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11.深雪と深冬と学園祭3

本日二話目の投稿になります。

 絢香との電話を終えた私はその足でこの時間帯であれば書斎にいるであろうお父さんのもとへと少し急ぎ足で廊下を進んでいく。


「お父さん、入ってもいい?」

「ああ、入りなさい深雪」


 重厚な樫の木で出来た扉を押し開けてお父さんの書斎に入れば、お父さんの隣にはお母さんがいて、更には秋兄様までいた。


「……早いな。絢香ちゃんか?」

「ということはお父さんも話は聞いているという認識でいいのね?」


 苦笑いしながらそうだ、と頷くお父さんに椅子を勧められてお母さんの隣に座る。


「今、春海を深冬が風呂から上がるのを待ってから連れてくるように向かわせているから全員揃うまで待ってくれ」

「こんなことならお風呂は待たせておけば良かったわ」


 ふと秋兄様を見れば何やら珍しく苛立ちを隠さない表情で固く口を結び腕を組んでいる。何かあるのだろうか。そうしてしばらく待っていると髪の毛にタオルをあてながらパジャマの上に薄いセーターを着た深冬が春海さんに連れられてやってきた。


「お父さん、用事ってなんですか?」

「ちょっと話が長くなるかもしれん。母さんの隣に座りなさい」


 秋兄様が淹れてくれた紅茶をそれぞれが口にして少ししてからお父さんがようやく口を開いた。


「最近、この屋敷を探っているらしい不審人物が見受けられた。これについては単純に依頼を受けた東京の興信所の人間だと言うことがすでに判明している」

「目的、はなんだったのでしょうか」

「目的については目下調査中だ。だが依頼主は判明した」


 そこまで言ってお父さんは秋兄様に目配せする。


「旦那様、奥様、お嬢様方にはご迷惑をお掛けして申し訳ありません。おそらく絶縁したはずの私の元婚約者の家だと考えます」

「「えぇっ!秋兄様、婚約者さんいたの?」」

「今はいません。第三者を交えて正式に破棄してありますので」


 どうやら学園時代に浮いた噂一つ聞かなかったのはその婚約者さんがいたためだったみたい。確かに秋兄様の性格なら浮気などはしないだろうし、婚約者さん自身は学園には在籍しておらず東京の名門女子高にいたのでそういった情報も知らなかったのは妥当だと言える。


「どうして婚約破棄したの?秋兄様くらいなら政略結婚、というわけでもなさそうだし一応恋愛感情はあったのでしょう?」

「お姉ちゃん、いくらなんでも不躾だよ」

「確かにあいつとはそれなりに好きあっていました。しかし、破棄を申し出てきたのはあいつの方からなのです。……曰く、このまま結婚しては私が不幸になる、と」

「まぁ簡単に言うと彼女と冬山家の分家筋にあたる秋美あきよし君の純粋な関係を利用して彼女の父親が我々に食い込もうとしていたらしくてな。それで彼女はそれをよしとせずに秋美の為にと身を引いたのだよ」


 どうやらその父親は相当の野心家で、お父さんの会社のライバル会社を経営しているらしく私たちを調査していた興信所もその会社と協力関係にあるところらしい。でも正式に破棄したというならどうして今頃。


「どうやら彼女……美華みかさんと言うのだが、美華さんの父親は婚約が破棄されている事を知らされていなかったらしい。美華さんは父親にそれを告げれば間違いなく反対されるのは分かっているから、考えを理解してくれている祖父を立会人にして成人と同時に手続きをしたそうだ」

「はい、旦那様。私の方は父が立会人になり、懇意にしている弁護士を交えて執り行いました」


 つまり、ようやく事態を知ったその父親が何らかのアクションを取ろうとしているということなのだろうか。でもそれが絢香からの情報にどう絡むのだろう?


