第53話 逃走と行く先
不定期投稿です。
馬車が、里に着くと子供達は青白表情になった。
「ね、ねぇ、おかあさんは?おとうさんは?」
パルが、泣きそうになりながらレックスの袖を引っ張った。
レックスは、青い顔になっただけで答えない。
リンクは、声を出し泣いている。
(やっぱり、来るんじゃなかった)
子供達の反応を見て、シエラは自分を責めた。
少し、考えれば解った筈だったのだ。
なんて、自分は浅はかだったのか。
綱を強く、握り締めた。
「みんな、ごめん」
「謝らないで、シエラお姉ちゃん。悪いのは、せがんだ私だから」
アイリが、シエラに言ったがその顔は辛そうだった。
気丈に振る舞っているが、ショックを隠しきれ無いのだ。
「アイリちゃんは、強いんだね」
シエラは、アイリの頭を撫でた。
(こんなに、頑張って)
シエラは、馬車を里の中心に進めた。
「あっ!?」
そこには、複数の人が倒れていた。
エルフと思ったが、どうやら人間だった。
しかも、完全武装している。
「・・・レイナ!ロニキス君!?」
シエラは、その中にいるレイナ達を見付けた。
「皆は、馬車に乗っていて!」
すぐに、馬車を止め駆け寄った。
シエラは、最悪のシナリオを考えてしまった。
二人に、近付いたシエラは呼吸を確認した。
「し、シエラ・・・さん?」
ロニキスは、両手を後ろで縛られいたが意識はハッキリしていた。
「大丈夫かい?待ってて」
シエラは、すぐにロニキスの縄をナイフで切った。
そして、レイナを確認した。
縛られている様子は、無い。
だが、呼吸は浅く尋常では無く汗が吹き出ている。
「これは?」
「ローエンです」
「ローエンだって!」
(ローエンって、言ったら)
シエラは、ロニキスからその言葉を聞き倒れている男達を再確認する。
間違い無かった、金獅子騎士団。
ローエンは、ローム草から抽出される猛毒だ。
ローム草は、クルビス帝国領土でしか採れない。
(最悪のシナリオが、当たった)
シエラは、顔を歪め自身の予感を呪った。
「シエラさん、早く逃げないと追手が」
「わかった。ロニキス君、立てる?」
シエラは、昏睡状態のレイナを抱え心配そうに言った。
「はい、大丈夫です。歩けます」
ロニキスは、立ち上がりシエラを手伝った。
「いたぞ!やはり、仲間が潜んで居やがった!」
「クソ!他の奴らが、殺されてる!娼婦共め!」
すると、後方から騎士団達が来た。
「チィ、遅かった。ロニキス君、走って!」
二人は、馬車まで走った。
上から、無数の矢が降り注いた。
(ヤバイ!)
レイナを抱えている自分では、回避ができない。
「”風の精霊”よ」
すると、ロニキスが魔法を展開した。
周囲に風が、吹き包み矢を弾く。
(す、凄い!エルフの魔法)
シエラは、感心した。
エルフは、精霊に一番近く媒体の道具を持たずに魔法を発動できる。
しかも、その呪文さえ一言だ。
いや、前に見たラムは言葉さえ発していなかったのだ。
「シエラさん!早く馬車へ!完璧には、防げません!」
ロニキスの言う通り、矢の1〜2本は際どいところで避けた。
(くっ、やっぱりローエンが塗られてる)
シエラは、地面に突き刺さった矢を抜き尖端を確認した。
金獅子騎士団は、最初から生かして帰さないつもりの様だ。
「助かったよ、ロニキス君。さぁ、早く馬車へ」
シエラは、ロニキスを促し馬車に乗せた。。
そして、ロニキスにレイナを引っ張って貰った。
「お姉ちゃん!?」
「みんな、ここから逃げるから掴まってて!」
シエラは、レイナを荷台に乗せるとレックス達に言った。
「キャア!?」
「危ない!?」
矢が布を突き破り、床に刺さった。
「くっ!お願い走って」
シエラは、すぐに乗り込むなり小石を馬にぶつけた。
「うわぁあ!」
馬が、驚いた拍子に急発進する。
それは最早、暴走に近かった。
だが、運良く馬達は来た方向に走ってくれた。
シエラ達は、必死に振り落とされ無いように掴まった。
馬車は、右左に揺れるがかろうじて道沿いに進んでいる状態だった。
しかし、いつ横転するのも時間の問題だった。
後方からは、5騎の騎乗兵が追って来ている。
(このままじゃ、捕まる!)
