『OK。内藤さんね、よろしく。』
ごうっと、白い風が噴き、世界が変わる。
「いやああああああああ!」
「おい、説明しろよ!責任者はどこだ!」
「ひいい。」
「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!」
「うるせえっていってんだ、てめえ殺すぞ!」
「………」
開けた草原は、大人達の背中で、隠された。
見たこともないような密度の人ごみの中に、僕は立っている。
「やろうってのかてめえ。」
「す、すけてる…。」
「もう、家に返してよおおおお。」
「な、なんだよこれ…。」
怒りと罵り。
耳が痛くなるような多重に響く感情が、世界に渦巻いている。
「…当然と言えば、当然の反応ですがね。」
いつのまにか肩に止まったクレアが、耳元で囁く。
「むしろ私は、勇者様の冷静さに、少々驚いていますよ。」
「健一はどこなんだい?えっ?健一よお…。」
「おおおおおお。」
大人たちが、わめいている。
不満を、不安を、怒りを撒き散らして…、
「………行こう。」
「はい?なんです?」
こんなところには、いたくない。
頭が、おかしくなりそうだ。
「すいません。通してください。」
人ごみを、かいくぐる。
だが、
人
人
人
終わりはなく、人。
そして、そうやって人をかき分けていて、気づいたことがある。
全員が同じ服、世界史の授業で見たことのある中世ヨーロッパの衣装を着ていること。
そして、おっさん、おばさんがあまりいないことである。
男は、ほとんどは20代か大学生、よく見ると僕と同い年くらいの奴も結構いる。
女子は、ほとんどが高校生か大学生くらい。
でもなぜか、僕にはこの人ごみが、『大人達の群れ』に見えて、しょうがなかった。
「くそっ…。」
そして、終わらない人ごみ。
こういうときに背が低いと、不利だ。
自分がどっちに向かっているか、わからない。
「勇者様。そのまままっすぐで抜けられます。」
上空に上がって、見てきてくれたのだろう。
クレアが、頭の上から教えてくれる。
「サンキュー。そういえば、他の人には、NAは付いていないの?」
これも気づいた点だが、クレアのような存在が、他に見当たらない。
「いますよ。ただNAは、各自の勇者様にしか見えない仕様になっています。」
「なるほ…」
ドン
人を避けるのに失敗し、ぶつかってしまった。
「おっと…。」
「あっ、すいません!」
「いや、気にされるほどでもない。」
ぶつかってしまったのは、色黒の男性だった。
全体的にシャープな印象で、混血なのか、瞳が青い。
「…この人ごみの、出口を探していますか?」
「えっ?…はい。」
「………。」
少し考えるそぶりを見せて、
「ここをこの方向にまっすぐ行けば伐採の後…、まあ座れる場所があります。そこで休まれるといい。」
「あっ、はい…。」
「ん?あなたは…」
「おおい、烏羽あ。早くこいよー。」
「あーそう、急くな、吉田。今行く。すみません、私は、これで。」
「あっ、はい…。」
色黒の男性が、呼ばれた方向にすいすいと人をかき分けて向かっていく。
その先に、はげ頭が少し見えた。
「なんだか、不思議な人でしたね。」
「うん…。」
混乱する周りとは違う、なにか明確なものに向かっている足取りだった。
「まあとにかく、教えてもらった場所に行ってみよう。」
「そうですね。」
◇◆◇
人ごみを抜けると、目の前に森が出現した。
「さっきまで、こんなものはなかったけど。」
「今いる場所は、『プライベートルーム』とは違う場所ですから。」
「………。」
しれっとそう言われても、困る。
「あそこで休めそうですよ。」
見れば、木が根元から切られていて、座るのにちょうどよさそうな切り株が生えている一角がある。
「ふう…、やれやれ。」
切り株の周りには、同じように避難してきたのか、人がちらほらと座っている。
「つまりここは…」
「城が…」
「あせっても………、見極めて…」
ほとんどが数人のグループを形成し、なにやらひそひそと話している。
「………」
「………」
一瞬、ひそひそ話をしていた人たちの視線が、新たにやってきた僕に向けられるが…
「……だな。」
「だめ……。」
すぐに視線を、はずされる。
「………。」
なんだが、むかつく反応である。
ちびだからか?
