第6話-Respectable vice!-
続き
(鐘の音が止まない……)
これが異常なのはわかる。
でも、この異常がわかるのは私だけで、本人はまだ気付いていない。
この止まない鐘の音に……
それが何を意味し、どんな結果を生むのか?
彼自身、それを知らない。
もしかすれば、知る機会が来ない可能性も..
(でも、誰にも負けない力――)
それだけはハッキリわかる。
いま、ベッドの上で横になっている彼女。
それでも、離れた場所で戦っている彼のことを理解することは出来た。
恐怖。
自分への失望。
浮かび上がってきた希望。
―――
ふと、彼女は自分の力について考える。
(……)
自分の力のせいでベッドの上での生活を余儀なくされている彼女。
そんな彼女にとって、彼は――
(本物の希望になるかもしれない)
Second Real/Virtual
-第6話-
-Respectable vice-
僅かな亀裂音――
リーダーアヌビスは頭上を見上げた。
(結界が破られたか)
つい数分前に出現した男によって戦局は大きく変わった。
まるで幽霊の如く湧いて出たその男、ソイツはいま……
「伏せろトキ!」
(敵対――
最も非力な者への助力を……)
リーダーアヌビスがそう考えた瞬間。
また1人、仲間が倒れた。
(強っ…!!)
トキは味方として現れた男、フィングの実力に息を呑んだ。
四方から襲い掛かってきたアヌビス相手に無傷。
しかも、全てを返り討ち。
一瞬で撃破数4。
半数近くを片付けた。
そんなフィングに恐れをなした1体のアヌビス――クロスボウの奴が叫んだ。
「何なんだキサマは!?」
アヌビスが叫び終えるのと、そのアヌビスの視界からフィングが消えたのは同時だった。
手刀。
アヌビスの首に切れ筋が走り……
頭が地面に落ちる。
撃破数5!
残りのアヌビスもその実力差に驚かされた。
「隊長!奴は何者ですか!?」
スローイングナイフのアヌビスが聞いた。
あんな奴知らない。
何者なのか聞かずにいられない!
「フィングだ」
「フィング……?それって!?」
リーダーアヌビスの回答を聞いたアヌビスたちの表情が変わる。
トキはその様子から、アヌビスたちはフィングのことを知っているのだと確信した。
「まさか、あのフィングか!?」
ランスを持ったアヌビスまで驚きを隠さない。
(有名人?)
どっかのスターなのか?
と、頭にクエスチョンを浮かべつつ、フィングに言われた通り動き続けるトキ。
実際のところ、その憶測は当たらずとも遠からずというところだった。
フィングが有名なのには間違いのだが――
“SRの世界”での話だ。
「ああ、あのフィングだ」
同時――
6体目、スピアアヌビスに強烈な回し蹴りが決まる。
超高速で突っ込んだアヌビスに合わせた一撃。
スピアのアヌビスは慣性に従って屋上の鉄柵まですべり、激突。停止した。
「間違いない。再生のSRだ」
「ご名答!」
リーダーアヌビスの口から出た言葉にフィングは解答をくだす。
「再生?どうしてそんな奴にこれだけの……!?」
再び、アヌビスたちの視界からフィングの姿が消える。
1体のアヌビスが気付いた。
「後ろだっ!!」
言われたものの、モーニングスターのアヌビスは完全に出遅れた。
強烈な裏拳。
背後からの一撃。
頚椎をあらぬ方向へ曲げられたアヌビスは、その場で崩れた。
「侮るな……完全再生の奴だからこそできるのだ」
アヌビスの解説を聞いたフィングは、再び正解を口にする。
「その通り。
君たち、“再生”がどれだけの能力を秘めているか知っているか?」
余裕を見せるフィングにスローイングナイフが迫った。
しかし、当たらない。
直前で全て叩き落す。
「馬鹿な!?」
投擲したアヌビスは目を見張った。
フィングの姿は一瞬で――先程倒したはずの“藍”になっていた。
「再生(Replay)」
声・武装までもが全く同じ。
その時……
「黙れ」
リーダーアヌビスの奇襲攻撃。
フィングと同じように、一瞬で視界から消えて背後に回りこむ。
「あっ!止まれ!」
トキは、奇襲を許したフィングを見て叫んだ。
が、力は発動しない。
(クソッ!止まりやがれ!)
