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2nd:生命の裏切り(The natural enemies of a life)

 もしもです、頭の良い方ではない能天気な私が考えた何気ない例え話です。

 あなたが大切な人に隠し事をしなければならなくなったらどうしますか?


 その隠し事は最低の裏切り行為。

 普通なら、話して隠し事は終わり。

 でも、その場合は話したら自分自身の終わりなんです。


 いっそのこと、話して終わろうと思います。

 でも、いざとなったらどうしようもなく怖いんです。

 その時私は、自分が裏切り者であることを自覚しました。




 魔術師を光線で吹き飛ばした余波で天井が崩れきったのか、むき出しの夜空が照らす魔術師のアジトで魔法使いたちは静寂としていた。

 さいしょにその静寂を打ち破ったのは、兎鞠だった。


「え、な、ナニコレェ!?」


 兎鞠は今さらになって自らの格好を思い出して身を隠した。

 白い水着の上に魔法少女のようなコスチューム、ネットアイドルとしての活動でコスプレはいろいろとやった兎鞠だがさすがにここまで肌を見せる格好をしたことはなかった。


「それはこっちが聞きたいんだけどねい…」


 美香は頬をかきながらその様子に答えた。

 自分もそうだったから身に覚えがあるのだ……そう、この子は確実に今この時を持って巻き込まれたのだ。

 魔法も魔術も知らない表の世界から、魔法という裏の世界の深淵にまで。


「兎鞠ちゃん……だったけい?ちょっとお話聞かせてもらえるかねい……」


「こ、来ないでください!!あなたたちも、さっきのと同じ魔術師ってひとなんでしょ?」


 兎鞠はがれきに身を隠しながら美香たちを威嚇する。

 右手にはめたシルマリルを向けているあたりちゃんと魔法に覚醒しているのだろう、魔法使いはその戦い方を本能で知るものだ。

 厄介極まりない事態にジュリアは唸りをあげた。


「う~、否定できないけど…さっきのは悪い魔術師、こっちは正義の魔法使いなんだよ!?どぅーゆーあんだすたん?」


「悪いのと、良いのがいるんですか?」


「だってほら、あなたが使ってるそれも魔法。私たちのナカマ、怖くない。こわくないよー」


 とーととと、と美香が床に指を鳴らして呼ぶ。

 警戒心の強い小動物のような扱いだが、兎鞠は無理やり納得するしかなかった。

 今この場において脱出プログラムも使えない以上兎鞠にはどうしようもない、付いていくしかないのだから……


「さって、どっから話したものかねい……」


 美香が顎に手を置いて唸る。

 そしてジュリアは懐から名刺を取り出すと兎鞠に差し出した。


「とにかく自己紹介だね、私は私営薔薇十字騎士団三代目団長のジュリア=F=ヘンデルだよ」


「ばらじゅーじ?」


「まぁ、悪い魔術師や魔法使いを取り締まる自警団みたいなもんかねぃ?ちょっと前まで警察みたいなもんだったんだけど、一度壊滅して、ジュリアが単独でまた纏め上げたって訳だよい

あ、私はその人たちの民間協力者…まぁ、魔法使いだから主力の一人なんだけどねい♪」


 そういって美香は返信を解いてフレンドリーに兎鞠に微笑んだ。


「は、はぁ……魔法使いっていうのは?」


「かなり説明がめんどくさい!!……うーん一言でいうとそのまんま魔法使いだよ。天使に素質と根性ありと認められて、それによって軌跡を起こす事ができるようになった人のこと。この世で本来10人しかいない、正義のヒーロー。それに、君も選ばれちゃってるわけだけど」


「わ、私も!?……ぁ」


 その時、兎鞠は魔法使いに覚醒する直前話した人影のことを思い出してあたりを見回した。

 そして見つけた。自分と同じように瓦礫に隠れ、銀色の髪と耳としっぽをおっ立ててジュリアたちを威嚇する女の子を。


「……サンダルフォン?」


 ジュリアが首をかしげながら女の子に話しかける。


「う~~~~……そうだよ、あたしがサンダルフォンだ。兎鞠に手を出してみろ、かみつくぞ!!」


「あ、あれ……あんな子だったっけ?」


 そんな臆病な番犬みたいな様子の女の子を見て、兎鞠は困惑する。

 そしてジュリアから納得したような凛とした女性の声が聞こえた。


『成程……天使という概念にエリヤとは違う魂が入っています、いわば天使もどきですね』


 ジュリアが腰に止めていたカーテナが光り、黒い子竜の姿となった。


「誰がもどきか!!」


 ガルルと唸るサンダルフォンを見て、ジュリアはメタトロンを捕まえ頭を下げさせた。


「メタトロン、もどきって言っちゃ悪いよ?」


「う……すまん」


 ヒュルルルルルルル……


「ん?」


 ふと聞こえてきた落下音に、美香が顔をあげると……空から黒い砲弾が降ってきて床に着弾した。

 ズドン!!!!という爆音があたりに響き、振動でぐらつく床に皆が尻餅をついた。


「うわぁっと!?」


「な、何!?」



「はーっはっは、見つけたぞ違法ログイン者!!!!」


 蛮刀を抜き、巨大な帆船の手すりに足を乗っけながら、がら空きのアジトを見下ろす女性。

 アドナイの自動防衛システムアールシェピースのAI,サニーアールシェピースである。

 その言葉に自分も含まれていることに気付いた兎鞠は、あわてて手を振った。


「わ、私は違法ログインなんてしてませーん!!」


 しかし、サニーはゴムのような紐の眼帯を伸ばすとその裏に表示された兎鞠のアバターを構成するプログラム構成を眺めて表情を険しくする。


「問答無用!!!!かなり改造の痕跡がみられる違法ユーザー化している以上、お前も削除対象だ!!」


「そ、そんなぁ!!!!」


「ほら、揺れるから足下す」


「っ…あいたぁっ!!」


 レイニーに後ろからハリセンで叩かれ、足を下したはずみに伸ばした眼帯がべちんと目にあたって涙目をこする。

 そして気を取り直すようにコホンと咳払いすると彼女らに向けて蛮刀をふるった。


「一斉砲撃よーい!!!!」


 そんな問答無用なサニーの態度に、ジュリアと美香は一歩後ずさる。


「こりゃあねい……」


「逃げるしかないよね!!!!」


 ジュリアはそういうと手を翻して目をくらますほどの威光を放った。


「うわっぷ、視界ジャミングか!?」


「Get_Set_」


 ジュリアは威光魔法で部品を構築しながら、自分の魔術を起動する。


「……魔力構成開始、部品構成OK,魔術意味付与完了、工程終了!!」


 威光がやむとそこには、頑強なメタリックブラックの装甲と金色の部品によって構成された大型のモンスターバイクが佇んでいた。

 バイクは羽を広げるように装甲をスライドさせると、そこに左右二人分ずつの補助席が組みあがる。


「どやっ!!……って場合じゃなかった、早く乗って!!」


 胸を張るジュリアは美香と兎鞠に、サニーが目くらましにあっているうちに早く乗るよう促す。


「うんっ、免許は?」


「仮想空間ゆえに問題なし!!!!それに非実在バイクだから!!!!」


「む、むちゃくちゃなぁ!!!!」


 文句をたれながらもジュリアのバイクに美香と兎鞠が腰かけると、泊の背中にしがみつくようにしてサンダルフォンも乗り込む。

 そしてバイクはヘッドライトを光らせて唸りをあげた。

 そう、まるで『この無茶こそが魔法使いである』と言わんばかりに、爆走を開始した。


「くっそぉ逃がすな、撃て撃てー!!!!」


 サニーの号令とともに、アールシェピースから先ほどまでの威嚇ではない、本気と言わんばかりの無数の砲塔が姿を現し一斉に砲撃を放ってきた。

 それは黒い砲弾による天を覆い尽くす雨、じかしジュリアは恋人のような狩る者の笑みを浮かべて威光を放った。


「第一魔法ケイオス魔術応用編!!識天に咲く守護の華(ローアイアス)!!」


 バギン!!!!と、金属同士をたたきつける音には似合わない巨大な華がバイクの頭上に咲いた。

 矢除けに於いて最強と呼ばれた英雄アイアスの盾の贋作、ジュリアのケイオス魔術はその基礎を下院に聞いただけでまだ未熟だが、再現において最高の材料をそろえることができる威光の魔法を用いている事もある。