なんとか、馬車の安定だけでも確保する必要がある。
シエラは、床を這いずりながら馬車の前に行く。
(もう少し、もう少し)
右手を、伸ばし手綱を掴もうとする。
「うっ!?」
だが、矢が襲い掛かって来る。
ギリギリで、右手を引き交わすことができた。
もう一度、、シエラは手を伸ばそうとする。
少しでも腕に、矢が当たったら死ぬだろう。
(タツミ、力を貸して!)
シエラは、呼吸を整え一気に腕を伸ばした。
右手は、手綱をしっかり握り締めた。
荷馬車が、上下に激しく揺れた。
いつの間に、道が荒れていた。
「レイナ!」
シエラは、後ろを振り返る。
そこには、レイナを落とさない様にしがみついてるロニキス達の姿があった。
「チィ!おい、お前ら左右に付け!」
業を煮やしたのか、隊長と思われる騎士が命令した。
対抗したいが、手綱を持つので精一杯だ。
できるのは、馬車の速度を上げるしかない。
だが、徐々にその差が縮まって行く。
(ヤバイ!追い付かれる!)
シエラは、奥歯を噛み締めた。
ロニキス達に、攻撃の手段が無い。
しかも、レイナは毒で昏睡状態だ。
2騎の騎乗兵に、挟まれたら一貫の終わりだ。
「ハハハ!娼婦め、終わりだ!」
騎乗兵の一人が、今まさに馬車へ近付いて来た。
乗り込むつもりだ。
(こうなったら!一か八かだ!)
下手をすれば、馬車が横転するかもしれないが賭けに出た。
シエラは、片手で手綱を握った。
そして、折れた剣を抜き後ろを振り返えろうとした。
この状態のまま、戦う気なのだ。
「ハハハ!バカめ、無駄だ!」
騎乗兵が、手を掛けようとした。
その時だった。
何処からか、”渇いた音”が聞こえた。
(え?何?)
同時に騎乗兵の馬が突然、倒れたのだ。
まるで、矢が刺さった様だった。
乗っていた騎乗兵は、落馬し地面に転がって行った。
同じ様に、音が鳴ると騎乗兵が落馬していく。
「な、何なんだ?矢?」
ロニキスが、様子を見て言った。
「・・・違う。・・・弓矢じゃ・・・無い」
しかし、シエラには何故かそう思えない。
矢ならば、シエラ自身が気付く。
どんなに、速く来ても見て取れる自信があるからだ。
だが、これは自分の動体視力でも捉えられない。
別のものだ。
追って来ている者も、何が起こったのか解らない様だった。
更に、音が鳴り響き次々に落馬する。
「くっ!ひ、引けー!引くんだ!」
この異常な事態に、敵は不利を悟った。
「何が、起きたんでしょう?」
ロニキスは、里で出会った男性を思い出した。
(まさか、あの男の仕業か?)