ナイフがフィングの体に入る。
右肩。
背後から心臓へ一直線に切り込まれる。
が……
「残念――再生(Restoration)」
「その前に死んどけ!!」
スローイングナイフ。
それが次々とフィングに突き立てられていく。
うち1本――左目に刺さったナイフは脳に達した。
しかし、それでもフィングは止まらない。
「無駄。
これも再生(Revival)」
刺さったナイフを悠々と引き抜き、フィングは背後のリーダーアヌビスにそれを突き立てた。
フィングの傷口がみるみる塞がってゆく。
貫かれた左目もすでに元通りになっていた。
(くっ……!
我々では歯が立たないか!)
それを悟った瞬間――
フィングの姿が芹真へと変わり、スローイングナイフのアヌビスを縦真っ二つに切り裂いた。
(すごい、1人……)
残りはリーダーのみ。
他のアヌビスは芹真や藍の姿・戦闘力を再現したフィングによって倒された。
残されたリーダーアヌビスにフィングが迫る。
(くっ!この動きは…!)
フィングが再生した芹真の動きにアヌビスは目を凝らし、後退。
目まぐるしいなんてものではない。
明らかに自然の摂理を凌駕した人ならぬ速度。
目がついていけない。
弾丸さえ簡単に見切るアヌビスが見失ってしまうほどの速度で、フィングはリーダアヌビスを撹乱した。
(まずい)
ふと、中華料理店と病院に突入したグループの安否が気になった。
が、そんなこと気にしている暇はない。
攻撃が来る。
真正面。
(ガードっ!!)
しかし、アヌビスを襲った攻撃は打撃ではなかった。
鋭利な刃物。
(ナイフ?
背後!?)
ガードは意味を成さず、アヌビスの背中にナイフが突き立てられた。
アヌビスは咄嗟に空中へと飛び出す。
その途中で自分のナイフを逆手に持ち、防御体制をとる。
衝撃に耐える覚悟を決め――
しかし、フィングはいとも簡単にガードをこじ開ける。
再びアヌビスの防御を突破したフィングは、最後のアヌビスを真正面に捉えていた。
――もう、ガードをさせない。
(あっという間に8人のアヌビスを……)
トキはフィングという男に戦慄し、味方で良かったとつくづく思った。
(馬鹿な!?)
腕一振りのもとにナイフを破壊したフィングは、更に姿を変える。
アヌビスは手持ちのナイフを破壊されたことに動揺していた。
(“裁決怨霊の集合体”から作られたこのナイフを、一撃――!)
そう。
裁決怨霊から……
断罪を望む怨霊。
それが篭ったナイフは、善人は食わず、悪人の肉を喰らう。
全てに等しき審判を下す道具だった。
篭る怨霊が裁判官。
今日まで幾千もの罪を裁いてきた。
(ここで終わるのか!?)
