1st:仮想交響の子守歌(She is a protector of new human-beings will)
静かに静かに揺蕩う海を、私は静かに浮かんでいた。
濡れない水、沈まぬ体、昇ことのない太陽と、その代わりに瞬く情報の光。
まず初めに、言葉ありき。
言葉によって光は紡がれた。
それは魔法、かつてその存在をかけて争った王国と反論の二つの光は
真理によってすべての魔法を打ち消した。
今ここに瞬くのはこの世界に残された数少ない魔法の残骸。
情報であり、力であり、言葉であり、魔法そのもの。
光より生まれ、言葉という神を以てこの世の法則に加わるもの。
即ち…威光、知恵、理解、慈悲、峻厳、美、勝利、栄光、基礎、王国
威光より始まり、この物質世界をめぐる物質世界の流れを作る
長い長い魔力の流れの行きつく先。
ここから語られるのは、新たな魔法を紡ぐものたちの
生命の楽園へ至る誰にも知りえない仮想の戦い。
魔法少女ケーニギンとまりん
Ermittler der Magie [Könign Tomari.N.N.]
2013:04:28
そこは、駅のロビーだろうか。
奇抜な格好をした人々が行きかう公共の場の中央で、二人の歌う声が響く。
二人の手には電子的に再現された感性楽器が握られ
まるで動と静、光と闇、朝と夜を象徴するかのように対照的な二人の確実な美声を神話のように纏め上げていた。
彼女たちの歌声に、道行く人々は足を止めてそちらを見る。
「--っ♪……はぁ、ありがとーございましたーっ♪」
「この度は、私たち【シャイニング】の電子路上ライブに足を止めていただき誠にありがとうございまーすよぃ♪」
片や白髪赤目の少女がウィンクをしてかわいらしく締め括ると、路上からちゃりんと金属音のする何かが投げ込まれる。
まるで何かの魔法に補正を受けているかのようにそれは彼女たちの前におかれた貯金箱へと吸い込まれていき
その底に行き着いたことを示すかのようにもう一度ちゃりんと鳴った。
それは金貨にも似た金属製の通貨だった。
それを追うように、もっともっとというかのように通貨が箱へと投げ込まれていき箱へと吸い込まれていった。
二人はそれを見ると嬉しそうな顔をする。
当然それは通貨を儲けたことへの喜びではなく、自分たちの歌が道行く人々に認められたことへの喜びだった。
「よーっし、それじゃあ♪」
「お客さんたちの大盤振る舞いにこたえて、もう一曲いっちゃおーぃ♪」
拳を振り上げた金髪と白髪の少女たちに乗せられて、その場に足を止めた彼らは歓喜の声を上げた。
二つ目の曲ののちも、軽い金属音が乱舞したのは言うまでもないことだろう。
◆
海を目の前にしたバルコニーに、二人は肘をついて外を眺めていた。
空を流星群のように流れるのは、この世界を構成する無数の情報素子。
一般家庭の情報端末と本体サーバーの性能差による情報のタイムラグが大気圏のように上空で反応するため、ここではまさしく人の数だけ星が見えるのだ。
「綺麗だねぃ……♪」
「そうだねぇ……」
「君のことだよぃ♪」
「ぷっ……あはは、口説き文句?」
「えへへ~」
無数の流星群を前に何気ない冗談を言い放つ白髪の少女と笑いあう金髪の少女。
西洋意匠のバルコニーに、その光景はあまりにも幻想的だった。
西原兎鞠12歳、山本勇魚同じく12歳、彼女たちは古い幼馴染であった。
過去形なのは、兎鞠が4年前に引っ越したからだ。
引っ越すときに、彼女たちは約束していた、いつかアイドルとして一緒に大成しようと。
そして、彼女たちは家に居ながらにしてここで再会を果たした。
そう、ここは仮想世界。
幾億の人々が機械のデータに意識を埋没させることで共有する夢の世界。
人々の言葉はここでは統一化され、言葉のしがらみはもはや国のしがらみではなくなった。
そのため、世界中の人々が毎日のようにここへとアクセスする。
【アドナイメレク】……通称アドナイ
今や商業、交通、経済、文明、すべてが混沌と入り乱れたもう一つの世界である。
今やそれほどに広くなったこの世界で彼女たちが再会できたのは、毎日のように彼女たちがメールで交友し続けているからだろう。
「ねぇ、そのアバターはとまりんのそのまんま?」
勇魚はふと、兎鞠に話しかけた。
アバターとは、現実世界からアドナイにアクセスする際に用いる仮の姿である。
