第55話 異邦人との接触
マルスは、二人の男達の攻撃をただ見ているしかなかった。
最初は、犠牲にさせない為に遠ざかろうとした。
しかし、それが返って二人を巻き込んだのだ。
彼らは、自分を追いかけて出したのだ。
(無駄だ。3匹ならともかく、7匹だぞ)
しかも、彼らは武器らしい物も携帯していない。
無駄に犠牲が、でるだけだ。
「アッウ!」
裾を踏みつけ、地面に転がってしまった。
すぐに、立ち上がろうとしたが激痛が走る。
どうやら、右足を捻ったらしい。
(何処まで、ついてないんだ)
自分の命を刈り取る牙が、目の前に迫っている。
折角、臣下達が死を持って時間を稼いだのにも関わらずに。
彼ら、彼女は、ただ死ぬ時を延ばしたに過ぎないのだ。
「!!!」
遠くから、何か叫んでいるが最早どうやっても無意味だ。
マルスは、自分を殺すだろう牙を見詰めた。
多分、一瞬で終わるだろう。
一瞬で、何もかもが感じなくなる。
不思議と恐怖は、無い。
ただ、祖国を建て直せ無かったのが悔やまれる。
(ああ、短い人生だったな。冥界に行ったら、皆は許してくれるだろうか?)
全てを諦め、受け入れた瞬間だった。
風を切る様な音が、頭上を通過した。
すると、数秒後に同じ音がしたと同時にサラマンダーの頭部が吹き飛んだ。
「な、なんだ?」
よく見れば、もう一匹も地面に沈んでいるではないか。
状況が、掴めない。
すると、乾いた音がけたたましく鳴り響く。
「さ、サラマンダーが!?」
マルスの眼前には、次々に倒れていくサラマンダーがいた。
「あの二人か?あんな、距離からか?」
マルスは、謎の二人組を見た。
二人は、黒い筒から火を吹き出し戦っている。
サラマンダーは、近付く前に倒されていく。
弓矢でも、あの距離からでは届かない。
つまり、あの二人は上級の魔導師なのだろう。
いや、それ以上かもしれない。
強力な魔法を、間隙も余り無く放ち続けているのだ。
「何者なんだ?」
呟いた頃には、最後のサラマンダーが肉片になっていた。
二人組は、筒を前に構えながら前に進みだした。
丁寧に、遺骸を足で確認しながらマルスに近寄って来る。
(なんて、慎重な奴だ)
誰が見ても、死んでいるのに前の男は臆病者の様に確めている。
当初は、老師だと思っていたが二人とも若い。
どう見ても、魔導師では無い。
(傭兵か?・・・だが、何だ?あの妙な格好は?)
緑の斑服に、頭部のみヘルムを被っている。
一人が、マルスの前まで来た。
「おまえた・・・。貴方達は、何者なんだ?オルテの者か?先の魔法は、何だ?その筒に、秘密が有るのか?」
つい、礼を言う前に質問をぶつけてしまった。
少し、失敗したかと思った。
流石に、助けた男も不愉快に感じただろう。
しかし、男は気まずそうな笑みを浮かべ口を開いた。
『あ〜、っと「ごきげんよう。ワタシ、良いヒト・・・です」
「・・・はぁ?」
マルスは、頭を傾げてしまった。
微妙な顔をされた。
「瀬川士長、何て言ったんですか?」
浅野は、横目で瀬川を見る。
その視線が、痛い。
「いや、変な事は言ってない筈だぞ?」
自分は、ただ大丈夫ですか?私達は怪しい者ではありませんと言ったのだ。
しかし、目の前の人は怪しい人物を見ている様だ。
「彼女、恐がってるじゃないですか」
「彼女?」
『お、お前達、何を喋っているんだ?』
マルスは、混乱してしまった。
自分を助けてくれたのは解るが、彼らに何の得も無い。
それに、喋っている言葉も聞いたことが無いのだ。
『何処から、来たんだ?』
「え〜っと、『ゆっくり、話す。早口、ワカラナイ』」
瀬川の言葉に、マルスは少し考え解りやすく口を開いた。
『お前達の・・・お陰で・・・助かった。礼を言う』
伝わったか、不安になった。
すると、瀬川は理解しメモ帳を見ながら返答した。
『ケガ、無くて・・・ヨカッタ』
『名を訊きたい。私は、マル・・・。いや、マチルダだ』
マルスは、マチルダと偽名を使った。
