第8話-Ride Out!!-
ゲーセンを後にしたトキら。
コウボウ・友樹・智明の3人は先に帰路に着き、トキは崎島恵理と藍を探すことになった。
人の善悪に“意味”があるのだろうか?
この質問こそが最大の無意味なのかもしれないが、それでも私は聞くだろう。
『意味はあるのか?』
とある人間はこう答えた。
『考えるだけ無駄だぞ?』
………
(一体どこに……)
夕暮れに賑わう街。
その中で、藍は必死に駆け回っていた。
Second Real/Virtual
-第8話-
-Ride Out!!-
「それで、トキ。
本当に藍さんが学校方面に向かって走るのを見ただけ?」
「ああ。見ただけだ」
どこから探そうかと考える崎島さん。
トキは迷わずに携帯電話を取り出し、ダイヤルボタン。
「あ、芹真さん。
ボルトいます?代わってもらえませんか?」
『何で?』
「珍しく藍が1人でどっか行っちゃったもんで……」
『藍が?
ってことは、何かあるな』
「え?」
『トキ。今1人か?』
「いや、友達と一緒です。
ゲーセンの帰りで、藍を追おうと思って」
『友達か。
なら協会のセカンドリアルも下手に手は出さないな。
どうでもいいが気をつけろよ?』
その後、芹真さんはボルトに代わった。
『藍ちゃんの居場所?』
「わかるか?」
『“なびげーしょん”を付けておいたってことにしてちょうだいね』
何のことか最初は分からなかった。
それが言い訳だと気付くまで数秒。
言い訳まで作ってくれたボルトに感謝の念を込めつつ、藍の居場所を聞く。
『え〜、っと。
あ、みっけ♪
ん〜……』
「ドコなんだ?」
『止まったり、走ったりしてる』
「走る?」
『ここは……
古いパなんとかっていうお店の駐車場』
「パ??
……パチンコ屋?」
『うん。それ!
トキの方から見て直進600メートルちょい。
それで、交差点を右に曲がったトコ』
「わかった。ありがと」
『あ、ねぇ。トキ』
「はい?」
『帰りアイス買ってきてちょうだい。ダメ?』
「余裕があったら買うよ」
『本当!楽しみにしているからね』
電話の向こうにいるボルトの笑顔がわかってしまう自分は何なんだ?
『気をつけろよ』
いきなり代わった芹真さん。
気を付けろって言われても……
とか思いつつ、
「わかったの?」
携帯を切りながら、間髪入れず質問してきた崎島さんに答える。
「ああ。
古いパチンコ店の辺りにいるらしい」
「この街の?
ということは学校方面には2箇所あるけど、どっちかってことね?」
ボルトは右と言っていた。
ここから真っ直ぐ行って、右の河川近くにあるパチンコ店と……
反対側、左は商店街の近くにあるパチンコ店。
どちらも古い。
ボルトの言っていたパチンコ店は、つい最近つぶれたばかりだ。
「どっちから行くの?」
考える素振りを見せ、トキは芹真の言葉の意味を考えた。
“協会も下手に手を出せない”
それは、一般人の崎島さんが一緒に居るからだろう。
もし、ここで二手に分かれたら、敵が来るのか?
芹真さんが何かある、と言っていたくらいだ。
協会が来たっておかしくない。
もしかしたら、メイトスという可能性もある。
(一緒に行くべきか……)
だが、それでも襲ってきたら?
崎島さんをセカンドリアルの世界に巻き込んでしまったら?
最悪の場合、命を落とすことになったら?
そう考えると、二手に分かれるべきだろうという結論に至ってしまう。
(どうすればいい?)
時間が惜しい。
崎島さんを優先するか、自分を優先するか。
(……自分?)
ふと、つい先ほどの智明の言葉が浮かんだ。
“誰にだって事情はある”
そうだ。
藍にだって何らかの事情があったかもしれない。
崎島さんにもある。
(自分だけが安全な世界に居ていいのか?)
“新しい刺激や世界、分野を求める”
本当にそう望んだ場合、いつまでも安全な場所に居ていいのか?
