第66話-Go Beyond!!-
お久しぶりです。
仕事でやらかしまくっていたら、普段から遅筆であるのに更なる遅筆となりました、作者の鳥です。
とりあえず70話くらいでSRVを一旦区切ろうかな~と、どうにか画策していまして~
全然うまくいかなくて~
結局ダラダラ執筆練習と称して書き続けたせいで愛着というか、アレもしたいコレも死体という状況になってしまい、
その果てにエンディングを作れなくなっているのが現状で、
ひたすら消化不良確定の現状をどうにかしたいな~、と考えつつ、考えつつ、考えて、何も思い浮かばないという…… orz
前書きが長くなりましたが、もう少しだけ、現実と幻想のダンスパーティーにお付き合いください(どうにかあと3~4話くらいで終わらせて見せますから(汗))。
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ここが終わりであることを知っていたら、きっと涙浮かべるほど切ない気持ちにはならなかっただろう。
彼女との別れは、波風の再来なしと信じていた私の心に貴重な衝撃をもたらすが、それを喜びと捉えることなどできなかった。
(ダメ、トキには回避できない……!)
白州唯の街における一般に総合病院という認識を一手に集めている楼塔病院は、しかし特定の人種にとって刑務所並みのセキュリティーを誇る安全地帯として水面下で名を馳せている施設でもあった。そんなSRが防御結界で固めた病室のひとつに、芹真事務所の準事務員である風間小羽は居た。
今日も最前線に身を置けない現状に歯噛みしながら、遥か遠い場所で暴走し始めているトキとコントンの戦闘を見守り、普段なら絞まりも緩みもしない精神が時化の狭間に放り投げられたかのように変動を続けた。
視力を失った瞼の裏に映る未来図は、トキのある部分の死を示したまま決定してしまい、予想だにしていなかったその結末に小羽はやり場のない怒りを抱いた。覆しようのない未来が待つ現実に絶望し、それでも、それでもどうにかして命を救いたいと考え続ける。
(私に出来るの?)
氷で作った模型飛行機を太陽に向かって投げ放つに等しい、結末を見ずともそれがどのような結果を招くかが手に取るように分かる。
そんな感覚であった。
風間小羽というSRの持つ力というのは。そもそも危惧すべき点が多く、しかも今回は芹真社長から直に参戦を見送るように釘を刺されている。
(でも……)
――もし、小羽がコントンを取り込んだら大変なことになる。それは分かるね?
分かります。
でも芹真さん、いま芹真事務所で四凶戦争に参加していないのが私だけという現実が悔しい。結局この力があるせいで私は外に出ることができない、誰かの助けになることもできない、この世のあらゆるモノを取り込んでしまうから、凶源の回避が人一倍難しい。だから具現化された四凶の居る戦場に入っていけない。さもなくば全ての元凶を取り込み、混ぜ合わせ、かつてないほどの凶源と、ソレからを溢れる哀落悲争がこの世を暗黒へと導くだろう。
(認めたくないんです、私だけが現実に居られないなんてことが。
認めてもらっているようで本当は認めてもらえていないような今が。
トキでさえ立ち上がったのに、立ち向かっているのに、私だけが未だに無力なことが……だから、お願いです)
初めて出会った時に芹真さんと藍ちゃんが何て言っていたのか、いまでもハッキリと覚えている。それはある意味で人生最大の衝撃だったかもしれない一言――メイトスという男に対する切り札が君だ――初めて私の存在を必要としてくれたその一言があればこそ、ベッドの上での生活も苦に感じず受け入れることが出来たのに。
そう。
私は完全否定に対抗する能力者、完全受容のSR。自らの身体を蝕むような他人の病気さえ無意識に取り込んでしまう、制御の始めが遅すぎた壊れモノのSR。少しでも希望を与えてくれた芹真さんたちの力になろうと、他人のSR能力を受容し、受用する領域に達したコピープレイヤー。
(私を戦わせてください、ヒトの助けになりたいんです……!)
状態の悪化した四肢は力さえ入らない非動物であっても、この意志を侵す病には幸いなことに罹患していない。
意志によって発動する類のSRであれば制御は易いが、あらゆるモノを取り込んで最早純性に欠いた能力は、素直に自分のものだと言い張る自信がない。それだけ穢れきってしまった力を宿した身ではどんな災厄を招くか、預言者の力を取り込んでおきながらも自ら測ることが叶わない。
(皐さんを……トキのお母さんを!!)
そこまで分かっていながら風間小羽は死を辞さない選択を決す。
元々長らえる理の中にあるまじき命だったのだ。いまさら捨てることに未練はない。それよりも、風間小羽が色世トキを生かした理由の一つである彼女が死ぬというなら、本来有り得なかった悪影響を世界に及ぼしてまで生き長らえた意味が大きく消失してしまう。
(せめて彼女の意志だけでも!)
私は彼女が好きだった。強くて優しく、そしてぶれることなく立ち塞がる全てを吹き飛ばし、絶望と希望の選択から一切の暗黒を消してみせる絶対の領域に君臨する審判。絶望の中でSRを育み身に着けた私には魂が揺らいだほど強烈な光を放つ存在だった。とうの昔に失明したはずの瞼の裏にまで姿を見せ付け、触覚を失った四肢に温もりと痛みを、聴覚には優しい言葉と音色を、味覚と嗅覚には持てる最大であろう愛と柔らかさを、総じて死体と指して語弊が生じない私に、生色を思い出させるほど私の中に蟠っていた闇を悉く忘れさせてくれたのだ。
そんな大事な恩人が死ぬ。
せっかくトキの中に生きているのだと知れたのに、間接的に再会できたというのに。
よりにもよって、確定と分かってしまう自分の中に“受け入れた/取り込まれた”正確無比な稀代の予知能力者のSR、その片鱗のせいで見たくもない次が見えてしまったのだ。
「――解放」
まずはこの体をどうにかしないことには戦場に赴くこともままならない。
色世皐が宿生しているトキの延命は、彼女の救出も同然だ。敵がコントンである以上、戦いが膠着して長引くことなど有り得ないだろう。
ゆっくりとSRを解放していく小羽は、確実に四肢が自分の思うがまま駆動してくれる感触を覚えながら、頭の中では遥か彼方海の上で繰り広げられる一大決戦を俯瞰の景と捉えていた。上空に居るドラゴンのような巨大生物、低速の檻に捉まっている広範囲地区、船舶の残骸より形成された流骸海域、戦いの最前線、中央にそびえる巨大な樹、戦場全体を広く囲う超広範囲魔方陣。
広域の度を越えたその戦場に、小羽は的確にトキのSRを感じ取って映像を拡大侵攻させた。あらゆる摩訶不思議を跳ね返すノアの鱗を透して脳裏に届いた映像は、協会長に見守られた二人の対決であった。その対峙は想定のうちであったが、しかし、
「コントンが、押されている?」
そこに生じていた結果は風間小羽が予測していたビジョンの真逆であった。
映像がそこまで伸びる。
奇しくも風間小羽と同じ結論を描いていたコントン自身も、いま白純血神殿で明瞭な優位に立つトキを見上げながら逆転している現実に疑問を抱かずにはいられなかった。
(いま、何をやられたんだ!?)
