第31話 異界の迷子
警戒区には、3中隊が各ポストに配置していた。
午前と違うのは、後方に狙撃班が配置になった事だ。
これは、敵に致命傷部位がある事が解った為だ。
そこで、連隊長を始めとする各中隊長がMM(mission meeting)で狙撃班を編成配備が決定した。
瀬川は、午前と同じポストに入った。
「お疲れさまです。4中隊の瀬川士長です。」
簡単に、あいさつを交わした。
ポスト内の編成は、上杉3曹と瀬川。
そして、3中隊の陸曹と陸士の計四名の複硝だ。
「どうぞ、休憩して下さい。」
上杉は、3中隊の隊員に1時間の休憩を提案した。
それに対し、3中の陸曹は待ってましたと言わんばかりに了承した。
これで、ポスト内は瀬川と上杉の二人だけになった。
「・・・・。」
「・・・・。」
沈黙が、続く。
(何で、いきなり上杉3曹になったたんだ?)
本来なら、同じ分隊の木元だった。
だが、小隊長の命令で木元から上杉になったのだ。
「なぁ、瀬川。」
「何です?」
「最近、調子はどうだ?」
上杉から、何の変てつもない質問が来た。
「最近、ですか?」
「ああ、何か変わった事は無いか?」
上杉の質問に、瀬川は何気なく答えていく。
「そうですね〜。変わった事・・・・。」
「別に、何でも良いんだ。パチンコで、負けたとか彼女ができたとか。」
瀬川は、元からパチンコはしない。
彼女は、・・・・・異世界にいる。
「特に無いですね。」
「本当か?些細な事で、何か無いか?」
上杉は、しつこく訪ねる。
「ん〜。あっ。そう言えば。」
「何だ!?何か、あるのか!?」
上杉は、オーバーなリアクションをした。
「い、いえ。別に、ほんと何でも無い事ですから。」
「いや、気にせず言ってくれ!」
上杉は、熱心に聞いてきた。
(あれ?上杉3曹って、こんな人だったけ?)
「その、俺の弟が狙撃課程から帰って来たんですよ。」
「・・・それだけ・・・か?」
「え、ええ。早速、狙撃手で後方に使われてるんじゃないですかね?」
「そ、そうか。他には、何にも無いんだな。」
「はい。今のところは。」
瀬川の話しを聞き、上杉は緊張が切れたように椅子に座った。
「どうしたんですか?」
「気にするな。その・・・何だ、現況の把握をしただけだ。」
「現況の把握って・・・上杉3、俺と同じ営内班じゃないでしょ?」
瀬川の疑問に、上杉はバツが悪そうに頭を掻いた。
通常、現況の把握なら瀬川の営内班長である木元がする。
なのに、上杉は違う営内班長だ。
何故、上杉が訊いてきたのか瀬川には解らない。
「あ〜、ほらアレだ!木元から、頼まれたんだよ!」
「木元3曹から、ですか?」
「そう!そう何だよ〜。あいつ、先任に渡す書類があったんだが。あのヤロー、忘れとったんや。」
よくも、ここまで嘘が言えるなと心の奥から思った。
「その中に、班員の現況の把握があってな。ほら、急きょ警戒のバディが俺になっただろう?」
「は、はぁぁ。」
「そこで、木元に頼まれたんだよ!」
そして、上杉は笑いながら話しを切った。
暫くして、3中隊の隊員も帰って来た。
その後、誰も私語を言わず厳正な服務が続いた。
"その時、までは。"
最初に気づいたのは、後方に配置している狙撃班だった。
「・・・・む?」
「どうした?瀬川3曹?」
空を見上げた龍也は、先輩3曹に訪ねられた。
「金井3曹・・・。」
「何だ?」
龍也は、空を見上げた。
「何か、"おかしい"です。」
「どういう事だ?」
金井も、空を見上げた。
「・・・!?こいつは!」
雲が、警戒区を中心に集まって来ていた。
龍也は、MMで説明されていた。
それは、雲と風が集まると"ホール"が出現する。
(これは、兆候だ!)
