第62話-Save/Out-
……あれ?
仕事行く前に投稿したはずなのに?
投稿したことに なっていない だと?
何ぁ故ぇ……?
遅くなってすみませんでした。
本当に…………orz
-- IN --
「あれが、協会の切り札……」
キュウキは一部の部隊に撤退撤回を命令した。
あの半球状の中で何かが起こっている。
確信ではないが、予感はあった。
今まさにコントンが世界に挑んでいる。
(……あれは? 時間が止まっている?)
協会本部をまるまる包み込む、僅かに色が暗い球状空間。
四凶軍は後退を始めていたことで辛うじて球状空間には触れていなかった。
キュウキはそこに珍しいものを見た。
停止した爆炎と、飛散していた途中だった炎上ヘリコプター。
重力さえ無視したその停滞は、明らかにSRの力によって成立した場面以外考えられない。
「キュウキより各翼へ、吸血鬼達を援護してあげなさい。
協会本部上空に出現したあれに辿り着くまで護衛し、到達以降各自の判断で進退を見極めよ」
それだけの口令で四凶軍の動きに変化が生じる。
各方面で部隊を指揮するキュウキ達が、四凶の令に従って鞘を捨てる。一度決めた撤退を諦め、今一度死地へ踏み込まんと艦隊を従える。
『了解!』
八色の声音に弱臆の響きはない。
四凶の言葉に絶対を見出したキュウキ達は、再度四凶軍を支える武将として協会包囲へ臨む。
(アレを掌握出来れば、コントンでなく私たちが……)
四凶、キュウキも戦場へと戻る。
SRを解放し、虎爪と白翼を剥き出しに海面間近を飛行する。
(……この世界を再生できる!)
協会本部頭上に出現したそれを眺めながら、キュウキは最前線へと急ぐ。
まるで旅客機のような白い巨体のソレはゆっくりと目を開いた。
重たげな瞼の分かれ目から覗く黄金は、その大きさや形色からして人間の瞳とは何もかもが違うことなど火を見るよりも明らかである。
「何だアレ!」
世界は止まっていた。無数の動体も、幾つかの殺戮も、風景の中の限られた光と無限の光も区別なく止まっていた。その中で動けるトキは、自分が何か特別な事をしたわけでもなく動き続けられた事実に、すぐに気付けなかった。
「言っただろう、ノアさ。
さぁ、ここからお前は独りだ。お前が俺に用事があるように、俺もお前に用事がある。
何が言いたいかは分かるよな。ここまで来てみるんだ、クククッ!」
限りなく死に近づいた世界を創っているのが上空のアレであることを最初に理解し、次いでそれを操っているのがコントンだと直感する。この戦場を止めたのは奴とあの巨大な龍。本やゲームでよく取り上げられそうな胴長有翼のドラゴンは、しかしコントンが言うところのノアと呼ばれるものであり、伝説の代物を飲み込んだ伝説で秘龍だとか呼称していた。
「待っている」
声が途切れる。
それまで、僅か数秒だけでも戦場に届いていた羽ばたきの音までもが消え、完全な無音が世界を包んだ。と、同時に突風のような無音無味無臭の何かがノアと呼ばれる龍を中心に、爆発の衝撃波のように小さな圧力の発生を感じさせた。
だが、それは爆発にて生じるような、ただの衝撃はではない。
「これは、クロノセプター!?」
左手に同じものを持つトキはすぐに気付いた。
透明で球状の何かがこの戦場を包んだわけだが、それは紛れもなくクロノセプターであり、つまりこの場所は既に搾取領域であり、時間に比例して奪取崩壊が始まる死地でもある。
ここに居たら全身から時間を奪われて消滅してしまう。
クロノセプターを自ら武器と認めて使ってきたトキだからこそ分かる。
ここは死地。
分かってはいるが――
(世界は止まっているのにコントンは動いている……ノアとかいう龍も。
原因はコントンの“時間抜け”だな!)
訓練を受けている最中に調べた敵の情報を思い出しながら走る。
この死地を『ジャイアントクロノセプター』と名付けた場合、完全に時間が止まっている“物/者”から時間を奪って崩壊という烙印を押すことが出来るのかと問えば、それは“可”である。しかし、その静止世界の中を自由意思を基幹に動く者からは殆ど時間を奪うことができない。例えばコントンの時間抜けやトキのタイムリーダーのような、本来あるべき時間を流れから抜け出せる者には顕著な影響が現れ難い。
つまり、あからさまな死地で動くことが出来るトキは抵抗を選択する余地もある。だが、止まった世界に含まれた芹真や藍、ボルト達は動くことも、始まっている死に何ら対抗することもできず餌食になってしまうのだ。
「まずは皆を助――!」
幸い、トキには時間共有技としてクロノ・クロスセプターがある。
早い話が、時間の流れない世界に他人を引き込めばいいだけのこと。それだけでジャイアントクロノセプターは回避できる。その為には、止まった時間の中を自由に動ける者の時間を分け与える必要があり、トキはその術を持っていた。
「手伝おうか?」
突然の声に――誰もが写真に収められたと思われた世界で聞いた、コントン以外の他人の声に――思わず発砲した。
MCC(瞬間的な時間による創造)で胴体を貫かれた男の顔から仮面がずれ落ちる(が、その下にも銀色仮面)。
焦りながらも、声を掛けて来たそいつが味方だと気付いたトキは銃を時間分解して回復の準備に慌てた。ピンポイントに心臓を撃ち抜いてしまったのだが、被弾した筈の魔術師は一滴の血も零さずにトキへ人差し指を立てて横に振って見せた。
「大丈夫、ダメージはない。
それよりも落ち着いて皆を動かしていかないか」
「どうして……何でひ■りマントさんは動けるんですか!?」
銀色仮面は笑顔で答える。
「私“ヒラリー・マトン”は、魔術師だからね。
タネも仕掛けもありませ~ん♪」
マジシャンだから、というどこか納得のいかない理由を前にトキは頷くしかなかった。
この中から多くの仲間を救うに独りでは圧倒的に時間が足りない。それを手伝うと言っているヒラリー・マトンの提案は実に魅力的で、同時に思わぬ助け舟であったことに裏がないものかという疑惑を少しでも思い出させてくれる起因となった。
「そうだ、君にはこれを進呈しよう」
改めて、SRの世界は謎が多いと実感した。これまで会って来たSRも相当謎だったが、眼前のヒラリー・マトンというSRは一等謎が深い。
何故動けるのかという疑問もさることながら、この状況でいきなりサーカスのチケットを渡してくる魔術師の気が知れない。
「この戦争を生き抜く約束だよ。
落ち着き、気が向いたらおいで。いつでも歓迎するから」
「さぁ、行こうか」
「は――ハ!?」
後ろを振り向き、そこにヒラリー・マトン。視線を前に戻せばそこにもヒラリー・マトン。一歩横にずれて前後にいた二人を同時に視界に収めて、前後ともにヒラリー・マトン。
少し理解する。
ヒラリー・マトンが二人、しかしこれにもタネどころか仕掛けもないのだろう、と。
「時間との勝負だろ?