相互の時間が往来し、クラッシュした時間が二人を吹き飛ばす衝撃波を生んだ所までは覚えている。その時、トキは自らもコピープレイヤとして立ち回ろうという気概を纏っていたこともクロノセプターで読み取れた。しかし、彼の演じる攻撃はまったくもって予想の範疇を逸脱していた。
弾け合ったあと、コントンが見たものは液状化して消えるトキだった。後方に飛ばされながらも上手く着地し、そこから時間による加護の加速を得て追撃してくるだろうと予測していた。それ予測があってこそ、まさか物理崩壊も同然にトキが液体と化すその光景は、これまでのトキはおろか時間をどのように扱えば自身の液体化が可能になるのか理解が追いつかない。しかも無色透明に加えて液体と消えたトキは影も形も残さないで視界から消えていたのだ。
その直後に前後左右に現れた、いつも通りの色世時の何事もなかったかのような、穏やかにさえ見て取れる表情に直感が危機を覚えて思わず左右と前方のトキを撃ち抜き、その場から前へと飛び込んで逃れた。左右のトキには双剣を一振りずつ突き刺し、前方にはデザートイーグルによる銃撃、背中のトキは間に合わないと直感できたから飛び退くことで嫌な予感を回避したわけだが、あと一呼吸分でも遅かったら行動不能に到る致命傷を負っていたであろう。背中を浅く切り裂いた日本刀:生死綴繋の冷たい感触が全身の汗を噴出させた。
更にトキの時間が続く。背後に残っていたトキがそのまま直進して追撃してきた。生死綴繋を頭上へと投げ放ち、両手に愛用している拳銃のBul M5とSphinx3000を創造して乱射しつつ、同時に分身体を左右と上方に走らせる。全てが本体ということは有り得ない。いや、それよりもさっきの液状化やこの分身は、いかなる時間の使い方をすればこんな魔法使いにも匹敵する怪奇を起こせるというのか。
デザートイーグルの銃口を急所に定めて正面から迫るトキを撃ち――霞と消える――次に左右のトキにも同様の攻撃を加え、最後に残ったトキが生死綴繋を携えて上空より滑空斬撃を放つ。回避は容易でも、数少ない大きな隙を無駄にせんと銃口を合わせるコントンだが、射線と標的とが一致するまさにその瞬間、黒い煙のような何かを空中に残してトキは消えた。
(これがトキのコピープレイなのか!?)
全てが突拍子もなく行われ、しかし全てが精神的にも肉体的にも致命傷へと至らしめる布石であることがハッキリと感じられる。チェックメイトをかけられそうなのが自分で、それをかけようとしているトキは自らの行動をコピープレイヤになると自覚しているらしいが、その点がかえって腑に落ちなかった。SRと出会ってハッキリ間もないと言えるトキが、芹真事務所の伝手であらゆるSRと交流して来たにしてもここまで特異なSRとの交流経験があるとはとてもじゃないが思えなかったのだ。芹真事務所で行われていたトキの訓練については何度か覗き見に行ったこともあるし、協会本部に提出された監視報告書を盗み見たこともあった。格闘戦から銃撃戦まで一通りこなしてきたトキは、普通ならありえないことに学生の身で、SR同士の戦いも何度か経験はしている。してはいるが、相手は大抵が雑魚も同然なSRばかりと聞いた。
仮に訓練相手を務めた者たちの動きを真似しているとしたら、そもそもトキはこれまで何度か見せた苦境・苦戦を演じていたということになり、それはわざと本気を出さずにいたと言うことになるが、それではこちらが用いたクロスセプターで得た本人の感情との間に殺意の温度差という矛盾が生じてしまう。かといって芹真事務所の仕事伝いで交戦したSRたちの中に特異性を持ったものが居なかった。SRという個性の中で更に研磨された個性を持った人物はいたが、それでもトキが行使した力に該当もしくは類似する能力者はただの一人もいなかったのだ。
ならば、トキは一体誰の動きを再現しているというのか。
「なるほど“ゲームキャラ”か」
背後を取ったトキがコントンの後頭部へ放った打撃は、紙一重に躱され数本の頭髪をさらうだけに終わるものの、トキ自身の行動は更に連続した。オウルが見て分かるだけでも最低4キャラクターのアクションを完全に再現している。それらの連携に無駄はなく、実に自然な組み合わせでコントンを防戦一方の状況に追いやっていた。
(でもそれが現実でどこまで通じる?)
優勢は紛れもなくトキではあるのだが、それでも両者の武装を鑑みれば拭いきれない不安がトキを助けにいくべきだと囁き続けて判を惑わす。デザートイーグルと生死綴繋、その二つには決定的な違いがあった。双方人体への攻撃力は見る分に五分だが、戦力保有時間を見れば血糊さえ鮮血と蘇らせて滴らせる生死綴繋に、有効射程距離という点で見れば銃器であるデザートイーグルに軍配は上がる。問題はその分かりきった点の延長線上の概念で、デザートイーグルが通常兵器であるのに対し、生死綴繋はいわゆる妖刀とカテゴライズされる幻想を現実に変える特殊武装なのだ。そこに実戦経験値の差が加味され互いの武装が入れ替わった場合、一転してトキが死地に追いやられる可能性が十分に考えられる。現実に、コントンにはそれを成す力もあるのだ。
(フィング、それにトキ……ふざけやがって!)
コントンは敵を侮っていた自らを引き締め、イメージを水の中に沈めていく。そして冷静への喫水を満たしたところで反撃を仕掛けた。
鬼の姿を装って右手にデザートイーグル、左手に炎の金棒:理壊双焔破界を構え、一瞬にして突撃してくるトキに背中を向ける。
(トキの分際で、だと!?)
(……なんだ!これは罠か、どっちだ!?)
