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Second Real/Virtual  作者:
66/72

第65話-白純血神殿の戦い-

※気付いたらまた長くなって(ry

 四凶の乱、最終局面です。

 ここまでの芹真事務所の状況。


トキ :ノアの心臓部にてフィングと対峙

 藍 :螺旋回廊にて木目兵を足止め、侵攻部隊への助勢

ボルト:魔女としての力が消滅

芹真 :※詳細は外伝に掲載予定

 初めて呼吸困難を体験したのは、生まれて数年も経たずに泳ぎ方も知らないうちに緩やかな長川に落ちた時だった。



(私を制圧した……!?)



 どうしてか空中を落下するボルトは、初めて川で溺れた大昔のことを思い出しながら自分の力が霧散していくのを感じ取っていた。輪郭の消失を目撃し、そこに外部からの改竄が加えられている感触を確かめて驚いた。



(一体……それにこの効果速度は尋常な魔術じゃないよ!)



 四肢からの消失が胴体に及び、ついには頭部へ至り、髪の毛の一本にまでボルトという魔法使いの存在が戦場から消滅してしまう。



「これは……カテゴリーアウト!?」



 同じ頃、闇影の魔法使いであるディマも自分の魔女としての力が消えていくのを実感しながら、人の形を保っていられるうちにジャンヌへ無線を入れた。



「ジャンヌ、四凶軍の新しい攻撃を確認!」

『……このタイミングで? その攻撃はどんなものか分かる?』



 無線越しに聞き取れた彼女の声は明らかな焦燥の熱に荒れていた。しかし、現実に起こっている攻撃を前にその反応は正しいだろう。



「間違いなく広範囲魔術でこれは――!」



 何となく理解できるこの攻撃を、どう伝えようか迷っていたディマの両腕が霧散するように消える。



「これは、選択対象を結界内で――」

『ディマ? 応答してくださいディマ!?』



 耳に掛かっていた無線機が落ちてしまった。周りの防衛部隊員らも自分の消滅に気付いて駆け寄ってくるが、例え腕利きの衛生兵でもこれには対応できようハズがない。何故ならこれは直接輪郭に訴えかける類の魔法なのだから。



「ジャンヌに伝えなさい。キュウキの書庫で見かけた魔法陣“ノアの箱庭”が発動していると!」



 発音が出来なくなった刹那、伝えるべきことを言い残したディマはこの戦争の勝敗がいよいよ断言できなくなってきたことを予感し、如何にこの魔方陣を攻略するかが協会勝利の鍵であり、敗北回避の絶対条件だと思い知り、そして何よりもキュウキを舐めすぎていたことを気付かされて後悔した。


 こうして協会が誇る二大魔法使いであるボルトとディマは、纏い・持ち得る全ての輪郭を失って戦場から姿を消した。










 Second Real/Virtual


  -第65話-


 -白純血神殿の戦い-










 奇妙な空間であった。

 視界に飛び込む部屋の色彩は白一色で統一されているのに、頭が理解してしまう部屋の模様は極彩色であった。最初に踏み込んだ時、この部屋は紛れもない深闇に包まれていたし、頭でもそれを照明が働いていない影の中として確かに認識していたのだ。

 色彩認識の逆転はコントンにも起こっていた。部屋に飛び込んできたときは自身の輪郭が不自然白光に包まれていたのに、部屋が最初だけ白色を見せて以降四凶の色彩は純白で統一された。目は白を認識しつつも、脳の翻訳は色彩鮮やかなるカオスカラーであった。トキの姿もまるで絵画の中を動いているかのように距離感を掴ませてくれない。



(フフッ、しかし!)

(ちょっと待て!立体感が薄くて……ッ!)



 非常に反撃し辛い近接格闘銃撃を紙一重で躱せてはいるものの、決定打に到る一撃を見舞うだけの隙を見つけることができない。もとよりコントンという数百年近い戦闘経験を持っている先輩に学生の自分が挑むこと自体無謀の極みと言えた。



「ハハハ、どうして敵の言葉を素直に受け止めているんだ? やはり若いな!」

「なんでも笑ってやがれ!」



 どうにか隙を作らんと僅か距離を開けたのと同時、事此処に到ってコントンは歪めていたその口からある告白をした。



「俺と一緒に正しい時間が流れていく世界を創らないか?」

「またお誘いかよ、断る!」



 フルオート射撃でコントンの高速移動を追ってしまう。

 スライドストップの一瞬前にコントンが急加速して背後を狙う。

 させまいと飛び退きながら振り返り様に生死綴繋を振る。素手なら届かなかっただろう斬撃だが、コントンはそれを予測して次の行動に移っていた。スライディングキックによる体勢崩落である。



「四凶になったお前なら必ず考えて、遠い未来で必ずそのことに関して何らかの後悔を抱くだろうさ」

「俺が……なるか!」



 空になったロングマガジンを時間分解し、余分な時間と一緒に合わせることでショートマガジンを創造するが、地面を滑るコントンは姿を変えることで弾丸を右手で掴み消して見せた。



(俺の姿かよチクショウ!)



 コントンが再生して装ったSRはまさしく自身であった。

 空中にある身体を大型拳銃の弾が捉える。

 右太腿。

 心に体にと続いた衝撃で体勢を崩してしまう。どうにか尻餅をつかんと踏ん張るが、右足の感覚を失ったも同然の状態でそれは叶わない。生死綴繋を支えの杖代わりにしても右半身は崩れてしまう。片膝からでも反撃は出来るが速度の時点で既に先後が成り立っていたのだ。

 だから、矢継ぎ早に左足の(くるぶし)を撃ち抜かれ、右腕をトキ(コントン)の右手で切断された時には思考が真っ白に染まった。その武装解除は予想していたよりも遥か高速に行われ、やられたのだと認める頃には左手が踏みつけられ、こめかみにはデザートイーグルの銃口が至近距離で向けられていた。コントンが元の姿に戻っている。



「もしも、お前に用はないと言えばお前はどうする?」



 両足が熱い、込み上げる吐き気も痛みが喚起したものに他ならない。

 それでも目を伏せずに涙も堪えられたのは、意地でもコントンに弱みを見せたくなかったからだ。



「やってみろよ……!」



 威勢がどれだけの効果をもたらすか分からない。ただ、譲れないものがあることだけは伝えたかった、知らしめたかった。

 この状況でコントンは怯まないだろう。そう思っていた矢先だった。威勢の効果でも現れたのか、冷たい銃身がこめかみを離れて――デザートイーグルを持つ手が震えている?――銃口が次に定められたのはコントン自らの側頭部。まるで思いつめた自殺者のようである。



「…………」



 気付けば踏みつけられていた左手が自由を取り戻していた。遅滞していた血液の循環が再開されるのを感じつつ、コントンの過去にも幾度か目にしてきた異常な行動を見守った。いつもと違うというのが分かる。特に彼の表情は、致命たる攻撃でも受けたかのように険しかった。精神疾患者のようにも見え、追い詰められている者の様にも見えて、とてもではないが武装解除を施したばかりの最も勝利に近かったはずの者の相貌とは思えなかった。

 それが勝機なのかどうか賭けではあったが、対抗してトキも自身の首へと生死綴繋の鋭刃を突きつけて見せた。



「……!」



 幸か不幸かというものの前に、やはり理解の追いつかないコントンの行動が刀身を握り止める。

 鋭利な刀身に切り裂かれた皮膚の下から血液が筋を伸ばす。

 ふと、その行動で自分に銃を向けつつこちらの刀を止めたコントンの事情に少しだけ気付いた。否、気付かずにはいられない、最早そういう状況だった。



(再生のSR。

 フィングの力、コントン、再生……フィングがコントンを再生している? それともコントンがフィングを再生している?)