留まることが人から進歩を奪い、逆に踏み出すことで進歩を勝ち取ることが出来るのだとしたら……
まして、新しい世界でも“自分だけが非力”な場合。
飛び出さずにはいられない。
トキは決めた。
「じゃあ、オレは河川近くの方を見てみるから、崎島さんは商店街の方を見てくれないかな?」
「二手に別れて探す?」
「そっちの方が手間が省けるだろうし」
「わかった。
トキが先に見つけたら私の携帯に連絡入れて」
「ああ、そっちもな。
あんまり無茶な探し方するなよ」
「こっちの台詞よ」
言って崎島さんは走り去る。
トキは、二手に別れることを選んだ。
(協会は、何の関係の無い人まで平気で巻き込むとかって、昨日芹真さんが言っていた……)
だから、別れた。
一緒に居て襲われるくらいなら、最初から1人で居るほうがいい。
もし、襲ってきたとしても逃げることくらいは出来るだろう。
誰にだって乗り越えなければならない時や場合が訪れる。
それがいま訪れたのだ。
トキは自分にそう言い聞かせた。
「ふぅー」
深呼吸を数回。
酸素の供給が行渡ったところで、脳を使って状況を整理してみる。
(藍は何も言わずに走り出した。学校方面。
ボルトの話だと、これから行く駐車場に藍はいる。
だが、いつまでそこに居るのかわからない)
時間がない。
早いうちに追いつかないといけない。
また移動して見失ってしまう、何ていう事態は避けなければ。
途中で色々と考えることにした。
走り出していきなりおっかない人にぶつかりゴメンナサイ。
(そういや、フィングが言ってたな。
藍にも辛い時があったって……
やっぱり、誰にでも不幸は訪れるものなのか)
当たり前としか思えないことなど考えつつ、交差点。
信号無視。
危うく撥ねられそうになったが無事通過。
(鬼のセカンドリアルだって……)
歩道橋。
踏み外しそうになったが、何とか踏みとどまった。
様々な考えに頭を回している内に、目的地が目に入った。
(まだいるかな?)
息を切らせながらスピードを落とし、フェンスの外側から駐車場の敷地内に目を配る。
つぶれた店の割りに停めてある車の数は多かった。
多いというか、ほぼ満席ご免状態だ。
(この中に――)
到着と同時に、それは響いた。
ガラスの砕ける音。
それを聞いたトキは、呼吸が整う前に再び駐車場内入り口へと走り出していた。
少し早く起こった安堵は完全に消え去り、嫌な予感が頭をよぎる。
(まさか、昨日の今日で戦闘しているんじゃないよな!?)
アヌビス戦。
また、藍は誰かと戦っているのか?
それとも、今のガラスの音は偶然か?
つぶれた古い店だ。
誰かが侵入しようとしてもおかしくない。
誰かが悪戯でガラスを割っている可能性だって有り得なくはない。悪戯でないにしろ、業者の人が解体工事に取り組んでいるのかもしれない。
偶然か?
戦闘か?
鼓動が速まる。
この先にある光景は――
戦闘でないことを祈りつつ駐車場内に飛び込んだ時、すぐに藍は見つかった。
「藍!」
見つかったが――
なぜ、その金棒(理壊双焔破界)を握っているのか理解できない。
というより、したくなかった。
「トキ!?
どうして!」
「何やってんだよ藍。こんな所で?」
駆け寄り、質問した。
だが、返答はせず、周囲を警戒している。
「いますぐココから逃げて」
帰ってきたその言葉に、心の中で答えが出た。
偶然じゃない。
戦闘が起きている。
だが、相手が何なのか分からない。姿が見えない。
もしかして、ただの喧嘩?
「何から逃げるんだよ?
ほら、帰ろう。崎島さん心配していたぞ?」
それでも気付かないフリをする。
この時、すでに説得するのは無理だろうと言う回答がトキの中で出ていた。
「協会のSRがいるのよ」
予想通りの回答。
同時に認めたくない返答。
その言葉にトキは混乱した。
『協会』
さすがに演技を続ける気にはなれなかった。
「どうしてだよ?」
藍に背中をあずけ、周囲に目を配る。
冷静に見回してみれば、辺りには駐められた車だけが物静かに並んでいるだけで、動くもの一つない。
通行人や鳥、猫、犬などの気配、姿さえ見えない。
天候の所為かも知れない。
頭上は今にも雨が落ちてきそうな曇り空。
だが天候の所為とは思えない。
人払い。
「藍を狙っているのか?」
「いえ。
私が彼を狙っているの」
「藍が?」
「そう」
藍にとって、いま対峙している敵は絶対に許すことの出来ない者の1人である。
必ず自分が倒さなければいけない。
恐ろしいほど強く、自分の“死”に関心を抱かない。
そんな相手。
「じゃあ、オレは……」
「出来たら、関わらないで」
速攻拒否。
誰にもこの戦いを邪魔されたくない。
それが藍の発言の理由だ。
だがトキは、一刻も早く崎島さんと合流して厄介ごとを回避したい。
崎島さんの事だ。
自分の担当エリアの探索が終わり次第、携帯に連絡を入れてこちらに向かってくる可能性が高いのだが、それだけは絶対に避けたい。
セカンドリアルの世界に関わりを持ってしまう。
「何でダメなんだよ?」
「ねぇ、トキ。
どうしても“コレだけは自分で成し遂げたい事”って、ない?」
目的意識。
自分に課せられた責任。
自分で課した使命。
トキにも分からなくは無かった。
自分でしなければいけない事。
することが当たり前の事。
どうしても譲れない何か。
「無くはない」
「コイツを殺すこと。
それが、私がアサ兄たちに誓ったこと」
(あさ兄?お兄さん?)