完全没入型インターネットシステムのアドナイにおいては、自らの姿でさえ本来は意味をなさない。
たとえば猫耳を生やしたり、男性が女性になるなどのことも可能なのだ。
「あぁ、私のまんまだよ?」
「背ぇ伸びたねぃ♪」
「いさなん程じゃないよぉ、その髪とか本物?」
笑う勇魚の髪を撫で掬いながら兎鞠は頬を膨らませて言い返した。
「こっちも本物ー、いつの間にかこうなっちゃって」
「あっ…ごめん……」
笑いながら答えるが、その顔に陰りを見たのか兎鞠は目を伏せて謝る。
引っ越してからすぐのことだ、勇魚の住んでいた町で奇妙な連続怪死事件があったのは。
勇魚もそれに巻き込まれた…正確には、勇魚の周囲の人々全員が一夜にして怪死したのだ。
血を抜かれた状態で、ミイラ化していたのだ。
勇魚だけが、どう言う訳だか生き残った。
彼女自身も極度の貧血状態だったにもかかわらず、目を覚ました彼女を襲ったのは警察による暴力のない拷問のような事情聴取だったという…。
目覚めてから変わった世界、何もかもが自分に対する悪意としか受け止められないような世界の中で
彼女の目と髪はそれを否定するかのように変色していったのだという、心因性体内色素剥離症という無慈悲な病名までつけられて。
そう、真っ白な髪と、真っ赤な瞳に。
「……ま、この見た目も結構気に入ってるんだよぃ?アイドルとしちゃー目立つ外見は武器だよねぃ♪」
「うん……」
……静寂がその場を支配した。
静かな夜の海を前にしているからだろうか、余計に静かで湿っぽい空気が漂い兎鞠は言いようのない申し訳なさを感じる。
それは勇魚も同様なのだろう、元から何があっても明るい子であり続ける勇魚のことだ。
この空気には限界を感じているだろう。
しかし何かを話しかけようにもどう話しかけていいのかが兎鞠にはわからなかった。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……と、海水が揺れだしてバルコニーも共鳴するように揺れ始める。
「!?」「な、なに!?」
仮想空間で地震、そんな事があるわけがない。
明らかな以上に二人は不安を感じ、強制的に口を開いてしまった。
しかし、その言葉と戸惑いを覆い隠すように、大きな笑い声が響いた。
「はーっはっは!!湿っぽいな若者よ!!」
「海底にいる私たちほどじゃないと思うけど……」
そんな二つの『同じ声』とともに、海水がせり上がり巨大な船が海中から飛び出してきた。
「「 」」
絶句する勇魚と兎鞠を無視するように、船は放物線を描いて再び海に着水した。
水しぶきが当たりに飛ぶが、データで再現された仮初の水は飛びちって溜まることはあっても濡れる事はない。
その仮初の海に浮かぶ珍妙な船は木製の所謂海賊船といったいでたちをしていた。
そう、アドナイでは知らぬ者のいない…アドナイの守護神の乗る船『アールシェピース号』である。
「あ、あれって!」
その甲板を見て、呆然としていた勇魚は興奮気味に口を開いた。
その女性は、いわゆる中世末期の海賊といった出で立ちで派手なコートをはためかせ甲板の手すりに片足をのせて兎鞠たちを見下ろしていた。
もう一人、手すりに片足をのせる女性と同じ顔をしながら、こちらはいかにも同じ時代の海の紳士といった男装で、もう一人が金色のメッシュを茶髪に施しているのに反して、青いメッシュを施している。
「私は海賊アールシェピース一家の当主、サニー=アールシェピースであーる!」
「同じく航海士、レイニー=アールシェピース…お見知りおきを、お嬢様方」
そう、彼女らこそアドナイの万人に知られたマスコットキャラクターにして守護神。
自律ネット防衛システムアールシェピースの制御AI、サニーとレイニーである。
「見て見て!!サニーとレイニーだよぃ!?明日はついてるかも!!」
「うわ、わわわ!!」
興奮する二人を置いて、サニーは片眉を吊り上げて二人を見る。
「なんだなんだ?湿っぽい空気を漂わせていたからぶち壊しに来たんだけど、遅かったか?」
「遅いも何も私たちの存在自体が出オチなのを自覚したほうがいいよ姉さん」
レイニーはサニーにハリセンをかまし、手すりから足をどかしてホロウィンドウを開いた。
「悪いけどお嬢様方、この二人を見ていませんか?」
レイニーが送信ボタンを押すと、二人の手元にホロウィンドゥが開きそこには二人の少女が写っていた。
