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Second Real/Virtual  作者:
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第68話-Across the real!-

 

 The 決着..?


 殺戮の舞踏会が感慨もなく終わる。

 混沌極まる戦中で、そんな味気ない感想をもらす人間が、指折り程度だが存在する。

 色世時の名前を狙って参戦した織夜秋もそんな感情を抱く一人であり、同時に看過できない危機感に見舞われ空を見上げていた。



「トキ……?」



 戦場の真っ只中で全身黒ずくめの戦闘服(夏仕様)に着替え、死に物狂いのロリコン親衛隊長を悩殺したアキは、トキの気配に異変を覚えて両手を強く握った。



(名前をコウカンじゃないの? まだだよ!?)



 走り出す彼女を止めることができる人間はいなかった。押し寄せる人波が、一時的とはいえ勢いを失っているものの、キュウキの魔方陣と艦砲射撃の脅威は拭いきれておらず、防衛部隊の中には絶望と呼ぶ以外ない不利が渦巻き、それらを目の当たりに発狂者や自殺者まで出始めているほど協会の人員は圧倒され逼迫していた。

 ましてやアキ。彼女はそれまで芹真事務所の期待の新人たるトキと互角に渡り合い、四凶の中である意味で最強の火力を有するトウテツを相手に怯むことなく挑んでいったSRである。実力的にも状況的にも止められる者などいない。

 逆に誰も止めることがないという状況はアキにはありがたい。なにせ心より欲したシキヨトキの名前をくれると口約を交わした相手の危機に向かって、一目散に駆けつけることができるのだから。



(まだ死んでないっぽいけど、変なことになっている?)



 四凶軍と戦う兵士達を置いてけぼりに、死にかけの螺旋回廊を上り詰めてゆく。

 枯れ始めた木目兵の残党をあしらい、苦戦する味方を踏み越え、追撃の全てに(くろ)を散蒔き、頂上に到達して飛翔するノアを見上げて屈む。脳裏に蘇る会長の言葉を思い出しつつ、未体験の衝撃を己が身に刻んで跳躍する。


 “君の頭痛の正体は、行き場を失った時間に他ならない”


 会長の与えてくれたヒントをもとに、獣人や翼人ですらないアキは十数メートルも頭上へ跳躍してノアまでたどり着く。

 ノアの体表を触覚することもなく、視覚では水面に触れる時のような波紋を、しかし、すぐ鼻を突いた血臭がアキに戦場という生死を掛ける場所を喚起した。


 “トキはその力を クロノセプター と呼んでいる”


 着地するのと同時に走り出す。

 戦場を。

 が、戦場に降り立つや全力疾走を始めたことによって前方不注意だったアキは、スミレと額同士をぶつけてもつれ合い、起き上がる頃には不審者として認識されて防衛部隊員らによって銃口を向けられていた。



「誰だ!」

「何者か?」



 十名前後、全員SR。



「邪魔」



 全ての銃口を消し尽くしたアキは走り出そうとして、しかし――触わることができないロシア人に羽交い絞めにされ――強制停止を喰らう。



「何をするつもりだ!」

「トキと約束、助けだす!」



 羽交い絞めにするメイトスの腕に藍が触れ、一言でアキを助ける。



「彼女はトウテツを倒した、味方よ!」



 きつい視線を受けながらも解放されて走り出したアキ、その背中を藍は追う。

 トキのもとへ。


 アキを追う。

 意識を、背中で叫ぶメイトスから全身全霊をかけてトキを想っているかのように見えるアキへ傾け、白純血神殿の扉を突破する。

 時間がないことは誰もが分かっていた。

 アキがトキの危機を直感して駆けつけたのと同じように、藍も正体のわからない終わりを戦場から感じ取っていた。


 それがどんな終局なのか。

 明確に見えていない藍や、そもそもとして戦争の勝敗に関心のないアキと違って、メイトスには混沌が次の世代に継がれていくその現実を受け止めきれず、しかし、否定もしきれず、四凶継続という現象を断絶する可能性を持った二人の少女を止めきれなかった。

 誰もが手出しできない戦況なのだ。

 どう手をつけていいのかさえ分からない。

 唯一状況の進め方を知っている者も協会長くらいだろうが、ここに居ない、話ができない、声が届かないのでは意味がない。



(トキはここでどうなる?)



 白純血が脊髄通路にまで流れ込み始めた中、メイトスの脳裏には最初に受けたトキとの予言が、落雷のような衝撃を伴って蘇っていた。

 メイトスにとって、トキもコントンも最重要危険人物であり、本来の生物としてありえない寿命と人生を歩んでいる人間であり、現実という道を外して歩むセカンドリアルの住人である。

 自身がその最後になろうと心に決め、世間一般で言うテロリストに成り下がったメイトスは、トキかコントンか、いずれかを生かせと問い詰められる状況は想定こそしていた。してはいた。だが、爆発的成長を遂げているトキも、衰えることを知らない伸びしろを見せるコントン、またはフィングを、いざ目の前に据えてみればその選択は決して軽いものではないと気付けたし、甲乙つけがたい。二人とも揃って未来に重大な影響を及ぼす可能性がある。成長・変化の可能性を善悪という曖昧な概念で選別することはできないし、したくない。



「トキ、まだ生きてる!」



 彼女たちの声とそこまでの距離をクリアになるよう否定したメイトスは捉える。

 耳で音を。

 目で色郭を。

 肌で終わりを。ここが分岐点であるということを。

 選ばれる四凶は時間使いか、あるいはコピープレイヤーか。



「いまとるッ!」



 アキと藍がメイトスの静止を聞き受けないのは、見方こそ違えども大なり小なりトキに可能性を期待しているからである。

 特に藍は、まだまだトキについて知りたいことがあった。事務所でもあまり語ってくれなかったこと、一緒の学校に行ってどう思っているか、姉妹揃って遊びに行ってもいいだろうか、この戦いが終わったら――もし、まだトキが強くなりたいと思うなら、私と戦ってはくれないだろうか。



「迂闊よ!」



 メイトスも見守る中で、扉を通過したアキと藍。 

 しかし、藍の言葉を裏切って現実は静かな終わりを続けるだけだった。

 唯一の出入口より侵入したアキは、なんの歓迎も受けることなく白純血神殿に足を踏み入れ、そこに広がる光景を目の当たりにして足を止めた。

 続く藍も、アキと同じように踏み入れながら、その先に立つ誰かに戦慄を隠しきれず立ち尽くした。



「トキ?」



 そして統べし者は振り返る。


 --5秒前 白純血神殿内--


 時間凍結したコントンは、すでに肩口まで運動ができるまでに束縛から抜け出している。時間という概念からも抜け出して行動する怪物を、身動きを封じられて指一本動かせない状態からでは止めきることができなかった。



(どうする、クローズド・クロノでも止めきれない!ストックしていた時間も弾切れだし……!)