最後のアヌビスは全てが遅かった。
――空中で全てを終わらせる。
そのため変身したフィングは両手を広げ、手に光を纏った。
そして、女性の姿を再生するフィングは笑う。
「この姿を手に入れるのに苦労したのよ」
「な、に?」
フィングが再生した女性の声、容姿、服装、目の色、話し方――
そのSRが最悪の相性のアイツであることをアヌビスは理解した。
「誰だアレ?」
見上げていたトキは疑問を持った。
長くナチュラルな金髪。染めたものじゃないと一目でわかる。
見るからに自分より年上なのもわかる。
そして、何より強い。
そんなオーラが零れ出ているようだった。
「終っわり〜♪」
フィングの両手が外側から内側へと振られる。
その光景を目にし、アヌビスは目の前のソイツのことを思い出していた。
(アイツか)
強烈な閃光が最後のアヌビスの体を圧し潰した。
それはまるで紙くずを掌で握りつぶすようなものに見える。
更に、フィングはアヌビスの魂を一瞬で焼滅させてしまう。
(――圧倒)
フィングは、1人でアヌビスを殲滅してみせたのだ。
殺しても蘇るはずのアヌビスたちが蘇らない。
空を覆っていた黒色結界は完全に破れ、僅かに残ったオレンジ色の空が目に飛び込んだ。
それを確認し、フィングはトキの前に着地。
同時、元の姿に戻る。
「トキ。感謝するよ」
「――え?」
不意を突かれたトキ。
感謝すべきはこちらじゃないのかと、疑問を持った。
突然現れ、危ないところを助けてくれたんだ。
感謝すべきはこっちじゃ――
「いや……そうか。
じゃあ、こう説明すれば納得してくれるか?」
その時フィングは、トキの肩越しに2人を覗き見た。
視線を追ってトキはそれを理解する。
戦闘で負傷したハンズと藍。
「僕の力は他人の能力を“再生”すること」
「俺の力も再生したと?」
「ご名答!だから最初トキの前に現れた時も、周りは止まっていたろ?」
なるほど。
やはりこいつの仕業だったか……
「まぁ。そういうことで、僕も時間を止める力を手に入れることが出来たし」
「………
え〜っと、フィングさん?」
トキはフィングを指して尋ねた。
フィングはすぐに頷く。
「途中で藍とか芹真さんの姿になっていたりしたけど」
「ああ。藍も芹真も再生(Replay)できる」
「オレの姿にもなってましたよね?」
フィングが再生できるのは姿だけじゃない……
本当に他人の全てを再生できるようだ。
となると、気になってしょうがない事がある。
それは、どうすればフィングは相手の姿を再生できるようになるのか?
「ディマにもなれるし、あそこで寝ている馬鹿も再生できる。
まぁ、どうするかは企業秘密だけどね」
どの馬鹿のことかはあえて見ないことにする。
トキは単刀直入に聞こうとし、直前で別の質問が浮かんだ。
どんな質問か?
それは、とても重要な質問。
ついさっきの戦闘で、フィングの強さに惹かれたのもあり思い出したのだ。
「SRの力って、どうやって強くなっていくんですか?」
そんなトキの口から出た質問がこれだ。
フィングは意外な質問に意表を突かれたらしく、
「何?強くなりたいの?」
頷くトキ。
フィングから見たトキの目に迷いや中途半端な光は見られなかった。
「じゃあ、まず何で力が必要なのか、理由を言ってみろ」
「……理由は、弱いから」
「まぁ、確かにザコもいいとこだ。それで?」
「芹真さんたちと会って、やっぱオレだけが非力だってわかったのが嫌で……」
「それは嫉妬か?」
芹真の名を聞き、フィングはトキとパイロンを重ね見た。
自分の弱さ、芹真事務所のメンバー。
パイロンとトキは同じ事を言っている。
新たな質問にどう答えるか、フィングは少し意地悪な気持ちになってきた。
「わからない。
けど。どこにいても弱い自分が許せないのは確かだ」
フィングは何も言わずに何度も頷く。
(ここまで言うこと同じか……)
それからフィングは何か考え始め、トキは黙って回答を待った。
自分から聞いたんだ。
フィングが何を考えているのかわからないが、考えている相手の思考を遮ることは良くない。
そう判断し、回答を待つことにしたのだ。
「―――あ」
フィングが口を開いたかと思うとまた考え込み、
「………ふん」
何かに納得し、何かを悩んでいる仕草を見せる。
実際のところ、何を考えているのだろうか?
「う〜…―ん!
そっちの方が楽しいな」
何らかの結論が出た。
どんなことを考えていたのかトキは知る由もない。
ボルトだったら別だろうけど……
「メイトスに狙われているって言うしな」
「知っているんですか?」
「いや、知っているからこそ俺は戻ってきたんだよ」
「え?戻るって?
あ、じゃあ、事務所の――?」
狙われている、戻る。
そんな言葉がフィングを事務所員とつなげる。
トキの短絡的で安易な思考にフィングは苦笑した。
「2つ違う。この世界だと大騒ぎなんだよ。
協会がトキを手にするか――
メイトスの手にかかるのが先か、ってね」
オレはそんな賭博の対象みたいに見られていたのか?