片や金髪碧眼の明るそうな少女、片や銀髪をツインテールにした青い目の少女。
「正直あんたたちと髪の色が似てたから顔を出したってのもあるんだけどなぁ、見覚えはないかい?」
サニーの問いに、二人は首を振った。
「この二人は非正規の方法でアドナイにログインしている、彼女らの出現とともにアドナイのあちこちで変なウィルスの出現が確認されているから管理室にいま指名手配を申請中なんだ。」
「ウィルス…?」
サニーは腕でバツを作り二人に警告する。
「とにかく!変なもん見かけても触っちゃだめだぞ?アバターに変な影響が出たり、下手したらアカウントが削除されて二度とアドナイに来れなくなる危険もあるからな!」
「うわぁ……」
「それは、ちょっと困る」
ようやくアドナイで再会できた、住んでる場所も遠い二人だ。
そのような事態に陥れば、再び会えなくなるのは確実だ。
そんな空恐ろしい想像に身震いするふたりに、サニーたちは告げる。
レイニーはコンパスを手にして、サニーに首を振った。
「それじゃあ、あたしたちは次のサーバーに声をかけにいくんで。気を付けてなー」
「「は、はーい」」
サニーの言葉とともに、ごぼごぼと海中に沈んでいく船を見送って兎鞠たちは手を振った。
「………」
「………ぷっ」
再びシンと静まり返ったバルコニーで、二人は吹き出した。
再開の当日に、一緒にとんでもないものを見てしまった。
それほどにアールシェピースは多忙でめったに見られるものではないのである。
「「あっはっはっはっは」」
夜空に二人の笑い声がこだました。
◆
駅にも似たロビーの中央に鎮座する石碑、アドナイと現実世界をつなぐゲートである。
この端末を用いて人々は現実世界とアドナイを行き来する。
勇魚と兎鞠は一通りアドナイを遊び歩いた末に、そろそろ夜も遅いため現実世界に帰ることにした。
「それじゃいさなん、またね」
「とまりんこそ、またここで会おうね」
勇魚は石碑の前に立って目の前に浮かびだしたホロウィンドウを操作すると、徐々に姿を消していった。
消える前に、勇魚は兎鞠に振り返る。
「とまりんっ」
「ん?なぁに?」
何気ない話かと、そう思って兎鞠は自然にそれに答えた。
しかし、なぜか勇魚はそれを見て悲しそうな眼をしてうつむくと…またいつもの笑顔でにかっと兎鞠に微笑んだ。
「またね!」
「………?」
そう言って消えていった勇魚に首を傾げる兎鞠は、ホロウィンドウを開けて自分も現実世界に帰ろうとした。
その時だった
強い揺れのような、ぐらりとした感触が兎鞠の全身を襲った。
「な……ぇ?」
立っていることもままならない強烈な頭の揺れと不快感に混乱した頭で、兎鞠は自分の身に何が起きたのかを探る。
足元、足のつま先に何かが刺さっている。
地面を割って生えている、植物のような、鉱物のような、触手のような何か。
その先端から生えている棘が、足のつま先に刺さって鈍痛を感じていることに兎鞠はようやく気付いた。
「なん……で…」
アドナイは仮想空間、今の兎鞠の体も仮の体である。
痛みは必要最低限にしか感じられず、続く痛みならシャットアウトされるはずなのだ。
しかし、そんなことを最後まで考える暇もなく、兎鞠は一際強い揺れを頭に感じて、意識を手放した。
◆
「ん……あ、れ?」
兎鞠が次に目を覚ましたのは、暗い四畳半ほどの空間だった。
「なに…ここ?」
兎鞠はあたりを見回すが、その返答が返されることはなかった。
壁は不気味にうごめき、それまでのアドナイの整地された建築物の様相とは異なる、生物の体内のような生理的嫌悪を催す空間に不気味さを感じた兎鞠は
とっさにホロウィンドウを開いた。
本来はゲートの前でしかログアウトはできないが、非常事態に備え緊急の脱出プログラムがあるのである。
使うのは初めてだが、それに手を伸ばそうとした兎鞠は自分の目を疑った。
「脱出ボタンが……ない」
本来脱出プログラムのボタンが存在するはずの講には、ただ空白だけでそのボタンがかつてそこにあったことだけを無慈悲に伝えていた。
「あ~らら、もう目覚めてたデスか。なかなかタフな奴デスねぇ」
調子の外れた声で突然話しかけられ、兎鞠はビクリと後ろを向いた。
そこにいたのは、ライトグリーンの髪を二つのヒョウモンダコを象ったシニヨンで纏めた少女だった。
少女はサメ歯のようなギザギザの歯を見せて笑みを浮かべると、片手に持ったペンライトのような器具を振る。
