『勇者様、ですね?』
クラスに、季節外れの転校生がやってきた。
艶やかなロングの黒髪と、挑むようなきれいな瞳が印象的な、とびっきりの美少女。
クラス中、いや学校中の好奇を集めた彼女には、実は誰にも話せない秘密がある。
そしてその秘密を、僕だけが知っている。
―そんな、妄想にしかならないシチュエーションが、現実になった。
もちろん、そんなチャンスを逃す気は、僕にはなかった。
秘密の共有をいいことに、世間知らずの彼女のプライベートにほいほい立ち入り、
いくつかのイベントをこなして、見事に彼女のハートをゲット。
その結果、僕は彼女の本当のお仕事―レジスタンス活動に流れで参加することになり、
その初日に―、治安維持隊に捕まった。
そして、
「ここは、どこなんだよ…。」
僕―内藤イチヤは気づくと、みたこともない場所に立っていた。
「草…原…?」
膝下ほどの草がずっと続く、広い広い場所。
「えーと…」
おかしい。
記憶がつながらない。
確か僕は捕まって、真っ白な大人に何か装置を頭に付けられて、数値が足りなくて…。
『おめでとう。君は、テストプレイヤーとして選ばれた。』
「そうだ!その後…」
いきなりこの場面に、飛んだのだ。
なんだ?テストプレイヤー?これはなにかのテストなのか?
わけがわからない。
くそ、なんでこんなことに…
「勇者様、ですね?」
「!?」
突然、女性の声が落ちてくる。
「…え?」
見上げるとそこに、『妖精』がいた。
大きさは手のひらほど。
透明な四枚羽を背中に生やした、白いワンピースを着た金髪の少女が、
頭上からゆっくりと降りてきて…、目の高さで止まった。
「驚ろかせてしまい、申し訳ありません。わたくし、勇者様のナビゲーションを務めさせていただきます、NAのクレアと申します。」
そういって、ホバーリングしながら、優雅に一礼する。
「おっ、おお?どっ、どうやって飛んでるんだ、君?」
「ホホ。私が『飛べるもの』とされているからですよ、勇者様。」
少女は、すこし誇らしげにほほ笑む。
いや、少女じゃなくて…、NA - ナビゲーションアンドロイドだったっけ。
ああ、いや。そんなのはどうでもよくて…、もうなにがなんだが…
「勇者様は、混乱されていらっしゃいますね。」
かわいく首をかしげて、少女。
「君の、その呼び方のせいでも、あるんだけどね。」
少しいらつきを覚えて、語感が荒れる。
「これは、すいません。そうお呼びするようにロックがかかっておりますので、呼び方は変えられないのです。勇者様。」
「悪趣味だな、君のマスターは。」
「クレアとお呼びください、勇者様。『君』と呼ばれますと、なにやらこそばゆいです。」
「むっ。それはなんか不公平じゃない?。僕はそのままなのに。」
「ク・レ・アで、お願いします。」
「むう…、いや、これもなんかずれてるし…。そうじゃなくて!」
「クレアと呼んでいただければ、勇者様の疑問にお答えできますが?」
「…クレア。」
「はい。」
「クレア、クレア。情報くれあ。」
「…最後の御冗談が大変心外ですが、妥協させていただきます。」
「よし。じゃあまず、ここはどこ?」
「ここは、『アマツ』社が作成した仮想世界、イスファークです。」
「仮想…世界?」
「はい。電子上に構築された世界。そこに創られた『仮想存在』が、勇者様の今の体です。」
「えっ…。」
「そこに、勇者様のリアルの知覚が繋がれてる為、『仮想存在』が感じたものを、ご自分の体験と認識されているのです。いわば、ゲーム内のキャラクターと一体になっているわけです。」
「じゃあ、本当の僕の体は?」
「リアルで眠っていらっしゃる…というか、知覚が仮想世界の情報で強制的に上書きされているだけなので、『起きているが、なにもできない』状態です。」
「……なんで僕が、そんなところに?」
「…言葉を選んでも勇者様の為になりませんので、直載に申しあげますが、勇者様はつまり『実験体』です。」
「………。」
「この仮想世界は、まだ完成に至っていません。そしてそこに至る為には、まだ『テスト』が必要なのです。」
「………。」
『おめでとう。君は、テストプレイヤーとして選ばれた。』
そういう…、ことかよ。
「僕は、」
脳裏に、銃口。
ひくりと、おもわず顔が歪む。
「処刑を逃れる代わりに、その、実験体にされたのか。」
確認も、説明もなく―。
「いえ、それは正確ではありません。」
「なにがだよ…。」
「まだ、刑は逃れておりません。」
「…っは?」
「残念ながら、このテストに参加しただけでは、勇者様の刑『公開処刑』は、免除されません。」
「じゃあ…」
「出口がないと思われるのは早計です。要は、勇者様がこのテストで『成果』を出せるかどうかで、刑を逃れられるかどうかが、決まるのです。」
「………。」
「ではこれより、勇者様の救済ルール『エンジェルシードシステム』に関して、説明させていただきます。」
◇◆◇
この世界には、人間の王国と、魔物の皇国が一つづつ存在する。
