8.深雪と夏生の深冬への愛情
相変わらず太陽さんは毎日頑張っているけれど今日は珍しく曇っているので比較的過ごしやすい。深冬もあれからマスターさんのレシピから何かを得たらしい瀬尾さんの料理を以前よりは食べる量が増えた為か今日は午後になっても倒れることはなく、私の隣の席で一緒に授業を受けている。今日は久しぶりに深冬を連れて寄り道しようかな。もちろん夏生も連れて。
「……で。深雪。どうして俺はここにいるんだ?」
「私と深冬のお供」
「夏くんごめんね。私たち二人だけの寄り道はまだダメみたいなの」
夏生がものすごく居づらそうにしているのも無理はない。ここは学園内でも特に女の子が集中する、女の子に大人気なスィーツと紅茶のお店だからだ。店内で男性は店員さんくらいで夏生は完全にアウェイ状態だ。
「ちっ、しゃあねぇな。俺のぶん深雪の奢りな」
「いいわよ、それくらいなら。好きなもの頼んで」
「お姉ちゃん、私も出すよ?」
「深冬はいいわよ今日は」
「そう?じゃあ次の機会は私がだすね」
「…………おい、次もあるのかよ」
夏生が頭を抱えているのを見てちょっと可哀想かなとは思うけれど何かあった時に私たち二人だけでは心配だという両親との協議の結果なんとか妥協に辿り着いたのが夏生の同伴だったのだ。さすがに黒服さんとか連れて歩きたくないし。
「とはいえ俺は甘いものはそんなに好きじゃねぇからなぁ……ん?」
「どうかしたの?」
「いや、あそこのテーブルの三人組なんだが」
夏生がさりげなく親指で指し示す方向に軽く視線をめぐらすと可愛らしい少女三人と男の子一人のグループが和気あいあいとお喋りをしているのが見える。
「あら可愛らしいわね。あのリボンタイだと中等部の一年生かしらね」
「……あれは園樹の燐さまと夏海、秋川、春野のやつらじゃねぇのか?」
「本当だね……ということは」
「ああ、いるいる。駐車場に黒服さんの車と、店内にもそれっぽい私服のやつらがいるな」
「珍しいわね。お体弱いからあんまりこういった人混みにはいらっしゃらないって聞いてたんだけど」
園樹グループ総帥、園樹英雄様の一人娘、燐様は生まれつきうちの深冬以上に体が弱く酷いときは一年の半分以上をグループの病院に入院されていたこともある。最近は少し落ち着いて来たのか調子が良ければ徒歩通学(御屋敷が学園のすぐ隣に隣接されている)も可能なくらいにお元気になられたとは聞いていたけれど人混みにはほとんど専属医師の許可が出なくて現れることがないと聞いていたから、今ここにこうしていらっしゃるのはびっくりした。
「あんまり見るな、私服に気づかれるぞ」
「……そうだね。一応私たちは秘匿されてる存在だし」
「面倒よね、私たちの一族って」
園樹本家を守護する家としては護衛としての春野家、魔除けや結界などを司る時の神様を奉る秋川神社の秋川家と夏海流弓術の夏海家、それから情報系統のセキュリティ専門な私たち冬山家。合わせて守護四家である。ただ、冬山家に関しては当主夫妻である私たちの両親以外の家族構成、特に子供の情報は公開されていない。詳しい理由については私たちにも知らされていないけれど、おそらくは燐様に関する機密を担当している当家の弱味にならないようにという配慮の可能性があるのかもしれない。いずれにしても学園以外はもちろん、学園関連施設内であっても目立つ行動は避けるように言われている。ちなみに高等部には同じ名字の人が結構多いのは多分森を作ったのかもしれない。私たちという木を隠すために。偶然かもしれないけど。余談だけど校内放送での呼び出しは学年とクラス、それから下の名前で呼ぶように決まっている。さすがに同姓同名はいないからだ。名字だけで以前放送委員が呼び出しをしたら学年中の冬山さんが来てしまったという笑い話にするしかない事態になったらしい。
「夏生、決まった?呼ぶわよ。すみませーん」
「お決まりですか?」
「はい、私とこの子には季節のタルトケーキと抹茶シフォンケーキをそれぞれ一つずつで、紅茶はポットサービスのアールグレイとロイヤルミルクティー」
「俺はビターチョコブラウニーとダージリンのポットサービス」