 必ずしも統一されていない意思が、もう一つの戦いが“フィング/コントン”の間で繰り広げられていたとしたら?

 だが、これは一体どうすればいいのだろうか。

 フィングという人物が敵でないことは分かる。アヌビスから助け出されてこの世界で生きていく最初の力を示してくれたのは他でもないフィングだ。しかし、そんな彼の中には仇敵に等しいコントンが居る。或いは逆かもしれない。

 コントンだけを討てるのか?

 ここに来て生まれた疑問は過去最大の問題だった。言ってしまえば二重人格のような彼は、意識としてフィングとコントンの二つが存在するのであって肉体は唯一であり、戦闘で破壊する主な対象とは精神もさることながら効率的に考えて肉体なのである。



(まずは右手を元通りにしないと、コントンに触れることができない……!)



 そうだ、まずは敵を知らなくてはいけない。

 左手の生死綴繋を突き刺して置き地面にクロノセプターを向けて時間を得る。螺旋回廊とは違いこの空間での時間回収率は極めて悪かった。普段ならバズーカの一つでも創れるほどの時間分回収を行ったにも関わらず、いま手元に集められたのは小指一本分を創り出す程度の時間しかない。

 最悪なのはコントンがそれを目撃していたこと、しかし幸いなことにそれを彼は妨害しようとしなかった。



「諦めろ――」



 そして、その会話が始まった。



「――フィング・ブリジスタス。

 見ろ、トキのこのSRとしての急速変化を。

 混沌たる私の目にすら並のSRとは写らない。こんなSR見たことがない。似通った者は居た。

 しかし、明らかに一国に匹敵する脅威として着実な流動に乗って向上を続けている。最早触れることすら難しく、近代兵器の粋を集めた暴力だってこいつの前には無力だろう」



 一歩二歩と、コントンか或いはフィングが後退する。

 何とか両足を元通りに戻す。

 その時コントンは再び銃口を自分に向け、視線をこちらに固定しおぼつかない足で間を空けた。



「既にイデオロギーの外側に位置する俺達は、四凶という概念に拘る理由さえ持たない。

 その上位種だって目指せる、現にそれほどの力を持っている、それなのに現実という共有レベルにすがり付いて変化を拒む……!」



 更に後退していくコントンを見守りつつ立ち上がり、切り離された右手を拾い上げて時間を集める。

 周囲に散らばっていた映像がコントン目掛けて集まり、内に消えていく度にコントンの輪郭は揺らいだ。



「例え、未来(シナリオ)を書き直した上で世界を昨日に巻き戻そうと、トキがこれほどの力を得たという現実だけは書き換えることができない。同じように俺とお前もな、フィング」



 銃口が側頭部を離れてこちらを向くが引き金が絞られる気配がない。右腕の再生はすでに終わりかけているものの、正直に予測不可能な事態の連続にコントンとフィングの共存する個体がどのような結果の父母をぶつけてくるのか予測できなかった。



(フィングには殺意がないみたいだが、コントンはどうだ?

 既に目的を果たした~的なことを言ってはいたけど、本当に終わっているのか?)



 誰かを殺したわけでもなし、何かを壊したわけでもなさそうな彼の目的が、本当に達成されたのかを確認する術がなかった。何せ四凶の種を残すなどというものが目的なのだから。

 しかし、トキがそれを理解できないのも確認できないのも仕方がないことであった。



「一介の学生が兵器を上回り、あらゆる速度と並び、更には第二熱力学の法則をも覆す。極めつけは時間という流れから外れて行動するんだぞ?

 これに驚異せず何を脅威と認めるか。いくらSRであろうと万能ではない、さればこそSRというカテゴリーを必要とし、そこに押し込めねばならぬ多種多様な特異人間が居るんだ」



 生死綴繋を右手で拾い、格闘戦に備えて軽く左手を動かす。

 とにかく敵を知りたい。

 手段はある。クロス・セプターだ。時間を共有することによって相手の時間を読み取る技。こちらの情報も自動で交換する、与えるというデメリットもあるが、いま現在こちらに知られて困るような情報があるわけでもない。



「……それに、見ろ。トキは俺を殺してお前だけを救う、そんな考え事をしているみたいだぞ?」



 震えながら喋るコントンの表情に、いつものような笑みがない。

 再び銃口が、ゆっくりとこちらに向く。

 その隙を見て走り出し、コントンへ殴りかかる。踏み込みながら左のフックでクロスセプター。



「ぐ……ぉっ!」



 最初の一撃は何の障害もなしにコントンの胸へと突き刺さった。驚くほど抵抗しないコントン/フィングは拳打の衝撃で後退までするほど無抵抗である。

 そして最初に流れてきた彼らの情報は感情であった。遣る瀬無さに苛立つのがコントン、絶望的状況に困惑しつつも諦観しているのがフィング。身体の主導権を握っているのは当然、コントンの方だったが、フィングの無気力が肉体行動にフィードバックしていた。



(何故彼が絶望しているんだ! まさか、本当にコントンの目的が達成されたのか!?)



 二撃目。

 初弾の勢いをそのままに時計周りに回転しつつ生死綴繋で頭部へ斬撃、と見せかけて左ストレートを顔面に叩き込む。

 やはりコントンは能力を使うことさえなく、顔面に拳を受けて尻餅をつく。



「え……!?」



 三撃目の追撃――しかし、それが行われるより速く、コントンは視界の中から突如姿を消した。

 時元脱存。

 それの発動を警鐘が知らせた。

 咄嗟に生死綴繋を右側面へ盾としてタイムリーダーを発動すると、金属同士の弾け合う短く硬質な音と衝撃が鼓膜を震わせた。

 そして、



「何で!?」



 初撃で絶望という眠りからフィングは目を覚ましていた。

 ――体を返せ!

 二撃目で得た情報は、彼らの内部闘争。そのビジョンはコントンが身体の主導権をフィングに奪われる瞬間であった。



「どうしてそうなるんですか、フィングさん!?」



 そう、いま頚動脈へ斬撃を見舞ってきたのもコントンではなく、フィング・ブリジスタスの行動であり意思であって、それはトキの思惑を打ち砕くに十分過ぎる威力を秘めた意志表現であった。



「聞いてくれ、トキ。

 四凶は感染を免れることのできない、言ってしまえば“原始的な負の文化”だ」



 フィングの姿を探す。

 背後ではない、いやそれが得意なのはコントンか。



(……真上か!?)



