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Second Real/Virtual  作者:
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第64話-Garden of Noah-

(……いま、何か居たか?)



 夕焼けの中でコントンは眼下の闇へと目を凝らしていた。

 自分が招いていない何かがこの戦場にいたような気がした。が、しかし、確証もない不安に駆られている場合ではない。

 目下、色世時の行動は実に興味深く、それら行動に伴う戦力は目を見張るばかりであった。SRが言う分に違和感はあるものの“常識”では考えられない速度で成長を遂げている。約1年前に殺し、殺し損ねたと知り更に目覚めたと聞かされたのが半年前。その僅かな期間中にトキは、ただの学生ではなくなっていた。



(協会のブラックリストが頻繁に更新されるわけだ)



 そう。

 思い出してみれば芹真事務所と知り合った頃からトキは異様な地位にその名を連ねていた。自分の力を自覚さえしていないのに哭き鬼と同じBクラスの注意人物として扱われ、一ヶ月が過ぎるかどうかという段階で既にAクラスに重要監視対象として仲間入り。今に至っては最上級に名を連ねるほどの実力を備え、そして間違いない敵意を胸にここへ、自分に向かってきている。



(そんなに俺の命が欲しいか?

 日常が恋しいか?)



 嘲笑浮かべて下すが渾沌。

 螺旋回廊へと新たな木偶人形を送り込む。四凶がイメージする障害を、秘龍に触れ続けている左手を介して具現を始める。

 螺旋の吹き抜けに、翼を持った木目の短剣兵が舞い、回廊を駆ける者たちへと矢継ぎ早に襲いかかるが、あっという間に逆襲を食らい蹴散らされる。



(奴は、既に高さすら恐れていない……!)



 最後の襲撃し損ねて空中浮遊していた有翼兵が頭部を潰される。時間加速と身体強化で飛びかかって来たトキによって。

 おそらくトキは人生最高の瞬間を無自覚に過ごしているだろう。

 時間を自在に操れる男が、実につまらぬ理由のためだけにしか力を使わずにいる。SRという力を利便として考えるなら、トキの使い方は無駄だらけと言えよう。しかし、それは逆に特定の状況での駆使に、特化とまでは言わずとも精通していることを意味する。



「ククフッッ!」



 笑いと震えが止まらない。

 完璧だ。トキは理想通りの成長を続けている。

 四凶軍として参加していた時の目標である『次世代への四凶』の種は……渾沌の種は、確実に“色世時の中”に根付いた。キュウキやトウテツがそれらを見つけたかどうかは分からないが、兎に角四凶が戦争にかけた本懐は遂げられている。

 協会の誰もが自覚することなく、俺達四凶の勝利は確定しているのだ。

 しかし……



「来てくれよ、トキ」



 敢えてだ。欲を張るならトキの時間操作能力を知り尽くしたい。知から始まる把握が、彼からの奪取にも繋がるだろう。その上対策さえ万全に揃えば恐れるモノなど皆無となる。


 右手に光を集めて閃球を成してトキへ向け放つ。

 頭部を失った有翼兵の残骸にぶつかった閃球が炸裂して盛大な爆風と光を撒き散らす。しかし、トキは衝撃閃光弾に苦もなく対応していた。一介の学生とは到底思えない判断力で閃光を回避したのだ。



「爆風を背中に受けたか」



 それは加速と同時に閃光に背を向けると言うこと。視界に闇が灯るのは間違いないが、直に白闇へ落とされるよりも遥かに軽度で済む。明暗の順応は古くより環境策として扱われてきた要素だ。そして、現代になってやっと対策が人工的に施せるようになった人体構造の虚を突いた戦略である。

 銃声と共に巨大な弾丸が、右腕を茜空へと融解して消え去ったのはその直後だった。 否定しようのない油断を晒しているところへ飛来したそれが、トキの銃撃であると理解するまで時間はかからない。何せその射線を辿ると空中で爆風を背に受けて浮いていたトキが、対戦車ライフルを両手に出来る限りの照準合わせを行っていたのだ、スコープを通して天を覗いていたのだから。致命的な隙を目の前で晒してはいるが。



「はずれだ!」


「知ってるよ!」



 落ちて行くトキの遠吠えを肴にノアへと意識を伝える。

 次を仕掛ける。

 すぐに具現化するな。

 ここまで声が届くほど高揚しているとは。



「トキ、俺はお前が欲しいんだよ。他の誰でもない、お前以外は要らないんだ……」



 造られた夕闇と自然の朝日が溶け合い始めた空を嗤い、渾沌の意志を汲み取った秘龍はその体内に“無限/夢幻”の階層を構築し始める。

 それこそが、四凶としてコントンが最後に提供するモノ。

 始まりへの起因を創造する終わり。

 繰り返すこともせずに続いてしまう世界を止めるシステム。


 ……その夢を成す為にはどうしてもトキが必要だった。










 Second Real/Virtual


 -第64話-


 -Garden of Noah-










「吹き飛ばせ!」

「言われずとも!」



 怪突風が運ぶ斬撃と銃撃と打撃の壁が行く手を阻む全てを粉砕する。



「下からだ!」


「内側ぁ、足元に気をつけろ!」

「撃てえ!」



 分断された集団のうち、先頭集団が道先を切り開いて後続部隊がそれを支援する。



「ぐわ!」

「刺されても止まるな!」

「今助ける!」



 負傷しても戦い続ける者たちを、トキは癒して回る。だが、



「お前の目的はコントンだろ!

 とっとと上のを止めてくれ!」

「その方が援護になる!」



 味方に咎められ、阻まれ拒まれる。



「トキ!

 ここは私とスミレちゃんでどうにかする! 上をお願い!」



 無限にわき出る木目の兵隊を相手に、鬼が回復陣を張り巡らせて持ち堪えらせる。



「コッチに来い、色世時!」

「隊長は使えますよ、トキさん!」



 手を引かれて先頭集団に組まれる。

 すぐ背後を鬼の三姉妹に任せ、新たに阻害に割り込む木目兵を打ち砕く。

 カマイタチの拳を叩き込む特級風司の後ろを走りながら、トキはもう一人の若い魔法使いから現実をぶつけられていた。



「僕らの為に後ろを引き受けてくれたのは、哭き鬼の彼女たちだけじゃないってことを自覚して下さい!」



 槍兵が繰り出す足元への薙ぎ払いを、空間使いの魔法で圧縮し、斬撃が通過する空間を跳び越す。



「分かっているけど……!」

「高校生のクセに“けど”なんて使わないで下さい!」

「面白いことを言うな、ケイノス君!