初めて知った事実に、腹が立つ。
「芹真たちはそんなお前を護ってやるために勧誘したそうだが?」
実際のところ、芹真本人はどう考えているだろうか。
「もし、つまらない理由で――
弱い自分を否定したいためだけで戦いたいと、言っているならやめた方がいい」
フィングも心配して言っているつもりだ。
「――ぁ、そうか」
そのフィングの言葉を受け、トキは自分なりの答えを見つけた。
とても稚拙で簡単な答え、
「心配されないほど強くなりたい」
「本気か?」
「本気だ」
トキの中の答え。
今まで何かを求めて試行錯誤した結果。
どうしてか埋まらない“何か”
変わらない日常。
「誰かに心配されるのが嫌なんだ」
トキは自信を持ってフィングに言った。
が、
「だから、そういうのをつまらないプライドって言うんだよ」
フィングの表情が変わった。
笑顔が真剣な面持ちになる。
それだけ、トキのことを真剣に考えてくれているのは言うまでもない。
「でも、それだけのために今まで色々試してきた……」
そして、やっと出会った。
目の前にあるきっかけを逃したくはない。
「違うな。お前は誤解しているんじゃないか?」
「誤解?」
「心配されたくないなんてのは言い訳でしかなく、本当はいままで恐くて逃げ続けていた」
「だったら、もう逃げたくない。
それだけでも理由は充分なハズ」
2人の間に沈黙が降りた。
やがてその沈黙をフィングは破――
「芹真さんたちに会って、それがわかったんだ」
――ろうとしたフィングより先に、トキの声が通った。
「本当にいいんだな?」
「今日で襲われたのが2度目。
これからも自分だけが蚊帳の外なんてのは嫌だから」
「OK。じゃあ、教えようてやろう」
いやにあっさりと認めてしまったフィングに僅かに疑問を抱く。
そんなトキの心境を知ることもなく、フィングは説明を始めた。
SRの養い方。
それは――
「さっきも言った通り、強く願うこと。
どんな時にどんな風になればいいのか、それを想像してから使えば効率がいい」
「つまり……?」
「未来を想像して、そうなれって願えばより効率的だってこと。
ポイントは“想像力/創造力”と“状況の未来位置”だ。
後は使い方次第」
以上。
説明終わり。
(え?それだけ?)
「そうだよ。これだけだよ!」
いきなりボルトの姿になったフィング。
読心術。
なるほど。
能力まで再生できるんだ……
――正直ウザい。
ボルトの姿のままフィングはトキに質問する。
「ねぇ。トキは、何かのために必死になったことはある?」
「――テスト勉強の時とか?」
「そうだね〜。
学生じゃその程度のものだもんねェ〜」
またしても真意が掴めない質問に、トキは顔を歪ませた。
「悪いかよ?」
「悪くはないけど大問題だね」
いや、それ悪いんじゃないのか?
大体、何が問題なのかさえ理解不能。
それなのにフィングは、
「じゃあ、僕は」
元の姿に戻り、踵を返す。
「そこの2人が目覚める前に退場するよ」
中途半端なところで話を切り上げてしまう。
「は!?」
あまりにも唐突な退場宣言。
“何で?”以外に言葉が浮いてこなかった。
――ってなわけで、
「何で?」
慌ててフィングの背中を追い、トキは聞いた。
「出来たら、俺の名前を口にしないで欲しい。
事務所の誰にも話さないのなら後でいいこと教えてやるからさ」
「いや、ボルトがいるから無意味だし」
超読心術――
つうか心の覗き魔?
そんな能力を持ったボルトの前で隠し事は無意味。
つうか無理!
最近の例では芹真さんの雀荘入り(秘)が発覚していたし。
「って、その前にもう一つ分の褒美もあったなぁ……」
またしても1人だけ納得したように話すフィング。
全体を把握しにくい。
具体性にかけるフィングとの会話はトキに多大な疲労感を与えた。
「トキ。階段昇っている途中、俺に気付いただろ?」
言いながらフィングは芹真へと姿を変えていく。
(え、階段?)