 それはただプログラムで守護されただけの砲弾から身を守るには十分すぎる盾だった。


「攻性防壁……っ!?なんだこのプログラミング言語は!!?」


レイニーの困惑する声を聴きながら、ジュリアは高笑いとともにバイクで水上を駆ける。


「にゃっはっは!!さ~らばだぁ~!!」


「もぉおうち帰してえええぇぇぇぇぇぇえぇええええぇぇぇぇええ!!!!」


 ジュリアの高笑いに重なって、補助席にしがみつく兎鞠の悲鳴が聞こえたような気がしたが、アールシェピースはは違法プログラムを破壊するための装備を整えるために再度海の底へもぐるのだった……



「西原兎鞠12歳、東京都銅鐸堂在中、現在聖ヴァレンティヌス学園中等部1年生。

ネットアイドルのホリックオブとまりん、としてはそれなりに名の売れているネットユーザーであり、直前で進学のために家族と引っ越した為静岡県某市真理奈村の惨劇を生き延びた。

しかしその翌年両親を事故で失い、その友人のつてで雇ったメイド二人と三人暮らし。

真里菜村の惨劇の後その村に帰ることを両親もメイドも強く反対し

事実上親友に会いに行くことができないまま二年間を過ごすこととなっていた…と」


 ホロウィンドウのキーボードを叩き、触手に出された疑似コーヒーを一杯煽って少女はハッキングによって得た個人情報を読み漁る。


「成程ねぇぇ…きしし、こりゃあエサのエサには事欠かないじゃあないデスか」


 暗い穴倉の奥で不気味に笑みを浮かべるヒョウモンダコのようなシニヨンの少女、マリー=D=ハロップ。

 彼女は数あるアジトの一つをつぶされたところで大したダメージを負うことはなかった。

 もっとも、魔法でダミーを用意していなければあのままシルマリルの放った魔砲で消し飛ばされていた可能性も捨てきれないのだが、彼女にはその危機感さえも愉悦という名のスパイスに他ならない。


「あぁぁっ、タマンネェわくわくするゾクゾクするデスぅv」


 トランジスタグラマーのボディラインを強調するようにシニヨンと同じ深紫色のチャイナドレスで包んだ身をよじり、恍惚に表情を染めるマリーの姿は男女問わず一見して情欲を掻き立てるくらいには扇情的だろう。

 しかしその空間全体を俯瞰していうならばそれは正しくおぞましいと言わざるを得ない。

 ドーム一杯分の余剰な空間を埋め尽くすのは水晶や生体的な部品にそれぞれ彩られたカラフルな触手の群れ、マリー自身もまるで当然のように椅子のように形を変えた触手の上に形の整った尻を乗せて平然とハッキングを行っている。


「マリーよ、連中の動きは掴めたか?」


 そんな異常な空間に平然と足を踏み入れる存在がもう一人。

 一見して、それは天使のようにも見える。

 純白の絹のような衣服に身を包んだ屈強な体格の男性、しかしその背中に生える一見して翼のようなものは、けっして鳥類の翼が行うような動きではなかった。

 形こそその翼の様だろう、しかし鳥の翼には骨がある、羽毛がある。

 その男の翼には羽毛がなくつるりと純白に光っており、くにゃりぐにゃりと動くその有様は今まさに男がその足を乗せている触手のそれに近い。


「あぁんもうマイダーリン、事を急いては何も得られませんデスよぉv」


 マイダーリン、そう呼ばれた男は軽い笑みをこぼすと後ろからマリーに抱き着いた。


「我が愛しき巫女よ、もうすぐ奴らは我がゆり籠たる星を喰らい始めるだろう……憑代たるその肉体に負荷をかけたくはない、しかし事は急を要するのだ」


 その翼のような触手が、マリーの足を一撫でする。

 その冷たくも生暖かい感触は常人が振れれば怖気と嫌悪感によって全身に鳥肌が立ってもおかしくない生理的に認知不可能な感触であるだろう。

 しかしマリーは逆だった、マリーにとってそれは名状しがたい悦楽をもたらすもののようだ。

 熱い吐息を吐いたマリーは、男の頬を一撫ですると流すような視線で男を熱く見つめる。


「はぁぁ……っ心配せずとも、もうすぐデス……水の最高位、邪神たる貴男様を天使ラファエルなどという概念に縛り付ける不逞の輩……このマリー=D=ハロップ全身全霊を持って汚し、犯し、絶対的な恐怖を持って破壊して差し上げましょうデスv」


 マリーの手元には、山本勇魚の個人情報と、ログイン監視ツールを表示するホロウィンドウが不気味に光っていた。


 ◆


 そして、時刻は午前6時。

 海上をバイクで疾走しながらジュリアは兎鞠に状況を説明していた。

 緊急脱出プロhグラムを使うことができない以上、兎鞠を現実世界に返すには中央管制センターに行くしかない。

 しかしその距離を短縮するためのゲートを使うにはいちいち認証が必要だ。

 ジュリアと美香は疑似認証を用意してきているが、兎鞠には使えない以上こうやって海上から直に移動するしかないのだ。

 それにまたアールシェピースに見つかれば再び総攻撃を受けることになるだろう。

 ジュリアたちが魔術側の存在である以上そう何度も魔法や魔術をその対極に位置するアールシェピースに見せるわけにはいかなかった。


「えーっと、つまり選ばれた人だけが使える魔法と、それを元にした魔術っていう技術があって、その為に人から魔力を奪ったりする悪い魔術師もいて、そういうやつらから人々を守ってるのが私たち薔薇十字騎士団ってわけ」


「最近は現実世界のほうでは魔術がすごく使いづらくなってるんだよい、4年前にすごい大きな戦いがあって魔術師の使う魔術に負荷がかかるようになったんだって。でも、アドナイでは違った……むしろアドナイではなぜか現実世界よりも魔術が使いやすくなっていたんだよ。それに目を付けた魔術師は術式で本体ごとこっちに引っ越して魔術でいろんなことを企みだしたんだよねい迷惑な話……おっと」


 波でバイクが大きくバウンドし、美香は補助席の取っ手を強く握った。

 同じく補助席の取っ手にしがみつく泊りは説明を聞きながらも疑問に思ったことを返した。


「はぁ……なるほど……って、それなら違法ログインしなくても良かったんじゃあ」


「それがねぇ、うるさいこと言う集団がいるんだよねい」


「薔薇十字騎士団が警察みたいなものだったって言ったでしょ?私営化するまでは『市国』の命を受けて一般人には魔術を隠さなきゃいけなかったの。そして、今も『市国』は魔術を世界から隠ぺいするために新しい魔術組織を立ち上げてるのよ」