時間を止められた者を動かせるのは、時間を自在に使える者だけだ。
例えば、トキ君のタイムリーダーはまさしくこの場において適材適所と言える力だと私は思うのだが?」
二人の魔術師が同時に言う。
いまこの場で必要な力は『読解く者』ではなく『統率する者』という意味だと。
そして二人(三人)は走る。
ヒラリー・マトンは外周、協会本部を取り巻く前線の者たちを救うと言い、トキはその逆、中心部にいる者たちを救うと決めて時間を練った。
『聞かせてくれトキ。
君が救いたいモノは何だ? 誰かなのか何かなのか、君が救いたいモノ如何でこの戦争に付くリボンの色は変わるぞ』
タイムリーダー。
トキが真っ先に時間を与えた者は藍であった。
時間凍結から解放され、時間停止世界に足を踏み入れた彼女は自分の目を疑った。
「これは……トキ、あなたなの?」
「違う。コントンだ!
詳しく説明する時間はないんだけど、とにかく時間が経てば皆が時間分解されてしまうんだ! 助けてくれ!」
右肩にトキの手が触れ、そこから時間と知識が流れ込んでくる。日本刀と金棒を握り直した藍は黙って頷く。
次に時間を与えるべきは、
(手近なこの――――――――――俺!?)
トキは再び凍りついた。
自分とそっくりな顔をした人がいる。
ジャイアント・クロノセプターの事さえ忘れるほどの衝撃を受けつつも、左手のクロスセプターでその人物を探り――陸橙谷アサ――赤の他人であることを確認して冷静を取り戻した。世の中には自分と似た人が数人いるという言葉を思い出して自分を納得させるが、まさか自分と似た顔を持つ人物が亡くなったと思われていた藍の兄妹にいたとは夢にも思わなかったが、以前そんな話を聞かされたような、なかったような。
(……って、今はそれどころじゃない!)
時間凍結から二人目の鬼を解放する。
「いいか、藍――おっと?」
突然のステージチェンジに驚愕するアサを無視してトキは次へ。
「華創実誕幻三段:蒲公英」
それと同時に藍はトキの援けに移った。
かつて対トウコツ戦で見せた分身の術文。思い出すトキの視界に、無数の分身体が飛び込む。
「皆は私に任せて! あなたは上のあの大きいのを止めて!」
金棒が指すは秘龍。
秘策を懐に覗かせる藍の瞳に、トキは頷いた。
「……頼む!」
逡巡しながらも、トキは目的をコントンとノアを止めることの一点に絞る。
同時に数百人の藍が一斉に四方へと散開した。
トキのものでない時間異常は、多くのSRにとって黙認すら出来ない攻撃。
クロスセプターでトキからもたらされた敵の攻撃を理解した上で覚悟を決める。長居は破滅のみを意味し、悠長は力の消失を象る。
(芹真を探して、トキの言う時間凍結を解除すれば)
停止世界、時間凍結はSRの攻撃の一種であり、広範囲をカバーする範囲技でもあるらしい。
その空間を解除するには時間を操るしか方法がない――らしいのだが、トキのその判断を藍は別の視点から直感し、解決方法に辿り着いていた。
(トキのクロノセプターが時間凍結を破壊、分解して私は動けるようになった。アサお兄様も動けるようになったのは、凍った時間をトキの時間で破壊か、上書きしたから。
それはつまり、敵の“SR効果”さえ解決できれば時間を操れなくても時間凍結から救出することはできる!)
SRがもたらす効果を打ち消す術なら、ある。
「理壊双焔破界、生死繋綴」
右手に炎の金棒を、左手に命筆の日本刀を構えてそれぞれの切先が左右へと向くよう水平に、胸の前で交差させる。長袖の先に隠した黒い術符を子・薬の二本指で取り出し、器用に二枚の術符を口元に運んで銜える。
協会に一時的でも所属していた時は『如何なる敵を相手にしようと使ってはならない』と判断されて封印を強制された武装を解く。
「二黒混濁の生穴を交して円縛の腹への歪を綴り――」
早い話がノアという巨大な箱舟が放つSRを無力化すればいいだけだ。
横目で胴長の秘龍が口を大きく開けているところを目撃する。
「零纏寝侵たる命へと熱を繋がん、黎明と黄昏の狭間に焦がすこの身は鬼、槍と鎧に重んじたこの名は藍――」
中央塔から北部海岸へ向かいながら、演習場のど真ん中を突っ切りながら唱えた。
「共闘の魂をここに。
“其の辿るは、理を壊す位にありて、蒼界に破拠を掲げ、万に対して覇を飛檄した魂”」
哭き鬼の村が存在していた頃からでも、伝説的に語り継がれてきた武装。
「いまだけで良い、力を貸して。
理壊蒼媛覇界(リカイ ソウエン ハカイ)」
藍が持つ“大抵のSRを無力化できる手段”が鬼の金棒であった。
使う事に抵抗が大き過ぎる装備であり、しかし、それ以上の見返りを期待できる特別な武器。トキらしくいうなら、隠し武器・最強武装といったところである。
(敵のコントンはトキと同じ。遅くなった時間の世界を自由に移動できるSR……私達ではどうしようもできない相手……)
どんなに強力な武器を装備した所で、時間の流れが違うコントンに太刀打ち出来るSRは存在しない。唯一トキを除いて。ならば、トキがコントンへ辿り着くまでの消耗を抑えることが自分たちの仕事なのだろうと、責任にも似た感覚を背負う。
トキという個体を護る為に、集団を創り出すことが出来る藍はこんな作戦を思いついたのだ。
まず、手始めにトキと一緒にレーダー塔上部倒壊地点へとやって来たカンナに、
「力を貸して」
理壊蒼媛覇界の金棒に整列した杭歯でケツバット。
ガラスが砕けるような音と共に長女であり、ウザいことこの上ない実姉カンナに通常時間を取り戻す。
(三時方向にアヌビス!)
