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Second Real/Virtual  作者:
70/72

第69話-In my home...Successive attack! Rev.3-

【注意!!】

 今回は、

・テンションの上下

・狂言、怪言

・コイツ誰だっけ?


 成分が多分に含まれます。

 ご了承ください。というか投稿遅れてすみませんでした(8/3 00:20)



 

 男は問う。

 まだ生きたいかと。

 少年は答える。

 現実へ行きたいと。


 しかし、支配者は言う。

 遅過ぎる、と。

 すべて幻想となったと。



「トキ、織夜秋が怒髪天のままに暴走したぞ」


「その声、会長……どこに? それにどういう、遅すぎるって、何のことだ!?」


『トキ、とりあえず現実を見よう。焦るのはそれからでいい』



 ノアの小宇宙を流されるままに直進する中で、フィングは提案して誘導を始める。

 体を引く僅かな力を感じ取りつつ、姿を消したフィングのイメージをその力に想像してしまう。

 やはり実体を保っていられる時間は短いようだ。

 夢の中のような、水の中のような、自分という輪郭が安定を求めてあらゆる他個の宇宙へと拡散していく、ある種の危機感を脊髄で感じずにはいられなかった。ここがそんな日常とはかけ離れた場所だからこそ、まともな会話ができないとフィングは踏んだのだろう。だが、



(この空間は現実と言えるのかもしれない……!)



 触れきれない時間と個性が渦巻く銀河は、陰ることを知らない“まるで光”そのもののようで、無限色の霧は人々の係わり合いで衝撃的に発し、無限数の波紋を広げるイベントのようだ。



「トォォォォォキィィィィィィィィィィィッ!!!!」



 しかし、四凶はそれら宇宙を吹き飛ばすかのような咆哮をあげて視線の交差を求めてきた。

 遥か背後に感じられるそれは紛れもない混沌の渦。

 だが、一人じゃない。

 コントンを中心に混沌が生まれている。

 そのわけはすぐにわかった。フィングを始めとする取り込まれた者たちが、彼にしがみついているのだ。



「現実だ! 行け、トキ!」

「現実にお前の居場所があるものかよぉ、トキ!」



 もはや人影、人の形をした漆黒深淵の器が、時間を辿ってトキへと迫る。



「居場所は自分でつくるもんだろトキ!」



 フィングが反口を開く。



「戯言に惑わされるな!

 貴様は混沌、四凶、化物でしかないんだよぉ!

 ハッキリしただろう!

 お前は圧倒的に殺す側の生命体なんだよ、強奪者(プランダー)!」


「――時間使いよ、人間は誰もが奪うい合う存在だが、それ故に奪われることの大切さを学べるんだ――」

「そうだそうだ!」



 コントンの四肢にしがみついて阻害に努める者たちがフィングに続き、コントンへ反論を立て並べる。



「悲しさだけじゃないさ、いつまでも悲観にくれていたら誰もが前進できない!」

「だから人は、命が消失して泣く前に大切さを身につけていくんだ!」

「そのモラルが絶対ではないが、間違いなく命はこの世で最高級品!」

「可能性という価値!」

「無限性!」



「己を自覚しろトキ、無限のSRだぞ!

 なぜ思い通りの破壊を行わない!?

 どうして文明を受け入れられる!?

 お前の感情を受け止める世界か!?

 それは孤独と一体何が違うんだ!?

 たった独り、たった一度なんだぞ!

 それが人生、それは現実、現実だ!

 力を示さずに自分を残せるか!?」



 出口へ向かうトキの視界にコントンが追いつく。

 そんな彼にトキは両手を揃えて向けた。



「孤独でも、足跡を残せなくても、それだって俺の人生だ」



 フィングが両手の中に消える。

 あまりにも強大な生き物、コントン。

 彼の言っていることは、わからないことはない。俺もイジメにあって死ねばいいと本心で思いながらも、現実にどうすることもできずに悔しく、何よりも死ねとは思いたくないって自分にルールを課していた。自分で自分を縛っていたんだ。だから、思ったことを本当はできたかもしれないのに実行さえしなかった。その結果が、今までの現実だ。

 弱い俺。

 つまらない俺。

 すぐに諦めてしまう俺。

 将来なりたいものさえない、思いつかないし、考えることも面倒くさくて、そもそも生きることが苦でしかない。

 だからゲームとかネットの世界に逃げていたんだ。

 すぐそこにある現実を投げ出して。

 そんなのが俺だったのだ。

 殺された色世時。

 現実。



「だから……俺自身の意志を示す。

 もう誰にも流されない、頷くことはあっても、決して蹴押されない返事をしていく。

 こんな、この世界に……!」



 そこへ戻る。

 色世時は現実で戦う。

 これから、そうなっていくんだ。

 仮想の世界を抜け出し、自分の意志を示していく。

 どこに逃げることもせず、誰かに頼ることはあっても、絶対に挫けたくない。

 全ての可能性に立ち向かっていけるように、どんなにへこたれることがあっても立ち上がって挑み続けて、いつか理想とする自分に出逢え、成り、それを――



「がんばって一つくらいは残していくんだ! 俺の時間、生きた証、無駄じゃなかった人生の流れを!」



 流れの中で、気付いた。

 自分も矛盾しているな、と。

 高望みはしない、だが、証は欲しい。

 頑張りたくない、でも頑張らなきゃいけない。

 やっていけそうだろうか、ではない。

 きっとやる。

 今はその意気がある。



「無限を有しておきながら言うとは、なんという不孝者ッ!」



 体の向きをコントンへと回しながら、先立った者に両掌を揃えて向ける。悪人を望みながらも、それでも生きろと言った混沌に。

 孤高たれと囁くフィングと、コントンに取り込まれた者たちの意志を総て、ひとつの時間を迫真に到るコントンに、押し付ける。



「不孝者でもいいさ!」

「これは――時間が!?」



 背後から強烈な白光が差し込む。

 出口、それを認識すると同時にコントンに、自分の意思が通じた手応えを覚える。

 イメージしたものは、ノアの白純血。それの液体ではない、時間バージョン。



「お前、俺を無限に眠らせるつもりか!?」

「あぁ、殺さない!