 白純血によって侵食されて塗り固められた下半身は動かせない、という以前に感覚そのものが消え失せていたのだ。それまで疲れた体を支えてくれていた足の感覚が消え、浮遊感によって掻き立てられる違和感が焦りを加速させる。

 弱体化を錯覚する。

 自由を失っていく。

 コントンが再び自由になりつつある。

 逃げ出そうにも、先手を打とうにも、身体の半分以上が白純血によって凍結している。時間がないうえに状況は詰みかけていた。



(俺も会長も殺されるのか?)



 白純血神殿で、この世界の全てが生まれた場所で迎える死。

 簡単である。コントンの愛用する大型拳銃:デザートイーグルの大口径弾を白純血に侵されていない顔面にでも撃ち込まれれば、どう足掻いても、いくら時間を先延ばしにしようと、約束された死を回避することは不可能で、弾道を反らすか、弾丸を消すか、銃撃を阻止でもしない限り存命はありえない。

 コントン(あるいはそのうちの人格の一人であるフィング)には、そうする行動力があり、創造力があり、動機があって、殺意があって、そして何よりも『時間』がある。



(これが、現実)



 タイムリーダー。クロノセプター。クリエティビティ・オブ・クロノ。クロスセプター。クローズド・クロノ。クラシック・ケージ。

 トキは自分が持ち得る全ての技の特性を思い返し、この現状を打破するに最も適切な術と活用法を考える。しかし、元々応用という現実から逃れてきた頭で、状況に追われて混乱気味の学生の頭で、しかも現実を否定して引きこもるような、逃げることを得意とし、考えないように務めることを得意としてしまった己を、しっかりと記録して認識しているいる頭だ。解決法を導くよりも、諦観が訪れる方が圧倒的に早い。

 だが、諦めたくない。それも現実だ。



(……まだだ、まだ現実なんだ!)



 思考を続ける。

 時間を止めようにもコントンには通じない。

 何か道具を創造しようにも、これまでの戦いで武器を創り出すだけの時間は全て使い切った。

 互いの全てをさらけ出しあって衝突してきた今に至っては、クロス・セプターは役に立たない。

 クローズド・クロノも、実際にアキのように遠距離攻撃に使ってみてわかったが、素手で直に打ち込んで使うよりも消耗が激しく、また拘束時間も不安定で信頼性が低い。時間のストックも体力も枯渇寸前の現状で使うにはリスクが高すぎる。

 何より、素手が塞がっている。その点を挙げてしまえば、トキの攻撃は殆どが近距離戦に特化したものに偏っており、遠距離に時間を飛ばす技が辛うじてクローズド・クロノだけなのだ。クラシック・ケージは論外である。消耗する時間が膨大で、手持ちの時間では発動不可能だ。



(聞こえるかトキ)



 会長の声が、不思議な響きを伴って全身を打った。

 既に口元を白純血に侵食されて声が、それどころか、呼吸さえままならないはずの会長は、どうやってかコントンに悟られることなくその意思が--諦めるには早すぎる--伝わってきた。



(俺の時間を使え、左腕の時間を――)



 それは、現実(リアル)的にはかなり手遅れな現状にありながらも、生きるという強い姿勢を見せたトキに心打たれた結果だった。

 老人の一人は、己を差し出したのだ。



(お前の“右手のクロノセプター”を使ば二人とも助かるだろう!)

(なんか、なんかッ、嫌すぎる!嫌なことを言っている!)



 老人のオールが左腕を差し出す。

 脈動。

 皮膚越しに伝わる生命力は、とても人外な歴史を歩んできた老人のものとは思えないほど活力を錯覚させ、高熱を思わせた。



(生きるのだろ?)

(でも……)



 コントンの両腕が己の胴体を確かめるように動き始める。



(お前ならクロノセプターで切断した腕だろうと再生も可能だろう?)

(それは、できる……!)



 オール・バースヤードが最後の質問を投げつける。

 生きるという現実。

 その裏に消えていく犠牲、先駆者の存在を。

 ――戦い抜く、生き続ける、存在を証明するために、先駆者たちの意思を汲み取れるか。

 自分が生きるため。

 他人の屍を踏み台に。

 確証も何も約束できない未来へ向かい、その好意を無為にだってしかねないのに、受け継ぐという責任を背負いきる自信もないのに、


 それでも、君は現実に居たいか?



(……ッ!)



 決断は一瞬だった。

 全身の時間凍結から抜け出したコントンは、とどめにと両手に星黄・畏天のふた振りを翼のように大きく構えてトキとオウルの首めがけて振り下ろした。

 そんなコントンの胸部中心を、トキの拳が貫いたのは刃が振り下ろされた、まさに直後である。



「ト……っ!」



 展開された低速世界。

 その階層を抜けてトキと同じ速度世界に身を置いたコントンは、両腕が空を切る感触を確かに、背後からの銃撃で両手の双剣を撃ち落される。

 会長の首を前にして背後のトキへ振り返り――すでに懐、か――顔面に大振りで繰り出される左掌を受けて意識を失った。



「これが、会長の時間……ッ!?」



 その時、白純血神殿の入口まで迎えに来た藍とアキの二人の姿を目撃し、我に返ったトキは急いで左腕を失った会長を侵食する白純血――“保存対象に触れる”ことによって“記録媒体へと変質”した『白純血溶液』へ――クロノセプターで解放することに成功してみせた。



「……よぉ、トキ。勝ったじゃん」



 老人格のオール・バースヤードは表情から消え去り、最も若きオウル・バースヤードが額に脂汗浮かべながら笑顔でいった。



「さぁ、出ようか」



 白純血神殿から急ぎ、脊髄通路で無言のメイトスにエスコートされて外へ。 身心ともに疲労困憊なのか、白純血神殿から戻ってきたトキの静けさに気付き、藍とアキは無言で視線を交わした。

 視線を浴びていることも知らずにトキは会長の腕に時間を返す。


 会長の、これまで体験してきた無限にも等しい感情の起伏をクロノセプターで覗いてしまったことに罪悪感を感じながら。










 Second Real/Virtual


  -第68話-


 -Across the real!-










 一発の銃弾が一人の人間を死地へと追い込む。もちろん、その弾丸を直撃させることができたのならば一撃のもとに昇天させることも可能だろう。天国は鉄の先だ。

 しかし、どの口で罵詈雑言を吐き出そうとキュウキは必ず殺されることなく、そして絶対に逃げられない場所に追い込まれる。

 否、追い込まれている。それが現状だった。



(結界が……!)



