第30話 龍也
修正
第2警戒区
3中隊の隊員達が、慌ただしく動いている。
本来なら、彼等は第2警戒区で撃ち漏らした敵の排除が任務だった。
だが、先程の第1警戒区での戦闘で予想外に弾薬を浪費した4中隊。
その為、補給と増援の任務が付与されたのだ。
「あ〜、そうじゃない。狙撃班の配置だが・・・。」
中隊車に、各小隊長が集まりミーティングをしている。
「ん〜。やはり、ウチから狙撃手を出すしかないか。」
腕を組み、地図とにらめっこしている恰幅の男性。
歳は、40代半ばだろう。
鼻下に、チョビヒゲを生やしている。
彼の階級は、一等陸尉だった。
「しかし、葉山中隊長。狙撃手は課程を終了したばかりです。いきなり、実戦投入は・・・。」
葉山と呼ばた男性は、頭を掻いた。
「だが、使えない事は無いだろう?」
その言葉に、異を唱えた1小隊長が頷く。
「解りました。では、課程中に成績が優秀な1名を観測指揮とし3名を狙撃増援で4中隊に行かせましょう。」
狙撃班 班長が、葉山に提案した。
「と、言うと?」
「臨機応変な慎二が、指揮。陸曹に成り立ての雄一。最後に、堅物の”龍也”です。」
葉山は、妥当なメンバーだと判断した。
「よし、それで行ってくれ。ところで、弾薬補給はどうなっている?」
「それに付きましては現在、4中隊が宿舎地区で昼飯を取っているので平行して弾薬を授受します。」
補給陸曹の二曹が、答えた。
「じゃあ、ついでに差し出す3人に行かせろ。」
「了解しました。」
その後、解散しそれぞれ言い渡された任務へと戻って行った。
流石に、四回目の戦闘になってくると慣れてくる。
自衛官達は、戦闘後の行動を迅速に済ませていく。
隊員の健康状態や装備の点検、残り弾数に車両の燃料残量。
それらを、調べ上に報告する。
全員、当初に比べて大分余裕が出てきていた。
冗談を言っている、隊員までいる。
それには、全ての戦闘で正面から圧倒的に勝利している。
それが、彼らに自信を付ける事となり士気も高くなっていた。
「いやー。先のは、流石にビッビちまったなぁ。」
「確かになぁ。まさか、あんなゾンビ野郎と闘う羽目になっちまうなんてな。」
それぞれ、興奮が収まらず口々に感想を言っている。
あの後、2中隊は駐屯地に帰隊した。
変わりに、3中隊が増援として合流した。
4中隊は、後方の宿舎地区に移動し食事を取っている。
長い列が、続く。
前方には、シチューのいい匂いが嗅いでくる。
今日の昼飯のメニューは、シチューにサラダと焼き鳥といった物だ。
隊員達は、飯ごうを食器変わりに持ち自分の配食の番を待っている。
飯ごうは、一人に一つづつ国から支給されている。
いわゆる、官品だ。
自衛官達は、飯ごうで食べる時にビニール袋で包んで食べる。
こうすれば、飯ごうは汚れ無いし食べ終わったらビニール袋を外せば袋を捨てるだけでいい。
また、飯を配るのは一番下の陸士だ。
瀬川は、陸士の中でも上なので別に配食をしなくてもいい。
「・・・・・。」
「おい、瀬川。」
「・・・・・。」
「瀬川!!」
「うぉ!?」
瀬川は、危うく飯ごうを落としそうになった。
「早く、進めよ。列、空いてんじゃねえか。」
「悪りぃ。」
「おいおい、大丈夫かよ?あのトカゲと、戦ってから何か変だぞ?お前。」
「別に、考え事してただけだ。それより、筑波。」
筑波と呼ばれた男性は、瀬川の同期で同じ士長である。
背は、低いが体力検定オール1級の保持者だ。
しかし、残念な事に余り勉強ができる方では無い。
毎年、陸曽候補生選抜試験で筆記で落ちている。
「何だ?」
「忘れて来ちゃったから、割りばしくれ。」
「一本、100円で手を打とう。」
「金、取んのかよ?」
当たり前だろと、筑波は胸を張って言った。
結局、瀬川は割りばしを交渉すえ50円で買い取った。
ぼったくりと、思ったが仕方が無かった。
(くそ!ケチが!)
そのまま、飯ごうに飯をつぎ皆から少し離れた所に座った。
シチューに、ごはんを入れて口に運ぶ。
「・・・・・。」
その間、先程の出来事を思い返した。
突然の戦闘、トカゲゾンビの近くにいた三人。
異世界にいる人間の、初めての確認。
救助する為、三人に近付いた。
その中の一人に、瀬川がよく知る人物がいた。
「・・・・シエラ・・・・だったよな?」
誰に、確認する訳でもなく呟いた。
会いたい女性。
抱き締めたい女性。
その女性が、一瞬だったが目の前にいた。
「あいつ・・・ドレス、着てたな。」
いつも、夢で会うときはRPGの男が着てそうな寝間着である。
「・・・・綺麗だったな。」
瀬川は、雲を見た。
雲は、ゆっくりと流れている。
(あいつ、大丈夫かな?)