やはり、信用できないからだ。
『ワタシは、セガワ タツミ。こっちは、アサノ ケンスケ』
瀬川は、言われるままに自己紹介をした。
『そうか、ではタツミ殿。改めて訊くが、お前達は何者だ?』
『あ〜、少しマテ』
瀬川は、話を切った。
「さて、どうするか?」
「そうですね。ここに居たら、いつまたあんな化け物が来るか解りませんからね」
浅野の言う通り、また来られたら対処できない。
今、弾倉は瀬川が一つに浅野がゼロ。
二人合わせても、50発いくかいかないかだ。
「仕方がないな。一先ず、戻って立て直すか」
「ええ、そうした方が良いですね。では、マチルダさん・・・でしたか?彼女も、一緒に連れて行来ますか?」
浅野は、マルスを少し見たが眼を合わせるなりすぐにそらした。
顔が、赤くなってしまっている。
(あ〜な、浅野め)
瀬川は、可哀想な気分になった。
「勿論だ。折角、苦労して見付けた情報源だ。本人の了解を得て連れて行く」
瀬川は、マルスに向き直ってまたメモ帳に眼を通した。
『ココ、危ナイ。一緒に、いく?』
『ああ、是非ともそうしてくれるなら、助かる』
得たいの知らない奴らだが、実力は本物だ。
上手くすれば、オルテまで護衛として使えるかもしれない。
『それで、先程の質問に答えは?』
「えーと、『ワタシ達、動物を狩ル生活をしてる。来タノは、”日本”から』」
『狩人か?』
『・・・?・・・!ソウ、それ』
『ニホンとは、何処の国だ?』
マルスには、聞いたことが無い国だった。
『ヒガシ、ここからヒガシのヒガシ。ずっっと、遠いい国』
多分、辺境の国だろと納得してくれた。
(・・・”ニホン”か。覚えておこう)
『歩けマスか?』
瀬川は、方膝を着き訪ねた。
『大丈夫だ。何とか、歩ける』
マルスは、立ち上がろうとしたが体勢を崩してしまった。
「おおっと!」
すぐに、浅野が支え立たせてあげた。
「瀬川士長、自分が肩を貸しますから先導をお願いします」
『すまない。度々、助かる』
言葉は、解らないがニュアンスで理解した。
「そうか、解った。いくぞ」
瀬川が、先頭に立ち湯川が待つ地域まで歩き出した。
(ん〜。やっぱ、傷は、浅い内に言った方が良いな)
瀬川は、幼い頃からシエラと付き合っている。
彼女が、男装なうえにボク娘なわけで結構そういう人は気付けるのだ。
「浅野」
「はい?」
見間違いか、浅野の表情が緩んで見える。
可哀想だが、浅野の為に鬼になる事にした。
「一応、言うけど・・・その人”男”だからな」
「へ?えっ?え?」
浅野は、マルスを見る。
「いや、女性ですよ?」
「男性なんだよ」
『何だ?何を見ている?』
「ハハハ、瀬川士長。いいですよ、そんな冗談は」
浅野は、信じるどころか笑った。
『マチルダさん』
『どうした?』
『オトコ・・・ですね』
瀬川の問いに、マルスは固まった。
数時間後
瀬川達は、車両まで戻って来た。
「あっ!瀬川士長、お疲れッス」
湯川は、LAVのガナーから瀬川を確認した。
「おう。異常は無いか?」
「無いッスね。アリエルちゃんも、ぐっすり寝てますよ」
湯川は、アクビをしながら言った。
ずっと、周辺を警戒していただけに疲れたのだろう。
「解った。しばらく、休憩しててくれ」
「了解ッス。おお!その人が、例の」
湯川は、マルスを見た。
車両に着く前に、瀬川は無線である程度の事情を説明していた。
「ああ、マチルダ”君”だ」
「ウヘェ〜、ほんとに男ッスか?女にしか見えないなぁ。って、浅野さんどうしたんスッか?」
湯川は、暗くなった浅野を心配した。
浅野は、まるで世界が終わった様な又は末期ガンの患者の様だった。
「嘘だ・・・詐欺だ」
ブツブツと、繰り返し呟いている。
「あまり、指摘するなよ」
浅野にとって、約30分くらいの恋だったのだ。
(早く、立ち直ってくれよ)
下手な慰めは、傷口を広げるだけだ。
ここは、自然に回復を待つしか無いのだ。