 戦場の中央上空に出現したノアは、誰もが理解に苦しむ形象崩壊を始めていた。それに伴いジャイアント・クロノセプターは解け、再び時間を取り戻した防衛部隊や力を回復し終えた二大魔女の攻撃が四凶軍に尋常じゃない爪痕を刻み込んでいった。

 蹂躙する光撃、貪食する影芝居、間断なく飛び交う銃弾砲弾。

 数が頼みの四凶軍には正直にきつい。全ての策を放り捨てた訳ではないが、それでもキュウキは姿なく迫る敵に全身汗ばんでいた。



(自分の――!)



 キュウキが過去に手放した貴重な手駒、アリス・アンダーグラウンド。

 鏡の中の世界を渡る能力者が、戦場に散った無数の鏡面からこちらを覗く。壁を背にしたって、艦内に潜んだって、海中に沈もうとも、彼女の視線が途切れることはない。波間であろうと、死体の海であろうと、炎の中であろうと。



「18との音信途絶!」

「ぐっ……もうテレポーターが……!」



 キュウキは心底焦っていた。

 アリスの能力である鏡面世界は知っているし、彼女に手を引いてもらって一度入り込んだことだってある。だが、結局は移動するだけの能力、誰にも邪魔されない鏡の世界を渡るだけなのだ。



(誰がこんなにも的確にテレポーターを沈めている!?)



 アリスが協会側についてこの戦争に参加しているというだけでも意外なのに、キュウキが知らない何かが予め逃走用にと設けておいたテレポートポインターが仕掛けてある船を次々と沈めていく敵は、白状するなら対応策を思い描けなかった要素のひとつ。

 それ故の短期戦。

 それ故のマルチテレポートポイント。

 しかし現状は、多数のショートテレポーターだからこそ、キュウキは逃げ場に困っている。

 短距離移動しかできないテレポーターを移動補佐にしたのは、従来のロングテレポーターに比べて消耗が微々たるためだ。それを数珠つなぎのように、複数のルートを艦隊に設定しておくことで協会本部を四方からまんべんなく観察することができるはずだった。僅かでも隙を見せようものならそれに漬け込み、数の有利に任せて押し切る。量で勝っても質で致命的に劣る四凶軍が協会を打ち破るにはそうやって食らいついていくのが最速であった。



(完全に裏目に出てしまった!)



 翼を広げて空へ逃れようとするキュウキの背後で、通信兵が粉々になって吹き飛ぶ。血飛沫にウェーブのかかった髪を汚したキュウキは、足首に絡みつく強力な握り手に気づき、煽られた恐怖心のまま懐に隠し持っていた拳銃を抜いた。

 だが、その銃から弾丸が放たれることはない。



「投降してください、キュウキさん」



 足元。血溜まりという不安定な鏡面から手を伸ばしてきた色世境(シキヨ キョウ)と、背後から一瞬で拳銃を分解してみせたアリスが現実世界に姿を現す。



「……誰に口を聞いているのかしら」

「命の保証はします。なんでしたら今後の生命も」



 鏡の住人が二人、アリス・アンダーグラウンドと色世境。

 どちらもキュウキの中では戦力としてカウントされなかった人物だ。

 銃を手放し、キュウキはひとつ溜息を漏らし、次の瞬間に背後のアリスへ、その側頭部へ半開放したSRの象徴たる獣爪を走らせる。



「無駄か」

「ですよねー」



 その一瞬を、キュウキの周辺に潜んで奇襲の機会を伺っていた四凶親衛隊は目撃し、絶望した。



(なんてこと……鏡に飲まれたか!)



 血溜まりから足首を掴んでいたキョウに引っ張られ、鏡の中の世界におちるキュウキは予備の銃を引き抜いて照準を定めるが、それよりも早く“次の鏡の中”に引き釣りこまれる。

 武装を失い、次に入り込んだ世界では己の力さえ弱体化してしまったことを体感し、キュウキは寒気を覚えた。



(馬鹿な……これが、色世キョウのSRだと!?)



 乱れる髪に視界を遮られつつ、灰色の空に覆われた戦場を模した海上で血溜まりの上に立ち、非力と劣勢と詰みを実感しながら、それでもまだどこかに活路がないものかと視線を配る。

 だが、鏡の中の世界。

 味方と完全に分断された状態で、武装も、SRにいたるまで封じられてしまった現状は、例え現実世界で化け物扱いされていようが、気力充全であろうが覆すのは不可能。この世界はあらゆるステータスを根刮ぎ押さえつけてしまう一種の結界なのだ。



(アリス……私の下を離れてから随分と誘引速度を上げたみたいね……!)


「さて、これで君は何もできない。できなくなった、それでも抵抗するか?」



 アリスに銃を向けられたまま身動き取れなくなったキュウキの前にキョウが現れ、緊張に強ばった表情で問う。SRさえ失っていなかったら、戦闘に関して素人でしかないキョウを殴り殺すのは容易いが、それができなくなるのがこの世界、鏡の中の現実写し。



「やめるわ」

「いいですね~、元部下としても後味悪いのは勘弁です。有難うございます」

「ぇ、アリスは部下だったのか!?」


「あれ? 言ってませんでした?」

「…………」

「……初耳だよ」



 世界がまた一段、鏡の奥へと沈む。するとキュウキは自力で立っていることさえできなくなり、膝を付き、両手を付き、鏡の中に引き釣りこまれたことで一度は引いた汗を再び全身に浮かばぜ、徐々に呼吸を荒げていった。



(何だ、どうしてこんなに不快……!?)