カキッ
ガラスが踏まれる音。
2人は警戒する。
「トキ。力の限りこのエリアを逃げ続けて。
そうすれば、奴は下手に攻撃を仕掛けてこないから」
ゴッ
天井かボンネットを蹴る音。
何かが2人の周囲を移動している。
そこから何が予想……
予想する間もなく、それは飛んできた。
「トキっ!」
(っ車ぁ!?)
急襲!
その瞬間、トキの力は無意識のうちに発動していた。
スローモーションで飛来する4ドア車。
目に映る車底部。
胸元に衝撃が走る。
藍が突き飛ばしたおかげで車との衝突は免れた。
「走っ…!」
車の飛翔に伴う音。
藍の台詞がトキの耳に飛び込むと同時、視界にソイツが飛び込んだ。
(ボンネットに張り付いている!)
ソイツの手に握られた、槍。
「はぁっ!」
その先端が藍に襲い掛かる。
鋭い突きを、藍は片手の理壊双焔で弾き防ぐ。
「こ……!」
もう片方の理壊双焔で反撃に出る。
横一閃。
理壊双焔が車のボンネットに打ち込まれ、余りある破壊力で車は不自然に吹き飛んだ。
「のぉ!!」
理壊双焔による4度の打撃。
ソイツは全てを躱わすか、捌くかして距離を取った。
「誰だテメェ!!」
いきなりトキへの質問が飛び出した。
「彼は無関係よ!」
「じゃあ、何でお前の結界に入ってこれた!?」
「お前こそ誰なんだ!
剣山頭!」
3人同時に沈黙。
それぞれの間を風が吹き抜け、時間帯と天候の影響で周囲が暗み始める。
「へぇ?
もしかして、あの時のガキか?
アリえねぇがそいつ以外考えられないしなぁ。いや、可能性は……」
独り言の後、
「お前、色世 時だろ?」
「そうだよ。
指差すな」
「トキ。アイツは協会のSR、トウコツ。
“四凶のセカンドリアル”の1人で、協会の中でも単純且つ、極めて危険な男よ」
「単純は無いだろ?
せめて“猛者”って言ってくれよ」
トキの目で確認したトウコツの武器。
まず、両手で握った槍。
背負っている4本のソード。
両足の太腿に巻かれているホルスター、そこに納まるハンドガン。
(うわっ……重装備)
ヤバイ、マジでやばい!
誰か警察……いや、自衛隊呼んで来い!!
アレを相手にする。
そうわかった瞬間から諦めモード。
つうか、あんなの相手に出来るか!
直接戦うわけじゃないことをすっかり忘れている結果である。
「トキ。
今朝の銃持ってきてるよね?」
確かにある。鞄の底。
だが、取り出す暇はあるか?
あんな重装備の奴相手にしたくない。どっちかというと逃げたい。
「これで会うのは……」
こちらの気持ちにお構いなく槍を構え、トウコツはトキに言った。
そのトキの前に藍が立つ。
急いで銃を取り出せ。
無言でそれを伝え……たかったのだが、トキはその意図に気付かなかった。
「何であんなのが日本に入ってこれるんだよ?」
「いいから!
早く銃を取りなさい!」
檄を飛ばされトキは鞄をひっくり返す勢いで銃を探し、手に取る。
キンバーコンパクトと、スプリングフィールドXD。
最初に手に入ったのはスプリングフィールド!
「2度目だなぁ!
トキ!」
同時、トウコツの斬撃が襲い掛かる。
装備の多さにも関わらず、見失うほど素早い動きだった。
打ち下ろし!
横薙ぎに槍を弾く。
トウコツは素早く後退した。
(……なに?)
トキが銃口を向ける姿に警戒したのだ。
しかし、トキは引き金を引かなかった。
トウコツの言葉が気になったのだ。
下手に撃たない。
さっき藍と約束したばかりだ。
それに、引き金を引くことに抵抗が……
「いまこの空間には結界が張ってあるから、気にせず撃って。
誰もこの結界内で起きていることに気付くことはないから」
もちろん、“自分の身に危険が迫った時に限って”だが。
そう付け加えたかったが、そんな余裕は無さそうだ。
「本当か?」
返答はしたものの、ほとんどカラ返事に近かった。
トウコツの言葉“会うのは、2度目”
その言葉は、心理戦へと引きずり込むためのものなのか気になっていた。
トキはトウコツに遭った記憶を持ち合わせていない。
ということは、遠くから監視されていた?