 ならば君はいつ言い訳を使うつもりなんだね!?」



 前後の魔法使いの言葉に耳を貸しつつ、左右を走る四凶(トウコツ)魔術師(マトン)へ視線を配る。



「若いねぇ……」

「いいじゃねぇの!」


 兜割にて木目を雑魚と切り捨てたトウコツが文字通り道を斬り拓く。



「その年で思った通りに動けないなんざ、石獄にブチ込まれているのと大差ねぇ!

 もっとやりたいように動いてみな! そうすりゃ万人だって救えるかもしれねぇぞ!」



 四凶がそう叫んで聞かせる。災いを招く者が、救いありと言っていることに違和感はあったが、それでも間違いを言っているわけでないと認めた魔術師が頷き、眼帯の風使いも同調した。



「……じゃあ、隊長。僕も好きに力を使って良いんですよね?」

「あぁ構わんが、誰がセーブしろと言った?」



 などというやり取りに背後の魔法使いがキレていた。



「隊長、覚えておいて下さい……」

「何をだ?」



 私、色世時は素直に白状しようと思う……ていうかさせて。

 怖っ!!?

 後ろの人の殺気が人並み外れてるんだけど……振り向けないんだけど!? “見たくない”ではなく“見えない”っていうレベルで、これはアレに近い、最近買った古いゲームの『サ●レントヒル4』のシン●アゴースト!居るだけでもの凄ンいプレッシャー!



「何をってそりゃあ、皆が手こずっているこの……」



 風の流れが変わる。吹き抜けを上昇降下を繰り返していた流れが横へと、回廊へと反れる。

 それが通路に吹き込んだかと触覚が知るのと同時だった。行く手を塞いでいた人形の動きがピタリと止まる。



「木偶人形ですが、SR(ちから)の流れが見える僕にとっては“敵”ですらないってことをです!!」



 味方にキレながらも敵を正確に無力化する空間使いに、風使いが微笑み返す。



「覚えるまでもない!

 君は間違いなく最強の空間使いになるであろう男だ!

 この障害なき通り道がその証拠といえよう!」



 但し趣味を除いて、と吹き抜けの空中を進む魔術師が呟いたが無視する。



「さぁ天辺が見えたぞ!」



 警鐘、遠距離の敵。



(止まれ!)



 一瞬の静止世界で飛来するモノを探す。

 槍が数本とその奥には、これまでとはまったく異なる武器を装備した兵士がいた。銃火器。自分と魔術師は難なくその壁を突破できるだろうが、風以外の力を持たない眼帯のおっさんやその部下らしき青年にはキツイと思う。だから、急いで彼らの手を取るのだ。

 自分の中の予備時間を分け与え、低速世界を通常速度で行動可能にする。



「お願いします!」



 魔術師達を低速世界に招待してからトキは先行した。

 必要最低限の敵を無力化しながら銃器兵の装備を――HK G11、ドイツ製のアサルトライフル――確認する。この程度の装備なら、彼らに任せても大丈夫だろう。そう信じて天上へ急ぐ。

 空の明るみに照らされる暗闇が隅へと詰め込まれる。


 その陽際は随分と暖かい夕焼けに包まれていた。

 果たして海面からどれだけの高さがあるかも分からない高度にそびえる其処は、一切の柵もなく空へと続く樹木のみで築かれた塔頂。風は強いが、決して冷たくはない。そんな場所で樹に絡まれて身動きできない秘龍の白い巨体が、夕日を背に深い黒を見せ付けていた。その中から生まれてきたかのようにコントンは歩み出てきた。

 有無もない大型拳銃の一撃。それを右手で難なく阻止する。



「ようそこ、現実世界へ」



 素手に剣を創造して切っ先を向け、それを一瞬で拳銃に変えて引き金を絞る。

 そのフェイントに掛かったものの傷は盾とした右手の小指が削ぎ飛ばされたことくらいである。



「こっちだ……フフフ!」



 苛立ちを覚えて突進すると戸惑いを覚えるほどの笑みを向けたコントンの体がノアの体表へと触れ、まるで水面へと沈むがごとく秘龍の体内へと消えていく。躊躇わずにコントンの後を追ってノアの固そうな体表に触れ、コントン同様ノアの中へと消える。

 トキの信頼を受けて、銃装兵の撃破に向いていた魔術師らが頂上にたどり着いたのはその時だった。



「消えた!?」

「ノアの箱舟に乗ったんだ! 僕たちも急ごう!」



 魔術師がノアの、トキとコントンの消えたノアの前足辺りに走り寄って壁に触れ、抵抗もされずにノアの体内へと侵入を果たす。ヒラリー・マトンに続いてトウコツが飛び込み、



「我らも続くぞケイ――!」

「隊長危ない!」



 ノアの表層に指先が触れる直前、ケイノスの作り出した圧縮重力空間がリデアの進入を止めた。

 ストップをかけられたリデアが抗議の口先をケイノスへ向けようとした瞬間に、



『おおおおおおおおッ!!』



 ソレは通過した。

 何かはよくわからなかった――少なくとも自由飛行の能力を持ったSRと、それに組み付いた銀色のSR――が、間違いなく二人。その絡み肉はノアの巨体に激突し、結果として内部への進入を果たしてしまったのだ。



「あれは、狼と吸血鬼か! ケイノス君急ぐぞ!」

「了解です!」



 ノア内部。“05/50”秒前。


 いわゆる明順応という光度の推移に目を細めたトキが、周囲の光景に違和感を覚えたのはコントンの殺気を見失ってからだった。

 何も考えずに突入したノアの内部は、およそ生物の体内とはかけ離れた構造をしていた。第一に明るさが肉の壁にあるまじき度合いなのだ。眩しさを覚えるほどの純白にて統一された輝く体内は、まるで病院のような施設でも連想させるような自然にはない明白であった。硬質的な光沢を放つ壁や地面も、プラスチックや金属のように冷え切っているわけでなく、どこかに熱源が見当たるわけもないのに温かみがあった。しかし、何よりもワケが分からないものは音響である。



「聞こえているな、色世時」



 どこにも見当たらないコントンの声が、間近で会話している時のよう鮮明に聞こえた。生死繋綴を持ち替えてM5の銃口を見つからないコントンへと向けようと忙しなく動かす。何処から来るつもりだ。



「ここがノアの内部、かつて箱舟として存在していた物の現在の姿だ」



 内部の造りは至ってシンプルだった。

 学校の体育館室一つを丸々収めてしまうほどの中央通路が背骨のように走り、両端には大小二つの扉らしきものが見えた。その他にも片側三箇所に曲がり角があり、シメントリーである秘龍ノアの箱舟(たいない)は都合8の部屋から構成されていることが見て取れた。中央通路の両端間は200メートル前後の距離があった。



(どこだ?)



