第37話 襲撃
荷馬車は、高い崖道を進んでいる。
一歩踏みはずと、真っ逆さまに落ちる。
「コース、気を付けろよ。落ちちまったら、命はねーぞ。」
「わーてるよ!任せろ!おい!テメエ等!しっかり、警戒しとけよ!」
コースが、ふざけながら一喝した。
部下達は、やる気無さげに答えた。
その時、だった。
道の真ん中に、赤い髪の女性が歩いている。
「ああ?」
女性は、フラフラとおぼつかない足取りだった。
「おっと、待ちな。」
コースは、興味本意で女性の前まで馬を走らせる。
女性は、驚いたのか倒れてしまった。
「・・・・。」
黙り込む女性に、コースは荷馬車から降り顔を確認した。
「へへへ。ハルクよー。最近は、ついてるな。こんな、人気がねえ所でべっぴんに会えるとわよ。」
「待てよ。コース、妙じゃねーか?」
「たく、先から考え過ぎだぜ。ちょうど、溜まってたんだ。捕まえて、犯してやる。」
コースは、下品に笑いながら女性に近付いた。
「へへ。よぉ、姉ちゃん。こんな所で、どうしたんだぁ?」
「・・・・。」
女性は、身体を振るえて喋らない。
恐怖で、すくんでいるのだろうと思った。
(いい顔を、してやがる。もっと、歪んだ顔が見てぇな。)
コースは、これからの行為を想像しただけで興奮した。
「なんなら、荷馬車に乗せてやろうか?ほら、立てよ。」
コースは、そう言うと女性の顔に短剣を突き立てた。
「大人しくしてりゃ、命まではとらねぇよ。」
女性は、怯えるどころか呆れた表情になった。
「最悪ですわ。こんな、下品な輩にオルテの紋章を汚されるなんて・・・・。」
「ぐわぁあ!?」
その時、後方から叫び声が聞こえた。
「どうした!?」
ハルクは、後ろを振り返った。
そこには、仲間の一人が首から血を出して倒れていた。
殺ったのは、銀髪の女性だった。
「て、テメエ!いつのまに!?」
ハルク達は、剣を抜いた。
「な、な、なんだ!?ギャア!?」
コースが、叫んだ。
短剣を持っていた右手が、斬られていたのだ。
「な!?コース!」
「はぁー。まったく、レイナーぁ。何が、策だよ。ようは、挟み撃ちじゃないか。」
シエラは、剣を構えた。
細身の刀身に、純白の羽をモチーフにした鍔。
シエラの愛剣である。
「黙りなさい!真っ正面から斬り込んでも、反対側に逃げられたらもともこもありませんわ!」
レイナは、右手にショウトソード。
左手には、純白の翼をモチーフにした鍔のレイピアを携えている。
「殺せ!」
ハルクの掛け声と共に、男たちが二人に襲い掛かった。
レイナに、二人の男が走りながら剣を振り上げ来た。
そして、最初の男が力任せに剣を降り下ろした。
その剣を、レイナは右手のショウトソードで受け流した。
そのまま、左足を軸に回転し一人目の男を前に転がした。
そのまま、左手のレイピアを瞬時に二人目の男の首に刺した。
「ガァフ!」
刺された男の口から、鮮血が溢れる。
男は、訳もわからず首の刺さっている物を掴もうとした。
「汚い手で、触らないで!」
レイナは、掴まれる前にレイピアをすぐに抜いた。
「く、クソ!」
倒れていた男が、立ち上がり構えた。
男は、すぐに襲い掛かっらない。
レイナの実力を警戒し、睨んでいる。
「情けないですわね。ほら、掛かって来なさい!」
レイナは、軽く挑発した。
「な、舐めやがって!」
だが、男は向かって来ない。