他の隊員達も、気付きだしていた。
すぐに、その情報は全ての隊員達に伝えられた。
龍也は、出現地点に対人狙撃銃M24を構えた。
地点との距離は、2512メートル照準眼鏡をよういれば余裕で狙える。
龍也にとっては、自衛官として狙撃手としても実戦だ。
「ふぅー。なるほど。結構、緊張するな。」
「瀬川。落ち着いていけ。的は、まだ現れない。」
「・・・了解。」
龍也の心臓の鼓動は、早くなる。
「・・・まだか、まだ、出ないのか?」
あそこには、兄の龍巳がいる。
「・・・バカ兄貴が、無茶する前に仕留めないとな。」
龍也は、呟き深く深呼吸をした。
風が、吹き荒れだした。
当然の様に、警戒区を中心だ。
龍也は、狙撃班の命令を思い出した。
狙撃手は、未確認生物が現れた場合。
一撃必殺の名のもとに、頭部を撃て。
その為に、狙撃手5名は半径3000メートル内に配置。
四方から、囲む様に狙う。
「そろそろだ。瀬川、外すなよ!」
バディの金井が、龍也の肩を叩く。
「大丈夫です。現れ次第、頭を吹き飛ばします。」
龍也は、強がりを言った。
その時だった、警戒区から強い光が。
「来た!?」
「瀬川!落ち着いて殺れ!」
光は、徐々に弱くなる。
4中隊の隊員達が、一斉に構えた。
(さて、どんな奴が出て来たんだ?)
龍也は、照準眼鏡越しに現れた生物を見た。
「・・・・はあ?」
龍也と金井は、気の抜けた声を上げた。
現場の4・3中隊は、慌ただしく動いていた。
「おい!もうすぐ、来るぞ!」
「ポスト内から、出ろ!」
「キャリバー!早く、準備しろ!」
怒号が、飛び交う。
瀬川は、小銃を指向した。
いつの間にか、周りが静かになった。
戦闘準備が、終わったのだ。
全員、引き金に指を入れ固唾を飲んでその時が来るのを待った。
慣れてきたとは言え、流石に緊張の色は隠せない。
時間が、長く感じる。
風の音だけが、この場を支配していた。
長谷川3佐は、各小隊の配置完了の報告を受け上空を見上げた。
雲が、真上に固まって来た。
「・・・調査団の連中は?」
「はい。避難は、完了しています。」
「そうか。」
川平曹長の言葉に、長谷川は中尾が渋々避難したんだろうと想像した。
「狙撃班は?」
「配置済みです。」
「よし。いいか?先程の、事態もあるからな。攻撃は、敵の周りを確認した後だ。」
「了解しました。では、隊員達に徹底させます。」
川平は、冷静に伝令を使い無線で流した。
風が、強くなる。
そして、目映い光と共に爆音が響いた。
(来た!)
「まだだ!まだ、撃つなよ!」
長谷川は、そう言って前方を睨んだ。
(さあ。来い!)
どんな、凶暴な生物が来ても対応できると長谷川は思った。
光が、弱まっていく。
(姿を、見せてみろ!)
「焦るなよ。落ち着いて、命令を待ってろよ。・・・・え?」
現れたのは、大型生物・・・・では無かった。
とか言って、凶暴な生物ですら無い。
そこに、いたのは・・・・・少女だ。
少女は、倒れて気を失っている。
(う、うう。ここは?父上?母上?)
