第46話 異世界"動物"保護法 1
『先月、参議院が提案し可決された異世界"動物"保護法が本日正午から開始される事になりました』
ニュースキャスターが、いつも通りに手渡された記事を読んでいる。
瀬川は、いつも通り隊員食堂のTV前に陣取って朝食を食べていた。
今日のメニューは、スクランブルエッグにサラダ。
極めつけは、納豆だ。
「はぁ〜、変な法令が始まちまったか」
納豆をかき混ぜながら、瀬川はTVを見ている。
この法令は、二週間前から提案されていた。
その時の国家のやり取りを瀬川は、今も覚えている。
『総理、今!この、状況をどうお考えですか?』
でかでかと、棒グラフを叩きながら女性議員が叫ぶ。
そのグラフは、未確認生物の発生率と自衛隊が消費する予算だ。
『自衛隊が消費する弾薬、燃料費、施設の維持費等を考え税金を使い過ぎではないでしょうか?』
更に、女性議員の熱弁は続く。
『そもそも、何の罪も無い異世界からの"動物"を現れしだい殺す時点で問題があるのでは無いんですか!?』
それに対し、周りの与党も口々に同じ事を言い出した。
『東議員。まず、勘違いして欲しくないのは"ホール"から来るのは動物と言う生易しいものでは無く凶悪な生物である。それに対して自衛隊は』
総理に代わり永山防衛大臣が、答えた。
『永山防衛大臣!貴方には、訊いていません』
東と呼ばれた女性議員は、机を叩いた。
『凶悪、狂暴だから?危険があるから?それを勝手に決めつけ、一方的に駆除するのは浅はかかつ野蛮な行為です!』
東議員は、議員職の他に動物愛護団体の名誉会長を兼務しているのは有名である。
『私は、ここにかわいそうな動物達を保護する法案を提案します』
発言したと同時に、数枚の用紙が配られた。
「ん?なんだ?」
総理は、配られた用紙のタイトルを見た。
そのタイトルは、異世界"動物"保護法。
「ほ、保護!?」
これには、永山も驚いた。
『そう!異世界"動物"保護法です』
東議員は、自信満々に言った。
次に、一頁を開けるように促した。
内容としては、むずかしい言葉を並べているが簡単に言うと次の通りである。
異世界"動物"保護法
1 異世界の動物をむやみに殺さない。
2 自衛隊は、火器の使用を禁ずる。
3 異世界の動物が現れた際には、麻酔か網により捕獲する。
4 3の捕獲がむずかしい場合、痲酔銃の使用のみを許可する。
5 自衛隊の編成は、第一警戒区を除き早急に縮小する。
自衛隊は、上記の項目を守る様に書かれている。
永山は、頭を抱えた。
(こんな法案が、通る訳が無いだろうが)
『二頁を開いて下さい』
そこには、捕獲した後の行動が書かれていた。
保護した動物は、すぐに"専用の保護施設"に送られる。
その施設とは、普通の動物園に動物を保護する様な内容だ。
驚くのは、その施設が安定したならば一般公開の予定も辞さない。
これには、総理は乾いた笑いしか出ない。
(異世界の化け物の安全をアピールしたいのは解るが・・・)
勿論、総理はこの法案を一蹴するつもりだ。
馬鹿馬鹿しい。
『残念ながら、東議員』
総理は、溜め息をつきながら言った。
『そんなふざけた法案を・・・』
『ふざけた?総理、撤回を要求します!』
ヒステリックに東議員は、声をあらげた。
『撤回?どこを撤回しろと?そもそも、こんな法案を通したら隊員達の身が危険になってしまう』
この総理の発言に、周りは肯定した。
『総理、彼らはそうならないように日々訓練をしているのではないでしょうか?』
東議員は、不敵に笑った。
(なんだ?嫌な予感がする)
永山は、不安になった。
ふっと、永山は目の前の用紙を見た。
まだ、数枚のページが残っいる。
永山は、恐る恐るページを開いた。
(な、なに!まさか、こんな!?)
