第61話-終結-
おはこんばんにちわ。
作者てきな生き物です。
今回はいつも以上に長くなったので、一話の中にチャプターを組み込んでみました。画面上だとどこまで読んだか非常に分かりにくかった――どこまで手直ししたか見失い、発見に一時間近くかかる程――そういう理由で今回は、
1.いつも以上に場面を区切った(つもり)、
2.加えてステージチェンジも気持ち多めで、
3.2の理由から登場キャラも混乱必至と言えるレベルで溢れてきます。
4.あと、本編で書ききれない過去のストーリーもいくつか出てきたり、読み手を突き離してしまうような会話もいくつかあります。そこは作者の明確な力不足です。頑張って妄想をひとつの世界にまとめているつもりが、出来ていないという証拠です。
……というか、文字数の都合上細かな描写をカットしまくりです。 orz肝心なとこも心を決めて斬、と抜けてます。ボルトとかボルトとかボルトとかボルトとか、コルスレイとか、
――――――
――――
――この戦争が終わったら
Second Real“Versus”の方でも書こうかな……どうしよう
まぁ、戦争が終わればの話なんだけどね!
何、見苦しい?
じゃあ、本編再開といこうじゃないか。
動く死者。
そういった類いの運動体は、昨今の映画や漫画、ゲームなどのあらゆる娯楽メディア媒体で取り上げられるサブテーマである。共通する、死んだはずの人間が動き回り、或いは突如感染して死を迎えてゾンビの仲間入りを果たすという御決まり(ルール)を前提としたそれは、一種“死という現象”や死してなお動くという制止への、自然摂理への反抗とも見られる。それら矛盾に立ち向かう中で示唆される生きることの難しさや、生物としての本質、また生きる人間の絆など、とにかくドラマチックに、或いは爽快に展開されたテーマだ。
時には生きた人間の方こそ恐ろしい存在であると描写されることもあり、それは生きた人間なら誰しも気の狂いから予測不可能な行動に出ることがあり得るという可能性の戒訓でもあると言えよう。それら行動が本能に基づいているならば、ゾンビになろうがならなかろうが、人も結局のところ動物でしかないというわけだ。
「ゾンビパウダー!
まだ隠し持っていたの!?」
海水に濡れた死人、頭部を削られた死人、両腕を失った死人、胴体を蓮根にされた死人――etc,etc...
-stage.0:In The Zone-
死体の波を目撃するのと同時、一度足を止めていたジャンヌは後退を再開した。
ボルトの光刀無形もそれを援護、同時に妨害するかのように襲いかかる。
海面下や海上、防衛海岸などから協会本部に殺到する死者の大軍。その包囲網は確実に縮まっていた。
そもそも、
『狙撃隊、援護を!』
『やっている! だけど……!』
迎撃が間に合わない。
銃撃による足止めが速効を成さないのだ。
相手は動く死体。
痛みに足を止めることも、怯むことも、悶えることも、表情を変えることさえない。
事切れた瞬間の顔を装い、まだその肉に熱を残したまま一目散に協会中央部を目指して殺到する。破壊しまくった艦船の残骸を足場に、一度は水死体と果てた人間でさえ魔法の粉をその身に受けたならば、自らの足で立ち上がってくる。
『なんとかしてくれ、専門家ぁ!』
その窮地に防衛チームが加わり、銃弾による弾幕を張って援護を始めるが効果は微々。
一拍遅れて、死者狩りの本職であるチームアヌビスが咆哮と共に死者波へと斬り込む。
(今までの無謀とも言える突撃はこのためだったのね……!)