「トキ。
トウコツ自身が言っていた“猛者”ってのは確かだから、いちいち惑わされないで!」
トキの動揺に気付いた藍が言った。
「戦い慣れているから、変な言葉に惑わされないで。
こっちが命を落とすことになるわよ」
その言葉がトキを正常へ……
勇気付けてくれた(逃げ続けるため)。
心理戦へと誘導する言葉だと確信した。
「けど、生身であることに変わりは無いわ。
急所さえ突けば、トキでも倒すことが出来る。けど……」
「手を出すな、ってんだろ?」
コクンと頷く藍。
その時、トキは気付いた。
(あれ?
デコから……)
いつぞかのように、藍の額に不自然な膨らみが出来て……
その時、トウコツが突っ込んだ。
「はぁあ!!」
「だから、離れて!」
理壊双焔破界と槍がぶつかり合う。
一合、二合、三合!
四合目、槍の先端がトキの前髪を掠める。
六合目と同時、藍は別の動きを見せた。
「二段:朝顔!」
オリジナル陰陽術もどき、華創実誕幻の発動。
二段:朝顔の効果『光』
閃光が生じる。
「ちっ!」
トウコツは再び距離を取る。
僅かな光が目を焼いた。
「一段:柳!
:菖!」
間髪居れず、次の術が発動された。
一段:柳。
その効果は『実像』
逆に、菖は『虚像』
そこから生まれたモノがトウコツに迫る。
(コレか!
フィングの言っていた術は!)
トウコツの頭では藍に関する情報が目まぐるしく駆け巡った。
鬼の中でも特別な意味で強く、あらゆるセカンドリアルを畏怖させたという藍。
鬼でありながら陰陽術を使えるという矛盾した存在。
(分身か!)
トウコツに迫る4つのそれは、紛れもなく藍の姿をしていた。
最初の“朝顔”で放たれた光を集約し、実体……質量を持たせたモノが2体。
これが“柳”より作り出されたモノ。
外見だけで質量を持たないモノが“菖”で作り出されたモノだ。
これも2体。
(本体はあそこか!)
トウコツは迷わず槍を投げつけ、藍は難なく躱わす。
代わりにトキのこめかみをギリギリで通過し、車に刺さった。
「三段:」
((まだやるのか!?))
トキとトウコツ、同時に思うのだった。
10秒以内で2つ以上の術の発動。
ここまで連続できるものなのか?
魔法使いや陰陽師と戦ったことのあるトウコツからすればこれは驚くほかに無かった。
大抵の魔法使いやその類のSRは、一度の魔法で消費する魔力の量、制御の難しさから連続攻撃が難しい。
下手をすれば術が暴発する恐れがあるため、協会でそれらを解消・解決するための研究・研鑽が日夜続けられている。
陰陽術となると、術式・布陣の完成や魔力の供給量、配分・コントロールにより精密さを要求される。
だから、小道具などで補い、術を確実に成功させる陰陽師が大多数を占めるのだ。
(それなのに、コイツは正式な補助道具一切なし!
金棒2本だけ!)
第1、コイツ(藍)は鬼であって陰陽師ではない!
トキはここまで連続して使うのを初めて見た。
最初に目撃した時はもっと間隔をあけて術を使っていたが、目の前で行われる術の使用速度がものすごく速い。
いや、使用速度というより、使用間隔……それが短い。
(待てよ!
そういや魔法使いにも例外は居たな!)
SRの世界での有名な話。
魔法使い達の間で難題とされる魔術の使用間隔。
そんな魔法使い達の常識を、まるで呼吸でもするかのようにあっさりと覆す2人の黒白の魔女。
そんな話を思い出しながら左右、後方からの虚像と実像の攻撃を躱わし、背中のソード2本を手に取るトウコツ。
(こいつも同じくらい強くなっているか!?)
トウコツの顔が笑顔へと変わってゆく。
嬉しくてたまらない。
協会内で、強い自分の相手が務まる者がいない。
皆、ルールだ何だと抜かして戦いを避ける。
中でも特に伯爵が気に入らない。
協会内の腕が立つことで有名なドラキュラ伯爵。
だが、奴は自分を毛嫌いし、話しかけてくることもなければ、近付いてくることもない。
戦う相手が欲しい。が、現実には居ない。
そんなつまらない世界がトウコツは嫌いだった。
皆なにがしか理由をつけて逃げ回っているようにしか見えない。
おかしいのは自分か?世界か?