 無限の力なんてものも要らない!

 それでも、お前だけは絶対に止め続けてやる! 俺の、時間で!」



 押し付けた腕を掴んで抵抗を試みるコントン。

 その顔面に一発、頭突きを見舞って空いた右腕をかぶり、左手をコントンの首筋へと伸ばす。



「それが、俺に許された時間だ!」



 戦場を協会本部から白純血神殿、ノアの記録母へと移してきたコントンの動きが完全に止まる。

 顔面に叩き込んだクロスセプター。

 それがコントンの時間を奪い尽くしながらも、その生命を脅かすことのない無限の眠りを与えた。

 無限を切り離し、新たな無限を創り出したのだ。限定された無限を。



(聞こえるか、トキ)



 フィングが囁くように問いかける。



(本当に良かったのか、無限をここに置いて)

「その無限で、コントンが起きないように見張っていてもらえませんか?」



 クロスセプターに乗ってコントンの中に戻ったフィング達が、コントンの体に宿りながらも、眠っているはずなのに、どうしてか見送ってくれているような錯覚に陥った。

 白光に照らされながらも遠ざかっていくコントンの体。

 それが点になる頃、フィングからの声も途絶え、やっと前進方向の白光へと向き直り――



「フィングさん……」



 トキは、現実に戻った。

 光を抜けた先には、解放された白純血神殿にも負けないほどの混色を見せる戦場が広がっていた。

 青は空。

 赤は海。

 黒は人。

 白き陽光と積乱雲を水平線の彼方に、体を縛る重力を理解する。

 まさしく混沌と言える光景を、高高度を自由落下しながらも冷静に分析し、思わず怯んだ。


 赤い海は四凶軍の人津波が残した殺戮の後だろう。

 空の半分を覆う黒煙は無数の船舶によるもの、中には墜落した戦闘機や旅客機まで混じっていたし、浮上して燃え盛る潜水艦まであった。



「おかえりだ、トキ」



 真横には会長がいた。

 どうしてか、負傷して左半身が血まみれだ。

 それに会長はいま、どこから現れたのか、全くの謎である。



「アッパーで成層圏まで吹き飛ばされたんだよ。そういう意味で、俺もいま帰還中なんだ」



 とても面白くない冗談を――アッパー?――言ったあと、会長が遥か下方に見える司令塔跡地を指差す。

 そこに戦闘の光が見えた。

 見覚えのある黒い球体も。

 何が起こっているのか、理由は分からずとも事象は把握できた。



「アキが、今度は誰を狙っているんですか?」

「相変わらず君だったんだが、ノアと一緒に消えたもんだからな」



 駄々をこねているというワケさ、と言って肩を竦める協会長。

 この現実、真下で戦っている者たちには悪いが、嬉しかった。



「……どうして嬉しいんだトキ?」



 これまた、こちらの感情を理解してくれた会長がわざとらしく、笑みを漏らしながら聞いてきた。



「因みにな、あそこでは主に哭き鬼の姫と銀色狼、それから光の魔女と君の父親とその付き添いが戦っているんだぞ?

 説得もしようとしている。あんまり効果が見られないが、これ以上被害が出ないようにと頑張っているんだぞ?

 それを、そんな顔で――」



 言われて気付く。

 いつの間にか、自分の顔が変わっていたことに。

 フィングと別れたことに少しずつ感じ始めていた寂しさを吹き飛ばすように、



「笑っていちゃ、不謹慎てもんだろ?」



 現実が迎えてくれた。

 真下にいる彼らがそうなのではないかと、現実で待っていてくれたのだと思えてならない。



「みんながあそこに居るんだ……何も悪いことはないんだ」



 歓声になりつつある自分に冷静を呼びかけ、会長の手さえ引いて彼らの下へ急ごうと加速する。



「ボルト!」



 叫ぶ。

 数キロ先の地上に見えた戦場から光線が消える。



「芹真さん!」



 叫ぶ。

 空気抵抗に擦れながら。

 高速で動いていた銀色が止まる。



「父さん!」



 叫ぶ。

 肉親へ。

 実の父親へ。

 地上での戦闘地から黒色が減り始める。



「藍!」



 叫ぶ……終わったんだと。

 これまで幾度も助けてくれた彼女へ。

 アキを止めようとしてくれた、戦いと料理以外の取り柄を持たない彼女へ。

 もう、現実に戻ろうと。

 戦わないでくれと。

 そして、



「アキ!」



 戦場の黒球が、瞬時に、弾けるように消滅した。

 それは地上数百メートルからでも分かる変化。

 彼女は気づいてくれた、自分に。

 泣き腫らした目で青空を見上げて目を細め、右手で影を作りながらも必死にこちらを探して、膝をついた。



「俺はここにいるぞ!」



 視線を感じた。

 そこに生じている様々な感情を肌で受け止め、自分が望まれてそこに在る意味を受け止める。

 秋が止まる。

 たったそれだけだが、全てに等しき死という脅威は人となる。そのひとつが、とても大きいのだ。



「よく生きて帰ってきた!」

「見て見て藍ちゃん、アキちゃん!」

「えぇ、おかえり」


「トキ!」



 夏の朝日の中で、色世時は現実へと帰還した。


 その時点で撤退する者も、追撃をかけた者も、暗殺に走り回っていた者も、誰しもが暴力から解放された決着を認める。

 四凶軍の核たる人物――トウテツ・コントン両名は戦力的に退場となり、司令を務めたキュウキも捕縛され、協会と四凶軍の二重スパイを勤めていたトウコツからの証言により、四凶軍を立て直せるだけの人物――が存在し得ないため、揺るぎない協会の勝利が快晴の空の下に落ち着いた。