「って、キョウ! ここ何段目よ!?」

「4段目だけど?」



 視界が、意識が揺らめき出す。

 本物でない世界の輪郭が直線から曲線にかわり、灰色が黒く見え始めたとき、キュウキは鏡の世界を一段だけ現実のゼロ世界へと戻った。



(そうだった、色世、境。たしか……鏡幻燦画)



 肩で呼吸をするキュウキは乱れた髪を整えようとも、はだけたシャツをなおそうともする気力がわかない。

 何よりも、すでに敗軍と化した四凶軍を動かそうとも思わない、動かせると思えない。



(二大魔女の健闘、鬼の軍勢、サーカス、宝石群、否定の男……ダメだ、霧が濃すぎる)



 キュウキは、怒りも悔しさも全て鏡の中の世界で見失った。

 そもそも先ほどの4段目の世界と示された場所で、間接的に生を絞められたようなものだ。首ならまだしも、全身ともなれば痛みは脳に伝わる前にただの感覚として脳に伝い、信号麻痺を起こし、それを一気に緩められて完全にペースを失い……



(負けたわけね)



 十数時間、戦場を飛び回った疲労の波に押し負け、キュウキの意識は鏡の中で断絶した。

 これが、四凶軍最大の弱点であった。

 軍を掌握しきっているのはごく僅かな者だけ。実際に操作しているのも極小で、代打の指揮官がいない。

 それを見抜いて確信した協会長らの命令を受け、キュウキのテレポーター船を潰して回ったのがキョウ。それからキュウキを追い詰めるように張り付いて回ったのがアリスである。



「あれ、寝ちゃった?

 ということは、ミッションコンプリィトだねキョウ!」

「ほんと、なのかコレ? これで終わりでいいの?」



 ベレー帽をかぶり直すアリスの言葉に面食らったキョウは倒れ伏したキュウキの背中を警戒したまま動けずにいた。が、アリスはキュウキの腕をとって背中に回し、取り出した手錠をはめて四凶軍のリーダーを拘束してみせた。

 そこまでやって初めてキョウは肩から力を抜いて額の汗を拭う。



(やった!これでキョウも報酬がもらえる!

 そうすれば当分の生活には困らないし、もしかしたらお部屋だって借りられる!)



 キュウキを抱え上げて二人の鏡に干渉するSRは、攻撃が一時的にでも止まった現実世界へと帰還した。掴み取った未来の温かさに肩を震わせるアリスは、傍らでキュウキを抱えるキョウの背中を叩き、協会中心部があった場所を指差す。

 彼女さえ確保してしまえば四凶軍を動かす者はもういない。

 趨勢の決着を、視覚ある決着へと変えるのだ。



「行こうキョウ!

 キュウキを捕虜にすれば、親衛隊の五人も手出しはできないはずよ!」


「いや、彼女らはもう戦えない!」



 疎通を終えた二人は手近にあった武器を調達してから鏡の世界に戻る。

 静寂の世界を走りながらアリスはキョウに聞く。

 四凶軍が戦えない理由はなにか、しかし、現実を覗けばその理由は戦場の随所に見受けられた。心の中ですでに答えを見つけながらも、アリスは珍しく気性を荒げているキョウの強気な言葉に耳を傾けた。



(なるほど、さっきの結界破りね)



 キョウが言ったのは次の通りだ。

 まず、アリスとキョウによる結界:ノアの箱庭の術式破壊。これによりカテゴリーキル、またはカテゴリードロップの広域魔法を解術され、箱庭の効果でこの世から一時的に抹消された全ての人物が帰還を果たしたのだ。



(そうなると二大魔女も)



 復活。そして間もなく再開されたのが、光撃による蹂躙と戦影による神隠しの消滅二重奏。

 闇は光を奪って四凶軍全てを闇の住人に変え、光は傷ついた全ての魂を可能性の壺に落とす。おそろしい速度で消費される魔力量に物怖じする者もいれば、それに鼓舞され四凶軍を押し返すきっかけとなる者も居る。

 彼らが現れ、それが伝播して戦線を震わせ、同時に四凶軍は恐怖を取り戻し、それが感染し戦意は急速に落ち込む。



(ついでに魔女の弟子も、か)



 その恐怖を突風の如く煽るのが東方面海上を中心に展開する魔術師:コルスレイである。

 戦場全体に張り巡らせた結晶による結界は、師であるボルト・パルダンの光撃を反射させ、あらゆる場所に潜み、控え、あるいは生き延びようとする四凶軍を殺戮していく。

 なぎ払うような細い一条が、戦艦を一瞬で火ダルマに変える斜陽が、生きんとするもの全てを影へ影へと追い込んでゆく。



(すごい……まるで連携じゃない!)



 魔女に追い込まれた軍勢が、水と炎の渦に流される。

 セブンスヘブン・マジックサーカスの面々を始めとし、協会の防衛部隊、迎撃設備が一兵も逃さない勢いで前線で奮闘する四凶軍を削った。

 海流による一撃、爆炎による制圧。それら死すらも道化の背景と飾るサーカス。

 しかし、何よりもこれだけの大技が荒れ狂う中で協会側に一人の死傷者も出ていないという奇跡を作っている者こそ、そのサーカスの団長ともう一人、協会所属の英雄:サンタクロースの力によるものだった。



 半ばほど踏破したアリスはふと思った。


“これは現実? 現実であってよかったのか?”