(七時上空にイカロス発見!)
(北部……じゃなくて、一時方向に芹真さん!)
一斉に、分身体からの情報が直接本体の頭に送られてくる。
「一時方向、芹真さんを!」
藍は理壊蒼媛覇界をぶん投げた。四方八方へと散らばった分身体の、目的の人物を見つけた分身体へ。
投擲された理壊蒼媛覇界をキャッチした分身体が芹真の時間を解除。時間の止まった世界に入った銀狼は狼狽していた。
(七時方向に特級風司!)
(五時方向、アヌビス部隊!)
(中央部のジャンヌを忘れてるわ!)
芹真が戸惑いつつも変身を解く間にも作業は続く。
分身体たちの意見を、本体である藍がまとめる。
「中央、ジャンヌ!
媛をこっちに!」
本体の手に戻る蒼媛。
ジャンヌの肩を軽く叩いてあげるとカンナの時と同様にガラスの割れるような音がして時間が戻る。
視線を上げて今度はボルト。
「華創実誕幻、天段:風毀塔」
ボルトの踵に理壊蒼媛覇界を触れた瞬間に気付く。時間凍結から解放されたアサが大規模な術の準備をしていたことに。
協会レーダー塔の四方に術符、二か所に金棒を突き立てて術文陣を形成していた。
「あれ、藍ちゃん?
どうしてみんな止まっているの?」
理壊蒼媛覇界を投げ渡す。
ガラスの割れるような音が気のせいか増えていた。
ボルトへの返答を考えながらも藍が視線を巡らすと……
「皆、ここから離れて下さい」
いつの間にか、アサによって片腕で西部エリアに投げ飛ばされていたトキが、空中で四肢を暴れさせていた瞬間を目撃した。
「上のアレを押し上げます」
乱暴が過ぎる兄に何かを言うよりも早く、藍はその策に賛同して退避する。トキには悪いと思いつつも、戦場においてアサの有言してから実行するまでの速度が恐ろしく速いことを知っている藍に反論の余地はなかったのだ。
ジャンヌを抱えてカンナが、ボルトが、藍がレーダー塔から飛んで離れる。着地はボルトの光で飛行能力を授けられるから問題ない。
次の瞬間、レーダー塔のそこかしこから植物の根が生まれ、それが爆発的速度で成長し、互いに絡み合って巨大化を果たす。天へ天へと伸びていく巨大な樹木の根は、空中浮遊しているノアの胴に難無く絡み付き、その自由を奪う事には成功した。
「…………?」
根は成長を続ける。
球状の空間、その効果空間中でジャイアント・クロノセプターが発動しているとして、球体の中心であるノアを上空に持ち上げてしまえば海面付近が球状の範囲内から外れないだろうかという推測から行った対応策なのだった。
が、ここで思わぬ誤算にアサは冷や汗を覚えた。
「なぜ……なぜ、止まらない?」
「?」
木の根は爆発的成長を続ける。
レーダー塔からその下層にまで伸食つつ、頭上のノアをどんどん上へ上へと押し上げる。
「すまない、どうやら僕の術が、操成の印を……奪われた」
「えッ――術を!?」
胴長の白龍がひときわ大きな声で雲の上から叫ぶ。
遥か下まで響くその音量と震動に、異常が加速を覚える。上下にしか成長を見せなかった木の根が横への成長を始めたのだ。
「レーダー塔が崩れる…………あ!
セントラルプール、今すぐ退避してください!
緊急退……っダメ、繋がらない!」
カンナに肩を担がれた状態でジャンヌは全力を振り絞って叫んだ。
木の根が破壊する施設の轟音と粉塵が止まった世界の埋め立てを始めてしまう。だが、どんなに叫んだところで時間は凍っている。目が覚めるころには、いつの間にか崩れた無数の瓦礫が何百何千人もの命を埋めているだろう。何が起こったのかも理解できずに死んでいく者達を、そのまま黙視していることにジャンヌは耐えられなかった。鉄の味が広がる口の違和感を殺してカンナの背中から拡散斬撃を放ち、もはや巨大樹木と化した根ごと、部下たちの頭上に降り注ぐ瓦礫を少しでも吹き飛ばす。
『藍、お前は南東部をカバーしろ!』
「芹真さん!」
『時間凍結なんだって?
北は俺とアヌビス共で何とかする!』
『おう、こっちは任せ――!』
『 は た ら け !!!』
『ナックル、そいつも解放の役に立つぞ! 起こせ!』
『そっちの役立たずじゃねえ!』
『チェーンソー、右の奴を起こせ!』
『む~ん』
『西部方面も助けはいらないよ~ん♪』
回復した芹真との通信に安堵しつつ、言われた通りに行動するため分身体たちに南東部へ移動してもらう。投擲と解放を進めるが、明らかに作業速度は間に合っていなかった。
北では芹真がアヌビス達を解放し、更にその作業を手伝えるSRを探しながら作業を進めていることがインカム越しに伝わって来た。激戦地区であった北部にバリエーション豊かな特殊SRが揃っていることに不思議はない。
問題は、藍が担当している南東エリアだった。いくら分身体の数を増やした所で時間凍結を解除できるアイテムは一個。北部エリアのように解除能力者が多数いるわけではないのだ。分身体はカメラ的な役割しか果たせず、結局は藍独りで走りまわっているのと同義だ。
(このままでは……間に合わない!)
悪い事態の二つ並びに余裕を見失いかけていた。
トキから教えて貰った敵の超広範囲クロノセプター、それから誰が見ても明らかに不味い樹木の巨大化暴走。
クロノセプターだけでも相当時間が足りないのではないかと言う懸念に見舞われていたのに、それよりも被害表現が早い樹木を前に、つい弱音がこぼれそうになってしまった。
ジャンヌが斬撃を放ったり、アサが術の制御を取り戻そうと必死になったり、カンナが素手で時間凍結を解除できなかと試したり、誰もが激しく、空しく抵抗を続けてる。
そんな時だった。
『セントラル周辺、聞こえるか!
哭き鬼、いま援護するぞ!』
突如掛けられたインカム越しの声。
直後に響く大音声に、藍本人は南西エリアの海岸へと目を向け、思わずその現実を疑った。
「嘘……!」
前線に隠れていた伏兵部隊が、全員凍結から解放されて駆けつけてきたのだ。中央部を目指しながら時間凍結から解放し、それが出来ないSRは負傷者の救出や退路の確保に努めながら。
「ハッハッハッハァ!
