつつあった、そんな時、オッチャンは、ついに、侵してはならない領域を、土足で踏みつけるような発言をしてしまった。

 それは、オッチャンが何気にミーナを見たことから始まった。

「ん? お前、その額の石は……」

 服は着替えられるが、こればかりはミーナにもどうしようもなかった。魔法の力で黒子と同じく、血の通うものとなっていたから、取り外しができないのだ。身体の一部故に、気にも留めていなかったというのが、正直なはなしであるが。今更ながら、額に手を当てて隠す。

「ティルート教徒か? 場違いな! こんなところに貧乏神がいるとは!」

 紳士も含め、一同は愕然と彼を見やった。

「貧乏神・・・」

 あまりのことに、ミーナは消えそうな声を絞り出した。

「そうではないか! 自分たちは働かないで、金持ちから金を無心しては貧乏人たちにばら撒いて歩いて。慈善が聞いて呆れるわい! そんなに人助けがしたければ、自分で稼げば良いものを。所詮は宗教人の独り善がり。金の使い方も知らん者に、いくら金をやっても、浪費することしかできん。つまりは無駄よ。種のない土地にいくら水を撒いても目も出んわい。宗教など実にくだらん。どうせお前も私のところに金をせびりにきたのであろう? しっしっ! 貧乏神に一銭もくれてやるものか! 晴れの席に縁起でもない。さっさと出て行け!」

 いつもは威勢の良いミーナも、ここまで完全否定されてはぐうの音も出ず、悔しさで涙を滴らせた。

 もはや、我慢する理由はない。ラエルは酒をくーっと一気に飲み干すと、立ち上がり、空いたグラスをオッチャンの禿げ頭に振り下ろした。グラスは見事に砕け散った。

「なっ?」

 オッチャンと紳士は、びっくりしてラエルを見上げた。演奏が止み、踊り子も踊るのを止めて、固唾を飲んでこちらを見守っている。アルディスとサラは、微動だにせず、座った目で、前を向いている。人は本当に起こった時、無表情になるものである。ラエルはオッチャンの胸ぐらを掴み上げ、額を合わせて凄んだ。椅子がガタンと後ろに倒れる。

「てめえ、冗談も休み休み言えよ? ミーナが貧乏神だ? 金をせびりに来ただと? ふざけんな! ミーナは神の使いなんだ、天使なんだよ! それをよくも汚ねぇ言葉で傷つけてくれたな。見た目だけじゃなく、中身も腐ってやがる! 二度とそんな口きけないようにしてやる! 生まれてきたことを後悔させてやるぜ!」

 まず、最初に、後ろへ振りかぶって、頭突きをお見舞いする。オッチャンのハムみたいな身体が転がり、下敷きになった椅子を粉々にした。ねーちゃんたちの悲鳴。オッチャンは、もがきながら叫んだ。

「も、者ども、出あえーっ!」

 用心棒たちが大広間に雪崩れ込み、踊り子たちは半狂乱で逃げ出した。アルディスは腕組みして、そんな状況を黙って見ていたが、ふと、手近な用心棒を捕まえて、横っ面に一発拳をくれてやった。


 ――仕方あるまい。あいつがやらなかったら、オレがやっていたところだ。

 

 そして、部屋の中央まで出て行って、手当り次第殴り始めた。

 サラは、顔を覆って泣いているミーナを連れて、舞台の袖に避難した。紳士もそちらへついて行く。

 ラエルは転がっているオッチャンに蹴りを与えながら、飛びかかってくる用心棒と応戦した。

 あの給仕は相変わらずへらへらしていたが、ラエルの側で護身術程度に腕を振るっていた。一応、加勢しているつもりらしい。裾の長いドレスは丁度良いハンデになっていた。その代り尖ったヒールは容赦なく、オッチャンのだらしない肉体に食い込んだ。用心棒の中には、ナイフなどの武器を手にしている者もいて、一人ならともかく、二人、三人と束になってかかって来られると、さすがに素手ではきつかった。テーブルの上に倒れていた銀の長い燭台を掴み、棒の代わりとして使う。こうなるともう、誰にも止められない。アルディスなどは、名の知れた剣士なわけで、ひと度剣の腕を振るおうものなら、たちどころに正体がばれてしまう。

「あ……赤の剣士だ。」

「何故、こんなところに……?」

 安月給の用心棒に敵うはずもなく、皆、命を惜しんで逃げ出した。後には乱闘騒ぎの残骸と、剣を鞘に納めるアルディス、端っこで頭を抱えて蹲る紳士、抱き合うミーナとサラ、にやけて仁王立ちの給仕、それに踏まれるオッチャンと踏むラエルだけが残された。

「はーああっと。」

 ラエルはオッチャンを椅子代わりに腰かけて、禿げ頭をぺちぺち叩いた。

「おいっ、今後口の利き方には気を付けるんだぞ? 身の程を知れ。いいな?」

「はい……」

「それから、もうちょっとダイエットしろ。見た目からして不快なんだよ、お前は。」

「はい……」

「声が小さい!」

「はいーっ!」

 オッチャンは抗うこともできず、さめざめと泣いていた。

 そこへ、給仕がグラス二つと酒瓶を手に、ラエルの傍らに座り込んだ。

「飲み直そうぜ!」

 グラスをラエルに渡すと、とぷとぷ酒を注ぎ、自分のグラスにも次いでに入れる。

「そうか? じゃあ、飲むかっ!」

 軽く乾杯して、二人ともぐいぐい喉の奥に流し込む。

「おっ、やっぱりいい飲みっぷりだねぇ。惚れ惚れするぜ。」

 給仕が透かさずグラスを酒で満たす。

「お前も飲めよ。ほれ、ほれ!」

 酒瓶を取り上げ、お酌に回るラエル。

「んかーっ! 注ぎ手がいいと、また格別だなぁ!」

 馬鹿笑いが大広間に響き渡る。他の連中は呆れ返って二人を眺めた。とっくに泣くのを止めていたミーナも、珍しい生き物を見るように、二人のやり取りを観察していた。

「何なの、あれ。」

「男の友情が芽生えた瞬間ですわ……。」

 こういうのは、干渉しないに限ると踏んだ紳士と三人は、早々にその場を後にした。残った二人は明け方まで飲んだくれたのであった。






     七月二十二日

 

 次の日の朝、ホテルの一室で目を覚ましたラエル。カーテンの隙間から白い光が漏れている。いつの間にか部屋で寝ていたらしい。夕べの女装を解きもせずに、化粧も鬘もそのままで、ベッドに潜り込んでいた。起き上がろうと両手をつくと、右手に生暖かいものが触れ、正体を確かめるべく、布団を勢いよくはぐった。横であの給仕が下着姿で寝ている……!

