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13.深雪と深雪と学園祭5

 深冬の復学する朝は抜けるような青の秋晴れだった。事前に決められた通りに黒塗りの車へ夏生と一緒に乗り込み高等部職員通用口へと着けてもらい、先生方が使う下駄箱にこれまた事前に移動しておいた上履きへと履き替える。ちなみに学園の下駄箱は全てに鍵が付けられていて使用する本人以外が勝手に開けることが出来ないようになっている。


「おはよう深雪、深冬。夏生もご苦労ご苦労」

「絢香?わざわざ来てくれたの?」

「おはよう、絢香さん」

「当然じゃない。それに絢子に気を使ってくれたお礼も言いたかったし」


 聞いてみれば春野家の分家筋にあたるそれぞれ同じ学年の女の子たちが絢香たちの自宅まで迎えに来てくれていて、一緒に登校してきたのだという。その際二人には専用の防犯ブザーを渡され、校内で身の危険を感じたら些細なことでもスイッチを押すようにと言われたらしい。


「防犯ブザーって音は大丈夫なの?」

「……それ、無音の無線式だな。確か端末タブレットに位置が表示されて居場所が即座に特定できる園樹グループの最新鋭だったはずだ」

「夏生、どうして知ってるの?」

「以前兄貴から小耳に挟んだことがある」


 さすがにいつまでもここで滞留している訳にもいかないので、詳しい話は今日の放課後に部室でと決めて自分たちのクラスの前で絢香と別れて教室に入ったのだった。





 復学初日の授業は特に何の混乱もなく進み、体力を戻した深冬も保健室送りになることもなく昼休みを迎える事になった。普段であれば学食などへ友達と出向いたりして楽しむのだけど、しばらくは余計な接触を避けるために持参した瀬尾料理長特製のお弁当を自分たちのクラスで食べることに決めていた。相手の出方もわからないのにむやみやたらと動く訳には行かないと思うからだ。


「午前中の授業、お疲れ様。午後もいけそう?」

「うん、大丈夫だよお姉ちゃん」

「よしよし。でも無理はしないでね。余力を残した上で判断するように心掛けるのよ?」

「うん、わかったよ。わぁ、今日のお弁当オムレツがある!」

「深冬、本当にオムレツ好きになったわよねー」


 秋兄に連れられて訪れたあの喫茶店。マスターさんには本当に感謝してもしきれない。今の深冬があるのはマスターさんと、努力を重ねてくれた瀬尾さんのおかげだ。もちろん引き合わせてくれた秋兄にも感謝だ。


「……深冬ってそんなに食べる子だっけ……」

「昔は物凄く少食だったよねぇ?」

「今は普通に食べられるようになったんだよ。ね、深冬」

「うん。今は食事の時間がとても楽しみなんだよ」


 美味しく楽しく周りに集まってきたクラスのお弁当派女子グループとともにおしゃべりしながら過ごしていると廊下の方から他のクラスの男子生徒が何かを持って私たちに呼び掛けてきた。


「おーい、冬山さんているかー?」

「いるけどどの冬山だ?」

「わからん。中等部のガキがこのクラスにいる“婚約者の冬山”に渡せって押し付けられた」

「わけわからんな。いいや、俺が受け取っておくわ。いいか?」

「いいんじゃね。ほい、後は頼んだ」


 私たちのクラスには同じ名字の人が他に四人もいるので基本的には名前呼びだ。押し付けられたという男子生徒から夏生が手紙みたいなものを受け取ると男子生徒は面倒ごとは終わりとばかりに帰っていく。

 戻ってきた夏生に他の女子たちが興味津々で視線を投げ掛けてくるが、誰も言葉を発することはなく、成り行きを見守っている感じだ。


「このクラスには“婚約者のいる冬山”なんていないはずなんだがな」

「そうねぇ。私も深冬も普通の学生だもの、婚約者なんていないわよ」

「学園の隣にあるあの御屋敷みたいな家ならいてもおかしくはないと思うけれど……」


 私も深冬も興味ないかのように振る舞い食べ終わったお弁当箱を片付けながら午後の授業についての話題をみんなに振っていく。夏生はというと無造作に手紙らしきものをポケットに突っ込んで次の授業の準備を始めてしまった。

 一緒にいた周りの女の子たちも多分何かの間違いということで納得し、間もなく鳴るであろう予鈴に備えてそれぞれの席にと戻っていくのだった。


***




 放課後になり私たちは約束通り迎えに来た絢香と事情を知る女の子たちに囲まれて高等部の園芸部部室へと辿り着き施錠されたドアを絢香が取り出した鍵で開けて中にはいる。すると既に中等部部長の絢子ちゃんが護衛らしき女子生徒とともに待機していて、みんなが揃ったことを再確認した絢香がドアに施錠した。