 音源さえ不特定な白純血神殿。その中で、トキは動物的勘で彼の姿を捉えた。

 上下逆様に、まるで吊られているかのような体勢のままで、天井に指先を向けて垂らした両手に武器を創造するその姿はまさしく自分自身。色世時の再生(コピープレイ)であった。



「コントンと呼ばれるSRを僕が取り込んだ――いや、正確には取り込ませることが目的だったんだよ、コントンは。

 でもこれが現実さ。

 世界は常に一人の人間の視界には飛び込まない。

 必ず見えないところで変化が生じ、それら複数の、或いは無数の原因と結果が螺旋を描いて個人では発生し得ない巨大な因果を渦巻かせる。それらをイベントと呼称し、そこに強く関わる人間をキーパーソンと定めるなら、間違いなくSRの重要度は強くイベントに関わってくる。つまり……」



 星黄と畏天の二振りが輪郭の形成を終えて、フィングの手に納まる。

 自由落下から始まるフィングの攻撃は次の瞬間、自由落下という束縛を抜けて加速した。頭上からの斬撃と思わせて足元からの斬り上げ。

 右手の生死綴繋で片方の攻撃軌道反らしつつ半身になり、斬撃二刀の隙間を潜り抜ける。鼻先を掠めていく刀身の熱に冷や汗を覚えながら左手でフィングを殴り離す。



「俺を殺す気なんですか?」

「それが未来の為になるならば厭わない。コントンの目的を潰す最後の手段でもある」



 両手に生死綴繋を持ち直し、素人ながらに構えて見せる。対するフィングは構えることなく鼻血を拭いながら口ばかりを動かしていた。



「世界を零に戻した上で新たな混沌の種をそこに放り込む。

 それがコントンの目的だ。

 白純血神殿にはそれを成す機能が備わっている上に、ここは曲がりなりにもノアの箱舟としての機能が最も強い部屋でもあるんだ」



 三撃目の拳がトキの中にもたらした情報が、まるで告白でもするかのようにフィングの身体を中心に部屋の随所へと飛び出し、投影される。呼応でもしているのか、目も眩むほど忙しなかった極彩色の壁が白一色に戻った。大小様々な画面が縦横無尽に飛び交う。

 白いスクリーンに再び浮かぶ画面だが、しかし内容は全て異なっており、どれ一つとして連続したシーンは存在しない。

 直接触れたトキにはすぐに理解できた。それがフィング・ブリジスタスの歩んできた(かこ)なのだと。






 -螺旋回廊-


 同時刻。

 無数に湧き出る木目の兵隊を相手に藍は奮闘していた。

 状況を整理しながら木目の剣兵の頭部を叩き潰し、槍先を金棒の回転で流して力任せの横薙ぎをお見舞いする。



(アサお兄様の術が制御を奪われている。

 頭上のノアが飛翔を始めた。

 四凶軍の新たな攻撃で消えたボルト。

 吸血鬼の復活とそれを阻止しに行った芹真……)



 小細工なしの力技で複数体を吹き抜けの反対側に打ち飛ばす。



(スミレちゃんとカンナ姉さまはトキの援護に行った。

 ジャンヌやアヌビス達も前線に戻った。

 ……ノアへと通じなくなったこの回廊を死守する必要性があるの?)



 敵はすでに触れることも出来ない場所へと移動している。数分前まではノアへと通じていたこの螺旋回廊にも重要性を見出すことは出来ただろう。しかし、ノアが上空へと羽ばたいていったいま、登頂に何もないこの風毀塔(フキノトウ)に攻略価値は見出せない。戦力の無駄遣いではないか。



(私もノアに向かうべきだった?)



 焦りが両手に震えを起こし、両足は不安と何処からともなく沸きあがった怒りによって大きく歩調を乱していた。殴り飛ばし、殴り潰し、圧し折り、突き穿ち、無限に現れる木目の兵隊達を圧倒していく。どんなに数の利を得ていようと、現実に回廊の下へ下へと勢い押されているのは木目兵達の方だった。たった一体の鬼によってである。



「双炎転じて、奏淵!」



 二本の金棒が纏っていた炎が爆ぜるように消え、変わって振動が金棒全身に走った。

 腕を交差させて金棒同士が、金属の歯がぶつかり合うよう擦れ合うよう走らせ、その時に生じた破壊の衝撃音波が隊形を組んで挑まんとする木目兵達を瞬時に木偶とする。

 だが、虚しい。まるで最果てを妄想でステージと飾り立て、ただ独りで延々と踊り続けているような気分だった。



「聞こえるか、藍」

「アサ兄様?」



 吹き抜けの最下層に移動したはずのアサは言う。トキを援けに行けと。



「よく聞くんだ、僕はあの村で一度死んだ。その結果として、それまで疑問に思っていた所を自由に調査するだけの時間を得た。

 その疑問というものが“協会長:オウル・バースヤードのSR”だ」


「……はい」



 誰もが不審を抱かない協会長の絶対支配。

 だが、それが本当に完全なる支配なら、絶対の采配が本物ならばどうして予期しない事件が起こり、争いが生まれて混沌を世界に塗りたくるのか。それを必要悪とでも言うのだろうか。

 鬼と狼の抗争を経て蘇生したアサは、確信に近いものを得ていたのだ。会長の能力は絶対支配などではないという可能性である。



「現実に会長が絶対干渉できるのはSRを持たないただの人間に限る」

「はい」



 多くの場合、SRやそれに覚醒しようとしている者は制御が難しい傾向にあるらしい。



「だから協会という集団組織があり、世界を監視する役割に終われ、SRの関係する万事に対する切り札としてノアがあったのさ。

 華創実誕幻――」



 しかし、会長という人物を弱者か強者かという二択で選ぶなら間違いなく後者であり、事実、現時点で超大にも等しい権力を握るのは間違いなく彼なのである。ノアを所有するという理由もあるが、最大点にして最大問題は誰も彼のSRを正確に把握できていないということだ。その点だけで言うならコントンやトキも間違いなく会長クラスの能力者だとアサは心底で認めていたが、そこに協会という組織が絡んでくれば一枚でも二枚でも危険度は会長に軍配が上がるというものだ。



「おそらく、コントンの狙いは会長の権力を担うノアの強奪」

「その価値があの伝説の生き物にあると?」



 肯定の返事を耳にした藍は、次いで発せられる魔法を紡ぐ音の並びに慌てて深呼吸する。



「天段:呼末凪(こまつなぎ)



 次の瞬間、暴風が鬼の身体を空中へと押し飛ばした。呼末凪(こまつなぎ)の殺人突風によってロケットよろしく空中へ打ち上げられた身体が、数秒と経たずにノアの眼前にまで舞い上げられていた。呼吸が難しいほど高速で移り行く空中で、両手の奏淵を右手に双焔、左手に奏淵という、より多くの局面に対応できる装備を整える。



(だから藍、お前はトキの援護に行け。コントンが望む世界は、万人にとって地獄だろう。

 そうだな、簡単に言えれば――)



 ノアとの衝突に備えて金棒で十字を組む。

 だが、



(世界を救――)



 ノアの表面に触れた瞬間、何の抵抗もなく、それもプールや海に飛び込むよりも無抵抗に身体はに箱舟沈んでいった。垂直に入り込んだ藍は、アサの声が途絶えたことに気付き、次いで自分が新たなる最前線に足を踏み入れたことを理解した。






 -白純血神殿-


 二人の決闘とも言えるコミュニケーションを見守りながら、オウル・バースヤードも内側の激しい議論に行動する余裕を一切失っていた。

 今後の世界に必要なものは何か。

 コントンの望む原始的な、欲望剥き出しのまま、裸のまま生死を迎える世界か。或いは、トキの意見でもあり、現実に多くの者が望むであろう自然の流れのまま行き着く世界の果てか、どちらを迎え容れるかでオウルの内で無数の人格が口論を重ねていた。



(そうだ。この世界にも死兆(オリヤ アキ)が現れた以上、極災式との接触や“侵交/深交/信仰”を防ぐためにも、ここでリセットの腹を決めるべきだ)



 確かに、ゴクサイシキ。ソイツらがこの世界に在る以上、かつて死を迎えた世界と類似した結末は免れないだろう。何度世界を創り直しても彼らは付き纏う。だが、今度ばかりは泣き寝入りするようなことはしたくない。悲観の必要がないと断言はできないが、もしかすれば過去になかったSR(ちから)が生まれている可能性がここに来て浮上しているのだ。



(色世時が極災色である以上、それを覆すほどの可能性とは何だ? 現実に在り得るのか?

