10.深雪と深冬と学園祭2
遅くなりまして申し訳ありませんでした。
あれから一週間くらいが経って深冬は無事回復し来週からは登校できるとの主治医さまからの診断がでたので私と深冬は再来週からの学園祭に間に合ったことを思わず手を取り合うくらいには喜びあった。
「良かったわね深冬」
「うん、お姉ちゃん。あとはまた病気にならないように気を付けなくちゃ、だね」
「そういうことね。当日は秋兄様がそばについてくれるそうだから楽しんでらっしゃいな」
「本当?……でも大丈夫かなぁ?」
深冬の懸念はおそらく秋兄様の美貌による学園生の騒動が起きるかも知れないということだろう。
「大丈夫よ、今、秋兄様が特訓してるから」
「えっ?なにを……?」
私も今朝その特訓の成果を見せてもらって、というか体験して本当にびっくりした。今もなかなかに慣れないけれど。
「ねぇ深冬。わからない、よね。やっぱり」
「え?何が……?」
「あなたの隣にいるのは誰かしら」
「えっと、新人の人じゃないの?」
私が深冬のいうその人に軽く頷いて見せると、じんわりぼんやりとした感覚を感じさせられながら深冬の言う“新人の人”が徐々に雰囲気を変えて秋兄様にと“変化”していく。それを目の当たりにした深冬はまさに驚愕の表情で言葉をなくして固まっていた。
「驚かせてしまいまして申し訳ございません、深冬お嬢様」
「……………深冬?」
「……はっ」
秋兄様が深冬に声を掛けても固まっていたので私が水を向けてみるとようやく息をするのも忘れていた深冬が気がついてくれた。
でも基本的に私たち姉妹には新人執事さんは付かないんだよね。秋兄様がおやすみの日には冬山家に古くからいる家令の、春海お爺ちゃんが担当してくれている。まぁ私たちのことを秘密にしているのだから信頼性の点で新人に任せるのは危険すぎる。…………おもに不用意に漏らしてしまった人や聞いてしまった人が。最初は話半分で聞いていて半信半疑だったけれどお父さんに聞いたら本当に本当だった。それ以来深冬と私は不用意な発言をしないように気を付けている。学校のクラスメイトたちが不幸に遭うのはさすがに避けたい。
「さすがにお嬢様方にも認識されないのはよろしくないですから微調整できるように特訓しています」
「そうなんだ……」
「当日までにはなんとか致しますのでお待ちくださいませ」
「うん、わかった」
この秋兄様が使っているという“認識阻害”の技術は秋兄様のお父さんが教えてくれたそうで、確かに言われてみれば秋兄様のお父さんはあまり記憶に残っていない。会うこと自体が少ないからなんともではあるけれど。この技術については秘密の技術であるそうなので教えて貰えなかったけれど、私たちにも使えるならいざというときに心強いんだけどなぁ。
「お姉ちゃん、ダメだよ。ああいう門外不出のものはそのままにしなくちゃ」
「……また顔に出てた?」
「うん。それに万が一私たち、というかグループに敵対している団体に漏れたら燐さまが危ないでしょう?」
「それもそうね。守られる側は大人しく守られていましょう」
「うん。余計な手間を掛けさせないのが一番安全だもの」
私はどうやら何か欲しくなると顔に出やすいらしく、なるべく出さないようにと努力はしているのだけれどもなかなかに難しい。今のところ身内しか周りにいないからいいものの、社会に出ることになった時にこのままだったらかなり恥ずかしい。お母さんにコツを聞いてみようかな。
「そういえばお姉ちゃん、クラスの方は今年は何かやるの?」
「今年も部活動の出し物を優先したい人が多くて無理みたい。でも来年は部活動も引退する人が多いから、来年はクラスで何かやろうって決まったよ」
「そっかぁ……」
冬華学園は中等部から高等部に在学中は部活動に参加することを強制はされていないものの強く推奨されていて、学園祭は部活動単位で出し物をやることが多い。勿論クラス単位での参加も可能だ。大学部は部活動・サークル単位だけではなく研究室単位でも出し物をやるので掛け持ちする羽目になる人は大変なんだそうだ。
「部長さん、何か言ってた?お姉ちゃん」
「深冬は元気になった姿を見せてくれればそれで十分だって、彼女はいっていたわ」