「はい、全員注目。来週に迫る学園祭の打ち合わせをするわよ」


 絢香が部室の壁に掛けられたホワイトボードの前に立って今年の学園祭に執り行う内容を箇条書きにて書き連ねていく。だいたいは昨日とかに絢香とメールで確認していた通りで、特に問題点もなさそうに見える。


「当日までの屋外の花壇などの手入れはいつも通り中等部でやって頂戴、絢子」

「はい、分かりました。ただ今年は不安要素があります」

「分かっているわ。高等部側から数人の男子を派遣する。何かあったらリーダーの長谷川君に相談なさい」

「はい、部長。ありがとうございます」


 長谷川君というのは部内公認の絢香の彼氏で、高等部側の男子生徒を纏めるリーダー格だ。おそらく何かと場を乱しそうな“男子生徒りくてんのぶかつ”に対する抑えとして派遣するのだろう。絢子ちゃんにとっても長谷川君は信頼できるお兄ちゃんみたいな存在だけに、その表情はいくらか和らいだように見受けられる。


「基本的に深冬は病み上がりだから屋外は禁止ね。倒れられても困るし、それにやってほしい作業もあるから」

「はい。具体的には何をすればいいの、絢香さん」


 今年は新しい試みとして大学部の農学部にて栽培している果樹園の果実が例年になく豊作だということなので、農学部側から普段から親交のある中等部・高等部の料理部と、私たち高等部園芸部に少なくない量の果実類が贈られる予定なのだという。


「中等部料理部は簡単なデザートを、高等部料理部は季節のフルーツタルトを焼くそうなのよ。で、私たちは家庭科の先生方から指導を受けて持ち帰りのできるジャムを作ろうと思います」


 どうせ作るなら限りなく良いものを、と言うわけで高等部園芸部の女子生徒は通常の屋外作業を男子生徒にお願いして明日から放課後に料理部から家庭科調理室の一角を借りて、家庭科教諭の厳しい指導を受けながら作り方を学び作品を作ることになった。ちなみに作品は当日調理室を使う料理部に頼んで、料理部の発表スペースに置いてもらい一緒に配布してもらうつもりだ。

 わいわいがやがやとおしゃべりをしながら進める打ち合わせはあっという間に時間が過ぎていき、そろそろ下校の時間となったときにふとあることを思い出して絢子ちゃんに尋ねてみた。


「絢子ちゃん、ちょっと聞いていい?」

「どうぞ、深雪先輩」

「例の男の子、どうしてるの?」

「基本的に存在自体が迷惑ですね。自称“深冬先輩の婚約者”と宣っているわりに部の他の女の子にも手を出そうとしてますし」

「部活動に参加はしてるの?」

「一緒に編入してきたお付きみたいな人が代わりに作業しているのは報告されてますけど……」

「…………」


 予想はしてたけど。多分一人では編入していないだろうな、と。なんせJK3だし。入部届けによれば住所は学園都市エリアから車で三十分くらいの高級住宅街らしい。親がお金だけは持っているというお坊ちゃんらしい。本当に一人では何もできなさそうだ。


「今日もその子、中等部の方に来てるの?」

「いいえ、何やら野暮用があるとかで来ていないですね」

「…………夏生」


 昼休みのことを思い出して視線を夏生に送れば夏生もしわくちゃになった手紙をすでに開いているところで、内容を読み終えた夏生はため息を吐きながら私に紙を差し出して来たので受け取り目を通すと。


「……これ本気で言っているのかしら?」

「……割りとあり得そうだが、普通知らない男に呼び出し受けて一人で体育倉庫になんか今時いかねぇよ」


 頭痛ぇとばかりに夏生が疲れた表情を見せている。お互いに好きあっていて密かに逢うような、お父さんたちの青春時代のドラマとかならともかく、今の時代にこれは無い。そうでなくても学園外は治安が少しずつ悪化しているなかで学園側は機会を設けては防犯講習を地域の警察署から人を招いて一年に何度も実施しているのだ。


「ここまでだとは思わなかったけれど、でも相手が本気なら油断は出来ないわ」

「……だな。こいつを囮にして何かを仕掛けてくるかもしれない」

「絢子ちゃん」

「分かっています。安易に一人にはならないよう、こちらに来る前に部活動用のLINEにて通達してありますから」

「えらい」


 私は思わず絢子ちゃんの頭を撫でてしまったのだった。

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