 ――有り得なくはないが、これまでの世界でも四凶の上位概念でもある極災式を覆した者は一人として現われなかった。

 ――そうだ、思い出せ。かの色世誠(シキヨ マコト)でさえワールドエンドへのライニングを手伝っただけに過ぎない。その器さえ超えることの出来ない色世時が、

 ――しかも引き篭もるほど精神も未熟で不安定な者に、極災式という回避不能なイベントと属性をどうこうできるとは、天地がひっくり返っても思えないわ。

 ――故に我らはコントンの生存を望む!)



 そう、世界の終わりを迎えることは簡単だ。

 極災式が生き残っても、コントンが生き残っても、或いは私自らの手でリセットの道を選ぶコトだってできる。他者に譲るか自分で実行するか、違いがあるとすればそれら視点と、あとは早いか遅いかという時間の問題のみ。世界のリセットボタンは簡単に押せる。何せ慣れているのだからな。



(――いいや、可能性は目の前にあるだろう!

 ――老人共の目には未来が見えていないらしいな。まぁ、確実とまで言えないあたりそっちに分があるんだろうから強気なんだろさ?

 ――厳密に言えば、世界死(オリヤ アキ)可能性(シキヨ トキ)の接触時間はワールドエンド・ボーダーラインをとうに通過しているんだぞ。それでもまだ世界は死んでいない。世界はまだ続いている。

 ――ノアの外を見て御覧なさい。夏の空、海上の些凪、戦火の中でも光る生命、まだ全てが終わりを前にしているわけではない。可能性の中にまだ灯火は輝いていますよ。

 ――俺の話も聞いてくれ~。

 ――だから何度も言っているだろう! 簡単に死のうとすんな!)



 フィング・ブリジスタスの見せ付ける記憶に隙を突かれたトキが、飛来したナイフを咄嗟に右手で庇い、フィングに新たな隙を与える。

 その瞬間だった。



(なぁ、俺が決めても良かったのかな……?)



 壁一枚越しに二人の決闘を見守るオウルの内で、その人格の登場にこれまで口論を重ねていた全人格が口を(つぐ)んだ。



(今まで意見を述べなかった俺だけどさ、それは自己の分裂具現を恐れてじゃないんだ……)



 沈黙の原始人格、オール・バースヤード。

 仮説Lv計画の創始者にして人類最初のSR、そして最も初めに世界の死を見届け、それでいて繰り返される世界の死の中を生き延び続け、多種の記憶と感情を人格化させることによって精神崩壊を免れた“創造のSR”である。



(極災式の許容と変遷に備えよう。既に手遅れの状況を静観するにはそれが最上の手)



 背後のメイトスに意も向けず、オール・バースヤードは進む。

 神殿の中で生死を賭けた二人の勝敗を見届けなくてはならない。次の世界をどのように改善するべきか、二人の対決はそれを知る要因となるだろう。壊される前に創り直す必要性が生じるか、このまま目撃したことのない未来への線を残すか。



「バースヤード?」



 締め切った扉を透過して抜ける背中にメイトスの声がかかる。

 ――そうだ。箱舟をシステム化したのは、理想の世界を創る為だ。その責任を、私は最後まで放棄するわけにはいかない。



「どうするつもりだ始まりのSRよ!?」



 止まらない戦いを見届けよう。

 選択はその先だ。

 全てが手遅れのいま、ここで出来ることは何もない。

 何も、だ。

 だから、せめてもの償いに責任を果たそう。

 視線を未来へ、意思で己を戒律し、この身を選択の仕掛けに組み込もう。



「バランスなど有り得ない」



 それだけを言い残して背中が消えていく。

 白純血神殿へと。



「ハァ……ハァ……見えない」



 フィングの記憶が規則性を持たない移動を続けている。眼前に迫った動画が煩わしいことこの上ない。



(俺は、何と戦うべきなんだ!?)



 白純血神殿の中で、自分と同じ姿のフィングが怒涛の勢いで攻める。

 多方向、多種、単雑複純織り交ぜ、嫌らしい間をも組み込むその戦闘スタイルは、明らかにこちらの知るコントンのそれとは異なった。多くの場合、時間という枠を抜けて背後を取り、そこから一気に畳み込むのがコントンの攻撃パターンであり、それだけなら既に攻略法が確立しているといっても過言ではない。他ならぬ自分にも時間の流れを異常に移す術があるのだから。

 だが、それらを展開したところで目的が霞んだいま、明確な意思のもとに攻撃を繰り出すことなどできない。



(フィングさんはどうして俺を攻撃しているんだ!)



 コントンに憑代(よりしろ)とされ、身体の主導権を奪われていたと思われるフィングさんがどうして殺意を向けてくるのだろうか。

 俺が四凶になりそうだから、だろうか。



「くぅ……っ!」



 フルオートで放たれる9mm弾幕を躱しつつ、牽制射撃を見舞うが逆効果。同じ容姿、同じ能力を完全に完璧に腹立たしいほどブレなく再現するフィングは、難なく射線上から身を反らしつつこちらを中央装置へと追い詰める。

 銃弾に混じって黄金剣がブーメランの如く回転力に押されて飛び掠めゆく。腰の左側に走る鋭い痛みに視界が狭まる。

 痛い。だが、止まれば痛いどころではなくなる。本当の殺意を抱いて迫るフィングは、間違いなく息の根を止めるために動いている。本当はコントンの意思で動いているのではないかと疑いたくなるほどに。

 掴み掛かりを打ち払いながらクロスセプター。やはり、意志はフィングのものでコントンは肉体制御に意志を注いでいるようだった。



(攻略法が見えない!)



 苛立ちが募る。

 隔靴掻痒たる状況に照準も定まらない。銃弾が服装を剥ぎ飛ばし、黒刀が肉を削いで流血を生み、繰り出される四肢は数度に一度、神経を逆撫でるような衝撃を骨の芯まで響かせる。それでも標的が分からないから攻めることができない。

 クロスセプター。

 情報を新しく入手しなくてはいけない。だが、一度始まった攻防の両者一方展開は容易にその流れを変えることが難しいほど進んでいた。銃撃戦のような時間空間間隔はなく、近接戦闘時のような間合いや読み合いさえない。反撃の糸口が皆無なのだ。



(止まれ、止まれ!)