(はぁ〜、めんどくさい相手ですわね。・・・・・・・あちらは。)
レイナは、目線をシエラに向けた。
シエラは、ハルクの大剣を舞うように避けていた。
「ほらほら。コッチ、コッチ!」
ハルクの渾身の払いにシエラは、紙一重で身を低くし避けた。
そのまま、力を込めハルクに体当たりした。
「ぐぅは!?」
「や、ヤロー!」
男が、剣を水平に構えシエラに突撃をしてきた。
「よっと。」
しかし、シエラは身体を反転し男の後ろに回り込んだ。
「うおお!」
男は、すぐに身体をひねり剣を横に降った。
シエラは、男の動作が終わる前に頸動脈を斬った。
男は、血が吹き出て暫くして横に倒れていた。
「はい。動かない。」
「くっ!」
シエラは、立ち上がろうとしたハルクに剣を突き立てた。
ちょうど、レイナが最後の一人を倒していた。
「レイナ!終わりだね。」
シエラは、大きい声で言った。
「いえ!もう一人いた筈ですわ!」
レイナが、言った通り最初に右手を斬られた男が居なかった。
「ちくしょ!コースの野郎、自分だけ逃げやがったな!」
ハルクは、忌々しそうに言った。
「しょせん、ろくでなしの集まりですわね。」
レイナは、下らないと言った。
「さぁ、積み荷は何だ?」
「けっ・・・、自分で確認すりゃいいだろうが!!」
半ば、やけくそでハルクが言った。
「・・・奴隷・・・だろ?」
「ちっ!」
シエラは、睨んだ。
「どこの、村を襲った?何故、オルテの紋章を使った?誰の差し金?」
「・・・・。」
「答えろ!!」
シエラは、怒鳴り声を上げた。
もし、この男達が複数の場所で襲ったなら大変な事になる。
クルビス帝国とアラナ公国に、戦争の口実ができてしまう。
それだけでは、無い。
不信感が、国民に広がり政が機能しなくなり内側から国が潰れてしまう。
なにより、子供を奴隷にする事がシエラの逆鱗に触れた。
「落ち着きなさい。シエラ。」
レイナが、シエラの近くまで来た。
「レイナ。・・・・そうだね。早く、中にいる子達を保護しないと。」
シエラは、荷馬車を見た。
「・・・。」
「あら、下手に動かないで下さる?」
レイナが、レイピアを向けた。
アイコンタクトで、シエラに荷馬車に行けと合図した。
シエラは、すぐに荷馬車に走って行った。
「クソ、クソ!」
「見苦しですわ。さあ、痛い目にあいたくないなら早くお喋りなさい。」
「誰が、テメエなんか・・・グアアア!」
レイナが、ハルクの左手に短剣を突き刺していた。
「・・・わたくしは、あの子みたいに甘くはありませんのよ?」
レイナは、眉も動かさず突き刺さった短剣の柄を踏んだ。
「ガアアアアア!!」
ハルクの叫び声が、響く。
シエラは、ビクとした。
(さ、さすが、レイナだなぁ。)
自分なら、あれだけの事をする発想力は無い。
よく考え、殴るか蹴るかだろう。
だからと言って、連中に同情する気もサラサラ無い。
シエラは、荷馬車に着くとすぐに後ろの幌を開けた。
「さあ!白状なさい!さもなければ・・・。」
「れ、レイナ。」
「もう!なんですの!」
話の腰を折られたレイナは、イラついて振り返った。
そこには、ゆっくりと荷馬車から離れるシエラがいた。
そして、荷馬車から子供にナイフを突き立てたコースが現れた。
「どけ!クソアマがぁ!」
コースは、斬られた右手を布で止血していた。
そして、右腕で子供の細い首を締め付けている。
(しまった!アイツの事を、忘れてましたわ!)