『皆さん、お手元にあるページをめくって下さい』
東議員は、永山の反応見て言った。
その項目には、米国を始め中国・ロシア・英国と言った世界10ヶ国以上の賛成署名の数字だった。
(バカな!?こんな、署名。私は、知らないぞ)
総理は、唖然とした。
こんな事は、すぐにメディアに報道される筈である。
しかし、総理である自分はおろか周囲も知らなかったらしい。
『皆さんが、驚かれるのは無理無いでしょう』
東議員は、してやったりと微笑んだ。
『そこに、書かれているのは世界各国の動物愛護団体です。勿論、中には国のトップの方も要らしゃいます』
『あ、東・・・議員。どうやって、この署名を?』
総理は、力が抜け椅子に持たれた。
『そうですね・・・。自然に・・・と、言っておきますか』
話によると、オオトカゲが撃破した後から徐々にこの署名が集まりだしたらしい。
それを、東議員は国家に報告せず機会を待っていたのだ。
これは、東議員に個人的に送られた署名であり、団体からと言う事もある。
よって、此を国会に報告する義務は無くあえて機を待っていたのだ。
(やられた!これは、今の我々に対する嫌がらせだ)
総理は、改めて賛成国を見た。
日本は、"ホール"を警戒するだけで中を覗こうとはしなかった。
今は、その時では無いと判断したからだ。
情報を溜め、来る日に向け準備をする。
それが、総理の"相田内閣"の政策だ。
少しでも、日本が有利になるべく。
その為に、異世界から来た"アリエル"。
異世界と連絡できる能力を持つ"瀬川 龍巳"
この二人の存在を、隠して来た。
しかし、米国や中国などは日本が何か隠している事を感付いていた。
日本がその気なら、我々にも考えがある。
その考えこそが、異世界"動物"保護法だ。
これにより、日本に枷を与えまた施設の維持や警戒区の費用。
その全てを、日本が負担し経済を混乱させる。
『アメリカ大統領は、この件に協力的です。昨日、大統領から連絡が有りまして日本が要請すれば全面的に協力すると言ってましたわ』
東議員は、意気揚々と言った。
"全面的"に協力。
つまり、秘密にしている事をバラしあわよくば"ホール"自体を米国が管理する意味だ。
(そうなった場合は、どうなるだろう?)
まず、管理の費用は日本に出させるだろう。
そして、第1警戒区には米軍の監視が着く。
次に待っているのは、"向こう"に行く実験。
否応なしに、自衛隊が参加される。
実験が、失敗したなら日本が痛手を受けるようなシナリオが存在しているに違いない。
成功しても、資源は米国がほとんど独占・管理されるのが目に見えている。
無論、各国も乗り出し日本の取り分が少なくなる。
『東議員。この法案については、今日中には決めかねます』
『解りました。私も、流石に早急な判断は求めていませんでしたから。しかし、よく思案して下さい』
東議員は、一礼し自分の席に戻った。
その後の国家は、終始問題なく終わった。
後日、異世界"動物"保護法は可決された。
水族館から、瀬川の日常は落ち着きを取り戻した。
最近、アリエルは瀬川以外の人間と会話するようになり大分こちらに慣れてきた。
面会は、週に二日に減りそれ以外は中隊勤務になっていた。
当直、警衛、特別勤務が入り時には警戒区の勤務に戻った。
今日の瀬川の勤務は、武器・弾薬の回収だ。
これは、例の法案が通ったからだ。
と、言っても全ての武器を回収するわけではない。
相田総理を含め、今の衆議院が改めて改正した。
流石に、全て痲酔銃や網にするのは隊員が危険だ。
"動物"の中には、銃弾を弾くのがいる。
それに、狂暴だ。
よって、3分の1だけ武器を残す。
"動物"が現出したら、極力捕まえ・・・保護する。
無理だと判断すれば、保護から排除に移行するのだ。
これには、東議員は少し納得していない面があったが渋々了承した。
瀬川は、勤務隊舎に上がった。
「おはようございます」
瀬川は、当直陸曹に敬礼した。
4中隊の所は、ガランとしていた。
それもその筈、現在の第1警戒区の警備は4中隊が上番しているからである。
よって、ここには必要最低限の人数しかいない。
瀬川は、ホワイトボードを見た。
そこには、今日の一日の流れと人員の配置が書かれている。
「・・・・高杉が、Drか〜」
瀬川は、車番とドライバーを確認した。
そのまま、小隊部屋に行きソファーに座った。
