第20話 餓狩鬼
曇が月を隠し辺りは、暗闇に包まれている。
"それ"は、屋根から屋根へ移動していた。
四足で2メートルもある幅を一跳躍で渡っている。
明らかに、人間では無い。
名前は、餓狩鬼。
一瞬、雲から月の光が漏れた。
餓狩鬼の姿が、現れる。
その姿は、悍ましいと言う言葉しか無い。
肥大した脳は、外部にむき出されていた。
また、体表の皮膚のほとんど全てが剥離している。
それに伴って目も失われてしまう為、視力はゼロ。
但し、研ぎ澄まされた聴覚で、獲物の立てる僅かな音を聞き分けまた嗅覚も発達している。
鋭利な爪を有し、牙は鋭い猛獣の様だ。
長い舌は、槍のように硬く伸ばして相手の急所を貫き仕留める。
一度、覚えた匂いは数キロ先でもかぎ分けられる。
狙った獲物は、逃さない特性を持つ。
その為、餓狩鬼は調教され暗殺用に使われるのだ。
逃れる方法は一つ。
自分を狙う餓狩鬼を殺す事だけだ。
シャアーーー。
突然、不気味な声をあげた。
狙う獲物が、近いのだろう。
餓狩鬼の声は、歓喜を帯びていた。
すると、同じ声がした。
一匹では、なかった。
六匹もの餓狩鬼が、一点を見つめる。
ーーオルテ城ーー。
そこに、彼らの獲物がいる。
バルコニーでシエラは、瀬川の話しを続けていた。
「それで!それで!」
「はい、タツミはその後で・・・。」
せがむアリエルに、シエラは続きを言おうとした。
「王女様ー!」
不意に、アリエルを呼ぶ侍女がバルコニーに来た。
「こんな所に!王女様、国王様とお后様が呼んでいます。」
侍女は、アリエルに気付くと近寄った。
「え〜!父様と母様が〜?私、まだシエラお姉ちゃんの話を聞きたい〜!」
アリエルは、シエラの腕を掴むと駄々をこねだした。
「王女、そんな事を言わずに。」
「そうですよ。また、後で話しの続きをしますから。大丈夫です。ここで待っていますから。」
困っている侍女に、シエラが助け船を出した。
アリエルは、不満そうだがシエラの腕を離した。
「ホントだよ!お姉ちゃん!」
シエラは、笑顔で返答した。
侍女は、シエラに一礼しアリエルを連れて会場に入って行った。
途中で、会場の入口にいたルノーはアリエルに頭を下げた。
そして、ルノーは足早にシエラに近づいた。
「ルノー、どうしたの?」
シエラは、近寄って来たルノーに尋た。
「・・・うぅ〜。シエラちゃ〜〜ん!」
ルノーは、いきなりシエラに抱きついた。
「もう!ヤダヤダヤダ!ど〜したの!?いつもは、こういう場所には騎士団の制服で来るのに今日に限ってこんな可愛いドレスで来るなんて!」
早口言葉を、している様に話しながら頬をシエラに擦り寄せた。
普段の無表情な彼女からは、程遠い言動だった。
「わたし、驚いて飛び上がったら雲の上まで行って最終的には月までブッ飛ぶかと思ちゃったんだから!」
「ルノー、相変わらず大袈裟だね。」
そんなルノーに、慣れているのかシエラは普通に話す。
「えーーー!大袈裟かなー!でも、・・・・すっごく似合ってるよ。・・・ドレス。」
後半、口調がもとに戻ってシエラを離した。
「ルノー、ありがとう。」
シエラは、慣れて無いせいか照れてしまう。
「きゃあーーー!照れ顔も可愛いー!わたしが、男なら求婚しちゃうよ!その為なら、このコーレアス大陸からバーチラス大陸まで泳いで行けちゃうよ!わたし!」
ルノーは、また弾丸口調になり泳ぐ真似までした。
捕捉だが、コーレアス大陸からバーチラス大陸までの距離は日本とアメリカ位だ。
「さすが、戦乙女だよね〜!・・・・わたしなんか、・・・サイクロプス。」
