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2.深雪と深冬と秋兄さま

 秋兄が深冬の部屋から退出したあとに私は深冬の着替えを手伝い、そしてふかふかのベッドに寝かせてからその枕元にある椅子に腰掛けておもむろに尋ねる。


「ねぇ深冬。秋兄のこと好きになったのって最近?」

「えっ!?」


 どうして知っているの、といった表情で私を見返してくる深冬に私は確信したのはついさっきだけどと前置きしたうえで、


夏生アイツと秋兄とでお姫様抱っこされてるときの表情や雰囲気が段違いだし、深冬ってさ時々秋兄を時を忘れて見つめてるじゃない」

「あぅ」


 雪のような色の顔を朱に染めた深冬は恥ずかしいのを隠すように掛け布団の中へとゆっくりと隠れようとしているのを私は「だーめ」と掛け布団を捲って引き留め、


「恥ずかしがることじゃないでしょう?好きなものは好きなんだから」

「で、でも……」

「ま、深冬には秋兄……秋美あきよしさんのほうが丁度いいと思うわ」

「そ、そう?」

「うん。秋兄、知的だし秀才肌だし夏生アイツと違って女性の扱いに長けてるし、それに誠実だし」


 本当にあの二人が兄弟だなんてたまに信じられなくなる時がある。夏生と秋兄は私たちとは違って少し歳の離れた兄弟で、冬山の分家にあたる冬川家の次男と三男である。ちなみに学校の保険医である冬川先生は冬川家の跡取りである長男で、したの名前は氷雨ひさめという。


「さ、身体を楽にして少し眠るといいわ。私も今日は着替えたら休むつもりだし」

「うん。そだね……あ、お姉ちゃん今日は、ダメ?」

「んー……この甘えん坊さんめ。高校生にもなって姉妹で一緒に寝てるなんて私たちくらいじゃないの?」

「前世からの仲だもの、だめ?お姉ちゃん」

「……はぁ、しょうがないわね。少し待ってなさい。すぐに着替えてくるわ」


 こうやって深冬が添い寝を望んでくるときは精神的に不安定になっている場合が多い。夏生がトラウマになったあの時以来深冬は体調が悪いと私に添い寝をねだるのだ。人肌に触れていると安心するのだろう。お母さんもお父さんも苦笑はしているが、こういった事を拒絶はしていない。それどころか深冬のベッドをシングルからダブルに変えてしまったくらいだからあまあまだ。


「おまたせ。隣はいるわよ」

「……お姉ちゃん、制服脱ぎっぱなしとかじゃないよね?皺になっちゃうよ」


 あまりに早く戻ってきた私に深冬が冷静に突っ込みをいれてくる。私はドキリとしながらも努めて表情を悟られないように作り笑いでかわしつつ深冬の隣にそっと潜り込む。


「大丈夫だって、明日はお休みだし洗濯にまわすから」

「……つまり脱ぎ散らかしたんだ」

「う……」

「しょうがないなあ。皺になったら後で直してあげる」


 そう言いながら深冬は私にすりよってきてその華奢すぎる身体を密着させてくるので私は軽く抱き寄せて目と鼻の先にある深冬の柔らかな頬をそっと撫でれば深冬は気持ち良さそうに瞳を閉じてしばらくすると静かに寝息をたて始める。その安心しきった表情を確認してから私も一眠りをしようとゆっくりと瞳を閉じたのだった。


***


 深冬の身体にあわせて室温は空調によって過ごしやすい温度に自動調整されているため外がどんなにかんかん照りであってもぐっすりと汗をかくこともなく眠ることができる。やはり相当に疲れていたのだろう、二人が目を覚ましたのは西の山々の向こう側に今日も力一杯働ききった太陽さんが帰っていく頃だった。


「お目覚めですか深雪お嬢様」

「ん……おはよう、秋兄。喉乾いちゃった」

「はい、いつものでよろしいでしょうか」

「うん。それから深冬は夕食までは無理に起こさないで寝かせてあげて?」

「畏まりました」


 東京の大学を卒業した秋兄は地元に帰ってくるなり私の家で年老いてきた家令の下で執事として働きながら私や深冬が出掛けたりするときの護衛も行っている。秋兄本人は「まだまだです」と謙遜しているけれども合気道有段者だというのは凄いと思う。

 まだぐっすりと眠っている深冬を起こさないように静かにゆっくりとベッドから抜け出すとすぐ脇の小さなサイドテーブル備え付けの椅子に座り、秋兄に淹れてもらったばかりの香り良いアールグレイを一口含む。私はこの香りが大好きで、目覚めの一杯に必ず飲んでいる。深冬はというとたっぷりのクリームとミルクを入れたミルクティーが好みだという。顔も体型もそっくりな私たちだけど、好みという点においては個性がでていて良かったと思う。


「お嬢様方がお休みになられていらっしゃる間に夏生が来まして、担任の先生からだというプリントを置いていきましたのでご確認くださいませ」

「ん……あぁ、早退した授業のまとめと課題ね。あとで深冬と片付けるわ」

「明日の予定ですが如何いたしましょう?本日の御様子を鑑みますとずらされたほうが」

「そうね。明日はゆっくり休養してお出かけは明後日にするわ」

「畏まりました、そのように手配致します」

「お願い。あとは私が深冬が起きるまでやるから秋兄は他に向かっていいわ」

「畏まりました。失礼致します」


 一礼して退室していく秋兄を座ったまま見送るとふぅっと気を張っていた姿勢を崩してだらしない姿勢をとる。こんな姿はたとえ身内に近い秋兄にさえも見せられない。せいぜい深冬くらいだ。それでもたまに深冬に怒られるのだけれども。でもプライベートの時くらいはいいじゃない?みんな固いんだからまったくもう。


「…………んぅ……お姉ちゃん?」

「おはよう、深冬。大丈夫?」

「もうちょっと寝ていたいかも……」

「そぅ……まだ夕食まで時間があるわ。起きるときに秋兄が用意してくれたミルクティーを淹れてあげる」

「秋兄さまは……?」

「まだ起きないと思ってたから他の仕事に向かってもらったの。ごめんなさい」

「んーん、秋兄さまは忙しいものね。大丈夫」


 深冬がこんなに早く目覚めるとは本当に思ってもみなかったから、こうだとわかっていたら秋兄に待っていて貰えば良かったと深冬が秋兄のことが好きだとわかった今なら尚更に悔やまれる。だって秋兄が淹れてくれるミルクティーを飲んでいる深冬はいつも幸せそうな笑顔をみせてくれるのだもの。


「お姉ちゃんの淹れてくれるミルクティーも大好きだよ」


 深冬はそう言ってくれるけれど私は病気がちなせいで満足に暮らせているとは言い難い妹には出来る限りの幸せを感じていて欲しい。言葉にはしないけれど。以前思わず深冬の前で漏らしてしまったら「お姉ちゃんと二人一緒じゃなかったら意味ない!」と怒られてしばらく口を聞いてもらえなくなってとても大変な目にあったのだ。


「お姉ちゃん?」

「ん、なんでもないわ。起きる?」

「うん。ちょっと支度するね」

「多分もう少ししたら秋兄が呼びに来ると思うしね。飲んだら行きましょう」


 基本的に深冬に合わせた空調システムとはいえ倒れた日の深冬は身体を壊しやすい。だから朝晩の移動には、特に今日みたいな日にはきちんと暖かい格好を徹底させている。明後日は久しぶりに私と深冬と秋兄でお出掛けするのだし。あ、そうだ。夏生に協力してもらってダブルデートもどきにしてみるのもいいかな?あとで電話して相談してみようっと。



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