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4.深雪と深冬と初めてのデート1

 次の日の朝はごうごうと風の鳴る大雨だった。ちょっと“るてるて坊主”を作りすぎたかもしれない。まぁもともと屋外施設にいく予定はなかったし、午後には止むらしいからいいよね、と割りきることにした。


「おはようお姉ちゃん。なんか凄い天気だね……ちょっと作りすぎたかも」

「え?……もしかして深冬も?」

「え、お姉ちゃん……も?」


 自分の部屋の窓際にぶらさがっているのが五個。深冬が作ったのが話によれば五個。合わせて十個。うん多い。


「さしもの太陽さんも今日は休憩なんだね」

「ま、いいでしょう。問題ないわ屋内だし。それより朝ごはんを食べたら出かける準備しなくちゃ」

「うん、そだね。遠いから急がないとね」


 料理長が食の細い深冬にと気をきかせてくれて道中お腹が空いた時のためにと水筒に淹れた紅茶と小さめのバスケットに入れたサンドイッチを人数分用意してくれたのでありがたく受け取る。人数分あればみんなで食べられるし深冬も遠慮して我慢しなくてすむ。深冬は時々過度に遠慮することがあるからだ。

 朝食を終えて私たちは身だしなみを整えながら秋兄と夏生たちがくるまでに念入りに準備を重ねる。雨が降ってはいるものの夏場であることと基本的には屋内にいることを踏まえたうえで私は淡い水色の、深冬は薄い碧色のサマードレスで身を包むことにした。晴れていれば大きなリボンの付いた麦わら帽子もと考えていたけれど今日は必要がないかもしれない。一応トランクに積んでもらうけれど。靴は高いヒールではなくローファーで。たくさん歩くかもしれないし、少しでも深冬の負担を減らしたいから。それから冷房に備えて深冬にはショールを。深冬の部屋のように専用の空調システムがあるわけじゃないからね。念のためカーディガンも用意しておこうかな。……過保護って言われるかもしれないけれど今日みたいなハレの日は深冬にとって最高の一日になって欲しいのだもの。そして私はそんな深冬の隣で一緒に笑いたい。深冬が幸せなら私も幸せだもの。


「深雪、深冬。秋美さんと夏生くんが玄関前の車止めに来ているわ」


 そう言いながらお母さんが微笑みながら深冬の部屋にいた私たちのところに来てくれた。


「二人とも楽しんでいらっしゃい。そして無理を感じたら秋美さんたちにちゃんと頼りなさい。いいわね?」

「「はい」」

「じゃあ気を付けて行ってらっしゃい」


 お母さんはそっと私たちに可愛らしいポチ袋をそれぞれ一つずつ渡してくれる。「無駄遣いはダメですよ?」と言いながら。


***


 お揃いの高校生がもつにはちょうどいいくらいのショルダーバッグを携え玄関から表に出れば秋兄と夏生がそれぞれ後部のドアを開けて待っていてくれた。車はこの日のために秋兄がレンタルしてきたらしいゆったり座れるような大型の車だった。


「おはようございます深雪さん、深冬さん。さぁこちらへどうぞ」

「深雪、深冬。とても似合っているぜ?二人とも後部座席だな。トランクに積むような荷物はあるか?」


 秋兄はともかく普段は適当な格好しかしていない夏生が今日はきっちり髪を整えて爽やかさ溢れる好青年に変身していた。おそらく秋兄の仕業だろう。


「夏生ってさ地はいいのよね。普段ももう少し頑張ってよ」

「でもお姉ちゃん。夏くん、結構モテてるからこれ以上普段からかっこよくなったらライバル増えちゃうよ?」

「むむっ、それは面倒ね。じゃあいいわ。私たちのまえだけでお願い」

「準備はよろしいですか?それでは出発いたしますよ?」

「あ、秋兄まった!」

「何でしょう深雪さん」

「んっと、プライベートなんだし秋兄も普段通りで接して欲しいかな」

「…………ふぅ、わかった。じゃあいくぞ深雪、深冬、夏生」


 走り出した秋兄が運転する車内で私はふと気になって夏生に声をかける。


「ねぇ夏生。“るてるて坊主”いくつぶら下げたの?」

「んー……念には念を入れて十個だな」

「……夏生のせいだったのね、この大雨」

「あん?」


 私たちのぶんと合わせて合計二十個だと聞いた夏生は「さすがに作りすぎたか……」と頭を掻きながら“るてるて坊主”の威力に恐れ入っているようだった。

 せっかくの日曜日にこの大雨なせいか道路はあまり混んでいないようで隣県にある海沿いの水族館へと順調に車は走っていく。海沿いのこの水族館は普通の展示に加えて里山の河川や小川、海の生活に関する史料的な展示などあってなかなかに楽しめると評判なのでいつかは行ってみたいねと深冬と良く話し合っていたのでとても楽しみにしている。