ルノーは、バルコニーの隅でシエラに背を向け落ち込みだした。
「そりゃ、わたしは背はデカイわよ。前髪で片目が隠れてますよ。それに、どうせわたしは平民出の芋女よ〜。でも、だからと言って"静寂なるサイクロプス"て・・・・。」
右指で、地面を弄くっている。
これが、ルノーの”本性”である。
日頃は、無表情・無感情を装っている。
これは、本人がクールな女性で有りたいと想うからだ。
「ルノー〜。気にしないでよ〜。僕は、十分に美人だと思うよ?それに、平民とか関係無いしそんなアダ名なんて言わせておけばいいんだよ。」
シエラは、右手を肩に置いて慰める。
「うぅ〜。シエラちゃんやレイナちゃんだけよ!そう言ってくれるのは!私、頑張ちゃうよ!皆の応援で!!目指すは、クロエ団長!!」
涙を流し、シエラに再び抱きついた。
「親友って、良いよね!わたし、感動だよ〜!涙で、大河だって作れちゃうよ!わたし!・・・・・ところで、ハリル侯爵と仲が良いんだね。」
また、ルノーは口調が戻っていた。
「えっ!?別に、何でもないよ!たたっだ、父上がオリベルに無理を言って僕のエスコートを頼んでいるだけだよ。」
シエラは、両手を振って慌てた。
「えぇ〜、そうなの?わたしてっきり、婚約者だと思っちやったよ!」
ルノーは、驚いて言った。
「ところで、シエラちゃん。いつ、騎士団に戻って来るの?」
ルノーは、シエラが白鳳凰騎士団の騎士長を解任させられた事は先日に知ったのだ。
「いつって、ルノー。僕は、解任された身だよ?もう、騎士団には戻れないよ。」
「シエラちゃん、本当にあのクロエ団長が辞めさせたと思うの?きっと、しばらくしたら復帰できるよ!なっんて言ったいって、竜を討伐したシエラちゃんを本気でクビにする筈無いよ!わたし、言っとくけどびっくりしたんだよ!」
表現しているのか、身体を大の字にした。
「シエラちゃんが、地竜に勝った!って、聴いて!危うく、ひっくり返って後頭部を地面に叩きつけるところだったよ!地割れだって、目じゃない勢いだよ!」
息をつかずに、話しルノーはシエラの両手を掴んだ。
これでも、必死に元気付けようとしているのだ。
「ルノー、ありがとう。」
「今、わたしとレイナちゃんにアーク君が嘆願書を書いて団長に提出する予定なの!」
ルノーは、シエラの両手を握った。
「え!?そんな、僕の為にいいよ・・・。」
「ああ!隊長!こんな、所に!」
騎士が、ルノーに近づく。
「・・・・・何?」
ルノーは、瞬時に無表情となった。
この騎士は、まだ新米なのだろう。
隊長の素を、知らない。
「副隊長が、先ほどから探してます。至急、離宮へ来てほしいとの事です。」
騎士は、かしこまりながら言った。
「・・・・マヤが?・・・・わかった。・・・すぐに、行くわ。」
ルノーは、シエラに一礼し騎士と共にその場を後にした。
シエラは、ルノーを見送ると第4隊の仲間を思い出した。
(今ごろ皆、どうしてるのか?)
すると、ルノーと入れ替わりにハリルがグラスを持って来た。
「ユニークな友人ですね。」
ハリルは、シエラにグラスを渡しながら言った。
「い、いつから、見てたんですか?」
ハリルは、シエラの問いに微笑んで返した。
(ヤバイ、ルノーとの会話は絶対に聞かれた。)
友人が、恥ずかしさのあまり槍を振り回し暴走する想像をした。
下手すれば、記憶を奪う為にハリルを襲いかねない。
いや、彼女なら実行する。
(・・・・ルノーには、教えないでおこう。)
隠すのなら、ちゃんと隠して欲しいと思った。
"知らぬが、仏"前に、タツミが教えてくれた言葉だ。
(なるほど、意味が解ったよ。タツミ!)