 静止世界を更新し続けてやっと追いつく防御。一秒に一発よりも尚早い間隔・感覚で迫るフィングのコピーアレンジ。時間による絶対障壁を展開し、こちらがそれに合わせて静止時間の上書きをすると同時に変身して攻撃、そしてタイムリーダー・リプレイにて先攻後攻を明確化される。

 長いような短いような攻防に生じる亀裂は背中から始まった。



「終わりさ……」



 背後に回り込もうとするフィングに振り向き様に左回りの斬撃を放つが、それは計算されていたらしくフィングは直前に放って静止時間の中に閉じ込めていた銃弾を解放した。

 背中に突き刺さる金属の衝撃感に頭が白く濁る。続く衝撃が混濁の濃度をあげる。



「これが、俺に許された時間だ!」



 覚えのある言葉に鼓動がひときわ大きく脈打った。焦りでもない、痛みでもない、怒りですらない鼓動に震える。

 背中から手の甲に次なる斬撃が移る。肋骨を金棒で砕かれ、膝の骨盤を銀爪で穿たれ、右耳を光線で焼き切り落とされ、左腕を肘の所で時間分解される。この神殿に入って二度目のダウンであった。



「コントンに身体を奪われてどれだけ経つのか覚えていない」



 額を伝う血筋が右目を濡らし潰す。音も良く聞こえない。体中の震えが止まらない。絶えかけの呼吸で必死に痛みを理解し、辛くもそれを元に意識を繋ぎとめてフィングを探す。

 寒いような暑いような温度が気持ち悪い。

 重たく感じる頭を上げると半分を暗黒に閉じた視界にフィングの怒りに満ちた顔と、一つの“映像/記憶”が飛び込んできた。



「この肉体の消滅は、コントンを巻き添えにできる結末を秘めている。

 だが、コントンがそれを許さず、他者を己が器の中に取り込むことによって延命を重ねてきた。自分を殺す前に他人を殺してな。お前がこの肉体を破壊するか、僕が自害する以外にコントンを止める手段は無い。いずれも、現状では不可能だろうがな」



 その像は夜闇に静まった家の中を映していた。月明かりによって浮かび上がるものはテーブルに突っ伏する者、火の気の無い暖炉の側にもたれかかる者、石壁の前で横たわる者、その映像を見ていた者の足元に転がる子供、最後に血まみれの家具の数々である。



「最善は、俺が未熟な四凶のお前を殺すことだが、未来のあるお前が俺を殺す事だって選択肢としてはマシだろう。

 それ以外にコントンの残した不安を取り除く術はない」


「なぁ……あんたは何なんだ?

 コントンなのか?

 フィング・ブリジスタスなのか?」


「俺は――数え切れない罪を犯してきた罪人だ。

 それ故にリセットを望む。

 哭き鬼でも、妖精でも、グレムリンでも、色世時でも、リッパーでも、芹真でも、コントンでもない、俺がフィング・ブリジスタスで居られた時間を取り戻す……! 誰も殺さない普通の人生を、日の光を胸に浴びていける命を……!」



 どうにか上体を持ち上げようとするが、うまく力が入らずに地面に横たわってしまう。

 やはり戦闘経験の差は圧倒的だ。



(そんな………………………何度目の、何回死ぬ気なんだよ、俺は……!)



 意思・闘志に反して身体が死んでいく感覚を思い出してしまう。それが進行している、死に向かっている。

 今度の相手は中身がコントンであっても、その意志はコントンではない。



「四凶にならず死んでくれ、トキ」


「嫌だよ……」



 何で目に見えもしない、それも理解が追いつきもしないような、しかもしかもだ、未来が来なきゃ結果を見て振り返ることも出来ないような、まるで何かをやる前からこれはヤバいから諦めて最初からやらない方がいいと誘惑されているようなものだ。どうしてそんな事で殺されなきゃならねぇんだ。俺の選択意志はどうなるんだよソレ。

 相手がコントンなら分かる。だが、どうしてフィングさんがそんなことを求めるんだ。

 四凶とはそんなに拒絶するに値することなのか? 現実にあってはならないものなのか? 人種も職業も年齢も関係なしに警戒しなくてはいけないものなのか?



「止まれ」

「お――



 お(フィング)は何を恐れている?

 お(コントン)は何を知っている?



 ――い、あ……れ?」



 フィングに視界を潰された。

 もう、何だ、誰に気の毒かさえ曖昧になってきた。

 目を失ったとか四肢を切り落とされたとか、訓練や実戦を含めてそれら現実的重要性が麻痺しちまっているらしい。悪いけどさ、クロノセプターで目とかその他諸々失っても痛みがないんだ、精神的ダメージゼロなんだよ。



「クロス、セプター」



 でも、次にフィングが施すそれは、対策訓練すらできなかった攻撃方法であった。

 そこで久々に見た気がする余裕を持って表に出てきたコントンを彷彿させる笑みを。



「見せてもらおう。フィングとコントンの意志に於いて誓う。必ず貴様のSRの本質を見抜き、触れ、完膚なきまでに封殺し、最期へと到らしめんと」



 クロスセプターとは、相手の中に蓄積されたきた時間に触れ、直接ビジョンを覗き見る情報取得術。互いの時間を晒しあうことになる欠点を眼中から外したところで、相手の本質を知り得ることの出来る強力な手段でもあるのだ。時と場合によっては下手な諜報よりもずっと脅威になりえる。時間と共に蓄積されてきた記録、記憶、追憶。どの場面のどんな情報を読み取るかは、オリジナルであるトキにもコントロールできないが、戦闘中など、生命に関わる瞬間に高速回転を始める人間の時間は日常の中で読み取るよりも格段に速く、時と状況によっては1年分を2秒足らずで知ることもできるのだという程度は把握していた。

 しかし、クロスセプターは口で説明するよりも遥かに扱いの難い技であった。それ相応のフィードバックがあり、それはトキとして気絶に到るほどの痛みを伴うこともあり、そんな危険を伴う術であると理解していないフィングとコントンの意志が最初にそれを向けてたのが今であり、施術の対象がよりにもよって術者本人であり、



「あがっ、ぐギャャァァァッ!!?」



 結果として得られた情報は限りなく性質の悪い、地雷と言っても差し支えない文明現象(ひきこもり)の一部であった。






 -ノア内部 脊髄通路-


 木目と防衛部隊が戦闘を繰り広げる空間に突入した藍は、すぐにトキの姿を探して走り回った。行く手を阻む木目を砕き散らしつつ、複数の扉へと招く角を曲がり、部屋の一つ一つを確認しては冷や汗を流した。



(この部屋全部、何らかの意味や機能を持っている!)



 まるで映画館である。

 ある部屋は藍の心の現況を映像に例えて投影していたり、違う部屋では外の戦場全体を俯瞰視点で投影したり、またある部屋では最も忌まわしき過去を再生していた。それらが人の心を映しているものだということはすぐに理解できた。どの部屋の映像も、藍の頭の中にあるものと全く同じであったのだから。焦りがあることも確か、戦場全体図を頭に描いて出来うる限りの戦況推察を行っていたのも事実、そして戦争の結末が昔起こった兄の暗殺事件のような虚しく悲しい結末にならないよう最善を尽くすという決意もまた、藍のなかに渦巻いている真実である。

 しかし、それら部屋の中に一つだけ、藍よりも先に飛び込んだ者達の心を映す部屋があった。




(山や街、平原なんかが映っていたけど……でも、あれは間違いなく芹真の記憶!

 だって、異常なまでにコーヒーが映っているし、彼の視点なら納得がいくものばかり……!)