「ギャーッ!」

 正室で静かに朝食を摂っていた三人は、一瞬その手を休めた。

「やだ。何事?」

 そこへラエルが騒々しく転がり込んでくる。

「な、な、な、何だ、あいつ? 何でオレの横で寝てるんだよ!」

 三人はそれよりも、ラエルの身なりにぎょっとしていた。

「ちょっと、まだそんな格好してたの?」

「早く顔を洗ってこい。」

「食事が冷めてしまいますわ。」

 求めていた答えは一つも返って来ないまま、後から給仕が頭をポリポリ掻きながらノロノロと入ってくる。

「ふあーあ。んー、朝から元気だなぁ。驚いた顔も可愛いねぇ。」

 にやりと笑う。ラエルは身の毛もよだって、言葉を失った。鬘を外し、給仕に投げつけ、ドレスも脱いで床に叩きつける。男の身体に免疫のないサラとミーナは頬を赤らめた。

「きゃあ! こんなところで脱がないでよぉ!」

 ラエルは無言でシャワールームへ向かった。二日酔いはなかったが、酷くムカムカしていた。身も心も汚されたような気分だった。熱いシャワーを頭からかけて、何もかも拭い去ろうと全身をごしごし擦った。と、後ろのドアが開いて、全裸の給仕がにやけた面で入って来た!

「よお! 一緒にシャワー浴びようぜ!」

「ギャーッ!」

 給仕のみぞおちに一発お見舞いして、慌てて退散する。辛うじてタオルを取ることはできた。

「キャーッ!」

 女性陣は顔を覆ってあちらを向いた。

「おまえ……っ!」

 アルディスは絶句して、濡れたままのラエルを見た。確かに男だと思いながら。ラエルの目には涙が滲んでいる。

「あいつ、おかしいよっ!」

 それだけ言い残すと、寝室へ駆けこんだ。

「キャーッ!」

 ミーナとサラが顔を上げると同時に、視界に再び半裸の男が入って来た。

「何だよぉ、恥ずかしがり屋だなぁ。」

 腹部を押さえながら、よろけてラエルの後を追う。今の言葉は明らかにラエルに向けられていた。

 寝室から怒声と破壊音が漏れ聞こえる。一暴れしているらしい。一同、ドアに目をやりつつ、冷や汗を垂らした。

「やだぁ。男だって分かっても、アレなの?」

「いや。分かっていたのだろう。昨夜から。」

「まあっ。と、いうことは、あの方は……」

「いわゆる、変態だな。」

 三人は心底ゾッとして、肩を震わせた。

 やや暫くして、ドアがバン!とけたたましく開いて、泣き顔のラエルがアルディスの下に縋りついてきた。服はどうにか着ることができたようだ。

「何とかしてくれよ。あいつ、呪いか何か掛けられるんだ。絶対に!」

 何発か殴られた様子の給仕が、夕べとは違った簡素な服に着替えて出てくる。性懲りもなく、にやにや笑っている。アルディスは感心していた。手加減はあったのだろうが、武術に覚えのあるラエルに対して、この程度の怪我で済むとは、なかなかどうしてやるではないか、と。大体、夕べの乱闘騒ぎの中で、かすり傷一つ負っていなかったのだから、大したものである。

「お前、受け身が得意のようだな。」

 アルディスの褒め言葉を、妙な方向に取り違える。

「へっへっへ。受け身も好きだけど、攻めはもっと好きだぜ?」

 さすがのアルディスも具合が悪くなる。

「朝から、しかも食事時によせ。ご婦人方もいるだろうが。」

 ご婦人方は、その辺の話題には疎かったので、目をぱちくり瞬かせた。

「なっ、なっ? 変だろう? 言ってることが。」

 同意を求めるラエルの麗しい瞳を、アルディスは憐れみの眼差しで見つめ返した。

「変だが、仕方ないだろう。変態なのだから。」

 ラエルは初めて気づいた、という風に、すっくと立ち上がって後ずさった。給仕は反論した。

「おいおい。失礼だなぁ。普通、そういうこと面と向かって言うか? それに、変態じゃねぇよ。オレは。」

「じゃあ、何なのよ。」

 ナプキンで口を拭きながらミーナが尋ねる。

「至ってノーマルさ。美しいものに惹かれるのは、人間の性だろう? たまたまそれが男だったってだけさ。」

 二の句も告げず、ラエルは顔を強張らせた。


 ――開き直りやがって!

 

 息を強くはいて、アルディスの横の席に座る。テーブルの上には自分の食事も置いてあったが、その脇にもう一人分の食事が用意されていた。ラエルは恨めしそうにそれを睨んでいたが、やがて観念して、脇の椅子の背もたれをぴしゃりと叩いた。

「お前も座って食べろよ。妙な言動をしたら、即、叩き出すからな?」

 給仕はにやけた顔を一層緩ませて、しかし大人しく席に着いた。


 ――こいつ、何者なんだろう?

 

 考えて当然の疑問だったが、それより先に、気になることを口にした。

「なあ、アルディス。夕べはあんなことになってしまっただろう?仕事は失敗に終わったわけだけど、貴族側、大富豪側、それにホテル側からあの後何か言ってきたか?」

「ああ・・・乱闘を起こした損害賠償か? それが、オレも不思議なんだが、被害を受けたと思っているのは、ホテル側くらいなものでな。それも貴族が補償してくれたから、オレたちはお咎めなしだ。貴族は娘の代わりに嫌な思いをさせた上に、日頃から良く思っていなかった大富豪に、一泡噴かせてくれて非常に満足したと、こうなんだ。報酬も予定より多く支払ってくれた。」

「へええ・・・。」

「大富豪の方は、余程堪えたのか、貴族に謝罪したそうだ。ご友人かご親戚か知らないが、ティルート教の方に失礼なことを言って申し訳なかったと。それから・・・」

「それから?」

「お嬢さんに婚姻を迫るのは諦めたが、是非、友達としてお付き合いしたいとのことだ。美しい上にあの強さ、敬服すると。」

「はあ? 蹴られ過ぎて頭がおかしくなったんじゃないのか? まだオレのこと女だと思ってんのかよ。」

 右手で頭を抱えるラエルに、給仕が余計な意見をする。

「ふふん。そいつ、相当なМだな。」

 サラが反応を示す。

「М? そういえば、Мって何ですか?」

 ラエルとアルディスが立ち上がって交互に給仕の頭をバシバシ叩く。

「だから、朝から余計なことをいうなって言ってるだろうが!」

「全くだ!」

 

 食事を終えた一行は、ホテルを出て、早速ショッピングに向かった。給仕は案の定、躊躇いもなくついてくる。ラエルはしばらく知らんぷりを決め込んでいたが、我慢できなくなり、後ろを振り返った。