「深冬、それから深雪。次のサービスエリアで休憩を取るぞ。順調に来すぎてるから少しゆっくり目に休もう」


 田舎道を最初走っていた車はおしゃべりに夢中になっている間に高速道路を走っていたようで大雨が降っているとはいえそれでも賑わいを見せる大きなサービスエリアへと秋兄はハンドルを切り運良く前の方の施設に近いところに駐車することができたのだった。


「なかなかお洒落な建物なのね」

「ここら辺では一番充実しているらしいぜ」

「目的地まではもう少しかかるから深雪と深冬はまず済ませるものを済ませてこい、出入口付近で待っていてやるから」

「うんわかったわ」

「ありがとう、秋兄さま」


 秋兄と夏生が先に降りてトランクから大きめの傘を取りだし広げてからドアを開けてくれる。そのまま二人にエスコートされて用を済ませる為に中に入れば心安らぐ空間に感心しつつ並んでいる列の最後尾に二人で並ぶ。

 そうして中で深冬と待ち合わせして秋兄たちが待っていてくれるあたりの場所に目を向けると黄色い声が飛び交う人だかりを見つけてしまったのだった。


「うわぁ……」

「まぁ秋兄さまですし……」


 二人を遠巻きに眺めている一団ばかりではなく積極的に声をかけている人達までいてちょっとした騒ぎになりはじめている。


「うーん、声掛けづらい」

「どうしよっか」


 そうこうしているうちに今度は深雪たちにも災難が降りかかる。


「ねぇねぇ君たち可愛いね。どこからきたの?」

「二人だけ?俺たちとお茶しようぜ」

「いえ、連れがいますから結構です」

「そういわないでさ、いこうぜ」

「やぁっ!?離してください!痛っ」

「ちょっと妹の手を離して!」


 深雪たちに目をつけた見た目はいいけれども言動は軽薄そうな青年たちが嫌がる二人を強引に連れていこうとろくに抵抗できない深冬の手首を強く握り、それを止めさせようと深冬がその手をほどこうと試みなんとか振りほどいて半泣きの深冬を自分の背中に庇う。周囲は騒然とし始め野次馬が周りを囲み始めたころ、ようやく夏生が、次いで秋兄が野次馬を掻き分け青年たちと深雪たちの間に割り入った。


「大丈夫か二人とも」

「私たちの連れに何か御用ですか?」


 秋兄は私の背中で震えていた深冬を優しく抱きしめてその背中を撫でながら落ち着かせつつ、半身で青年たちを睨み付ける。夏生は夏生で私を背中に庇いながら相対し、


「女の子に乱暴振るうなんざ男の風上にも置けねえな。そんなナンパやってからいつまでたっても連れができねぇんだよ」

「……そうですね。女性の身体は優しく扱わねばなりません。あぁこんなに痕が付くほど握られてしまわれて」


 夏生の挑発と深冬の赤くなった手首を愛おしそうに撫でさする秋兄、その二人に身体を預けてようやく安堵し恐怖から解放されてうっすらと涙を浮かべる深雪と深冬の姿に集まった野次馬たちは加害者である青年たちを白い目で見ながらひそひそと非難を浴びせ始め居心地が非常に悪くなった青年たちは悪態を吐きながら乱暴に野次馬を掻き分け逃げ出したのだった。


***


「悪いな気付くのが遅くなって。怪我はないか?」

「私は大丈夫。それより深冬が」

「赤くなってしまいましたね。夏生、少し冷やせるものを」

「わかった。すぐに戻ってくる」

「秋兄さま……助けてくれてありがとう。お姉ちゃん、守ってくれてありがとう」

「いいのよ。それにしてもあんなナンパで成功するとか本気で思っているのかしらね」


 今私たちはサービスエリアの施設の中にあった有料の休憩用個室にて休息を取っている。あまりにも大騒ぎになってしまい普通のスペースでは落ち着けそうになかったからだ。

 秋兄は深冬を膝の上に横抱きのように座らせ自分の心音を聴かせるように抱き抱えている。深冬は最初は戸惑っていたものの今はその胸板に頬を赤らめながら完全に預けて幸せそうにしている。


「深雪、お前も怖かったろうに良く耐えたな。そしてすまなかった」

「いいのよ、秋兄。私たちがもっと早く声をかければ良かったんだけど」

「次回は気を付けるとしよう」

「ただいま、兄貴これでいいか?」

「上出来だ」


 売店の人に頼み込んで細かく砕いてもらったという小さな氷の入ったビニール袋を新品の柔らかなハンドタオルで包んだものを夏生は秋兄に差し出し、それを深冬の手首に宛がう。


「あまり引かないようなら後で先生に診てもらおう」

「痛みはもうないよ」

「そうか。だが何か異変があったら遠慮なく言うんだぞ」

「うん」


 夏生に頼んで車から料理長が用意してくれた軽食の入ったバスケットを持ってきてもらい、小腹を満たして十分に落ち着いた頃には雨も小降りになり始めたので私たちは再び目的地を目指し始めたのだった。

車までは深冬はもちろんお姫様抱っこのまま運ばれました。

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