第68話 とどめ
瀬川と湯川が、自分を置いて30分たっただろうか。
浅野は、砦の方向を見て状況を観測していた。
鯨が、大口を開け人を吸い込んでいると思っていたらLAMの弾頭を受け砦の向こう側に仰け反った。
(殺ったのか?)
そう思ったが、鯨は再び砦に姿を表した。
と、同時に空へ舞い上がり地面を破壊し始めた。
「瀬川士長達は!?」
浅野は、慌てて眼鏡で探した。
「居た!」
そこに、瀬川と湯川の他に二人の女性がLAVに向かっていた。
思わず、安堵の溜め息を付いた。
こんな世界で、一人になると思うと胆が冷える所だった。
(何やってんですか!?早く、逃げて下さい!)
湯川は、使うかどうか解らない゛それ゛を身体に近付けた。
もともと、戦況を確認し瀬川に無線で伝える為にこの中腹に隠れては居るができれば援護に行きたかった。
(やっぱり、俺が湯川の代わりに行けば良かった)
浅野が、拳を握りしめた時だった。
[浅野!浅野!聞こえるか?]
無線機から、瀬川の声が聞こえて来た。
浅野は、慌ててトークスイッチを掴み口を開いた。
「瀬川士長!大丈夫ですか?」
[ああ、何とかLAVまでたどり着いた所だ]
「早く、離脱して下さい!マルスさんとアリエルちゃんが待機している場所で落ち合いましょう」
浅野が、提案した時に女性の声が聞こえて来た。
[いや、悪いがって・・・ぶぁ!?]
[『え!?今、人の声が聞こえたけど・・・アリエル様って言わなかった?ねぇ、タツミ!』]
それから、暫く応答が無かった。
[はぁ、はぁ、あ、浅野。・・・悪い、待たせた]
「い、いえ。大丈夫・・・ですか?」
[問題無い。それと、離脱はしないぞ]
「え!?」
その言葉に、浅野は驚いた。
瀬川が言った言葉が一瞬、解らなかった。
「あの、言っている意味が解りません」
[ここから、逃げない。あの鯨を、撃ち落とすぞ]
当たり前の様に言っているが、浅野は軽く目眩がした。
「どうやってですか!?」
[今こそ、゛01゛の出番だろ?]
「ま、マルヒト?・・・01ATMですか!?」
湯川は、自分の身体に近付けた゛それ゛を見た。
01ATMは、01式軽対戦車誘導弾の通称である。
型式名ATM-5は、防衛省と技術研究本部と川崎重工業が開発した個人携行式対戦車ミサイルである。
陸上自衛隊において、対戦車兵器としての84mm無反動砲の後継として配備されている。
誘導弾と名を冠する様に、目標が発する赤外線を赤外線センサによって捉えその方向へミサイルを誘導する誘導方式である。
浅野は、渋い表情で01を構えた。
「これ・・・、ちゃんとロックオンするんですか?」
浅野が、心配しているのが赤外線ホーミング誘導が果たして機能するかだった。
赤外線ホーミング誘導とは、目標が発する赤外線を赤外線センサによって捉え、その方向へミサイルを誘導する誘導方式である。
つまり、熱を感知してその熱源へと跳んで行くのだ。
だが、それはあくまで゛戦車゛と言った熱を発する物。
瀬川が、落とせと言っているのは生物だ。
「やっぱり・・・、逃げた方が良くないですか?」
[01、こちら00送れ]
「こ、こちら、マルヒト・・・送れ」
[ただちに、敵・危険生物に向け対戦車誘導弾を射て。了解か?送れ]
「・・・」
[了解か?]