「畏まりました。繰り返しますね。季節のタルトケーキと抹茶シフォンケーキをそれぞれお一つずつ、ビターチョコブラウニーがお一つ。ポットサービスのアールグレイとロイヤルミルクティー、ダージリンでよろしいでしょうか」
「はい。砂糖は使いませんので大丈夫です」
「畏まりました。しばらくお待ちいただけますか」
「はい、お願いします」
無駄ひとつない洗練された動作で華麗に一礼したウェイトレスさんが混雑する店内を歩んでいくのを見送りつつお冷やとして出されたレモン水に手を伸ばす。今日は比較的過ごしやすいとはいえ外はまだまだ暑い。そのため店内は程よくとはいえ冷えているためアイスティーよりはホットティーが飲みたくなるし、周りの女の子たちも大半がホットティーをポットサービスで頼んでいるようだ。ポットサービスというのは紅茶ポットにだいたい三杯分くらいの注文した紅茶を淹れてくれて、保温用の少し厚手の布で作られた覆いとともに出してくれるサービスで、それらとケーキ二種類程度のセットでも千円を超えないというとてもリーズナブルな、このお店『儚き夢の乙女』の看板メニューなのである。
「お姉ちゃん、このあと寄りたいところがあるんだけど……」
「どこにいきたいの?」
「んっと、手芸屋さん」
「夏生、いい?」
「ん、まぁいいさ。買うものは深冬のことだからだいたい決まっているんだろ?」
「うん。オーナーさんから昨日メールが届いて頼んでおいたアルパカの子供の毛糸が来たっていうから」
「おっけー、じゃああんまり遅くならないようにしましょう」
「うん、ありがとうお姉ちゃん、夏くん」
基本的にインドアな趣味になりがちな深冬は手芸ももちろんやっていて、行き付けの手芸屋さんのオーナーに頼んでなかなかてに入りにくい素材を注文することもよくある。だいたいは私や夏生あたりが代わりに受け取りに行くことが多いのだけど、今日のように体調がよく陽射しが和らいでいるような日は帰りに寄り道をしてお店に顔を出しに行くのだ。やっぱり自分で商品を確かめたいのだろうし。だから基本的に私と夏生は問題が無い限りは深冬の寄り道に付き合う。今いる喫茶店も深冬の要望だしね。滅多にこんな日は無いことだし、なんだかんだ言って夏生も付き合ってくれるんだよね。こういう夏生だから私は好きになったんだと思う。
「そう言えば夏くんは何か編んで欲しいもの、ある?」
「うーん、セーター頼めるか?一昨年編んでもらったやつ、もうきついんだよ」
「成長期だもんね、いいよ。色とかはいつも通り?」
「ああ、深冬の好きなようにしてくれていい。お前センスいいしな」
「褒めてくれてありがとう。お姉ちゃんは?」
「手袋かな。出来れば深冬とペアがいい」
「えー?夏くんとじゃなくていいの?」
「いいの。深冬とペアがいい」
「わかったよ。夏くん、ペアルックは任せたからね」
「ははは……」
そうこうしているうちに頼んでいた紅茶とケーキのセットが届き、楽しんでいるうちに燐様たちは帰られたようで私たちがお店を出る頃には黒服さんたちを含めて居なくなっていた。
「燐様も大変だろうけど学園生活を楽しんでくれるといいよね」
「深冬……」
「私もほら、似たようなものだから気持ちは分かるんだ。本当に嬉しそうだったもの」
「そうだな。でも深冬、お前もだぞ?」
「うん、分かってる。これからもお姉ちゃんや夏くんには色々迷惑かけると思うけど、そのぶん一生懸命、精一杯生きるよ」
「ああ、俺も深雪も兄貴もお前のためならいくらでも付き合うさ。いくらでも迷惑かけろ」
「ありがとう」
「さ、行きましょう?日が暮れちゃうわ」
深冬は体が弱い。そして実は秋ごろに簡単ではあるけれど手術を受けることになっている。成功率は高く、最近は食事の量も増えて確実に体力を付けつつあるけれどやっぱり不安はあるみたいで。だから外出や寄り道出来そうなときはこうやって理由を作っては夏生と連れ出して元気付けている。そして深冬も私たちの気持ちを理解しているようだ。最近は本当に前向きになってきているから大丈夫なはずだ。頑張りなさい、深冬。お姉ちゃんも夏生も応援しているからね。