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14.深雪と深冬と学園祭6

 秋の日は釣瓶落としとよく言われるように、気が付けば部室の窓の外は思った以上に夕闇に包まれ始めていた。真っ暗になる前には帰宅しなくちゃいけない。

 絢子ちゃんはこのあと中等部の部室によって戸締まりをし、同じく高等部のこの部室を戸締まりする絢香とそれぞれの昇降口にて待ち合わせしてから帰るとのことで、他の女の子たちも私たち三人を職員用通用口まで見送ったらそのまま集団で高等部女子寮まで帰るそうだ。

 冬華学園は遠方から親元を離れて入学する生徒のために、高等部からは寮を用意している。義務教育にあたる中等部までは基本的に特別な理由がない限りは親元から通学することを原則としていて、どうしても様々な事情にて不可能な場合に限り保護者の同意のもと学園側が用意した下宿からの通学を認めている。

 寮に関しては基本的に下層階に共用フロアと上層階に個室が用意されたマンション形式を採用してあり、最初の入口にて学生証を専用の端末にかざすことで学園生徒であれば一階ロビーに入ることができる。二階以降は学生証に加えて寮に住んでいる場合は指先静脈認証が必要になっているそうだ。だから寮の友達の部屋に遊びに行きたい場合は一階ロビーにある警備室へ申請を出して面倒な手続きをしなければならず、大抵は一階ロビーで待ち合わせしてどこかに遊びに行くのが普通だとか。


「それじゃまた明日ね。みんなありがとう」

「またねー」


 迎えに来て職員通用口前の駐車場にすでに待機していた、朝とおなじ黒塗りの車へ素早く私たち三人は身を滑り込ませる。朝とは違い夕闇に呑まれて見通しが全く効かないような状態では誰かが監視していても私たちからは見分けがつかないからだ。だから今朝はうまくいったとしても明日の朝は分からないので、出来ることはしなければと思う。


「今日はなんとかなったけれど……こんな生活いつまで続くのかな」

「分からないけど、でもお父さんたちも頑張っているし……」

「珍しく兄貴がキレてたからな。ちっと時間はかかるかもしれないが、きっちり片はつけるはずだ」


 重い溜め息を吐きながら深冬が愚痴をこぼすのを私と夏生とでなぐさめる。正直なところ、この緊張感を維持し続けていくのはちょっと厳しいと思わざるを得ない。それに本人たちの好意とはいえ部活動の彼女たちにいつまでも負担を描け続けるのはしのびない。護衛にしても春野家にすら私たちのことは伏せられているし…………あれ?


「ふと思ったんだけどさ、編入初日から深冬の存在を知っていたあいつらって、どこからその情報を得たの?」

「そこなんだよな。身内にすら伏せられているのにどうして知ったんだか」


 学園において基本的には私たちはたくさんいる冬山さんのうちの一人という認識になっているはずだ。名前ばかりかクラスまでばれているような感じすらする。……なのに容姿に関しては不明確な印象を受けてはいるけれど。私たちの情報を自力で得たのか、それとも誰かが売ったのか。売ったのであれば情報が不完全なのはなぜなのか。少なくとも身内の裏切りであるならば…………。


「深雪、おい、深雪。着いたぞ、降りろ」

「…………え?あ、うんありがとう」

「とりあえず今日は精神的に結構堪えただろ?難しいことは親父さんに押し付けてメシ食ったら風呂入って寝ちまえ」

「うん……そーするわ」

「夏くん、また明日ね。お休みなさい」

「おう、深冬もしっかり休めよ」


***




 夏生に言われた通りにお父さんに今日の出来事をお父さんの書斎に出向いて報告すると、食堂で私を待っていてくれたお母さんと深冬の三人で夕御飯を食べ始めた。お父さんは忙しいようで書斎にて摂っているようだ。

 私の感じた疑問についてお父さんはただ笑って心配するなと頭を優しく撫でてくれた。そして夏生にも言われたようにごはんを食べたらお風呂に入って身体を休めるように、と真面目な顔で告げられてしまったのだ。

 正直なところ、お母さんの料理は少しオーバーかもしれないがお店を開けるくらいには美味しいと思っているのに今はまったく何の味も感じられないくらいに言い知れない不安に囚われている。


「え、お、お母さん?」

「………。みぎゃぁぁぁ!?」

「あ、帰って来たわね」


 ドツボに嵌まるほど考え込んでほとんど無意識にごはんを口にしていたら、漠然とした視界の片隅で何かが動いた感じがして、次いで深冬の慌てる声が聞こえた。そしてまたごはんを口に入れた、その直後。喉を焼くような壮絶な辛さを感じて私は意識をこちら側の世界に強制的に戻されることになったのだった。……お母さんの手にあるタバスコによって。


「…………お母さんひどいよ……」

「ひどいのはどっち?愛情込めた料理を上の空のまま食べるほうがもっとひどいわよ」

「お姉ちゃん、お水と氷だよ」

「ううっ……」


 確かにその通りでお母さんの言葉に私は何も言い返すことは出来ずに言葉に詰まってしまった。


「まったく。いつもの貴女らしくないわね。いい?深雪。貴女ではどうにもならない分野でどんなに悩んでも解決なんてしやしないわよ。いつまでもウジウジしていないで切り替えなさい。じゃないととんでもないところで足元引っくり返されるわよ?」


 いちいちもっともで反論の余地はまったくない。タバスコに焼かれたせいで声を出せないため小さく頷く。お母さんは私が言っていることを理解したとみてとったのか真面目な顔付きを和らげて、でもその瞳は笑っていないように見えて。


「さて。私の愛情たっぷりのご飯。たとえタバスコ入りでもお残しは許しませんからね?」


 もう二度とお母さんの料理を上の空で食べないと固く誓った夜だった…………。






「…………お姉ちゃん大丈夫…………?」

「か、かろうじて……」

「お母さん、かなり怒っているように見えて本当はすごく心配してたんだよ?」

「分かってるわよ……今なら」

「あっちの世界もそうだけどさ、自分を見失ったらおしまいだよ?」

「うん。出来ないことやろうとしても出来ないばかりかさらにろくでもない結果を招いちゃうよね」

「お姉ちゃんが私のことを案じて色々考えてくれるのはとても嬉しいけれど、出来ることだけでいいよ。ね?」


 そう言った深冬が私の首に両腕を回して軽く抱き付いてきたその直後、私の左頬に柔らかな感触がそっと触れ、更に耳のそばで深冬の甘い囁きがくすぐったい吐息とともに私の身も心も朱に染め上げる。


「……前世も後世も、今までもこれからも、私たちはきっと一緒だよ。だから、ね?二人で一緒に乗り越えよう?……大好きだよ、ずっと」


 思いがけない告白に顔ばかりか全身が熱くなっていくのが顕著にわかる。いつの時代も一緒に連れ添い共に眠り、時には姉で時には妹だった今は可愛い妹の深冬。……私は今、確信した。姉妹という枠を越えてこの大切な存在を心から愛しているのだと。


「……深冬」

「……お姉ちゃん」


 カーテンの隙間から射し込む柔らかな月の光に包まれて私たちはお互いの想いを胸にもう言葉は不要と、そっと重ね合わせるのだった…………。



…………ただの姉妹愛です。百合ではないはずなんです。二人ともノーマルだからっ。




なぜこうなった…………orz

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