 船体の破片で蹴躓きそうになるキョウを真横から抑え、アリスは一度思考を放棄し、目的地にたどり着くことだけに集中した。

 目に見えていない部分での共闘が多過ぎるこの戦場は、おそらく個人が全てを見届けるなど不可能だろう。キョウに抱えられて眠るキュウキのように事前準備を万端としていない限りは。



「キョウ、ゴールよ!」

「あぁ!」



 色世時の父親にして、SR界のグレート・チキンの蔑称を保持していた男は、この日を境に本名で呼ばれることが多くなるのであった。



 --境--



 ……違和感を覚えたのは、一瞬前。

 それも一人ではない。

 脊髄通路。

 出口の数メートル手前でトキは足を止めていた。



「どうしたの?」



 右から支えてくれる藍、左から同じように支えてくれるアキ。

 その二人に挟まれながら問いかける藍の顔を覗き返し、トキは困惑した顔を表に、出かけた言葉を飲み込んで一呼吸。次に左側のアキに顔を見せて、一度自分の足元に視線を落とす。



「どこか、いたい?」



 首を傾げるアキの目を見ることができないまま、



「ごめん」



 次に、トキはタイムリーダーを発動してもう一言。今度は二人に、



「もう一人残っていた……そういう事だったんだ」



 借りていた肩に拾い上げた時間を与え、せめてと疲労回復を施し来た道を戻り始めるトキ。

 崩壊の始まった秘龍ノアの脊髄通路は、得体の知れない怪現象で埋め尽くされようとしていた。白いような黒いような、水のような炎のような、とにかく視覚はできるが理解の追いつかない混色の闇が白純血神殿の扉を不規則に隠す。

 低速時間の中から抜けたトキは、必死にこちらを探す二人に告げた。



「少し遅くなる」

「まさか、まだコントンが?」

「……手伝う」



 助言を否定し、無言に右手をあげて二人に制止を伝え、それから自分の首筋に右手をあてる。

 何事かと心配して見守る藍の前、理解不能なトキの行動に不審を抱いたアキの前で、右手に赤く輝く糸が現れた。それが伸びる先は、混沌の霧を抜けた先にある白純血神殿。

 糸が何を意味し、トキが何をしようとしているのか、二人には大方の予想がつき、だからこそ止めようとし、



「一人で行く気?」

「約束、こうかん」


「絶対に戻る。だから、待っててくれ、外で」



 絶対の帰還を確信できない戦場へ向かおうとするトキは語らず、当然約束の曖昧さに気付いたアキは聞こうとせず、だが藍は諦めて一枚の術符を投げ渡し、餞とした。



(成長したのね、トキ)

(サンキュ、藍。帰ったら稽古をつけてくれないか?)



 初めて見る二色混同の護符が、とても紙片とは思えない直線機動を描いてトキの手に収まる。



「援護が必要になったらそれに呼びかけて!」

「トキ、まってるよ名前。あと、現実」



 赤い糸を手繰り振り返ると、混色の霧で埋もれかけていた脊髄通路に直線が生まれていた。

 それがアキの仕業と気づいたのは三歩を踏み出してからだ。

 死の球体は霧にも効くらしい。

 左右に分かれた霧を横目に警戒しながらトキは進む。フィング・コントン戦で母と別れてからというもの、危機察知能力を失ったいま、周囲の霧が突然牙を剥いてきたとしても対応できる自信がない。



(コントンじゃない)



 背後で二人の気配が消えると、疲労がどっと押し寄せてきた。

 周囲に気を配りながら慎重に進む糸の先で、脈打つ生命体に違和感を覚える。けして強くはない鼓動。まるで足元を漂う漆黒の霧のようだ。



(これは、フィング?)



 色世時ともう一人の人間を繋ぐ糸に、互いの感情が流れ込む。

 頭上を揺蕩(たゆた)う灰色のような負の感情群が伝い来る。

 まだ、強敵と戦わなくてはいけないのか。まだ、敵対の糸は途切れることがないのだろうか。背後に流れていく、青色のようなトキの嫌悪感が意志とは無関係に糸に伝線する。それを伝いゆく先に待っているのは纏わりつくように広がる敵対の紅か、それとも和平の(みどり)か。

 どちらが待っているのか分からない不安を前に、せめて警鐘があればと思うが、自分がこれまでどれだけ警鐘――母に依存してきたのかを思い返してしまい、短く溜息が溢れた。



(どっちなんだ……)



 白純血神殿の前で一度止まり、眉に止まる汗を拭って周りに時間を奪取できるものがないか探す。

 全てを有色の霧に飲み込まれた通路は、数分前まで激戦があったとは思えないほど綺麗に片付いていた。藍やアキが戦っていたという事実は彼女たちの身なりや、自分の力を制御しきれず読み取ってしまった時間から充分に窺うことができた。それなのに戦闘痕はおろか、死体から薬莢のひとつ、血痕までもが跡形もなく消えているのだ。

 まるでゲームのように、だ。

 そう思うことで、トキは自分を納得させようとしたが、蓄積した疲労感がそれをあっさりと阻む。



(いいや、目を反らすな……この先にいるのがどっちかは分からない。

 時間のストックは、会長の左腕からもらった分が、あと少し。

 武器はあるけど、いまの体力で使えるか?

 せめて、回復に充てられる時間がどこかにあれば……)



 有色の霧――は、クロノセプターの対象とはなりえない。脊髄通路が綺麗な理由が霧なら、不用意に触れることは危うい。

 足元が震える。

 危険なのは霧だけじゃない。糸の先も、異音を発する脊髄通路そのものも、白純血まみれの神殿も、武器を作れないこの場所、選択肢はあっても猶予が残されていないこの時間、総じてトキは死の可能性から目を反らせない。

 二度と帰れないかもしれない現実を思い返しながら、乱れた呼吸を取り戻そうと努め、膝が折れる前に一歩を踏み出し、白純血神殿にギリギリ触れない場所まで手を伸ばす。



(“絶対に帰る”は、望みすぎか?)



 危険の承知。

 そこに覚悟を伴わせ、半ば暴走気味な思考を尖らせ、左手から死地へと触れる。

 生きたい、恐い。

 正直な震えを抑えてクロス・セプター。

 関係の糸を伝って頭に白純血神殿の混沌風景が流れ込む。

 線となって流れていく光のなか、急に軽くなった体に戸惑うが、どこか久しい感覚にトキは夢使いの敵と戦った日を脳裏に描いていた。

 きっとここも精神、もしくは魂だけが行き来できる場所なのだろう。

 高速で奥へと進んでいくような錯覚の中で、無数の光の群衆に入り込む。左手から触れ入るその先に待っている世界は、ノアの中に記録され蓄積されてきた“会長の過ごしてきた全ての世界”だった。輝くその内容は、滅んだ前世界の人類や、消滅した二度前のSRだけで構築された世界から、激突の果てに協会長たった独りだけを残して終わりを迎えた“最初の世界”などが溶けて混じり合っていた。



「深いっ!」



 思わず漏らした一声はけして悲鳴などではない。だが、平常心を保っていることは非常に困難だった。

 悪寒が止まらない。

 熱い光や冷たい光に何度も突入しては抜け出て、歴史の雲をいくつ抜けたかも分からないままそれでも糸の先へ引き寄せられるように進む。まるで不快の宇宙に放り出されたような痛みと寂寥の中、