感謝するぞ、オリヤアキ!」
「落ち着いて下さい隊長! また固まっちゃいますよ!」
その方面から、SRを無力化できるSRらが風に運ばれて一斉に樹木前線に辿り着く。
「だから彼女に教えたと言っただろう!
それで全てが解決する!」
「アレやアレが何かも分からないでホイホイ確信しちゃうからいつも酷い目に遭うんじゃないですか? えぇ?」
「敢えて聞く耳持たんぞ、ケイノス君!
西南東エリアの全員に伝達!
海岸方面での作業を中断し、全て中央付近に集約せよ!
外側の安全は確保済みであるぞ! 繰り返す……!」
風使いの檄が飛ぶ。
中央近くで僅かに動く者たちの視線が、風使いの指した方角に向いた。中央で広範囲に影響する透明な球状凍結空間に対するかのように、皆の視線の先に映った半透明の黒球は、触れ合った瞬間、その空間から時間凍結効果を破壊していった。
多く、誰にも理解できない凍結現象を、同じように、誰であろうと認められない死結現象が上回る。真黒な少女が発生させる“全てに等しき死”は、強大で絶大な攻撃さえも殺し切って見せる。
トキの名前を欲していた少女、オリヤアキ。
彼女の黒球が時間凍結さえも殺して見せたのだと理解し、藍はやっと眼前の援軍に信頼を覚えた。
それと同時に、アキの黒色球体の隣に対を成す、見覚えのある白色球体が出現した。
「全部動け! クロスセプター!」
「トキは殺させない」
色世時の白が時間の流れを再開させ、織夜秋の黒が時間の束縛を破壊する。
そんな、
(フフッ、邪魔だな)
ノアの時間凍結から解放されていく世界を見下し、コントンは笑みを零した。
トキだけの為に生み出した凍結空間に招かれた招かれざる者達。風に乗る者、凍結を受け付けぬ者、凍結を殺す者、自分の切り札に絡み付いてくる者。
目下優先排除すべきはトキと共に走る少女なのだが、すでに意識は思いついた遊びに変色しきっていた。足元の大樹は利用できる。
「来い“ライナーズフリーフォーム”」
数秒の変化を身につけ、コントンはカオスを創る。
最初にその変化に気付いたのは大樹の制御を取り戻そうとしていたアサであった。
「……根が、変化していく!?」
全くの不自然である。
アサの力によって本来発生しえない場所に根を張り、大樹と成ったそれは、ノアに制御を奪われ、更に何らかの力が加わって“螺旋回廊の塔”へと変化を遂げた。
(むっ……風向きが変わった?)
(螺旋式結界!)
(木に違う種類の魔力が流れた!)
(構造分解、いえ、線創りね)
中央から退避する者と中央へ向かう者。
風使いも、魔術師も、魔法使いも、それぞれ違う感性で同じ変化を悟った。外見からは何ら変化を窺えない大樹も、SRというカテゴリで括られた力の流れを感じ、或いは視覚として捉えることのできる者にとって、その変動は異常なレベルで行われていた。例えば、風使いのSRであるリデアからすれば、一瞬でカテゴリー5クラスのサイクロンを10以上同時に発生させるだけの変動である。例えば、光をある程度手繰れるジャンヌにとって、樹木の変化に伴って流動した魔力量は、ボルト・パルダンの光刀無形ほどでないにしろ広範囲に強い影響力を及ぼしてしまうだけの衝撃力を有し、光撃を反らすことしか出来ないジャンヌにとって制御はおろか、手のつけようがそもそも出来ない変異であった。
「巨大樹の空洞には只の空気が流れているぞ!」
しかし、そんな強烈な異変を戦場の真っ只中で放った故に、神経を尖らせた者達に安全地帯を晒すことになる。
正確には“敢えて晒した”のであるが。
時間凍結を抜けても、ジャイアント・クロノセプターが解除されたわけでない現状、時間がないことに変わりはない。
「どうやって樹に取り付くんだ!」
集結するSR達の中でトマホークアヌビスが叫ぶ。
対して複数の、火力に評定のあるSRらが実力行使と応えた。
『ぶち壊す!』
砲撃、打撃、斬撃、衝撃、その他魔法としか言いようがない諸々の攻撃。
四方から一斉に向けられた力に、大樹が激しく震動した。その震えを上方で待機していたコントンはその衝撃から下界の戦力を測った。
破壊力、歪曲、否定、あらゆる魔法と非現実が現実に風毀塔へ大穴を開ける。
幻想獣も、魔法使いも、使い手も、異端種も、挙って時間を削られ、1秒ごとに力を失っている。
「行けぇ!」
「行くぞ!」
その中で抗い輝くモノたちにコントンは感動を覚えた。
アヌビスと風使いが同時に叫ぶ。
突破口を難もなく開けるのは今しかない。時間の経過は許されない。かといって、止まることもできない。
「我々の手で決着を焼きつけるのです!」
「お姉ちゃん、これ気持ち悪い……」
会長をテレポーターに任せ、ジャンヌも立ち上がる。
ボルトも同様、不快極まる時間分解空間に晒され、目に見えないレベルで勝手に人の体を分解するジャイアント・クロノセプターが気に食わない。
新たな根によって開いた4つの穴を塞がれそうになり、縮小した穴を拡張せんと新たな攻撃が飛来する。
「吹っ飛ばすぞ、理解霜円破界!」
粒子状にて、体内に溶けてしまった金棒を具現化させたカンナが流変動する根を殴り壊す。四方に開く魔口に飛び込み、上へと視線を投げると、長い螺旋階段の果てにオレンジ色の空が見えた。
(空の色がおかしい!)
日の上がった太平洋の、青空がのぞき始めた時間である。
本来あった青が、螺旋の天頂に佇むは完全な夕焼けのオレンジに侵食されていた。
(横……四凶艦隊が反転している!)