すると地面からズルルルと、放射状に触手が伸びて鳥かごのように兎鞠を捕えた。
「な、なにこれ!!」
「何って、触手デス?」
見ればわかることをシニヨンの少女はさらりと言った。
しかし、こんな不気味なテクスチャーはアドナイのどこにも実装されていないはずだ、だとすると…
兎鞠はサニーの言葉を思い出した。
「違法ログインした…ユーザー?」
髪の色も人数も違う、しかしこんな異常な空間の主がどちらにしてもまともな筈がない。
「あぁ、アッヒャッハ!それみたいなもんというか、そういう事デスね?あんたたち一般人が機械を使って普通にダイブしてるのを、あたし達は術式で行ってるわけデスからして」
「そ、そんなのどうだっていいよ!!何なのここ、出してよ!?」
兎鞠がしびれを切らしてシニヨンの少女に叫ぶ、しかしそれに機嫌を悪くしたのか眉間に皺を作ってシニヨンの少女はペンライトのような器具を振った。
すると檻を作る触手の一本が兎鞠の首に絡み付いて締め上げた。
「あぐっ」
「口のきき方に気を付けようとはおもわねぇんデスかね最近の子は、魔術師でだってもうちょっとはTPOを弁えるデス」
そう言うとシニヨンの少女はペンライトのような器具を振り上げて触手を檻に戻し、兎鞠を解放した。
「はぁ…っ……!?」
兎鞠は、不気味な疑問に行き着いた。
何故、アドナイで首を絞められて『苦しい』と感じるのか。
電子上の仮の体のはずなのに、命の危険はないはずなのに、恐怖と不安が兎鞠の心を染めていく。
「しかしこのわたくし、実験体には敬意をもって話すのデス
わたくし、アストロノミコン学派の魔術師--マリー=D=ハロップと申します
……あぁ、つっても魔術師ってのすら知りませんよね手前?」
必死に息を整えつつも、兎鞠はその言葉のとおり理解が追い付いていなかった。
魔術師、などと言われてもアドナイそのものが科学の産物なのだからここでそれを名乗ることがどれほどミスマッチな事か。
「さぁ~って、どこから話しましょうかデスゥ…」
くるくると踊るように回転しながら、マリーと名乗る少女は檻の前に歩み寄ると身を屈ませた。
「簡単に言や『人体実験』って奴デスv」
「じんたい……って、仮想空間でそんなことしても」
「意味がない?そりゃあそうです、私が用あんのはあんたの物理ボディじゃない…あんたの精神ボディに用があるんデスゥ?」
そういうと、マリーはペンライトのような器具を以て、兎鞠の胸にレーザーポインタのような光をあてると文字を描くように振った。
「A、我は神智を望む、開示せよ…デスv」
すると、兎鞠の体に無数の文字のような文様が浮かんできた。
「な、なにこれ?バグ!?」
自らの体を見回す兎鞠を、マリーは満足げに見下ろした。
それは、兎鞠の胸に刻まれ特に強く光る文字を見逃さなかったからである。
マリーはまるでサメの歯のように揃ったトゲトゲの歯を見せて、三日月のような笑みを見せた。
「こいつぁ当たりデスぅ」
「あ、当たり?」
「そいつを知る前に、まっこと残念なことデスがぁ」
戸惑う兎鞠、それを愉快な小動物を見るような目つきでマリーは三日月のような口を開いて告げた。
「ちょっと、死んでもらうデス?」
◆
『電子魔道書のデータ偏食を確認、ここです主』
「りょうか~い、ありがとねいエル♪」
通信で話す女性の声に、兎鞠とは違う金髪の少女は答えホロウィンドウを閉じた。
目の前にあるのは黒い正四角形、まるで壁のように黒い穴である。
壁のように見えるのは、内側の情報を断固として外に見せないようにするためだ。おそらく中には広大な空間が物理データを無視して広がっていることだろう。
「さぁ~て、お仕事始めますかい?」
肩をほぐす動作をしながら、少女は銀髪の少女に話しかける。
銀髪の少女もまた、勇ましい笑顔で少女に笑い返した。
「そうだね、頑張ろう!」
二人は久しぶりに本気で渡り合える『敵』の存在に心躍っていたのかもしれない。
そう、4年前の決戦以来だろうか。
二人は手を翻し、声高らかに『魔法の言葉』を唱えた。
「主よ、憐れみたまえ!!!!」
「呪われた宿命に我は祈る!!!!」
「預言の権能に記された1番の白色球たる王権によって、奇跡は遍く精神と意思によって顕現せり
故に片割れにして最後の剣メタトロン、ここに降りて汝に祈る者を守護する事を誓いたまえ!!
