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6.深雪と深冬と初めてのデート3

 それから人混みの中をはぐれないようにしっかりと手を引かれながら順路を進んでいくと合流を約束していたファーストフードのエリアに差し掛かったので深冬たちはいるかとあたりを見回してみると先に私たちを見つけたらしい深冬から声を掛けられた。


「お姉ちゃん、こっちだよ」


 声のした方を向けば秋兄に寄り添った深冬が左手でゆっくり手を振っていたので近づくと、秋兄がこっちだと私たちを連れて前方がガラス張りのボックスシート席に連れていってくれた。シートはふかふかなソファーで一人くらいなら私たちが座ったうえで横になれるくらいの広さがあった。


「うわぁ……涼しい」

「うん、気持ちいいねお姉ちゃん」


 ガラスの向こう側はプールのような空間になっていて水中と水上の両方が見れるようになっていて、最初はなんだろうと思っていたのだけれどもプールサイドに飼育員らしきお姉さんやお兄さんが現れ始めたのを見てふと気が付いた。


「これってイルカショーの……」

「ああ、そうだ。上に普通の観客席があるんだがかなり蒸していてな。ちょっと深冬にはきつそうだから俺のポケットマネーで特別席ここを押さえた」

「ええっ、高かったんじゃ……」

「招待券のおかげで半額だから気にするな。それより食べ物と飲み物買ってきたから好きなものを選べ」


 秋兄がテーブルの上に置いたトレイにはハンバーガーやサンドイッチ、サラダなどが各種二個ずつ並んでいてその他に飲み物はそれぞれの好みのものが用意されていた。


「秋兄、飲み物はともかく食べ物は多くない?」

「大丈夫だ、余ったら夏生こいつが全部食べるから。朝飯食べてないんだよ、寝坊したから」

「夏くん、朝御飯抜いたらダメだよ……」


 深冬は食が細いけれども寝込んで意識がない以外は必ず三食食べている。抜けばより倒れやすくなるとわかっているからだ。夏生は健康そのものな体力バカだけどそれにかまけて無茶をしていたら自分みたいに倒れるからちゃんと食べて、と深冬はことあるごとに夏生へ忠告している。これが私たち以外のクラスメイトたちなら「うっせー」と流してしまう夏生だけど深冬には弱いみたいで気まずそうにしている。


「おおかた遠足前夜の小学生みたいに興奮して眠れなかったとかいうオチなんでしょ、夏生アンタ

「どうしてわかった」

「……何年幼なじみやっていると思っているのよ」


 思い思いに手を伸ばして食べ始めながら夏生を弄りつつおしゃべりを楽しむ。フードコートのざわめきはかなり遠く聞こえるのでそこそこ防音されているらしい。空調管理の観点もあるのだろうけれど。あちらの雑多な雰囲気に囲まれての食事も魅力的だけど今日は深冬の精神的体力的な問題もあるから負担のかからないこの状況の方がいいと思うから、秋兄の心遣いには本当に感謝だ。


《本日は当館にお越しいただきまして誠にありがとうございます。お客様にご案内申し上げます。まもなくイルカショーを……》


 私たちと秋兄が食事を終えて夏生が残り物を胃のなかに納め始めた頃に場内アナウンスが流れてイルカショーがまもなく始まる事を知らされる。ガラスの向こう側を見れば数頭のイルカたちがプールの中を気持ち良さそうに回遊し始めていた。


「ん、深冬。大丈夫……?眠そうだけど」

「いつもはお昼寝の時間だからだと思うけど、大丈夫」


 秋兄の隣に座っている深冬が秋兄の肩に頭を預けて気持ち良さそうにうとうとしているので少し気にかけて見れば、お昼寝よりはイルカショーの方が大事らしく気だるそうにしながらもちゃんと返事を返してきた。