誰もが螺旋の巨大オブジェに意を引かれている間、ジャンヌは踵を返して中央塔から離れ、視線を海へと向ける。
予想通り反転して攻撃を再開している四凶軍。
(外から時間凍結領域に入ってきた場合は、普通に動くことができるようね)
喧騒を片耳で捉えつつ、戻って来た強敵群を観察し、予備の通信機を立ち上げる。動ける者、対応できる者は四凶軍にも備えよ。それだけを伝えて自らは四凶軍へと拡散斬撃を放つ。
螺旋階段を上り始めていた者たちも気付く。
螺旋回廊に気を取られ過ぎていた。いつの間にか反転して来ている四凶軍を止めんとしているのがジャンヌと前線の僅かな生き残りのみ。
トキを助けるか、ジャンヌを助けるか。
「援護するぞ、シキヨトキ!」
「お供しますよ隊長!」
螺旋回廊を風に乗って走る魔法使い二人に続き、
「スミレ見っけ! 行くぞ!」
「はい、トキさんを助けましょう!」
鬼が、
「僕の術を乗っ取りやがって……!」
加速を与える。
4体の鬼が、先頭を行くトキへと渡す力は各々違った。
「トキ!」
凍結した時間世界をタイムリーダーで広げた低速世界のトンネルを突き進む。
音もろくに響かない空間で、トキが藍の呼びかけに気付いたのは時間を共有したが故だ。
反時計回りの螺旋回廊をすでに何周分も先に進んでいた時の足元に、一つ強力な武器が止まった。
(せいし、けいてい?)
クロスセプターで藍にクロノセプターの情報を教えた時に、交差するよう流れ込んできた情報からその名を口にしようとした。
生と死を繋げ綴る武装。
使用する者の命さえ左右してしまうほど反動の強烈な武装故に、持てる者が限られてくる得物であり、しかし、使いこなせば斬れないモノなど有り得ない一級武装という協会の太鼓判つきの日本刀。
いまの自分に使えるのか、疑問はそこにある。
しかし、カチンと頭に響いた音に思考は瞬時に切り替わった。
吹き抜けに差し込むオレンジ色だけが光源の木造螺旋回廊、その壁から人の形をした木目の何かが、同じく木目の長槍を手に進路を防ぐよう歩み出た。
「おいアレ、DFF(ドールズ フリー フォーム)じゃねぇか!」
叫んだカンナが、真横から出現した木目の頭部を殴り壊す。
ドールズ・フリーフォームの名に、トキは市街地で戦った自分の姿をした敵を思い出しつつ疑問にぶつかった。アレがまたしてもここに来たのか、しかも大勢、ドールズとは同類がこれだけいるのか、と。
「……なワケあるか!
ベルベット・ドライバーはバッチリハッキリ首落としたんだぞ!」
タイムリーダー、真横のドールズへ生死繋綴の突きを見舞い、背後で槍を頭上に構えたドールを蹴って前進し、前方に立ちふさがった二対へ畏天と生死繋綴の斬撃を繰り出す。
水風船でも切り裂くかのような、そんな不思議な有るか無しかの奇妙な手応え。
(浅い、はずなのに効果が強い……!?)
ベルベット・ドライバー。
その名に別人であるという可能性を見出してトキは前進する。疑問を打ち砕いてくれたのはベルベット・ドライバーという名前、それから生死繋綴である。刃が触れた瞬間に木目のそいつらは電池でも抜かれたかのように動きを止めてオブジェと化した。同じく時間を奪うこと、止めることでドールを無力化する畏天とは全く異なる力に、便利さと不思議さ両方の感を抱いた。
生死繋綴。生ける者に死を、死せる者に生を、動に静を、静に動を。反転を意思で自由自在に繰り出せるこの装備は、壁から出て来たドール達を止めるにこれ以上ないほどに相性が良い。
夕焼けの空を目指してトキは走る。
その後ろに続く者たちの多くは、壁から出現したドールズに思いの外苦戦していた。
ドールは全員が共通して同じ身長と重量であり、装備まで統一されていながら、戦闘に関するスペックは個性を持っていた。それが連携して襲いかかり、チーム戦に慣れていない協会ナイトメア連合の進行を阻んでいたのだ。
(頭を潰しても止まらない!)
スミレは片手の生死繋綴で数体を無力化しながら、もう一方に握った理壊奏淵破界でドール達の槍を受け流す。顔面と胴体への直突きを躱し、槍ごと打ち砕き、横薙ぎを振り下ろしで圧し折る。生死繋綴で切ったドールは止まるが、理壊奏淵破界の打撃では怯ませるのが限界だった。
同じように、
「うーん、困ったなー」
「隊長、こいつらってどうやって止まるんですか!?」
「銃が効かないぞ!」
「いいから避けて進め!」
銀色仮面の魔術師も(棒読み)、空間の魔法使いも(冷や汗)、防衛隊員も(狼狽)、アヌビスも(苛々)、ドールの対応に困っていた。
壁を形成される前に進みたいアヌビスが首なり腕なり脚なりを殴り飛ばし斬り落とし打ち砕き、急所と言う急所を突いて回るがそれでもドール達は止まらない。むしろ、五体に欠損を抱いてさえ攻撃速度が落ちないドールの厄介さに気付き、攻め方に悩む防衛隊員たちが気力で押され始める。
機動力を奪われる者や武器を奪われる者、最悪命を奪われる者が出た、その瞬間、
「SRの力の流れが見える奴!
よく聞け、こいつらの背中かどっかに“力の糸”が見えたら、それを断て!
それが“ベルベット・ドライバーのDFF”だ!
糸を切っちまえば人形は動かねぇ!」
鬼は叫んだ。ドールの頭を握りつぶしながら。
「ほぅ……よかろう、ケイノス君!
これがベルベット・ドライバーのものと分かれば対応策はある!」
風使いはドールズを殴りつけながら(涙目になりながら)、術文を唱えて風を生み出す。
「身体の何処かにある受信機を曝け出そう!
“淑女の恥じらいを摘む風を不規則の第二命波に、肌を指す視線の圧化象限に導呼鳴運の時を酌んで漕ぎ着け、曝風、轟け!”」
魔法風が、ドールの“フィルター/スカート”をめくり上げる。
共通する視線の構築の難しさを知っている者達は、魔法使いリデアが施した風の効力に目を見張った。それまで見えなかったモノが壁から伸びているのがハッキリと見えた。
(……これが鬼の言っていた糸か!?)
(もう一種類いる! 糸と刻印、これでこいつらは動いていたのわけね!)