威光の魔法よ、顕現せし神の奇跡よ、私はここに新たな則を唱える者、新たな理を添える者
故に私は望む…この手に奇跡を、闇を払う魔法を!!
カノ・ソウィル・ラグズ・アンスール!!」」
銀髪の少女の言葉は確かな意味となってその体を光で包んでいく。
そしてその光は少女の衣服を溶かしていくと、黒いレオタードのような外装となって少女の身に纏われていく。
「預言の権能に記された6番の黄色球たる王権によって、調律は遍く奇跡と偶然によって権限せり
故に我が欠片たるエリュディミット=M=アドミスティルダム、ここに降りて汝と一つにならん!!
美の魔法よ、顕現せし乙女の奇跡よ、私はここに新たな則を唱える者、新たな理を添える者
故に私は望む…この手に奇跡を、闇を払う魔法を!!
ウィン・ウィアド・イングス・アンスール!!」」
もう一人の少女の言葉は、彼女の衣服を『正しいもの』へと変えていく。
それは紺色の衣服と白金の鎧、それは太陽のような金色の髪を相まって一人の聖女の姿を彷彿とさせた。
そしてその傍らに、黒い羽根をした天使のような女性が降り立つと、少女と重なるようにして姿を消した。
『融合完了、4年ぶりの本気とはいえはしゃぎすぎませぬよう…主』
「なっはっは、んなこたー分かってるよい」
「ほんとーだろうねぇ?」
頭の中に響く女性の声に陽気にこたえる鎧の少女。
銀髪黒衣の少女がじとっとした目でその会話に入るが、ぺしっと黒い羽根に頭をたたかれる。
「にゃっ!」
「お前もだ、ジュリ。やりすぎ注意、油断にも注意だぞ?」
「にゃう~、メタトロンは厳しいよぉ」
メタトロンと呼ばれた黒い子竜は、瞬く間に黄金のカーテナへと姿を変えるとジュリと呼ばれた銀髪黒衣の少女の手に収まった。
「いやぁ、お互い天使が厳しいと苦労しますなぁジュリアちゃん」
「全くだよ、美香」
『『聞こえていますよ(、主)』』
「「はーい」」
かつて世界を救った魔法使いのうち二人、第一魔法威光のジュリア=F=ヘンデル
そして第六魔法美の金奈美香はその空間へと足を踏み入れた。
瞬間、穴の中がぱっと開けるように視認できる明るさとなった。
中にひしめくは推奨で構成されたような触手の塊、その群れ。
そう、そこは仮想世界の内に構築された魔術師の巣窟だった。
◆
ヴィー!!ヴィー!!
けたたましいアラーム音が鳴り響く。
兎鞠は身を縮こませ、マリーは急遽出現した赤いホロウィンドウに目を通した。
「ちっ、こんな時に面倒くさい連中が来たデス」
舌打ちしたマリーは檻の中の兎鞠を放置したまま、部屋を構成する触手の一部をどけるようにしてできた出入り口から外に出……ようとしたところで、外からなだれ込む光に吹き飛ばされた。
「なああぁぁぁぁぁ!!?」
「な……なに!?」
おびえる兎鞠が出入り口を見ると、そこには二人の少女が腕を組んで佇んでいた。
それは、兎鞠がサニーに見せられた写真に写っていた二人組の違法ログイン者である。
「おっとぉ、あわやという所で助太刀に入ったかなん?」
「よっし、美香はその子を救出しといて。私はお仕事済ませるから」
美香は兎鞠を見るとうきうきとした様子で陽気な声を上げ、ジュリアは両手の指をぽきぽき鳴らしながら吹き飛ばされて仰向けに倒れたままのマリーを見下ろした。
美香はその手に槍を出現させると、一薙ぎで兎鞠を拘束する檻を切り裂いた。
するとそれは本来の形に戻るように、大量の瓦礫となって兎鞠を避け崩れ落ちた。
美香は兎鞠の手を引くと、その身の無事を確認する。
「よいしょ、大丈夫?」
「あ、貴方は?」
兎鞠の問いに、美香はにかっと笑って答えた。
「第六魔法美の魔法使い…そうだね、正義の魔法少女だよい♪」
「アストロノミコン学派魔術師のマリー=D=ハロップだね?新生薔薇十字騎士団団長、第一魔法『威光』のジュリア=F=ヘンデルです、大人しく降伏して市国送りになりなさい!!」
ジュリアが高らかに宣言すると、マリーは仰向けのまま頭の上の地面に手をつくと運動神経の良さを見せるようにバック転で起き上がりジュリアを睨む。