 出入り口が見当たらない。

 視線を目まぐるしく移しながら、最寄りの扉がある角へと走る。

 小さく打たれていた警鐘が更に遠くなる。ここではないと確信しながらも、この通路にある扉の向こうには一体何があるのか、それが気になった。



「こっちだ」



 中央通路の両端に構える扉二つのうち、大きな扉の方が音も無く開き始める。

 そちらへ歩を向け、床から伝わる振動に緊張を思い出して大きく一呼吸。



『おおおおおおおぉっ!!』


 

 その背後を、もつれ合う二人のSRが通過して先ほど覗こうとした扉に激突し、姿を消したのは刹那の出来事だった。

 何事かと振り返ってみたが、どうやら芹真さんの決闘らしい。こっちも援護に行けるほどの余裕があるわけではないから無事と勝利を祈るしかない。



『邪魔者が次々入ってきているようだな』

「入ってきちゃ都合が悪いのか?」



 こっちの声が聞こえているかどうか分からない。どういう仕組みで声が伝わっているのかも分からないが、なんとなく直感で分かることがあった。



『ここはとても神聖な場所だ。穢れは少ない方がいい』



 聞かれている、そして見られている。

 こっちは未だにその姿を探しているというのに、向こうはいつでも襲い掛かることができるのだ。小刻みに打たれる警鐘がそれを裏付けているが、奇妙なことにコントンにしては告げられる危機の度合いが小さい。それが気になった。



(攻撃を仕掛けてこない? 誘われている?)



 微塵の油断も見せないよう慎重に扉へと近づき、警鐘。大きな危険を示す震動が全細胞に行動を要求した。

 大きい扉に最も近い曲がり角。

 そこに差し掛かった瞬間にそいつは現れたのだ。



「動――っ!?」



 銃口を現れた輪郭の頭部に向くよう腕を上げて引き金にかけた指を、発射する直前に止めた。



「あ!」



 そこに現れたのは見覚えのある一人だった。最も初めの頃に出会った神出鬼没なSRであり、ホート・クリーニング店に所属する腕利きの青年、再生というSRを持つ錬金術師の兄。しかし、こんな場所で鉢合わせするとは微塵も想像出来なかった人物である。



「フィングさん、どうしてこんな所に?」

「そりゃあ、ナシだよな? 何でこんな所に入り込んでいるんだなんて決まってるだろ」



 コピープレイヤ戦以来見失っていた男、フィング・ブリジスタスは強張らせていた表情を解きつつ銃口を下げた。

 倣って銃口を下ろすとフィングは開放した大扉を視界に入れて指差しする。

 あそこはいつ開いたという質問に、分かりません、たった今では、と疑問混じりに答える。



「ここがどんな場所か分かってコントンを追ってきたのか?」

「どんな場所かは知りませんけど……この船? 竜? こいつもSRなんですよね?」



 頷くフィング。

 その直後に中央通路の奥で爆発が起こった。怒号と銃声が入り混じるそれは、新たに突入してきた誰かが戦っている標しであり、この場所にも戦火が広がっている切迫の証明である。

 黒煙を立てる爆発へと銃口を向け、フィングは進むように促してくる。



「確かにこのノアはSRの力を使うことができるが、ノア自身に力はないうえに自ら他人を害するだけの意思をもっていない!」



 デザートイーグルを構えるフィングが後ろを見ていてくれてる間に前を警戒する。

 自分の敵はコントンだ。

 それ以外の敵をできるだけ任せるにしても、コントンが自分だけを狙ってくるほど律儀には思えない。逆の立場だったら、



(周囲の戦力から削って、それから本丸を討ち取る)



 それも攻略法の1つだ。

 奇襲をかけて周囲の戦力が機能する前に目的を達するのも手段だろう。それならそれで非情かもしれないが、フィングさんを巻き込まずに済むし、時間さえ掴めれば援護を期待できるだろう。

 発砲。

 フィングの銃声が後方に銃痕を作るのが分かる。



「木の兵隊みたいなのが来るぞ!」

「外に居た奴らですね!」



 扉の中へと、急がない。

 フィングの肩を引っ張り立ち位置を逆転させながらM5の銃口を木目兵に向ける。



「俺が引き付けます!」



 木目の兵士が装備するG3KA4が一斉に火を噴く。

 同時にフィングが背後から腕を取って立ち位置を元に戻した。



「いや、受けは俺がやる!」

(ちょ……って、なるほど再生(Restration)か!)



 木目兵が放つ、拳銃弾とは比較にならない破壊力を有した7.62mm弾がフィングの身体に食い込む。

 自らの身体を盾とするフィングの意図は分かる。

 何故なら彼は“再生のSR”だ。銃撃を受けた箇所から再生していく。早くも展開されるフィングの復活の再生に、攻撃の再生が始まる。



「銃を狙え!」

「はい!」



 二丁の拳銃弾が的確に突撃銃を射抜く。

 距離もあって百発百中とは行かないが、フィングにはそんなことお構いなしで銃撃を繰り返すことができたのだ。



(再生(Replay)!)



 空になるはずの弾倉が、フィングの再生能力で充填された過去状態に戻る。

 デザートイーグルという銃の装填数を知っているからこそ思う、彼のSRはある意味で最もSRらしい、現実離れした力なのだと。

 だけど、



「進むぞ!」



 もし彼の力が敵側に回った場合は、その事態を最悪と呼べないだろうか。

 無限に続けることのできる攻撃に、死に絶えることのない身体。繰り返しの許される能力を持った彼なら、きっと多くの人間を苦しめることができるだろう。

 デザートイーグルから放たれる.50AE弾が木目兵の頭部を消し飛ばす。背後から援護射撃を差し向けつつ部屋の中へ。

 扉を通過すると中央通路とは対照的な漆黒の空間が突如として展開される。まるで部屋中を暗闇というカーテンで被せ隠すかのように。



「そっちの扉を動か――せって、勝手に動いた!?」



 デザートイーグルを腰のホルスターに収納して脇下のホルスターから新たな拳銃(ジェリコ)を取り出し、片手で扉を閉めようとしたフィングだったが、それよりも早く大扉は自動で閉鎖を始めていた。反対側の扉を閉めようと走ったことが無駄になるのが少し腹立たしいが、



(何だろう、何か――あ)