脳裏に足を止めた時のことが思い浮かぶ。
何故か路地が気になったあの瞬間。
「あの時、俺がショーテルのアヌビスを破壊した」
突然の暴露。
トキが階段で足を止めたのは、何かが一瞬きらめいた気がしたから。
そのきらめきこそ、ショーテルアヌビスの死。
フィングは最初から、アヌビスの姿を装ってあの場にいたのだ。
「よく気付いたものだな。
他のアヌビスたちですら俺だと気付かなかったのに」
「じゃあ、最初から……」
「ああ。俺は居た」
つまり、アヌビスたちの五感をもってしても、声、匂い、動作、口調、姿――
それら全てを完璧に“再生/再現”しているフィングを判別することは不可能だったということだ。
「で、偶然だろうけど俺に気付いた褒美」
突然振り返り、
「ほら、これ」
(何コレ?)
いきなり目の前に差し出されたモノ……
(紙の束?)
異様に薄い何かが、相当な数重ねられているそれは紙にしか見えなかった。
色も白い、一枚一枚が軽い。
「特殊な金属らしい」
「――へぇ?」
何とも間抜けな声がトキから漏れた。
「以前、ボルトの友達ってのが来てさ。
そいつに貰ったんだが、俺にとって不要な物でしかない」
渡されたものが金属であるという事実を受け入れることが難しい。
常識的に考えて、この大きさと重さから“紙”以外に考えられない……
それなのにフィングはこれを金属と言った。
特殊な金属だと。
「そこで、押し付けるわけじゃないが、俺には再生の力があるからさ。
不要なんだ。貰ってくれ」
何者だよ――
ボルトの友達。
色々考えているうちに、フィングがドコからその紙……
もとい、特殊な金属を取り出したのか?
その疑問が浮いてくることは2度となかった。
「それじゃ」
直後、フィングは一瞬でその場から姿を消した。
芹真たちが戻ってきたのは、フィングが去ってから2分も経たないうちだった。
パイロンの店で会合中に襲われたのだという。
しかも規模はトキら3人を襲った数の3倍。
それでいて芹真さんやボルト、ディマ、クワニーは無傷で帰ってきた。
パイロンの傷がまた増えたという話も少し出たが、誰もあまり多く語らなかったことから生きているだろうし、重症でもないと判断した。
パイロンの店を襲ったアヌビスは2、3体を討ち逃がして全て失命に追いやったという。
ほとんどをディマとボルトが片付けたという。
話をしながら全員で事務所の後片付けをした。
それまで聞いてばかりのトキも、こっちで起こった戦闘のことを聞かれ――
「えぇ〜!
フィングが来たの〜!」
案の定、真っ先にボルトに心読まれた。
“いいこと教えてやる”――ってのにかなり期待していたのに……
早くも見えない楽しみを奪われたトキは致し方なく頷く。
「マジかよ……」
その話には、芹真さんも信じられないというような表情を見せた。
特に、芹真さんの横。
ディマとクワニーの驚きようが………
ディマは心臓が止まったんじゃないかと思えるほど完全に硬直している。
クワニーの場合、動揺してなのか――いきなり腰抜かしたかと思うと後頭部をテーブルにぶつけて悶えていた。
「でも、完全に戻る気配は見せなかったみたいだよ」
トキの記憶まで読む。
ボルトの説明に2人が冷静をとり戻す。
藍とハンズは未だ横になって目を開けない。
「有名なんですか?」
聞かずにはいられないフィングの詳細。
なんたって、アヌビス達ですら怯んでいたくらいだ。
それに、あの戦闘能力の高さ――
脳裏にその時の光景が鮮明に浮かび上がる。
「なるべくハンズに言うなよ」
我に返ったクワニーがトキに前述する。
――何故ハンズなのか?
ハンズの性格を思い出してみるといい。
トキの脳裏にイメージが浮かんだ。
非常に子供っぽく、負けることを極端に嫌うハンズ。
アヌビスに負けたことで尾を引かせないためか……
――と、思いきや、
「本名:フィング・ブリジスタス
正真正銘、ハンズの兄貴だ」
―――THE 兄弟。
「え――マジ?」
トキは思わず頭の中で2人の戦闘能力を比較した。
確かに、ハンズは共闘するなら心強い人物だ。
頼りになること間違いない。
――が、フィングはどうだ?
圧倒的すぎる火力。
頼りになるなんてモンじゃない。
いっそ全てを任せてしまいたくなる程の力の持ち主。
力の差がありすぎる。
「何年前だっけ?