「お前なぁ、いつまで付きまとうつもりだよ!」

「いいじゃねぇか、別に。ついて行ったってさあ。結構役に立つと思うぜ?」

「お前、仕事は?」

 アルディスがもっともな質問をぶつける。

「オレか? まあ、そうだな。強いて言うなら、トレジャーハンターかな?」

 一行の歩みが止まる。

「トレジャー」

「ハンター?」

 しかつめらしく考える。ラエルは鼻で笑った。

「何がトレジャー・ハンターだ。要は遺跡の財宝を狙う盗人だろう?」

「ホテルで給仕の仕事をしていたんじゃなかったの?」

「ああ、あれね。ちょっとしたアルバイト。でも、酒は注ぐより注がれる方が好きだし、夕べクビになったし。晴れてお役御免さ。」

「お役御免って、あんた、相当変な人ね。」

 今更気付いたのかと、ラエルががっくりきた。アルディスは興味深そうに給仕を眺めた。

「お前、武術には多少覚えがあるのか?」

 給仕は楽しそうに笑った。

「武術だなんて。オレは手の動きと逃げ足が速いのさ。ほら。」

 見覚えのある懐中時計が給仕の手にぶら下がる。ラエルは自分の胸元を慌てて探った。

「お前、いつの間に……!」

 懐中時計を引っ手繰る。相手はにやにや笑っている。

「やっぱり盗人じゃないか!」

「人聞きの悪い。返すつもりだったさ。オレの実力を知らしめる、ほんの小手調べだ。」

「知りたくもないよ!」

 地団駄踏んで起こるラエルの横で、アルディスは冷静である。

「他には何が?」

「そうだなぁ。魔法がちょいと使える。火の魔法限定だけどな。オレって熱い男だからさぁ。」

「ほほう。丁度いい。ラエル、こいつに少し魔法のことを教えてもらえ。お前は基本がズレているから。」

 給仕が掌に自分の拳をパチンと当てる。しめしめ、ということである。ラエルはその様子を見てから、大変な剣幕でアルディスに訴えた。

「嫌だね! 冗談じゃない。こんな変態野郎に!」

 指さされた方は、意地悪い笑いに口を歪めた。

「ふーん。そんなこと言っていいのか? 奥の手出しちゃうぜ?」

 一同がきょとんとする中、給仕は口の横に手を添えて、街行く人に向かって大声を張り上げた。

「皆さーん! 聞いてくださーい! この人はねぇ、何とシザウィーの・・・」

 ラエルの手が彼の口を塞ぎ、そのままの体勢で脇道まで連れ去る。他の三人はぽかんとそれを見送った。

 建物の壁に、ドン、と給仕を押し付けて、擦れ擦れまで顔を近づけて、睨みを利かす。

「お、お前っ……、今、何て言おうとした?」

「だから、王子様なんだろう?」

 給仕の身体が持ち上がるほど、胸ぐらを掴む手に力が入る。

「何で……? 一体、いつ、そんなことを……!」

 給仕は余裕の笑顔だ。

「他にも沢山知ってるぜ? ベッドの中であんたいろいろと……うっ。」

 脛を蹴られて、さすがに黙るが、懲りずにまた話し出す。

「とにかく、オレを連れて行って損はないって! 連れて行かないと、いろいろ心配だろう? な? な?」

 しばらく睨むラエル。と、急に手の力が抜けて、吊り上げられていた給仕は自由になった。背を向けたラエルは、忌々しく言い放った。

「くそっ、しようがないなぁ! アルディスやサラはともかく、ミーナには言うなよ? ややこしくなるから。」

「おうっ、二人だけの秘密だな? ロマンティックでいいじゃねぇか。」

 ラエルの平手が給仕の脳天に飛ぶ。

「その勝手な妄想もやめろ! 虫唾が走る!」

 両腕をさすって小刻みに震える。

「足手まといになると思ったら、重りを括り付けて海の底へ沈めてやる! 覚悟しておけ!」

「おー、こわ。大丈夫だって! 絶対役に立つからさぁ!」

 皆が見守る中、歩幅も大きく、ラエルは憤然たる様子で給仕共々戻ってきた。

「こいつも、ついてくることになったから。」

 不服そうに後ろ指をさす。他のメンバーは嫌な顔一つしない。むしろ嬉しそうである。

「へえー、そうなんだ。」

「賑やかになりますね。」

「お前、名前は?」

 給仕はにと白い歯を見せる。

「キースってんだ。よろしくな。」


 かくして、五人の旅が始まった。念願の携帯コテージを手に入れたラエルは機嫌を直し、旅に必要なものをさらに買い足して、この街を後にすることに決めた。買ったものをコテージのなかにしまいたかったが、狭い街中で広げるわけにもいかず、ひとまず、銘々が分担して運ぶことになった。小さくて軽いものは女性陣が、大きくて重たいものは男性陣が持った。そうして歩くこと一時間もう少しで繁華街を抜ける、という時、甲高い叫び声が上がった。

「きゃあっ!」

 声の主はミーナで、その脇をすり抜ける少年は見覚えのある手提げ袋を抱えて、先頭のラエルをもあっという間に追い越して行った。

「泥棒ーっ!」

 ミーナが言うより早く、事件に気が付いたラエルとアルディスが駆け出す。他もえっちらおっちら追いかける。大荷物故、思うようには走れなかった。そんな中、アルディスは別格で、五人で一番重く嵩張る荷物を肩に乗せていたにも関わらず、ラエルを抜いて怒涛の勢いで走って行く。そして、ついに少年をとっ捕まえた。

「ちくしょー! はなせ! はなせよ!」

 襟首を掴まれた少年は、もがきにもがいたが、圧倒的な力の差に、なす術もなく、手足は虚しく空回りした。彼が手放した盗品の袋からは、食料が零れ落ちていた。追いついた全員がそれを見て、絶句した。アルディスは怯むことなく、問い詰める。

「こんなものを盗んでどうするつもりだ?」

 少年は噛みつきそうな形相で吠えた。

「食べるに決まってるだろう!」

 よく見ると、彼はつんつるてんの継ぎはぎだらけの、粗末としかいいようのない身なりだった。靴も底が剥がれかけて、裸足の指が見えてしまっている。

「食べてどうする?」

 少年の動きが止まる。

「どうするったって……」

「食べ尽くしたら、また盗むのか? 食べて盗み、食べて盗み。何の意味がある。」

 少年の汚れた顔に大粒の涙がボロボロ零れる。

「意味なんか知らねぇよ。こうでもしないと、皆死んじゃうんだ。しようがないじゃんか!」

「皆?」

「あんた一人じゃないの?」

 アルディスが手を離しても、少年は逃げようとはしなかった。まだ十にもなっていない子どもだ。気丈ぶるにも限界があった。

「他にも沢山いるよ。オレより大きいのも、小さいのも沢山。」

「大人は?」

 止まらない涙を何度も拭いながら答える。

「いない。いなくなったんだ、急に。」

 一行は目で語り合った。ラエルが代表して少年に言う。

「どういうことか分からないけれど、取り敢えず、皆の所へ案内してくれ。話はそれからだ。」

 少年は大人しく従い、五人を伴って郊外へ出た。鬱蒼とした暗い森の中へ入り、湿った土の匂いに束の間の涼しさを感じつつ、歩くこと小一時間。密集した木立の隙間から、眩い光が零れて、視界が開ける。少年がずんずん進む、その後ろで、ラエルが突然立ち止まって、ミーナが背中にぶつかってしまう。

「ちょっと、何よ……? うわあ!」

 ラエルの視線の先は、広大な河岸段地なっていて、日に映える鮮やかな緑の有機的な層に、一同は心奪われ、言葉を失った。はるか下に、光る川の筋が見える。その向こうの岸には、乾いた黄土色の建物が樹に埋もれかかっている。強風が吹き上げる音で、皆我に返り、少年の後を再びついて行く。急な石段。幅は大人一人がやっと歩けるくらい。手摺りはない。少年は慣れっこなのだろう。何の迷いもなく、どんどん駆け下りてゆく。大人たちは風に煽られながら、岩肌にへばりつくようにして、おっかなびっくり降りる。踏み外したら、断崖絶壁を真っ逆さまだ。さっきまで美しいと思った風景は悪夢に変わっていた気が遠くなりかけつつも、段地の最下層まで辿り着く。降りてきた石段を見上げる。