「やっぱり、何処の世界にもオカマって居るんッスね」
「いや、それがな何か込み入った事情があるらしいんだよ」
瀬川は、道すがら聞いたがまだそこまで言葉を理解できなかったのだ。
「アーちゃんは、居るか?」
「LAVの中で、寝てるッス」
瀬川は、LAVの助手席を開けた。
そこに、アリエルがぐっすりと眠っていた。
(最近、夢でシエラに会ってねぇな)
瀬川は、そんな事を考えアリエルを優しく揺さぶった。
出来れば、このまま寝かせてやりたいが今はアリエルの翻訳力が必要なのだ。
「アーちゃん、悪いが起きてくれないか?」
「ん・・・んん、あっ。オニイチャン、おかえりなさい。」
「ただいま。アーちゃん、ちょっといいか?翻訳を頼みたいんだ」
「うん。良イよ」
少し、寝ぼけているのか眼を擦るも気前よく返事をしてくれた。
「さて、マチルダさん。お話を聞きましょうか?」
準備が、できたところで瀬川はマルスを呼んだ。
『この子は、何だ?』
マルスは、アリエルを見て訪ねた。
どう見ても、人種が違う娘で不思議な衣服を纏っている。
『私が、お兄ちゃん達に言葉を伝えるよ』
そして、アリエルを通してまともな接触が始まった。
『まず、先程の助けて貰った事を深く感謝しよう』
「ああ、良いですよ。そんな、かしこまらなくても」
瀬川は、頭を下げたマルスに慌てて上げるように頼んだ。
『それで、貴殿達は東より流浪している狩人と?』
「はい、気ままなハンターライフをしてます」
『ほぅ。して、東ではどんな獲物を?』
「そ、それは、・・・その・・・そう!猪なんかをね!ハハハ」
「瀬川士長、猪なんかこの世界に居るんですか?」
浅野が、溜め息混じりでつっこむ。
「う、うるさい!東にしか居ない動物と伝えてくれ」
アリエルは、瀬川の言うように翻訳した。
『この2つの馬車でか?』
「まぁな」
(嘘だな。こ奴ら、狩人ではなく間違いなく”兵士”だ)
マルスは、この場所に来るまで瀬川達を観察していた。
狩人にしては、一つ一つの行動が的確にされている。
前進する際も、警戒する動作も狩人どころか平民ですらない。
これは、日頃から訓練された人間のそれだ。
それに、この馬車だ。
どう言っても、軍事用の馬車である。
(ここに、来るまで独り言を言っていたが)
それは、ここに居た部下と会話していたのかと思うが。
(考え過ぎか。そんな、便利な魔法が存在する訳が無い・・・だが)
不意に、瀬川達の持っている筒を見た。
(あの魔法・・・)
たった、二人で下位種とはいえ7匹の竜をイとも簡単に倒す威力が有った。
しかも、瞬く間にだ。
(唱える間隔すら、無かったな)
マルスの中で、瀬川達を高位の魔導師いや魔法使いと位置付けた。
(大きい荷馬車に鋼鉄の馬車か)
大方、脱走兵。
又は、国を攻める為に少数で偵察に来たのだろう。
だが、それでは自分を助ける意味が無い。
では、前者なのだろう。
(それでも、この連中は使える。上手くすれば、あの魔法を我が手に・・・)
「あの〜、もしもし?」
『ん!?な、何だ?』
つい、考え過ぎて話を聞かなかったらしい。
「次は、俺・・・自分の質問をしても良いかな?」
『良いだろう。質問は?』
マルスの反応を見て、瀬川は口を開いた。
「まず、どうしてそんな格好を?もしかして、趣味?・・・そっちの人?」
『そんな訳が無いだろう!?』
全力で否定された。
『これは、追っ手の眼を欺く為に女装をしたのだ』
「お、追っ手?」
『お前らが倒したサラマンダーは、その追っ手が差し向けたのだ』
マルスから、嫌なワードが出てきた。
「また、物騒な話ッスね〜」
話を聴いていた湯川が、顔を出した。
「まぁな。浅野!聞いた通りだ!警戒を更に厳で頼む!」
「了解!」
「湯川は、空弾倉に弾を込めてくれ」
「ウッース」
今の話だけでも、十分に関わりたく無くなってしまった。
「何で、追われってるんですか?」
『そ、それは』
(この連中を信じて良いのか?)
