12.深雪と深冬と学園祭4
昨夜はあのあと深冬は酷く落ち着けなくなってしまったので私がお風呂から出てくるまではお母さんに側に居てもらって、出てからは朝まで私は深冬のベッドで一緒にお互いに抱きしめあいながら夜を明かすことになった。具体的な対策は今日、日曜日に改めて話し合うことになっている。
ただ、美華さんという人の父親の目的は理解したけれど、美華さんの弟らしい編入生の目的がはっきりしないのが不安要素でもある。そもそもとして私はともかく深冬はかなり長い間休学しているから顔とか分からないはずだ。主治医さまも基本的には深冬の部屋まで往診してくれるので敷地の奥まで侵入してこない限り素性は判明しないはず。望遠カメラを使おうにも都会と違ってここには高層の建築物は無いし、山は深冬の部屋がある側の反対側にしかない上に病床にいた間は常にカーテンを閉めていたし。
「深冬の安全を考えるなら片付くまで学校を休むのが一番良さそうなんだけど……」
私の胸に抱かれて小さな寝息をたてて眠る深冬の寝顔は穏やかとは言い難く、泣き疲れて眠ったその顔は私に一度は落ち着いたはずの怒りを呼び戻してくる。
「……ふぅ。ともあれ私も少し眠ろう……おやすみ、深冬」
窓の外で雀たちの鳴き声が聞こえてくる中、私は意識を手放したのだった。
「…………ちゃん、おね……ゃん、起きて、お昼だよ」
「……んん……おは、よう」
深冬に起こされて気が付けばお昼前の時間になっていた。深冬はもう部屋着に着替えていてさっぱりとした顔付きをして私に微笑んでくれていた。
「……みんなは?」
「お母さんはお昼ご飯作ってるよ。お父さんは会社かな」
「秋兄は?」
「家族会議だって」
自分の部屋に戻りパジャマから部屋着に着替えて再び深冬の部屋に戻り他愛もない雑談をしながら様子を伺う。見た目は大丈夫そうには見える。
「深冬。明日からどうしたいの?」
「……学校には行くよ」
「おうちにいれば怖い目には遭わないわよ?」
「覚悟の上だよ。それにね?……私も怒っているんだよ。大好きな秋兄様を苦しませようとするなんて……………絶対許さない」
「分かったわ。貴女のことは全力で守るから絶対に私から離れちゃだめよ?」
「うん!」
***
お昼ご飯のあと私は絢香にメールをして予定通り明日から深冬が登校する事を伝えて、念のため登下校は車で行い高等部職員通用口から出入りすることになったと伝えた。高等部の昇降口は中等部の昇降口と向かい合わせになっているため待ち伏せされたりすると面倒くさいからだ。学校側には保険医の氷雨先生を通じて病み上がりのために安全性を高めるためとの申請を出してすでに受理されている。
絢香からは了解との返信をもらい部活動は部室内のみでとして、高等部外での活動は病み上がりを建前に免除してもらった。
「そういえばお姉ちゃん。問題の男の子、名前なんていうの?」
「あ。聞いてない……」
一番肝心な情報を聞きそびれていた。あわてて絢香にメールをして確認すると絢香も忘れていたらしくて、可愛らしいデコメでゴメンゴメンと言いながら教えてくれたんだけど。
「……えっと、六天信勝……だって」
「六天…………?珍しい名字だねお姉ちゃん」
「というか、聞いたこと無い」
私たちが首を捻っていると突然部屋の扉が開いて良く聞いた声の持ち主が疑問に答えてくれた。
「魔王グループだよ、深雪。名前くらいは聞いたことあるだろう?」
「夏生?どうしてここに」
「家族会議が終わったから恋人を心配して来たんだよ。それにしてもJK3の信勝かよ、面倒くせぇ」
「夏生くん、JK3って?」
「自意識過剰、自信過剰、実力皆無なんだよ、あいつ。だからJK3」
「関わりたくない……」
「うん……」