一瞬だったが、肩に怪我している様だった。
それに、あのトカゲの近くに居た事もある。
(無事か?本物に、怪我してるのか?まさか、・・・!?)
瀬川は、頭を降った。
ネガティブな思考を、振り払う為だ。
(大丈夫だ!あいつが、そう簡単に殺られる筈がねぇ!)
しかし、一度 マイナスに考えるとなかなか振り払え無い。
最悪の想像しか、できない。
「くそ!」
瀬川は、食べるのを止め割りばしを投げ捨てた。
「おい、ゴミを捨てるなよ。」
そこに、3中隊の3曹が腕を組んで近付いて来た。
顔付きは、何処か瀬川に似ている。
「ああ?んだよ、"龍也"か。お前も、来てたのかよ?」
「当たり前だろ?先、狙撃手を配備するって聞かなかったのか?」
彼のネームには、"瀬川"と書かれている。
瀬川 龍也 、3中隊の第1小隊に勤務している陸曹だ。
身長は、瀬川と同じ位で目付きが悪い。
そのせいで、昔からよく不良だと勘違いされていた。
だが、性格は真面目。
というより、生真面目過ぎる。
冗談を、冗談と思わない堅物である。
瀬川との関係は、二卵性の双子だ。
兄が、瀬川 龍巳。
弟が、瀬川 龍也。
二人は、同じ勤務地に所属している。
お互い、なんて腐れ縁だと思うほど産まれてからずっと一緒だった。
だが、弟の龍也の方が3年前に3等陸曹に昇任してしまった。
正直、ちょっぴり悔しい。
龍也は、瀬川が捨てた割りばしを拾った。
「ほら、ちゃんとごみ袋に捨てろ。」
瀬川は、めんどくさそうに龍也が持つ割りばしを取った。
「ちっ。お前、いつ戻って来たんだよ?」
「昨日だ。やっと、教育が終わって帰ってこれたよ。」
龍也は、やれやれと言いながらため息をついた。
「にしても、何か凄い事になってるな。」
龍也は、ある教育で小倉駐屯地に行っていた。
そこで、未確認生物と自衛隊が戦った事をニュースで知った。
つまり、龍也は今までの任務に参加していないのだ。
「しかも、龍巳。お前、結構無茶ばっかりしてるらしいな?」
「んぁ?」
瀬川は、気の抜けた返事をした。
「入退院しているお前を、母さんが心配してるんだぞ!」
龍也の言葉は、耳に痛かった。
「うるせぇーなー。良いだろ。ちゃんと、生きてんだから。」
「あのな、そう言う問題じゃない!」
龍也は、声をあらげた。
「はいはい。わかったよ。これからは、無茶しねぇーよ。」
瀬川は、やる気無さげに言った。
もともと、好き込んで無茶している訳でもない。
ただ、成り行きだっただけだ。
これからは、本気で気を付けようと思った。
「たっく、本当に気を付けろよ。」
龍也は、ため息をついて言った。
「で?何しに、来たんだよ?」
瀬川は、早々に話を切り替えた。
「ん?ああ、4中隊に弾薬の補給を届けに来たんだよ。」
龍也は、ぶっきらぼうに答えた。
「ま。もう、行くがな。」
龍也は、時々には実家に帰って親に顔を見せろと言って高幾動車に歩いて行く。
「あばよ。カタブツ。」
「やかましい。万年陸士長。」
お互い、皮肉を言い合った。
瀬川は、また一人になって時計を見た。
次の行動まで、10分ある。
十分、一服する時間がある。
胸元から、タバコを一本取り火を付ける。
煙を、肺に送りはく。
(そろそろ、タバコを止めるか。)
瀬川は、煙を見ながらボンヤリと考えた。
あの時、"クロス・ホール"に飛び込んでいればシエラに会えた。
怪我は、大丈夫だろか?
そればっかり、考えてしまう。
「・・・飛び込んどきゃー良かった。」
呟く。
「そいっあ〜、"クロス・ホール"にか?」
「おわぁ!?」
突然、話し掛けられ瀬川は振り返った。
そこには、しわくちゃの白衣を着た中尾がいた。
「あ、あんたは確か・・・・え〜あ〜。」
「中尾だ。中尾 忠昭。」
「は、はぁ〜。」
中尾は、瀬川をじっくりと観察した。
(な、何なんだ?いつから、いたんだ?)