背中を向けたコントンが銃口を未来位置へと向ける。
決闘の最中に見せた背中は、果たして斬り込むべきか逡巡したトキではあったが、ガチリと打たれた警鐘を信じ、コントンと交差する時には逆に防御の姿勢を取り、手遅れに到ってから気付いた。
銃口こそこちらの背中に向いたままだが、肝心の得物はホールドオープンしたままその身に高い熱伴わせていた。武装を生死綴繋の両手握りに切り替えて、消えた銃弾を視界の中に探す。流石に見つからないということはないし、白一色で統一されたこの部屋では金属の鈍い輝きはさした迷彩効果も発動し得ない。
それでも警鐘は、コントンの脇を潜り抜ける時よりも遥かに強く訴え掛けたのだ。
どうやら空中に放り投げられていたらしい弾丸は、突如として空中で一斉に向きを変えて標的を統一させ、そして撃鉄さえ存在しないはずの空中から、銃身やその代替すら成立しない条件で正確に左腕へと疾駆した。
「――ッ!」
痛みもさることながら、衝撃の方が遥かに大きい。
いくら怪異を見慣れてきたからといって、痛みを意図的に消すなど極端な変化は生じるものではないし、そもそも数百年の時を戦い抜いてきたコントンとは現実の捉え方が違うのだ。
銃口は間違いなくこちらに向いていた。それなのに銃撃がやってきたのはコントンの居た位置から更に後方の、それも上下からであった。
考える間もなくコントンが踵を返しながら金棒を振る。
(やっぱり反撃させちゃマズい!)
再び警鐘が危険を報せる。
片腕で刀を振り上げて下から金棒の軌道を反らす。次の瞬間に、コントンは自分と同じ姿に変わってデザートイーグルを手榴弾に時間分解して変換し、信管を抜いて手放した。
二人の中間地点に放たれた爆発物に、警鐘がより一層高い危険を告げる。
(……逃げたら、またコントンのペースに戻るか!)
その結論に至ったトキは、タイムリーダーを発動し、空中へ寝かせるように置いた刀が落ちる前にと、手榴弾目掛けて右腕を伸ばした。その時響いた三度目の警鐘は、かつて死に直面する時のみ発動した強烈な予告であった。
(ヤベ……!)
コントンは、読んでいた。
いくら経験を積んだところで所詮は素人であり、学生であり、未熟である。
一度失くしかけたペースを餌に選択を違えさせる――それは賭けであったが、ペースを失いたくないのはコントンもまた同様だった。“体の主導権だけをフィングに奪われている”現状で、コントンにできることと言えば我が身と呼ぶに不遜なるこの身の行動速度を加減する以外にできることがなかった。
四凶の種を蒔けたのに、ここでその芽を刈り取ってはそもそも戦場の渦央に臨んだ意味が失せる。さっさと逃げるか大人しく殺されるか、とにかくトキがコントンとして成長する条件を満たせば全てが順調と言えたのに……
(フィング・ブリジスタス、やめろ!
トキほどの混沌、そうそう見つかりはしないぞ!
また戦争の手間が増えるだけだ!)
トキの右手を掴むのは、フィングが扮したトキの右手。
瞬時に交わされるクロスセプター。
二人の掌に挟まれた榴弾が火炎と衝撃を辛うじて漏らすが、現象を時間として分解する掌、それも二人分に吸収された卵形の近代兵器は、僅かな破片を地面に残して二人の距離を文字通り爆発的に開けるのみに終わる。
「が……っ!」
吹き飛ばされて背中を擦るトキにコントンは舌打ちした。フィングの目論見を邪魔せんと火力を増大させた手榴弾が、自身の体に予想以上の負荷をもたらしてしまった。右腕の感覚が半分死んだ。間違いなくいまの爆発はクロノセプターで無理やり抑えるべきじゃなかった。
しかし、そんな意志を鑑みることもなく、体はひたすらに前進する。
トキが起き上がるよりも早く、タイムリーダーによって空中に寝かされるよう置かれた日本刀に手を伸ばし、本来コントンが熱望していた一振りの奇跡を手にする。
(なっ、ここで生死綴繋を取るなど!)
しかし、それはトキを生かしたい現状では全くもって最悪の事態であった。
あれは生を死に、死を生に、本来原因という線で結ばれる結果を、例えどんなに複雑な経過を未来に残していようと、必ず辿り着くべき結末を直ちに結決点化させるのだ。どんな現象、どんな輪郭、どんな色彩であろうと無差別に、全てを等しく、終始を無慈悲に斬り結ぶのだ。
金属であろうと、肉体であろうと、魂であろうとも差別はしない。
「くぅッ!」
クロスセプターで藍からその情報を事前に得ていた故に、トキはあらん限りの力で時間を纏うことによって生死綴繋の一撃を避け――刃が透過していった?――どうにか肉体面での損傷を免れることには成功する。
元々藍は、生死綴繋を“除霊”に用いる最高霊装として使用してきた。彼女の記憶どおりに評価するなら、生死綴繋の物理攻撃力は金棒のそれらに大きく劣るそうだ。除霊や死人返しを可能とする奇跡的面と兵器としての平凡性こそが、生死綴繋の強みでもあると主張された。
無事に斬撃をやり過ごしたのと、上体を起こして次に二足を地面に立てたところで新たに現れた何者かの存在に気付く。
(なんで……?)
背後へと通り過ぎたコントンを追撃せんとし、地面に伏すように現れたその影にトキは蹴躓いた。
(……って、ヒト? 女性!)
藍ではなかった。ましてやボルトのような長髪を持っているわけでも、金髪を輝かせているわけでもなし。しかし、両手で押さえられた腹部より溢れ出る鮮血に濡れた短髪の黒髪は、ハッキリとトキの記憶に刻まれた、ある人物のものと一致した。
おそらく生死綴繋の斬撃が彼女を切り裂いたのだろうと、そう理解するのに時間はかからなかった。
腹部を押さえて蹲る彼女こそ、
「母さん!?」
目じりに涙を浮かべながら、血溜りにうずくめて汚れた顔半面さえ笑顔の為に総動員させる。
彼女こそ、色世皐その人だった。
(今更色世サツキを殺せたからといって、この世界の混沌は免れないまでに育っているんだ……!
どうして抵抗を続けるんだ、死にたがるんだ、フィング! トキ!)
起き上がって母の体に手を伸ばしたトキの右手に、フィングの銃撃が突き刺さる。
次第に輪郭ごと色を失っていく色世サツキが、一瞬の苦悶に顔を浮かべるものの、次の瞬間には過日の彼女を知る誰もが見慣れた底抜けに明るい笑顔がトキを迎えた。
「バイバイ、トキ――」
衝撃で脱臼した指数本を僅かに回復させながら、再び手を伸ばそうとするが、遅かった。
時間を与えるだけの時間がなくなっていたのだ。
「――これから、ちゃんとした親離れになるから――」
最後の最後に仰向けになった色世皐が挙げた手は、とても小さく、しかしひまわりのように大きく指を広げられた力強い母親の手だった。
「――頑張れ!」
Second Real/Virtual
-第66話-
-Go Beyond!!-
トキとコントンの対決が閉塞を形成する、まさにその隣で藍は吸血鬼2体を相手取っていた。
ただの吸血鬼のSRではない。協会の中でも一目置く吸血鬼勢力の頭領、ニルチェルト・エンデバー直属の親衛隊二人である。常識離れした怪力に加え、有翼種独特の空中機動はそれだけで危険の度合いを一回りも大きく膨らませている要素ではあったが、それでもニルチェルトの親衛隊は予想していたレベルの戦力として現実に収まっていた。
(遅い!)