 ジュリアがそう言いかけたところで、ピピピとコールサインがジュリアの聴覚に響く。

 ジュリアはホロウィンドウを開く、そこには学ランに身を包んだビン底メガネの少年が写っていた。


『団長、ようやく回線がつながったな』


「神賀戸おっそい!!!!イレギュラーな事態が起こりすぎ!!」


 ジュリアがホロウィンドウに向けて怒鳴るが、香登と呼ばれた通信の向こうの人物はキーボードをいじりながらため息をついた。


『すまん、洞窟に情報疎外の高度なプログラムが施されていて回線がつながらなかったんだ……こればっかりは科学の分野だからな』


 美香がその通信に割り込んで神賀戸に話しかける。


「神賀戸君ヤッホー、ねぇ栄光の魔法使いって今でも元気?」


『ん?栄光の魔法使いは今でも健康だ、あと数年は魔法使いの代替わりは起こらないと予想されているが……それがどうかしたか?』


「……マリー=D=ハロップが栄光の魔法に覚醒してたの」


 ジュリアが頭を抱えながら言うと、通信の向こうから何かを吹き出す音が響いた。

 どうやら深夜遅くの作業のためコーヒーでもあおっていたらしい。

 げほげほと急き込んでから神賀戸は机をたたいて通信を返した。


『そんな、馬鹿な!!!!ありえない、これ以上魔法使いが増えるなんて……』


「そうなんだけど、保護した子……なんて言ったっけ?」


 ジュリアが振り向き、兎鞠は身をちぢこませた。


「あ……西原兎鞠です」


「兎鞠ね…兎鞠って子、王国の魔法に覚醒しちゃったんだよ。パチモンくさいけど」


『…………何だと!!?』



『なるほど、天使は足りない魂をガフの部屋から昇格させているか……なら……』


「でも、そんなこと本当にありえるの?」


 ジュリアと神賀戸が通信で話している間、美香はバイクに寄りかかって兎鞠を見る。


「その宝石、綺麗だねい?」


「え?……あ」


 美香がいうと、兎鞠はようやく自分の首についたチョーカーとその真ん中に取り付けられたシルマリルに気付いた。

 チョーカーから簡単に取れるそれを手に取ってよく見てみると、透明な宝石の中で太陽をミニチュア化したかのような炎の塊が回転しているのがわかる。

 引き込まれそうな怪しい美しさと、触れ得ぬ神聖さを兼ね備えているような宝石…それは手に入れたばかりの魔法そのものを暗示しているようにも見えた。


「私の友達もね、魔法使いだったんだよねい……王国の」


「え?」


 兎鞠は目を見開いて美香を見た。美香はなつかしそうに青い目を細めてシルマリルと、兎鞠の背にしがみついているサンダルフォンを見る。


「大きな戦いで、色んなものを無くしちゃったけど……それでもその友達は私やジュリアちゃんを助けてくれたんだ。だから王国の魔法って私たちには思い出深いものなんだよ」


「その人も、これを?」


「うんにゃ、マルコのは金色の腕輪だったね?どっちかというとサポート系の魔法だったし……でも、本気になったときは凄かったよ。いつもより色々喋って、ドバーって必殺技まで使ってねい」


 美香の話を聞くに、美香の知る王国の魔法使いは本当に正義のヒーローのようなものだったらしい。

 兎鞠はシルマリルを手に持って考える。

 兎鞠は、巻き込まれただけだ。それなのにそんな魔法を手に入れてしまった……自分に果して、そんな魔法が必要なのだろうかと。


「……兎鞠」


「サンダルフォン?」


 兎鞠は呼ばれて振り向いた。背中にしがみつく犬耳の少女が、申し訳なさそうに兎鞠を見ていた。


「ごめん、あたし…目覚めたばっかりで、何もわからないのに兎鞠を魔法使いにしちまった……

正直、魔法使いになってどうするのかも考えてないのに……なんか、必要な気がしたから契約しちまった」


「……サンダルフォンは悪くないよ、泣いてる子を見たら誰だって支えてあげたくなるもの」


 そんなサンダルフォンを見て、兎鞠は優しく微笑みその頭を撫でた。

 心地よさ気に撫でられていたサンダルフォンだが、顔を赤くするとぷいっとそっぽを向いてしまった。


「な、ないてなんかねーやい」


 そんな様子を見て、美香は思っていた。


「……やっぱり、きみも王国の魔法少女なんだねい……」


 美香がそう呟いたその時だった。


『・・・・・・っ!!!?』


 神賀戸が突然狼狽した声を上げた。

 何が起きたかとジュリアが聞こうとする前に、移送で神賀戸は叫んだ。


『ジュリア!!美香!!テレビを見てくれ!!』


 二人の前に画像ファイルが転送される。

 それを見てジュリアと美香は一気に表情をこわばらせた。


『ただいま私は、アドナイ中央官制センター前にいます!!ご覧くださいこの惨状!!』


 そこに映っているのは、触手だった。

 以前にみた生物的なものだけではない、水晶のような結晶や植物の根のようなもので構成されたものもいる。

 でたらめな種類の不気味な色彩を放つ触手の塊が、アドナイの中央官制センター中をびっしりと包んでいたのだ。


『あーあーマイクテスマイクテス』


 その時、兎鞠の頭の中に直接声が聞こえてくる。

 ジュリアと美香にも同じ声が流れ込んできているのだろう、同じように耳を澄ませてその声を聴いていた。

 その声の主は、その特徴的な口調からも明白だった。

 