「これ終わったら早めに引き上げるか?お土産見繕って」

「私はいいけど深冬はどうしたいの?」

「秋兄さま、次いくところは遠いのですか?」

「ん、少しかかるな」


 どのような場所かについては相変わらず「秘密だ」と教えてはくれないけれど私たち姉妹が気に入る場所という自信があるらしいので、秋兄の見立てを信頼して楽しみにしている。


「やっぱりもう少し体力つけないとだめね、深冬」

「うん……でもどうしたらいいのかな。もっと食べたいんだけどどうしても、ね」

「氷雨さんに相談する?」

「だったら俺が兄に聞いておく。そのうえで料理長に伝えていけば早いだろう」

「あ、そうだね。秋兄さま、お願いします」


 氷雨先生は私たちの高等部の保険医でもあるけれど内科の医師免許をもつお医者さんでもあって、私たち姉妹以外にも体の弱い生徒たちから健康相談を受けていたりしているのだ。

 深冬がもう少し体力をつけてくれれば行動範囲が広くなる。そうしたら氷雨先生の許可がでれば泊まり掛けで旅行もいけるかもしれないし。この世界はヘキサニアよりかなり広い気がするし、死ぬまでに深冬と、夏生や秋兄とたくさん見て回りたい。


「お、どうやら始まるみたいだな。ほらたくさん泳ぎ始めたぜ」

「わ、本当。ほら深冬、始まるわよ」


 部屋に設置されたスピーカーから進行役らしい飼育員のお姉さんの軽やかな挨拶に続く説明と水跳ねに関する注意が始まり、最初の演目としてアシカのショーが始まる。


「秋兄さま、あの子すごい」

「そうだな、なかなかに俊敏だ」


 先ほどまでの眠気はどこへやら、大きなボールを使ったヘディングやヒレを使った演技に深冬が目を輝かせて食い入るように楽しんでいる。そんな深冬を秋兄は時折髪を撫でながら相づちをうち微笑ましく見つめていたりしている。


「……ねぇ夏生。秋兄って浮いた噂とかそういえばあったっけ?」

「ねぇな。学園時代から人気は凄かったけれど」

「深冬は脈あると思う?」

「わかんねぇが……」


 少し離れた場所に陣取った私は声を潜めて夏生に気になっていたことを聞いてみれば人気だけは凄かったけれども誰とも付き合おうとはしていなかったらしいことがわかった。婚約者がいるという話もきかないし、深冬の頑張り次第なんじゃないかなという話をしたところではしゃぐ深冬の頭の向こうから私たちにむけてとってもいい笑顔で微笑む秋兄の視線に気がつき思わず背筋にゾクリと悪寒がはしる。やばい、この話題はここまでにしたほうがいいかも。そう、夏生とアイコンタクトを交わし夏生が誤魔化すように私の肩を抱き寄せてきたので私も便乗してそれに従い、頬を寄せあうような形になったことに今更ながらに気づいて少し赤面してしまった。


***


「んーっ、楽しかったねーお姉ちゃん」

「そうね。お母さんたちへのお土産も買ったし」

「それにしても深冬のソレはでかいな……」

「抱き枕としては丁度いいと思うがな」


 お母さんたちへのお土産はお菓子などの消え失せ物にして私たち個人のものは形が残るものを思い思いに求めて渡した結果、私は夏生にクリスタルでできたイルカ型の置物、夏生は私にシルバーでできた小さなイルカの付いたネックレス。深冬は秋兄にと随分悩んだ末にハンカチとネクタイのセットを贈り、秋兄は深冬に私と同じネックレスと一抱えもあるようなイルカのぬいぐるみを贈っていた。なんでもそのイルカさんは深冬の一目惚れらしい。確かに深冬はぬいぐるみコレクターと言うくらいには部屋の至るところに飾ってある。


「まあ本人が喜ぶものが一番いいだろう?なぁ深冬」

「うんっ、秋兄さまありがとう!」


 早速首に贈られたネックレスをそれぞれ二人に付けて貰い次の目的地へ向かうため秋兄がエントランスまで回してくれた車に乗り込み私たちは出発するのだった。



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