再び視界からトキが消えたということが、つまりまだ戦えているということに気付いたのが十数秒前。
爆風を側面に受けつつも、より爆心に近かった吸血鬼を盾として残るもう一体に双焔を投擲して足を止める。
「奏淵!」
爆風から再帰した吸血鬼を、超音波でもって平衡感覚へ迎撃を入れる。
本来なら、吸血鬼は単純な腕力一つをとっても敵うことのない相手であった。しかし、戦場のこの局面に至って新たな力を得た藍は、それまで不可能だった戦法を実装し、思う存分発揮していた。それまでは切り替えに何らかの媒体を必要としていた金棒、リカイソウエンの瞬時切り替えがここに到って一切の媒体を要さず成功するようになれたのである。
思い返せば戦火の中で藍が得たものはこれが3つ目だった。兄との再会、天段:砲千華の取得、そしてリカイソウエンの神速移装。
(いける……いまなら吸血鬼を圧倒できる!)
対コントン戦に備えてきたトキの訓練を見守りながらも、訓練相手に不足していたからこそ藍はここに来て急激な変化を、兄との再会や姉妹との共闘も大きな要因ではあるが、それでも確実な成長を遂げたことを実感していた。
「クッ……小娘がぁあ!」
「刈り取れ! 俺が抑える!」
(トキを護る!)
それが、芹真事務所の家計簿を救済してくれたサクラ ツツジという男からの依頼であった。そして、その一番槍、或いは盾を務めよと命を受けたのが私だ。芹真は色世トキの事情と水面下の状況把握に努め、ボルトには牽制を、ワルクスには協会という巨大な情報源からの協力を得て、衝突もあったがどうにか護れてはいた。コントンに一度殺されかけるまでは。
「蒼媛!」
足元へのタックルと空中からの回し蹴りを、蒼き媛の力で強引に回避する。
鬼の体が突如として実体を失った。まるで霧のよう、それが吸血鬼が四肢に覚えた感触であった。両極から挟み込むようにして上下への同時攻撃を仕掛けるまではいつも通りであった。幾度もそうやって相手のペースを崩す布石や決定打として連携してきた二人だが、鬼の類相手に、まるで幽霊も同然の感触を食らうとは予想だにしていなかった。
(なじむ……蒼媛が、私を押してくれる!)
透過能力の発現は、体験してみると奇妙な後味があった。自分の体にぶつかるべき質量が、まるでスクリーンに投影されて映像という意味を成す光線のように、交差しておきながら決して衝突することがない。
果たして、光線たるは自分なのか相手なのか、湧き上がる模糊の中、哭き鬼の最高権威者にのみ継承される蒼媛は好機と震えだしていた。
金棒でありながら術者を意図的に強化させる蒼媛が、SRを完全解放した藍に更なる力を呼び込む。腕力差だけで大の大人と小学生程もあった両者の身体的決定点が、両手に蒼媛を構えた途端に劣勢を覆して膠着をも憚らぬ関係へと変えていた。
「攻撃させるな!」
「分かって!!」
吸血鬼2体を正面に構えてそれぞれの拳撃を悉く蒼媛で叩き防ぐ。
蹴り足には乱杭歯を突き立て、組み付きには蒼媛の前払いによる両腕の叩き落しと頭突きで迎撃を、その隙に迫ったローリングソバットを最大威力点に達する前に蒼媛の突きで蹴り足を止め、矢継ぎ早に脇腹を突こうと横から迫った突進を透過して躱す。
もつれ合った吸血鬼は、しかしすぐに翼を広げて自由度の高い空中で体勢を整える。翼を打ち込む左の吸血鬼を透過しつつ接近し、
「くッ!」
腹へと鋭く重い一撃を見舞う。背後から首筋に掛かった手も、再び透過して回避する。
結局吸血鬼の2人は哭き鬼に触れることすら敵わないまま、自慢のタフネスだけを武器に何度も撲りかかり、掴み掛かり、しかし一撃でも食らわせることなく空中へと避難して乱れた呼吸を整え始めた。
(いける、これが――!)
これが藍の“秘めたる/姫たる”力。
鬼という種族の中でも古き伝統や思想に囚われることなく、新たな風潮を望んで哭していた者たちを集めて生まれた哭き鬼という混血が拓いた結果である。それは闘争心盛んな鬼という生物の根本を否定するような在り方でもあり、見方を変えればその姿勢はむしろ人間の生みだした文化のまさにそれであり、鬼の界隈において生命の価値を見直す新たな風潮を呼び込む斬新な存在であった。戦争嗜好の黒鬼も、権謀術数な白鬼も、決闘・殴り込みが日常の赤鬼も、とにかくあらゆる鬼から例外なく自分達の種族を離れた鬼が集まり、その集団が今日の哭き鬼の祖となった。他の鬼種との決定的な違いは、まさしくその異種交配にあり、その経歴の中にはかつて陰陽の道を極めた者達から、鉄細工の職人、呪術師から教師という職種の、千差万別の、しかもただの人間との交差さえあった。
鬼が他の種と交流する役割を果たすための、力の衝突の場においてもその姿勢を維持するため、あらゆる力を前にしても輪郭を失わないための透過能力とオリジナル陰陽術。それらをダイレクトに表現する金棒が今まさに藍の手に収まる武装なのだ。
「こんなところで!」
牙を剥き出しに特攻を仕掛ける吸血鬼の顔面に、一切の予備動作を視認させない高速でもって鉄塊を打ち込む。速度だけを重視した一撃は、本来の金棒の質量に常識では有り得ない速度も加え、吸血鬼自慢の人骨さえ噛み砕く強靭な顎関節部を破壊し更に脳までその衝撃を届けた。続く鋭爪の先駆ける手刀と鉤手を透過して躱し、懐に飛び込んで思い切り金棒で股間の閉差点を殴り上げる。が、
(小娘……しかし、やはり攻撃の時は実体化するな!)
吸血鬼も素人ではない。
十字受けで止められた金棒を透過させ、掴み手を紙一重で避ける。攻防の合間に生じる隙を気付かれた以上、吸血鬼の対応も変わるだろう。
次の瞬間には予想通りにカウンター狙いの臨戦態勢を見せ付けて吸血鬼は距離を保った。
一筋縄でいかないことは重々承知だが――
(トキ、急いで!)
脇目に見やる。
仰々しい装置はおそらく諜報で直前に得られた“システムノア”だろうと分かるが、部屋の床や壁、天井などに刻まれた戦闘痕から滲み出る白い液体は全く未知の物質であり、本能的に触れることを拒絶したくてたまらない。それどころか、今すぐにこの部屋から避難したい衝動があるくらいだ。戦闘を阻害しうる要因はシステムノアよりも、白い液体の方だと思えた。
(急がないと……足場がなくなるわ!)