 狼の咆哮が空気を震撼させている。

 SRを完全開放したのであろう、その圧倒的存在感が放つ野生が脊髄通路にまで漂っていた。だが、その部屋には足を踏み入れることなく芹真の邪魔にならないよう務める藍は、最後に残っている大扉へと眼を向けて我が視野に飛び込んだモノを疑った。

 実際に目撃する否定のSR:メイトス。彼の経歴を文章でのみ知り得た藍は、彼を中心に形成された防衛陣を見た時は驚きを隠せなかった。



「哭き鬼の!?」



 メイトスと目が合い、その間にある木目兵らを背後より強襲する。後ろより迫る藍に気付いて振り向いた木目兵を防衛部隊が撃ち貫き、防衛陣に集中する木目兵を藍が撲り散らした。

 通路を確保したところでメイトスの脇に陣取った防衛隊員らが、新たに出現した武装木目兵に弾丸を見舞う。



「トキを、トキを知らない!?」

「奴なら中だ」



 銃弾の直撃を否定しつつ、メイトスは指一本で銃撃という攻撃を否定して見せた。



「ありが――!」

「いかん、行くな!」



 見えない圧力が全身を阻む。まるで不可視の壁にでもぶつかったように跳ね返されて藍は尻餅をつく。



「な、邪魔する気!?」

「そうではない! 死にに行くようなものだ、見過ごせるか!」



 目に見えない否定意志の壁に護られた防衛隊の連携射撃が無駄弾なく木目らを削っていく。

 否定の壁を張り巡らせたメイトスが、正面から襟首を掴みあげられる。

 メイトス自身がここに留まる理由と、中に死があるというそのワケを、実に分かりやすく突きつけられた。



「分かるか?

 会長が自ら世界の命運を決めようとしているのだ。お前も知っているかもしれない、この世界の真実を次の段階へ進めようというのだ。お前がそこに介在する資格があると思うてか!」


「トキを、人助けを捨てろというの……!」



 その思いやりが混沌を呼ぶのだとメイトスは言う。

 だが、ここでトキを見殺しにするつもりはない。世界の命運などに興味がないわけでもないが、それでも優先事項は戦友(トキ)だ。

 メイトスには分かって貰えないだろう。私は戦争をしに来ているのではなく、どうしてもトキを連れて帰りたいだけだ。



「貴様……奴を好いているのか、或いは別に特別な感情があるのか!?」

「ないわ。でもこの魂は、戦う全ての味方を見捨てない、その為に長らえさせただけの価値しか持ち合わせていない!」



 メイトスは再度言う。

 それが哭き鬼であるお前の四凶であると。また、混沌が二つ渦巻いているそこへ行ったところで新たな濁流を形成するだけだと。

 死であり、悪化であり、渾沌の深化である、と。



「自分の魂魄に、もう嘘をつかないと誓ったのよ。この命と鬼の力に於いて、意志の正すがままに(くろがね)を振るうと!

 それが私の戦いよ、トキを助ける!」



 落胆に言葉を失ったメイトスから解放された手を側面に掲げ、両手に双焔を掴む。青い炎を纏わせた殺害のための、手加減無用装備。



「神殿の、奴らの戦いに……介入できるものならやってみるがいい。お前の速度では到底加われまい!」



 背後から迫った吸血鬼を難無く裏拳で叩き落しながらメイトスは忠告した。

 そして大扉を力ずくで(破壊という形で)開いた藍が、白純血神殿に一歩踏み入れたその瞬間にメイトスの警告を違う形で突きつけられた。



「これは……トキ?」



 破壊した扉が次の瞬間には元通り閉まりきった。

 純白の部屋に入った瞬間に脊髄通路の様子が見えなくなる。

 メイトスがどんな表情でいるのか分からない。そもそも、廊下からこの部屋の様子もロクに見えなかったのだ。こちらの拍子が抜けたことは辛うじて悟られないだろう。

 しかしだ、神殿なるこの場所で戦っていたのであろう二人の様子が奇妙だった。

 左半身を殆ど無力化された状態で部屋の中央にある演台(?)にもたれかかるのは、見た目瀕死と判を下しても間違いのなさそうなトキであった。と、同時にコントン――何故敵もトキの姿をしている?――も右目と頭を両手で押さえて千鳥足を踏んでいた。



「クソ、クソォ! 何だこれは!?」



 トキの姿をした敵――コピープレイヤ? まさか、フィング・ブリジスタス?――がこちらに視線を向け、トキへと向き直る。



「失明だと?

 何だこれは!?」

「クロノセプター」



 呼吸も荒げて汗と共に焦りを露にする敵に、トキはまるで危機感もなく告げて立ち上がった。

 感情の起伏を疑うほど冷め切った目のトキに悪寒が走る。



(そんな、瞬時に左の足と腕が元通りに!?)



 これまで見たこともない力が働いていることに気付き、誰が援護を必要としているのか藍は一時でも忘れてしまった。あっという間に全身の傷が塞がっていた。嫌味にも思えることに、服装の欠損や血痕汚れまで完璧に消えていたのだ。

 まるで痛みを感じていないかのように立ち上がるトキが、姿を戻したフィングと向き合って生死綴繋の切っ先を向ける。力を抜きつつも、その気配は万全へ意志を注いでいる。



「そうかゲーム、これはゲーム画面か!

 よくも……よくも失明させてくれたな!この引き篭もり野郎が!」


「俺が引き篭もりなら、お前は死体大好き君だろう、確か」



 二人揃って右手で右目を押さえ、相手の立ち姿を左目に納める。

 フィングが今度はコントンに変わり、右手のデザートイーグルをトキ目掛けて連射。どこかふらついているトキを援護しようと、固まっていた身体を動かした――一歩――藍の視界から二人が消えた。



「え?」



 直後に吹き回り始める風、風、鋭い振動。

 身動きができなかった。

 何かが自分の周りで起こっている。

 おそらく姿を消したトキとコントン/フィングが何かをしている。理解できるのはそこまでだ。加速の術を持っている藍でも、この場に至って思い知らされる。どんなに自分をクロックアップさせたところで二人に追いつくことは不可能だ、と。



(遠い! 速過ぎる!)



 おそらく二人の衝突であろう空気の振動と乱流と微かな摩擦が、自分を中心に発生している。

 助けに来たつもりで助けられているらしい。それを次の瞬間に飛び込んできた吸血鬼が証明してくれた。



「見つけたぞ!」



 白純血神殿に新たな乱入者が現れる。それも藍同様に扉を力づくで突破してくるような類のモノが。

 翼を持った鬼が、金棒を持ったまま棒立ちしている鬼を見つけるなり空中より滑空して体当たりを食らわせた。

 身体を部屋の中央に持っていかれる刹那、藍は目撃する。トキの持つ生死綴繋が、コントンの繰り出した二刀流を受け止め、右腕が槍状の兵装を飲み込む所を。目視できる停止に到った二人の戦いを。



「トキ、勝って!」



 違う時間の流れで戦っているトキだが、黒翼広げて現れた吸血鬼の一撃を防いだ藍の言葉をしっかりと受け止めていた。

 極超低速の白純血神殿が騒がしくなってきている。



(藍も頑張っているんだ、俺も……)



 決意しながらだけど、少しだけ気分が良くなっていた。きっと調子に乗っているのだろう自分だけど、この感情だけは素直に受け止めたい。いつか一矢報いるものと決めていた相手に、予想外の反撃と善戦をしているんだ。コントンの時元脱存はもとより、コピープレイヤとの戦闘経験で掴めたことも若干ながら活きている。SRを常時展開させておくコツも最初期に比べれば全く苦にはならない。

 遠距離も近接格闘も今なら素人ながらに対応できる。コントンの時元脱存には相変わらずタイムリーダーの上掛けで対応できるし、フィングの再生による多様な戦闘形式も時間の武装具現と加速で防ぎ、反撃することだって出来る。


 警鐘が強く鳴る。背後。

 加速してコントンから離れ振り向き様に照準を合わせて銃撃。受けた弾痕がフィングの再生によってすぐに消えるが、精神的なダメージは回復しきれていないことが見て取れた。動きにもそれが反映されている。



「見えた」



 自分のSRに出来ること。

 圧倒的な戦力を有するコントンと十指以上の能力を可能とするフィングのぺアを前にしても、臆病になることができないほどの自信を得た。自分の姿を装ったフィングの苦痛の叫びが、対抗心を芽吹かせて身体の主導権を奪ったコントンの怒りが、今まで失っていた自信と冷静を思い出させ、しかし何よりも重要にしてあまりにも基本的な現実を突き付けてくれた。


 そう、彼らだって生命体なのだ。

 終着地点は死であり、目の前に在る理由はそこへ向かっているからである。



(読まれている……どうしてこちらの動きがトキに読まれているんだ!?)