 腹立たしい事態に、トキは気付いた。

 正確には予感が沸いた。予測が立った。



「ひとまずこれで安心か、トキ――」



 大きく深呼吸して覚悟を決める。

 扉の前でギリギリまで木目の兵士に銃撃を浴びせていたフィングの背後へと歩み、雑多に渦巻く思考の調整を図る。

 そして銃口をフィングへ。



「ひとつ、聞いてもいいですか?」



 扉が静まる。

 それを見送って振り向いたフィングの表情は微動だにしなかった。



「どういうつもりだ?」



 その言葉はこちらが聞きたいことであり、同時に否定しておきたい事態。全く考えたことのなかった真贋の通り像。

 放たれた矢のように止まらず連想を続けた頭が、短時間での状況連鎖から反らしようのない過程を強く根付かせてしまった。



「大事なことです、今だけでいいですから応えてください」



 強くグリップを握るフィングの得物に一度だけ目を落とす。

 ジェリコ。

 おそらく短絡的なことなのだろう。だが、逼迫している状況の中で、トキがフィングに対して自分の妄想かもしれない予測を確認する、その手段として確実性を得るにはこれしか思いつかなかった。



「フィングさん……アンタは、何人まで再生できるんだ?」

「何人まで、というのは?」



 暗闇の中にあって、二人を縁取る白光が減少を始める。

 完全な暗闇が来る前にトキは問う。



「前にアンタのSRを見せてもらった時、アンタは俺や藍の姿に化けていた」

「数なら、10を超えるが?」



 風前の灯火が如く消え行く白光と、完全包囲を完成させる暗黒が二人を包む。

 だが、二人の意識は暗闇さえ介さずに向き合い続けた。



「その中に――」

「なぁ、トキ。俺のことを疑っているのか? 俺の何を疑っているってんだ?」



 微塵の光さえ鎮まる一瞬後にそれは起こった。周囲の闇全てが冷たさを想わす白へと反転し、視界に届かなかった大きな部屋という輪郭を持つ空間が認識のうちに飛び込んだ。部屋の、扉の反対側には機械のような何かが据えられている以外は見晴らしのいい室内である。その部屋の出現と代わってフィングが姿を消していた。



「ある、男の話をしよう」



 コントンの声。

 今度の明暗逆転には順応がなかった。

 入れ替わってコントンの言葉が再開し、扉を背にして純白の円形をした部屋に四凶の姿を探す。



(居ないのに、やはり声だけが……!)



 この部屋に身を隠す場所があるとすれば、扉の反対側にある巨大な機械のような物体の影くらいだろう。



「その男は、人類史上最も初めに生まれたSRであり、人類史上初めて世界を滅ぼした唯一の人間だ」



 構えながら物陰へと歩を向ける。



「星一つをまるまる壊滅に追いやった男は酷く後悔し、地獄のような心境に陥ったそうだ」



 跳ねるような鼓動と荒れる呼吸を抑え整えながら一歩一歩を慎重に進む。



「だが男はいつまでも地獄に身を置いておけるほど心を失ってはいなかった。数十億もの人間やそれ以外の生物や風景の全てを破壊しておきながらもな。そうして選んだ道が“再生”だったんだよ」



 足を止める。

 警鐘とコントンの言葉が耳に残ったからだ。



「お前がそうだっていうのか?

 それとも、それはフィングというSRのことか?」



 聞いてみるもののコントンは肯定も否定もせずに続ける。



「男の行った再生とは“2つ目の世界”を創ることから始まった。

 記憶の中にある地球を再生し、そこにあった生命システムを再生し、時代を、文明を、そして戦いまでも再生していった。だが、ただの繰り返しでは破滅という危惧すら再生のうちなんだ。それに男が気付いたのはまた新たに世界を再生してかららしい。

 つまり、俺たちの存在も既に再生されたことのある過去の繰り返しであり――」


「……おい!」



 そろそろコントンに夢語りを止めて欲しかった。



「何を言いたいんだ!?」



 姿も見せずに世界の再生について――ある男とは誰だ?――聞く気もないし、必要性も感じないことを丁寧且つ滑舌良好に語られても、どんなリアクションを取ればいいのか困るだけだ。返事の仕方に幅がない。



「……男が贖罪を決意して創り直した二つ目の世界では、二度目の人生という意味を込めて、最初の世界を滅ぼす原因となった異能力者たちの再現である異能力者、つまり我々の総称でもある“SR(セカンドリアル)”と設定した。

 そうして創り直された世界の中で、SRの暴走による犯罪や戦争を極力防止し、最初の世界と同じ終結を迎えないよう結成されたのが協会という一大組織だ。世界中のありとあらゆるSRを登録制という名の実質支配下に置き、ネットワークを拡張することによって更なる情報や人材を次々手中に収めていくことには成功した。SRによる大きな戦争の早期終結、暴走の未然鎮圧、拡張しきった戦争への終止符。最大被害を打ち出したと言われる光の魔女の反乱や、そこから大きく乱れた世界でさえ調整して限りなく平和に近い状態に戻した手腕は、流石その道のSRと言わざるを得ないだろう」



 何となく、コントンの言うその人物が協会長:オウル・バースヤードなのだろうという予感がよぎった。



「だが、その“仮説Lv. 計画”という再生も、全てを支配しきることはできず、必ず不測の事態が発生して紆余曲折を繰り返して現在に到るワケだ。

 フフフ、聞いて笑えよ。

 彼の計画で最大の不測とは、極災色――その中でも特にコトとキシとお前が存在し始めたことにあるらしいぜトキ」



 コントンが、部屋の中央に位置する機械らしきものの影からゆっくりと姿を現す。その姿はとても見慣れている筈なのに、どうしてか違和感が拭い切れない。

 おそらく頭が混乱しているから記憶の中のコントンとうまくマッチングしないのだろう。だが、容姿への違和感よりも、今は反論すべきであろう言葉選びに頭の回転が追いつかずに悲鳴を上げているのだ。あまりにも聞き捨てならない。



「は?」



 ようやく顔を見せたコントンは、いつも通り笑っていた。

 悔しかったのが、その笑みにどうしてか安心を覚えてしまったのだ。



「何でそこで俺が出てくるんだ?」

「語弊を含めているからな、クククッ!