液体の粘度は水のそれと比べれば高く、拡散速度は目に見えて遅いものの、白い液体の圧倒的違和感はそもそも速度とは関係無しに本能へ逃げろ警告を叩きつけてくる。その上、トキとコントンの戦いは自身と吸血鬼の戦闘以上に周囲へ及ぼす影響が大きく、また多種にわたり、高速で随所に痕を刻んでは白液の漏水点を増していった。
「何……?」
ふと、高速戦闘を一段落させたらしいトキとコントンの中間、二人の狭間に見覚えの第三者が伏していることに藍は気付き、つい戸惑いを見せてしまう。その姿は紛れもなく協会のSクラスブラックリストに名を連ねたことのある女性、色世サツキである。
藍が戸惑ったのは、個人としても少なからず因縁があるため。だが、しかし何よりも協会長やボルトと並んで負傷した姿を連想できなかった人物が深手を負い、それどころか今にも事切れんばかりの力無さで何事かトキに向けて話している。
(何故ここに彼女が!?)
色世サツキは死んだはずだ。
まさかノアの中に隠遁でもして、実は生きていましたとでもいうのだろうか。
――有り得ない。
色世サツキの死はSR界に大きな波紋を呼び、彼女のシンパは躍起になってその真相を確かめ、揺るがしようのない現実だと打ちひしがれたというのに。かく言う藍も、少なからず衝撃を受けた人間の一人である。リターンマッチ敵わぬ相手を想って沈んだ時期が間違いなくあった。
(絶対神判だと!?)
対峙しつつも吸血鬼とて意を払わずにはいられなかった。憶隅に見覚えのある怨敵に近似せし伏せ者は、過日の因縁当人であり、驚愕を呼ぶに容易いほど、しかし度し難いほどに死に体であった。
かつて絶対神判と恐れられた女が、いつの間にかこの戦場にいて、気付けば死傷を受けて蹲り、そんな様態でシキヨトキに話しかけている。一刻も早くトドメを刺すべきなのだろうが、僅かでも隙を見せた途端に哭き鬼の小癪な攻撃がペースを奪っていくだろう。いまある流れをこれ以上悪化させないためにも、状況の維持が最善である。そう理解できるものの、やはりもどかしい部分であった。
「ほう! ほうほうほうほう、なるほど!
そんな所にしがみ付いていたというワケか、絶対神判!」
藍、吸血鬼と続き、コントン/フィングも彼女の存在に気付く。
トキを斬ったはずなのに気配が消えていなかったから振り向いてみれば、実に面白い事態だった。
呆然とするトキと彼女に体を向け直し、トキの背中に視線を注ぎながら右側へと歩みだす。
「絶対神判の力で己を他人のSRの一部とすることにより、極めて限定された時間を得たということか」
トキには、敵がフィングなのかコントンなのか判別する余裕がなかった。
混乱の中で再会し、会話し、今度こそ完全なる別離になると悟った母を前にし、渾沌とした思考はついに凍結へと到る。
「だが、次はない」
仰向けになった彼女が伸ばす手をデザートイーグルで撃ち抜いて止め、更に心臓部へ一発見舞うと輪郭の消失は容赦なく加速した。
(まずいか?)
完全に停止したトキを前に、フィングの口体は止まらない。
表情を残した輪郭の最後の一片を踏み潰し、ガラス細工を散らすが如く色世サツキの消滅を見送った四凶は、茫然自失と腑抜けているトキに蹴り足を放つ。なんの変哲もないただの前蹴りだが、戦意を見失っているトキには十分過ぎる威力であった。真横から迫った蹴り足を受けることも躱すこともせず、トキはフィングのエネルギーを前に体勢を崩した。
(“殺し/生かし”甲斐がなくなったかな?)
戦場に飛び込んでからというもの、トキは激戦の中を何度も潜り抜けてきた。二十歳にも満たない、それも学生がだ。肉体的疲労をクロノセプターでどうにか賄えても、心的疲労を紛らわす術をトキは持ち合わせていないのだ。しいて言うならゲームではあるが、この場においてそれは望めはしない。そんな猶予もありはしない。
(母さんが、俺の中にいたってことか?)
蹴り飛ばされたトキの心に重く引っかかっているのは、消滅間際に母が見せた笑顔だった。
トキが目の前で母を失うのはこれが二度目であり、しかも二度とも母に護られたのだ。自分のせいだと、思い込まずにはいられない状況で。
「トキ、知っているか?
色世サツキに限らない、協会長に限らない、誰もが歩く罪人であり、それなのに誰もが幸せにならなくては満たされない――これが、人類が文明の中で築き上げてきた対凶思考にして四凶深化の要因にもなってきた事実であるのだと」
幸せのためにも欲望を。
願望の実現を幸せと指そう。
願いも欲も違いはない、必要性という母はとても文明的な親なのだ。
「・・・・・・」
停滞していた思考が僅かに、遅まきながらも回転を再開した頭で、トキは自身が血溜りの上で仰向けになっていることに気付いた。
ここにきて何度目の疲労感だろうか。
もう疲れた。
戦争での疲労が肉体よりも精神面での方が遥かに大きかっただなんて、ゲームの画面からは予想だにできなかった。仮眠も、栄養摂取も効果がないとは。
(そうだ、当分ゲームは戦争モノを買わないようにしよう、いやバトルもの全般控えよう)
たまにはパズルやテーブルゲームの類も悪くないかも。将棋やチェス、トランプなんかバリエーションが多く、人生ゲームや街や牧場の育成ゲームなんか長く打ち込めそうだ。そうでなければ、翼から借りたアダルトゲームというものも意外と面白いかもしれない。
「誰もが悪で、本質たる欲望の正当化こそが正義に他ならない!
フフフ、聞こえているかトキ。ここに在って正義を持ち合わせていないのは、唯一シキヨトキという個体だけだぞ?」
ゆっくり、遅々ながらも回転数を上げていく頭が、触れたくない現実を塗り固めていく。
いつ以来という感覚もあり、日常茶飯事という感覚もある、寂寥と隣り合わせた浮遊感。
現実に居たはずなのに、まるで夢心地の只中。
ここに居る自分は何者か。
そもそも何者かとして成立しているのか。
輪郭は?
色彩は?
そもそも立体か?