 あまりにも当たり前すぎて、しかし彼らの持つ力がそれをどこかおぼろげにさせていたから全く違う生物として誤認識していたのだ。それも勝手な誇大妄想にて、本来なら到達点として在るべきコントンの背中に不戦の敗北感を錯覚していた。だから、全力で立ち向かっていたつもりであろうと、そこに芯が通じるワケなどなく、故に温き抵抗であろうとそれまでが臆病者の人生であったトキは自らの行動に酔い、甘え、何よりも終着地点よりも遥か手前にある死を恐れて自らに安全圏を設けて変化を拒み続けてきた。

 死が怖い。

 人として。文明人として。

 知的生命体として至極真っ当な本能であり、崇拝にも等しいある種の文化である。

 それが故に、一度知った甘えは諦観までの境界線を遥か高みからの堕落招いてしまうのだ。

 コントンだって生命だ。

 フィングだって人間だ。

 自分も例外じゃない。

 ゲームオーバーはある。

 逆に言えば、それを乗り越えた先のステージクリアだって、ちゃんと用意されている。



(フィングさん、コントン……さん)



 現実と戦い続けてきた彼らは、しかしSRである。

 先輩である彼らに対し、いま色世時という人間が示すべき礼節は何か。

 真っ先に思い至ったものが存命、それから世界を乱さないように努めること。つまり、



「四凶になっても世界の平和を守り続けるように、どうにか頑張って生きて見せます」



 二人が加速する。


 低速世界の展開。

 対抗し、時元脱存でそれを突破。



「不可n――!」



 銃撃よりも速く静止世界の展開。

 ゼロコンマ数秒後に突破。秒間にはまだ到らないものの、時間間隔は離され始めている。



「リプレイ!」



 同じ姿に変わったコントンの繰り出す斬撃は双剣のシメントリークロス。

 直感が無駄を避けろと警告を発している――かつてのトキとは違う――やられるぞ、と。



『クロ――!』



 潜り抜けた斬撃の元、フィングの懐で右の拳を固める。

 双剣を手放しつつ低速世界を展開、潜り込んだトキの頭頂部に腕を滑らせ、右手で心臓の裏側に狙いを定める。


 ガチリ


 そんな音をトキから拾いつつ――

 耳に親しいその音をフィングから聞き取りつつ……


 右手を頭部に当て――

 右手を胸部に添え……


 全霊を込めてフィング・コントンは叫ぶ。

 善心を願って色世時は時間の手綱を握る。



「――ノ・セプター!」

「――ス・セプター!」



 果たして、時間を吹き飛ばした二人の間に前後という概念は吹き飛んでいた。



 -白純血神殿システムノア:通称“神机”-



 勝敗の望めそうにない二人を見守りながらオールは演台に似たその装置の前に立ち尽くしていた。

 白熱している戦いが鬱陶しい。

 せめて一つの絶命を見届けた後に世界の改変を始めるつもりだったが、いつまで経っても勝敗を決める一線を超えない二人に暇をもてあました体と意志が、全ての準備を調えようと動き出していた。



「保存開始」



 次の世界に備える。

 この二人のうちどちらか、或いは両人共に間違いなく次なる世界でも多大な影響力を持つ存在となるだろう。そんな危惧を見逃すわけにはいかない。場合によっては、勝敗に到らずとも彼らの存在を封じ込める必要性があった。

 システム発動に伴う条件は、その傷都合は過度に近しくも理想の域を超えはしなかった。二人の戦闘が傷つけたノアの内部器官:白純血神殿。その壁には無数の弾痕穿たれ、床は刃物の爪痕が縦横無尽に走っていた。



(音と色と存在を支配してみたが、この感覚はまるで死だな。聞いてくれ、みんな)



 これからこの部屋の中を全て凍結保存する。

 トキとコントンはその戦闘が速ければ速いほど部屋中の変化に気付くのが遅れるだろう。二人の関係性も強く関わってくるだろうが、二人の間にある糸は実に堅く結ばれているらしい。



(そう糸のようにさ……マスターピース)



 演台に見えたコンソールに両手を配置し、時間を無視して戦い続ける二人を見つめながら亡き後継者候補の一人を思い浮かべてオールは嘆息する。

 理想的平和などない。

 それはマスターピースという男の口癖であった。間違いなく若年と言える者が、組織の長たる椅子を有していたのも、そんな現実を知りながらも理想を幻想の隅に追いやらずに信じ続けた故である。協会にすら一目置かれる部隊を作り、組織化し、あからさまな脅威と成熟させた男の支配力は実に単純であり、それ故に誰よりも後継者として選び易く、信頼を置ける上に適任であった。



(人類は一体いつまで、この支配を必要とする?)



 感情の果てに霞むものは、決して個体が到達できる場所ではなかった。零から始まり、無限を錯覚させるほど続く生死の繰り返し。その中に設けられる文明、必要とされてくる認識、意味や期待を込められて生産され、繰り出され繰り返される否定と変化の満干。

 一つの死を見て繰り返さないと誓いながらも、創り直した世界の次なる障害に裁きを受け、深く沈んだ心を浄化する猶予もなく創造と絶望を繰り返す。それがオール・バースヤード達の歩んできた道である。人類はいつになったら次の段階へと覚醒するのだろうか。

 自分の年齢や歴史というものに意味を見出せなくなって数世界、無限を思わす知人らの結末を見届けた結果心が死に底と隣り合い、創造という手段だけが希望となってしまい、その回数を重ねるごとに諦観と悲観がきつく首を絞めた。幾度繰り返そうが自滅してしまう人類、殺し合いを止めない種族を救うには個人の力はあまりにも小さすぎる。SRであろうとなかろうと関係ない。

 どうすればいいのか、どうすればある一定の“死線/示線”を超えられるか。



(戦争のない世界は有り得ないのだろうか?)



 純白の部屋で唯一、影以外で黒色を示すコンソールを両手で操作し、時間凍結のプログラムをノアに命令する。即実行ではないが、実時間の流れからこの部屋を観察していた場合は即行と捉えられるだろう。元々時間の概念が世界で一番曖昧な場所なのであるから仕方がない。

 いずれかが次の世界を変えてくれるだろう。良くも悪くも、今現在がターニングポイントであることに変わりはなく、変えようがなく、依然として希望と指すに相応しいものが存在しないのだ。

 だから、時間凍結結界を発動準備を済ませた。

 最低でも最悪を乗り切れるなら、絶望であろうと足を並べて歩む道を選ぶさ。

 即時展開可能だが、問題はあの二人がそんな簡単に捉まるとは思えない点にある。回避は出来ないが、残された猶予で何をされるかは完全に予想不可能だ。



(――お~ぃ、結論からすりゃ、オレの話は聞いてくれないワケ?)