レイナは、苦虫を潰した様な表情になった。
「へ・・・へへ。形勢逆転って、ヤツだな。グッ!」
ハルクは、手から短剣を抜いた。
「よくも、やってくれた・・・な!」
「くっ!」
ハルクは、レイナを殴ってコースに近寄った。
「剣を、崖に棄てやがれ!」
二人は、コースの言う通りに自分達の剣を崖に放り投げた。
剣は、すぐに見えなくなった。
「武器を、捨てたんだ!その子を離せ!」
「ウルセー!黙れ!」
興奮しているせいで、首を絞めている力が強くなっている。
「・・・シエラ。あの子・・・エルフみたいですわね。」
「あの子だけじゃないよ。・・・荷馬車には、五人。その全員が、エルフの子供達だったよ。」
「なんですって!?」
二人は、小声で会話をした。
「何を喋ってやがる!」
「ま、待って!解った!解ったから、力を緩めて!」
シエラは、慌てて言った。
エルフの子供の顔は、青ざめていた。
だが、コースは力を緩めなかった。
「ちぃ!くそガキ、抵抗すんじゃねぇ!」
「ぁぁぁぁ。」
エルフは、抵抗こそしたがだんだん弱まっていく。
「ナイスだぜ!コース!」
「早く、奴等を縛れ!ハルク!許さねぇ。許さねぞ!俺の、俺の右手を!」
コースの眼は、怒りで充血している。
「殺してやる。殺しやる!タップリ、痛めつけてジックリと殺す!」
コースは、半ば叫びながら言った。
「こんな、三下相手に窮地に陥るなんて。・・・・カーチス家の恥、ですわ。」
「レイナ、それよりあの子を早く助けないと!」
こうしている間に、ハルクが縄を持って近付いて来る。
「・・・・シエラ。貴女、風魔法が得意だったのでしょう?」
「・・・・。」
シエラは、頷いた。
「へへ。さぁ、大人しく・・・グッ!」
レイナは、ハルクが自分の目の前に近付いた瞬間に右手首に隠していたタガーを出した。
そして、ハルクの眼にタガーを突き立てた。
タガーは、一気にハルクの脳髄に達し絶命させた。
「万象の理、気高き風の精霊、我が道を開きて身体に宿り力を示せ!」
シエラは、風の呪文を唱えた。
その瞬間、シエラの身体が風に包まれた。
そして、瞬時にコースの目の前まで強風に乗りシエラが移動した。
そのまま、両手でコースの右腕を掴み一気に引っ張った。
エルフは、腕から解放され地面に落ちるところをシエラがキャッチした。
「ち、チクショー!」
コースが、シエラの頭部に向け短剣を降り下ろした。
「万象の理、あらぶる炎の精霊、我が剣に宿り焼き斬れ!」
死体から、タガーを抜き呪文を唱え終わると刀身が燃えだした。
コースの凶刃が、シエラに届く前にレイナがタガーを投げた。
「ギャアアアアア!!」
タガーは、コースの左肩に刺さると炎が彼を包んだ。
「あああ!ああああああ!」
コースは、暴れながら崖へ近付いた。
気付いて、無いのだろう。
とにかく、火を消すつもりで地面を転がっているのだろう。
「あああ!助けッ。」
言い終わる前に、コースは崖から落ちてしまった。
谷に、コースの断末魔が響いた。
「・・・・。」
「・・・はっ!」
シエラは、気付いた様にエルフの呼吸を確認した。
弱々しが、息があった。
外傷は、傷だらけだが命に別状は無い。
エルフは、気を失っているだけだった。
「よかったぁ〜。他の子達も、確認しなくちゃ!」
シエラは、荷馬車を見た。
「わたくしが、しますわ。」
レイナは、荷馬車の中に入って行った。
「ぅ、ぅぅん。」
すると、シエラの腕の中のエルフが気付いた。
「ああ!よかった〜。」
「こ、ここは、どこ?」
エルフの子供は、周りを見回して言った。
「クラウスに続く、谷道だよ。僕は、シエラ。君は?」
「・・・・ロニキス。」
エルフの子供 ロニキスは、シエラを見て言った。
ロニキスは、短髪のブロンドでエルフらしく中性的な顔立ちをしている。
見た目は、まだ10歳くらいだろうが実際はシエラより上だろう。
「どこから、連れてこられたの?」