疲れに焼ききれそうな思考回路が、ここに来てついに自棄てしまう。
何かが起こったことは理解できる、でもその内容を知りたくはない。
しかし、無情にも訓練したことによって冷静を取り戻すことに必死な思考回路は、現実に触れざるを得なかった。
「……ハハハッ……」
だから出す。
これも訓練で知ったことだった。
零か百ではなく、安定か不安定か。
それが変わるということ。
だから、出し切る。
「止まれ」
察したコントンが銃口を向けてくる。
視界の隅に映るは藍と、その対決者。
そして見えないはずの協会長を知覚。
次に手繰った時はノアの脈動だった。
対抗して時間凍結を抜けるコントン。
「なぁ、おい。コントン」
一瞬の静止世界。
それが脈打ち、世界を包む。
広がるその波紋に四凶は初めて怯んだ。
それは時間使いならざる力。
一度は憧れた力。
「お前倒すよ、もう限界だ」
立ち上がってすらいない、右手も指数本が折れ曲がったまま。
そんな状態のトキの言葉を耳で受け止めつつコントンは知る。
異常な流れの時間がこの空間にのみ展開し、流動していると。
いままでと明らかに違う。止まっているのに動き出している。
「何だ……!」
最初に悲鳴を漏らしたのは吸血鬼だった。SRの完全解放に伴い伸長した刺爪が、堅靭な両翼が、見えない力に固定されて身動きができなくなってしまったのだ。
そんな行動不能に陥った吸血鬼に気付いた藍は、突如として始まった現象を直感して解し、“一切の武装を放棄”して吸血鬼へと素手で殴りかかった。
(全ての武装が凍結――知っている、これは私も見たことがある!)
タイムリーダーの効果だ。
範囲は白純血神殿の全てだった。
トキが選んだモノは全ての武器。
凶器や兵器として認識される物。
カテゴライズされたそれらの時間を一時凍結した結果が、まさしく今である。
藍が最初に目撃したのは、初めてトキと顔を合わせた、本当に最初の最初だ。
あの時凍結したものは雨だった。
誰も凍結せず、雨だけが止った。
以前も今も、その中心にはトキ。
時間を統べる力の具現だ。
トキが選んだ時間だけが止る。
フィング・コントンも遅れながら直感したその力の波動に、悪寒を覚えた。
あれは確実に命を落とす布石だ。
この力は間違いなく四凶を深化させる。
上体だけを起こしたトキに向けていたデザートイーグルと生死綴繋を手放す。兵器武装への固執は吸血鬼の同轍を踏むこと間違いない。
「ちょっと待っててくれ――」
地面に両手をかざしたトキの視線はまっすぐコントンの姿をした、しかしフィングの思考によって動かされる四凶に注がれていた。
胸騒ぎがする。
トキが勝つという予感がある。
あるのに、それでも戻ってこないという、理解が及ばない時間が纏わりついてきた。
「藍、次の模擬戦で君に勝ちたいんだ」
自棄になって突撃を敢行した吸血鬼の、隙だらけの後頭部に一撃を見舞ってを気絶させる。
意表を突かれたが、それでもトキの言葉にはしっかりと私の名前が挙がっていた。
「……なにそれ、だったら帰ってくること!」
言い残して睨み合う二人から視線を外さないよう、吸血鬼を引きずりながら慎重に後ずさって出入り口を目指す。
強く火花を散らして視線を躱す二人に気圧されつつも、白い液体に触れさせないよう担ぐ。白い液体に取り囲まれる前に、足元に細心の注意を払って大扉の前まで退避を終えたところで、二人の激突がいつの間にか再開していたことに――その速度、静けさ、攻撃方法に――驚愕する。
「トキ、お前のし――いいぞ、それでこそ殺し甲斐がある!
もっと思うがままに舞って見せろ!
叫んでみせろ!
闘って戦って!
生存続けてみせろ!
その果てに己の四凶を見極めて消失点を定めて苦しみ続けてゆけ!」
コントンの姿のまま、光を纏った右手から、光の魔女:ボルトが得意とする五指光線が伸びる。
外側から内側へ振りぬく右手の光線。
床や壁の白い液体を弾き飛ばして迫る切断ビームを、トキは左側から迫るその軌道上に黒い球体状の何かを数個出現させてやり過ごした。
(織夜秋の消滅小球か!)
祭壇の如く卓から見守るバースヤードは2人の繰り出す技に肝を抜かれた。
それらの攻撃が既知のものであるが故に、何故二人の繰り出す技が本来他人が持つのオリジナルを完全に再現して、まるで自分の能力であるかのように扱えているのか。答えは分かりきっているはずなのに、お互いが巨大な器のようなSRであると知っているのに、それでもオリジナルパーソンという信仰を捨てきれないオウル・バースヤードも、元々人の子であったものだと実感すると同時に衝動に駆られて手を動かす。
そんなオウルを眼中にとめることなく二人の再現は続く。
(ノアのシステムモードはまだ辛うじていける!
リアルタイムスコープ:アナライザーアンセンテンス起動!)
無音にノアのシステムが二人のSRを追う。
この空間が神殿たるワケ、部屋そのものを一つのSRとして核構築することによりあらゆる機能を付加することのできる、言ってってしまえば万能部屋でもあるのだ。
(参照、協会データベース:レベルオールフリー。
フェースオーバー、ナノカテゴライザを回帰千進の連環に注す)
内にいるオウルの誰かが持つ支配の力を以てしても目撃できなかったトキの超高速回復、コントンかフィングのいずれかが繰り出している限りなくオリジナルに近い能力再生。それらの秘密を暴くために起動したシステムは、これまでに蓄積してきたSRに関する全データをマザーデータベースから引用して画面に表すものだった。オウルの意志を汲み取ったアナライザーが、早速透過ディスプレイも同然の空中に二人の攻撃方法とそのオリジナル所有者を表示して知らせる。
・光撃(Light Attack):ボルト・パルダン
・死結(Black End):オリヤ アキ
画面から目を上げると次の再現が始まっていた。
光線を全て飲み込んだ黒い球体を、銀色の鋭利がトキの胸板もろとも貫通する。
しかし、それにすら怯まないトキは右手をコントンに向けてかざし、次の瞬間にはコントンの体が宙を舞っていた。
・銀爪(Dust Silver):セリマ コウセイ
・念撃(PK):ギュン・パクフォン
矢継ぎ早に繰り広げられる二人の、防御を思わせない攻撃の重ね合いが流血を初めとした損失を現し始める。
中空に投げ出されたコントンの右足と左腕に二刃が斬裂を刻む。
・呪具投擲(Soul of A Warrior):アヌビス アックス
投擲斬撃と同時、コントンの体を深く抉った得物が混沌に沈み消える。鋭利がもたらした傷口はまたたくまに逆再生の如く閉じて消える。
・時間奪取(Chrono Ceptor):シキヨ トキ
二人の傷が同じ力によって消える。傷口だけは。
次の痛覚を先制刺激するのは、コンマ数秒の差でコントンが優れた。選択した得物は“空間”である。
