『まったく、趣味の悪い仕事だ。』
「ほんの…で、出来ごころ…だったん、です。」
言葉を確認するような、少年の声。
「だ、で、ですから―」
少年の前には、無情に立つ、軍服の男
「ですから―、撃たないで…。」
その眼前に、ベレッタの銃口が向けられる。
「―――。」
泣く直前のような、笑いかけのような、そんな中途半端な表情で、少年の顔がこわばる。
「まあ、まあ 加藤さん。」
私は、仲裁に入る
「相手は子供ですよ?あまり脅してやらんで下さいよ。」
「…テロリストに、子供も大人もありませんよ、世良『教授』。」
軍服の男 - 加藤は、声だけをこちらに投げ、視線は少年からそらさない。
「まあ、そうですが、こう怯えられては、『適正』を見るのに悪影響がありましてね。」
「適正…?」
加藤の声が、歪む。
「こんなガキを、あそこに放り込むというのですか、あなたは。」
「はは…。IPはむしろ、子供の方がよいのですよ、加藤隊長。」
「………。」
テロリストもそうじゃないですか、という言葉は、飲み込む。
不要な話だ。
「さて…、内藤、イチヤ君?」
しゃがみこみ、少年と目線を合わせようとしたが、少し見下ろす形となる。
歳は確か、16か。
その年頃としては、小柄なほうである。
「君が、僕たちの言うことをちゃんと聞いてくれれば…、助けてあげられるかも、しれない。」
「―――。」
こわばった顔の、笑いの領域が増える。
「よし、いい子だ」
少年に笑いかけながら、淡い落胆を覚える。
あまり、期待はできないようだ。
「狭山君。『銀茶碗』、こっちに1台まわしてくれる?」
後ろで作業に追われている助手に、声をかける。
「すいません、今、全台つかってるので、少々お待ちを。」
「むっ…。」
「あっ、一台今進捗98%なので、もうすぐあきます。」
「了解。ちゃっちゃといかないとね、狭山君。治安維持隊の方々も、さっさと帰りたいでしょ。」
「99…、100。終わりました!」
「結果は?」
「適正、85です。」
「ふむ…、レジスタンスならもうちょっといくかと…。」
「…テロリストです、世良教授。」
わざわざ、加藤が指摘してくる。
こいつ…、長生きしないタイプだな。
「あー、そうですね、失礼。でっ、狭山君。Nの方は?」
「Nは15です。」
「…そこだけは、期待を裏切らないんだね。了解。その人の処分は、隊員さんにまかせちゃって。」
「不採用ですか。」
「100を超えないと、不採用。」
「なっ、おい!不採用って…、おい!」
適正85のレジスタンスがなにやら騒いでいるが、無視だ。
「あっと、ですね…」
「狭山君、ちゃっちゃと!ちゃっちゃと!」
「はい!」
狭山ががちゃがちゃと、『銀茶碗』をレジスタンスの頭からはずし、持ってくる。
―『銀茶碗』
この、IP適正を測る装置の外見は、その名の通り銀色の茶碗である。
それを対象の頭に乗せ、脳情報をスキャンする。
「さて、内藤君。」
狭山が持ってきた『銀茶碗』を指しながら、少年に告げる。
「これを使って、今から『テスト』をする。ああ、テストだからって堅くなることはないよ。時間もかからないしね…。」
「……れで」
「んっ?」
「俺の、命が、決まるんですか?」
「―――。」
顔はひきつったままに、少年のトーンが変わる。
「――そうだよ。」
「そん、なの!」
「でもね…。」
ガチャりと―、
少年が牙を上げる前に、銃口がその額に押しつけられる。
「―――――――。」
少年の顔は一瞬で青ざめ、凍結する。
「反抗しようとは、思わない方がいい。治安維持隊の方々は、少々身体をいじっていてね。反応速度が常人の数倍もあるんだ。だから…」
「この状況で君のできる選択に、『反撃』は、ない。」
「………。」
少年の顔は、青白んだまま、全体としては泣き顔を形成しつつ、目は怒り、かた頬は笑いを浮かべ、口、鼻、目からは体液が滴り落ちている。
―ひどい顔だ。
そして、そんな顔をさせている犯人が、私なのである
―まったく、趣味の悪い仕事だ。
「狭山君、ちゃっちゃとやってちょうだい。」
「はい!」
『銀茶碗』を狭山に押しつけると、彼は手際よく準備に入る。
準備といっても、大してやることはない。
「設置OK。」
「周波、189AF1265A456BBFAC4893A型。同調OK。」
「開始します。予想完了時間は、5分です。」
「………。」
「………。」
「………。」
「あと、2分です。」
少年を見続けるのに疲れた私は、視線を周囲に移す。
ここ - レジスタンスの拠点だった場所は、2世紀前に立てられた、大きな倉庫である。
といっても、壁も屋根も老朽化のすえ朽ち果てた、いわゆる『廃墟』だ。
レジスタンスは、その廃墟の下にあった地下施設をねぐらとしていたらしい。
その地下施設で捕えたレジスタンスを、順番に地上へつり上げ、『適正』を測っているのが今の状況だ。
時刻は、AM4時半。
夏の気の早い太陽が、そろそろ顔を出す時間である。
「この、共栄主義の犬どもが!!」
見れば、地上へつり上げられた男が一人、吠えている。
「それでも日本男児か、貴様ら!いいか、俺は…!」
――トォーン。
1発の銃声。
それで、終わり。
「――!!」
びくりと、壊れかけていた少年の顔に、反応がでる。
加藤に視線を送ると、
「うちのやつらは、手が早いんですよ。」
―教授のおっしゃる通りね、っと、皮肉気に肩をすくめる。
「………。」
「………。」
「…99、…100%。審査、完了です。」
「結果は?」
「…適正、92。Nが、98です。」
「―――。」
表現しづらい顔で、少年がこちらを見上げている。
「………。」
残念ながら、答えは『NO』だ。
「ですが…、」
狭山の報告が続く。
「一瞬だけ、120を超えました。」
「んっ?」
「最大、122です。」
「ふむ…。」
ふと、朽ちた屋根越しの空を見上げる。
昇ってきた太陽の光を受け、夜の黒は、紫へと、その色を変えていく。
「………。」
審査が100%ということは、ない。
「内藤、イチヤ君。」
視線を、地上に戻す。
「おめでとう。君は、テストプレイヤーとして選ばれた。」