『あっち』



 ふと、女性の声が終わりに気付かせる。

 圧巻に知覚を忘れかけていたトキは自我に戻ると同時、穏やかな赤雲に包まれた発光を見つけた。



(君は確か……)

『トキ。あそこに居るのはフィング、でも混沌に間違いはない』



 赤い歴史の雲を突き抜けて、トキはその光へありったけの時間(いし)を送り込む。果たして時間を送り込むという方法に自信がなかったトキだが、光が人を象っていく光景を目撃できて安息をついたのも束の間。すぐに意を構えなおす。



『だからお願いします、助けて』



 遠ざかる女性の気配と、近づきつつある男子の変動輪郭の揺らめき。

 言葉を交わす時間はあまりない、気のせいじゃない未来がトキには“視えた”。輪郭を意識で主張して形作っているフィングは、触れることを躊躇うほどに不安定な輪郭しか主張できていなかった。それが今のフィングの現実。入れ物を失った液体、魂や意志という視認不可能な遊体、何モノにも接触不可能な非現実そのもの。



「すまないトキ、俺のワガママに付き合ってくれて」

『コントンは?』



 歴史の漂う海の中で二人。

 上下逆さまのトキを掴もうと手を差し伸べるフィングだが、もがくトキを止めることはできない。



「辿れるか!?」



 言下にトキへと伸びる繋がりを得てフィングは追いすがる。

 歴史の宇宙の奥深くへ行くのはトキじゃないと、この俺だと、混沌たるこの不定輪郭だと。



「よく見つけてくれた、そこにまず一つ感謝させてくれ」



 手と手を結び、目と言霊と、この宇宙に乱れる無数の歴史に飲まれないように二人は世界を結びつくる。



「手短に話すから、よく聞いてくれトキ」

「その為にあんな殺気まがいなモノを送ったのか?」



 天地のないここで互いを真正面に捉え、ある真相について話を始める。



「あぁ、送ったのはコントンだがな」

「……あいつ、生きているんだな?」


「生きてる。だが、もうお前の前には現れない」

「どうして?」


「それはコントンに取り込まれた僕たちの責任だ。

 四凶に取り込まれて肉体を再生(リプレイ)のためだけに奪われてさ、それでも魂だけはずっと僕の体の中に在り続けて今日まで醜悪に生き延びてきた。それは、好き勝手するコントンに太刀打ちできないと諦めていた僕らの弱さだ」



 せめて君のように立ち向かえたら、とフィングはつぶやくがトキは首を横に振った。



「でも、反抗する時期を伺って我慢するのも……」

「それも戦い方ではある。

 だが、そこに勇気が伴っているとは思えるか?

 仮に勇気を振り絞れていたら、どれだけの人間がコントンの渦に飲み込まれずに済んだか……責任は間違いなく僕らにあるはずなのに、被害想定なんて恐ろしくてできないし、自分たちの弱さを簡単に認めることができなかった。

 だから、君も殺されかけた。被害者だ」



 間違いを理解できても、それを行動の範囲で表現できないのでは、理解できていようとその思考は無意味。否、意味にすら至らない、まさしく無駄。



「せめてここではコントンを封じていたい。

 それが、僕たちの償いだ」

「だからコントンは出てこないと?」



 頷くフィングが左手に二本の刃物を取り出す。それはトキには見慣れた物で、先ほどのコントン戦で手放した武装、白黒と黄金の二刀流である。



「さぁ、君の力だ。トキ」

「……コントンを抑えるのはいいけどアンタはどうする、フィング・ブリジスタス?」


「会長がこの世界まで相棒とし、また箱舟として活用してきたここに、俺たちは眠る」

「え!?

 それって現実に帰らないってのか? ハンズはあんたの弟だろ!?」


「いいや、元は“妹”なんだ。

 一度死んだあいつを、コントンと僕が作り直して、失敗したから男になってしまった。そのうえ目覚めるまで数百年の年月を必要とした。 わかるだろ? 古き時代の人間を、僕らは未来に放り込んだんだ。どれだけの苦労が待ち構えているか理解できるかい?」

「じゃあ、尚更あんたが必要なんじゃないのか!?」



 否定。と、同時にトキの手を摺り抜けてフィングは双剣の一刀たる星黄を押して、トキを宇宙の核から遠ざける。



「君の力を使わせてもらったよ」



 不思議と声は距離に左右されることなく一定の震えを保って伝わってくる。

 双剣を両手に、フィングの場所に戻ろうとするトキを衝撃波が遠ざけた。





 -海上 協会本部 “戦闘直後より一部始終”-





 歓声と悲鳴が入り混じる戦場で、誰かが上空を指差して叫んだ。



「見ろ、龍の形が崩れていくぞ!」



 四凶軍を追撃しようとした者も、亡骸にすがっていた者も、集結する者たちも、大多数のSRが秘龍ノアが無機質のように形象崩壊を起こして嘆きの樹にその巨骸を降らせ、揺らし、崩す。

 広範囲に絶大な血飛沫と波飛沫と粉塵の未来をチラつかせるが、しかし現実にそれが起こることはなく、直下で戦っていた者たちは空中でノアの体の一部が突然縮小するように消える場面に遭遇して言葉を失った。



「え?」

「どう、なった……?」

「消えたのか、それとも罠か?」



 四凶が最後に展開した兵器の消失と、敵総大将キュウキ捕縛の方が同時に巨大な波紋を呼んだ戦場で、歓声は誰もが予想だにしなかった静粛にとどまった。

 煮え切らぬ勝利の熱にあてられた者は撤退する四凶軍に追撃をかけ、洗脳されているとはいえ元々一般人である人の壁を破壊して進んだ。



「バカ野郎どもが!追撃に出た連中を取り押さえろ!」



 ノアの消滅する直前に帰還を果たした(全く役に立たなかった)トウコツは前線で暴走する味方の抑制に走った。

 歩くことすらできないほど消耗した協会側の司令であるジャンヌの代理として走りまわる四凶の言葉が、ノア消失の不可思議とキュウキ捕縛の真偽に揺れる生存者たちの戦意を冷静へと喚起する。波間に衰退をもたらすサーカスも、深海を飲み込むディマも、結晶の間に汚れるコルスレイも、黒煙に差し込む斜陽で眼をこするボルトも、小規模集団であろうと、無所属であろうと、そもそもSRと呼ぶことさえはばかられる異端も、等しく四凶の戦意に束ねられ、混迷を続けようとする戦場に終幕を下ろした。