「破棄したあとも友人として美華あいつとはメールなどでやり取りをしていたのですが、最近は全く連絡が取れなくなりました」

「秋美君。彼女にはご兄弟は?」

「確か中学生くらいの弟が一人いますね。上に兄がいますがこちらは既婚です」

「そうか」


 中学生くらいの弟……?まさか、絢香の言っていたあの頭がどう考えてもおかしい編入生のことなのかしら。でも、だとしたらどうして深冬の存在に気が付いたのだろうか。どうして深冬なのだろうか。なぜ深冬よりも学園で過ごす時間が多い私ではないのだろうか。うーん?


「今、奴の会社にハッキングを掛けさせているから目的については間もなく判明するだろう」

「……それって犯罪なんじゃ」

「ばれなければ犯罪ではないし、我々が忠誠を誓うのは園樹の家だ。最終的に園樹様に害をなす可能性があるならば必要なら手段は選ばない」

「深雪、深冬。この家を継ぐことになる貴女たちだからこそよく覚えていて欲しいの。春野、夏海、秋川、そして冬山のいわゆる守護四家は遥か昔に園樹様の家から大恩を受けました。ですので私たちは末代まで園樹様を第一に考えて行動しなければなりません。綺麗事ばかりでは済まない事もあるのです」

「「お父さん、お母さん……」」


 お母さんは分家の出身でお父さん同様に一族の使命については小さい頃から繰り返し繰り返し教えをその身に受けて来ているせいか、こうと判断したら躊躇いがない。勿論私も深冬もそれなりには教育を受けては来ているものの、犯罪を犯せと言われて躊躇いなく出来るかと言えば……多分無理だと思う。深冬も多分そうだろう。


「今すぐにすべてを理解してどうこうしろとは言わないわ。けれども守護四家、特に私たち冬山の一族は重要な位置にあると言うことは常々頭のなかにいれておいて頂戴」

「「はい、お母さん」」


 お母さんのお話が終わってしばらくした後、お父さんの書斎に備え付けられた電話機が鳴りお父さんが受話器を取って耳にあてる。確かお父さんの会社からの直通回線だったはずだ。しばらく無言だったお父さんの表情は段々と険しくなりその会話内容が悪い内容であろう事を端的に示している。


「……分かった。引き続き調査して居場所を突き止めろ。突き止め次第最新の状況を確認して報告……ああ、そうだ。任せたぞ」


 電話による報告を受け終えたお父さんが秋兄様の淹れ直した紅茶を一息に飲み干すと、心底呆れたような、そして疲れたような深い溜め息を吐く。どんな内容だったのかと私たち一堂が固唾を飲んで注目していると。


「彼女と秋美君の再婚約を画策しているらしい。その為に秋美君の弱点として深冬を…………」


 お父さんはそこまで言ってからはっきり聞こえるくらいの歯軋りをして、今までに見たこともないような怖い顔をして、憎悪を隠そうともせずに言い放つ。


「……深冬を人質に取ろうとしているらしい」

「どうして深冬お嬢様が!深冬お嬢様は関係ありません!」

「それから美華さんも行方不明になっている。恐らく幽閉されたと見ていいだろうな」

「クソッ!!」


 初めて見るこの表情のお父さんも怖いけれど、いつも冷静な秋兄様が感情をあらわに怒鳴る様子も怖い。当事者になってしまった深冬はどういう状況なのかが理解出来ないのか二人の怒気をまともに受けて泣きそうになりながら怯えていてお母さんに抱きしめられている。

 私も凄く腹立たしい。余りにも身勝手すぎる考え方に腸が煮え繰り返しそうだ。だいたいそんなことをして仮に再婚約が出来たとしても本当に得るものがあるとでも本気であると思っているのだろうか。ふざけるな。自分の娘の想いを人生を何だと思っているのか。


「許さない」

「許せん」

「許さないわ」


 ほぼ同時に秋兄様、お父さん、そして私の口から同じ言葉が吐き出される。


「私の可愛い深冬を泣かせた罪は重いわ。…………潰しましょうか?徹底的にね」


 深冬をあやしながら瞳の笑っていない笑顔を浮かべたお母さんが一番怖かった。

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