「これ、また登るの……?」

 先のことを考えない主義のミーナが、ぽつり呟く。

「できれば、別のルートから行きたいもんだな。」

 ラエルは希望を述べた。少年は思った通り、上から見えた建物に入って行く。ただの家にしては大きく、立派な佇まい。ラエルは以前、ディーンに見せてもらった地図を脳裏に浮かべてはっとした。


 ――ここって、もしかして・・・。

 

 少年が開けていった入口へ入る。窓はあるが、木陰のため、中は暗かった。玄関ロビーの向こう側はこれまたドアが開けっ放しで、そこから子どもたちの興奮した声が聞こえてくる。

「何だってそんな奴ら連れて来るんだ!」

「孤児院に入れられちゃうの?」

「オレたちのアジトを奪いに来たんじゃないか?」

 五人が部屋の中へ入ってくると、子供たちは怯えて一つにまとまり、警戒の目を向けて黙り込んだ。さっきの少年も一緒である。彼が言ったように、小さい子から大きい子まで、様々な年齢の子どもたちがいた。上は十二、三歳、下は一歳くらいの赤ん坊が、他の子どもに抱っこされている。最年長のリーダー格と思しき少年が、一歩前へ進み出て、口を開いた。

「ここへ何しに来た! 用がないなら帰れ!」

 ラエルが返す言葉を探していると、彼がまた声を張り上げた。

「オレたちはどこへも行かない! ここはオレたちの家だ!」

 恐怖と緊張と憎しみの入り混じった目。ラエルは言葉を決めた。

「お前たちを追い出そうとか、どこかへ連れて行こうとか、そんな気はさらさらない。ただ、食料を盗まれかけた身としては、その原因を知りたいんだ。あと……」

 人差し指を上に向けて、くるりと回す。

「ここは、風の城、というんじゃないか?」

 子どもたちがざわめく。大人たちはキョロキョロしだす。

「風の……城?」

「城ってどういうこと?」

「ここってお城だったの?」

 リーダーの咳払いで、皆静まる。

「城だとしたら、どうするんだ?」

 毅然とした態度。

「昔話をしてくれる人に、会わなきゃならないんだ。……もしかして、この中に、心当たりのある者はいないか?」

 再び部屋中がざわめきだす。怪訝な顔を見合わせては、首を横に振っている。

「そっか……。」

 肩を落とすラエルが、哀れっぽく映ったのか、口々に自分なりの考えを漏らす。

「ママに聞いたお話なら、私、知っているわ。お姫様が竜に乗って旅をするの。」

「ぼくが聞いたのはね、魔王を倒しに行く勇者の話。」

「巨人が街に現れて、大暴れする話もあるよ。」

「海の底で生活する人たちのお話は?」

「あっ、雲の上にお城があるって、聞いたことがある!」

 ラエルは思わず微笑んだ。

「ふふっ。それはそれで興味あるけど、オレに必要なのは、千年前の話と、一年前の話なんだ。」

 子どもたちの表情が、突如曇る。

「一年前……」

「大人たちがいなくなった話かな?」

 ミーナがラエルを押しのけて、その話題に食いつく。

「聞きたい、聞きたいっ! その話、聞きたいわ!」

 子どもより子供らしく好奇心剥き出しで、目を爛々と輝かせる。


 あんまり愉快な話ではなさそうだけど?

 

 ミーナを横目に、引きつった笑いをするラエルだった。

 と、視線を子どもたちに移して、真顔に戻る。最初は暗くてよく分からなかったが、皆痩せて血色が悪く、明らかに栄養不足の様相を呈していた。

「その前にしなきゃいけないことがある。」

 ラエルの言葉に、子どもたちの表情が再び固まる。食料を盗もうとしたから、罰を与えられるのだろうかと。ラエルはそんな子どもたちに、思い切り笑顔を見せる。

「腹ごしらえをしないと。」

 子どもたちの愛らしい目が丸くなる。ミーナも負けじと目を見開いて、物知り顔で笑い出した。

「腹が減っては戦はできぬっていう、アレね?」

「そういうこと!」

 子どもたちは信じられないと言う風に、大人たちを見ていた。

「さ、皆手伝ってもらうよ。台所はどこだい?」

 まごまごしながら一人が言う。

「こっちだけど……使い方が分からないから、ぼくたちは暖炉で煮炊きしているんだ。」

 子どもたちの戸惑いも何のそので、ラエルはとことん明るく振舞う。

「大丈夫! お兄ちゃんはコックだから、どんな台所だって使いこなせるんだ。」

「でも、材料が……」

「ちょうど、ここにあるよ。」

 ミーナの手提げ袋を受け取って、中を覗く。何とか人数分、足りそうである。

「だけど、それは……!」

 盗もうとした少年がびっくりして声を上げるのを、ラエルは唇に人差し指を当てて制止した。

「いいから。食料は、ちょっと買ってみただけなんだ。野宿で現地調達ばっかりしていた、その反動でね。買ったからには使ってみたいんだよ。それとも、オレの作った料理なんか、食べたくないって言うのか?」

 子どもたちは千切れる程首を振った。

「ううん、そんなことない!」

「作って、作って!」

「食べたいよ!」


 こうして、子どもたちに囲まれながらの調理が始まった。台所は建物の大きさに見合った、立派な設えだったが、長いこと使われていないという話の通り、埃が積もって、台無しであった。大人も子供も総出で気合を入れて磨けば、あっという間に元の輝きを取り戻して、部屋中が明るくなったようにすら感じられた。

 そして、いざ、調理スタート。ラエルは子どもたちにできる限りの手伝いをさせた。本当は一人でやった方が十倍早く作れるのだが、台所の使い方を教えるのに丁度良いと思ったのだ。住人が自分の家のことを知らないで住んでいるなんて、不健全だし、不健全と言う言葉は子どもに相応しくなかった。

 子どもたちが不器用に切った食材を、次々と鍋やフライパンに放り込む。味付けなどの繊細な部分はラエルが行ったが、それ以外は殆どやってみせては子どもたちにさせた。子どもたちは真剣だったが、とても楽しそうだった。ラエルも楽しかった。キースは「うん、いいぞ。いい!」とおかしな妄想を働かせて終始にやけながらラエルの後姿を眺めていた。

 そして、ついに完成。玉ねぎのドレッシングをかけた夏野菜のサラダ、小麦粉を捏ねて皆で作ったパン、コーンの粉をミルクでのばして作ったスープ、香草で香りをつけた鶏肉に小麦粉と卵をまぶしてバターで焼いたもの、野菜とソーセージを細かく切って卵で閉じたオムレツにはトマトソースを添えて、デザートはドライフルーツとナッツを沢山入れて焼いたパウンドケーキ。空腹も手伝って、苦心して作った料理は瞬く間に小さな胃袋に収まった。

 しかし、一人だけあまり食が進まない子どもがいた。虚ろな目をして、フォークで食べ物をつついて、持て余している。三歳くらいの、その女の子は、眠そうな、面白くなさそうな、冴えない表情で、頬を赤くしていた。ラエルはハッとして、席を立ち、彼女のもとへ近づくと、後ろから抱きしめるようにして、額に手を当てた。熱がある。フォークを皿の上に置かせ、抱きかかえると、彼女は全身冷や汗で濡れていて、ぐったりと頭をラエルの肩にもたせかけた。