『西原兎鞠さーん、まだログインしているのは分かっていますデスよぉ?あんたを逃がしてしまった魔術師のマリーデスぅ?』


「魔術師……っ」


『ニュース見ましたぁ?もうこっちから迎えに行くのも面倒デスのでぇこっちに来てもらおうと目立つ場所を用意した次第デスぅ』


「そんな事して、薔薇十字騎士団にも黄金の明星にも狙われるだけってのがわからないあなたじゃないでしょう!?」


『キシシシシ、魔術師くらい何人来ようとこっちには奥の手がありますからねぇ』


 マリーの強気な態度に、ジュリアは眉をひそめる。

 そう、マリーには魔法があるのだ。

 魔法は魔術の天敵だ、今はジュリアと美香以外の魔法使いたちはほとんど力を意識せず平和な日常を歩んでいる。

 今この場に駆けつけてこれる関係者はそのほとんどが魔術師だ、しかしマリーはただの魔術師ではない。

 どんな手品を使ったのかは知らないが、今の彼女は魔術を兼ね備えた魔法使いなのだ。

 魔術で魔法にかなう人間は一人しかいない、それがジュリアの信条だし紛れもない事実だ。


『それに、あんた達は誰よりも早くここに来なきゃいけないデスぅ?』


 マリーは兎鞠たちの視界をジャックし、一枚のホロウィンドウを彼女たちの司会の恥に出現させる。

 そのホロウィンドウの写した映像に、兎鞠は目を見開いて息をのんだ。


『人質、とらせて頂きましたデス』


 そのホロウィンドウに移っているのは、毒々しい紫色の粘液を垂らす触手に四肢を拘束され気を失っている少女の姿。

 その少女は紛れもなく……兎鞠の親友、山本勇魚だった。


「い、いさなん!!!!」


 思わず兎鞠は届きもしないのにホロウィンドウに向けて手を伸ばした。

 しかし、それに指先がふれる直前にホロウィンドウは消失した。


『それじゃあ急いでくることを祈ってるデスぅ?うちの触手たちはいたずら大好きデスからねぇv』


 その言葉とともに、頭の中から響く声はぴたりと止んだ。


「助けなきゃ……いさなんを助けなきゃ!!」


「ちょっとまって兎鞠ちゃん、今いくのはすっごく危険だと思う」


 焦る兎鞠を制止するようにジュリアが言う。

 美香も頭を抱えてそれに続けた。


「魔術師っていうのは罠をかけるのがすごくうまいんだよ、それにマリーの魔法はそれにすごく向いてるんだ…だからほぼ確実にわながあるよい」


「でも……でも!!巻き込んじゃったいさなんはどうするの!?」


「……っ」


 兎鞠の言葉に、ジュリアは歯噛みする。

 ジュリアだって勇魚を助け出したい、直接の面識はないが会話の内容から兎鞠の親友なのは容易にわかる。

 しかし……


『人の命を助けるのに、いちいち理由がいるのかな』


「……」


『巻き込んだなら取り戻すだけだよ、大切な人の日常を!!』


「………そうだね」


『ジュリアちゃん……あなたを助け出したこと、私は後悔してないよ。きっと、下院さんも』


「よし、行こう!!」


 ジュリアはキッと表情を固めると、アクセルを握ってバイクを加速させた。


 ◆


「ぅ……」


「あぁ、気が付きやがったデスねぇ?」


 薄く目を見開いた勇魚の顔を、マリーは覗き込んだ。


「ちょーっと寝心地悪かったかもしれないですねぇ常人には。でもちょっと待っててくださいよぉ、今あんたの親友が誘いに乗ってきてくれますデス?」


 マリーはそう言ってギザギザな歯を見せて悪い笑顔を作る…が


「うー……おなかすいたなぁ」


 勇魚は触手に四肢を縛られたままマイペースに欠伸をすると、のんきにそんなことを口走っていた。

 その調子にマリーは思わず肩から脱力してずっこけそうになる。


「あ、あーた状況わかってらっしゃるデスか?」


「うん~……ちょっと、追われたり縛られたり慣れてるから……」


 いまだ寝ぼけ眼の勇魚に、マリーは視線に魔力を込めて観察する。

 勇魚の身からは魔力は感じられない、魔術師でも覚醒した魔法使いでもないようだ。

 しかしここはいつかのアジトでもないため儀式によってルーンを見ることはできない。


「そうデスねぇ……ちょっと現状知ってもらいますか?」


 そういって広げたホロウィンドゥには、水上バイクで中央管制センターへと急ぐ兎鞠たちの姿があった。


「とまりん…!!」


「あんたは人質ってとこデス、まぁ怪我したくなかったらおとなしく」


 ブチィ!!!! と、何かが引きちぎられる音が部屋に響いた。


「……なんだね」


「……ハ?」


 べちゃ、ぶぢょり、と、千切られた触手が嫌な音を立てて地面に落ちる。


「とまりんが昨日から、目を覚まさないんだよ……今の私と、関わったからだと思って……すごく心配になって、アドナイに来たんだ」


 触手を引きちぎったのは、魔術師でも魔法使いでもない勇魚だった。


「あ、あんた今いったい何をして……巨漢でも引きちぎれない硬さの自慢の触手を!!」


「そうか、貴女か……貴女なんだね?」


 ギ ン と、見るものすべてを畏怖と恐怖で縮こまらせる程の強烈な殺気を込めた視線がマリーを襲う。


「な、なにもんデス……お前!?」


 危機感を感じたマリーは、機械的な短刀を両手に構えて目の前の『何か』に構えた。


「知ってるんでしょ?私はとまりんの親友……日常の世界を追われた、化け物」


 ズン ぐちゃぶしょっ と、勇魚は軽い足ふみで両足を縛る触手も踏み殺す。


「黄金の明星、討伐番号……えっと、09210番だっけ?……吸血鬼(ドラキュリーナ)山本勇魚」


「吸血鬼……って!!あれただの化け物デシょう!!?意識のある吸血種なんて、フィクションでしか…」


 マリーの顔面から血の気が引いていく。

 そう、魔術師たちオカルトの世界の住人には吸血()は確かに存在する。

 しかし、それはグールやリリムといった幻想種の怪物や呪的感染症の類であり、いまの勇魚のように意識を持ち、人間となんら見分けのつかないようなもの(・・)は創作上にしかありえない。

 ましてや知性を持った伝説上の吸血鬼なんてものが実在したなら、魔術側の力関係は間違いなく崩壊している。


「知らないのか……でも、どっちにしても許せないよね?」


 勇魚は手近にある手すりを、力技で引き抜いた。

 頭のどこかにやはり魔術師らしく冷静な部分が残っていたのだろう、マリーはすぐにその行為の意味を判断した。


「私を人質にするってことは、とまりんに何かするってことだよね?とまりんにまで…!!」


 相手が伝説の吸血鬼でもなんでも関係ない。


 目の前にいる超越的な力を持った明らかな『強者』……山本勇魚は、確実に怒っていた。


「あ、あのちょっと落ち着いてくださいデス話し合いましょう理性あるなら話せばわか--アッ---!!!!」


 マリーはあわてて身振り手振りで勇魚を落ち着かせようとするが、もう遅かった。


 ◆


 ズ ド ゥ ン !!!!と、アドナイ中央管制センターの屋上が振動と衝撃波に襲われ窓ガラスがすべて砕け散った。

 ようやく管制センターの、昨夜勇魚と星空を見たバルコニーに到着したジュリアたちはバイクを乗り捨てて上陸したところだった。


「な、なに!?」


 突然の衝撃に兎鞠は狼狽する。


「何かあったんだ…!!黄金の明星騎士団に先を越されたかもしれない!!急ごう兎鞠ちゃん!!!!」


「黄金の明星って!?」


 駆け出しながら、ジュリアは説明を始める。


「さっき言ってた、薔薇十字騎士団以降の『市国』の魔術対抗組織…対魔法魔術師の候補を筆頭にした戦闘集団だよ

あいつら手段を択ばない…むかしの薔薇十字みたいに、関わった人間を皆殺しにすることだってある……!!」


 バルコニーの窓を開けると、早速といわんばかりにおぞましい数の触手が兎鞠たちに向けて威嚇をしてきた。


「くそ、かまってる暇は…」


「ないんだよい!!」


 そういって、ジュリアと美香は構え魔法の言葉を唱えた。


主よ、憐れみたまえ(キリエ、エレイソン)!!!!」

「呪われた宿命に我は祈る!!!!」


 一瞬にして変身を終えたジュリアは威光で生み出した大量の大鎌を横なぎに回転して射出した。

 ミキサーでひき肉を作るような音を立てて触手たちが薙ぎ払われる。

 しかし魔法に対する対抗処置か、すぐさま回復魔術によって切った橋から再生増殖を始める。


「おっと、そうはさせないよい!!」


 高く飛んだ美香は、背中から生えた漆黒の翼をはためかせその色を白く染めていく。


「みんなあるべき姿に戻れ!!聖戦の凱旋歌(ラ・イール)!!」


 美香は全身を強い光の弾丸に変えて再生中の職種の群につっこんだ。

 再生中の触手達は再生を途中でやめてデータのもととなったがれきへと戻ってバラバラと落ちていく。


「さぁ、行こう!!」


 兎鞠の手を引いたジュリアの背後からヒトデのような触手が飛びつこうと襲いかかる。


「でやぁ!!」


 サンダルフォンのかけ声と共に、ヒトデはまっぷたつになって凪払われた。

 その手には先ほどジュリアが生成して射出した大鎌があった。


「やるじゃない・・・!」


 感心するジュリアに、サンダルフォンは手を出して答える。


「剣ないか?長い奴、そっちのが使いやすい気がすんだ」


 サンダルフォンの要求に、ジュリアは威光から長剣を生成してサンダルフォンに投げ渡した。

 翼を開いたような装飾の中央に赤い宝玉をあしらえた黄金の剣、かつてサンダルフォンと同じ名前を冠した天使の

化身・・・・・・そのレプリカだった。


「・・・・・・ん、ありがと!!」


 サンダルフォンは銀の籠手を纏った右手でそれを握る。


「るおぉおおおおおおおおお!!!!」


 すると狼のような遠吠えをあげて触手の群へと駆け出し、触手をなぎ払い始めた。


「・・・・・・よぉし、聖者はここに帰還する(カノニツァティオ)!!!!」


 兎鞠もまたチョーカーからシルマリルをはずし、掲げて魔法の言葉を唱えた。

 魔法に覚醒して間もない兎鞠だが、使い方だけは本能に刻み込まれている。

 一瞬の間をおいて変身した兎鞠はシルマリルを身の回りに衛星のように浮遊させてその内部にあるエネルギーを放出した。


「んーと、命名・・・サテライトサン!!」


 兎鞠の指令と共に、シルマリルから極高温の炎が吹き出してジュリア達を焼くことなく触手のみを焼き焦がした。


「わりと火力過多だねぃ?」


 汗を垂らして敵に同情し始める美香の前に、突如としてロー部の男が立ちふさがった。


「ならば我がお相手しよう、アラヤの戦士達よ」


 その一言と共に、男の背中から純白の羽が広がった。

 その羽は、鳥類のそれのような外見を裏切って自由な挙動を描くと美香めがけて拳のように降りおろされた。


 ガゴン!!!!