突然姿を消したの?」
「7年前」
芹真の質問に、ディマが回答。
「“完全再生”或いは“完璧再現”のSR。
こっちの世界じゃ知らぬ者ナシってくらい有名だけど――」
「あだ名は“リスペクタブル・ヴァイス”
または“コレクター”」
「その由来が度重なる謀反・反逆行為」
「それから能力採集」
突然一同が沈黙した。
トキも倣って沈黙を続け、フィングのあだ名を頭で復唱。
「変態よ」
「変態だ」
「そう。変態だな」
「あ〜あ。戻って来たんだ……あの変態野郎」
いきなり零れた悪口。
(え?
掌返したように皆どうしたわけ?
いや、つうか――それ言いすぎじゃない?
つうかディマさん変態ってどういうこと!?
それにボルト!
何でそんな戻ってきたことに残念そうな顔するの!?)
「だってさぁ、トキ……
フィングから話聞かなかった?」
「何の話だ?」
「フィングの再生能力の強化方法〜」
「フィングは相手の血や細胞から能力を読み取る力があるのだ」
「それに、あいつコレクターなんだよ。
ネクロフィリアだっけ?その気があるんだよ」
「そうだ。ネクロフィリア」
「そんな奴を変態と言わず、何が変態か……」
手厳しい言葉を放つ芹真、ディマ、ボルト。
しかし、トキからすれば――
「いや、ネクロフィリアって何?」
根本的な疑問。つうか問題。
まず、そんな単語聞いたことない。
何それ?
流行の18禁word?
変態=エロスにつながる。
これでもトキは頑張って頭を捻ったほうだ。
(さっきまで生きるか死ぬかの世界を体験したばかりだからさ)
ろくに頭の働かない。
だから――
変態→マニアック(?)→やらしい→18禁
と、つながったのだ。
トキの質問に答えてくれたのはまたしてもクワニーで、
「“ネクロフィリア”ってのは死体に興奮する奴のことで、屍姦症ともいう精神病だ」
大半が精神病なのか一瞬疑問に思った。
が、トキもそれで大体納得。
死体に興奮。
マジでいるのかよ……そんな奴?
「だから、フィングがそうなんだよ〜」
本日、心読まれること3回目!
正直疲れる(精神的に)〜…
「トキ。深夜徘徊は避けたほうがいいわよ。
フィングは、自分が再生できる能力を手に入れるためなら何だってするから」
ディマからの忠告を吟味するよりも早く、
「私なんか解体されそうになったんだよ!」
ボルト憤怒。
頬を膨らませて、眉間にしわ寄せ怒りを表現している。
「自分の趣味のほうに走りやすいからなぁ」
芹真も呟く。
“素直に忠告を受け入れたほうがいい”と即判断し、トキは黙り込んだ。
(まさか変態だったとは――)
あんな強いのに誰が予想できたか?
とてもじゃないが、まともにしか見えない。
見た目ならハンズの方がよっぽど変だし……
「ちなみにフィングはうち(ホートクリーニング店)のメンバーだから」
どこか鬱の気が入りかけているディマがそう教えた。
詳細を言うならこうだ。
ホート・クリーニング店の実質ナンバー2。
ディマよりも断然若いにもかかわらず、実力でディマに迫る猛者。
それがフィングだ。
猛者。であり、変態――
店長であり、同じSRであるディマが頭を抱えるのも当然だ。
ハンズと兄弟ということもあって、店が抱える2人目の問題児でもあるのだから。
(ボルトに心の内読まれて助かったことになるのかな……)
フィングが言っていた“お楽しみ”――
正直、その言葉自体怪しいものだと思えるてきた。
「でも戦績は確かでぇ〜」
ぐったりとやる気ゼロな態度でボルトが言う。
が、違う。
やる気ゼロではなく、眠気だった。
眠気99%!
気が付けばボルトの目蓋は落ちかけていた。
「テロリスト狩りだけでも何十回。
謀反予防に〜
護衛〜
銀行強盗退治〜
……え〜
…ぅ〜
眠ぃ―――」
睡魔と闘いながらフィングの戦績を説明するボルトは、ついに睡魔に敗れた。
眠いと宣言。
3秒後にお休み。
芹真とディマ以外、意識が飛ぶ直前に眠いと喋る子供を見るのは初めてだった。
睡眠へと突入したボルトを芹真さんはベットまで運び――
戻ってきた頃。
今度はいきなりハンズがソファの上で目を覚まして飛び起きた。
「だぁ〜!!!