「寝室は?」

「えっ、どうしたの?」

「この子、熱があるんだ。」

 数人の子どもに誘われて、寝室のベッドに女の子を寝かせる。子どもの一人に、寝間着を持ってくるよう指示し、その間服を脱がせる。皆が心配そうに部屋の外から覗いている。

「救急箱……薬箱はないか?」

 独り言のようにラエルが言う。子どもたちはひそひそと相談し合って、その結果をリーダー格の少年が報告した。

「救急箱って何? 薬はないから、薬箱もないよ。」

 ラエルは少し驚いて、少年を振り返った

「薬がないって?」

 アルディスが子どもたちを代弁する。

「シザウィーではメジャーなのかも知れんが、他の国では、一般家庭で薬を常備している所は少ない。高価だから、金持ちしか買えないのだ。その代り、町医者が白魔法で安価に治してくれる。つまり、薬がなくても困らないというわけだ。」

 ラエルは子どもたちをまじまじと見た。しょげ返っている、子どもたち。食うや食わずの生活で、町医者を呼ぶ余裕なんかないであろう。今まで、誰かが病気になったら、ただ寝かせることしかできなかったに違いない。怪我をしたら、唾をつけて誤魔化すような、そんな日々が一年も? ラエルは眩暈で頭がくらくらした。熱に苦しむ女の子の顔をみて、気を持ち直す。試しに、ミーナをちらっと見てみたが、一応の特技である白魔法を披露しようという様子は全くない。たぶん、彼女は火傷や切り傷などの外傷が専門なのだろう。キースは論外だ。一つ深く、息を吸い込んでラエルは言った。

「ないんなら、作るしかないか。」

 料理大会の次は、薬草狩り大作戦である。子どもたちに必要な薬草を採って来てもらうため、紙に絵を描いて説明しようと、ペンを走らせたのだが……

「よしっ、これを……」

 言いかけて、後頭部をアルディスの平手で強かに叩かれる。

「お前、ふざけるな! 地球外の生物なんか描いて、何の参考になるんだ?」

 ラエルはムッとして反論した。

「何言ってんだよ! これは、この地方に生えてるはずの、甘草って有名な薬草だぜ? 必要なのは根の方だけど、こうして葉の部分も描いて分かりやすくだな……」

「これが甘草だと? どこが草でどこが根だって? ミミズが這っているようにしか見えん。」

 断言されて、ラエルは頭を抱えた。彼は見目麗しく頭脳明晰だったが、芸術的センスだけは神に与えられなかったのである。キースはとても残念そうに首を振った。と、アルディスがラエルの手にしていたペンを取り上げた。

「いいか、甘草というのは……」

 素早いが、正確な筆致。ペンが紙を滑る音すら美しい。

「こういうものだ。」

 ため息のような感嘆の声が漏れる。ラエルがしたためたものとは全く別次元の細密描写。植物の美しさを再発見してしまうような、素晴らしい完成度であった。

「この草なら、見たことあるっ!」

「採って来るね!」

 子どもたちが何人か意気揚々と外へ飛び出す。

「後は、何だ?」

 描く準備万端で、ラエルに問う。彼は善人故に、粗悪な絵しか描けない者を笑いはしない。というか、最初の感想が「ふざけるな」である。彼にとっては愛すべき植物が、あのように描かれるのは、植物に対する冒涜に等しかった。しかしそれを考慮しても、何も怒らなくても、とラエルは思った。


 ――何だよ、ちょっと傷ついたぜ。これなら笑われた方がマシだ。

 

 寂しさに打ちひしがれて、ズキズキと疼く胸元を押さえる。ラエルが告げた薬草を、アルディスは次々と描き上げ、その度子どもたちは数人ずつ連れだって出掛けて行った。後に残ったのは大人たちと、病気の子どもだけとなった。気付けばキースは子どもたちに紛れて既に薬草狩りへ出掛けていた。

「オレも行ってくる。」

 そう言って外へ出たアルディスについて行くため、サラがラエルに断りを入れようと振り向く。そうして、とても不思議な光景を目の当たりにして、戸惑った。ミーナも同じ気持ちだったらしく、ポカンとしていたが、唾を飲み込んで、ぼそっと呟いた。

「何? どうしたの?」

 アルディスが描いた薬草の絵を、指でなぞりながら、穴が開くほど凝視している、ラエル。しかも、その手は興奮からなのか、緊張からなのか、震えているのだ。しばらく黙ってそういう状態だったらえるが、やがて瞬きをし、何とも切ない表情に変わって、目を細めた。

「わからない……」

 今度は、ミーナとサラに凝視される番だった。

「何が?」

「わからないんだ……」

 ラエルは悲しみに暮れた様子のまま、女の子が眠る部屋に向かい、静かに扉を閉めた。取り残されたミーナとサラは、茫然と扉を見つめていたが、ふと、アルディスの絵に視線を落とした。近寄って、もう一度、よく見てみる。上手であること以外、特に変わったことはない、薬草の絵……。

「わからないって、どういうことだと思う? こんなに上手に描けてるのに、何の薬草か分からないってことかしら? まさか、自分の絵とアルディスの絵の違いが分からないってわけじゃないわよね?」

「そういうことではないと思いますわ。何かもっと別の、直感みたいなものを得たのではないでしょうか?」

「直感?」

 ミーナが見当違いな方向でいろいろと思索を巡らす中、サラは的を得た回答を頭の中で浮かべていた。


 ――過去の記憶に触れる何かが、アルディスさんの絵の中にあったのかもしれない。でも、思い出すことができなかったのね。一体、どんな記憶なのかしら。


 太陽が西へ傾きかけた頃、キースと子どもたちが薬草を手に戻ってきた。ラエルは何事もなかったように笑顔で出迎えた。

「お帰り。おお、これこれ! これで薬が作れるよ。ありがとう!」

子どもたちの髪をくしゃくしゃっと撫でる。子どもたちは頬を染めて擽ったそうに笑った。キースにはもちろん触りもしない。薬草を紐で括って外壁にぶら下げたり、枯草で編んだ茣蓙の上に広げたりして、干す。子どもたちと、わいわい喋りながら作業していると、遅れて、アルディスやサラが戻ってきた。森や川で採れた食料を一杯抱えている。

「えーっ、これって食べられるの?」

「知らなかった。ただの雑草だと思ってたよ。」

 これで、子どもたちはしばらく飢えることもなさそうだ。

 サラはラエルがアルディスに接するようすを遠巻きに観察したが、異常は見受けられなかった。アルディスには、食料調達中に先程のラエルの奇怪な言動について話していたが、「オレの絵と奴の過去に、何の接点がある?」と、疑問を疑問で返されて、それ以上先の解答に辿り着くことはできなかった。ラエルは、サラのそんな視線に気付きもせず、手際よく作業を進めていった。天候に恵まれて、薬草はどんどん乾いていくが、完全に水分が飛ぶまで待っていたら女の子が気の毒なので、生乾きの薬草をいくつか取って、ラエルは台所へ向かった。その時、年長の子供を名指しで何人か呼んで、薬の作り方を教えてあげるからおいでと言った。子どもたちは別段気に留めることもなくラエルについて行った。しかし、大人たちは驚愕の表情で彼らの後姿を眺めていた。