その勢力は均衡していたが、最近、人間側に一つの呪いが掛けられた。
それは、王国内の戦士は全て、町からでると衰弱してしまうという呪い。
これにより、王国の騎士団は防衛でしか運用できなくなってしまった。
このチャンスに、魔物陣営は総攻撃をかけようとしたが、人間側も呪いのカウンターを返す。
両国の境に、魔法的な多重の障壁をはり、その進軍を阻んだのである。
しかし、障壁は永久に保てるものではなく、また低級な魔物は障壁のほつれを抜けて侵入できるという、問題があった。
そこで王国の宮廷魔術師は、一つの禁呪に手を染める。
―それが、異世界人の召喚。
王国の戦士が使えないのなら、『余所から』連れてくればいい。
「それが勇者様…、という設定です。」
「………」
なにその、ロールプレイングゲーム。
「世界観は、21世紀に流行したあるゲームの設定を、そのまま流用したそうです。」
「それで…、えっとあのなんか恥ずかしい名前の…」
「エンジェルシードシステムですね。本当はすぐお話したかったのですが、世界観が前提となっているもので。」
「ふむ。」
「エンジェルシード…天使の種とは、この世界の守護者たる『天使』の力を借りる為に必要な…、えーと…何か魔法的なものです。」
「魔法って言葉、便利だね。」
「万能ですよね。そして、この『天使』の力を行使すれば、あらゆる『奇跡』を起こすことができます。」
「つまり、それで僕は…。」
「はい。エンジェルシードを溜め、『天使』の力を行使することで、勇者様は刑を免れることができます。ゲーム的にいえば、『ゲームクリア』となります。」
「その…、種っていうのは、どうすれば手に入るの?」
「『天使』の祝福に値する行為を実行すると、手に入るそうです。実は私も、『種』の取得方法に関しては、教えられていないのです。」
「ふむ…。」
だんだんわかってきた。
わかってきたけど…
ぐいっと、ほほをつねってみる。
「また、古典的なことをされますね、勇者様。」
「あれ?痛くない…。」
じゃあやっぱこれは、夢か?
「この世界での自傷行為は禁止とされています。というよりも、負のダメージがHPにも脳にも影響を及ぼさないというべきですが。」
「HP?」
「ヒットポイントです。」
「いや、それはわかってるんだけど…。」
「ダメージに、どこまで耐えられるかという数値です。魔物の攻撃を受けたりすると、減ります。」
「それが0になると?」
「…あれ?そういえばその結果を、教えられていません。」
「………。」
「いきなりゲーム終了というはないと思うんですが…。」
「マスターに問い合わせることは?」
「NAからの通信は、ロックされています。」
「………。」
なにか、胸の辺りが、重くなっている。
僕はどこかで、この見慣れない状況に浮かれていたのだろうか?
そうだ、レジスタンスに参加した時もそうだった。
どこか現実味にかけ、それこそゲームをしているようなふあふあとした感覚で、
だから―、こんなことになった。
「シードがたまらずに、ゲームが終了したら…。」
「おそらく、リアルで刑が執行されるでしょう。」
「………。」
「落ち込まないでください、勇者様。」
「そんなこと言われても…、どうすればいいんだ…。」
「目標は明確です。シードを溜めるしかないんです。『禁則事項』でない限りは、私も全力でサポートさせていただきますよ!」
「…ありがとう。というか、き…クレアは、」
「はい?」
「…あ、うん。なんでもない…。」
妙に人間くさいアンドロイドだね、と言おうとして、止めた。
うちにいたアンドロイドは、もっと他人行儀だった気がしたのだけど…。
「ご質問があるなら、お早目にされた方がいいですよ?そろそろ『プライベートルーム』が閉じられる時間です。」
「プライベートルーム?」
「『勇者様だけ』に、用意された領域のことです。さすがにこの最初のチュートリアルを、5万の方が一度に受けるというのは、無理がありますので。」
「…つまり、僕以外に『実験体』が、5万人いると…。」
「はい。そしてその5万の方々全てが、勇者様の競争相手です。」
「………。」
「『プライベートルーム』は、あと3分で閉じられます。他にご質問はないでしょうか。むろん『プライベートルーム』が閉じた後も、私は勇者様と共におりますので、のちほど質問されても問題ありませんが。」
「……そうだね。」
頭に浮かんだのは、悲しげにうつむく黒髪の少女。
「他の『勇者』の情報というのは、教えてもらえるのかい?」
「…すいません。それは、教えられておりません。」
「…うん。」
大丈夫だ。
彼女は、別のアジトにいた。こんなところには、いない。
「ふう……。」
息を吐く。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫。」
全然大丈夫じゃないけど、大丈夫。
『―イチヤは、大丈夫だよ。』
心で、あの人の言葉をトレースする。
「他に、質問はない、よ。」
とにかく見てやる―。この先を。