(ありがとうございます……トウコツ)



 担架の上から傾いだ戦場の西側を見守りつつ、ジャンヌは深呼吸して担架を担いでいる人物に変化が生じていることに、遅まきながら気付く。

 白衣を着込んだわけでもなく、役割を明記する腕章をするでもなく、果たして医療の知識があるかも怪しい鬼が二人。それと、担架に併走する見慣れた鬼の次女が、自由を失った体に歯噛みする協会軍司令を見下ろしていた。



「無事の帰還、ありがとうございます。色世トキはコントンを倒したのですか?」

「労いのお言葉、ありがたく頂戴いたします。ジャンヌ司令。おそらくトキは、勝ちます」



 哭き鬼三姉妹の配置はこうだった。前方を腕力の長女カンナが、後方を技工の三女スミレが担い、ジャンヌとの交渉と与奪の役割を引き受けた次女、アイがジャンヌとの応答を重ねていく。

 ジャンヌはアイの表情から本気で何らかの交渉を望んでいるということに気付きつつも、すぐにはその本題に触れないように様々な質問をした。



「ノアはどうなりました?

 会長は、無事でしょうか?

 キュウキは五体満足ですか?

 芹真は戻ってきましたか?

 魔女は無事でしょうか?」



 それら一つ一つを丁寧に答えながら、カンナの直感に頼って(間違いなく迷走し)救急治療所へ向かう道程で、藍は一度だけノアの消滅した空を見上げた。

 黒煙も晴れ、嘆きの樹は倒れ、時間の結界も晴れた自然至極の青空。

 潮風に混じっていた血粉も不自然に消え、焦刻残穿の文明残骸は波間に飲み込まれて、大気の不快は瞬く間に霧散し自然へと昇華される。

 不自然極まりない。が、しかし、この界隈における常識的な光景に巻かれながら――



「四凶軍の殿部隊の把握は何か聞いていますか?

 共闘してくれた各部隊、個々は?

 こちらの現トータルダメージは分かりますか?」



 担架の上で言葉を続けるジャンヌからは死角になる右手に金棒を取り出し、とある英雄の名前を継承した努力家に視線を戻す。



「ジャンヌ、お願いがあります」

「……どうぞ」



 一呼吸分だけの間を置き、ジャンヌは道の状況へ備える。果たして彼女が望むものはあまりにも多すぎて的を絞ることができない。小規模集団に落ち着いている哭き鬼の次女は、本来持ち合わせる動機を鑑みれば四凶の軍勢についていたところで不思議のない人物である。



(出立の村での別れ、密輸船の生活の悪性、極寒の血で育った孤独基点、連続した流浪時期――芹真事務所との出会い――一時的に取り戻した平穏、四凶直面……はたして)


「織夜アキという少女を私たち芹真事務所が保護したいのですが、よろしいでしょうか?」



 呆気なく言って担架はあらゆる揺れから解放される。

 いつの間にか白い幔幕を貼られた緊急医療室に到達しており、カンナの腕に引き起こされて医療台の上に雑把ながらも開いた傷口に触らないよう扱われ、無言で出て行くカンナとスミレの背中に感謝の意を込めつつ残った藍、武装した鬼と正面から向き合う。



「許可します」

「……ありがとうございます」



 豆鉄砲を食らった鳩のように一瞬固まった鬼に、正直な感想を、協会側の限界を知らせる。



「本当はね、あなたたちが彼女を引き取ってくれるということはとても心強く、でも不安も隠しきれない。かといって、四凶軍との戦いで疲弊した私たちに織夜秋の力を押さえ込むことは難しい。死と直結する力が彼女の武器である以上、その力を振るう“精神力”を鍛えるだけの余裕はないし、トウテツ戦の戦闘記録を見返すと、織夜秋はあなたに懐いている可能性が高いと推測できますので、芹真事務所の社長さえ許可するのなら是非とも引き取ってもらいたいです」



 伝言を残してジャンヌは一時の眠りを選んだ。

 どうせ仕事は山積みだ。共闘してくれた無所属や小規模集団への御礼、敗走した四凶軍の足取り調査と対策、大破した防衛設備の改修・強化、第一支部の確認、人材の確保と役職の回復・強化、回復部隊の再編成と回復補助依頼の検討、などなど。

 敗走しはじめた四凶軍は実に厄介だが、しかしキュウキを失った今、戦勝の病熱に盛り上がる協会・無所属・小規模集団の連合軍が逆転されるということはないだろう。



「少し、休むわ」

「……お疲れ様です」



 金棒を消す。

 耳を塞いでいた医師を省みることもなく本音を漏らしたジャンヌに頭を下げ、藍は外で待つ姉妹を追って陽光に目を眩ませた。



「あとはトキだけね」



 真上から声をかけ、頭頂部にティッシュペーパーほどの重みを感じさせながらボルトが現れる。

 なぜ私の頭に乗るのか問いただしたいが、疲労負けしたいま質問することが億劫だ。それにボルトの読心術にかかれば勝手に考えを覗くことも造作ない。



「いやだなぁ藍ちゃん。私もそこまで節操なく人の心を覗きませんよ~♪」



 魔女の口から極めて日本語に近い変な音が紡がれているが、気のせいだろう。それよりもカンナ姉さまがボルトを肩車し始めたのが妙に恐い。



「スミレも乗るか?疲れてっだろ?」



 瓦礫の山を歩きながら4人で話し合う。

 トキとアキを自分たちが守るのだと。

 対トウテツ戦で気付いたことだが、アキは本能で生き延びてきた豪傑の類だ。理解するよりも早く終わらせる、それが彼女の特徴であり力なのだと思える。



「私は少し違う考えですが、言ってもよろしいでしょうか、藍お姉様」

「言っちまえスミレ、我慢すんだけ無駄さ。それに藍ならいつでも聞いてくれるぞー」

「藍ちゃん優しいお姉さんだね~」

「カンナ姉さまと魔女の声が耳障りです。黙ってください」



 残骸の下で息を潜めていた特殊部隊を3人で圧し殺しつつ、ボルトが空に向かって意味不明過ぎる光線を放つのを無心に努めて見ぬフリしながら――直後降ってきたジャンボジェット機らしきものの破片に頭痛を覚えながら――スミレの感想を待つ。