「いつの間に名前覚えちゃったの?」

「さあ・・・」

 彼が子どもたちの会話をする機会はそんなに長くなかったはず。女の子の看病をしていたぶん、余計に短かったはずなのだ。

 アルディスとサラは、あることを思い出していた。レオンハルト王子は、一度見聞きしたことを全て記憶してしまうのだと。それが意味する内容について深く考えると、嫌な気分になった。

 おそらく彼は、子どもたちと初めて会った時の、会話ともいえない、単なる雑音みたいな子どもたちのざわめきを、全部、最初から最後まで余すことなく暗記してしまっていて、その中で互いの名を呼ぶほんの一瞬まで、いちいち覚えてしまっているのだろう。つまり、この時点で既に殆どの子どもの名前を知ってしまっていたのだ。下手をすると、子どもたち一人一人がどんな話し方でどんな性格でとか、そういう細かい所までわかっているのかもしれない。覚えたら最後、忘れないとも言われている、シザウィーの王子。

 彼はこの先の人生で、一瞬すれ違った程度の子どもたちを一人残らずはっきりと思い出すのだ。このままの映像と、このままの音声で。何度も、何度も、ことあるごとに。

 当の本人も、子どもたちの名前を呼んだ直後から、悲しみに見舞われていたのだった。ほんの短い時間しか触れあっていないのに、愛情が湧いて来てしまっていた。今日、明日中にも、別れなければならないというのに。薄れない印象を一生引き摺って生きていくのだ。何と寂しいことだろう。人を愛することが怖い自分。愛されることが怖い自分。けれど、愛したいし、愛されたい。こんな矛盾を抱えて、これまで生きてきたのだろうか。酷くやるせなかった。記憶を取り戻したら、どうなってしまうのだろう。いろいろと、忘れていた人のことを思い出して、それから?

 急に元気がなくなったラエルを、子どもたちは不安そうに見つめた。

「どうしたの?」

「具合悪くなったの?」

「お薬作ったら治る?」

 無心で慕ってくる、天使の瞳。ミーナと同じ、邪念のない清らかな瞳。そうだ、今は今のことだけを考えよう。ラエルは優しく微笑んだ。

「うん! 治る、治る! お兄ちゃんの薬は凄くよく効くんだからね。」

 子どもたちを引き寄せて、撫で繰り回す。人に心配してもらうのは、嫌いじゃなかった。それだけで元気になれる気がした。

 葉や根の部分すり潰したり刻んだりしたものを鍋に入れ、ぐつぐつ煮込む。煮詰まってきたところを布で濾し、絞る。緑色を帯びた茶色い液体。強烈なにおい。

「これを飲むの?」

「どんな味がするの?」

 鼻をつまみながら、子どもたちが完成した薬湯を覗き込む。

「良薬は口に苦しっていう言葉があるんだけど、その通りのものだね。味わって飲むものじゃないんだよ。」

「へええ・・・」

 病気になんかなるまいと決意させる程、それは不味そうな代物だった。冷ましてから、早速女の子に飲ませることにした。

「いいかい? 鼻をつまんで、一気に飲むんだよ。」

 砂糖や臭いを和らげるための果汁を添加してはいるが、不味いことに変わりはない。女の子は年寄みたいに顔をしわくちゃにして、恐るべき味覚に耐えた。

「よし、よし。よく我慢したね。」

 女の子の口の中に、飴玉を放り込む。薬嫌いを軽減させるための知恵というか、姑息な手段だった。飴をなめ終えると、女の子は安心して深い眠りに落ちた。

「これで、明日の朝には元気になるよ。」

 小声で子どもたちに囁くと、今度は夕飯を作るために台所へ向かった。アルディスやサラが採ってきた森の幸、川の幸を中心とした料理を、昼同様、子どもたちに手伝わせながら作り、皆でワイワイ賑やかに食べる。さながら大家族である。

 病気の女の子にはコーンのスープに千切ったパンを入れたおかゆを与えた。寝室から戻ってきたラエルは、皆にお茶を振る舞い、自らも席に着くと、先延ばしにしてきた話題を持ち出した。

「さて……一年前、何があったのか、話してもらおうかな?」

 子どもたちは沈痛な面持ちでテーブルに俯いた。リーダー格の子が、重たい口を開いた。川のせせらぎが、かすかに聞こえる、静かな夜。




    リーダー格の少年の話


 僕たちは、元々ナルシェって小さな村からやって来たんだ。ここからそんなにとおくないよ。ナルシェには、この建物よりもっともっと大きくて立派な建物があって、そこはね、氷の神殿って呼ばれているんだ。氷の神殿は、本当に全部氷でできているんだよ。誰がいつ建てたかは知らないけど。村の大人たちは皆、魔法使いでね、神殿が溶けて壊れないように見回りをしたり、魔法で修復したりして、毎日過ごしていた。それが仕事なんだって。僕たちは入っちゃいけないって言われていたし、近づくだけでとっても寒いし、夏はいつ溶けて崩れるかって心配だったから、誰も行ったことがないんだ。神殿の奥深くには、宝物が隠されていて、それがある限り神殿は溶けないんだよって、父さんが言ってたけど、滴がぽたぽた落ちてるの、みんな知ってたし、毎年ひどくなっていってたんだ。

 それで、去年の今くらいの時期にね、水の一族だっていう人がやって来て、宝の力が弱まっている、自分も力を貸すから、皆で力を合わせて宝を治そうって言うんだ。大人たちはあんまりその人のこと、信用してなかったみたい。でも、ナルシェは昔、水の一族から分家した人たちが集まって作った村で、お互い困ったことが起きたら協力し合おうって約束していたんだって。だから、簡単に断ることもできなくて、その人が言う通りに大人たち、魔法を使える者全員が神殿の宝物の所へ行くことになったんだ。出掛ける前に、父さんが僕にこっそり言ってた。もし、父さんたち大人が誰も帰って来なかったら、神殿に入ろうなんて思わないで、ルイの家へ行きなさいって。

 お兄ちゃんはここを風の城だって言ったけど、僕はルイの家だって聞いているんだ。小さい時に一度連れて来てもらったことがあるんだよ。その時はちゃんとルイっていう人がいた。父さんの知り合いなんだ。結局、父さんも母さんも、大人たちは皆戻って来なかった。神殿に行って確かめたかったけど、怖くて……。父さんの言いつけ通り、ルイの家に行って、ルイに何とかしてもらおうと思ったのに、いなかった。どこかに出かけているのかもしれないから、ずっと待っていたんだよ。

 時々、ナルシェに戻ってお金や食べ物を持ってきたりして、何とか冬を越すことはできたんだけど、春先には底をついちゃって。それで、川の魚を釣ったり雑草とか茸とか採って来たりして食いつないでた。でも、釣竿も釣針も少ないから、人数分の魚なんてとても釣れないし、どれが食べられる草かわからないから、お腹をこわしたりしてね。もう無理だと思って、街で泥棒をすることになっちゃったんだ。

 街の大人に話をしようとしても、すぐに孤児院へ連れて行こうとするんだよ。大人数だからいくつかの施設に分けなきゃいけないって言うし、そんなの絶対嫌だったんだ。で、今はこうして、お兄ちゃんたちと話してるってわけ。

 

 