「お前さんが、割りばしを投げた時からだが?」
中尾は、心を読んだ様に言った。
「!?」
瀬川は、驚きで言葉が出てこない。
「ふぅ〜ん。」
中尾は、しつこく瀬川を見る。
「な、なんスッか?」
耐えられなく、瀬川は訪ねた。
「フム。それっといって、普通だな。」
完全無視で、ある。
「ちゃんと!聞いてんのかよ!」
「うるさい奴だ。まぁ、いい。お前さんに、質問がある。」
中尾は、瀬川の顔を見た。
「お前さん、人とは違う"何か"があるんじゃないか?」
瀬川は、むせた。
これを、中尾は肯定と判断した。
「そうかそうか、解った。それだけ、聞きたかっただけだ。」
中尾は、振り返って歩き出した。
用件は、済んだと言わんばかりだった。
「じゃあな、また近々会おう。」
瀬川は、中尾の後ろ姿を見てできれば二度と会いたくないと思った。
「おい!瀬川、行くぞ!早く、準備しろ!」
後ろから、木元が声をかけた。
「・・・は、はい。」
瀬川は、返事をし鉄帽を被り弾薬を弾倉に入れた。
そして、弾納に入れて小銃を手に取り小隊の列に並ぼうとした。
それを、双葉は黙って見ていた。
「・・・・おい、瀬川。」
「はい?」
双葉は、瀬川を呼び止めた。
「・・・・お前・・・。いや、やっぱり何でもない。早く、列に並べ。」
「・・・?は、はい。」
瀬川は、首を傾げ列に入った。
「・・・・。」
その後、簡単にじ後の行動を達せられ4中隊は再び第1警戒区に行く事になった。
小隊ごと、LAVに乗車していく隊員達。
瀬川も、ドアを開け乗り込む。
その姿を、橋本3尉と成田1曹、上林3曹そして双葉2曹が見ていた。
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・、どうだ?何か、変わった所はあったか?」
「いえ、特に異常な所はありませんでした。」
橋本の問いに、上杉は率直に答えた。
「・・・フム。なぁ、やはり勘違いじゃないのか?」
橋本は、半信半疑で言った。
「いえ、確かです。」
双葉は、橋本の言葉を否定した。
「あいつは、あの時の保護対象の一人と思わしき名前を言いました。」
「その対象者も、瀬川の名前を口にしていました。」
双葉の言葉に、上杉は付け足した。
「・・・もう一度、確かめるがそれは本当か?」
橋本は、三人に言った。
「事実です。自分は、実際に二人の声を聞きました。」
成田は、ちょうど瀬川とシエラの間にいたのだ。
双葉は、瀬川の近くに。
上杉は、シエラの近くにだ。
「あの対象者達が、異世界人と断定できるか?」
「今のところは、何とも言えませんが可能性は高いです。」
上杉は、小隊長である橋本に補足した。
「私は、英語や少しだけならラテン語もできます。しかし、彼女が話していた言葉は知る限りそのどれでもありませんでした。」
「・・・・。」
橋本は、上杉の話しを黙って聞いている。
「後で、PCを使い調べますが・・・・。たぶん、この世界では無い言語でしょう。」
それを、聞き橋本は考え込んだ。
「なら、何故?二人は、名前を呼び合ったんだ?」
橋本の疑問を聞き、双葉達は答えられなかった。
自衛官は、入隊時に書かされる身上調書という物がある。
これは、自衛官になる人間を調べ身の上を把握する為だ。
瀬川も、例外なく書かされ調べられた。
勿論、異常無しだった。
それに、記念式典等で実際に親にも何回か会っている。
「どうしますか?中隊長に・・・上に、報告しますか?」
成田は、橋本に提案した。
「いや。まだ、良いだろ。」
橋本は、少し考え判断した。
瀬川は、4中隊の中でも6年目になる古参の陸士長だ。
部下であり、仲間、もはや家族である。
間の抜けた所はあるが、真面目で誠実な奴だ。
疑いたくはない。
それは、この場にいる四人の共通する心だった。
「取り合えず、今は様子見だ。事が俺達でなんとかなるなら、それにこしたことはない。」
橋本の言葉に、三人は頷く。
「この事は、この場にいる俺達で止める。他の隊員達・・・勿論、小隊の人間にも秘密だ。いいな?」
「はい。」
「了解しました。」
「解ってます。」
橋本達は、話しをまとめてそれぞれLAVに乗り込んだ。
「よし。木元、エンジンを掛けろ。」
「・・・了解。」
双葉の命令で、木元はキーを回した。
エンジンの始動音が、聴こえる。
「双葉2曹、先まで何を話してたんです?」
瀬川は、双葉に質問した。
「・・・別に、お前は関係無いから気にするな。」
双葉は、素っ気なく回答した。
「瀬川士長は、気になる年頃なんッスよ〜!」
湯川が、瀬川を茶化した。
「るさい。たく、浅野の方が良かったよ。」
「そんな事、言って絡んで嬉しいクセにー。」
瀬川と湯川の会話を聞きながら、双葉は様子を見た。
問題は、無い。
そう思うが、双葉は瀬川と異世界人の関係を気にした。
(何か、俺達に隠しているのか?瀬川。)
LAVは、第1警戒区に進んで行く。
このあと、まさかこんなに速く上に報告するとは双葉は想像していなかった。