本気になって考えたところでどうしようもない疑問。
しかし、今は目の前に敵が、相手がいる。
自分を殺そうと言う敵が。
(コイツならオレを楽しませる!)
勝敗、生死。
そんなものに興味はない。
とにかく戦い続けることが存在理由だと、トウコツはいつも自分に言い聞かせている。
そうする限り、誰が相手でも楽しむことが出来るからだ。
「蒲公英!」
華創実誕幻、三段:蒲公英。
効果:無限召還。
次の瞬間、四方から迫る4体のコピーが一気に増えた。
4体から8体。
8体から20体。
20体から90体。
そして、100を超える。
駐車場の半分近くが藍のコピーで埋まった。
「いいねぇ!
上等、上出来、かかって来い!!」
トウコツは突っ込んだ。
コピーとは言え、その半分近くは質量を持ち、本物の攻撃を繰り出すことが出来る。
しかも、藍が生んだコピーは実像・虚像問わず、全員が金棒装備。一撃が命取りになる威力を持っている。
だが、それはトウコツも同じ。
一閃!
トウコツの斬撃速度は恐ろしく速く正確なものだった。
一撃で3、4体のコピー体を切り伏せ、消滅させてしまう。
「おらおらっ!
本物はドコ行ったぁ!!」
足場を車の上に変え、上空から迫るコピー体を迎撃。
コピー体の1人が金棒で車を叩き潰した。
トウコツは隣の車へ飛び移り、コピー体撃退を続行。
再びコピー体が車を破壊。足元から迫る金棒、削られる天井。
攻撃を避け、トウコツは飛翔。
十数メートル離れた車の屋根まで飛び移る。
「一段:菫」
それにあわせて藍は次の術を発動。
重量変化。
トウコツが着地した車は、着地と同時に異様な変形を遂げる。
(うおっ!
つぶれた!?)
見えないハンマーが上から振り下ろされたかのような潰れ様。
体勢を崩すトウコツに10体のコピー体が襲い掛かる。
(だが、いくら術の間隔が短ろうが…!)
トウコツはソードの1本を圧壊した車に突き立て、崩れる体勢を支えた。
そこに金棒が迫る。
(え、避けない!?)
異様な光景がトキの目に飛び込んだ。
トウコツは体勢を支え、すぐ反撃に出ると思われた。
が、出なかった。
金棒がトウコツの体を打ち込まれる。
一つ、二つ、三つ!
四度目の打撃が迫ろうというところで反撃に出た。
「ノーダメージ!?」
反撃に移ったトウコツは無傷。
笑顔が陰ってさえいなかった。
1本のソードを投げ放つトウコツ。
異常な速度で飛来したソードがコピー体を容赦なく貫き、何十体か巻き込んだ後、車に刺さって停止した。
車はソードの突き刺さった反動・衝撃で90度転がり、車底部を見せていた。
その間、トウコツは開いた手にハンドガンを握った。
ガガンッ!
的確な銃撃、百発百中。
1発目で横転した車の燃料タンクに穴を開け、2発目で着火。
爆風に巻き込まれなかったトキだが、爆音と爆風で鼓膜が痛い目を見た。
(つうか、これ絶対外の人たち気づくって!)
だが、そんなトキの予想が当たることは無かった。
「ダァラァァッ!」
上段、下段の打撃を同時に防ぎ、ただ単純な腕力だけでコピー体を弾き飛ばす。
頭突き、斬撃、回し蹴り、斬撃、銃撃、打撃……
トウコツのあらゆる動きには無駄がなく、100を越えるコピー体が次々と減り続けた。
「ぜぇい!!」
車を破壊。上に乗っていたコピー体がバランスを崩す。
回避。同士討ちを誘い、そこへ更に自分の斬撃と銃撃を加える。
発頚。掌底にのせて打ち込み、コピー体を吹き飛ばす。
更に車も吹き飛ばしてコピー体を押しつぶす。
気功。コピー体の打撃を無効化。
そして反撃。
(つ、強ぇ!)
徒手、武装術、環境利用。
あらゆる方法で藍のコピー体は次々と消されていく。
そんなトウコツにトキは震えた。
(本当に生身なのか!?)
「茨!」
藍の術も容赦なく襲い掛かる。
召還されたツルは虚像という死角から、虚像ごと貫いてトウコツに襲い掛かった。が、
「バレバレェッ!」
数本のツルがいとも簡単に切り落とされる。
さらにコピー体の首が数個、宙に舞った。
「二段、上:芙蓉」
今度は突風がトウコツに襲い掛かる。
コピー体が浮く。
その突風に質量の軽いコピー体が乗って、攻撃を仕掛けた。
「やるな!