 ラエルはリーダー格の少年が話すことを、自分の記憶に引っかかる部分がないか、確認しながら聞いていた。しかし、全ては滑り落ちて行った。ディーンが見せてくれた地図に氷の神殿なるものはマークされていなかった。相当マイナーなポイントであり、少なくともじぶんは行ったことがない、穴場中の穴場なのだろう。つまり、それは、本来の旅の目的から外れている、無関係な事柄であることを示している。

「行ってみましょうよ。その、氷の神殿ってところに!」

 キラキラ空色の瞳を輝かせて、ミーナは迷うことなく言い放った。少しは反論しなければ、とラエルが口を開きかけるが、

「おう、行こうぜ、行こうぜ! お宝が隠されてるっていうし!」

 と、キースの軽口に割り込まれる。

「宝探しはともかく、氷の神殿は見ておくべきだな。」

 顎に手を添え、アルディスが真面目に呟く。

「そうですわね。冷気の魔法を覚えたがっていらっしゃいましたもの。きっとラエルさんの参考になりますわ。」

 サラが白々しく付け加える。どいつもこいつも、敢えて子どもたちのためにと言わないところが憎らしい。

 子どもたちのつぶらな瞳は、容赦なく無言の刃を突き刺してくる。

「だぁーっ! 分かったよ、行きゃあいいんだろう? 行きゃあ!」

 降参の合図に小さな戦士たちは歓声をあげた。大きい方は静かに勝利を喜んだ。


 ――しかし、何てポジティブな奴らだ。この子たちの親が皆生きてるって思ってる。下手したら、惨殺死体が転がってるかもしれないじゃないか。

 

 ネガティブな若者は、暗い想像を忘れないのである。


 夜の闇が濃くなってきた頃、ラエルは再び台所に立ち、保存食を作ったり、薬を作ったりし始めた。自分たちの分と、子どもたちのぶんと。かなりの量であった。今夜中に作ってしまわなければならない。明日の朝には出掛けるつもりだった。

「もう、ここへは帰って来ないのですね。」

「……。」

 サラの独り言みたいな質問に振り向きもせず、黙々と作業を進める。彼女の言葉に、いろいろな意味が含まれているのは分かっていた。これ以上深入りして、情が移ったり移したりしたくないのですね。思い出を増やしたくないのですね。人と親しくするのが怖いのですね。……単なる被害妄想かもしれない。しかし、今のラエルにはそう聞こえたのだ。サラはラエルの底なし沼みたいな寂しさに浸食されて、とぼとぼと台所を出て行った。

 隣の食堂ではまだ皆座ったまま寛いでいて、雑談が続いていた。中にはうとうとしている子がいて、それをみたアルディスが、そろそろ子どもは寝る時間だと退散を促した。興奮の冷めない子どもたちは、まだいいでしょう?と懇願する。

 そこへ、キースが大きな声で割って入った。

「よーし、じゃあ、オレがとっておきの昔話を聞かせてやろうじゃないか。それを聞いたら寝るんだぜ?」

 大人たちは、彼の昔話が子どもに相応しいか疑いの眼差しを禁じ得なかったが、子どもは邪念もなく、彼の申し出を喜んで受け入れた。






    キースの昔話


 昔、昔、ある所に、一人の若者がおりました。若者は宝を守るのが仕事でした。宝はいつも泥棒に狙われていて、若者は守るのに必死でした。もう一人で守るのは無理だと思って、ある妖魔に助けを請いました。妖魔は若者の願いを聞き入れ、彼の代わりに宝を守ってくれました。但し、条件がありました。この宝より、もっと美しくて、自分を満足させられるような宝を見つけて来い、というのです。見つけられなかったら、この宝は自分のものにすると。

 若者はお金なんか持っていませんでした。でも、このままでは、宝が妖魔に取られてしまいます。悩みに悩んで、彼は仕方がなく、泥棒をすることになりました。ミイラ取りがミイラになってしまったのです。それ程、その宝は彼にとって大事なものでした。

 大豪邸やお城や遺跡や、時にはお墓まで暴いて、いろいろな物を盗みました。その度、妖魔に見せましたが、首を振るばかり。

 若者は困り果てました。もしかしたら、人間界にはないのかもしれないと思って、他所の世界に足を踏み入れてしまいます。それが、いけませんでした。他所の世界は人間の自分が耐えられるような環境ではなかったのです。彼は苦しんだ末に、気を失ってしまいました。

 目を覚ますと、そこは、とある国の、とある病院でした。起き上がろうとしても、手足が言うことを聞いてくれません。隣のベッドで、全身包帯グルグル巻きの人が言いました。お前は魔法の病気にかかって、倒れていたのだよ、それを旅の人が見つけて、ここまで運んできてくれたのだ、本当は懸賞金がかけられているような盗人のお前が来るところではないが、病気があまりひどいので治療薬の研究の手を貸すという条件付きで入院させてもらえることになったのだ、と。つまり、彼は新しい薬の実験台に選ばれたのでした。

 彼の病気は首から下が動かせなくなるもので、彼にしてみれば、絞首台で死刑にされた方がましでした。しかも、彼が盗人だという噂はあっという間に病院中、街中に広まり、嫌がらせも日を追うごとに酷くなり、彼はすっかり心を閉ざしてしまいました。妖魔との約束も、宝のことも、もうどうでもよくなて、投げやりな気持ちで毎日を過ごしていました。

 そんなある日のこと、ふてくされて寝ている彼の肩に、手を触れる者がいました。若者は振り返ってみて、目が飛び出る程びっくりしました。光り輝くようなその笑顔。天使が舞い降りたのではないかと思ったのです。十二、三歳くらいのその少年は、研修医なんです、と言いました。よろしく、と。これまでの人とはまるで違う、優しくて丁寧な態度で接してくれました。若者はもう、胸がドキドキしてしまって、どうしていいか分からなくなって、つい、悪態をついてしまいました。うるさい、オレに構うな、と。言ってから、とても後悔しました。周りの患者はぷんぷん怒っています。こんな盗人に情けをかけるもんじゃないと、少年に忠告しました。しかし、少年はちっとも気にしていない様子で、若者の側に腰かけて、こう言ったのです。そう、泥棒なんだね。欲しいものは手に入った? 自分が持っているものなら、あげられるんだけどって。若者も周りもびっくりしてしまいました。

 少年はとても献身的で、純粋を絵に描いたような子でした。彼がいると、それだけで病室が明るくなるようでした。だから、皆彼を傷つけないように、暖かく接していましたが、若者だけは違いました。照れもあったのでしょうが、思っていることと反対のことを言ったり、時にはわざときつく当たったりしました。それが、少年の望むものだと知っていたからです。

 何をしてもらいたいかと聞かれたら、人に何かしようと思う前に、まず自分をどうにかしろ、人の役に立とうなんて十年早いと答え、自分はこの先どう生きていけばいいのかな、と聞かれたら、先のことなんかオレだって知らないし、知らなくていいんだ、今を精一杯生きていれば、この先は向こうから勝手にやって来るものなんだ、悩む時間があったら勉強でもしてろ、と答えるのでした。

 少年は突き放された言い方をされればされる程、若者になついていきました。周りの人は不思議で仕方ありませんでした。えこひいきはいけないと分かっていましたが、若者に対する治療と社会復帰のための訓練は自然と熱が入り、若者もそれに応えました。 