突如発生する不可解な引力によって、トキは前のめりに体勢を崩し、急いで庇い手を出すがそれを予期してコントンは――同時にトキも――手を打った。
・空間拡縮(Codead Sphere):ベクター・マウリシオ
初めて目撃する能力を駆使する二人に、そもそも他人のモノであるべき力を、さも当然と使い果たしている二人に、オウルは言葉を失って口を閉ざせずにいた。
体勢を崩したトキを、地面を突き破るようにして現れた結晶が赤と望んで待ち構えていることに気付いた。だがトキはその状況を免れようとする素振りを見せない。
トキが結晶の上に勢いよく飛び込み貫かれる瞬間、コントンは悪寒を覚え、そして下手な手を打ってしまったのではと予感し、まさにそれが的中したのである。
瞬きせず見守っていたオウルの目には、二人の位置状況が完全に逆転、入れ替わっていたという以外解しようのない光景が伝わった。
・反撃転(FrontBack Revers):ルイケ カオリ
結晶の棘地獄に倒れこんだのがコントン、空中から崩れた姿勢のまま落下したのがトキ。
その位置反転の力をオウルやコントンが知らなかったのは、単純にコントンの記憶にはトキのクラスに現れた新米SRがいなかったというだけの話だ。それだけではあるが、記憶の手繰り合いである対決の最中に於いて相手の知らない力とはそれだけでアドバンテージに――本来ならそうなってもおかしくはないはずだ――が、
・全身過食(Est Best Rest):トウテツ
二人の引き出したる頭の中を把握しているわけでもないオウルには、更には当人たる二人にさえ決着が霞み始め、次の数手を打つ頃には見失っていたことが薄々伝わってきた。
結晶の刺々しい輝きも、コントンの体に触れた瞬間に消えて無くなる。
・結晶侵食(Crystal days)
追撃の銃弾さえも額に、表皮に触れた瞬間から消滅する。
トキが足場を取り戻す、コントンが伏していた床を離れる。
先制して牽制しようと咆哮するサブマシンガン:Vz61を両手に取ったトキに、翼と爪を剥き出しに迫るコントンは怒りを込めて口撃を始めた。
・時間創造(Creativity of Chrono):シキヨ トキ
・凶翼虎口(Range-Rampage):キュウキ
「お前は四凶を極めなくてはならんのだ!」
叫び飛来するコントンを槍の薙ぎ払いでもって迎撃する。切っ先をコントンの飛空経路に合わせた、土壇場ながらも上々な一撃は、それでも掠りさえしないという予感が放ったトキ自身にあった。
・風重槍(CUllTure):トウコツ
左翼を差し出すコントンは白く面積の広い羽を視界閉塞の壁と変えた。
二人の間には翼一枚。
しかし、互いに相手を見失っておきながらも対決の進路は同時に空中へ向かった。
一枚の障壁を貫く二人の右手はそれぞれ剣と銃を創造し、削りあい、衝突しあって、もつれ合いながら落下して地面を背に墜落して少し止まる。
互いの負傷には大差が生じていた。コントンが左腕をレンコンも顔負けなほど穴ぼこにされたのに対し、トキは両目を失い、更に右手の親指を除く四指を斬りおとされ、おまけに脇腹と太股にも決して浅くはない切れ筋が走っていた。
「勝手言うなよ、何で俺がなんなきゃいけないんだよ……」
先に立ち上がったトキの言葉に追撃の赤が記される。
その呼吸を紡いでいる心臓に刺突、それから首筋に細い線が一本。
とどめと言わんばかりの刺突が背中から腎臓と肝臓に向けて二撃。
血筋を空中に誘わないほどの高速で走った。
僅かによろめく。
だが、トキはそれ以上の挙動を微塵も見せずにコントンへと向き直る。或いは、それが限界という風にも、オウルとコントンには見えた。
それまでの高速戦闘を無秩序に放棄し、被弾し、明らかに劣勢へと追い込まれ、死淵に転がりつつあるはずなのに、その表情は血涙や脂汗に汚れていながらも穏やかだった。
それをコントンが今更不気味と思わない理由は、トキの両足がしっかりと白い液体に捕まっているのが視認できていたためだ。
「そうか、これがノアの血なんだ……」
つぶやくトキの言葉に、ここが秘龍の体内であることを再認識したコントンの背筋に悪寒が走る。
今すぐあれを止めろと、殺せと、何もさせるなと本能がつぶやく。
(進化して、深化していく……そうだな、コントンとはすなわち“変化・成長”とも言えるか!)
ひたすら見ることに集中し、参戦したい衝動を抑えるオウルは四凶の一部を僅かに理解する。
混沌こそ人が生きていくうえで欠かせない悪性でありながら、同時に最も親密すぎて意図することすら稀有な行為の核であるのだと。文化文明が発達の可能性を秘めている世界でならば必ずしも発生しうる現象だと。
「終わったな」
宣言するコントンに、頷くトキ。
「あぁ、そうかい」
例えば、言葉。
子供は、大人にそれを習うが、教える大人も子供の頃には同じように人生の先人達に習い、そこには果てしない繰り返しや或いは試行錯誤がある。
例えば、食事。
今はレトルトがある、昔は自然の中にある材を食した。更に大昔は毒物さえも食してきた。それらが直接人体に影響を及ぼすかどうか、果たしてその成果も無限の繰り返しの中で学習・研鑽した結果に得た文明である。
例えば、闘争。
徒手空拳から武器戦闘に到るまで、現代と古代ではその戦術や規則、規模や理由なども様々である。より効率化を研究し、試し、繰り返してきた結果として銃器や戦闘機、核兵器などという凶器さえも現実化している。
それら全て、原始的に始まったものは全て文明の中において変化を遂げ、進化を続け、数値や快適を求めた因果を成し、禍央たる暗闇に渾沌を隠す。進化にばかり目を向けるあまり、深化していく悪性に気付くことなく、そういう時代なのだと人は俯く。
「ならばそれ以上喋るな!!」
「じゃあ、お前も動くな」
変わるという未知、変えるという意志。
そのギャップから溢れる渾沌が未来に何かをもたらそうと、少なくともそれは人に関わらずにはいられない。
変わるということが、変えるという必要性が渾沌の源泉でもあるのだ。
(その一瞬が対決の決着か!)
視力を失ったトキの援護をしてやろうかと思い立ったオウルだが、コンソールから離し掛けた指を元の位置に戻す。
トキとフィングの意には反するが、若いオウル自身としては熟成していくトキの新たなる混沌の輪郭というものを見届けたいという衝動があった。両足を封じられ、視界を閉ざされ、体内循環器系と内臓に深刻な損傷、更には解消が難しい心的疲労が体力のそれと並んで致死量にあると十分に推測できる、間違いない絶体絶命に陥っているのだ。
そんな傍目に見ても有利はコントンにあるはずなのに、審判の如く見守っているオウルと、対峙するコントン当人の脳裏には、次に地面に伏すのは純粋な四凶たるコントンであるとうい色彩と輪郭を持った予感が来襲していた。
(分かる……コントンは、真後ろ!)