「そこが見えりゃどうってこたねぇ!」
アヌビス・カイザーナックルがドールを殴り飛ばして消滅させる。 動きを止めるスイッチ或いは、動作因糸さえ視認できれば反撃の口を見つけるに手間はかからない。
「糸の人形は任せろ!」
ナックルを先頭にアヌビス達が続き、塞がれかけていた進路に突破口を開く。
ファランクスを抜けてトキを追う者達へ、刻印のドールが矛先を向ける。側面と背後から襲いかかる槍の切っ先を、
「だぁらぁあ!」
鬼の拳が打ち砕き、金棒がへし折り、流し、兎に角三体の哭き鬼が刻印ドールの攻撃を防いだ。 そこへ更に奇銃を新たに装備した防衛部隊が近接援護射撃を見舞う。
「トップ、ゴー!」
「了解!」
隙無き連携で素早くドールの死角を取り、刻印へと魔弾を叩き込む。木目の肉体から刻印を撃ち抜いて魔力を腐退させ、槍を持ったドールズが文字通りの木偶人形へと化ける。
「次が来たぞ!」
第二波のドールズが今度は足元から奇襲を仕掛けてくる。
下半身への刺突斬撃を躱せない者が多く、先頭を行く者から狙われた為に再び進行が止まる。
「止まるんじゃねぇ、テメェら!」
真っ先に、最初に集中砲火を浴びたアヌビスが叫ぶ。
止まれば余計に時間と労力を支払わなければいけないが、それはこの場に在って差し出してはいけない代価だ。頭上にいる敵は四凶で、そこに辿り着けないことはすなわち戦争の敗北を意味する。また、辿りつけたところでコントンに対抗できるのはトキのみ。彼を護りきってコントンにぶつかってもらう事こそ協会ナイトメア連合の最善であり、それが戦争への勝利へと繋がっていくのだ。本望にはほど遠いが。
屍を越える気概で進む。
護るはトキ。
倒すはコントンでなく、コントンの放つ尖兵達。
無感情に振われる槍を避け、止め、砕き、道を開く。追いついてすらいないトキへと援護の手を差し伸べる為に。
Second Real/Virtual
-第62話-
-Save/Out-
「……………」
巨大な塔を駆け昇る者達。
その根元で、四凶軍が尖兵として放ったゾンビの殺到を防ぐ者達。
どちらが大事か、という思考よりも以前に、何故自分の覚醒を誰も促してくれないのか、という疑問に光の魔女は腹を立てていた。起こしてくれた藍のコピー体に八つ当たりで閃光目潰しを食らわせつつ、戦場の現状を出来るだけ温情な心構えで臨場し、激情に近い起伏の感情を鎮める。それが達成された頃には、徐々に崩壊していく状況の逼迫状態に理解が追いついた。
(トキのクロノセプターみたいなのがあるんだ)
南部海岸。
防衛海岸と埠頭の狭間にゆっくりと着陸し、樹の塔とノアを見上げた。
ノアとは本来、この戦場で協会が切り札として温存しておくべき兵器ではなかったのか。あれはひとつの大きな“鐘”である。この世の終わりを呼ぶことも出来るし、新たな命の生誕を祝福することもでき、おおよそこの世界の事象現象の万理を叶え、或いは超えることができると言える鐘なのだ。それが今は本能に忠実な者の手によって、本来人が触れるべきでない鐘の舌がノアに共鳴をもたらし、渾沌の音色を大きく響かせようとしている。
それはそれで気に食わない。
「焼き落そうかな~?」
内容こそ殺伐としたボルトの言葉は嬉々としたその表情と相まって、偶然真横を通り掛かった味方に戦慄を思わせた。実際の所、協会に残された歴史を紐解いても、ボルト・パルダンと言う魔女は破壊の象徴でもあるかのように記録されているし、その記録通りの魔女がこの戦場に復活しかけているのも事実でもあった。ノアが視界に飛び込むまでは。
自分の年齢、始点を忘却するほどに長生きしてきたボルトだが、ノアほど脅威を感じ取れた存在は協会長以外に久しくない。光撃が通じない、逆に掴みきれない敵の力に死の予感を催されることなど、本当に指折り数えられるほどしかなく、ノアはその内の一本に入るだけの力を秘めた存在だ。焼き落す以上の光撃を以て挑まなければ逆に撃ち落とされる可能性だってあるのだ。
(トキ達は下からノアを目指すか……藍ちゃんも)
右手で空中に円を画きながら視線を周囲に配る。探していた姉は、早くもノアを止めるため自らに課した制限暗殻を解除していた。いつの間にか東部海岸の上空まで移動し、一切の妨害を受けることなく自らの体内に張り巡らせた結界紋様を消すディマ。ボルトは彼女へ、自分の意思を乗せた一条の光を差し込んだ。
(お姉ちゃん、私のリミッターも解いてくれない?)
(いいわよ)
その即答にボルトの思考はひび割れた。
ディマの反対を予想し、未来視までしていたのに、返って来た言葉はまるっきり正反対の響きである。用意していた『戦況を援ける……』から始まる反論も、チャージしていた艦隊を瞬時に焼き払えるだけの魔力循環も、多くが無駄な心配となってしまったことが妙に悲しかった。
が、これは本来自分の望み。
幻想と避けていた最短経路。
全てのリミッターを外されるということ。
『ボルト……四凶軍は私が止める。あなたはトキを助けなさい』
「いいけど、本当に外しちゃっていいの? 私の――」
最も世界を荒らして回った頃のフルパワー。それを封じ込めている、自分の四凶を“渾沌”たらしめている魔術を。
『会長の許可は予め得ています』
「え? そうなの?」
ディマの魔法:闇文が、言葉と映像としてボルトの頭へと伝う。
会長への許可を促した人物が脳裏にチラつく。ナイトメア非武装派の特別顧問であり、実行部隊のリーダーであったマスター・ピースを四肢とするなら非武装派の頭脳はその人物であった。
「……って、テスタメントも介入していたんだ」
『言い訳は“未来予知の提供”だったそうよ。けど、今回ばかりは素直に受け取っておきましょう』
愚痴を零しながらも、いつの間にか自分の中で溶け始めていた制限紋様の消失を感じ取って、ボルトは笑みを零して光を集め始めた。
トキの援護に必要なモノ、それは光撃支援ではない。
「巡行――大声迎蒼、匐土帰暁、白削回刻、鳴静夜騎」
単純なシステムの復活。
数で圧されている協会の、減った分を元に戻す。それこそが最大の支援となる。
「差点輪鐘――緩境、亡烙、源煉、邨復」
数世紀ぶりに描く魔法陣は妙に違和感を覚えた。例えば、何年も鉛筆を握らなかった者が、何らかの機会で用具を手にし、自ら刻んだ流線止跳を見た時に覚える違和感に似ていた。自分の字はこんなものだったかと。
自分の力とはこんなものだったか、と。
「生塵色、捌雅牢――理斯功、弦命振」
白く発光する双円陣の中に三層、32本の楔と23の斑点、33の区切りと22の十字の輝き。
光の線が描く魔法は生命循環。但し、それは自然の摂理さえ吹き飛ばす超常現象である。
これまで破壊を繰り返してきたボルトに、本来の感触を確かめる術は実際に発動させてみる以外に方法がなかった。例え成功の保障がない魔法であろうとも。
そもそも中断する気など毛頭無いわけで、どんな結果を招こうとと責任を取る自信がそもそもとしてあるのだから。
「与全之生源司光是叫。起立混沌下駆返、残光之限全尽切前戦動丹持」
だから、その術を使ったことをこの戦場の仲間であろう全員へ伝えた。
「みんな~、死んだ人全部生き返らせたよ~」
まず真っ先に、ボルトの報告に――四凶軍の手駒も全部生き返らせたよ(←続報)――ブチ切れたのはアヌビス達であった。
「死魂復活だと……!」
「ボルト、てめぇ!!」
「また反理と犯すか!」
「重罪、死罪!」
「だからテメェら!