 と、威光魔法による盾の櫓が美香の身を守った。


「天使・・・!?」


「わかんないけど、敵だねい!?」


 構える二人の魔法使いに、悠々と両手を翻して男は挑発的に笑った。


「ならば思う存分死合おう・・・我と貴様等は元より敵同士だ、魔法使い

我は忌々しき天使ラファエル、その義銘を星に刻み込まれた旧き神」


「・・・・・・っ、旧神!?」


 その男の言葉の意味に、ジュリアは戦慄を覚えた。

 さすがに魔術関連のことに多少なれた美香でも、聞き覚えのないその言葉の意味を求めてジュリアを見やる。

 ジュリアは、男に警戒を解かないよう移行を発しながら語り始めた。


「西暦が始まる前、この世界には原書なる魔法使いすらも居なかった。そんな幼いこの惑星を襲ってきた、外宇宙からの侵略者がいたんだって……」


 ジュリアの語る内容は、荒唐無稽な過去の歴史。

 しかし、それを一笑に付していいほど男の放つ威圧感は決して侮ってはならないものだった。


「人々を支配しようとしたそれらは、地球に寄生して自らを神と名乗りこの世界を支配しようとした。

でも、人々は立ち上がり、その信仰心と原始のアラヤの力で新しい神を生み出しそいつらに勝利した。

魔術にかかわるものなら知ってる人も少なくはない、魔術の原書を記したおとぎ話だよ」


「然り、ゆえに我は旧神。幾星霜の漂白と、忌わしいこの殻に力を奪われたなれど…その力、わからない貴様ではあるまい。今代のアラヤの勇者たちよ」


 男…旧紳の余裕と威厳を含んだ言葉に一歩後じさりながら、美香はジュリアに尋ねる。


「つまり、強い?」


「強いなんてもんじゃにゃい・・・でも」


 美香の問いにジュリアは半目になって答えるが、一歩勇み足を踏む。


「それは私たちもおにゃじこと!」


「なるほど!」


 そう、旧神自らいっていたように、その存在感は確かに強力だが同時に神を名乗って良いほど強大ではない。

 おそらくは何らかの理由によって著しく弱体化した分身体アヴァターラか何かだろうと容易に推測できた。


「兎鞠ちゃんは先に行って!!このタコの助はジュリアたちが・・・」


「あたしたちが受けもったぁ!!!!エル、獣王形態カージュネスパイル!!!!」


『御意に!』


 美香の体から長身の白髪の女性が、幽霊が表意を解くかのように姿をあらわした。


「我を前座とするか、思い上がりも甚だしいな人類」


 ドコッと、旧神の触手が地面につきたった。

 そして人間らしきボディを直立したまま、全速力で兎鞠を追い始める。


「アドミスティルダムシステム封印解除・・・再起動・・・呪いを開始、指定の世界を食らいます!」


 瞬間白い女性が黒い霧となって美香を覆っていく。

 その余波か、霧に振れた触手がバラリと砕け落ちる。


「おのれぇ!!!!」


「でも・・・!」


「早く、私たちは一度や二度、世界を救ってるからにゃー!!」


 戸惑う兎鞠にそう言うとジュリアも威光を放つ。

 呼応するように海上に浮かんでいたバイクが分解し、ジュリアの両手を包んでいく。


「Get_Set_ 鋼は表皮に、油は血肉に、我今我が幻実を媒介に雷神の小手を喚ぶ!!!!ヤールングレィプル!!!!!!!!」


 ジュリアの両手の平が鉄の籠手になる。

 その籠手を翻すと実体化したパントマイムのように電撃の壁が展開された。


「兎鞠、行こう!!」


「う、うん!」


 兎鞠はサンダルフォンに手を引かれるままに、階段を上っていった。


 ◆


「とーりゃっ!!!!」


 軽いかけ声、それで引き起こされた破壊の規模など関係ない。

 かかと落とし、型も何もなっていない素人のそれである。

 しかしその威力はばごんと地面がクレーターを作って吹き飛び、その衝撃はだけでマリーの体が数センチ吹き飛ばされた程だった。


「ぬぁっはぁ!!?何デスなんなんデスか!!!!

でたらめにも程があるでしょう!?仮に吸血鬼だったにしても、あんたほんとに正規ログインしてるんデスか!?」


「もちろん!!!!こっちでもこんな事できんの今知った!!!!」


 そもそも仮想空間でさえその身体能力を発揮するのは、おそらく彼女の魂そのものに異常があるからなのだろう。

 アドナイではなぜか、意味や魔力を含めたユーザーの魂の構造が仮想空間内でも影響する。

 おそらく、この吸血鬼は魔術的な方法で魂を改造されているのだ。

 しかし、勿論といっても良いことだが正規の方法で魔術師がアドナイを訪れてもその肉体は他人の物でありこの世界での魔術行使はできない。

 魔術師が非正規ログインするのは、通常のログアウトができなくなる代わりにそう言った超常の条件をこの世界に持ち込めるからなのだ。


(確かにアドナイはただの仮想空間じゃないデス・・・・・・でも、これってまさか、仕様・・があってる!?)


「あっちょー!!」


「わぁお!?」


 考えごとをしている間に、勇魚の回し蹴りがマリーの頭めがけて放たれた。

 その蹴りは音速を突破して衝撃波をまといながらマリーの命を刈り取りにかかるが、寸前でマリーは魔術を起動、衝撃波を無効化しながら仰向けに沿ってそれを回避した。


「ちいぃ!!『ヌクトーサ・ヌクトルー』再起動、儀式再略化開始!!!!」


 ブリッジの状態になったままのマリーのやけを起こしたような声を聞き取って、彼女の両手に逆手に持たれる二本の短刀、その刀身が開く。

 その中にはマニ車のような機械が組み込まれており、火花を散らしながら回転を始めた。


「ブゥチギレヤガラアアァァァ!!!!」


 気迫を込めて元に戻る勢いを加え、重力制御の魔術で質量をそのままに軽い動きを可能とした短刀がまるではさみのように振り抜かれた勇魚の足を狙った。


 ジギン


 と、無慈悲な音とともに勇魚の足が太股からちぎれ飛んだ。


「かっ・・・あ」


 一瞬にして常軌を逸した痛みを感じ、勇魚は目を白黒差せながらその場に倒れ込む。


「あひゃはは、ざまぁ・・・・・・!?」


 しかし、そのときになって初めて、マリーの目は魔力を見つけた。


 吹き飛んだ足の断面から、倒れた勇魚の足の太股へ。

 赤い魔力は、まるで血でできた糸のように勇魚と足をつないでいた。

 その理解にかけたのが一瞬。

 さらに一瞬たって新たな異常が訪れた、ちぎれ飛んだ足がザァッと水に溶けていく色氷のように赤い霧と化して、流れるように勇魚の足へと戻っていったのである。

 そして・・・・・・


「いっ・・・・・・たぁ~~~~~~~~~!!!!」


 勇魚が、その大けがに対してあまりにも軽い悲鳴を上げるときにはもう足の怪我が完治していた。


「ば、バケモノデスかあんた・・・!!」


「だぁから、そう言ってるじゃないかよぃ!!!!」


 戦くマリーにすかさずドロップキックを叩き込む勇魚、しかし痛みで力が入らなかったからか、本来の怪物地味体力は出なかった。


「ごはぁぁ!?」


 それでも十分にマリーは吹き飛んだのだが。


「シルマリル、バーストフレア!!!!」


「ひ…!!!!」


 一瞬にして生命の危機を感じたマリーは、短刀を十字に組んで魔術を発動し自分の身を限定して無重力状態を作り出し、触手で軌道を変えることで外から唐突に突っ込んできたその極光を回避することに成功した。