 ……諸々の問題こそ、残っているが。










 Second Real/Virtual


  -第69話-


 -In my home...Successive attack! Rev.3-









 時計が正午を示す頃。白州唯の街は小一時間に渡って振り続けた雨が、通り魔のように姿を消し、雲間からの光条によって蒸し暑い初夏の続きに揺らめいていた。

 平穏な時間の中。

 平日の真昼、色世時はベッドの中で泣いていた。

 自分の部屋に籠り、施錠と遮光を施し、1日以上をそうして過ごしていたのだ。



「えぇ、まだ部屋からは」



 色世家。

 戦闘で一度は消滅したと報告を受けていたが、トキを心配して訪問した藍の目には以前となんら変わりなく映った。相変わらず一人暮らしするには広すぎるという印象だけが映え、異変を見つけることの方が至難だ。

 つい、一時間ほど前までは芹真がトキを心配する理由が分からなかった。戦後すぐに協会や事務所の処理を手伝っていたため遅れてこの街に戻って来た藍は、直にトキの家を訪れた。そして部屋の扉をノックして、色世時が戦場で負った傷の深さを知った。



「心傷ね、おそらく……いえ、間違いなく引き金はコントン戦」



 戦後処理は異常な速度で世界を修復していった。それら修復にはトキも関わっていたのだと、芹真から内密に聞かされたのは帰国した一時間ほど前である。

 四凶軍が戦争の駒として用いる洗脳兵士も、船舶や装備も、すべて世界各国を襲って奪って、使役して、使い捨ててた。それらを四凶軍が得るためにくーデターを誘発された国が、先進国や重要発展途上国に多かった。未だ事務所に帰ってきていないボルトや不眠不休で世界を飛び回っているジャンヌや会長を始めとするSRたちが、現在もまだ復旧作業を強行している。

 人災でありながら天災に匹敵する破壊をもたらした四凶の乱は、SRという万人の記憶に残ってしまってはいけない境界を侵したという事実が多くの協会SRを悩ませていた。



「止めを刺したのは、修復作業と予測できるわ」



 電話の向こう側から芹真が同意を返す。



『多くの死者に、時間を与えることによって再生した――あの時の現象を考える限りではそれが最も可能性としてありうる』

「そうね。きっとその時に――」



 色世時は、無数の人間の生死に触れた可能性がある。

 あまりにも多過ぎる死に。

 受け止めた、たった一人のSR。

 帰国したトキは、登校どころか帰ってきたということを誰にも連絡していないという報告があった。


 同じクラスメイトの崎島恵理(さきしま えり)が時の部屋に潜入した結果判明したことだが、トキはずっと布団の中から出てこないらしい。たまに聞こえる声を拾ってみれば謝罪だったり、困惑だったり、嗚咽であったりと、半日にも及ぶ観察から心傷であると芹真に報告したそうだ。彼女は先ほど、玄関先で溜息と共に後退の方針を表し、肩を落として学校へと戻っていった。



「――えぇ、トキも、アキもよ」



 トキの部屋の前から立ち退き、階段を下りてリビングへ。スライドドアのガラス越しにソファの上でうつ伏せになっているアキを見守りつつ、玄関で芹真との通話を一度切り上げた藍は考え続けていた。

 四凶の乱。

 あれが終わった直後にあったこと。

 厳密には、終戦間際にあったビッグ・トラブル。

 織夜秋――或いは、色世アキ、彼女の莫大な死配。



(まさか、トキの父親以外に親族が居たなんて……)



 それは誰もが予想だにしていなかった――腹違いの肉親という――現実であり、協会長があらゆるSRから収集して収束し、協会が今後の追跡対象と定めた人物への貴重な手掛かりを抱えているのが、アキという未熟な少女と少女の現実だ。しかし、彼女の話を引き出せる人物がいないというのが当面の問題であった。唯一話を聞き出せるのではないかと期待されているトキも精神面で不安定であり、下手な刺激は自殺を意識させかねないと推測され、このデリケートな局面に誰もがリカバリーしきれずにいた。人員不足もさることながら、トキ自身が形成している引きこもる為の殻が分厚く、なかなか共感も突貫もできなかった。


 ……更に言うなら、トキによって展開された能力の関係上で物質的にも近づけないのだ。



(これも、四凶の策のうちなの?)



 この界隈で正常な精神と常識を持ったSRの割合は半数しか満たしていない。

 正常なSRのほとんどが協会に属し、精神あるいは常識に異常値を持つ者は、アキもそうだったように、己だけが掴んだ現実に心酔し犯罪行為を平然とやってのける可能性がある。

 中には、善悪の区別がありながら途中どこかで精神面や知識的な部分に異常をきたして犯罪者としての道を転げ落ちていく者もいる。



(トキ……私はまだ)



 溜息をこぼすよりも考えろ。

 肩に掛かった髪に手ぐしを入れながら、もう一度リビングのアキを覗き込む。

 トキの籠城に呼応するかのように沈黙したアキ。

 とても協会長を、ノアの方舟からの帰還後とはいえ、殴り飛ばしたとは思えない華奢な身体を晒し、呼吸ができているのか怪しい体勢のままに伏せている表情は、近づいて真横から見てもうまく窺うことができない。



「アキ」

「……」



 正直に分からなかった。

 トキが落ち込み、涙するのは事情があったからと推測もできるのだが、果たしてアキはどうして微動だにせず、まるで落ち込んでいるかのようにソファの上に寝そべっているのだろうか。



「ねぇ、名前は貰ったの?」

「……」



 無言を貫く彼女も、トキ同様にこの状態のまま飲食の一切を拒んで排泄すら行わない。



「食べなきゃ、死ぬよ?」

「…………っ」



 オリヤアキの攻撃力を目の当たりにした藍は、生唾を飲み込みながら慎重に言葉を選んで彼女を動かせないかと試みる。



「名前、まだなんでしょ?

