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9.深雪と深冬と学園祭1

「みーふーゆ?調子はどう?」

「……お姉ちゃん。うん、熱は、下がってきたよ」


 深冬の手術は無事に終わったのだけれども体力をかなり使ってしまったのか退院直後に深冬は風邪を引いて高熱を出してしまっていた。三日ほど魘されたあとようやく今朝になって熱が下がってきて少しなら話せるようにはなったらしい。


「良かったわ。もう少し療養して元気になったら学園祭にはいけるかしら」

「ん……間に合うといいけど……」

「焦らなくていいわ。十分時間はあるし、普通の学校と違って学園祭自体一週間続くしね」

「そだね。今年こそは……行きたいな……」


 冬華学園の学園祭は幼等部・小等部・中等部でそれぞれ一日間、高等部・大学部で二日間ずつの合計一週間開催される。これは学園側の配慮で他の学部生や複数人の兄弟姉妹をもつ保護者が参観しやすいようにというものである。


「そういえばお姉ちゃん、燐さまは何部にはいられたの?」

「確か料理部だったはずよ、お父さん情報によると」

「よし、頑張って中等部学園祭までに治すよ」

「……まぁ、あそこは毎年美味しいからねぇ」


 中等部の部活動で毎年食べ物系の出し物をするところはだいたい決まっていて特に混雑必至なところがその料理部なのだ。プロ顔負けとまではいかないけれども、将来のお嫁さんを目指した女の子たちを中心にごく少数のプロ志望男子を交えて毎日一生懸命研鑽を重ねるその手作り感溢れる作品は一回は食べてみるべきだと思う。


「それでお姉ちゃん、今年は招待チケットどうするの?」

「そうねぇ。お父さん、お母さん、爺やは確定として……あとは秋兄とマスターさんかな、お世話になったし」

「あ、マスターさん。うん、そだね。いいと思うよ」


 基本的に学園祭期間中は部外者の出入りチェックが厳しくなる。これは不審者対策や迷惑行為対策と言われていて部外者の参観については事前申請による記名式チケットの発行によって対応している。入場時に身分証明書と合わせてチェックすることでネットオークションによる転売も意味を無くしていたりもする。記名自体も学園側が用意する特殊なインクで記名するため偽造も難しく、その種類も不定期に変更されているらしい。生徒一人に対して招待チケットは四枚発行されるので、私たちは合計八枚だけどそんなにたくさんはいないから毎年お友達に頼まれたりして余った枠を代わりに申請してあげたりしている。厳密にはやっちゃいけない行為なんだろうけど、ね。


「今夜は少し固形物、食べてみる?」

「うん……でもお肉とかはちょっと……」

「じゃあその辺は瀬尾さんにおまかせ、だね」

「うん。瀬尾さんにもだけど、マスターさんに感謝、だよ」


 以前の深冬はたとえどんなに大好きな食べ物でもほんのすこしだけしか食べられず、辛くて悲しい時間だったのが今はマスターさんにアドバイスを受けて研究した瀬尾料理長さんのおかげで少しずつ食べられる量が増えてきて、毎日の食事は楽しみで嬉しい時間になったのだという。今では私たち姉妹だけではなく両親もマスターさんに感謝していて、この前のお休みの日にわざわざお店まで出向いてお礼を言いに行ってきたのだそうだ。深冬が復調したらマスターさんを招いて一緒に食事会をしようという事にもなっていて瀬尾さんがすでに張り切っている。


「はい、ミルクティ。それ飲んだら眠らなくてもいいからまた横になりなさいね」

「ありがとうお姉ちゃん」


***




 甘いミルクティを飲んで気分が安らぎ落ち着いたのか、横になってしばらくして深冬は以前水族館で秋兄に買ってもらったぬいぐるみを抱き締めて穏やかな寝息をたてはじめたので私は掛け布団を整えてから深冬の部屋をあとにした。その足で向かったのはそろそろ夕食に向けて動き始めるであろう厨房である。


