『ここまでならハッピーエンド』
22世紀初頭。
日本は様々な要因を得て、破産した。
そして、現在 - 2185年。
日本は、二度目となる奇跡の復興を果たしている。
『第四次産業』と呼ばれるまでに成長したロボット分野における世界シェアの50%を占有し、GDPは世界トップスリーに返り咲いた。
人口は、わずか3000万。
国土の30%に全人口を集中させ、残りを全て第一、二次産業の用地とし、ロボットによる大量生産ラインを確立。
農作物の自給率は、当然のごとく100%のはるか上に振りきれ、貧困にあえぐヨーロッパへの物資支援量は世界トップである。
ではなぜ、破産国家である日本が、豊富な資金力が必要といわれるロボット分野で成功をおさめられたのか?
世界中で議論されている命題だが、大筋としては3つがあげられる。
一つ目は、20世紀より続く精密な技術力。
二つ目は、勤勉な国民性(これには、個人的には疑問の余地があると思うが)。
そして三つ目は、理論的に不可能と言われた『人間的』な人工知能を作成する技術を、『国家』として独占したことである。
そう、技術を『企業』ではなく、『国家』が独占したのだ。
22世紀初頭に破産した日本は、10年の内乱を経て、民主主義国家であることを捨てた。
新たに産まれたのは、『共栄主義国家』日本。
それは、有力企業の海外への移転、内乱による戦禍、それに重なった自然災害、それをトリガーとする人災、そして国庫0という、もはや笑うしかないどん底の中で産まれた、前時代的な管理国家であった。
そして、その『国家』が立ちあげた、国営企業『アマツ』が開発した人工知能技術が世界を席巻し、日本を救ったのである。
「まったく…。」
―ここまでなら、ハッピーエンド。
だが現実は、きれいな時では、区切れない。
きれいな部分だけでは、切り取れない。
確かに、日本は復興した。
人々の生活は、豊かになった。
だが―、『自由』は減った。
むろんそれは、当たり前のことだ。
復興への、等価交換だった。
もしあのどん底で民主主義を貫こうとしていれば、おそらく日本は根元から腐っていた。
「だが…」
それは机上の理論であって、『活きる』には腹の足しにもならない。
―住む場所を選びたい。
―仕事を選びたい。
―もっと情報が欲しい。
腹が満ちれば、『次』が欲しいのである。
そして、それに応える手段も変わり映えはしないことに、『あめとむち』であった。
『良き市民』には、ゆりかごから墓場までの手厚い保護を。
『悪き市民』には、ただ、厳罰を。
その『厳罰』の象徴的な存在が、『治安維持隊』と呼ばれる軍隊である。
彼らには銃火器の携帯が許され、なおかつ犯罪者の殺人許可までが与えられている。
その為、その名を聞いただけで子供は泣きだし、大人は黙りこむと言われている。
「それでも…、反抗したいん、だな…。」
言葉が、ぽとりと落ちる。
―空は快晴。
かつて倉庫だった廃墟に、人の気配はない。
だが、陽光にジリジリと焼かれる床は不自然に磨かれ、薫るはずのない、におい消しの芳香が空気中をただよっている。
「―――。」
「おっ、いたいた。おーい、烏羽君!」
「!!」
振り向くと、白衣の男がこちらへ歩いてくる。
「世良…教授?」
まっしろな日差しを受ける男の第一印象は、『白』。
銀に染められた髪に、一目でデスクワーカーとわかる白皙の面。
そして服装は、純白の白衣という、いでたちだ。
「君の家を訪ねたんだが、留守だったんでね。ここじゃないかと思ってきたんだが、ビンゴだったようだ。」
「…どういう推理をすれば、俺がここにいるって、わかるんですか。」
「んー、それは教えられないな。」
「まあ、なにか俺を監視できる装置があるんでしょうがね。」
「はっ、はっ、はっ。」
「…でっ、話はどこで聞けばいいんです?」
「君の家でいいかな?」
「…あそこでは、会話が筒抜けだと思いますけど?」
「構わないよ。そんな変わった話じゃない。」
「…わかりました。そういえば…、」
「ん?」
「IP集めですか、今朝のは。」
「ああ、レジスタンスには期待してたんだけど、ちょっと残念な結果だったね。」
世良がわざとらしく、肩を落とす。
「いや君のご近所だったとは、なかなか盲点だったね。」
知っていて、泳がせていた癖に。
「やっぱり、こういう廃墟を残しておくから住みついちゃうんだろうね、ああいう手合いが。」
それもわざとだろう。逆に、そういう手合いを誘い込む為に、わざと放置している。
「…ふふ。」
「なんですか?」
世良がこちらを見て、笑みを浮かべている。
「考えていることが顔に出てるよ、烏羽君。」
「…ご指摘、痛みいります。」
はったりだろうが、調子を合わせておく。
「まあでも、やっとIPの定数を集められそうだよ。今回のテストは規模が大きいから、大変だった。」
「そうですか。」
「うん。『鴉』役も、大幅増量の予定だ。」
「…ふうん。」
―『鴉』
それは、神の使いたる八咫烏から来ている隠語で、その役目は…
―まったく、趣味の悪い役目なのである。
◆◇◆◇
今日という日が、落ちた。
夜になってもこの町に灯る照りはなく、一帯は限りなく黒に近い闇に閉ざされる。
―埼玉県、旧川口市。
都心にほど近いこの土地は、40年ほど前に廃棄された。
住民は、首都である『都心』か、衛星都市『さいたま』への強制移住を強いられ、今は戸籍上、ここに住む者はいない。