 死んだら名前なんて貰えなくなるよ?

 お昼ご飯を用意しているから一緒に食べない?

 生きるために。トキのためにも」

「……トキ?」



 無気力とその類縁たる言葉しか当てはまらない体たらくだったアキの体が、油の切れた機械のようにぎこちなく震えながら上体を起こす。

 傍目に見ていた藍にはその光景が不気味でならなかった。うつ伏せた状態から起き上がるに、まず転がるなり腰を上げるなりしなくては膝を動かすことすらできないのが人体の構造であり、ある意味で限界とも言える。アキはまるで吊り人形のように、見えない何かに引っ張られるかのようにソファの上で起き上がり、立ち上がったのだ。その様は前のめりに倒れる瞬間を逆再生しているかのようだった。



「トキのためになる?」

「……なれる、きっと」



 藍にとっての予想外はアキが大人しいことに尽きる。

 説得するつもりは最初からあった。

 その為に持ち得る全ての装備を隠し持ってきたのだ。ノア消滅後に起こった協会本部跡地での暴力を、まともに彼女を抑えられた唯一のSRが藍だからこそ、軍隊でも相手にできるだけの装備を施してきたのだ。

 相性は決して悪くない。

 だが、根本的な火力が違いすぎる。



「どうすればトキを貰えると思う?」

「それは……」



 藍の全力がナパーム弾の如く破壊をもたらす。

 そう例えた時、アキの全力は地球と隕石の惑星衝突クラス。

 それほどの破壊力をアキのSRは秘めている。

 攻撃の種類で言えば、トキのクロノセプター。あれの派生、あるいは強化版。

 しかし、藍が予想していた攻撃がここで繰り出されることはなかった。



「トキは落ち込んでる。励ませる?」

「ハゲます?」



 一部の方にはきっと酷であろう間違った発言をもらすアキに詰め寄られ、思わずテーブルの上に置いた学校指定のサブバッグへ手が伸びる。

 主要装備を慌ててバッグに詰め込んだのは間違いだったか。

 後悔し、行動しても遅いが、今のアキには武器を向ける必要性が感じられないため手を引く。意味もないのに武器にすがろうとした自分が恥ずかしかった。

 改めてトキを助けるためには、彼女の助力が必要なのではないかと思い、正面から彼女の深く暗い瞳を覗き込む。



「どう転ぶか分からない。でも、泣かないように声をかけてあげるだけでも少しは気が楽になる……あくまで私の経験談だが、辛い現実があったんだという話を、聞いてくれる人が居るのと居ないのとでは大きな違いが出てくる」

「聞く……それでいいの?」



 芹真事務所に出会う前の記憶を思い出していたところで、アキに肩を掴まれて前後に揺すられる。

 制服と髪が乱れる前に前後運動の中から抜け出してサブバッグをテーブルの横に置き直した時、アキが玄関に顔を向け、間髪いれずに働いた呼び鈴に反応して私も玄関へ注意を払う。



『敵?』



 まさかアキと思考が被っていたとは思いもよらなかった私だが、いざ臨戦態勢を整えて玄関に向かってみれば、両手に黒色を微かに纏わせた彼女の存在が頼もしく思えて仕方がなかった。やはり彼女はトキを守ろうとしている。



「私が行く」



 小声でそれだけを言うとアキは頷いて一歩後退してリビングから半身だけを覗かせるように備えた。

 頭の中が仕事状態に切り替わる。

 四凶の乱は間違いなく終わったが、敗走した四凶軍の中には義勇でもって参戦した者や、心底から四凶に惚れ込んだ者、或いは親衛隊として付き従っていた者だっている。

 中でも、とりわけ警戒しているのが“キュウキ親衛隊”である。



(一応結界を攻性に切り替えておくべきだったかしら)



 いまここで期待できる戦力は鬼の力とオリジナル陰陽術もどき、それからアキの死配のみ。

 想定する最悪の敵――キュウキ親衛隊の各隊長たちが保有する戦闘部隊からトキを守りきる自信は、ゼロではないにしろ胸を張って守り通せると断言することもできないほど心もとない。

 また、敵がメイトスのような名のあるSR相手でもトキを守り通す保証はないのだ。言ってしまえばそれが現実の戦力、十全には程遠い現状。芹真による連絡網も不安定なままで、増援の目処も立たない皮首一枚で保っている現は、実に夢から遠い。



(戦争は終わったけど、それで全ての決着なんかじゃない!)



 それは誰にでも、どんな時にでも、いかなる現実であろうと起こりうる摂理である。

 特に戦争などその最もたる例だと藍は思う。負の感情が爆発する場所こそまさしく戦場で、そこではすべての感情が清算されるということは人類が始まって以来一度もありはしないのだ。

 必ず凝りが残る。憎悪の情とは測りようのない束縛である。


「こんにちは、村崎です」



 ドア越しに聞き取れた名前に藍は構えを解き、藍を見習ってアキも攻撃態勢を崩す。相変わらず手は黒いままだが、それでもどうにか味方に分類する誰かが来たのだと理解してくれたアキ。彼女をバックアップとし、藍は最後の警戒線たる金属のドアノブに手をかけてひねる。

 開け放ったドアの向こうには、拍子抜けなくらい穏やかな陽光が村崎翼(むらさき つばさ)その人を照らし出していた。



「やぁ藍、トキは大丈夫か?」

「お勤めご苦労様です。お邪魔してもよろしいでしょうか?」



 やって来た人物はクラスメイトの変態で美丈夫という損得背面を併せ持った男だった。彼の傍らには白いワンピースに麦わら帽子という、住宅街のど真ん中で目撃するには二度見させるくらいの破壊力を持ちつつも、男であるという違和感醸し出す現実を携え、一般人であり同棲する家の主である翼に勝るとも劣らない美少年SR、エミルダ・レザロッテの姿があった。