「ボクも、よく解らないけどチャンスだ」
シエラは、手綱を握り直し全力で馬車を走らせた。
馬車が、森を抜けて行く光景を見つめている男性が居た。
その男性は、緑の斑服と兜を草で覆っている。
更に、顔にも同じ色が塗られている。
右手には、黒銀の筒を握っり締めていた。
『こちら、”フクオカ”。”ベップ”送レ』
男性は、左手に持っている物体に独り言を呟いた。
『ここは、ヤバイ。離脱するぞ』
男性の言葉は、この大陸の言語では無い。
『ああ、すぐにLAVを回せ。行く所?任せろ。ウルセェ、大丈夫だって信じろ。以上』
独り言が終わると、男性は馬車が走り去った方向を見た。
『・・・やっと・・・やっと、会えるな・・・”シエラ”』
男性は、愛しい人の名前を呟いた。
そして、誰にも見付からない様に姿勢を低め移動を開始した。
馬車は、激しく揺れながら街道を走っている。
静寂の森は最早、見えない。
「ふぅー。何とか切り抜けたみたいだ」
シエラは、後方を確認して速度を緩めた。
「皆、大丈夫?怪我は、無い?」
シエラは、ロニキス達に声を掛けた。
「はい、一応全員無事です。でも・・・」
言いにくいのか、ロニキスは黙ってしまった。
彼の視線の先には、未だに昏睡したレイナが居た。
「・・・レイナ」
シエラは、布でレイナの額の汗を拭う。
自分には、解毒の知識もましてや魔法も使えない。
「ロニキス君、君たちの中で誰か治癒魔法ができる子は居ないかい?」
「それなら一応、僕とアイリが使えます」
「じゃあ、解毒できるの!」
ロニキスの発言に、シエラは期待した。
だが、ロニキスは残念そうな顔をした。
「すいません・・・そこまでは、無理です。でも、毒の効果を遅らせる事ができるかもしれません」
「でも、成功するかわかんない」
その声には、自信が無い。
”しれない”それは、効かない可能性がある。
不安が、過る。
治癒魔法が、効かなければレイナは確実に死ぬ。
ならば、賭けるしかない。
上手くいけば、レイナを藥師か医者にみせるまで時間ができる。
「お願いロニキス君、アイリちゃん」
(後は、この近くに医者が・・・あっ!)
シエラの脳裏に、アースの町医者が浮かんだ。。
白髪混じりの髪で大きい鞄を持った一人の男性。
(そうだ!確か、カシュウ先生が・・・)
シエラが、第4隊に復帰する前日だった。
カシュウが、ローズ家を訪れていた。
「復帰おめでとう」
そう言って、カシュウは優しく笑った。
「・・・」
「シエラ君、王女の件は君のせいじゃあ無い。顔を上げなさい」
シエラの肩をそっと、掴む。
「無事を信じるんだよ」
「カシュウ先生・・・」
少しだけ、心が軽くなったようだった。
彼は、いつも落ち込んだ時には励ましてくれる。
それが、シエラにとってありがたかった。
それに、カシュウはどこか大切な人に似ている。
性格や表情は、ぜんぜん違うがどこか瀬川と同じなのだ。
ふっと、カシュウの横に荷物が有る事に気付いた。
「ああ、これかい?」
カシュウは、疑問に答える様に言った。
「これから、”ラクトルの国境”に行くんだ」
「国境に?」
「近々、王国の騎士団が配備されると言うからね。”治療士”として、従軍する事になったんだよ」
そう言って、カシュウは荷物を持った。
右肩には、長旅になるといつも持っていく物も担いでいる。
それは、長細く布で被われいた。
本人曰く、武器なのだそうだ。
弓だと思うが、カシュウは矢を携帯してい無い。
それに、弓にしては形も変だ。
「さて、護身用も持った事だし行って来るよ。シエラ君も、気を付けるんだよ」
カシュウは、シエラの頭を撫でた。
そして、ローズ家の人に挨拶をして見送られながら出発した。
シエラは、両目を東に向けた。
「シエラさん?」
「目的地が、決まったよ」
「え?何処ですか?」
シエラは、馬車を東に取った。
「”ラクトルの国境”だ。そこで、白狼騎士団に合流しよう」
こうして、馬車はラクトル国境へ向け走り出した。
この時、人生で最高の出逢いを果たす事になるとは”夢”にも想わなかった。
あと少しでシエラと・・・。