敵はそっちじゃねぇし、ダル忙しいのに枚数不利つくんじゃねぇ!」
「枚数はどのみち不利だ!
それは兎も角、刃向かって敵うはずもないボルトに向かっていくな!」
「トキに追いついてすらいないのに……足を止めてる場合じゃないでしょうが!」
内輪揉めするアヌビスの言葉通り、援護に回っているつもりの者達はトキの進む破壊標を辿るばかりというのが現状だった。
コントンとノアへの道を切り開く、そのつもりが逆に助けられて塔の中をただただ突き進み、トキへと追いすがろうとするばかり。そうこうしている間にトキは螺旋階段の中腹ほどにまで近付いていた。皆がまだ3分、早い者でも4分に到達したばかりだというのに。
“早過ぎる!”
誰もがトキに、喜怒哀楽の程はあるが同じ感想を抱いていた。周りが見えていない証拠でもあり、同時に色世時が協会長を始めとした多くのSRから注目を集めている理由を見出していた。が、
(トキ、そのペースではコントンに辿り着けても!)
藍には分かることがあった。芹真事務所屋上での訓練を見守って来た彼女の目には、トキが過去見せたことのないペースで戦って、そのペース相応に疲れ、視野が狭まり、行動の一つ一つに不安要素が現れ始めたのだ。その疲労がまるで自分のものであるかのように分かってしまう。それだけの消耗を、疲労を時間回復で補っているとはいえ、精神的余裕を完全に失っていることが見て取れた。
事務所の誰よりも体力がないトキが、協会SRの誰よりも早くノアに辿り着くことは現実に可能だろう。だが、本題であるその後のことをまるで考慮していない。
「止まって、トキ!」
『色世時、突っ込み過ぎです! 自重して下さい!』
藍に続いてジャンヌの怒声がインカムを越して響く。
その忠告に、
「分――いや、先行する!」
警告の意図がなんとなく分かる。
トキは命令無視して螺旋階段を進む。
連携が取れていない、援護を無為にしている、信頼を自らの手で斬り捨てている。余計な損耗をしている。
分かっている。コントンと戦うなら万全を以て挑まなければいけないことも。
だが、コントンとの個人的な関係のせいで自分を助けようとしている者たちが傷つくかもしれない現実が恐い。
「それは違うよ、色世時」
「・・・・・・!?」
しかし……今は逆様のまま螺旋階段を全力疾走する(しかもタイムリーダーによる加速を得た状態で)こちらの左側面を並走浮遊する、銀色魔術師の笑みがあまりにも不気味で怖い。
「君が恐れているのは“責任と後悔”だ」
訓練期間中に、空中浮遊じみたことをする相手を見ていなければ絶対にリアクションしていただろう光景を真横に走り続ける。
少なくとも、ヒラリー・マトンと名乗っていた男は味方として戦ってくれている。彼が無数に投げ放つナイフは無駄なくドールの急所へと突き刺さり、無駄なく活路開拓に貢献していた。が、やはり無音で真横を並走される威圧感は拭いきれない不安のような、プレッシャーのようなものがある。特に一定距離で固定された注目など。
(……集中、集中!)
只管走る。
それしかない状況なのだが、
「君の母もそうだったな。止まることのない、マグロでさえ真っ青の突進突撃主義者。まさか、君もその類か、トキ?」
銀色魔術師がさりげなく作ってくれる余裕の所為で、高めていた集中力は瓦解しかけていた。どこか根底から戦意を削がれるような雰囲気を、ヒラリー・マトンというSRは醸し出している。
「あ、そうだ。君は高校が終わったらどうするつもりだい?」
「……」
掴めない男は、更に意図が掴めないような質問を繰り出してきた。あたかも自分の担任でもあるかのような、戦場には似つかわしくない台詞を。
返答はしない。
「――真面目な話をしよう。
トキ、君は今日までコントンという強大な敵を倒す為だけに頑張ってきたよね?
今日ここで決着を望み、過去との因縁禁忌を断ち、全ての負刻を拭えたとしよう。それからの君はどこに在る?」
「……」
返答できない。
舌を噛んでもおかしくない運動をしながら、まして考え事をしながら戦えるほど器用ではない。倒し慣れたゲームの敵とは違い、常に異なった動きをする現実の敵にパターン攻撃など存在しないのだから、余裕など見つける余地がない。確実に倒し、確実に躱す為には眼前の事態に集中するしかない。
故に返答できない、というわけではない。即答を持ち合わせていないからしないだけだ。
「コントンを倒した後、君の未来は明るいのかな?