「ん?」



 全ての意志に譲られていたと思っていた意思が、最重要期限を前にして停滞した。

 オリジナルパーソンであるオールに問いかけるオウル・バースヤードの彼は、最も若く、この世界の始まりと同時に産み落とされた人格であった。



(お前は確か、トキを導いた私だな。

 ――導くとかそんな大層なことしてませんて。山の中でお茶しただけさ。ちょっとミスマッチなティーパーティーだったがな。それよりいいのか、ここでトキを見殺しにしてもさぁ?)



 ピタリと手を止め、真意を理解しかねる質問をのたまう人格に問い返す。



(いいのか、とはどういう意味だ。トキの死もフィングの死も大差ない。いずれからの混沌が未来に繋がるというだけの話だ。

 ――あぁ、なるほど。なるほどね、分かった分かった。アンタは偉そうに腰を据えていた“だけ”なんだな。それも深刻な情報不足に到るくらいの現実逃避をしてさぁ)



 態とらしい嘆息をつくオウル。

 記憶を共有することでオールはオウルの言う現実というものを叩き付けられる。



(深緑の中での接触で、貴様はトキの本質に触れたというわけか?

 ――本質とまでいかないが、それに近い願いを見たんだよ。そこから推測していってだな)



 色世時のSRに深く興味を抱いていたのはこの世界を創造した最も若いオウルだけだった。そう、いまオリジナルパーソンと対峙する最も力なき人格がそうである。



(有り得るものか! 時間を操るSR……それが派生、おまけだと!?

 ――正解。そしてな、トキ以外にも未来を託すに相応しい人間が、トキの周りに発生していることには気付いているか?)



 オウルは言った。

 色世時に関わった人間が、コントンなど比較にもならない速度で属性感染の最中にあったことを。だが、オールとてそれくらい感じてはいた。推測の域は出ていなかったが、コントンかトキのどちらかが深刻な感染源なのだと考え続けていた。しかし、決定的な違いは、二人が周囲に開花させる属性の違いにあるのだと、オウルは言って聞かせた。



「いいか、まずコントンのSRは四凶混沌であって、歴史的に見ても彼の純度を上回る凶は数えるほどしかいない。その純度が周囲に芽吹かせ、寄生させ、植えつける感性は悪性そのものだ。しかし、その悪性すら高純度感染故にそもそも何が悪かという基準さえあやふやにしちまう。例えば人を殺すことは悪いことなのか、仕方がないことなのか、それとも善いことなのか。こんな単純な問い、文化に親しいものなら子供でさえ答えられる」



 命は大切、だから悪いことだと答えるかもしれない。いつか終わってしまうなら事故で殺されるも意思で殺されるも大きな違いなんてないから、仕方ないだろう、そういう脆いモノだといわれるかもしれない。或いは、生きていくのはお金が掛かるし無駄なことをたくさんしなくちゃいけない苦痛地獄だし、だらだら生きていても他人に迷惑なだけだ、だから不要な人間を殺すことは無駄の排除に繋がるんじゃないか、そう言い切る者だっているかもしれない。



「絡み合いの中で因果を限りなく負へと導く力がコントンなら」

(――ならば、トキの属性とはどう違うのだ?)



 例えば、あるキャラクターが居ると仮定する。

 そのキャラクターは物語の中盤で死という形で役目を終える、物語の主役の案内人的な役割だった。



「繋がっていくんだよ、トキのは」



 何故そのキャラクターが死ななくてはならなかったのか。必要があるのか、あるとしたらそれは後々でどのような結果になって現れるのか、どのように絡んでくるのか、或いは思わせぶりな演出をしておきながらノーリアクション・ノーサプライズに終わるのか。

 よし、物語を進めよう。

 クライマックスを迎えるために進もう、どんな変革が待っているかもわからない未知であろうと、進歩を止める理由がない。進め、変われ、エンディングは遥か先にある、それを掴み、そのキャラクターの価値や評価を決めろ。それが、



「何といっても、奴は高難易度(ハード)プレイヤーだからな。ゲームも人生も、母親の性格に似てさ」

(――なるほどトキの前進や変化は年不相応な変化を与えるにしても、本人の価値がそもそも最低基準値(ヘタレ)に等しく、お前の維持してきたこの世界ではむしろ、若干でも平均的人間価値を下回っているわけだ)



 有るか無しかの終わりまでストーリーに要素の絡みを要求するのがトキのバリエーションである。対するコントンはストーリーに展開を期待することもなく、示された題材を解いて流す程度にしか興味を抱かない。

 つまり、興味の差が二人の属性の違いに色濃く影響しているのだ。その重点要因が希望的観測か絶望的観測かの違いでもあったりする。


 真剣にオールは悩んだ。

 確かに、色世時を侮り過ぎていたらしい。ふと視線を戻すと常速世界に戻っていたトキ二人が同じ姿勢、同じ武装のまま睨み合っているところだった。揃って満身創痍、ダメージは五分と言った様子だが、片方のトキは呼吸を荒げて汗を膝へと落とすほど疲弊していた。



(――結局何なのだ、色世時のSRとは。何が正体だ?)

「それを教えたら早まったことをしないか? トキを生かしてくれるか? 彼は俺の大事なテストパーソンなんだ」



 本音を開口したオウルの望みは唯一、トキに生き延びて欲しい。ノアに保存するでも、コントンやフィングに殺されるでもなく、これからの人生を普通の人間として生きて、その果てに寿命を守ってからの別れを迎えて貰いたい。



(――まさか、絶対神判ではあるまいな?)



 確信した。オールの絶望を取り払うには、やはりトキの力を教えてやるしかないと。



「いや――


 “無限のSR”


 ――それがトキの根底だ」



 自信を持って教示したはいいが、それを聴いたオールは違う形で絶望を味わっていた。





 

「有り得るものか、なんてどの口が言うんだよ」



 何故オリジナルがそういうのか、オウルにはいまひとつ理解できなかった。



「そもそも

 “現実には起こり得ない、人の目では確認し得ない、知識の中だけにあって認識の外側にある概念を具現化した力こそSRである”

 と、講釈伝播させたのは他ならない、オール・バースヤード。あんた自身だろが?」



 更に絶望するオリジナルの放心にやりすぎたかなと反省するオウルだが、視線を戻すと自分に構っている余裕を見失うような事態が起きていた。



「ノア……え、何で“箱舟”が起動しているんだ?」



 完全凍結機能がこの神殿全体に渡って起動していた。

 部屋の随所に刻まれた傷口から、粘度の高い純白の血液が滲み出始めている。



「くそ……オリジナルめ、ホントに耄碌(もうろく)しやがってんじゃねぇのか!」



 毒づきながら何とかシステムを止められないかとコンソールに目を落とすオウルだが、最もこのシステムの機能を把握できていない人格が我であることを弁えている故に、触ることさえ出来なかった。



「急げトキ! 全部ノアに飲み込まれちまうぞ!」





 →Next Last Battle(?)

 

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