「あ、あ、あぶなっ!!!!当たったらどうするデスか!!!!」


「それ人の足切り落とした人のセリフかねぃ?」


 冷や汗をだらだら流しながら抗議するマリーに、コントのように突っ込みを入れる勇魚。

 その様子を外に空いた穴から見た兎鞠は、一瞬唖然としてしまった。


「いさなん!!……ってぇ、無事……だよね?」


「無事なもんかぁ!!とんだ化け物デス!!!!むしろだまされた被害者こっちデス!!!!」


 半泣き状態の悪い魔術師、魔法使いとなっている兎鞠、そして無傷ながらも服はぼろぼろの勇魚。

 状況はあまりにも混沌としていた。


「……たはは、何から話せばいいか……」


 ◆


「旧神がっ……!!何で今になって、出てきたの!!」


ジュリアの雷を纏った鉄の拳を触手翼でいなしながら、旧神は嘲笑う。


「話すと思うかアラヤの守護者!!」


「話さなかったらたべちゃうよい!!」


 黒い髪となった美香の掌から、あらゆる物質を吸収する呪いの霧が吹き出す。


「……っ!!」


「面白い、我と『吸収』で競うだと?」


 触手を狙った黒い霧はそのまま旧神の体に吸い込まれていく。


「この我は『水』の旧神、水はあらゆる物質を条理を越えて吸収する」


「無茶苦茶な…!!」


 悪態をつきながら金髪に戻った美香、そしてジュリアは挟み撃ちのように旧神を囲う。


「そは光より出て無限の形を成すものなりや」


「そは形より出て威光と成りて世界を照らすものなりや」


 旧神を中心に、美香とジュリアの間を直径にした光の円が出来上がる。

 そしてそこから

光の壁が立ち、旧神を威光の結界が覆う。

 さらにそこから聖別された鉄の杭が生成され、旧神に狙いを定める。


「「J&M範囲殲滅コンビネーション、カオシックコズモ!!!!」」


 二人が魔法の真名を叫ぶと、解放された鉄の杭が雨のように旧神に殺到した。


「こんなもの、吸収すれば……!!?」


 杭を吸収しようと伸ばした腕は、そのまま杭に撃ち抜かれて血飛沫を飛ばす。


「神には神殺し、ロンギヌス愛用の仕様にしといたにゃよ、生き残れると良いにゃ?」


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお?!!!!」


 球状に狭まっていく威光の結界。

 それに押し潰されていく旧神の雄叫びは次第に弱まっていった。


「……解除!!」


パキィン と威光の結界は砕け散り、中には白い触手の塊がプルプルと震えながら打ち捨てられていた。


「降参するかにゃ?」


「くうぅ…弱ってさえいなければ……」


 見事なまでの負け惜しみを口にしながら、白い触手の塊…旧神は屈辱に震えていた。


「そう、それにゃよ。『水』の旧神、貴方が何で天使(ラファエル)なんかやってるの?」


 ジュリアがそういうと、--触手の塊なので向きは判別不能だが--旧神はそっぽを向いて小さく言った。


「………引きずり込まれた」


「はい?」


 ジュリアが聞き返すと、白い触手が徐々に赤くなっていく。

 まさかとは思うが、恥ずかしがっているように見えなくもない。


「紀元前に負けて以来、地球に寄生したまま魂だけガフの部屋で養生していたら……突然こっちに引き寄せられたのだ」


 ガフの部屋、それは未生もしくは生まれ変わってくる魂の待合室のようなものである。

 その単語に、ジュリアは神賀戸の仮説を思い出した。


『そっちで新しく魔法使いが生まれている理由まではわからないが……おそらく天使のほうは急ごしらえのものが多いはずだ。なにせ10権能の天使は全員現実世界に出ているんだからな。だとすれば、ガフの部屋から何かの意思が無理やり魂を引きずり出して天使の”役目”をさせているんだろうな』


「……成程、あんた此処の魔法使いの発生に巻き込まれちゃったんにゃねぇ…おマヌケ神様?」


「んなっ、おマヌケだと…!!!!寝ぼけていたのだしょうがないだろう!!!!笑うな!!!!」


 プフーッ、とジュリアは吹き出した。

 旧神は形のよく似ている蛸のように真っ赤になってじたばたと暴れてジュリアに抗議した。


『しかし、マリー=D=ハロップの目的は何なんだ?』


 美香の手にある魔道書から声がする。

 美香の守護天使、エリュディミット=アドミスティルダムである。


「決まっている、彼女は我が巫女だ。我をこの殻に押し込めた奴を倒すために戦っている」


「……!!それって……!!」



「あぁそうだ。この世界に新しく魔法使いが生まれるようになったのは、その連中の仕業だ」



旧神の言葉とともに、赤く細長い何かがアドナイ中央管制センターの頂点を貫いた。


 ◆


 ズ ド ン !!!!

 と、轟音とともにそれは天井を突き抜けた。

 形状は細い意図のようなものであったようで、天井からがれきを落としてくることなく最上階への進入を果たしたそれは、圧倒的な存在感を放ちながら兎鞠と、マリーと、勇魚、三人の作り出す正三角形の中央へと降り立ち、地面にふれる前に不可思議な挙動をしてねじ曲がり、浮遊して、重力をくねらせてそこに留まった。


「な・・・・・・!!」


 それを見て、最初に驚愕の声を発したのは、意外なことにこの状況を作り出した犯人であるはずのマリーだった。


「まさか、これが!?」


 降り立った何かを呆然と眺めながら、信じられないような声を上げるマリー。

 他の二角、勇魚と兎鞠とサンダルフォンはそれを怪訝に思うが、確かに中央に座する存在の持つ威圧間は尋常ではない。

 そして、その正体を知るのはマリーだけなのだ。

 一同して、それが何であるのか。

 マリーの答えを、その場の誰もが願った。

 しかし、静寂を切りさいたのはマリーではなかった。


〈素晴らしい〉


 それは、人の声に近い音程を持っていた。

 それは、金属の反響音を無理矢理人の声に近く歪めたような音だった。


〈素晴らしい素晴らしい素晴らしい!!!!〉


 歓声を上げる、『音』。

 その音を発しているのは、縦横に停滞するそれだった。


 それは、赤いひものようなものだった。

 それは、よく見ると液体だった。

 地のような赤い液体が、まるで見えないホースの中を流れているかのように常に流動してその形状を保持している存在だ。


 とても人の言葉を話すような、それどころか生き物にすら見えない。

 そんな存在だった。


「・・・・・・!!!!まさか、お前ぇ!!!!」


 次に、異常を見せたのは勇魚だった。

 勇魚は何かに気づくと、威嚇する獣のように歯茎を見せ、顔を今まで兎鞠も見たことのないような怒りに染めあげていく。


「い、いさなん?」


 兎鞠の言葉に、ビクリと反応した勇魚は呼吸を整えると落ち着いたかのように威嚇を解くが、それでも目は中央のそれから離そうとしない。

 そして、マリーはその勇魚の反応から、確信したかのように呟いた。


「これが・・・・・・星の使途デスか!!」


 ◆


「星の使途、という魔術結社を知っているか?」


 旧神の言葉に美香は首を傾げ、ジュリアは眉をひそめた。


星喰教典義アストログラミコンっていう魔道書を辛抱するカルト結社だったっけ?