 強いて言うなら、この世界に大きな不安定を齎したのは最初の世界同様我々四凶と極災色らしい。つまりお前とその一族が、だ」



 デザートイーグルを持って腕を上げる。



「あの男が今現在トキを含めた極災色をどう思っているかは知らないが、少なくともオリヤアキの出現とトキの覚醒が交差するこの時期を、決断の刻と予感して追い詰められていたことに間違いはないだろう」


「何だよそれ……よく分からねぇけど、まるで俺が原因で他人が迷惑しましたみたいな言い方じゃないか」



 その通りだと言ってコントンは一歩踏み出す。互いの銃口を向け合ったままだが、口はコントンの一方だった。



「肝心なのは、当の本人が無自覚であるということ。

 言ってしまえばSRになったトキが生存しているという、言葉にすれば無自覚ということも相まって実にちっぽけで有り触れた生命の輪郭だけだが、しかし、あの男が見守る世界観にとって猛毒を打ち込まれたに等しく、予想だにしない方向へと流れが変わってしまうようだ」



 それが現実だとも言う。



「黙れよ、そんな話が何だって言うんだ?」



 眼前で歩みを止めたコントンが答える。



「お前の言葉はどれだけの現実を捉えている?」



 コントンが消える。

 SRの解放、時元脱存だ。



「協会長の何を知らされている?

 あの男はこの世界における最も大きな罪を背負った人物だ。そんな男のプロデュースする世界をお前たちは認めることができるのか? 本来あるべき自由も何も、全てが無意識のうちに支配されているかもしれない世界を受け入れることができるのか?

 まるでコンピュータ言語で作られたプログラムのように流れを持ってしまったが故に、それを自我だ自由だと夢想して世界に対してなんら疑問を抱くこともなく流れ来る終わりさえも享受する。本当にそれでいいのか?」



 撃鉄の硬質な動作音が背後で鳴る。

 いきなり背後を取られたが、何とか慌てず静止時間を展開して距離をとる。

 向きをリセットしようと行動したところ、その試みは驚くほど簡単に成功し、やはり拭えない違和感を感じ取った。追撃への備えは無駄に終わり、銃を構えたまま立ち尽くすコントンは口ばかりを動かした。



「見るがいい」



 コントンの意思と連動するかのように、白と部屋に線を灯す黒色以外の極彩があちらこちらに現れる。

 それは、スクリーンもなしに放映される戦いの記憶であった。



「このノアは、協会長オウル・バースヤードが最初の世界から持ち込んだ欠片を飲み込んだ結果誕生した、全く新しい形の箱舟であり、予想外の存在の一つとも言える明確な脅威だ。

 部屋中に浮かぶこの映像もノアの力の一つと言えるだろう」


「お前は、何を知っているんだ? それで何がしたいんだ?」



 誰かが飛んで空中に居た別の誰かが首を斬り飛ばされる、そんな最寄の映像に歩み寄って左手を差し出すコントン。



「知は、協会長の正体とその業。標は、彼の背負った罪の意識と我々という現実。そして、彼の決断を追い詰める者達の正体とその見極めだ」



 触れた映像がシャボン玉のように弾けて消える。

 入れ替わるように、増殖しつつ、またどこかに新たな映像が現れては短い像を繰り返す。



「とても重大なことを教えよう」

(聞きたくない)



 コントンが視線を外す。

 飛ぶ鳥の安息を自らの腕に提供するように、力を抜いた手をとある映像の前に捧げる。



「このノアにはな、世界を一瞬でリセットする機能が備わっているそうだ」

(……うわぁ)



 いかにも、疑っていますという表情をコントンに見せてそのリアクションを待つ。



「実感が沸かないだろう?」

「沸かしたくもない」


「残念ながら、そうも言っていられないのが“現実”なんだよ」

「世界のリセットだって? それを現実って言う証拠はあるのかよ?」



 頷くコントンの銃口が出入り口である大きな扉の方へ向き、つられて視線を向けると新たな四凶の姿がそこにあった。

 グリップの力を弛緩させる。緊張は不味い。



「何処だトキ、無事か!?」



 大声で叫ぶトウコツだが、その態度はあまりにもおかしい。

 こちらとトウコツの間に視線を遮るようなものは皆無。それなのに、コントンは臨戦態勢を解くこともなくずっとこちらの名前を叫んで視線を配りめぐらせては舌打ちしている。



「居たか!?」

「外れだ! 仕方ねぇ、ここで木目共を減らすぞ!」



 トウコツに続いてノアの内部に突入してきたであろう防衛部隊の面々が銃器を掲げる。扉を盾にして廊下の木目兵士らと銃撃戦を展開する。



(どうして……)

「この部屋に居る限り、色世時という人間は見つかることがない。幾重にも掛けられた異層が五感情報に隔たりを識別させている。安心しろ、援軍が来ることも邪魔が入ることもない。お前が突入してくる前にそういうフィルターがかかるようノアの機能の一つを作動予約させておいたのだからな」



 笑いながらコントンはつぶやく。フィルタ・ブラスターでもいれば話は違っただろうと、招くはずもないがと。

 銃口をトウコツへ向けるのを見て、その射線上を立ち塞ぐ。

 不安があるとしたらそれは銃弾にではなく、自分の体が銃弾をしっかり防げるのかという点だった。ノアによって認識されなくなっているらしいが、それは果たしてどのレベルまでなのだろうか。意識だけか、それとも輪郭さえ他人から見たらすでにないものなのか。もし盲点だけがノアの仕業ならトウコツを救えよう、だが思った以上に存在感を塗りつぶされていたら弾丸はトウコツを奇襲する。



「どの道無駄だよトキ。お前の言う証明をこれから行うんだ。

 四凶、トウコツ。デリート」



 突然行われたそれは、一種の死刑宣告のようなものだった。

 コントンがその名と、その存在に対する希望を口にしたところで振り返ってみると、扉の影から銃撃していたはずのトウコツが忽然と姿を消した。



「協会防衛部隊、東側所属チーム・モスコー隊長以下4名。デリート」



 二度目の実行で扉の前は静寂に包まれた。

 数量の不利を圧倒的火力で補っていた協会SR部隊が、一切の抵抗も見せることなく消え去ってしまったのだ。



「これで信じて貰えたかな?

 オウル・バースヤードが行使したリセット、逆転した順序の中でこの舟に備わった超能力を……!」


「トウコツ達を消したのか!?」


「あぁ、見てわからなかったかな?

 なら……」



 新たな足音や怒声が中央通路から響く。

 先ほどの面子よりも大所帯であり、しかしその中には聞き覚えのある声も混じっていた。



(まさか、哭き鬼の……ッ!)