うっすらと、少女の意識が回復した。
だが、視界はぼんやりとしている。
「Daijobuka?」
誰かが、自分の目の前にいる。
何か、話しているが言葉の意味が解らない。
「・・・おじさん、誰?」
男性をよく見ると、緑色や黒と茶色が混ざった斑服を着ている。
少女に、疲労感が襲ってきた。
「おっと!」
双葉は、少女を倒れない様に押さえた。
「・・・ウム。人間の様だな。」
双葉の確認で、少女の周りにいる自衛官達は小銃を下ろした。
少女に、自衛官達は銃を指向していていたのだ。
理由は、簡単だ。
先日、意見交換会の時での事だ。
この会は、政府がSF・ファンタジー関係の漫画家やゲームクリエイター達を集めて行われた。
さらに、生物学や物理学の学者も参加し白熱の討論になった。
この交換会の主は、どんな生物がいてどんな対処法が有効かを話し合うのが目的だ。
異世界に、ロボットがある可能性や魔法的な生物の可能性などの話しがあった。
だが、それらの意見に学者側が反発。
「そんな、事はありえない!物理学的に・・・。」
「いや!いるかも、しれないじゃないか!」
「バカな。科学的に、そんなもんが有ってたまるか!」
「解らないぞ!魔法少女的な人間も、いない可能性が無いじゃないか!」
「そうだ!そうだ!引っ込め!」
予想を上回る討論に、政府関係者や上級幹部自衛官達は頭を痛くした。
その中で、出た意見が擬態する生物と人造人間だ。
あどけない少女が、いきなり化け物になって襲ってくる。
又は、手が変わり刃物になって自衛官を襲うと言うものだ。
出た結論が、警戒しながら確める。
現れた人間が、変貌の兆候が有れば即射殺。
簡単明確だった。
「ふぅー。良かった。流石に、女の子を撃つのは目覚めが悪くなるからな。」
「まだ、解らないぞ?これから、変わるかもしれん。高杉、気を抜くなよ。」
対戦の高杉3曹の言葉に、同小隊の2曹が注意した。
「了解。でも、あの子。何か、ぐったりしてますよ。」
高杉は、担架に乗せられる少女を見た。
「瀬川、お前はどう思う?」
高杉は、横で同じ様に見ている同期の瀬川に訊いた。
「んん〜。俺も、安全だと思うな。」
高杉は、だろうと言った。
少女は、自分が何かに乗せられ運ばれているのが解った。
抵抗したくても、身体がダルくてできない。
(わたし、何処に連れて行かれるの?怖いよ。助けて、シエラお姉ちゃん!)
少女は、必死に恐怖と戦った。
知らない人間達に、囲まれ知らない場所にいる。
状況が、全く解らない。
ここに、知り合いが至ら少しは安心できただろう。
だが、ここには少女一人だ。
少女は、ふっと集団の一人と眼があった。
耳たぶにホクロがあり、喋った時に八重歯がある。
(・・・・もしかして、このお兄ちゃん!?)
瀬川は、目の前を運ばれて行く少女と眼が合った。
(ん?驚いて・・・るのか?)
そう思った時、いきなり少女に右手を捕まれた。
「おわぁ!?」
『タツミお兄ちゃんだよね!セガワ タツミお兄ちゃんでしょ!?』
「ええ!!俺の名前!?」
突然、連呼された自分のフルネーム。
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
その場が、静かになる。
全員、瀬川を注目した。
「・・・瀬川。」
「いや!知らん!知らん!」
高杉の一言に、瀬川は左手を降って答えた。
だが、少女はなおもタツミなんたらと言っている。
「この子は、お前の事を知ってるみたいだぞ?」
「だ・か・ら!知らないって!」
瀬川は、改めて少女を見た。
綺麗な純白のドレス。
高そうな、宝石類。
特に、目立つのはRPGとかでお姫様が被ってそうな王冠みたいな物。
更に、よく見る。
整った顔立ち。
(将来、美人になるな。)
綺麗な長い金髪、蒼い瞳。
(外国のセレブに、いそうだ。)
結論。
「まったく、知らん!」
が、仲間達は瀬川を疑っている。
「よく、考え下さいよ!異世界からじゃなく、この世界あるどっかの国のセレブパーティーから来たかもしれないじゃないですか!」
確かに、その可能性はある。
「そうだとしても、何故この子はお前を知ってる?」
成田が、瀬川を見ながら言った。
少女は、頼りきった眼で瀬川を見ている。
「ちよっ、ますます疑われる眼で見ないでくれない?」
瀬川は、泣きそうな声だった。
少女は、安心感が出てきたのかまた気を失った。
瀬川の右手を、握ったまま。
「・・・取り合えず、この子をアンビに乗せろ。」
双葉は、溜め息を着きながら言った。
「あの、自分は?」
「お前は、この子にそのまま付き添え。」
瀬川は、はいと言って到着したアンビに乗り込もうとした。
「瀬川。後で、話を聞きに行くからな。」
双葉は、乗り込む瀬川に言った。
これから、自分に何が起こるのか瀬川は不安になった。
少女を乗せて、アンビは警戒地区を後にした。