ぁんのクソ野郎ぉ!!」
あまりにも不快な大声にうんざりしたクワニーが――
「ふっ!」
顔面へ下段突き!
ハンズは再び夢の中へ落ちた。
起きて2,3秒足らずの出来事。
(いっそ起きないほうが良かったのでは?)
再び夢の中へ落ちていったハンズを見ながら、ディマがため息をついた。
「それじゃあ、私達はこの辺で去ることにするわ。
クワニー」
切り出したディマの一言にクワニーはハンズを見下ろす。
そういや、ディマたちのクリーニング店がどこにあるのか知らない。
トキは場所くらい聞いておこうと思い、
「嫌よ」
スゴいこと判明!
ボルト同様、ディマもある程度心が読めるらしい!
即否定されたのだ。
「自分で探しなさい」
言い残してディマは出入り口へと向かった。
クワニーはハンズを持ち上げてディマの後ろをついていく。
3人が出て行き、出入り口の外でディマが簡易魔法を使用。
「ありゃ、高速転移術だ」
芹真さんの有難き説明。
外に出た3人をディマが操る影が包む。
真ん丸の球。
その形を意識した時――
いつの間にか影は消えていた。
ディマたちは帰ったようだ。
――
――にしてもだ。
“探しなさい”って言われても、電話帳とか見れば一発じゃないか?
「さて、トキ。
夕飯どうする?」
芹真の目が藍へ、それからトキへと向く。
当分起きそうにないと悟ったのだろう。
「ビニ弁とか?」
「パイロンも疲れているだろうしな。
うん。やっぱそうするのが一番だよな」
夕飯決定。
コンビニ弁当。
と、その前に……
「そういやトキ。
俺の友人がお前の家直しておいたって」
出ました。
いきなりな宣言。
今更?とか考えつつ、トキは聞いた。
「芹真さん。その友人もしかして……」
「もしかしなくても、SRだ」
ダメだこりゃ。
何となく、そんな気分にトキは陥った。
冷静に考えれば“そういや”は余計じゃないか?
仮にも人様、つうか俺の家だぞチクショウ……
その時、更に芹真は何かを思い出し、
「話し変わるが、お前らの方に現れたアヌビス――
本当に10体だけだったか?」
突然の質問。
当然トキは、
「わかりません」
あの時、恐怖やら混乱やら……etc
で、いっぱいだったトキにアヌビスを数える余裕さえなかった。
今さらだが本当にアヌビスが10体いたのかさえ、判らなくなってきた気がする。
「いや、たまにゴーレムかフェアリーの類が付いていることがあるからさ」
「…ぁ(…」ありえネェ…)
一瞬言おうとしたが、心の中で呟くにとどめた。
そう思いながら財布を用意。
芹真さんはすでに事務所の扉を開けて外に出ていた。
人ごみに揉まれつつ一番最寄のコンビニを目指す。
「芹真さん」
人ごみ賑わう路上。
いや、ホントにゴミって言っていいほど人影が多いんだって。
気になることを思い出し、トキは聞くべきか聞かざるべきか迷ったが、聞くことを決意した。
フィングの言っていた、あのこと。
「協会が俺を狙っているのは、俺を協会側に取り込むためって、知っていたんですか?」
「ああ。知ってた」
思ってもいない即答にトキは言葉を濁した。
そんなトキに芹真は続ける。
「俺は協会のやってきたことを許すわけにはいかない。
大層な正義を掲げておきながら平気で民間人や戦闘に不向きなセカンドリアルまで巻き込む。
トキに、そんな連中の仲間になって欲しくなかった」
芹真の脳裏に何十年も前の光景が浮かび上がってきた。
戦場となった山脈。
転がる死体の数、姿、どんな存在なのかも鮮明に覚えている。
それが芹真の“協会を許さない理由”
「あまり――
すぐに信じてもらえると思っていないから話すが、俺、ボルト、藍は協会のトップを殺すことにすべてを賭けている」
「トップ?」
「前に教えなかったか?