「っは、古い魔法に古い魔術の温床、薔薇十字の姫デスか!!」
唾を吐くように言うマリーの言葉にカチンと来たのか、ジュリアはその手に黄金のカーテナを持ってマリーに向けた。
「もう一度警告したげる、降伏しなさい」
「…嫌だね!!………デス!!!!」
ジュリアの提言を正面から跳ね除けて、マリーは地面に手を置いた。
すると部屋を覆っていた触手がすべて伸びてジュリアの身に殺到する。
しかし、触手がジュリアの身を包んだその時触手たちの隙間から眩い光がこぼれた。
すると一瞬で触手はミキサーにかけられたかのようにばらばらに引き裂かれベチャベチャと肉片をまき散らした。
「なんと……」
「舐めんな、アドナイ内でなら魔術が使えるからって…魔術で魔法に勝てるのは私の愛する前団長だけだよ」
そう、魔法は魔術の天敵である。
魔術の行使には魔力と呼ばれる代償が伴う、そのため無暗に放つことはできない。
しかし魔法使いは、その魔法の根源を異相空間アラヤの大魔力に持つため無制限に魔力を使い奇跡を起こすことができる。
その魔法に魔術で勝つことができたのは、今は行方不明となったジュリアの婚約者ただ一人である。
魔術で魔法に挑む、その行為自体がジュリアにとっては耐え難い彼への侮辱なのだ。
怒りを露わにしたジュリアに対するマリーの対応は、不敵な笑みだった。
「……なぁるほど、それも一理あるデス」
「……何?」
舌なめずりしたマリーは、大声でそれを唱えた。
「我が愛に栄えあれ(カノニツァティオ)!!!!」
マリーが天高く手を掲げる。
すると天井が消失し無数の流星群に包まれた空が姿を表した。
その光は不気味にうねり、回り、あたかもマリーを祝福するように舞い踊る。
「我が体は今ここに、我が脳髄は今ここに!故に我が身は一つの魔法を堕とす!
アザレアの花のような愛を、アスモダイのようにおぞましき愛を
故に我が身に寄り従えラファエル!我は栄光なる魔法使いなり!!!!
ペオース・べオーク・エオー・テュール!!!!」
乱暴な我が儘のような言葉の羅列、しかし星達はその願いに答えるように輝くと
マリーの体目掛けて降り注いだ。
「うわっぷ、なんだこれぇ!?」
「これは……まさか…!!!!」
ジュリアは驚愕に目を見開いた。
マリーの姿が変わっていく様も、『魔法の言葉』も、自分達がよく知るものにどこまでも似ていたからである。
やがてマリーは星の光の中からその姿を表した。
黒い水着のような肌着の上から、深海の無脊椎動物とその触手を連想させるような黒いドレスを纏い、邪悪な笑みを浮かべるマリーの姿はまさしく……
「……魔法使い…!?」
「さぁ、表と裏、どっちの愛が強いか競い愛ましょう…デス!
」
そういうとマリーは、ドレスのスカートから延びる触手をジュリアに伸ばした。
「……っ馬鹿な!!」
ジュリアはそれを否定しながら、威光を瞬かせて生み出した剣で触手を切り裂いた。
4年前、ジュリアと美香…そしてもう一人の魔法使いはある戦いでこの世に存在する残り7人すべての魔法使いと対峙し、打ち勝ってきた。
しかし、それ以降魔法使いの代変えは起こっていない。
この世に魔法使いは初めから10人だけと定まっている、それ以上増えることなどありえないのだ。
「ありえない、なんてことはありえないデス」
戸惑うジュリアの表情を見て、マリーは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「人の想像しうることは、すべて起こり得る魔法現象なのデスから…v」
マリーのその言葉で、ジュリアは全身の血液が怒りに燃えて頭に昇ったのを自覚した。
そして、全身から威光を発しマリーへと突っ込んだ。
「…………っ!!!!っづああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
マリーはそれを悠々と避けて、触手で威光から生まれ出る剣を払いのける。
「お前が、お前があの人の言葉を使うな!!!!