それにしても魔王グループ、とはね。仰々しい名称とは裏腹に世間的には評判はいい、表向きは真っ当な企業活動をしているIT企業から始まった今では幅広い分野で活躍している企業体ではある。グループ名は確か、創業者がゲーテとシューベルトの魔王が好きでそのまま名付けたらしいと言う噂がある。
ただ、この魔王グループにはあまり大きな声では言えないような黒い噂も尽きない。非正規労働者を大量に雇用して世間の目の無いところで使い潰しているとか、非合法の臓器売買に手を出しているとか、十数年前に発生した震災で身寄りを無くした若い女性たちを雇用したあと大半が行方不明になっているとか、人道的にどうなのかというレベルの噂がまことしやかに囁かれているのだ。そして正義感に駆られたフリージャーナリストたちが取材をしているとも聞いてはいるけれど、いずれもいつの間にかに話題が立ち消えていくらしい。
「でだ。明日からの登下校、俺も付き添うぞ。深雪たちだけでは腕力的に心許ないからな」
「それは助かるけれど、いいの?」
「あそこは黒い噂が絶えないからな。強引な手に泣かされた女も多いと聞くからいた方がいいだろう」
「……ありがとう、夏くん」
それから三人で学校生活における対策を色々相談して、夕方には翌朝の待ち合わせ時間を確認してから解散したのだった。
***
夕食のあと、私はお父さんに呼ばれたので書斎へと向かった。今回は深冬とお母さんは呼ばれていないのでお母さんは深冬と二人でお風呂に行ったみたいだ。
「お父さん、深雪だよ。入っても大丈夫?」
「ああ、入りなさい」
部屋の中には秋兄の他に氷雨先生もいて、明日からの学校生活に関する打ち合わせなのだろうと言うことはなんとなくわかった。
「今回の件だが念のために園樹様にお知らせした。万が一でも燐様にちょっかいをだされたくは無いからな。学年が違うしお側には他の守護家子女がいるから大丈夫だとは思うが」
「夏生が言うにはアレ、JK3だって言うし備えは必要よね……」
「いくら深冬に歳が近いからとは言え六天ももう少しマシな者を送り込んでくればいいものを……」
頭が痛いとばかりにお父さんが眉をひそめ額に手を当てる。その気持ちには私も非常に同感だ。秋兄も氷雨先生も苦笑いしているあたり六天家当主で今回の問題を起こした伸長という人物の思惑をはかりかねているようだ。
「あ、そうだ。お父さん、中等部の園芸部部長の子にも護衛って付けられない?ほら、高等部の部室に来れるのは中等部の部長だけだから万が一彼女が脅されたりして部長を譲らされたりするとマズイかも」
「絢子ちゃんか。確かにそうだな。わかった、春野家に通達しておくよ」
言動から察するに理不尽な行動を取る可能性を否定できないのと、中等部部長の絢子ちゃんは絢香が溺愛している妹さんで芯はしっかりしているもののおとなしい性格だから、二人のためにも出来ることはしておきたい。
「さて本題に移ろうか。氷雨君」
「えぇ。緊急の場合の避難場所についてだが、第二保健室に来なさい」
「……第二保健室?」
聞いたことが無い場所だ。確か学校の案内板にも載っていないはず。首を傾げていると、
「まぁ便宜上そう読んでいるだけだから知らないのは仕方がないが、場所は家庭科調理室の隣にある準備室から通じている隣室だよ」
本来は調理の過程で怪我をした際、迅速な手当てが必要な場合に使われるという。校庭に面した一階にあり反対側は体育などで使われる女子更衣室でもあるため無用な男子生徒が近づき難いから妥当だろうと。家庭科の教諭にはもうすでに連絡済みと根回しも終えているそうだ。
「ここまでする必要性は無いとも思うが備えておいて無駄はない」
「……つかぬことを聞くけれど、燐様が料理部に入られたのって実は避難場所が近いからとか?」
確か建物の構造と配置は中等部と高等部において似ていたはず。私の記憶が正しいならば。
「理解しているだろうが他言無用にな。元々学園は園樹様と我々守護四家一門の為に作られた場所だと言えば分かるだろう?」