「えぇ、結界を張り直すからすぐに入ってもらえる?」



 夏仕様の学生服の翼とワンピースのエミルダをリビングに通し、アキが二人に噛み付かないか不安になりながらも扉に両掌をあてて華創実誕幻の(すすき)釣鐘(つりがね)の術を色世家の外壁全体に施す。薄の遅滞効果で敵を絡めとり、釣鐘の視覚監禁によって闇の中をゆっくりと彷徨してもらう仕掛けだが、手練のSR相手には効果が薄いだろう。一般人に対しては十分だが、色世家は戦場のど真ん中にあるわけではない。いつ、一般人を含む誰が来ても対応でき、且つ敵を足止めが可能な最低限の非殺傷性ギミックだった。



「おっと、初めて見る顔だな。私は村崎翼だ。よろしく」

「僕はエミルダ・レザロッテです。よろしくお願いします」

「――アキ」



 何故かおっかなビックリに返答するアキに違和感を覚えながらも、とにかく炎天下の中やってきたクラスメイトをもてなすため、勝手に冷蔵庫の中に作って置かせてもらっていた麦茶を二人の前に差し出す。



「学校の状況は?」

「もう、普段通りだよ。トキを除けばな」



 ソファに腰掛けた翼が麦茶を一気に飲み込んで深く息を吐き出し、アキとエミルダを交互に見てから答えた。襲撃で欠けた者は一人もいない、と。

 二日前、つまり藍が戦場に忍び込んだあの日、白州唯の街にSRの集団が攻撃を仕掛けていたのだ。狙われたのは芹真事務所の周辺関係者で、私たちのクラスもその標的としてカウントされていた。



「奈倉や警察のおっさんに助けられたわけだが……」



 強襲したSR達は、目的を達成することなく敗走したという。協会が予めこの街に備えていたSRと、SR関係者の人脈によって。



「質問がある。

 あの警察署長とか名乗る男は、SRなのか?」



 翼の質問に頷く。彼の横でアキに話しかけようと頻繁に視線を送るエミルダが気になるが、麦茶を注ぎ足してあげると汗をかいたグラスへと意識が往復して忙しない。ちょっと面白いが。



清水峰将人(シミネ マサト)

 何が相手であろうとも絶対に互角で戦えるSRよ」



 やはりと納得する翼。

 彼の話を統合するに二日前の状況はこうだ。クラスが襲われたのは、担任の登竜寺蓮雅の特別授業が終わり、期間的でも集団下校するようにと言い渡された直後だそうだ。突如として無人化した学内で、天井を伝い歩く者や、壁を無き物と走り来る者、曲がる銃弾を放つ者など、指の数ほどのSRに襲撃された。

 だが、警察と、どうみてもヤクザにしか見えない連中が駆けつけたのは数十秒後だった。最初は敵かと認識していたそいつらこそ、協会と繋がりのある面々であり、協会本部から任務を予め言い渡されていた現地執行人や無所属の助成人達であった。



「ツバサ、誰か来たよ」



 エミルダが伝えるのと、結界に誰かが触れるのを感じ取ったのは同時だった。

 新たに張り巡らせた結界に早くも誰かが引っかかったことにため息が漏れそうになったが、次なる訪問者が正面から側面に回り込み、次に裏口を探しているという行動から、やましい類の人間なのだと理解でき、エミルダには翼を守るように言って、アキにバックアップを頼みながら裏口へと進む。

 浴室の隣りに裏口があったことを思い出しながら金棒を装備する。念のために扉の向こうに設置した、仕掛け写しのおもちゃの置物の目を介して、訪問者の後ろ姿を捉え――



『おいスミレ、これ留守っぽくね?

 出直したほうがいいんじゃね?』


『いえ、大丈夫です。藍お姉さまを発見しました。すごく、見てます』



 ――目眩がした。

 裏口に回り込んできた二人は、見覚えのあるピンクのタンクトップと麦わら帽子の組み合わせに不似合いなジャングルブーツを鳴らして歩く長身と、白の無地長袖にお下がりのホットパンツと黒いキャップを組み合わせた、見間違うことなき私の姉と妹だった。

 バッチリ置物の視界を妹に遮られてしまったことに不甲斐なさを覚えながらも、とっとと結界を張り直すためにカンナ姉さまとスミレちゃんを招き入れる。



「私ども、藍お姉さまの姉妹でございます」



 などと、リビングに入ったスミレが丁寧に翼とエミルダに名乗り、倣って二人も名乗ってから勝手に麦茶がおいしいよ、などと冗談めかしたことを言っておきながらはひたすら冷えた麦茶を煽るばかりだった。駆け付け一杯じゃないんだから。



「本当はよ、トキと勝負しに来んだがよ」



 と、カンナ姉さまの発言に、それまで大人しくして(エミルダにいろんな所を触られて変な感じになって)いたアキが殺気色の眼光を飛ばしてカンナに向いた。間違いなくそこには大変な温度差が生じている。



「凹んでんじゃぁ、きっと上手く踊れないよな」

「……なに、するの?」



 カンナがダンスシミュレーションゲームでトキとポイントを争っている場面を夢想しているのに対し、アキの中ではトキの足元に向かって銃を乱射しているカンナの姿が構築されていた。



「え~っ、あと、あの以前助けてもらった御礼ということで――本当は協会から送られた感謝状のようなものなんですけど、とても美味しそうな茶菓子が入ったので一緒にと」



 長袖を腕まくりしながらアキの機嫌が悪化したことに気付いたスミレちゃんが取り繕おうとするが、お菓子で釣れるほど彼女は甘くない。

 スミレちゃんが言うには、協会を手助けしてくれた全てのSRに何らかの褒賞が賜られるらしい。協会所属SRはもちろん、それまで指名手配されてきたSRや、無所属、小規模集団の所属員まで漏らさずにだ。

 さて、スミレちゃんの提案した茶菓子に食いつきそうにないアキと、いまだその殺気に気付いていないカンナ姉さまが衝突しないよう、どう状況を沈静化させようかとソファに腰を下ろした、瞬間だった。



(っ!――いま結界が破れた!?)