「今年は園芸部、何をだすの?」
「詳しくは聞いていないけれど、大学部の農学部と協力して手作りフルーツジャムを販売したり育てた花の種を配布したりするみたい」
私たちは姉妹揃って親戚で同い年の長谷部絢香ちゃんが部長を務める園芸部に所属している。園芸部は冬華学園の中等部と高等部合同で組織運営されていて、園芸部以外にも中等部高等部合同の部活動は文化部系を中心に存在しているけれど、どちらかと言えば少ないほうだ。
どうして園芸部が合同で活動しているのかというと学園内の花壇の世話を、いつ頃からかは把握できていないけれども園芸部が行う事になっているからだ。勿論専門的な内容は大学部の農学部に協力を仰いでおり、園芸部出身の生徒はそのまま農学部へ進学するという人も多い。
「去年は、というか中等部の頃から一番大変な時に病欠しちゃっているから今年はお手伝い、したいなぁ」
「その為にはしっかり身体を安定させなくちゃ、ね」
***
今夜から深冬もみんなと同じ晩御飯を摂るようになり普段と同じ量の食事を平らげた様子を見てお父さんとお母さんはホッとしたようだった。これなら私も大丈夫だと思うけれど油断はしてはいけないのが私たち姉妹だ。この週末はしっかり休んで来週からの二人揃っての登校に備えようと思う。
「それじゃ深冬、今日は先にお風呂入りなさいな」
「うん、出たら知らせるね」
お風呂に向かう深冬を見送ってから私は自分の部屋に戻り、ご飯の前にメールを送ってきた絢香に携帯電話から電話を掛ける。
「もしもし、絢香?今大丈夫?」
「大丈夫よ、深雪。悪いわねいつも掛けてもらってしまって」
「いいのよ、お父さんからの言い付けでもあるしね」
基本的に電話を家族以外とする場合は私の方から掛けるようにとお父さんから厳命されている。詳しくは知らないけれど、どうやら盗聴対策の為らしい。だからメールを交換するような親しい友達には電話が欲しいときは先にメールをしてもらえるように頼んである。
「それで深雪。深冬の具合はどうなの?」
「うん、月曜日から登校出来るよ」
「良かった……みんなも心配してたからこれで安心してくれるね」
「そうだね。……それで何かあったの?」
絢香には結構頻繁にメールで連絡を取り合っていたからこうして電話で話すと言うこと自体が珍しい。
「うん、ちょっと……というかかなり困った事が起きちゃって」
「……何事?」
「ほら、私と一部の女の子たちは深雪たちの事情を知っているからさ、今までそれとなくカバーしてきたんだけど……」
「うん、絢香たちには本当に感謝しているよ」
中等部と高等部の合同ともなれば結構な人数になるのはちょっと考えればすぐに分かることだ。ましてや農学部に繋がりがあると言うことで農学部進学予定者も入ってくる。基本的に学校の部活動だからよほどの理由がなければ入部を拒否出来ないし、強制退部もさせられない。
そのような状況で私たちは目立たないように活動しなくてはいけないわけなのだけど、これがなかなかに難しい。絢香たちが言うには私たち姉妹は誰もが振り返る美少女というわけでは無いにしても可愛い部類には間違いなく入っているらしく、年間で私たち目当ての男の子が最低でも10人は入部してくるらしいのだ。それも、可愛いという“噂”だけを聞いて。
一応部室は中等部と高等部それぞれに用意されているので全員が一同に会することは学園祭以外では滅多にないのだけど……。
「また深冬目当ての入部希望者、殺到したの?」
「殺到してるだけの方がなんぼかマシ……」
「じゃあどうしたの?」
「“自分は深冬の婚約者”だって公言して憚らない中等部に最近編入してきた男の子が来たのよ。一応聞くけど深冬は婚約者いないよね?」
「いないわよ。第一、情報ばら蒔くような時点で不適格だわ」
「そう言う事情だから当分中等部には近づかないで。高等部の部室に来るときは私たちが教室まで迎えに行くから」
「頭痛いわねぇ……深冬、今年は中等部の料理部に行きたいって言ってるのに」
「おじ様にも多分そろそろ報告が行くと思うの。取り敢えず私は顧問の先生と相談して何か手を打てないか考えてみるから、深雪たちも気を付けて」
「わかった。ありがとうね」