お前ら、僕がちびだからって馬鹿にしてるな?
「ここに退避された方々は、いち早くこの状況を受け入れた人達でしょう。話せば、なにか協力が得られるかもしれませんよ。」
「…しらん。」
身長を馬鹿にする奴に、ろくなやつはいない。
僕はずかずかといくつかのグループの横を通り過ぎ、奥の切り株にドンっと座る。
「………」
「………」
横に、とんでもなくでかい男が座っていた。
どれくらいでかいかと言うと、完全に頭を抱え、うつむいている癖に、僕の座高より高いのである。
多分立ち上がれば、190cmは超えるだろう。
「うわあ。大きな方ですね。」
「そう…だね。」
大男はふさぎこんだまま、ピクリとも動かない。
そこが逆に、不気味だった。
「………」
そっと立ち上がり、離れようとすると…
「おっし!」
バッシンッッツっと、大男がそのでかい掌で自分の膝を叩く。
それと同時に、頭がグワっと上がる。
癖っ毛のある短髪。
卵型の、形のよい頭。
眉は太く、目は大きく、開いた口も、でかい。
「ん…?」
唖然と大男を見ていると、視線があった。
「おお、すまんすまん。驚かせてしまったか。」
顔全体で笑う、そんな笑みを浮かべてくる。
「お詫びに、いいことをお教えしようか。」
「な、なんですか…。」
「俺が、逆月 ハイだ。」
「えっ……?」
「お前様は運がいい。いきなり俺と知り合えたんだからな。」
ハハハハハッ、と調子よい笑い声をあげはじめ…、
「あれ?」
僕の、ポカーンとしたリアクションに気づいた。
「ん?まさか、俺のこと知らないってわけじゃ…。」
「えーと、どなた様でしょう…。」
「うわ、マジだ!お前さん、何年生まれ?」
「えーと、2168年生まれです。」
「あーーー!!そういうことか!!」
パンッ、と手をうって納得したご様子。
「えーと、じゃあまあ、そういうことで…。」
「うむ。そういうことで、『城』を、見にいこうか。」
「『城』?」
「ん?イスファーク王国の首都『アイザック』。そこに立つ王城が、プレイヤーの最初の目的地だろ?」
「…どこでそんな情報、聞いたんです?」
「…っふ。」
にんまりと笑みを浮かべ、
「なぜなら俺が…」
「あっ、NAから聞いたのかな。」
「………。」
「…そういえば、伝え忘れていました。」
そういって、クレアがしぼんでいる。
「なかなかお前さん、人の『こし』を折るのに長けてるな。」
少し恨めしそうに、大男。
「いや、そんなつもりは…。」
「謙遜するな、チェストブレイカー。」
「…チェストって、胸のことですよね。」
クレアの指摘は、とりあえず流す。
「えーと、その『城』にいけば、何があるんですか?」
「王様…は、さすがに会えないが、騎士団の詰め所で初期装備とゴールドがもらえるはずだ。おそらくそれがないと…。」
そういって、自分の腹をさすりながら、
「いきなり、のたれ死ぬかもしれん。」
「…『食』ですか。」
「そう、『食』。ちと、腹が減ってきている。」
「それは、えーと、『リアル』で?」
「ハハハッ、マジだよ、マジ。こんなことまで律義に再現して、何がしたいんだかな―、この開発者は。」
「………。」
話がかみ合わなかった。
「そこの大男の言うとおり、勇者様はこの世界で栄養を取る必要があります。」
「とらないと?」
「ステータスが大幅に低下し、最終的には行動できなくなります。栄養は酒場で食事を取ることで回復しますよ。もちろん、ゴールドがいりますが。」
「なるほど…。」
「そういうわけで、もらえるものはさっさともらっておこうじゃないか。あーと、そういえばまだ名前聞いてなかったが…。」
「内藤です。逆月さん。」
「OK。内藤さんね、よろしく。」
ニッと笑いながら、やたらとでかい手を伸ばしてくる。
「………。」
僕は、少し躊躇した後、
「…よろしく。」
その手を握った。