3.深雪と深冬と前世の想い出
翌日、朝から私たちは深冬の部屋で早退した授業の課題を片付けていた。特に頭が良いというわけではないけれども悪くもないのでおしゃべりしながらも午前のお茶の時間には終わらせる事ができていた。
「……お出掛け、明日にしておいて正解だったわね」
「うん、そだね。今日も太陽さん朝から頑張ってるね」
大きな窓ガラス、テラスの先に見える青々とした芝生の広いお庭はまだ午前中だというのに陽炎が揺らめくほどに太陽さんに熱されているのが見えて、こんな日にお出掛けなんてしたらものの数分で私たちは病院送りになっていそうなのが否応なしに想像できる。
「この世界にも精霊さんているのかな、お姉ちゃん」
「どうだろうね。見えないから判らないよ」
「精霊さんと言えばさ、私たちの可愛い孫のウィリアムはちゃんと結婚までいけたのかな」
「やたらと可愛い綺麗な精霊さんの女の子たちにモテモテだったからねぇ……」
私たち姉妹は前世でも仲の良い双子姉妹でウィンター男爵家という名前を聞けば貴族だけど実質は庶民と変わらない生活の冒険者一族に生まれていた。
あの世界での冒険者という存在は子供たちが憧れをもつほどの花形職業で高度の知識や技を必要とする、誰にでも門戸開放されてはいるけれどなり手を選ぶような職業だったから私たち姉妹は結婚を期に引退して婿入りしてくれた夫たちを支えていたのだった。余談だけど私たちの夫は二人とも兄弟で双子ではないけれどよくにていた二人だった。
「箱庭伝承が本当なら来世でも私たち、姉妹になれるのかなぁ、お姉ちゃん」
「さあね。そんな先のことより私は深冬との生活を楽しみたいのだけど?」
「あ、うん。そだね……うん」
「それから何度も言っているけれど伝承の事は他言無用よ?もちろん秋兄にもね」
「わかってるよ、お姉ちゃん。ごめんなさい」
箱庭伝承は冬山本家にのみ伝えられる古い時代からの言い伝えで異世界ヘキサニアとこちらの世界、あちら側でいう異世界日本に関する重大な秘密を表しているというものだけれど、代替わりする際に直系の血筋の者にだけ引き継がれていくことになっている。だから私たち姉妹はお嫁に行くことはなく、結婚する場合はお婿さんを貰うことになるということが決まっているのだ。
「明日は何処にいく?深冬は何か希望あるの?」
「涼しいところかなぁ」
「具体的に言いなさいよ」
「じゃあ水族館。ちょっと遠いけど」
「他は?」
「お姉ちゃんの行きたいところでいいよ」
とはいえ基本的には深冬優先の思考でないと大変なことになるのは目に見えているのでかなり遠方にある水族館との往復ルート上にある屋内施設から高校生のお小遣いで行けそうなところを考えて絞りこんでみる。家は確かにお金持ちだけどあくまでもそれはお父さんたちの稼ぎであって私たちが自由に使い込んでいいものじゃないから、月々に貰えるお小遣いとお母さんのお手伝いをしてその対価で貰える臨時のお小遣いでやりくりしているのだ。……アルバイトはしてみたいけど、体力的な問題とセキュリティの問題で許されていない。特殊な事情だから仕方ないと私たちは納得して諦めている。
「お嬢様方、お茶をお持ち致しました」
「秋兄ありがとう」
「秋兄さまありがとう」
「本日のお茶菓子はこちらです」
差し出されたそれは明らかに手作りとわかるカップケーキ。焼きムラがあって微妙な焦げ目があるそれは……
「……お母さまね」
「はい」
前世のお母さんはレシピがわかれば初めて食べる料理でも再現できるくらいにはお料理が得意だった。けれどもこちらの世界では勝手が違うのか知識は豊富でも腕が追い付かないらしくかなりの頻度で今回のような出来上がりになる。とはいえお母さんの愛情がたっぷり詰まった作品なのだから見た目は多少悪くても美味しくいつもいただいている。努力家のお母さんのことだからそのうちきっと良くなるだろうし。
「それはそうと秋兄。明日は深冬の希望で水族館お願いね。それから私には夏生がいるので秋兄は深冬のエスコート、よろしく」
「畏まりました。他は何かご希望ございますか?」
「思い付かないから秋兄におまかせ!」
「なるほど……お嬢様方に合いそうな場所を見繕っておきましょう」
秋兄が部屋を辞したあとに私たちは再びおしゃべりを再開する。秋兄がいてもおしゃべりはしていたけれど、前世絡みはなるべく話さないようにしていたからこれでようやく気兼ねなしにおしゃべりできる。
「そういえばサーレント陛下肝いりの賢者の学院義務教育構想。あれはなかなかに斬新で良い政策だったわね」
「うん。もう少し早く世に出ていたら私も通って見たかったな」
「それはそうと深冬。あなた大学はどうするの?」
「うん、このまま冬華学園の大学部にいくよ。お姉ちゃんもでしょう?」
「そうじゃなくて、学部の話よ。私は工学部に行くけど深冬は違うんでしょう?」
「……まだ決めていないよぅ」
冬華学園というのは私たちが通う高校も含めて幼稚園から大学院まで希望すればエスカレーター式に進学できる、まるで一つの都市のような場所だ。もちろん外部からの入学生も毎年くる。
「……でもお姉ちゃんが工学部って意外」
「そう?んー、遺失技術で魔導工学ってあるじゃない。多分こっちの工学と似てる分野があると思うのよね」
「それってあっちの世界に転生かつ記憶取り戻し前提?」
「そだよ。どうせ転生するかもしれないならお土産つきのほうがいいじゃない」
「なるほど……そういう選び方もあるんだね」
その後深冬は少し身体を休めるというので私は自分の部屋に戻ることにした。その際添い寝は必要ないと言われたので少しホッとした。というのも結局昨夜も添い寝をねだられて一緒に寝ていたからいつになく強い不安に包まれるほど身体を弱くしていたのかとかなり心配していたからだ。
「……ふぅ、皮肉なものね。前世は立場が逆で、深冬が私よりも身体が丈夫で私は来世は強くなりたいと願ったら今度はあの子が前世の私みたいに病弱になってしまうなんて」
もしもまた来世で姉妹になれるなら。今度は二人とも元気な身体に生まれたらいいな。そう思いながら私は自分の勉強机の椅子に腰掛け携帯電話を手に取り夏生に電話をかける。
仲の良い友達にはガラケーじゃなくてスマートフォンにしなよとよく言われるけれどこのガラケーは冬山家の技術力が込められた特製品なのでそう簡単に変更できないし、何より私はこの手のひらに収まる重量感が好きだ。
「あ、夏生?昨日はプリントも含めてありがとうね。それから明日はよろしくね?」
「ああ、まぁいつものことだし気にすんな。で、明日はどんな感じだ?」
「取り敢えず海沿いの水族館と秋美さんのチョイスとお昼ご飯をどこかでだからお昼ご飯代は持ってきてね。入館料とかは招待券がたくさんあるから大丈夫」
「わかった。じゃあ明日またな。曇りだといいんだが」
「そこは良い天気になればとか言うんじゃないの?」
「深冬がまた倒れるだろ、ここのところの陽気だと」
「それもそうね。深冬は秋美さんにエスコートお願いしたから、明日の初デート楽しみにしてるわ」
「あ、ああ」
「じゃあね」
「おう、またな」