勿論、部屋には瀬川一人だけだ。
「ふぅあ〜」
瀬川は、大きなアクビをした。
ふっと、昨夜の夢を思い出した。
昨夜、シエラと会って色々聞いた。
エルフの子供達に、幻覚の村。
そして・・・。
「ゾンビ・・・ねぇ〜」
瀬川は、呟いた。
瀬川は毎日、夢の事をA4の用紙に書いて上に報告しなければならない。
(さて、今回の件についてはどう書くかだな。)
実際、書くのに困る内容だ。
悪人エルフが、ゾンビを召喚?して。
ピンチになった時に、あの"ラム"が助けに来た。
なかなか、中二辺りが暴れ出しそうな内容だ。
報告するこっちが、恥ずかしくなる。
ゾンビだけでも、腹一杯なのにラムまで登場して来るとは。
瀬川は、別にラムが向こうの人間でエルフだと言う事には驚かなかった。
ああ、やっぱりな。
薄々、気付いていたからだ。
ラムは、何らかの方法でこことアッチを行き来している。
まぁ、まさか演習場から不発弾を持ち帰るのは驚いたが。
「・・・ん〜ん。辞めた。帰ってから、考えよう」
どちらにせよ、ラムが指名手配めいた事になるだろう。
瀬川が、考えを投げ出した時に朝礼のラッパが鳴り出した。
瀬川は、座ったまま背筋を正す。
そして、ラッパが終わった時。
「朝礼、集合!場所、廊下!」
廊下から、当直陸曹の声がした。
ぞろぞろと、各小隊部屋から人が出てくる。
と言っても、十人ぐらいだ。
「各区分で、並ぶように」
瀬川は、言われた通りに並んだ。
「オッース。なんか、久々に瀬川と言う奴を見たな」
高杉が、瀬川を茶化す様に言った。
「まぁな。俺も久々見た感じデスヨ。高杉3曹殿」
「かぁ〜、今まで楽な勤務してんだろ?お前が、一番羨ましい」
高杉は、わざとらしく言った。
瀬川は、ムッとした。
(コイツ、水族館の事を話してやろうか)
思ったが、止めた。
今までの事は、上の人間にしか解らないからだ。
高杉達には、瀬川はボイラー班の特別勤務に行っていた事になっている。
勿論、水族館の事件も秘密だ。
「ああ、楽だった。見てるだけでいいからな」
「まぁ、今日はしっかり働けよ〜」
瀬川は、言い返そうとした。
だが、当直が咳払いしてこちらを睨んでいる。
「今日の予定を伝える」
そして、淡々と行動を伝えていく。
居残り組は、午前中一杯を持って整備と事務作業に勤しむ。
警戒組が、午後に帰ってきしだい支援し終礼になる。
瀬川と高杉は、別枠だ。
二人は、武器交換なので中隊とは違う動きになる。
「んじゃ、行きますか」
朝礼が終り、高杉は腕を伸ばし言った。
「ん〜、まだ8時前だけど?確か、集合は、8時半だろ?」
瀬川は、腕時計を確認し言った。
「だから、一度営内に戻ろうぜ」
高杉は、生活隊舎に歩き始めた。
(まぁ、時間あるし二度寝するか)
瀬川は、高杉の提案に乗った。
もしかすると、シエラに会えるかもしれねぇし。
考えたが、無理だとすぐに思った。
瀬川は、自分の居室に着くなりベットに横になった。
「フゥ〜」
何となく、携帯を取り出し占いのアプリを起動した。
本日の運勢。
金運 星一つ
恋愛運 星五つ
仕事運 星ゼロ
今日のあなたは、とことんついていない!
お出掛けは、充分気を付けて!
「・・・」
携帯をそっと閉じた。
(見るんじゃなかった)
瀬川は、時計を見た。
まだ、時間はある。
瀬川は、何も考えず居室を出た。
そのまま、生活隊舎から営内者用の私有車駐車場へと向かった。
別に、行く必要は無いがただ何と無くだ。
瀬川は、駐車場にある赤い軽自動車の前に来た。
弟 龍也の車だ。
おもむろに、ポケットからキーを出しトランクを開けた。
「とっと、"あれ"をかたずけろ」
と、龍也が前の日に渡された。
本人いわく、銃刀法でいつ捕まるか解らないので車が使えないかららしい。
勿論、かたずける気なんか無い。
トランクにある二本の剣のうち、白銀の剣を取った。
瀬川は、剣を眺めてみた。
最近、シエラとの距離が縮まりつつある様に思う。
夢の中の妄想だと諦めかけていた。
だが、オーク事件から今まで色々あった。
その中で、一瞬だけ彼女に会えた。
彼女を知る女の子に、会えた。
もしかすると、近いうち彼方に行ける様な技術ができるかもしれない。
てか、実際に行き来してる奴がいるから確実にできる。
何が何でも、彼方に行ってシエラに会いに行くだろう。
純白の羽をモチーフにした鍔をした剣。
柄を強く握り締め、誓う。