四年前の奇跡以降研究を続けられなくなって自然消滅したって聞いてるけど・・・」


「このアドナイは奴らがこさえたものだ」


「・・・!!!!」


 旧神の言葉に、ジュリアの瞳は驚愕の色を浮かべる。


「そもそもアドナイは、電子的に構築された仮想空間だ。しかし考えても見ろ、人が作ったただの電脳空間に魂の概念が反映されることが果たしてあり得るか・・・」


「それは・・・・・・確かに変な話だよねい?」


 ドクン、と、ジュリアの心臓が嫌な動悸を始める。

 星の使途、異世界としてのアドナイ、魂の概念再現・・・

 予感がする、まるで自分が何かの胃袋の中にでも収まったかのような嫌悪感がする。


「確か、星の使途の研究内容は・・・星喰教典義を予言の書と見立てた予言内容の回避だったはずだにゃ」


「予言?」


 美香の問いに、ジュリアは息をのんで答える。


「遠い未来、地球が粉々に砕け人類が滅ぶって・・・・・・」


 ドクン、と嫌な予感が脳裏をよぎる。


「そう、彼奴らは己の肉体を地球が砕けても永遠に生き続けるものに改造するに飽き足らず……この最大の生命体の脳の一部をサーバーとしてこの仮想世界を作り出した……」


「その、生命体って……まさか!!」



「あぁ、地球ガイアだよ。」


 ◆


「星の、使途?」


 マリーの言葉を聞き、理解したのか、それは流れ方を変えた。

 まるでマリーのことを観察するように、マリーに向けて円を描いて流れている。

 次に円は兎鞠を向く。

 次に円は勇魚を向いて、円の流れがビタリ!!!!と止まった。


〈成りそこないか〉


 冷淡、そうとれる口調をその物体は見事に再現していた。

 直後、それは横向きの円を描くように高速回転を始めた、まるで全身で『怒り』を表現するように。


〈究極生物の成り損ない、星を継ぐものの成り損ない、星の使途の成り損ない!!!!ああああ醜悪だ、吐き気がする!!!!構成液体が噴出してしまう、はっきり言って目障りだ!!!!〉


「・・・・・・らが」


 勇魚が、拳を握った。


「いさなん・・・!?」


 兎鞠は、勇魚へと振り向く前にその姿を見失った。

 高速で、陣外の呂力を持ってして勇魚はそれに拳を振りかぶった。


「お前等が、私をこんな体にしたくせに!!!!」


〈トゥインクトゥラ、刻を以て三秒制止〉


 ゴギ!!!!と、砕ける音がする。

 砕けたのは、勇魚の右手拳だった。


「あぁ・・・ぁ!!!!いさなん!!!!」


 顔面蒼白で勇魚に叫ぶ兎鞠、彼女は勇魚の正体を未だ知らなかった。


「くっ・・・!!!!」


〈再起動・・・無駄の極地!〉


 再び動き出した星の使途は、再び先ほどよりも激しい高速回転を行いながら勇魚に迫る。

 すさまじい熱を帯びて、光輝くそれは直感的に爆発寸前の爆弾を連想させた。

 ズ ド ン!!!!

 と、それは確かに爆発した。

 言い表すなら、それは不自然で槍のような指向性のある爆発だった。


「か・・・・・・ぁっ・・・っ!!がうぅ!!!!」


 爆発に全身を焼かれながら吹き飛ぶ勇魚は、気を遠くするも頭を払底式を取り戻し、犬猫のような受け身をとって着地すると、全身の火傷と砕けた腕が霧と化して一瞬にして再生した。