「瀬尾さん、いる?」

「これは深雪お嬢様。深冬お嬢様のことですか?」

「うん。今夜からお肉以外の固形物食べたいって」

「でしたら丁度いいですね。学園の農場から新鮮な根菜類が届きましたのでシチューにしようかと思いまして」

「農場というと、農学部の?」

「はい。無農薬の有機野菜ですから味は折り紙つきですよ。深冬お嬢様の分はお肉をよく煮込んでとろけるように致しましょう」

「それはいいわね。よろしくお願い」

「畏まりました。学園祭開幕までには快復なされますよう、頑張ります」


 お父さんの経営する情報セキュリティ関連の会社は冬山家一門の人たちを中心に人を雇用していて本社である建物は私たちの住むこの屋敷に隣接する敷地に在る。社員さんの数はそんなにたくさんいるわけではないけれど、それでも50人くらいはいるみたいで瀬尾さんたちはそちらの社員食堂も兼任しているので結構大変みたいだ。

 料理人の人たちのうち、私たち家族の食事を作る人は瀬尾さんを含むごく少数で私たち姉妹のことを外部には漏らさないことを誓約してもらった信頼できる人たちだという。他の人たちは会社の社員食堂にのみ出入りしている普通の一門以外の人たちが多く、大体は学園の食堂経験者が多いらしい。


「あ、秋兄。今さっき深冬、眠ったところなの。だからお茶は用意しなくても大丈夫よ」

「おや、左様でございますか。では深雪お嬢様のご用意を」


 自分の部屋まで戻ってくると丁度お茶の用意をしてきた秋兄が深冬の部屋の前にいてノックをしようとしていたところだったのでそれを制止して深冬の眠りを妨げないようにして私の部屋へと招き入れ紅茶を淹れてもらうことにした。


「さっき深冬と話し合ったのだけど今年の学園祭は招待チケットをお世話になったマスターさんにも、と思ったのだけれどよくよく考えてみたら住所とかお名前わからないの」

「ふむ。ではわたくしのほうで手続きしておきましょうか?」

「ええ、助かるわ。それから今年は深冬も間に合えば中等部から参観したいそうなの」

「わかりました、付き添いはお任せください」


 表はやや冷たい風が吹いているけれど陽射しは柔らかく暖かで良いお昼寝日和だ。ただこれからの時間はどんどん太陽さんが傾いていくからお布団の外にいてはいくら空調があるとはいえ風邪を引いてしまうかもしれない。特に今日はやることもないし秋兄に夕食の少し前に起こして貰えるようにお願いして、私も少し休むことにした。


***


(秋美視点)




 深冬様がお元気になられて学園祭に参観されるのは誠に喜ばしいことだ。付き添いに関しても万が一を考えれば当然のことで、当日も忙しいであろう高等部保険医の氷雨兄貴の負担を減らすべく自分が行動すべきなのは理解している。

 だが問題はお嬢様方が目立つ行動を好まないと言う点にあり、自慢ではないが私の容姿はかなり目立つようだ。さて、どうしたものだろうか。


「……というわけなのだが兄貴、何か良い方法を知りませんか」

「珍しく出来る弟からの悩み相談だから何事かと思ったが、そんなことか。だったら父上に聞いてみたらどうだ」

「父上ですか?」

「ああそうだ。父上は普段から発揮しているからなかなか気づかないが、我々兄弟をもうけたほどには美男子だぞ?」

「!、たしかにそう言えば。なるほど、助かりました」

「ん。当日は深冬様を頼んだぞ」


 確かに写真にみる父上は若い頃は美男子で昨今は渋めのナイスミドルであるにも関わらず実際に面と向かって見るぶんにはそのようなことは感じさせないほどの普通にいるような男性といった印象を受けている。確かに言われてみればおかしい。…………今夜にでも伺ってみよう。

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