だが、ヌルいっ!」
トウコツは1本のソードを地面に突き刺して体勢を維持。
残る片腕でコピー体による特攻を全て防いだ。
と、急に風が止む。
「一段:桜」
突風に乗ったコピー体の攻撃はフェイクで、こちらが本命!
(まだ知らない術!)
ビチッ
直後、トウコツは手におぞましい感触を覚えた。
体勢を保つために地面に突き刺し左手のソード。
それが藍の術だと気付いた時、ソードは使い物にならくなっていた。
「何だこりゃ!?」
(剣が地面に飲まれているのか!?)
トキとトウコツは同時にその光景に目を奪われる。
ソードは柄だけを地上に覗かせ、その他すべてが地面の中へと消えた。
「侵食効果の桜」
「へぇ、やるじゃん!だが……
お前が本物だぁ!」
トキの視線に気付いたトウコツ。
俯き、独り言を呟く藍に狙いを定める。
全てのコピー体を倒すのも面白い。
だが、本体と比べるとザコもザコ。やはり、本体を攻撃したほうが楽しめる!
4本目のソードを抜き、トウコツは飛翔。
真っ直ぐ藍に向かって飛来した。
「一段:菫」
その瞬間、トキは目撃した。
(結晶の角!?)
藍の額から生える、1本の角。
鬼のセカンドリアル。
藍がそれを開放した確かな瞬間。
そして、再び重量変化。
ただし、さきほどの重量変化とは明らかに違う変化。
(な……!?)
重量変化の上からかかる圧力をプラスとするなら、今度はマイナス。
磁石で言うところの反発。
下から上へ。
飛来するトウコツに真下から乗用車が襲いかかる。
(何ぃ!?)
思わぬ攻撃により、空中で体制を崩される。
視界が回る。
その目まぐるしく回る視界から、トウコツは藍を見失った。
「:椿」
今度は、瞬速モード。
トキは付いていった。
スローモーションで空中を舞っているトウコツ。
「二段、上:
芙蓉
鈴蘭」
トウコツに聞こえない術文。
またしても風が通り過ぎる。
(なッ!これは)
たった一度の風。
だが、その風はトウコツの全身に斬撃を刻み、通り過ぎていった。
芙蓉の効果、『風』
そして、鈴蘭の効果、『先鋭』
そこから生まれた風の刃、『カマイタチ』
(こんな芸が出来たのかっ!?)
「三段:」
瞬間、視界に藍が現れた。
「おっ!?」
さすがにトウコツは戸惑った。
いままでずっと遠距離からの攻撃に徹していた藍が一気に距離を詰めた。
(いきなり接近戦!?)
そう予測したトウコツは、ハンドガンに手をかけた。
相手が接近戦で挑んでくる。
自分が最も得意とする戦術を駆使すればいい。
迷いなく取り出すハンドガン。
その威力は、言うまでも無い。
徒手以上の威力、破壊力を期待できる。
いま、藍はノーガード。
「もらっ……!」
だが、藍はそれを完全に予測していた。
藍はハンドガンを握ったトウコツの右手を握り止め、放さない。鬼の握力。
女性であり、同時に鬼のセカンドリアルである藍。
生身の人間なら握力だけで殺せる自信はあると言っていた。
(やっb……!)
「秋桜」
術の発動と同時、トウコツは掌底を放った。
2人が反発しあうように後ろへ吹き飛ぶ。
(相打ち!?)
トキの心配をよそに、藍はある確信をした。
(通った……)
トウコツの掌底で術に失敗したような感じがあったのだが……手に残るその感触から、術の成功を知った。
その術は――
「あ?
なん!?」
右手の薬指と人差し指の先から感覚が消えてゆく。
だが、それだけじゃない。
その感覚が次第に広がっていくのだ。
(これは!?)