今まで通りの生活が約束されるものかな?」
「……くッ!」
低速世界の終了と共に脇腹を掠める槍斧の刺突。
両手の得物で武装解除と能力解除を同時に行い、一呼吸おいてタイムリーダーを再展開する。油断していれば余計なダメージを負ってしまう。
「この戦いが終わったら、芹真事務所にも別れを告げるかい?」
「すいませんが黙ってててください!」
動は援護のはずなのに、言は嫌らしくも目的を揺るがす阻害の響きであった。しかし、ヒラリー・マトンの口は止まらずに疑問を吐き続け、謎を重ね掛けた。
「黙れるワケないだろう。この戦争のコントンの目的とキュウキの目的、両方に君の名が連なっている。私は知っているが、肝心なのは今現在この螺旋階段もどきの樹塔を上り続けている色世時という存在が、二人の四凶の思い描いたシナリオの中を走っているというのだぞ?」
ぴたりと止まる。
トキの展開した白色半球がドールズ達の時間を凍結するのと同時に、思考に凍結どころではない目的が何処かに吹き飛んで消えるほどの衝撃が走った。
「四凶のシナリオ?」
なぜ魔術師がそんなことを知っているのか、という疑問さえ浮かばないくらい動揺しているトキに、ヒラリー・マトンは告げた。
「そのシナリオから抜ける為にも、いま少しここで休んで“生き/行き”てみてはどうか、トキ君?」
「止ま……そうすることで、そのコントン達のシナリオってのは変わるんですか?」
「いくらでも変えられるよ」
「ここで止まる……」
タイムリーダーを掛けて悔惜しさ噛み締め、ゆっくりと後ろを振り返る。ジャイアント・クロノセプターに包まれていながらもなんとか対応できる自分はまだしも、一方的に時間分解されていく他人を見ることが怖い。
クロノセプターという力の結末を知っているからこそ余計に直視したくない現実がある。あるだろう、しかし、それが勝手な思い込みだったと気付いたのは辛うじて後ろに追い付いてきた藍の、SRを解放した姿を目撃してからだった。
「トキの突進力は凄いね。
マジシャンの僕も追いつくのがやっとだよ♪
でも、生きる為に必死で君を護ろうとする彼らの厚意を無為にするのはよくないと思うんだが」
目撃し、言われて、やっと自分が大勢に支えられていたことを思い出して、トキは止まない震えに襲われた。
「秘龍ノア、あれに到着するまでは大人しく護衛されていた方がいい。最初のルートブレイキングは外が行い、外れたルートを内が意思で綴っていけば器を変えることはできる」
「……四凶のシナリオって、どうして俺がそのシナリオの中を動いているって分かるんです?」
「セーブポイントがあったからね」
ふとした些細な言葉、しかし聞き慣れた安全地帯の万名にトキは震えを忘れるに到った。
「セーブポイント?」
「そう。キュウキのシナリオもコントンのシナリオも、線でなく点で繋がっているからね。
数珠って知っているかい? 二人のシナリオはまさしくそれみたいなものでね、数や大きさこそ違えど、二人とも目的が“四凶の系統確保”と“無秩序の回復”で変わりはないんだ。小さな差異はあるけどね」
四凶の系統確保?
無秩序の回復?
必死に冷静を取り戻そうとするトキに、仮面の位置を親指で正したヒラリー・マトンが教える。
「僕がそれを知っているのは単にマジシャンだからだ。
しかし、問題はそこじゃない。
二人の最終目的が既存のシステムを新たなモノに変えるという事ではなく、本来の原子地点に近かりし時代の再来を目指しているんだ」
「??」
「う~ん、何て言うか、あ、この世界の“リセットボタン”を押そうとしていたんだ。
セーブポイントというのはだな、彼らの修正期間とも言い換えることが出来るんだよ。あまりにも長い間胸にしまっておいた計画らしいからね、どうしても発案した時には予測できなかった誤差が生じるものだよ。計画の成功率を高める為にも誤差の修正は必要で、一応協会のSRとして登録されている彼らは潜入工作員のように事を荒立てないよう大人しく大人しく、大人ぁ~しくして活動再開の時期を見計らったり、準備を進めたりしていたんだ。
あ、因みに僕はこの戦争もある程度予測できたんだ☆」
種も仕掛けもなしに宙づりになっていたヒラリー・マトンがあらゆる物理法則を敵に回しつつ180度回転し、空中から螺旋階段へと移り来る。
「彼らは何が気に入らなくてこの世界を変えるのか? 何を証明したくてルートを探すのか?
君に心当たりはあるかい、色世トキ君。自覚もないまま一大事件の中心にいる君にはこの質問が必要だろう。
“彼らの気に障ることをしたか? 或いは何かを君が持っているのか?”」
「いや……あ、ノアの破片――」
母親から託された貴重品とも言えるソレを取り出そうとしたが、ヒラリー・マトンはそれを制止した。
「それは目的への手段だ」
そしてヒラリー・マトンの言葉に、得意とする背回と鋼の得物を手に“四凶”は答えた。
「御名答。俺の手段さ、そして死ね」
「……っ、危な!」
気付けば魔術師の右側頭部に銃口が押しつけられていた。
トキが行った魔術師を護る為に必要な対処は殆ど同時である。引き金が引かれ、弾がバレルを通過する最中に右手のクロノセプターで銃身ごと時間分解する。
「コントン……何処から!」
銃弾が銀色の仮面を砕く。
反れた弾道を躱そうとしたマトンは、運悪くも自らの急所を弾道上に晒した。
「四凶は上から来たぞ、トキ」
「とっとと死ね、マジシャンが!」
トキの左右で二人のSRが交戦を認める。
デザートイーグルの銃口が向くのと、マトンの擦り合わせた手の間から無数のトランプが飛散乱舞するのと同時だった。遅れたことに気付きながらトキもそこへ混じる。
(いま確かにコントンの銃を破壊したはず……!)
これまでの訓練を思い出しながらも、それでも掴みきれない強敵の異常事態に寒気が止まらない。それはコントンだけでなく、確かに銀色仮面の下から流血し、額を撃ち抜かれたにも関わらず余裕綽々の身構えでコントンと対峙するヒラリー・マトンにも言えた。
「盛大に上がった幕の前で客に帰れと言う君は、本当に人間としてどうかしている……!」
銀色仮面の下の仮面の最下から覗く眼光がコントンを射抜く。
トキと同じく不気味さを抱かずにいられない魔術師は脅威だが、手のうちの切り札を思い出せば気味の悪さもたちまち消えてなくなる。
「Onessa,dawn garden」
コントンが笑みを思い出すのと同時に、トキの視界からヒラリー・マトンが消える。
「え――!?」
「Twella,morning breeze」
また、何かが起こった。
まるで枯れ枝を折るかのような音と共に、世界が多色に塗り替えられていく。
暗色木目の螺旋階段は極災色の歪曲階段へと変化を遂げ、血潮の混風は掻き消えてひたすら息苦しいな無臭空間へと退行し、脳を激しく叩いていた無数の騒音は意識してみれば全てが死んでいた。
「Suhser,daylight trip」
トキは直感した。
これはコントンの攻撃だ。そして、始まっているその攻撃を回避できた者はいない。
直感を援けているものは経験、それから対策の為頭に叩き込んでおいた知識である。
(これは、イマル・リーゼの夢層と同じだ!)
「Fowuz――」
思い出すは夢層の戦い。
幾層にも差別化された夢と言う名の“高層ビル/結界”の中に閉じ込められているわけだ。
「――Nightmare City」
しかし、決定的な違いがあった。