そして住む者がいないなら、そこにエネルギーインフラも通らないのは自明であり、ゆえにこの町には、電気もガスもないのだ。
「――――。」
暗闇の中で、俺ははや、床についている。
明かりがない為、起きていてもやれることがないからだ。
「ふう…」
ここは、そんな『機能』を失った町だが、それでも『住民』がいないわけではない。
戸籍がない者、戸籍があっても正規の生活はできない者。
そういった、いわば『社会のつまはじき者』がこの町に溜まっていくのだ。
いうなればここは、『スラム』なのである。
俺 - 烏羽ヨシトは、そんな吹き溜まりの中で、廃棄された他人の家を占有して暮らしている。
その理由は一つ。
俺に、戸籍がないからだ。
俺が高校の時、親父が借金のかたに売り飛ばしたらしい。
以来、俺は10年以上の歳月をこの町で過ごしている。
そのことに、特に不満はない。
たしかにこの町は、近代的なインフラ/サービスを失っているが、人間と土地があれば作物を育てることも、多少の楽しみを作ることもできる。
『国家』も、反体制的な活動さえしなければ、『スラム』に口出しはしてこない。
それは暗黙の了解というよりも、『国家』が『スラム』を、ガス抜きとして意図的に構成させたと考えてしまうのは、うがりすぎだろうか。
そう思ってしまうほどに、『スラム』を構成する縦糸には、不自然なほど『国家』が深く食い込んでいる。
5年ほど前、その絡みついた糸を、解きほぐしてやろうと考えたことがある。
だが、あと一歩のところでその試みは失敗し、俺は『治安維持隊』に捕まった。
そしてそこで俺は、あの世良教授に『拾われた』のである。
「――――。」
想いは、昼間の出来事に移っていく。
◆◇◆◇
「麦茶しかだせませんが、どうぞ。」
「おお。これはひょっとして、名水「荒川の水」で淹れたものかい?」
「井戸水ですよ。お望みなら、川から汲んできましょうか?」
「ノープロブレム、ノ―サンクス。」
風通しだけは最高の俺の家で、世良とテーブル越しに向き合っている。
「むう、よく冷えてるじゃないか。蒸し暑い部屋で、冷たい麦茶を飲む。やはり日本の夏はこうでなくてはね。」
「昭和時代じゃあるまいし。」
そういいながら俺は、古来より受け継がれる団扇を打って、暑さをしのいでいる。
「それで?」
「ん?」
「別に教授も、日本の夏を体感しにわざわざここに来たわけではないでしょう。」
「あいかわらずビジネスライクだねー、君は―。」
まっ、嫌いじゃないけどね、などといいながら、持参したカバンから分厚い冊子を取り出す。
「この電子の世界に、紙だよ、紙。君もいい加減、『都心』に住んでくれないと色々大変だよ。」
「そういう契約でしょうに。いやなら、お帰りを。」
「くっ。自分の優位性を確信した、その態度!悔しい!」
そんなことをいいながら、冊子を俺に渡してくる。
「うん、最初の数枚が、契約事項ね。まあいつも通りの奴。その後が今回のテストの概略。」
「ふむ…。」
「でっ、冊子の大半を占めているのが世界観とルール。まあ、君は読まない主義だと思うけど、一応ね。」
「そりゃどうも。」
ペラペラっと、冊子をめくると―
「はっ?プレイヤー数400万!!」
「ふふん。聞いてなかったのかい?今回は大規模だって。」
すばやく、数値を確認する。
IPが2千、SPが20万、『鴉』が…4百。
「400…、多いな。」
「今回は4サーバ構成だから、1サバ100人という計算だね。といっても、人気サバには人が集まるから、単純にそうはいかないと思うけど。」
「それだけいれば、ポカするやつも多いと思いますが?」
「まあ、その辺りも考慮しての、『鴉』なんじゃないの?正直私は君一人で十分だと思ってるんだけどね。」
「過分なご期待、どうも。あいにく過労死するつもりはないんでね。」
…やれやれ400万とはね。まあ、なるようにしか…
「ふむ…、あいかわらず君は、頼もしいな。」
「…どこらへんがです?」
「かつて経験したことのない規模で行われる、クローズドテストだ。もっと警戒や恐怖を感じてもいいのでないかな?」
「…はあ。まあ、なるようにしかならんでしょう。」
「ふふ、なるほど。本気で『なるようにしかならん』と思えるからこそ、君は他を超越した真の『鴉』であれるわけだな。」
「………。」
なにその、わかったような恥ずかしい台詞。
「ふふふ、今回も良質な『報告』を期待しているよ。」
「開始はいつです?」
「二週間後だね。8月20日。朝の7時頃に迎えをよこそう。」
「わかりました。」
「うん。まあ、こんなところかな。」
「お疲れさまでした。」
「そんな急かさないでほしいな。まっ、帰るけど。麦茶ごちそうさま。」
「下痢止めは飲んどいた方がいいですよ。『水にあたる』ってことがありますしね。」
「なるほど。今度から麦茶を出すときは、下痢止め付きでお願いするよ。」
「一切便がでなくなる薬なら、用意しときます。」
「ハブ ア プロプレム」
仰々しく肩をすくめながら、世良が席を立つ。
「ああ、そうだ。」
「はい?」
「君にとって『鴉』とは、どういう仕事だい?」
「―――。」
ふと、ひらめいた言葉を返す。
「教授にとってのVR…って、とこでしょうかね」
「それなら、なぜ、続けるんだい?」
「―――。」
「いつか答えを聞かせてくれることを、期待しているよ。」
そんな捨て台詞を吐いて、世良は去って行った。