「マルヒト、了」
浅野は、観念してATMを担いだ。
伏せ撃ちの姿勢になり、発射機を操作する。
「電源オン、システム異常無し、ウィンドー操作良し、・・・ロックオン!?固定ピン解除・・・ダイブモード!」
深呼吸し、安全装置を解除した浅野は引き金に指を入れた。
「・・・後方良し」
今までの訓練により、一つ一つの動作を確実にこなしていく。
「発射!!」
引き金を引いた後、先端が重くなったと思うと筒から弾頭が飛び出した。
弾頭が、高く飛び上がって行く姿を浅野は睨む様に見つめた。
瀬川は、無線を握りしめ01が撃ち上がって行く姿を確認した。
「良し、シエラ。『コレ、乗ル!フタリとも!』」
LAVの後部ドアを開け、座席を指差した。
『え?ここに?』
『何を考えてますの?これを引く、馬が居なくてよ!』
レイナは、バカにされたと思ったのか瀬川を非常識と罵った。
が、意味が解らないと言うよりむしろニュアンスで解りたくないので全力でスルーした。
『貴方、聞いてますの!』
『レイナ』
シエラがレイナの肩を掴み、諭す様に口を開いた。
『お願い、タツミを信じて・・・レイナ』
『タツミって・・・貴女の』
そこで、レイナは瀬川を見つめ溜め息をついた。
『もう、好きにすれば良いですわ!でっ?どうやって、ラーウィ・ドラゴンを倒しますの?』
レイナは、LAVの後部座席に座ると投げやりに質問した。
『レイナ・・・ありがとう。タツミ、倒す手段が有るの?』
シエラは、不安気にタツミ見て言った。
「『ダイジョーブ!』さいは投げられたってヤツだ」
そう言うと、瀬川はシエラを助手席に座らせドアを閉めた。
「瀬川士長、俺は?」
「はぁ?お前、ガナーだろ?あっ、今度はちゃんとプローム伸ばせよ」
湯川を指さし、念入りに言った。
「ヘイヘイ。でも、ほんとにロックオンしてるんスッか?アレ」
湯川は、飛び上がる弾頭を見た。
「ああ、絶対にしてる。いいか?生物には、体温が有るだろ?」
「ま、まさか、そんな安易な理由で?」
湯川は、呆れて頭を抱えた。
「大丈夫だって!あんな図体で、飛んでんだ!かなりの運動で、体温が戦車並になってる筈だ!」
拳を握りしめ、力説だった。
「ほ、ほんとスッか?」
「たぶんな!!」
「たぶんスッか!?」
二人は、弾頭を見守るしかなかった。
ラーウィ・ドラゴンは、前から飛んで来る物を本能的に察知した。
゛アレ゛を受ければ、手傷を負うことになる。
自分を殺せ無いにせよ、地に落とされる。
だが、当たらなければ問題ない。
避けるのは、簡単だ。
翼を大きく旋回させ、ラーウィ・ドラゴンはそれを避けた。
それは、大空の彼方に突き進んで行った。
そして、再び魔力を込める。
これが、最後のブレス。
この地は、二度と甦る事が無いだろう。
それでも、構わない。
ラーウィ・ドラゴンにとって餌場が無くなるだけの話しだ。
魔力が溜まり、最後の一撃を与えようとした。
その時だった。
「おお!?当たった!」
「ヨッシャー!やっぱり、ロックオンできてたか!」
『え!?ら、ラーウィ・ドラゴンが!』
『ウソ‼』
ラーウィ・ドラゴンに避けられた弾頭は、真上で方向転換し背中に命中。
爆発を起こし、ドラゴンは土埃を上げて地に落ちた。
人間ならば、不意に後ろから鈍器で殴りつけられた様なものだ。
しかも、竜の背中の鱗は完全に破壊され片翼が無くなっていた。
『な、何ですの!?風竜が、・・・落ち・・た?』
『タツミ!え?タツミが、ヤったの?』
LAVの中で、二人が唖然とラーウィ・ドラゴンを見た。
「ちっ!まだ、生きてやがる『シエラ、ヤツにサス!とどめヲ!』湯川!この場で、撃つぞ!」
「はい!」
「前方、400!」
瀬川は、もがいている竜に指を指した。
「目標、竜!リード無し、直射!しめい!」
言ったと同時に、瀬川は湯川の腰に付いた。
これは、射撃の為に委託し激発の衝撃を少なくする為に行う。
他人から、見れば抱き付いた様に見える。
それを、シエラ達は不思議そうに見た。
「後方良し!安全解除!準備良し!」
「射てーーーー!」
号令と共に、湯川は引き金を引いた。
シエラは、鋼鉄の馬車に乗せられた。
その中は、狭くレイナの後ろに色々な荷物が積んでいる。
真横に、船に有りそうな小さい舵が有りその足元に用途が解らないペダルが付いてるのに気付いた。
「何なんですの?この狭い場所は?」
後ろに座っているレイナもまた、周りを観察していた。
「・・・ほんとに、あの殿方が貴女が言っているセガワ・タツミなんですの?」
「うん、そうだよ。ボクの大切な人だよ」
シエラは、頬を紅く染め言った。
「はぁー。まぁ、良いですわ。でも、連中はどうやって風竜を撃ち落とす事ができたのかしら?」
天災である竜から、逃げるならまだしも撃ち落とした事例など聞いた事が無い。
この眼で、見なければ信じ無かっただろう。
レイナは、外に居る瀬川を見た。
何故か、抱き付いていた。
「なに?今さら、怖じ気付いたのですの?」
「・・・違う、トドメを刺そうとしてるん・・」
シエラが、言った時だった。
『射てーーーー!』
轟音が、鳴った。
「きゃあ!」
レイナが、小さい悲鳴を呟いた。
(何?先端から、何か!?)
その先端は、真っ直ぐに風竜に飛んでいった。
それが、風竜 ラーウィ・ドラゴンをこの世で見た最後だった。