「トキさん、援護しま――え!?」



 部屋に飛び込んできたのは三女のスミレだった。



「SRを探知できる者はこういう時に引っかかり易くて助かるな。

 哭き鬼、えぇと、確か スミレ だったな……」



 その瞬間に身体はコントンへと向かっていた。

 イスラエル製のBul5を乱射してコントンの顔面を、頭を潰してそれを言わせないようにする。

 弾丸を大人しく受けないのが常識であるのだが、コントンはその銃弾をしっかりと受け、尚且つ接近するこちらに気付いてデザートイーグルの銃口を向けた。



「言わせねぇ! そんなことして何になるって言うんだ!」

「アホ見たいに喚くな。何かになるからやるに決まってんだろう」



 その一言に反論の言葉が浮かばなくなる。

 誰だって何かがあるからこそ行動を起こすなり、思考を巡らせるものだ。目的もなく、意思も反映せずにそういった行為の逆側である無駄な行動に至る人間だって、間違いなく居る。しかし、コントンですら弁えているそれを俺は拒み、敢えて無駄へと繋がる行動を選択してきた。



「デリー……!」



 Bul5をグロック18Cへと変え、コントンの発言を阻む。

 フルオート射撃を見舞ってもコントンに当てることが困難なのは重々承知の上。それでもスミレを消させない為にも手数による攻撃が不可欠だった。

 顔面狙い、当たればラッキーだがまず当たるまい。



「何っ……?」



 角度を変える。

 微動だにしないコントンの側面へ回り込んで足元へ打ち込む。予想通りコントンは回避に出た。後方ステップによる跳躍、余裕を持った回避距離。

 その位置取りに好機を見つけた。



(クロノ、クローズ!)



 乱発した銃弾をコントンの左側面に残す。部屋の中央機材を背にしたコントンの反対側に回り込み、足元、頭上、前方へと新たに銃弾を放っては残し、正面へと回り込む。全ての退路を断ち、コントンを一秒でも早く追い詰める。



(停止空間か、やってくれるじゃない!)



 時元脱存で包囲を抜け出す前に詰めを加速させる。弾丸包囲に加えて機械を背にしたコントンの四肢を封じるため、即興で創り出した長剣を投げつける。投擲に絶対の自信があるわけでないが、それでも剣は上手い具合に四肢を封じるよう紙一重でコントンに触れていた。



「おい、トキ……」



 頬が緩む、そんなコントンの正面に立って彼の異様な態度に気付く。

 状況は明らかにこちらが有利、それなのにコントンは臆すことさえない。むしろ、こちらが優勢だと言わんばかりの笑みを見せ付けてくる。



「壊すなよ」

「何?」



 デザートイーグルが向き、グロックを対面させる。引き金を絞る気配さえないものの、警鐘は強く鳴らされ続けていた。脅威を放っているそれが銃弾、それどころか銃器でさえないとなれば、コントンの時元脱存が展開されようとしているのであろうか。



「ここにある機械はノアの全機能。始まりの福音を司る原始の光影」



 拘束が逆転する。隠せない動揺が身体機能を停止させる。



「誰でもない、オウル・バースヤードが証明した箱庭だ。

 まめに記録していたことが仇になった計画“仮説Lv.”

 “セカンドリアル”という呼称。

 それらを統べた“協会”。

 色世、佐倉、芹真、陸橙谷、風間、など特定の“系譜”に対する異常なまでの警戒意識。

 優先して封印しておくべき魔女の容認。

 その根底には、過去に世界を破滅させた裏打ちがあり、それを繰り返さないための、あらゆる仮設が組み込まれて生かされている、実験されている世界がまさしく現在なのだ」


「世界の破滅って、そんな事……それをこの機械が?」



 不可能である。

 トキ自身がよく知っている画面の中の世界と違って、現実はとはやり直しが利かない、ありえない次元なのだ。死んだモノが蘇ってはいけない場所だ。だからこそ、エンターテイメントで復活というジャンルはイニシエーションの如く持て(はや)されるか、或いは現実的ではないと徹底的に否定される。神話へと昇華するか禁忌として遠ざけられるかして扱われる再生、やり直しの概念。



(リセット……!)



 文明が仮想世界にもたらした機能であって、それは見方によっては実装された幻想の一つと捉えることができた。電話やインターネットのような通信技術、厳然たる自然の中に開拓された交通手段、収集された情報やその操作など、いずれを取ってもかつては幻想とされた、非現実とされてきた架空を今では文明と呼ぶ。

 現代を代表する最も身近なリセットは、電子機器のメモリー関係だろう。



「ゲームやパソコンのようにやり直せる、それが世界に適用された時どんなことが起こるか分かるか?」

「神様の気分……いや、でも」



 コントンは言う。

 神を創ったのが人間である以上、その神になるべき人間という集合体の礎を創造した者こそ、真に崇拝されるべき存在だろうと。



「会長がそうだと?」

「しかし、彼は同時に世界を滅ぼした原因でもある。その結果として、この何度目かも分からない世界があるんだ。

 言っておくが、会長が記していた計画名は最新のもので“仮説Lv.4”。

 一度のリセットでこのレベルが上げられるとするなら、少なくともこの世界は4度目の歴史を迎えているということになる」



 拘束から抜け出したコントンが一歩を踏み出し、右腕に触れていた剣を掴み抜く。



「そのリセット操作を行ったのがここ、ノアの箱庭だ」



 視界からコントンが消える。

 何とかスミレを消されずに済んだ。済みはしたが、その副作用としてコントンとの決着を早めた。望ましいとも望ましくないとも言えない状況だが、これまでの話で十分に撹拌された思考回路では鈍った判断しか下せないだろう。



(いや、今はどんなことを聞いても変わりはないと思う!)



 コントンの話が強すぎた。

 ここでどんな話が浮上しようと、頭の中は許容量を上回る疑問と疑念と言い知れぬ不安の数々に圧迫され、これまでに獲得してきた余裕の一切を失くす。

 ペースを乱されたことを悟りつつ、コントンへ向けて待機させていた銃弾とそれらを留めている白色空間を吸収して余力を取り戻す。問題の精神的余裕は時間に任せるしかないのだが、その時間が余るとは考えられない上にコントンが与えるとも思えない。



「だから、俺は調査を始めた。この世界を創造したノアに搭載された機能を。

 果たしてリセットだけがノアの全てなのかと疑問に思っていた俺に、こいつは見事に応えてくれたよ。リセットどころではないもっと別の、それも科学が絶対に及ぶことのない概念を覆す力の存在を」


「概念? それって――」



 カチリと、側東部に突きつけられた銃身を目で辿り、コントンではないSRを見つける。

 フィング・ブリジスタス――は、コントンが現れる前とは一変して額に玉のような汗を浮かべながら告げた。心臓の当たりを抑えつつ、振るえ青ざめながら。



「時間だ……聞くな、トキ。お前は誘い され、取り込ま  利 され  と――!」

「フィングさん?」



 この箱庭から出て行け。

 その意思をトキは確かに受け取っていた。コントンが何かを企んでいる、それを踏まえた上でここに居る。ここに来た、その為に恐れを抑えてきた。だから、もう何があろうと引くことはない。そんな態度を、混乱する頭を落ち着ける時間を稼ぐためにも、フィングに胸を張って見せ付ける。

 落ち着け、落ち着け。



「いや」



 落ち着くんだ。

 もう、先延ばしにするつもりのない決着。僅かでも揺らいでいた心の波紋を全て消し去り、身体で表現するための準備を終えて迎える決戦の刻。

 その相手はもう、目の前にいる。



「――コントン。

 どちらがその身体の支配権を握っているか知らない。でもコントンという四凶は取り除かせてもらう」


「…………あぁ、そうだそれでいい!