あの人の意思も、願いも、理解できない魔術師が、あの人を汚すなあああぁぁぁ!!!!!」
「ジュリアちゃん!!!!」
そこに兎鞠をその場に落ち着かせ終わった美香が加わった。
しかし数あるジュリアの威光による武器も、美香の槍も、すべて触手に絡み取られた。
マリーは邪悪な笑みを浮かべて愉快そうに笑いだす。
「アハヒャハ!!!!古い魔法にいつまでもしがみ付く、あなたの愛はその程度デス!!!!」
「………お前、ちょっと黙れ」
美香が冷たくつぶやくと、何もない空間に冷たい槍が突き付けられた。
「く………な、見破った…デスと!?」
「こっちは美の魔法使いだよ、どっちか『正しい』かなんてすぐ解る…あんたの言うことは間違ってる!!」
するとそれまで見えていたマリーの姿は空気中に掻き消え、美香の槍に喉元を定められた本体が闇の中から浮き出てきた。
「幻を見せる魔法…厄介だけど相手が悪いねい?」
ウィンクした美香を忌々しげに見下ろすマリー……しかし
ひゅるるるるる……どぉん!!!!
と、強い衝撃があたり一帯を揺らした。
「!!?」
その隙にマリーは槍の穂先から逃れて部屋から脱出した。
「っち、助かったデス!!」
「ま、待て!!!!」
それを追いかけようとしたジュリアを、巨大な影が阻んだ。
「!!!! こいつは…!!!!」
「しばらくそいつと遊んでろデス!!!!」
それは、巨大な真っ白の巨人であった。
そう、意味を引き抜かれそれを望み徘徊する怪物--ブランク。
その足の隙間を通って、マリーは部屋から脱出した。
「美香、来るよ!!!!」
「うんっ!!エル!!!!」
『融合進行、城壁超えの聖なる獣…起動』
エルと呼ばれた女性の声とともに、美香の鎧がはじけ飛んでそのアンダーウェアと残ったスカート、髪が黒く染まっていく。
美の魔法の反転、美香が持つ魔道書の呪いを形にした姿だ。
「るああああ!!!!」
美香は渾身の力でその足を槍で払う。
仰向けに倒れた巨大ブランクの上空からジュリアは独鈷をまとった拳を引く。
「はぁぁぁああ!!!ブラッディサンダー……バジュラ!!!!」
雷と拳を同時に食らった衝撃で、ブランクは動きを止める。
雷には大量の魔力が含まれ、それによって意味を取り戻したブランクは徐々に人間の姿を取り戻していく…しかし
「きゃああぁぁぁぁぁ……!!!」
「な」「しまった…!!!」
悲鳴を上げたのは兎鞠だった、マリーは触手で兎鞠の手足を縛りペンライトをその喉に突き付けていた。
「ほんとはこんな手使いたくなかったんデスけどねぇ?」
「う……うぅっ」
「うわぁ解りやすい手を……」
げんなりした様子で美香はマリーを見る。
マリー自身もそれがあまり格好良くないことを自覚しているのだろう、バツが悪そうに頭をかきながら兎鞠を触手で持ち上げてその場から立ち去ろうとする。
「それじゃあまぁ、お邪魔しますデス?」
しかし、その時再び衝撃が部屋を襲った。
「うわぁっ、もうなんなんデスかさっきから近所迷惑デス!!!!」
◆
一方、外ではその洞窟のある孤島に狙いを定める砲門があった、アールシェピース号である。
「ガンガン撃てー!!アドナイの危機は纏めて排除!!」
「待って姉さん、中に危険分子以外がいる可能性は考えた?」
「あ……」
「………今更そんなこと言われても、みたいな顔しないでよ」
しかし、指示がない限り行動を続ける単純構造のアールシェピース号は再び孤島を砲撃した。
◆
どぉん!!!!