「戸惑ってる?」
トウコツの動揺に気付いた藍。
立ち上がりながらそれを教えた。
「華創実誕幻、三段:秋桜。
その効果は、痺極枝死。
あなたの指先は死んだわけではなく、麻痺の極地にあるだけ。
それでもこの術が心臓か脳に達した時、本当の死が訪れる」
麻痺、極地。
それは、枝のように張り巡らされた人体の様々な組織(血管・筋組織・神経など)を伝って、“心臓か脳の機能停止”という形の死へと誘う術。
それが、秋桜の効果だ。
伝染する麻痺。
指から始まる侵食でも、やがて麻痺は体の中心部である心臓を侵す。
逃れる術は――
「死ぬまでに私を倒せば、私の命と共に術の効果も消える」
トウコツの手からソードが落ちる。
すでに五指全ての感覚が消えているのだ。
ソードを握ることも出来ない。
それが、トウコツを軽い逆幻肢状態へと陥れる。
すでに手首までの感覚が消えている。
混乱。
見えてるのに、無い感覚。
「二段:芙蓉」
3度目の突風がトウコツを襲う。
足元から襲った超強烈な上昇気流はトウコツの体を上空へと運んだ。
(またカマイ……!?)
「天段」
秋桜によって麻痺させられた感覚に戸惑うトウコツ。
すでにろくな判断も下せない。
次の手を読み誤った。
(天段!)
藍は次の術を発動させて見せた。
ゆっくり、トウコツにも聞こえるように宣言。
いつもより、より高密度な力を練り、術へと注ぎ込む。
(やべ――)
両手の理壊双焔破界を地面に突き立て、空中のトウコツへ手を向けた。
「瞳断銃矢」
閃光、衝撃波、熱。
一筋の光がまばゆい光を放つ。
その巨大な光の矢がトウコツの体を貫いた。
(これ、絶対に外の人たち気付くって!?)
冗談抜きでまばゆい一撃。
つうか、まぶし過ぎ。
結界があるかさえ定かではないのに、これだけ派手な攻撃をして大丈夫なのか!?
さすがに誰か気付いたんじゃないか、と周りを見てみるが、無人。
いつもと変わらぬ騒がしさだけが街中に響いていた。
いつも通り。
本当に何事も無かったかのような静けさ。
トキの不安は杞憂に終わった。
「すげぇ、1人で倒しちまった」
ポツンとそう漏らした。
同時、ポツンと何かがトキの鼻先を叩いた。
(……雨。
降ってきたか)
術の効果が切れたコピー体が次々と消えていく。
すべて消えたところで藍は顔を上げた。
暗い空、黒い雨雲を見つめている。
この空に何を思い、何を感じているのか?
トキはそれを理解する術を知らない。
ただ、目標を達成したことに間違いは無い。
「終わった?」
不意を突くように藍はトキに質問を投げた。
僅かな間を置き、
「あんだけやれば誰だって死ぬんじゃないのか?」
トキの目が地面に突き刺さったままのソードに向いた。
「……」
僅か、雨が強くなり、風も吹き始める。
「帰ろう。
崎島さんもこんな天気で藍を探すために走り回っていることだし」
「彼女が?」
「ああ。
さっきも言ったろ?聞いてなかったか?
もし何かあったらどうするんだ、ってね」
「そう。
後でお礼を言わなくちゃ……」
どこか沈んでいる藍。
「何か気になることでもあるのか?」
たまらずトキは聞いた。
もしや、まだ昨日の傷が痛むのか?
或いは、相当疲れたのか?
いや、そう考えるのが当たり前か……
「昔、私の一族の人たちを殺した時のトウコツは、こんなものじゃなかった気がする」
「殺した時?」
「私は昔トウコツに殺されかけた」
雪辱戦。
そんな気は毛頭ない。
ただ、
仕掛けられた戦争。
仕組まれし政略。
もっともらしい理由……討伐。
戦争し合うように仕向けられていた事実。
「私の一族が芹真さんの人狼族と戦い、勝った。
でも、そのすぐ後に戦犯討伐という理由で私の一族が滅んだ……
その討伐隊に、トウコツがいたの」
未熟な子供と、百戦錬磨の猛者。
勝敗は火を見るより明らかだった。
覆せない完敗。
だが、個人的な敗北よりもすべてを仕組み、いかにもらしい大義名分をかざして討伐に乗り出した協会のやり方そのものが許せない。
その中で、自分を満たすためだけに戦っていたトウコツは特に気に食わない存在だった。
藍は怒りに身を任せ、何十人ものSRを撃破したがトウコツに返り討ちにされた。それでも何とか生き延びることができた。
そう。生き延びること。
それが当時、最も優先すべきことと気付いた。まだ対決・復讐する時期じゃない。
必ず協会と敵対する――それは芹真たちと出会って叶った。
そして、次の段階。
当時、討伐に乗り出していた全てのSRを殺す。
「一族のほとんどがアイツにやられた」
「でも、今日ソイツを倒せた」
藍は頷く。
だが、どこか浮かない顔であることに変わりはない。
トキは次にどんな言葉をかければいいのか迷った。
自分も親の死を目の当たりにしている。
だから、大切な何かを失う“悲しみと不幸”を凝縮したような、あの体験の辛さがわかる。
家族を大切にする者にとって避けられぬ不幸。
「やっと、私は……」
「死んだ兄に誓ったことが成就され、開放される。
ってとこか?」
落雷。
それと同時だった。
「えっ!