拡散斬撃が視界のゾンビら半数以上を散々に斬り飛ばすが、恐れを知らないそれらは止まることがない。
そもそもが死体であり、終わりという終末を経ており、また知性ではなく動物本能的にしか動くことができないのだ。最初から人数差が開き過ぎているという現状も手伝い、更に広範囲攻撃の出来るメンバーが万全に揃っていない故に、協会側にその熱波を止めきることは至極困難であった。
『ジャンヌ司令、聞こえますか?』
「はい、誰ですか!」
撤退しながら、斬撃を放出しするジャンヌは自分を呼んでいる声に耳を傾けた。
『陸橙谷アサです。少々、実妹の藍に話したいことがあって“お借り”したいのですが、よろしいでしょうか?』
「却下です!」
『この現状を“打開する術”を授ける為でもですか?』
「……打開できる確率の見当があるならば」
『半々と言ったところでしょう』
「…………」
拡張斬撃が波を一瞬だけ止める。
海上に防壁とも見てとれるほど盛大な水柱を生み出す威力を秘めた必殺の一撃。斬撃の殺傷範囲と速度・衝撃範囲を距離に比例して拡げる魔法の遠距離剣術。
だが、止まったのは一瞬だけ。
「許可します」
『助かります』
通信を終えたジャンヌは肩を上下して呼吸を整える。
拡散・拡張斬撃で体力を使い過ぎた。
コントンの一撃がなかったら、あと数発は放てただろう技だが。それでもM9以下の装填数。
(やはり、腕が鈍っている)
光刀無形が死者の群れを刻む。狙撃が死者の足を破壊することで、辛うじて足止めに成功し始める。死者狩りのチームアヌビスはボルトに次ぐ戦果を上げ続ける。
だが、ボルトの光撃が全ての噛み合いに不調をもたらし、連携を望むことが難しくなっていた。おそらく数十分は戦力になれないことを認め、ジャンヌというSRを戦力外リストにストック。自分の置かれた状況を正確に把握した彼女は先程連絡のあった鬼について深く思案した。
あれで本当に良かったのだろうか?
Second Real/Virtual
-第61話-
-終結(Very Easy~Normal)-
-Stage.1:the Indigo sky-
南西エリア。
「藍、ちょっと来なさい」
「………………アサ、兄様!?
何故ここに、東部エリアを担当するはずじゃ!」
命令ではアサの維持すべき戦線は東部のはず。それがどうして反対側の西部エリアにいるのか。
正面から向き合って藍は気付いた。本来、協会に属していない哭き鬼がジャンヌや代行のミギスの指示に大人しく従う義理はない。芹真のように、己が力の限り破壊を振り撒いて戦争を終結させることは可能である。
アサという人間は、哭き鬼の一族の中でも特に石頭と言うことで一部の系列から嫌われていた。若くして族長になってからの風当たりを知っている藍は、一族以前に家族であり、兄弟であるためその一面は当然知っていた。別離していて、忘れていたが。
「些細なことだ。それに今、この戦場がどんな状況に転じようとしているか、君は理解しているかな?」
優しげな微笑みに、藍は一切の疑問を捨てて考える。
何か重大な事を察知した時、兄はいつも柔らかな表情を装う。不安を抱かせないためだろうが、その発生パターンや深刻度をある程度でも把握している立ち場としては逆効果。自分が戦場を把握できていなかったことを痛感させられるうえに、新たな司令では対応できないような事がこれから起こるのだと思わされると、自然に不安と緊張感が身体を臨時に向けて整えていく。
「頭上の粒子が見えるかい?
あれで死体が動き始める。到達の早い場所では既に発現している」
「死体が……動く?」
視線を外して物陰から飛び出し、海岸を観察――起き上がる死体や、身体の一部を欠いた者達が歩いている――した所で兄の言葉に息をのんだ。
「あれは、蘇生の術ですか!」
「おそらくゾンビパウダーだろう。前に焼却依頼を手伝ったことがある。まぁ、それは置いておこう。
いま肝心なのは“圧倒的数の不利”その状況で更に殺した敵が蘇りだしているということだ。
分かるか?
防衛線が押し切られるのも時間の問題だ。
結界部隊の疲労・防衛部隊の消耗、対して突撃を続ける敵に、殺しても蘇る大軍ときた」
まさしく絶望とも言える戦況。
更に言うなら、メイン司令部は崩壊し、ミギス・ジャンヌ両司令官は重傷を負いながらも辛うじて動いている程度。おまけにボルト・パルダンが覚醒し暴走に近い状態で無差別光撃を行っているのだ。光撃で四凶軍も少しずつ減ってはいるが、それでも被害の割合は協会側の圧倒的不利。
「だが、僕と君とで半数を防ぐことは出来る。
残りは光の魔女と協会で防げるだろう」
「私と兄様――え?