完全支配のSR:オウル・バースヤードと名乗っている男。
そいつが、俺の一族と藍の一族を戦わせ、全滅に追いやった張本人なんだよ」
そいつのことを考え、拳を強く握る芹真。
まだ、この手に友人たちの感触が残っている気がした。
それを……
「全てあいつの脅威になりえないからって理由で、だ?」
奪われたのだ。
自ら手を下さず、計略によって。
家族も、友人も、故郷も。
「一族って……」
突然の話にトキは戸惑った。
――本当のことを言っているのだろうか?
冗談でも信じたくないような話だ。
だが、芹真は真剣そのものだった。
コンビニに到着と同時、芹真は黙り込んだ。
数々の物品を品定めして会計を済ませる。
外に出た時、芹真は話を再開した。
「いま、SRの世界は暗黒時代の真っ只中にある。
その原因が協会だ」
トキは黙って聞いた。
「トキ、俺たちに協力してくれないか?」
沈黙が続く中、芹真は続けた。
「オウルのやり方に反抗できるのは俺たちしかいないんだ」
「……だから、戦っているんですか?」
トキは迷うことなかった。
戦う決意なら、とうに出来ている。
理由だってある。
だが、現時点でトキは非力過ぎる。
そんな認めざるを得ず、避けて通れない現実を真っ向から受け止める決意。
「俺は構いません」
「ありがとう」
非力という現実。
受け入れたからこそ決意できた。
“弱いから強くなれる”
「芹真さん、逆に――ちょっと聞いていいですか?」
お互いコンビニ袋片手に歩き続けること約10分。
事務所が目の前に迫ったところでトキは聞いた。
「メイトスも協会の敵なんですよね?」
「メイトスはSRを終わらせようとしているSRだ。
つまり、メイトスは全てのSRの敵でもある」
トキの質問に芹真は即答した。
帰ってきたのは Yesでも Noでもない答え。
「え?」
素直にトキは理解に困った。
事務所の扉に手をかける芹真が振り返り、
「メイトスは、歴史が進むごとに増えていくSRによる犯罪をなくすために戦っているそうだ。
最近聞いた話だと“不老不死”や“超長寿”を主な殲滅対象としているらしい」
「つまり……長生きを認めない、みたいな?」
「ん〜、まぁ……
そう言うことだな。
オウルもメイトスの対象とされているし。
メイトスの目的がSRの――」
ここで芹真の言葉が切れた。
何事かと窺うトキ。
芹真は嗅覚をフル活用し、
「藍が起きたみたいだ」
料理の臭いを嗅ぎ取ったらしい。
それを聞いたトキはフリーズ。
――コンビニに行った意味ねぇじゃん。
テーブルの上には多くの料理が所狭しと並んでいる。
(……有り得ねぇ)
外出約15分。
その間、これだけの料理を手がけたのか? 少なく見積もっても30皿はあるぞ?
なに?
単純計算で1皿30秒?
「……あ」
台所から姿を見せた藍の両腕には、お盆に載った新たな料理が……
「ただいま!」
芹真は元気に着席。
コンビニ袋を一瞬で自分の部屋に置いてきたのだ。
藍も寝ぼけているのか、それでもしっかり事務的な挨拶を返し――
「ねぇ、気がついたらアヌビスたちいなくなっていたんだけど、どういうこと?
いつの間にか事務所で寝ていたみたいだし」
芹真は首をかしげた。
誤魔化す気らしい。
「トキは知らない?」
「……さぁ」
芹真に倣い、トキも誤魔化すことに。
藍もそれ以上追求してこなかった。
それから芹真はテレビをつけ、3人は何事もなかったかのように食事に取り掛かる。
食事中にアヌビスの話題が出てくることは一切なかった。
(絶対誤魔化しているわね)
終わりよければ全てよしという。
終わっていない気もしていたが、藍は深く追求しようとは考えなかった。
(どうせワルクスが援護にでも来てくれたんでしょう)
自分なりに納得のいく理由付けをし、黙々と箸を進める。
まるで何事も無かったかのように今日という日が終わった。