 立ち上がった私に一斉に視線が集中するが、なりふり構っていられず二振りの金棒を構えて窓際から外の様子を眺m――



「あ……!」

「おわっ、アブネ!」

「なんてことだ、麦茶が!」

(武器、敵襲?)

「藍お姉さま!?」



 とりあえず、ちょっと殴ってくる。

 今来た奴ら。

 アヌビスの、ハルバート。

 それから、トウコツ。

 お前ら前から言いたかったが、いい加減にしろ。



「スゲェな、顔面にハルバートめり込んでたぜ?

 藍のやつもなかなか丈夫に育ったじゃねぇか」



 などと、腕組解いて麦茶を啜るカンナは、窓辺に駆け寄った藍の顔面を捉えた得物を見て、誰が訪れたのか理解した。

 先ほど商店街のラーメン屋の前で味について極めて些細な口論を繰り広げていた協会所属の残念な男SR2人組だ。

 カンナの冷静な態度の気付いたスミレも臨戦態勢を解いて、二番目の姉が飛び出ていった割れた窓の向こう側を、明るすぎて見えないその凄惨をどうにか見られないかと目を細めて状況を見守った。

 翼とエミルダに至っては、麦茶のグラスを大事そうに抱えながらスミレと並んで藍の姿を隠す陽光の先を見守る。



「ただいま」



 右手にアヌビス(馬鹿野郎)、左手にトウコツ(戦闘中毒)の半分死に体も同然のグロッキーを携えて窓辺に戻った私に、気でも()れたのかカンナ姉さまが氷の音が心地よい麦茶のグラスを差し出して迎えた。

 滅多にお目にかかれないカンナ姉さまの一面から差し出されたそれを受け止めるために、両手をふさいでいるゴミ同然の男二人を、とりあえず結界を貼り直して水分補給したいため室内へと放り投げて入れてやる。投げ入れたトウコツの方からゴキリ、なんて音がしたが、まぁ平気でしょう。



「何しに来んだこいつら?」

「見たところ手ぶらですね」



 カンナとエミルダが並んで倒れる二人の頭を並んつついて反応を伺う。



「絶対、つけ麺に決まってんだろ……!」



 と、アヌビスが起き上がり、



「いいや、冷やし中華最強だろうがっ!」



 良からぬ方向に首が曲がっているはずのトウコツも起き上がり、再び火花散らすために折れた首の向きを正し、その瞬間に顔面へと金棒がめり込んだ。同様にアヌビスもそれを受けて鼻血を見せる。

 悪いが、ラーメン議論をここで繰り広げられてもうるさいだけだし、態々結界を破ってまで突入してきた用件を可及的速やかに公開した後、潔いお帰りを願いたい。



「分かった、じゃあ俺からの用件だ」



 最初に動いたのは、珍しくビジネススーツを着込んでいながらも、濃緑色の怒髪天やピアス、それから半袖からはみ出している控えめなタトゥー(実際の所は防御術式のように見える)がまっとうな生き方してませんというアピールを振り撒いているトウコツだった。後ろ手にポケットから5通の茶封筒を取り出し、2枚をこちらに差し出した。



「まずは、協会からの救援要請に応えてくれたことを感謝し、謝礼金を贈ろうと思っている。それが協会長の意思だが、強制ではない。必要がないってんなら、返却用のサインを記せばいい。

 で、もう一枚なんだが、そっちは相談書になっている」



 謝礼金に興味はないが、相談書なるものが気になって封を切る。

 中には丁寧に日本語で印字された、次のような文書が入っていた。



(――先日の高密度な戦争を経て、哭き鬼である陸橙谷藍様に以下の点についてのご意見を聞かせて下さい。

 1.今後の所属

 2.今後の活動範囲と内容、またその理由

 3.親族との同棲予定の有無

 これらを下部の電話番号またはFAX――って、言われてみればそうよね)



 乾いた喉を水道水で潤した藍は肩を上下させた。



「今回の戦争、言ってしまえば俺たち協会の管理力不足が四凶の反乱という形で現れた」

「おめぇも四凶だろう」



 ド突き合う筋肉野郎二人を無視して書面の対応について考える。なるほど、協会はこうして最も文明の中で基礎的な手段を徹底し、言ってしまえば管理を個々という段階から強化していこうというわけか。



「トキのもあるが、あいつぁ何処だ?」

「そうだ、俺もトキに用事だ!」



 右手の握力を競い合うトウコツとアヌビス。

 順番を迎えながらも右手のせいで不自由なアヌビスが、視線だけをこちらに向けてきて用件を述べる。



「トキの使っていた双剣、あいつをデータベースに登録、した……い!」



 表情を歪めながらも右手の力を強めていくアヌビス・ハルバートと四凶のトウコツ。

 話が終わってからやればいいのに。どっか別の場所で。

 と、呆れて二人から目線を外すと、アヌビスがエミルダとアキの名前を呼び上げた。



「テンメェ――!

 そ、そうだ!君たち2人も、データベースにっ、登録し――すっ!