「トキさんとアキさんは一般的なSRにはない“ある特性”を持っているんだと思います。

 基本的なことで、お気に触るかもしれませんが」

「トロトロ喋る方がイライラすんよ、アタシは」



 せっかちなカンナ姉さまに、とりあえず顔面を潰せば静かになると思えたので理解双焔破壊を叩き込んではみたが、あっさりと頭突きで弾き返されてしまう。熱くないのかしら……ボルトに至っては笑いながらアツいアツいと連呼しているだけでスミレの話を聞いていないようだ。



「相性です」

「それはありそうだな」



 小声でこぼすカンナ姉さまに同意せざるをえない。

 単純な身体強化タイプのSRもいれば、透過や自由輪郭に特化したSR、呪いや千里眼のみが一般人とことなる者もいるのがこの界隈だ。その中で、鋼よりも硬い敵に立ち向かえ、悪霊のように触れることができない敵を掴み、一切の距離に関係なくやってくる攻撃を躱し、更には敵の位置さえ把握してしまう『万能』というには語弊があるものの、応用の幅が広いという意味で色世トキと織夜アキのSRは強力過ぎる。

 鬼のなかでも比較的二人に近い特性を習得している哭き鬼の私たちから見ても、二人の対応力は桁違いだった。



「私たちに守れるのでしょうか?」

「逆に守ってもらっちまったりな」



 笑ってながすカンナ姉さまの言葉に反論が思いつかない。おそらく、トキは芹真にさえ勝てるだろう。

 己の能力を知り、戦い方を学び、武器さえ作り出せ――人を、破壊する道を歩みだしてしまった彼を、私たちは止めることが果たして出来るのだろうか。

 夢使いを乗り越えたトキ、合成生命強化体に致命傷を与えたアキ。どちらも哭き鬼が対応しきれない敵を、二人は乗り越えて次の戦いに臨むことができる。

 束になっても勝てない敵が現実にいるのだ。それなのに守るべき者には幽体や幻影、更には奇抜な能力にさえ対応してしまうのだ。



「ま、とにかく今は戻ってくるのを待とうじゃねぇか! 対象抜きじゃ護衛もなにも始まらねぇ!」



 カンナの口から最も痛い現実が突きつけられる。そう、トキをノアの中に残してきた私たちには、待つ以外の選択肢がないのだ。ボルトなら何か出来たかもしれない、芹真ならトキを連れ戻す方法をどこからか探し出すかもしれない、あるいは協会ならトキを飲み込んだまま消失したノアを取り戻す術を持ち得ているかもしれない。



「そんなのないよ、藍ちゃん」



 それは突然の宣告。意外すぎて足を止めてしまうほどの意外だった。



「おいコラ、どういう会話だチビっ子?」



 説明を求む、そんな視線を傍らで送り続けるスミレとカンナを確認し、ボルトに絶望の確認を取る。



「どういう意――」


「ノアがどこに消えたか、誰にも分かっていないんだよ。

 最も長く付き合ってきた協会長でも。

 だから、私たちにもどうしようもないんだ」


「……ちがうよね?」



 魔女の言葉に織夜秋はキレた。



「本当だよ~」

「違う!」



 光が殺される瞬間、私は渡された日本刀を握っていた。







 

 風間小羽は不慣れなボールペンを走らせていた。

 自分の握力さえ忘れた彼女だが、ボールペンを落とさずに文字をなぞれるようになり、最近では視覚がよく機能してくれる時間に気付いては、芹真に宛てた手紙を書けるまでになったのだ。

 今日も目が見える時間がきた。

 貴重な未来予知を伝える時間、言葉にする時間だ。

 そう考えていたのが数時間も前だった。

 だが今では、前例のない悪寒に苛まれて完全にその作業は止まっていた。



(トキ、フィングさんをお願い。彼のすぐ後ろにコントンが迫っている……お願い、帰ってきて)



 遠すぎる戦場。

 赴いた優しい人たちへ宛てようとした手紙も、千里眼によって拾ってしまう途切れぬ緊張のせいで集中できなかった。

 吸血鬼との決着に臨む芹真。

 姉妹と共に前線の各所を往来する藍の突撃。

 終末を現実に再現しているボルトの過剰消費魔力。

 未知なる領域に踏み込んだトキ。



(とんでもないことになりそうだよ、みんな……)



 消耗し切ったジャンヌとバースヤード。

 こまめに回復陣へと後退するディマ。

 動きにキレのなくなってきたサーカス一団。


 誰もが疲れきっている中で、ありえない熱量と怒りに走る誰かがトキの名前を叫んでいる。

 トキを求めている。

 トキの死を否定している。

 あるいは、トキ以外が見えていない。

 喜ぶはずのその、生命同士に芽生える当たり前のハズの誰かの感情が、どうしても素直に受け入れることができない。受け付けられない。

 その理由を千里眼をもってしても測れないことが恐ろしい。

 強烈な殺意がボルトちゃんにむいている。

 心ある人間なのかと疑ってしまうほどの執念は、そのまま名前のわからない誰かの世界の広さをあらわしているかのようにも思えた。

 藍ちゃんが止めようと叫んでいる、呼びかけている。

 それなのに、名前のわからない誰かは止まらない。

 光を殺して、周囲の生命を根刮ぎ奪い、あらゆる静止を振り切りながら、それでもトキを欲している。

 トキを想って嘆いてすらいる。



(まるで幼子みたいに……)



 ボルトが誰かにどんな言葉をかけたのか、それを小羽には探る術がない。

 病室のベッドの上から見守れる太平洋の範囲にも限界はあり、体力的な制限もそろそろ息苦しさに変わってくる頃だ。

 ならばここで真に声をかけるべきは誰か。

 風間小羽は願う。

 芹真事務所の全員の帰還、古参・新参を問わない全従業員との再会。

 質量を現場に具現できない小羽にも、遥か遠く離れた戦場に伝えられる響きがあった。



(私の心の世界に引き込められれば……)



 織夜秋という、これから知る敵に向けて、風間小羽は己のSR――完全受容――を展開した。




 

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