この場に及んで加速する力を手繰るトキには、視力を失っておきながら全てが見えている以上に知覚できていた。
新たに感じる力の触り心地は、日干しでふかふかになった布団も同然の柔らかさがあった。
その力は負荷という面で数時間の頭脳労働にも匹敵する疲労をもたらしたが、それでも全ての死角に対して万全の備えを取り、間違いなく迎撃するに十分な情報をもたらしてくれた。
(何を企んでいるトキ! 急がなきゃお前とコントンは……!)
(ククッ、何を企んでいようと最早手遅れだよ、フィング・ブリジスタス!
トキは白純血に浸かった。私に知覚できるだけでも、トキは足元から能力減衰、退行、異質化を始めている! SRとしての力が消滅するまでそう時間を要すまい!)
行動の時間を失ったトキを警戒しつつ、コントンは最も安全且つ確実と思われる方法で仕掛ける。
まず反時計回りに移動してトキの周りに信管を抜いた手榴弾を12個、時間凍結空間に固定して第一の結界を形成した。
次に、複数種類の銃弾による包囲網を、同じように時間凍結空間を用いて結成する。拳銃弾のような小口径弾頭から長物に用いる大型弾、更にはバードショットから一榴弾のような各種散弾、対装甲用大型弾、それに加えてスローイングナイフ、弓の矢、投げ槍、棘付鉄球などで第二の結界を形成。
最後に第三の結界として、コントン自身が分身体を発し、都合4人のコントンでトキを四方から囲み、それぞれが異なる得物、異なる姿を装って万一の事態に備える。
(厄介なのは、瞬時に立ち位置を逆転させる能力。それだけが危ない!)
コントンとフィング、二人が揃って知らないトキのコピープレイ対象能力。
それを誤魔化せるかどうか、果たして確証はないが4人の包囲から視界を失ったトキが的確に本体と位置を逆転させることが出来るとは思えない。だから分身でトキを包囲し、言葉で撹乱しつつ一方的に終わりを突く。
それがコントンの戦略。
「逃げろトキ!」
「そして死ね!」
「生き続けろ!」
「やめろトキ!」
しかし、未知同士の戦いに変わっていたこの状況下、コントンの目論見は完全に外れていた。
(うん? スピーカーでも作ったのか?)
四方から声が響いたと思った直後、コントンの結界が炸裂する。
最初は第三の結界。4人のコピープレイによる光撃と銀爪と斬撃突風とデザートイーグルによる銃撃。
次は第二結界、銃弾と投擲武器による全方位からの全包囲攻撃。
第一の結界は、前者二つの結界を後押しが如く、爆風は刃物や破片を撒き散らしていた。
頭上に4つの爆発、周囲に8つの爆発。
それら爆炎の圧に押されて加速した凶弾が、凶刃が、乱れ撃ちも同然に荒ぶる軌道で一切の退路を断ちつつ、本来なら絶望を通り越し、約束された結末たる死を叩きつける。
そんな状況が、僅か数センチ先まで迫っていた。
「これでも生きていられるのか!?」
爆風に、攻撃の余韻にオールバックの髪を乱しながら、額に玉のような汗を浮かべながらコントンは爆発の中心部に、いまだかつて知覚したことのないほど強大な生命力を感じ取っていた。自らに帰ってきた刃の破片が頬に突き刺さっていることをどうにか知覚するまで時間を要するほど、でたらめで感覚が麻痺するほどの波動が四凶に鳥肌を立てた。
「……悪い、生きている。生きていられるんだ、今の俺」
はたして爆炎の中に無傷で帰還していたトキは、負傷していた両目と身体機能の全てを回復した状態で佇んでいた。
・――ケイソクチュウ――
足元に弾痕がある、刃物の残骸もある。
・――該当ナシ:進化ノ可能性アリ――
爆炎の焦がした黒が見える、それらに混じってトキの両足を這い上がっていく白純血も見える。
・――判明:シキヨトキ、ネクストレベル――
動けないはずのトキを前に、コントンの意志は逃げ出していた。
だが、体の主導権をフィングに奪われている今、その意志が体現されることはない。
見守るオウルも、違う意味で駆け出したかった。
・――派生源:Lv.0タイムリーダー
「どうやって……」
・→ Lv.1:クロノセプター
「こっちも爆風で押し返した。ただそれだけだ」
・→ Lv.2:クリエティビティ・オブ・クロノ
→ Lv.3:クロスセプター
解析:時間の奪取と時間による創造が主な使用方法
「押し……フフフッ、馬鹿な弾丸ごと、爆風もありながらそんなことがあるのか!」
コントンを絶望に落とすために、フィングはあえてトキの解説を誘導する。
「出来るさ、やる気と勇気があれば」
・→ Lv.4:クローズド・クロノ
解析:操作した時間の限定的空間遅延制御
「お前のそれを勇気とは言わん!
見えていたのか、仕掛けるタイミングが!?」
「いいや、見えなかったけど、感じることはできた。この力でね」
・→Lv.5 ...■
「見えるかコントン、この糸が。俺とお前を繋ぐ――」
「これは……アイツか!」
・Lv.5 クラシックケージ(Classic Cage)...■
「俺が死を見届けた、マスターピースって人から譲られた力だ!」
絶対糸配の先に終わりを感じる。
コントンは死を覚え、フィングは楽園への予感を実感していた。
「直接斬りにゆくべきだったのか!?」
驚愕を隠そうともしないコントンを睨み、トキは躊躇せずにそれを繰り出す。
もう次を与えない。
時間を許さない。
殺さず止める。
その為の力だ。
全ての元凶を覗く。
過去を丸裸にしてやる。
隠蔽されてきた現実の一切を知ってやる!
「手遅れだ、コントン!」
お互いの記憶情報を交換して得るクロス・セプター。その上位互換、相手の過去へと潜り込み、そこにある風景を間近で見守る、記憶という枠を超越した一種の時間遡航技。
“クラシック・ケージ”
不可視の糸を手繰ってコントンを引き寄せ、左手を衝突させる。
体の支配権を持たないコントンは無防備にその掌を顔面に受けていた。
(記憶に潜りこむ気か!)
トキもコントンも、回復の術に長けている現状で削り合いを続けたところで、永久に等しい時間が必要となってくる。
そんな全てが手遅れになる状況を招かないためにも、コントンを――出来るかどうか、言ってしまえば不安の方が勝る方法で――“無限の形/再生”と“身体異常の脆さ/フィング”の心から切り崩していく。それが思いついた攻略法。
次の瞬間だった。
コントンが膝を折って幻覚の中に落ちていくのを、オウルは静かに見届けながら確信した。
駆ったのはコントンだが、勝ったのはトキだと。
意識が現実を離れていく二人の体が、ゆっくりと白純血に飲み込まれていくのを、男はただ静かに見守ることしかしなかった。