 さ、3分もあれば終わる! 私生活に、深入りすることなんて滅多っ、に、な、いっッ!ドナーカード的なぁっ……!」



 握力で辛うじてトウコツに競り勝ったアヌビスが真っ赤に腫れた右手を振りながら、エミルダとアキを交互に見やって、テーブルの上にいい感じで汗をかいたグラスを見つけ、その水滴で右手を冷却し始めるのであった――って、トウコツ、お前もやるのか、はしたない奴らね。



「それで?」



 トキは、という質問が発音されきる前に、精神的ダメージが回復していないということを伝える。ちょうどいい、翼たちにも伝えなくちゃいけなかったことだから、なるべく多くに伝わるようここで公言してしまおう。



「……というワケよ」



 PTSDとも言える症状に近く、鬱に入っていて、物理的に近づくこともままならない。

 そんな現状に疑問を示す挙手がふれる。



「なぁ、藍。

 精神的な、幽霊的なアプローチは試してみたのか?」



 ……待て。

 ちょっと、待て。


 いつの間に増えた?


 その質問自体は予測できていたが、どうしてあなた達がここに居る、高城播夜に、奈倉愛院。

 制服のまま居るということは学校サボったな。



「いや、先生がトキを連れてこいってさ!」



 あなたも居たか、類家香織。

 よりにもよってクラスの、学校の守り手としての役割を自負している高城と奈倉が同時に、しかも新規戦力として考慮できる貴重なSRとなった類家までもが来てしまっては、学校の守りは崎島と偽装教師のワルクス二人になってしまうではないか。



「大丈夫」

「学校周辺に協会の防衛部隊が張っていたから」

「あれなら大丈夫だろ」



 ここで防衛部隊の存在が浮上したのは意外だった。

 キメラ化した四凶のトウテツに仕掛け、押し寄せる肉津波にも挑み、螺旋回廊からノア突入まで戦い抜いた彼らが学校周辺を警備しているとは、言ってしまえば協会の所持する安定戦力だ。それがこんな所に配備されるとは予想外だった。というより、協会がここまで厚遇、或いは警戒しているのは、やはりトキが原因だろうか。

 考えてみればその経緯は容易だ。スペシャルブラックリストに名を連ねる四凶を、あらゆるステータスで劣っていたトキは、結果的に撃破してしまった。だから警戒され、私生活と活動範囲内に大なり小なり監視がつく。学校の周辺に防衛部隊が配備されたのにはそういう意味も込められているだろう。



(まぁ、こちらの負担が減るというのは僥倖とも捉えられるが、トキ自身がそれをどう感じるかが問題ね)



 残り少ない麦茶をコップに注ぎ足し、新たな三角パックを保存容器に2、3個入れて準備していたお湯を注ぐ。ボルトの襲来を予測していたが、まさか他のメンツによってここまで飲料が減るとは。

 冷蔵庫にたっぷり作っていた氷を入れて麦茶を冷ましつつ、コップの麦茶を一気に飲み干そうとして、その立場と行動を類家香織によって奪われる。



「いやぁ~、トキん家の麦茶ってなんか美味いよね!」

「おいズリぃぞ香織!」

「……あのなぁ、協会の執行部隊の方がいる前で考えなしにSRを使わないでくれ」



 と、私と色んな立場を転換した香織が麦茶を飲み干しながら能天気な感想を漏らした。愛院もどこか間抜けけなことを言っている中で、さすがハリヤーだけがまともなことを言ってくれた。呆れてないで頭に一発ゲンコツ入れたほうがいいのかもしれないわね、類家に関しては。



「おい女、次そういう自己中心的な理由でSRを使うもんなら取り押さえるからな?」



 険しい剣幕でコップを置く香織が一度だけ震える。トウコツの尋常ならざる気配と持ち前の低い声での宣言から、穏やかな空気が澱んだことを悟ったのだろう。香織は小さくなってソファに座り、播夜の真横で大人しくなった。可哀想と思えないのも彼女の才能と言えるだろうか。



「ごめんなさい」



 などとお粗末な謝辞を口にしながらも、類家の視線はエミルダに突っつかれてピクピク肩を震わせているアキに刺さっていた。

 何やっているのやら。

 と、体を乗り出してアキのホッペに触れようとする隙だらけの類家を見て、何を思ったか、アヌビス・ハルバートは類家の頭に麦茶を降らせてみせた。



「ひっ……!?」



 類家の背中に走る電撃が、アキへと伸ばした手が槍となって首筋を捉え、大きく上下したアキの左肩がエミルダの顎を打ち上げ、思い切り舌を噛んで飛び跳ねたエミルダが播夜の背中に不時着。屈んで麦茶の入っていたコップを静かに置こうとしていた播夜は、背後からの奇襲にバランスを崩し、ガラスのテーブルに顔面から突撃し、その面に白い不規則の華を咲かせ、おまけに鼻血で鮮血に染めた。



「な、なにすんすか!」



 と、ちょっとした人間回路の発端となった類家が元凶のハルバートに熱い剣幕を張り向けた。先ほどトウコツに諌められたしおらしさが虚構だろうと、そう言った礼儀を見せておきながら、物凄い早変わりの様は天晴れとしか言いようがない。すごい肝を持っているようだ。



「お前の反転、場合によっては俺の部隊で裁かなくてはいけないかもしれないと思ってな……しかし、杞憂だった。悪かったな」



 アヌビスの中で特別維持の悪いと評判のハルバートが珍しく素直だった。これは気持ちが悪い。何か二心があるかもしれない――そう考えるのと同時だった。

 たったいま、テーブルのガラス面に生まれた赤いヒビの華。

 その下に出来た、変わった形の影。

 そこから、長い女性の髪が、闇を思わせる漆黒の有機が、這いずるようにして現れたのだ。



「ギャアァァァ!?!」



 上がった悲鳴は4つ、奈倉とカンナと類家、それから突然テーブルの下から現れた腕に足首を掴まれたエミルダである。



「……またズレた」



 一体、どれだけの人物がこの家にやって来るのだらろうか。

 家主のトキが数えたら、私含めて11人。

 即席のサッカーチームが成り立ってしまう人数で、その11人目、ヴィラ・ホート・ディマはテーブルの下から這い出てきた。彼女はすぐにリビングに集まった面々を確認し、それから、