シエラは、右手の拳を握って納得した。
「・・・ラ。シエラ。」
「へ?あっ!はい!あっ!?」
(しまった!)
グラスを、落としてしまった。
「あっ!す、すいません!」
「いえ、構いませんよ。それより、お怪我は?」
ハリルは、方膝を着き破片を拾いながら言った。
「ぼ、僕は大丈夫です!僕が、拾いますから!痛っ!」
シエラは、慌てて拾おうとしたが破片で人指し指を傷つけてしまった。
「すいません!ほんとに、うっかり・・・。」
ハリルが、少しだけ血が出ている人指し指を自分の口に当てた。
「な!?な!?な!?」
シエラは、真っ赤になり鼓動が速くなるのを感じた。
単に、傷口に入った細かい破片を取り除く行為だろうが。
こんな行為、シエラで無くても動揺する。
しばらくすると、ハリルはシエラの人指し指を離しハンカチを取り出した。
そして、小さく破ると傷付いた指を丁寧に巻いた。
「これで、良し。」
ハリルは、傷を確認した。
使われたハンカチが、高級品なのはシエラでも解る。
「ハリル!弁償します!」
「いえ、お構い無く。私が、勝手にしたことですから。」
ハリルは、何事なく答える。
「でも!?」
シエラは、それでも納得できない。
これは、彼女の気質からだろう。
ハリルは、クスと笑った。
そして、シエラの両手を取ると真剣な表情で見詰めた。
「・・・シエラ。」
「・・・はい?」
緊張するシエラに、ハリルは言葉を続ける。
「正式に婚約を前提に、貴女に申し込みます。ミス シエラ ローズ。」
それは、月明かりに照らされた突然のプロポーズ。
「・・・ハリル。」
そこは、暗がりだが内装の様子から要人などの宿泊の為の離宮だった。
その通路に、三人の男女がいる。
一人は、無精髭で逞しい男性。
そして、もう一人は若い女性のようだ。
だが、この二人は人間ではない。
何故なら、二人には尻尾が生えているからだ。
無精髭の男性は、まるで犬の様な尻尾に頭には獣の耳。
女性には、猫の耳に尻尾だ。
そう、二人は"獣人"だった。
「・・・やれやれ。第4隊から増援に来た日に"これ"か。」
犬耳の男性が、呟く。
「ムム。だったら、ダイカは、帰ればいいニャ。愛しのバチス殿の所に。」
女性が、悪態をついた。
「マヤ。バチス様は、俺の尊敬する主だ。その主が、俺にこの第2隊の増援騎士隊を任されたのだぞ?勝手に、離れる訳にはいかん。」
ダイカと呼ばれた獣人は、真面目に答えた。
「はぁ〜。これだから、"犬族"は〜堅物って呼ばれるんだニャ。地竜の件も、留守番で参加しなかったし。それに、同期のアタイがこんだけ出世してんのに悔しく無いの?」
マヤと呼ばれた猫少女は、ため息混じりに言った。
「無いな。そもそも、出世に興味が無い。あるのは、バチス様の忠誠だけだ!だが、地竜討伐は参加したかったが。」
ダイカは、断言した。
この二人、歳は大分違うが同期だった。
「娘さんが、可哀想そうだニャ。」
「何が、可哀想そうだ!ちゃんと、娘も解ってくれているわ!だいたい、言わせてもらうがいつも何だその格好は!?露出しすぎだろが!」
ダイカは、マヤの格好を指摘した。
完全に鎧で武装したダイカに比べ、マヤは半裸に近い。
胸と大事な部分しか、隠してない。
まさに、眼のやり場に困るのだ。
「これの方が、動き安いんだニャ。」
マヤは、恥じらいなく言った。
「少しは、恥じらえ!まったく、お前の放浪癖の妹もそうなのか?」
「うう〜ん。カナは、アタイより隠してるけどー。まぁ、基本はこうだね。」
マヤの発言に、ダイカはため息をついた。
「これだから、"キャットピープル"は。」