 そして、若者はついに、松葉杖を使えば歩くことができるようになりました。少年は嬉しくて泣きました。彼はこんな泣き方をしたことがありませんでした。それで、若者に尋ねました。嬉しいのにどうして涙が出るんだろう、と。若者はぶっきらぼうに答えました。涙は感情の姿なんだ。感情が入っている容れ物にだって限度がある。そりゃあ、溢れることだってあるさ。それが、悲しくたって、腹が立ったって、嬉しくたって、同じことだ、と。少年は言いました。嬉しさが溢れるのなら、いくらでも涙を流したいな、と。

 そんな少年を見ていて、若者はふと思い出しました。妖魔が言っていた宝というのは、もしかしたら、ここにあるんじゃないか。少年自体か、それとも、少年の美しい心か、自分が少年を思う気持ちか、互いの真心か、その全部か……自分は形あるものにとらわれ過ぎていたんじゃないか、本当に欲しいものは、手で触れられない、盗むことなんかできないものなんじゃないか、と。今度、妖魔に会うことができたら、このことを話してみようと心に決めるのでした。でも、それは叶いませんでした。

 ある日、若者は少年に酷いことを言ってしまいました。少年が離れて暮らしている親御さんが、病気になったらしいと噂が流れていて、本人が知らない様子だったから、教えてあげようと思ったのです。その教え方がよくありませんでした。ほうら見ろ、自分のこともろくにできないくせに他人の世話を焼こうとするからだ。親の病気も見抜けないなんて、それでも医者の卵か? 恥を知れ、と。少年は真っ青になって、病院を出て行きました。

 周りの患者たちはカンカンです。日頃仲良くしている二人を羨む気持ちもあったのでしょう。何日経っても少年は戻ってきません。病院は火が消えたような、花が散ってしまったような寂しさです。包帯グルグル巻きの患者が、堪りかねて怒鳴りました。お前があんな言い方をするから、いなくなってしまったんだ。きっと親御さんが良くなっても、ここには戻って来ない、お前の顔なんか見たくもないのさ、と。若者はどうにも我慢できなくなって、わあっと叫びながら、松葉杖をついて病室を飛び出しました。

 そして、外を出て、ほんの数歩、気付いた時には馬車に撥ね飛ばされていました。

 少年は親御さんの見舞いやら何やらを済ませて、病院へひとまず戻ってきました。病院の前は黒山の人だかりです。何だろうと覗き込むと、血だらけの若者が仰向けに倒れているではありませんか。少年は人ごみを掻き分け、転がり込むように若者の傍らに跪きました。もう、息はありません。病室の人たちも外へ出てきて、わんわん泣いています。自分が悪かったのだと、少年に甲斐甲斐しく世話されている若者が羨ましくて、それなのに少年に酷いことばかり言う若者が許せなくて、つい、傷つけてしまった。一番つらいのは若者だと分かっていたのに、と。少年も泣きました。どうして信じて待っていてくれなかったのか、こんなことのために歩けるようにしたんじゃない、幸せになって欲しかったのに、嬉し涙を流してほしかったのに・・・

 

 

 

 

 

  子どもたちは、もう寝るどころの騒ぎではなくなって、ギャーギャー泣き始めた。ミーナも声を上げて泣いていたし、サラもさめざめと涙を零した。

 

 ――こんな話を聞かせてどうしようというのだ? どうせならもっと夢のある楽しい話をすれば良いものを。

 

 アルディスは眉間に皺を寄せて、腕組みしながら考えていたのだが、その矢先、台所で変な物音がしたような気がして、様子を見に行ってみた。

 ラエルが流し台に掴まりながら屈みこんでいて、周りに割れた食器が散らばっている。声を掛ける前に、自ら弁明する。

「ちょっと、眩暈がしただけだから・・・」

 横顔は青く、冷や汗が滲んでいる。

「お前、疲れているんじゃないのか? 少しは休まないと・・・」

 割れた皿を片付けようとアルディスが手を伸ばすのを止めようとして、返ってはね除けられる。

「いいから。お前、向こうで少し休んでいろ。」

 苛立っているような、優しいような声で言われて、ラエルはふらふらと食堂へ向かった。食堂は涙で濡れたべったべたの顔で溢れていた。元気がないなりにぎょっとして席に着く。

「どうしたんですか?」

 止まらない涙をハンカチで拭いながら、サラが聞いてくる。聞きたいのはラエルの方だった。

「どうしたって・・・どうしたんだ?」

「話、聞こえていました? 若者も少年も可哀想で可哀想で・・・ううっ。」

 ラエルは別の種類の頭痛に襲われて、眉間に拳を当てた。

「ねぇ、その後、どうなったの?」

 誰よりも真っ先にミーナが尋ねる。その顔は涙と鼻水の洪水である。

「少年は若者を手厚く葬って、実家に帰り、親孝行したんだ。まずは身内をって思ってね。そして少年が立派に成長したころ、難儀が降りかかって、あの妖魔が力添えをしてくれることになるのさ。」

「それから?」

「この先は、また別の話。今日は店じまいだ、さあ、皆、寝た寝た!」

「えーっ!」

 追い立てられた子どもたちは、渋々床に就いた。日中の働きぶりと、先程の泣き疲れで、案外寝つきは良かった。

 サラは子どもたちを寝かしつけた後、思いつめた様子で、そっとアルディスに自分の考えを打ち明けた。

「もしかして、さっきの話、キースさん自身の実話なのでは・・・。若者がキースさんで、少年は・・・。」

 アルディスが口を挟む。

「馬鹿な。昔話と言っていたし、第一、馬車に撥ねられて死んだと言っていたではないか。あいつのどこに幽霊の陰りを帯びた要素があるというのだ。」

 指さした先には、ラエルを追い回すキースがいた。

「なあ、なあ。これから大人の話をしようぜ!」

「うるせえ! お前はさっさと寝ろ! そして世のため人のため、未来永劫起きてくるな!」

「いやーん。ラエルちゃん、こわぁーい!」

 二人を見送ってから、サラがなお言う。

「それはそうですが、でも・・・」

「あまり深追いするな。何でもかんでも、あいつの過去と結びつくとは限らないだろう? 妙なことを考えていないで、お前も早く寝ておけ。」

 アルディスは背を向けて、さっさと行ってしまった。

 サラは小さくため息を吐いて、寝る準備をすることにした。アルディスだって、自分が描いた薬草の絵のことも、キースの昔話のことも、気にならないわけではなかった。

 でも、嫌な予感がしたのだ。危険な臭いというのか、わからないが、傭兵仲間が言っていた、「気を付けろ」の一言が、今になって重くのしかかってきていた。ラエルのことを疑う気は毛頭ない。ただ、彼の周りで、大掛かりな何かが渦巻いているのは確かなのだ。陰謀か、はたまた策略か。時の城の老人の話を信じるなら、全世界の滅亡に関わる問題であることに変わりはない。一個人が首を突っ込んでどうにかなるものでもないし、下手をしたら、邪魔となる可能性も十分に考えられた。

 彼は、一人を犠牲にして成り立つ世界は滅べばいいと言った。その一人とは、自分たちも含まれているのだと思う。だから、この身を大事にしなければならない。危険を自ら侵すまでもなく、「この先は向こうから勝手にやって来る」ものなのだ。


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