と、トウコツ!?」
廃車の上で首を鳴らしているトウコツ。
「じゃあ、さっきのは!」
「影武者に決まってんじゃン?
常識だぜ、トキ君。
おかげでじっくり作戦練ることが出来た!」
囮……
今の戦闘で藍の手の内が知られたことになる。
そして、トキが戦力外であることも!
「……トキ。
悪いけど今度は手伝ってもらえない?」
藍がトキに頼んだ。
やはり、自分ひとりでどうにか出来る相手ではなかった。
(いままでので3分の1は消費した)
トキからすれば、藍の台詞は予想だにしていなかったもの。
だが、覚悟はしていた。
「OK。
出来る限り手伝ってみるよ」
だが、足の震えが止まらない。
藍はそれに気付いたが、あえて声をかけない。
余計な事を言えば、トキまで命を落としかねないからだ。
余計な言葉でいらないミスを生むことは避けたい。
(本物のコイツを倒さないと)
だが、本当に倒せるのか?
トウコツの戦闘スタイルを覚えてたとしても容易に倒せる相手ではないことは分かっている。
さまざまな戦闘法を身につけ、幾千の死地を越えてきた猛者だ。
藍でさえ及ばない、高い域の狡猾さ、闘争心。
その全てを存分に発揮して臨み、遊び楽しむだろう。
「さぁ、オレを倒したいんだろ?
オレも戦いたいんだよ!」
あからさまに戦いを楽しんでいるトウコツ。
落雷がその影を不気味に彩る。
間もなく、雨は土砂降りへと変わり、風も強風へと変化する。
「乗り切って見せるわよ、トキ。
……この嵐ごと」
不敵に笑うトウコツに対し、藍は怒りの表情を見せ……
だが、先手を打ったのはトウコツの方だった。
「いい威勢じゃないかぁ!
なら、とりあえず避けてみろよ」
どこからともなく取り出したそれ。
携帯電話。
トウコツは手携帯電話をダイヤルボタンをワンプッシュし――
直後、爆発が起こった。
たった一度の起爆で、いつの間に仕掛けてられたのかわからない。
仕掛けられた爆薬を全て吹っ飛ばした。
「ト……!!」
藍もトキも、口を開いている暇はなかった。
次々と車が誘爆し、仕舞いには駐車場は火炎で包まれるほど爆発は激しかった。
(くぅっ!
一体どれだけの爆薬が!?)
鼓膜を破らんばかりの轟音。
肌を焼く爆風。
容赦なく襲い掛かる金属、タイヤ、コンクリート。
切り裂いてゆくガラス片。
同時、何かが脳裏を掠める。
(はぁっ、何だ!?
むかし!)
爆風で吹き飛ばされたトキ。
自分の体が空中に舞っている自覚していなかった。
高速で移り行く光景の中、そこに……
(ま、また!?)
一瞬、何かがトキの脳裏を横切った。
その瞬間から、音が消える。
(雨……)
視界の中に黒い空が映り、それを何十秒も眺めているような錯覚に陥る。
景色が、駐車場へと戻る。
爆発が続く。
(車…
爆発…)
その中で、藍に炎上した車が迫っていた。
(あッ!)
爆風に弄ばれ、避けられない――
避ける余裕がない。
間に合わない!
(あぁっ……!)
目に焼きつくその瞬間。
圧し掛かられ、燃え盛る車の下へと消える藍。
訪れる、混乱と恐怖の混合反応。
頭が真っ白に――
無意識に駆け巡るさまざまな情報。
二度目、そして雨。
爆発。
燃える車、すべて燃やす炎。
トウコツ――
セカンドリアル。
『乗り越えるんだ少年。
例え、1人でも……』
誰なのかわからない。
ただ、誰かにそう言われ、死ぬことを拒否したことがあった。
見知らぬ男の声と同時。
トキの中で何かが解け――
「あ"ぁああっ!!!」
異変が起こった。
――――
その波動が伝わったのは、男の仕事が終わった直後だった。
(やはり、目覚めたか)
山雪を踏みしめながら、男はある方角へ顔を向ける。
遠く、久しく踏み入れなかった島国――
日本。
(まだ初期段階の力でこれ程とは……)
男は早急な準備が必要だと悟った。
なるだけ早いうちに接触する必要がある、と。
(色世 時……)
こうして、メイトスと呼ばれる男は日本に向かうことを決意した。