 これが現実なんだよ!」



 フィングの姿が変貌し、中から現れたコントンの意思と、コントンを見つけたトキの意思が正面から睨み合い、激突への消費予測を一線化させる。隠れもしない、逃げもしない、してはならない理由が有る。

 そうして激突する二人。



「どういう……どうして、アイツがコントンだと?」

「意外か、メイトス?」



 銃と剣を両手に顕在化させた二人の対決を、存在を消しつつ見守る男が二人いた。

 肩を借りた協会長オウルと否定のSRメイトス。二人がここに居る理由は簡単だった。コントンが箱舟を操作する前に秘龍をスリープさせるためだ。しかし、二人が駆けつけた頃にはトキがコントンに銃を突き付けられていた。



「フィング・ブリジスタスがコントンだったのか!?」

「……まぁ、恐らくフィングがコントンを取り込んでしまったのだろう、事故的に。その可能性のほうが高い」



 思わしくない事態を目の当たりに動揺するメイトスを見られて久しぶりに愉快な気分になる会長だが、面持ちは真剣そのもので決してその硬い表情は崩れなかった。



「信じられん。あれほど協会に忠を注いでいた男が、本心を晒せば戦争を引き起こした張本人だったなどと……」


「そうだろうな、私も気付けなかった。

 だが、この戦場で奴に身体を貫かれていくつか気付くことが出来たよ。それを教えよう」



 再生。



「何が奴の不思議なのだ?」

「まず第一に“再生のSR”だ。

 これがおそらく元凶にして四凶の源だったと思われる能力、フィングの四凶属性を深刻化させた要因だろう。彼に何が出来るか知っているか?」



 肯定の縦首を示しつつ、銃撃剣戟を撒き散らす二人を見据える。



「蘇生・修復・時間回帰、だったか」

「もう一つ重大な再生がある。能力再生(ペースト)だ」



 トキの銃撃がコントンの刃物を弾き飛ばす。



「……なるほど、言われてみれば」

「フィング・ブリジスタスはリスト内危険度は最上位のSランクだ。そのワケは自らの内に録画した映像の中の人物をいつでも再生でき、且つその他人の能力をビデオのリプレイのように行動制限されることなく自在に操れる。つまり、他人のSRをいつでも自由自在に引き出して展開できるという、極めて高い自由度を秘めているのがアイツの再生だ」



 哭き鬼の姿を装ってアヌビスを退けた事例が、実質トキとフィングの出会いであると報告を受けたことを覚えている。そんな会長の脳裏に危険信号が走った。



「……メイトス、逃げるぞ」

「何?」



 疑問を返してくるメイトスの反応は正しかった。SRの、それも上位種と言える領域に達している男が二人並んでいるにも関わらず、その意思に伴う行動は純粋に逃亡を望んでいるのだから。しかし、そのワケを説明している時間はない。



「急げ!」



 あまりの慌しさに最後トキを一瞥するくらいしかしてやれなかった二人が、大扉をくぐって中央通路に出た瞬間に多きな衝撃が室内から走った。爆撃にも似た撃震は、二人のSRの衝突によって生じた対立の関係証明だった。



「不味いな、システムが作動している」

「リセット装置か!?」



 それもそうだが、もっと面倒なモノが二人の激突した衝撃によって誤作動か何かしたらしい。



「このシステムの防衛装置だ」

「ノアの……まさか、噂に聞いた白純――!」



 言葉を遮ってメイトスが背後に向けて手をかざす。

 銃弾。

 バースヤードの背中目掛けて飛来したそれが何かに衝突することもなく消えてなくなる。



「そう“白純血神殿”だ。

 侵入者をコールドスリープさせて強制保存するガードシステム! どうしてか動き出している!」



 全く予想だにしていなかったシステムの発動は、コントンが仕組んだ可能性も考えられた。それは中央回廊で繰り広げられる惨状――次々突入して来た後続部隊が孤立して戦っている――は、間違いなくノアによってもたらされているもので、その機能に見覚えがあるバースヤードは中央通路で堂々と孤立する部下達を、援護すらできないものと理解しながら見守るしかなかった。傷が深すぎる。かといって無茶をしなければ部下が見殺しにされていくばかりだ。



「どうなっている? 何故お前の部下達は連携が取れない……!?」



 眠っていたとは言え、トキとコントンの存在力に刺激された白純血神殿から、大きな扉の部屋から出てきた我等には彼の者達を目視することができた。



煉層(れんそう)――おそらくコントンがその機能を使っているんだろう」

「……防衛システムの一つか!」


「あぁ、発動にはいくつか条件があるんだが、これは言ってしまえばフィルターなんだ。

 例えば男女の違いで視界に特定の色や輪郭を投影させなかったり、おそらく今の場合のように、二人単位でしか味方を認識できなくする、といったことも可能だ」

「ほう“フィルター”なんだな」



 頷く会長の前に立って銃撃を無力化する。

 まるで未知、そんな戦場に立ちながらも絶望が微塵も働こうとしないのは、おそらく直感がこの現象を否定可能であると受けているからだろう。



「ならば私の番だな。

 その“分断”を否定する」



 四凶の乱。

 その最終局面で否定の力を持つ男は動いた。

 SRの力を視覚化できるノアに突入した者達は風景の異変に気付く。まるで霧が突風に払われるかのように、視覚を制限していた何かが取り払われる感触を目の当たりにし、それまで逸れていた眼前の苦戦する友軍を見つける。



「――すみませんね、このお礼はいつか必ず」



 言って頭を下げる会長をメイトスは鼻を一瞥をくれる。一瞬だけ視線を配ってから戦場に歩み出る。

 バースヤードが言うように防衛システムが発動した以上悠長に構えては居られない。ならば、コントンとの対決に水を差さないためにも――いや、本当は自分が挑んでも勝ち目がない、だからトキに頼るしかない――いま自分達ができる支援を最大限に努める。例えば逃げ道の確保など、木目兵蠢く通路は決闘を終えるトキに突破するだけの余力が残っていなければ、歩むことさえ困難なほど乱雑を極めている。片付ける必要性は高いし、やる価値もある。



(トキ、お前と同じ敵に立ち向かうことはできないが、お前と共に同じ勝利を掴むことは出来る。一人じゃないんだ、生きて戻れ!)