「アイス、食べる人」



 などと、いきなり仕切り始めるのだった。そして私を含め、10秒後には全員が紙製カップに固まったラクトアイスを口に運ぶのだった。

 やはり夏に食べるアイスは格別なのだと思い知らされるが、肝心の彼女の目的は謎だ。



「少し早めの暑中見舞いを兼ねて、少しトキに聴集したいことがあるの」

「あいつぁ、いま引きこもってる最中だとよ!」



 ディマの登場に舌打ちしたトウコツとハルバートが現状を知らせる。

 おそらく大事な質問をトキに向けようとしているディマに、無謀と分かっていながらも私は踏み込んで聞いてみる。



「言伝が可能になったら、私から――」

「いいえ、貴女にも同じことが聴きたかったの。可能性は低いけど……」



 テーブルの上に新たなアイスを山積みし、ソファの面々を黙らせたディマが真剣な眼差しで――やはり暑いのか、年がら年中着通している漆黒のコートを脱ぎつつ――どこからともなく懐中時計を取り出した。



「この懐中時計、誰がやったか心当たりは?」

(銃弾を受け止めている、懐中時計……どこかで見たことあるような時計だけど?)



 心無しか、事務所に設えたボルトの部屋あたりに置いていたような気もしなくはないが、確信を持てないから断言もできない。しかし、それが意味するところが見えないのが怖い。協会から歴代最強の見識を持つ魔女の質問に、下手な答えを返した途端に何が起こるか、悪い予測しかできない。



「……白状するなら、これは“ボルトの封印”を成し、幼児体型のまま魔力と記憶の一定以上の回復を阻害していた魔力凝縮体。『夢幻時系』という魔法陣」

「え、むげんどけい?」



 なぜか、反応したのはアキだった。

 当然魔女の視線は彼女へ向き、違った質問がアキを探る。



「貴女、どうして知っている素振りを?」

「知っているから」


「……どこで?」

「お母さんから聞いた」


「貴女の名前は?」

「お母さんは……お母さん」



 自分の母親の名前さえ知らないとかどんな環境で育ったのか、私には想像できなかったが、



「でも私、色世、秋」



 突然、魔女の表情が変わった。何かに気付いたのか、アキを上から下まで見回して壊れた懐中時計を自分の影に落とし仕舞う。先に述べた要件を自分から切り上げ、魔女は視線を学生服姿の数名に向けて嘆息する。



「お邪魔したわね」



 そう言いながら、ディマはアイン、播夜、類家の前に立ち、



「少し連れて行くわね」

『え?』



 誰に告げたのかよく分からないが、魔女は3人の学生SRをどこかへと連れて去るのだった。ほとんど、問答無用に。

 誘拐と何が違いあるか、私には分からない。当然目的も不明のままだ。

 結局、魔女はトキに質問したかっただけなのだろうか。他にもありそうな気がしたが、それよりも一気に四人居なくなり、強いて言うなら魔女が居なくなったことに安堵して急激に態度がでかくなったアヌビスとトウコツが、私にはムカついて仕方がない。



「魔女も色々大変そうだねぇ」

「まったく、それに比べて学生は暇そうでいいよなぁ」



 などと口もらしているあなた達も暇人の部類に見えるが、どうせサボりの二心でここにいる確信犯のだろう。言い聞かせるのも面倒だし、力任せに追い払うにも重労働だし、黙って帰ろうとするのを待つしかないか。幸い、根比べの術を修練中だから良い機会とも捉えることはできる。



「お兄さん達はヒマそうですね」



 だがこの地雷、エミルダである。



『あ゛ぁ?』



 図星なのかどうか分からないが、穏便に進めようとしていた空気が完全に絶えたのである。女装少年の一言によって。



「協会ではアルバイトとかありますか?」



 少年が満面の笑みで聴く。

 よりにもよって、人の仕事を横から奪い取ることも厭わないと噂されている危険人物に。

 さすがに翼は止めようとエミルダの肩に手を置いたが、最悪なことに二人の方を止められる者が私しかいない。アキなんてこの状況、この空気の中で呑気に麦茶を頂こうとコップ片手に冷蔵庫まで行って戻ってくる。



「協会のバイトは全部登録制だ、ク……ガキんちょ」

(ん?)

「登録するかい? いますぐ登録するかい? でもごめんねぇ、俺ら超忙しいんだわ」



 暇人(×2)が姿勢を正してエミルダに向き合う。

 いきなりどうした、何があった。



「ハイ!」



 なんだかいきなり礼儀をただし始めた二人にエミルダがまた満面の――って、原因分かった。あなたか。



「いいねいいねぇ~!

 やっぱり部隊長クラスになるなら登用もできなきゃお話になんないと思うんだよね~!」


「ぅをッ!?」



 背後からの声に思わず翼がソファから跳ね上がる。

 それもそうだ。

 いつの間に来ていたのか、エミルダの背後、トウコツとアヌビスの眼前には、上司にして組織内最高権力者の協会長:オウル・バースヤードが、秘書を努めるジャンヌと共に立っていた。



「挨拶が遅れたな。協会長オウル・バースヤード。

 今日はトキに謝罪の意を胸に参上させていただいた。

 で、トキはまだ凹んでる?」

「同じく協会統括司令、ジャンヌ」


 

 またしても面倒臭いのがトキを訪ねてやってきた。




 

 ↓




 Next→


【四凶編】次回ラストになります。

【四凶の乱編】次回ラストになります。


(というか、どっから何処までが1セクションだったか、その区切りがちゃんと表現されてないから、

 “実は四凶の乱編が三部にあたります~☆”

 なんて今更言えないしなぁ……orz)



※どうでもいいけど※

コントンの意を理解できる人間がいたら神格。




 

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