それは、もしや……!」
ボルトの光刀無形が四凶軍のヘリを斬り墜とす。爆風に散る魔法の粉が戦場全域に広がり、温かな死体を温かくも動く死体へと変えていく。
「君の望みを叶える。
華創実誕幻の天段、その中でも最大の攻撃範囲と持続時間を誇る“ホウセンカ”それを教えよう」
兄の言葉に恐怖を覚えた。
かつて、幾度となく繰り返してきた質問、ホウセンカの会得について、アサはまともに取り合ったことすら一度もないのだ。本来アサは、戦闘術を嫌った。喧嘩好きの姉のせいで、仲介の為に力を付けていっただけであり、自ら力に頼ろうとしない。
だからこそ、怖い。
術を教えるという言葉は、どんな本心があってか。
「まず戸惑うな。
これが、君の最初にして最大の境界線だ」
「境界線?」
「藍、君が見た最初のホウセンカは誰のものだった?
父のものか? それとも僕のものか?」
「えっ? それは、アサ兄様の、です……」
「……やっぱりな」
「だめですか?」
「あぁ、駄目だ。俺が」
「???」
背後に回り込むアサ。
疑問を抱いたまま藍は質問を続ける。
何故そんなことを聞くのか、何故今なのか。何故、両脇に手を這わせて投げ飛ばすのか。
ノーモーションバックドロップ――但し、空中投げっぱなしによって西部境界エリアから一気に空中へ。放物線を描く身体が、早技で繰り出されるアサの固定術によって物理法則の枷を失い、何もないはずの空間で運動が止まる。
そこは、戦場が見渡せるほど何もない空中であり、何者の邪魔も受け付けない、陸橙谷アサの不動結界ないであることに気付いた。戦場の轟音に耳が震えない、ボルトの光撃がこの空間だけを避けている、大気の震動さえ完全に届いていない。
「SRをあまり解放するな。
僕もホウセンカを使う時は70%程解放を抑える」
「解放しないのですか?」
「華創実誕幻の天段とは、本来鬼のSRである我らに使えるはずがない技なのだよ。それは分かるね?
哭き鬼の、しかもその中で会得出来るものはごく僅か。僕らのように幅広く使える者も居れば、スミレのように殆ど会得できぬ者、或いはカンナのようにオリジナルにアレンジを加えなければ使用出来ない者も居る。そもそも、使えない術を我らは使っているのだ。その効果が強大であればあるほど代償は大きく付く」
「……獄段のことでしょうか?」
久しぶりに交わす兄との言葉。
内容こそ初めてだが、その会話形式は過去に行ってきたものと差異なく、どことなく藍の心を落ち着けた。
二度と戻らないと思っていた人が目の前にいる。暗殺され、他界し、未来を閉ざされた――そう思っていた、そう認めながらもまた会いたいと思っていた――尊敬していた兄が。
「――何故、獄段と天段だけに使用制限が設けられているか教えようか?
あの二種は、己の人格を術に奉じて発動するものだ」
「人格?」
「そう、人格だ。
鬼の現実を抱えて生まれた我らが、本来鬼を殺すために培ってきた陰陽術を使う事自体が矛盾しているわけだが、鬼を殺すことで我らはそれを会得できるに到った。それが華創実誕幻の秘密であり、我らSRと人間の切り替えが比較的容易に行える哭き鬼にしか陰陽術を扱えない理由でもある」
「……人格を奉じるって、それは自分を消しているということでしょうか?」
言い換えるなら個々人が生まれ持った内郭特徴や、成長で得た個性である。
「自覚症状はないか?
例えば、喜怒哀楽に乏しくなったり、異性や恋愛に関心を抱かなくなったり、そもそも他人に興味を持たなくなってしまったという経験。或いは、本来耐えられなかった孤独が、いまでは何にもないかのように、それだって当り前だろうと考えるようになっていないか?