言うなりダイカは、思考を切り替え最後の男性を見た。
その男性は、柱の影で倒れていた。
人間種の騎士だった。
が、首の動脈を鋭利な刃物で切られすでに息を引き取っている。
「第2隊の騎士、・・・・じゃ無いみたいだね。」
マヤもまた、切り替え深刻な表情をして観察した。
「では、元からいる警備兵・・・という事・・か。」
ダイカは、傷口を見ながら言った。
その時、若い騎士がルノーを先導し近付いて来た。
「・・・・マヤ。」
「ルノー隊長。コッチですニャ。」
マヤは、ルノーを出迎えた。
ルノーは、死体を確認しマヤを見た。
「・・・・・・状況は?」
ルノーは、無表情で訪ねる。
「はい。発見したのは、アタイとダイカですニャ。お互い、不審な匂いを感じ離宮に来たら・・・。」
マヤは、坦々と説明していく。
「あの・・・自分は、配置に戻って・・・。」
「いや、君は是非ここにいてくれ。」
配置に戻ろうとする若い騎士に、ダイカはひき止めた。
(あの、早口言葉に付き合うのは勘弁だからな。)
ダイカは、ルノー性格を知っている。
故に、会うときは絶対に新人若しくは彼女と面識が無い者と会うのだ。
「は、はい?」
騎士は、少し困惑したが仕方がない。
ルノーは、辺りを見回す。
ここは、見あたりが良くしかも城の厳重な地域を通らねば入って来れない場所だ。
外部からは、侵入は到底できないはずだ。
「・・・・まさか・・・・内部から?」
内部からならば何故、本宮の要人を狙わず離宮の警備兵を殺したのだろう。
「・・・・何かを・・・・招き寄せる為?」
ルノーは、嫌な予感がした。
「ルノー隊長!アレ!?」
マヤが、柱の上を指差した。
「・・・・?・・・アレは!?」
暗がりでよく見えないが、そこには爪痕があった。
それも、一つではない。
壁に張り付いて、移動できここまで厳重な王宮に侵入できるのはあの獣しかいない。
そう、"敵"が招き入れたのは。
「・・・・餓狩鬼。」
ルノーは、唇を噛み締め言った。
「「「!!!」」」
その言葉に三人は、緊張した。
爪痕からして、少なくても6匹はいる。
「・・・マヤは、私と餓狩鬼を追って。」
「はい!」
「・・・・ダイカ殿は・・・誰が標的が解らない以上、舞踏会の会場内を強化警戒。」
「承知した。」
「・・・貴方は、・・・この事を王へ伝えて・・・。」
「は、はい!」
無表情のままルノーは、指示を出しマヤと共に爪痕を追って走り出した。
「ルノー隊長。なんて、冷静で沈着な方なんだ。素敵だ。」
若い騎士が、憧れるように言った。
「・・・・その・・・あまり、そういう風に想わない方が良いぞ。」
「・・・はぁ?」
騎士は、ダイカが言った意味が解らなかった。
しかし、ダイカは本当のルノーを知っている。
(たぶん、今ごろ。)
「・・・・うううう!キャアアアアア!!ねぇ!ねぇ!ねぇ〜!マヤマヤ〜!アレで、良かったのかな?あたし、間違って無いよね!!??あの指示で良かったよね!」
「はい!!もちですニャ!ルノー隊長!」
ルノーの問いに、マヤが親指を立て答える。
「うううう〜。餓狩鬼かぁ〜。気持ち悪い相手だよね!いつも、感じが悪いお向かいさんがいきなり優しく接して来るくらい気持ち悪いよね〜マヤマヤ!」
「はい!とてつもなく、気持ち悪いですニャ!」
マヤは、満面のスマイルで肯定した。
「キャアアアアア!マヤマヤ!かわいいー!マヤマヤが、副隊長で良かったよ!男なら、襲っちゃうよ?この、小悪魔スマイル!」
二人は、そんな会話をしながら餓狩鬼の爪痕を追って行っく。
まさに、緊張感が薄れてしまう。