「・・・"静寂の森"にある隠れ里。」
「"静寂の森"!?」
シエラは、驚いた。
目的地であるエルフの隠れ里は、文字通りエルフのみにしか場所を知らない。
他の種族を招き入れる時も、彼らは目隠しをさせる程である。
それだけ、徹底し里を守っている。
筈である。
なのに、あの連中は隠れ里を襲った。
エルフ以外の種族が、である。
「・・・・まさか、同族を?」
「それしか、考えられませんわ。」
レイナが、荷馬車の確認を終えて出てきた。
「全員、無事でしたわ。」
レイナは、シエラの近くに来た。
「その中で、気になる事を聞きましたわ。」
「気になる事?」
「ええ。隠れ里を襲った中に、紅いローブを纏ったエルフがいたそうですわ。」
シエラは、やっぱりと思った。
「・・・オルテの時の奴と、・・・同一人物?」
「可能性は、ありますわね。」
本当に、同一人物ならアリエル王女を誘拐し同族を売る。
このエルフの目的が、解らなかった。
シエラは、難しい顔になった。
「・・・・。」
「まったく、猪突猛進が考えても仕方ないでしょ?今は、"静寂の森"に進むしかないですわ!」
レイナは、シエラに喝を入れた。
確かに、そうすれば犯人について解るかも知れない。
そして、その"真意"も。
「そうだね。それに、たぶんアッチも誤解してると思うし。」
シエラは、そう言とロニキスに顔を向けた。
「ロニキス。君達を、"静寂の森"まで送るよ。」
「・・・え?貴女達が?」
ロニキスは、驚いた表情をした。
「大丈夫だよ!オルテ騎士の名に懸けて無事に、送って行くよ!」
「オルテ!?」
ロニキスは、シエラ達を警戒しだした。
「ああ。まず、こっちの誤解を解かないと。」
「・・・それに、武器を調達しないといけないと・・・ですわね。」
「うぅぅぅ〜。あの剣、僕の愛剣だったのに〜。ねぇ〜、取りに行っちゃダメ?」
シエラは、一気に落ち込んだ。
「うるさいですわ!わたくしだって!愛用だったですわよ!ほら、諦めて誤解を解く!」
レイナは、イライラしながら答えた。
「じゃあ、じゃあ!解いた後で、探そう!」
「却下!時間が、惜しいですわ!」
シエラとレイナのやり取りを見ていたロニキスは、呆然とした。
剣を取りに行く行かないと、太陽が沈むまで。
オルテ地下 赤竜教聖室
バーガントは、椅子に座り本を読んでいた。
内容は、いかに赤竜が尊い存在であるかを説く馬鹿馬鹿しい物だ。
「随分、余裕だな。バーガント。」
「これはこれは、クルーズ殿。余裕とは、心外ですね。私は、貴方の言い付けを果たしたばっかりなのですよ?」
バーガントは、後ろを見ること無く言った。
「貴方の思惑通り、帝国と公国は近いうちに戦の狼煙を上げるでしょう。」
バーガントは、本を閉じ言った。
「なって貰わねば、困る。」
「勿論。その為に、エルフの隠れ里を襲わせたのですから。」
バーガントの言葉に、クルーズは低く笑った。
「まったくだ。・・・どうだ?同胞を、売った心境は?」
「・・・別に、何も感じませんでした。」
バーガントは、気にすること無く言った。
「私にとっては、どうでも良いのです。私の"悲願"を、叶うことできるならば。」
クルーズは、バーガントの言葉を興味なく聞いた。
エルフの望みに、興味など湧く筈が無い。
ただ、教会の為に動いているだけで良いのだ。
「そう言えば、例の騎士・・・シエラ ローズだが中々面白く動いたな。お陰で、地竜教は壊滅した。そろそろ、彼女には死んで貰おう。」
クルーズは、バーガントに命令した。
「・・・解りました。」
バーガントは、立ち上がった。
「彼女を、冥府にいる王女に会わせてやれ。」
クルーズは、立ち去って行くバーガントに言った。
バカな男だ。王女は、向こうの世界に居るといだけで死んだと決め付けるとは。
バーガントは、そう思いながら長い階段を上がった。
まぁ、私には関係無いが。
全ては、"愛する人の蘇生"の為に。