「いさ・・・なん・・・?」


 呆然と、名前を呼ぶ兎鞠に気づき、勇魚はビクリと身を強ばらせた。

 そして、迷うように間をおくと・・・すっと立ち上がって、兎鞠に振り向いた。


 何かをあきらめたような、困ったような笑顔。


「ごめん、とまりん・・・・・・私、見ての通り化け物なんだよぃ・・・・・・だからもう、約束守れない」


「いさなん、そんな・・・何いってるの!?」


「いっつまで、ぼーっとしてんデス!!」


 その瞬間、勇魚の襟首をつかんだのはマリーだった。

 マリーは人並みより少し強い程度なれど、懇親の力で勇魚を引っ張った。

 再び液体に戻った星の使途が、すでに回転して爆発寸前の励起光を放っていたのである。


「私はあいつ等の敵デス、ちょっと利用させてもらうデスよ!!今はいったん退くデスあっちの窓に!!」


「あ、そうだったんだ?それならそうと言ってくれりゃ良いのにぃ!!」


 簡潔に述べながら窓の外に光り輝くフウセンクラゲのような魔術弾を放つマリーの話を聞いた勇魚は、地に足を着いてマリーを抱えると割れた窓へとかけ出した。


〈逃がすと思っているのか〉


「シルマリル、バーストフレア!!」


 瞬間、兎鞠のシルマリルから極光が放たれて星の使途の一部を蒸発させる。


〈!!!!??〉


 星の使徒は動揺したように身をくねらせ、暴発するように無差別な爆発の槍を放った。


「いさなん!!」


 爆発の中を避けて、勇魚に叫ぶ兎鞠。

 しかし勇魚は、窓に足をついて笑顔で言った。


「ごめん、さよならだ!」


 爆発のショックで崩れていく中央官制センター、それを海に向かって跳んで逃げる勇魚の背を見ながら、兎鞠はあらん限りに叫び続けた。


「いさなあああぁぁぁぁぁん!!!!」


 ◆


「世界意志の一部を改造って……!!たしかに、それなら仮想上でもアラヤには異世界として認可される…決壊を超えた異空間として……でもなんでそんな事を!!」


 ジュリアが旧神に問う。

 しかし、旧神がそれにこたえる前に最上階からすさまじい揺れと爆音が響いた。


「…っ!!!兎鞠ちゃんが……!!!!」


「!!!!」


 わずかにジュリアの意識が旧神からそれたのと、旧神が己の魔法使いからの合図を見受け取ったのは同時だった。

 旧神はすべての触手で器用に走り、バルコニーから海へと飛び込んだ。


「あっ、こら!!!!」


 ジュリアの静止の声も間に合わず、旧神の落ちた海から巨大な水の蛸がせり出してくる。

 そして上空から落下してくるのは爆発による瓦礫だけでなく、マリーを抱えた勇魚の姿がそこにはあった。


「あれに飛び込むデス!!!!」


「えぇっ!!?なんか気持ち悪いよぃ?」


「ヒトのセンスをとやかく言うなデス!!!!」


 どポン!と、上を向いた水蛸の口から入るとマリーと勇魚はトランポリンのように水蛸の内部に空いた球状空間で跳ね回る。


「おぉっ?意外にこれいいかも?」


「デシょお?あぁっ、ダーリンなんて姿に!!」


 水蛸の中心でその姿を維持している旧神にマリーは抱き着く。

 そしてキッとジュリア達の方へ怒りを込めた視線を向けた。


「この借りは必ず返すぞ薔薇十字イイィィィ!!!!あ、屋上に兎鞠って子置いてきたんで助けに行かないとヤバいデスよ?」


 マリーの言葉に、あわてて美香は階段を駆け上がり始める。

 ジュリアはマリーを睨みながら、隠すことなく疑問を述べた。


「なんで、今になってそれを言うの?それに、勇魚って子も見たところ人質じゃないみたいだし…」


「状況が変わったって言えば満足デス?それに…あの子何もしらねーみたいデスから……ダーリンから聞いたデショウ?星の使途について……」


 マリーの発言に、ジュリアは片眉を上げた。


「兎鞠ちゃんが、星の使途に何の関係があるっていうの!!」


「……ははぁ、知らねーデシたか……なら、知らないまま預けとくのも良いデシょう」


 マリーは意地悪な笑みを浮かべる。

 そして、マリーは前提を瓦解させる一言を述べた。




「あの子を閉じ込めたのは、私じゃあナイ」




「………なっ!!!!じゃあ、誰が!!!!」


 ケラケラケラとマリーは笑う。


「手前達で調べると良いデス!!!!」


 マリーがそういって、手を翻すと水蛸はごぼごぼと海中へ沈んでいった。


「……っ本当に、何なんだ!!!!」


 一人悪態をついたジュリアは、美香を追って兎鞠を助けに向かうのだった。


 ◆ 


 現実世界。

 その日、まるで西原家は葬式のような重苦しい雰囲気に包まれていた。


 アドナイへの接続装置、通称『アミュレット』をかぶったまま目を覚まさない現実世界の兎鞠。

 脳に害を及ぼしかねないという医者の勧めでそのまま点滴を打ってその場に寝かされている彼女を前に、西原家のメイド二人はただ待つことしかできなかった。

 メイドは同じ桃色の髪、同じ背格好をした姉妹だった。

 普段物腰柔らかな姉のほうは妹の肩に顔を埋めて静かに嗚咽している、そして姉に比べて普段自由奔放なイメージのある妹のほうは姉を慰めるために姉の肩を撫でていた。


「うっ……ぐすっ、なんで…なんでっ、兎鞠ちゃんがこんな目に…っ」


「姉さん、気をしっかり持って…大丈夫だよ、兎鞠ちゃんはきっと目を覚ますよ……」


 両親の残した遺産とはいえ、それでメイド姉妹を雇っている兎鞠は紛れもない二人の主であった。


 特殊な生まれと境遇にあったメイド姉妹はそれまで、兎鞠にも言えないような仕事をいくつもこなしてきていたし、それまで主や同僚に逆らったり、ましてちゃん付けで呼び合うようなことなど一切なかった。それは主人も含めてである。

 しかし、兎鞠は二人を家族のように迎え入れた。

 姉妹以外で、初めて家族として接してきたこの少女は二人にとって紛れもない本物の家族だった。

 実際、姉を慰める妹のほうもまた目じりに涙を溜めていた。


『TRRRRRR、TRRRRRRR!』


 そんな時だった、西原家の電話に着信が鳴った。

 ぐすぐすと鼻をすすりながら、姉妹の姉のほうは妹から離れその受話器を取った。


「はい、西原です……」


『あ、もしもしーきこえるにゃ?』


 その受話器の向こうから聞こえたのは、3年ぶりに聞いた懐かしい同僚の声だった。


「え、ジュリアちゃん!?」


『ちゃん!?』


 受話器から驚きの声が上がる、しかしそれは怒りによるものではないことを明記しておこう。

 電話の相手からしてみれば嘗て知ったメイド姉は決して相手をちゃん付けで呼ぶことはなかったし、むしろ言語道断なほど歳が離れてたり目下の相手でも、意地のように『様』をつけて話すような腰の低い……悪く言えば弱気な人間だったのだ。


「あっ!あぁごめんなさい、ジュリア様!」


『いいよいいよ、ちょっとイメージ変わったにゃあ?』


 顔を赤くしてペコペコ謝るさまを想像しているのだろう、実際電話なのにそうしているメイド姉にジュリアは笑いながら答えた。


「あの……それで、なにかご用でしょうか?私たちは今西原家に雇われていますので……騎士団の仕事のほうはちょっと…」


『西原兎鞠……って子だよね?』


「……っ!?」


 ジュリアに言われた言葉に、メイド姉は息を詰まらせた。

 彼女たちは4年前の解散と三年前の再建を機会に、薔薇十字騎士団をとうに引退していた。

 もしもの時のために雇先と連絡先は教えていたが、それで雇い主を特定されることはないはずだった。

 姉の様子がおかしいことに気付いた妹も、その受話器に耳を寄せた。


「あの……なんで……」


 メイド姉の震える声に、ジュリアは答えた。


『二人とも、落ち着いて聞いて……兎鞠ちゃんが、アドナイに閉じ込められているの。

魔術師の仕業らしいんだけど、状況が混乱してきてて…このままだと私たちだけの手におえないの!!』


 ジュリアの言葉にメイド姉は口元を抑え、代わりにメイド妹が受話器を受け取った。


「じゃあ、そっちの兎鞠ちゃんは無事なんですね?」



『無事だけど、魔法に覚醒してる。まさかと思ったけど…やっぱり二人のご主人様だったんだね』


「はい」


 ジュリアの言葉に、メイド妹は迷いなく答えた。


『完全にこっちに巻き込んじゃった……本当に、ごめん』


 懺悔するように言うジュリア、その時メイド姉が口を開いた。

 妹も、苦虫をかみつぶしたような顔をして俯く。


「それでも、無事ならいいんです」


「姉さん……?」


 すっくと立ち上がったメイド姉は、妹に振り返っていつになく強い口調で言った。


「要女ちゃん……融合礼装、まだ準備できる?」


 姉の言葉に、妹はそのまま答えようとして……悩むようにうつむいた。


「は……はい、でも…兎鞠ちゃんに私たちの正体が……」


 妹の手が震える。

 兎鞠には明かしていないでずっと隠してきた事実、彼女たちはその存在の根底から魔術に深く関わっていた。

 それどころか、彼女たち自身が見るに悍ましい外法によって肉体を改造された『モノ』達だ。助けに行けば、その正体を明かさなければならなくなる。

 ごまかす方法もあるだろう、しかし…なぜだろう、そんなことは不可能だと二人の直観がそう感じさせていた。

 メイド姉は妹の手を握って諭すように言った。


「ごめんなさい……それでも、私兎鞠ちゃんを迎えに行きたい。要女ちゃんだってそうでしょう?」


「…………はい、菜々美ちゃん」


 今までの強がりを表すような『メイド姉妹』としての呼称から、人間としてお互いを呼び合う『人間』としての呼称で、妹は姉を呼んだ。

 それは、まぎれもなく二人が本音で話していることの証左。

 それを声だけ感じたのか、ジュリアは確認するように言った。


『申し訳ないけど、手伝ってもらえるかな……』


「「勿論です!」」


 正反対の音程のステレオのように、二人は同時に答えた。

 二人は手慣れた動作でそれまでのワンピースとエプロンを脱ぐと、その内部からおびただしい量のツートンカラー…綺麗な白と黒の『何か』に身を包まれる。

 そしてそれは古風ながらも如何にもといった『メイド服』へと変化した。


「んんっ…!!元、薔薇十字騎士団執行隊…泰魄蟲たいはくちゅう義両菜々美(ぎりょうななみ)と、魂亂蟲こんろんむし義両要女ぎりょうかなめ!」


「主の危機……いえ、家族の危機とあらば!危機の総てを蟲の糧へと変じましょう!」


 嘗て血も涙もない粛清の執行者であった薔薇十字騎士団において、最多の殺戮数を誇る二人のメイドは勇ましく名乗りを上げると

 スカートを持ち上げ目覚めない主に向けて上品なお辞儀を贈った。

=次回予告≒


星の使途の敵対者

不完全な吸血鬼

追われる二人、両者を追ってきたのは黄金の明星。

妖精を繰る霊姫、それは魔法を倒しうるもう一つの魔術。



不明瞭の多い王国の魔法使い

彼女を追ってきた二人の家族は奇しくも

彼女の親友と同じ闇を抱えた者だった。

故に、王国の魔法使いは決意する。


助ける、と。


次回:ナレノハテの賛歌(Self-hate of monsters)

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