 役者の全てが動き出したいま、オウル・バースヤードもひとつの決断を前にしていた。この戦争の目的が自分の命から世界の命運へとシフトしたその瞬間から、幾度もその選択から逃げ出したくて目を反らしたい衝動に駆られ、それでも流されて逃げ出せない状況にまで追い込まれていまに至るのだ。



(白純血神殿に時間と進化の二大概念代行が取り込まれた……最悪だ、これでどちらかを選ばなくてはいけなくなる。それとも、コントンは僕にそうさせたかったのだろうか?

 ――可能性はあるな仮説Lv.4の一環として観察され続ける世界の結末を、コントンは否定し、我らを焦らすことで思惑の外へと世界を導かせようとしているのかもしれない。肝心なのは、

 ――俺達には選択の必要が生じた。観察された世界の結末を誘導してカオスを招こうとしているコントンを選ぶか、本来そこにあるべき流れの世界に生きようと望むトキを選ぶか。早い話が混沌とした世界か、それとも一時のものかもしれない平和世界を望むかだな。

 ――結局は挫折して渾沌か、執行猶予で流れる世界のどちらかを選ぶんだな)



 オウル・バースヤード達は意見を重ねながらも、身体は白純血神殿に向けなおして扉を閉ざした。これで少なくとも白純血神殿の効力が中央通路に影響するまでの時間をある程度は稼げるだろう。その代わり、室内の防衛侵食速度は格段に上昇するだろう上に援護してやることも不可能だ。



「保って5分……」



 バースヤードの中で意見の対立が始まる。

 コントンの世界こそ、仮説Lv.4という実験に相応しい気鋭と野心がある。或いは、トキの選択こそ、かつての様な世界を破滅から救うのだろう等。バースヤードの中で多数のバースヤードが分かれて言い争う中、全く意見しようとしないバースヤードも当然存在しており、中立を選ぶ彼らは戦いをフェアに見守ることこそがトキの意見を酌んだ自然の流れでもあり、コントンの願望も叶うチャンスになりうるとして、静観を閉目にて主張した。



(問題は、コントンが源かフィングが源か。

 もし前者なら、フィングはコントンを取り込んだつもりで取り込まれていたことになる。願望もコントンが舵を取るならある程度の命運予測はできる。だが、逆にフィングが再生の力の主導権を握っていたのなら、この世界に対して何かを望んでいるかも分からないフィングの願いがノアのリセットに影響することは実よ良くない事だ。自分の願望の為に多くの未来に補完予測のできない影響を及ぼす可能性が高い……)



 混沌が先か、再生が先か。

 勝利を掴むのは時間か進化か。



(……………………あれ?

 待てよ、僕はコントンを進化と認識していた?

 おい、これは誰の認識だ?)



 扉越しに二人の戦いを感じ取りながらオウル・バースヤードは自らのうちに住まう数え切れない自分に問いた。





 揺らめいていた黒煙が静止した海岸部を睨みながら、キュウキは戦場の大音量にかき消されないほどの大声で無線に叫んでいた。


 

「陣形の進捗は?」

『完了です!』

『完了しました!』

『OKだぜ姉御!』

『完成しました、後はキュウキ様の意を通すだけです』



 興奮に高ぶった部下の声に、キュウキは背筋に武者震いを走らせた。

 協会の包囲から始まる、突撃と前線交代・後退、強攻と撤退・反転の繰り返しで、協会側の砂浜は予定通りに予想外の損害を被りながらも削ることに成功していた。この状況を作り出すまでに不確定要素が多過ぎて幾度不安に胸を締め付けられたか、それを思い出せば部下達が包囲の外側に完成させた魔方陣は、終戦への明確な勝利方程式に思え、勝者だけが座せる椅子のようにも思えた。



『やってくれ姉御! まだ誰も使ったことのない歴史上最大規模の魔方陣、そいつで出来る魔法ってやつを!』

『キュウキ様の場所を確認! 千里眼部隊を送ります!』


「よし、施陣の完了した者は包囲に戻れ!

 ここで終いにする。セットアップ!」



 前線から引き、炎上する空母の甲板で協会本部に視線を向ける。

 青空の下、初夏の朝日に照らされた太平洋海上に黒いフィルターがかかる。それは海面を一定の高さに押さえる層と上空の高さを制限する物理接触が可能な層の二つ、加えて四凶軍の前線部隊の残骸を包囲するよう四方に展開する層の計三枚。



「礼奏。時流の刻みに汚されぬ輪性をここに捧げる――朗々零落にて栄えし光輪の彩りを闇を抱き容れ、不敵蹂躙不適にして誤落伍の進腕掴みし蒼天の露を飲み、不戻退行の山谷と渺茫たる混進黎明の獄を逝くこの点醜の呼は――キュウキ」



 部下の命を受けて駆けつけた千里眼部隊がキュウキを中心に八角の千里陣を敷く。望めば陣を形成する術者を介し、キュウキが千里眼を覗けるように準備が整う。この戦場全体を覆う魔方陣の準備も終わった。



「前奏“有力を無力”へ」



 静止時間空間(ジャイアントクロノセプター)に包まれた協会本部の上空に、広がっていた青空を隠すように薄黒い空間がかかる。



「選択解奏“魔法使い”」



 千里眼部隊の捉える映像がキュウキの頭に直接送られる。痛みを伴うのは情報量が多いからであり、しかしそれは、決定打を撃ち込むために必要な照準でもあった。



演牢(えんろう)



 詠唱を終えると、四凶軍のキュウキ部隊が総動員して組み上げた魔方陣から淡い白光が確認された。

 そして、



『おい! 見ろよ――!』



 最初の標的となったのは、



「あれ?」

「どうしたんですかボルトさん!?」



 最も高高度にて安全を確保し、広範囲光撃を行っている魔女だった。

 その魔法が発動した時、ボルト・A・パルダンは魔女からただの人間へと成り変わった。

 自由飛行さえできない、ただ空を落ち行くだけの人間に。



「これが“ノアの箱庭”の力よ」



 その戦果を千里眼で確認したキュウキが痛みを堪えて笑みを浮かべる。

 これがキュウキの用意した最後の切り札であり、自らの袋小路でもあった。




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