マルスは、躊躇した。
もし、連中が自分の正体を知ればこのまま捕まり今のクルビスへと送還されてかもしれない。
そうなったら、全てが終わる。
「まぁ、おおかた王子様なんだろなぁ〜」
「いや、根拠が無いっしょ」
「甘いな。いいか、ラノベやゲームなんかでは大抵は第何皇子だぞ?しかも、微妙に王様を継承できないポジションのな」
瀬川は、小説で有りそうな展開を話し出した。
「そうだな〜、逃げてる理由は自分の国がヤバイかトチ狂ったかのどっちかだな。追っ手は、大臣・・・いや意外と王様だったりして」
どんどん、調子に乗ってきた。
「妄想し過ぎッスね。それで、女装でカモフラって事っか。それで?」
「ちなみに、マチルダも偽名だぜ。絶対」
何故か、湯川も乗り出した。
「後は、隣国に助けを求めにかな?つまり、兵を出して貰って・・・」
「それで、それで?」
「あの〜、二人とも」
二人のやり取りに、浅野が止めた。
「んだよ。今、面白かったのに」
「そうっすよ」
「いや、その当の本人が」
浅野は、マルスを指差した。
「固まってますよ?」
「えっ?」
確かに、固まっている。
アリエルを見てみると、純粋な眼をしていた。
「・・・アーちゃん」
「なに?お兄ちゃん」
「今の・・・会話。もしかして、全部・・・訳しちゃったのかな?」
「ウン!」
まったく、何から何まで訳して良いという物でもない。
(ああ、その純朴さを怒れねぇーよ。アーちゃん)
マルスは、ゆっくりと傍らに置いていた剣を持つと柄を握る。
「ま、待って下さい!落ち着いて、自分達は危害を加える気はありません」
瀬川は、必死に説得を試みる。
『信じろと?』
「そうです!俺達は、ただこの子を”オルテ”に連れて行ってあげてる最中なんです!」
『オルテ・・・だと?』
駄目かと思ったが、マルスは剣の柄を離した。
『お前達は、オルテ王国に行こうとしているのか?』
「は、はい。この子は、オルテの出身で親元に返す為に」
瀬川の説明で、マルスはアリエルを観察した。
服は、妙だが顔立ちからして其なりの家柄なのだろう。
『フム』
「じ、実は、今・・・その・・・道に迷ってですね」
『成る程、それに途中で馬車を引かせるムーヴにも逃げられたのだな』
「え?む、むっ何だって?」
(これは、ちょうど良い。この連中、同じ目的地とはな)
マルスは、笑みを浮かべた。
『良し、解った。私が貴殿らをオルテ王国まで案内しよう』
「え?ほんとですか?」
『勿論だ。こんな所で、嘘を言っても私に得など無いだろう?』
確かに、マルスが言っている通りだった。
『ただ、条件がある』
「条件?」
『案内する変わりに、私をオルテまで護衛しろ』
瀬川は、出された条件に少し考えた。
「瀬川士長、大丈夫スッか?危なそうっすよ」
湯川が、心配してるのも当然だ。
道先案内人はありがたいが、もれなく追っ手も着いてくる。
ここは、無難に断るべきだ。
『謝礼は、はずむぞ?何なら、望む物を全てくれてやる』
ヤバい、揺れた。
「自分は、任せた方が良いと思います。ここに居るより、優先的にそのオルテって国に行って安全を確保した方が良い」
浅野は、ガナーの上から意見を出した。
「・・・解りました。では、お願いします。マチルダさん」
どうせ、乗り掛かった船だし何よりもシエラに会える確率が高い。