「うわぁぁあ!!?」
『だんだん島自体がもろくなっています、ここはいったん退却を主!!』
「そんな!!!!」
頭の中の声に、美香は迷う。
指示自体は正しい、しかしそれはつまり兎鞠を見捨てることに他ならない。
しかし、その衝撃はもはや部屋を揺らすだけにはとどまらなかった。
マリーの頭上から、こつんと石が落ちてくる。
「いてっ…もう、なんデス…って、うわぁ!!?」
マリーは天井を見て目を見開いた。
大きくひび割れて今まさにここから崩れようとしているのが目に見える様相だったからである。
「ちょ、これヤヴァ……」
マリーがそう言って逃げようとした…その時にはもう遅かったのだ。
ガラガラガラガラ……!!!!と、大量の瓦礫が崩れ落ちマリーと兎鞠に覆いかぶさった。
「人質の子!!!!」
美香が叫び、ジュリアが助けに駈け出した。
「……間に合わないっ!!!」
ジュリアがそう叫び、覚悟して目をつぶったその時だった。
「聖者は此処に帰還する(カノニツァティオ)」
自然と、兎鞠の口からその言葉は流れ出た。
すると再び天井が消失し、星と共に黄金の光が兎鞠の体から溢れだし、その場にいる全員の目を塞いだ。
「またぁ?!」
「待って、この光は…!!!!」
光の中で、兎鞠はその姿を見た。
黄金の光が、人の形を成すように集まっていく。
場違いなのはわかっているが、兎鞠は強く疑問に思った。
「なんで……泣いてるの?」
『……わからない、私は……何もわからない、私の事はわかる、名前もわかる、役目も、何ができるかも…でも、私が何者なのか、私はどんな人格なのか…全部わからないんだ』
「……」
兎鞠は感じた、この子は酷く怯えているのだと。
自分と言うものがなければ、あらゆる知識に意味はない。世界を知るには決定的なものがこれには欠けていた。
「貴方は、貴方。私が見てる貴方、ひどく孤独で怖がってる、貴方」
兎鞠は、なぜかそれをいとおしく感じて両手を伸ばした。
そして、子供をあやすように魔法の言葉を唱える。
「我が心は今ここに、我が魂は今ここに
故に我が身は一つの魔法を卸す
美しき想いの紡ぐ世界を、魂の揺りかごたる世界を
故に我が手に来れサンダルフォン
我は王国の魔法使いなり!!」
兎鞠の体は虹色の光を放ち、世界にまた一人の魔法使いが現れたことを祝福するように
光が弾けた。
「私が認める、私が見る!!だから貴方も、私のライブを見てよ!!」
「……!!ありがとう、魔法使い…!!!!」
天使サンダルフォン、そう自然と呼ばれたその少女は兎鞠の手を握る。
そして、天使が、世界が、魔法が兎鞠を認めた。
「ウィアド・オセル・マンナズ・イングス」
兎鞠の服が溶けて大気に還っていく…そして新たに星の光が形になり、兎鞠の身を包んで形を成す。
兎鞠の身体に白い水着のような肌着が纏われると、その上から緑色のスカートと、セーラー服のような上着がその身を包む。
そして手足に皮のような材質の甲が嵌められ、右手にその力の証たる宝石が嵌められた。
おさまった光、その中にたたずむ兎鞠を見てその場にいる全員が騒然とする。
「まさか……第十…魔法?」
「そんな…だって、マルコは…!」
その時、瓦礫を押し上げて躍り出たマリーが兎鞠に向かって触手を伸ばした。
「あひゃはは!!!!発言しちまうとは予想外デシたが、僥倖!!!!持ち帰って今度こそ実験に…」
「星転のシルマリル」
兎鞠がそうつぶやき、手の甲から宝石を分離してマリーに向けて制止させた。
その瞬間、シルマリルと呼ばれた宝石が強い輝きを放ち、マリーに向けてその光の塊を解き放った!
「なっ…!!!!ぎゃああああぁぁぁぁぁああああああ!!!?」
シルマリルの砲撃に吹き飛ばされたマリーはそのまま壁を突き破り、何処かへと吹き飛ばされていった。
マリーが飛んで行った先の星空は、兎鞠を祝福するように輝きを彼女へと送る。
今ここに、四年の月日を経て新たな『王国』の魔法使いが降臨した瞬間だった。
「王国の、魔法使い……」
そんな兎鞠を騒然と眺める、ジュリアと美香。
「マルコ……」
そう、4年前彼女たちと共に戦った魔法使いもまた王国。
しかし、二人はそれ以上に感じていた。
四年前と同じ、世界の命運をかけた何かが
この仮想世界で行われようとしている……そんな荒唐無稽な想像を。
=次回予告≒
王国の魔法使い:裏に覚醒した少女西原兎鞠。
しかしその仮の体は違法データと化しており、ログアウトすることもできない。
防衛システムアールシェピースから彼女をつれて脱出したジュリアと美香から仮想世界アドナイメレクの正体を聞かされる。
もう一つの魔法の根源、歴史の表に存在しない魔術学派…
星の使徒教団の陰謀に辿り着いた星の信徒学派魔術師にして魔法使い:裏…
マリー=D=ハロップの嘲笑とともに、アドナイの中央コントロールセンターを魔導ウィルスが占拠する。
兎鞠のシルマリルが輝き、天使サンダルフォンが咆哮と共に剣を振るう。
そしてその向かう先には、正体を現した親友の姿
次回:生命の裏切り(The natural enemies of a life)