『…不条理だ。』
「歩くとわかるが…、すっごい身体に違和感あるんだが…。」
「奇遇ですね、僕もですよ…。」
僕達は、森を歩いている。
この森を抜けて、北東に数kmいったところに、町はあるらしい。
「まだ朝の9時ごろですので、お昼にはつけると思います。」
というのが、クレアの言。
「いや、なんというか身体が…」
「軽いな。」
「重いです。」
「………。」
あれ?
「僕は全然身体が思うように動かないんですが…。」
「ほう。内藤さんは、いくつなんだ?」
「16歳です。」
「なっ……」
愕然とした表情を、逆月さんが浮かべる。
「16……、そうか…、それは自分の意志でか?」
「そんなわけないでしょう!」
「ああ、すまんすまん。それはそうだわな。ふむ……。」
なにかかわいそうな者を見る目で、見下ろされる。
あんまり、そういう扱いをされるのは好きじゃないんだけど……。
「僕は別に…捨て鉢になんてなってませんよ。」
「ぬっ?」
「シードを溜めれば、リアルに戻れるんでしょう?それなら…、やってやろうじゃないですか。」
「ふむ……。」
なぜか、同情の色合いが濃くなった。
「まっ…、そうだなあ。」
逆月さんの視線が、前方に移る。
「やるからには、負け犬は勘弁だ。」
「ですね。」
「頂点でも目指してみるか?」
「…望むところです。」
「フフフ…。」
不敵な笑みを浮かべる、逆月さん。
こういう顔をすると、体格と相まってひどく頼もしく見える。
「勇者様。話は少しずれますけど…」
「ん?」
「ステータスについて少しお話させていただいてもよろしいでしょうか。」
「うん。お願い。」
◆◇◆
この世界での身体、『仮想存在』のスペックは、以下の6つのステータスで決まる。
上限値は150。
STR パワー。いわゆる攻撃力。どれだけ重い装備をつけられるかにも影響。
AGI 俊敏性。いわゆるすばやさ。足の速さにも影響。
DEX 器用さ。いわゆる命中率。魔法の詠唱速度にも影響。
VIT 生命力。いわゆる打たれ強さ。HP、状態異常の回復に影響。
MAG 魔力。いわゆる魔法攻撃力。魔法耐性に影響。
LUK 運の良さ。効果は公表されていない。
なお、体格や年齢はこのステータスの影響を受けず、本来の姿が適用される。
その為、VIT100でもリアルで病弱な人の見た目はそのままである。
また、レベルが上がるごとにステータスポイントが3振られ、これは自由に割り振ることができる。
「ずいぶんまた、シンプルな作りだね。」
「なにせ、1世紀半も前のゲームが元になっていますので…。また、現在のステータスですが。」
クレアの前方の空中に、光のディスプレイが表示される。
「これが勇者様のステータスです。」
内藤イチヤ LV1 ノービス
STR 1
AGI 1
DEX 1
VIT 1
MAG 1
LUK 1
残ステータスポイント 20
スキル:
なし
残スキルポイント 10
パーソナリティ:
???(???) 習得LV:50 発動:??? 効果:???
「残ステータスポイントは、初期状態で20用意されており、これを自由に振ることができます。」
「むむむ…。逆月さん。」
「なんだ?」
「逆月さんは、もうステータスポイント振りましたか?」
「いや?まだLV上がっていないから0だが。」
「あれ?僕は20あるんですが…。」
「なんだと!初期ステは!?」
「全部1です。」
「1…か。もしかすると…、@ステータスバー。」
ピコッと、光のディスプレイが逆月さんの前にも表示される。
「やはりそうか、合計値はいっしょだ。」
「どういうことです?」
「俺の今のステータスの合計値が26。俺はすでにステータスが振られた状態で、内藤君はステータスが振られていない状態ということだ。」
そういって、ディスプレイを見せてくれる。
逆月 ハイ LV1 ノービス
STR 8
VIT 6
AGI 7
DEX 2
MAG 1
LUK 2
残ステータスポイント 0
スキル:
ヴァンガード(レア) 習得LV:1 発動:特定条件化で発動 効果:ステータス上昇大
残スキルポイント 0
パーソナリティ:
???(???) 習得LV:??? 発動:常動 効果:非公開
「スキルが…。僕にはないのに。」
「ぬう?ちょっと見せてくれ。」
逆月さんが、僕のディスプレイを覗き込んでくる。
「こりゃあ…、あれか。年齢の違いって奴か。未来はまだ決まっていないからとか、そんな奴。開発者め、面白いことをしやがる。」
「えーと…、僕が未成年だからですか?」
「ほんとのところはわからないがな。まあ、選べるってのはいいこった。」
「うーん…。」
なにか釈然としないものを、感じる。
まるで僕が何者でもないような、そんな違和感。
―僕は僕なのに。
「ぬっ、そろそろ森を抜けられそうだぞ。」
いつのまにか立ち木の数がまばらになり、前途が開けていく。
「―――。」
木々の先、そこにあるものが見えてくる。
「おっ…。」
眩しい陽光の下、空でなにかが光っているのが見えた。
目を凝らせば、それは全体的に白く、縁どりは青い。
中央に高い尖塔。
「…城?」
そう、それは中世ヨーロッパの、城だ。
それが空に浮いている。
「おおおお…。すげええええ。なんじゃこりゃあああ。」
逆月さんがダッ、と駆けだしていく。
「すげえ、まじかよ!人間すげえな、おい!」
すごい興奮のしようだ。
「…あまりゲームとか、しない人なのかな。」
一転、僕に驚きはない。
今どきのゲームなら、このくらいのVVくらい、普通に完備しているものだ。
「―――。」
ふと、そんなことを思いながら、よくわからなくなってくる。
これまで体験したヴァーチャルの世界には必ず、『僕』に戻るというトリガーがあり、リアルの世界に戻ることができた。
だけど、いまの僕にはそのトリガー、『ログアウト』がない。
むしろヴァーチャルに、リアルが支配されてしまっている。
「なんでこんなことをするんだろう…。」
こんなの本末転倒だ。
もし、ヴァーチャルとリアルが乖離していたら…
―もし、リアルの身体に別のだれかが繋げられたら…
「―――くそっ。」
寒気がする。
僕には、こんな事をする理由がわからない。
こんな危ないことをする理由がわからない。
「…不条理だ。」
怒りを感じながら、逆月さんの後を追う。
負けたくないと、僕は強く思った。