以前欲していたモノがいまでは眼中にすら映らない、好き嫌いがなくなった、感情の起伏が滑らかになった、などだ」
「…………」
云われて何項目かが当てはまることに藍は口をつぐんで驚いた。
「一見して冷静な人間として成長しているかのようにも思えるだろう。
だが、これは明らかな異常だ。
君は当てはまるものがなかったか? あるハズだ。
華創実誕幻をもっとも欲した君が、今日までにどれだけ使ってきたかは知らないが、人格に欠損が生じている可能性は100以外に有り得ないんだよ。何故なら君の目標はホウセンカ。最も会得に大きな代償を要する術だったんだからね」
「確かに、当てはまるモノがありました。
でも、人格を失うほど使った記憶はありません」
あえて、反論してみる。
兄と会話している最中に気付いたことだが、私は兄ほどこの術の正体に詳しくはない。こんな場所で再開していなければ、お茶でも出しながらゆっくりと聞くところだが、如何せん時間に余裕がない状況である。悠長にはしていられない。
「自覚症状は大概気付き難いものだ」
だから、聞きたいことを聞く。
「アサお兄様は何を失ったのですか?」
平常時だったら、勇気を要して聞けないだろうことも、緊張感に包まれたこの場所でなら聞ける。
「……拡張意識だ」
「拡張?」
「言ってしまえば、自分から進んで未知へと開拓していく向上心や積極性といったものを失った」
そう。
アサは、一つの術を身につける為に、未来で最も役立つであろう向上心をなくしたのだ。
対して、自分が失くしたモノを口にして兄の反応を窺う。
「私は異性への関心を失いました」
「……そうか、それはどの程度だ?」
「異性の前で裸になっても恥とは思わない程……これは、やはり重症でしょうか?」
「完全死レベルだね、ソレは」
僕も人のことを言えはしないが、と小声でつぶやくアサが直ぐに本題へ話を戻す。
「しかし、命まで削れるというわけではない。
人間として致命的な欠陥の道を辿ることにはなるが、それを差し引いても天段の術は会得する威力があると僕は思う。特に戦いを必要とする君には不可欠なものだとも」
戦いを必要とする人生。それは間違いないし、否定する理由もなければ、今後曲げるつもりもない道しるべだ。
「抜け道は、天段と獄段だ。
獄段が人格を確実に犠牲とする段位に対し、天段は使用回数さえ守れば人格の損耗を抑えることができる段位だ。
もっとも、術者の違いで同じ術が必ずしも同じ段として習得できるという保証はない」
「それは、なんとか分かります」
陸橙谷の兄妹は全員が異なる術位を持っている。全く習得できなかったスミレ、父が開発してきた術のいくつかにアレンジを加えることでやっと使用できるようになったカンナ。苦もなく術を覚えられ、自ら新たに開拓していったアサ。誰よりも早く20以上の術を会得し、多くの天段獄段を習得可能な状態にまで到った藍。
兄妹で共通する術はいくつかあるものの、必ずしも三人が同じということはない。
例えば、藍の持つ天段術:風毀塔は、アサにとっては三段の術:蕗薹であり、効果はそれぞれ昇降突風と睡湿塗濁であり、風と睡魔という異なる効力を持つ。故に、アサにとっての安全な術も、藍にとっては人格を大きく損なう猛毒となる術である可能性が十分に有り得るのだ。
「それを理解しているのであれば話は次項に移る。
君がホウセンカに託すものは何だ、という話になるわけだが」
「託すものですか……?」
言われて返答に詰まる。
ずっと会得を望んできた術だが、それに託すものと言われても意味が分からない。人格を犠牲にするという話でないことだけは分かるが、託すとは何を示すのかいまいち理解が追いつかない。
「何故、その術を必要とするのかと言えば分かるかな?
会得に動機が必要なのだよ。特に天段はね。
金棒……リカイソウエンハカイにも同じことはあっただろう。この術も願いを必要とし、発現の願望と結末への願望の二点が線で結ばれ、術者の発動依頼に応えられた暁に、ホウセンカは輪郭と破壊を叶える」
「意思ですよね?
何のためにそれを要するか」
リカイソウエンハカイ、それで理解できた。
藍の理壊双焔破界やアサの理界蒼炎把回、スミレの裏懐霜円刃回――どのハカイも個々がイメージする金棒が具現化したものであり、その根源にはその人の色が強く関係している。焼き尽くすことに特化した金棒や分子崩壊を招く金棒、音響攻撃を実現する金棒など、その種類は決して少なくはない。
肝心なのは、その金棒も会得できない鬼が居ると言うことだ。そして、その理由は簡単である。そもそも金棒を必要としない。素手での戦法に揺るぎない自信を持つ鬼の中で――哭き鬼4兄妹の中で――特に腕力に優れたカンナは未だに金棒を持たない(スミレから借りることはあるが)。
「この戦場を見たか、藍」
「はい」
海の上に浮かぶ人工島、協会本部。
視界いっぱいに洋上を埋めるよう包囲に包囲を重ねる四凶軍。
一部の隙もない戦場に入り込んできたイレギュラー達。
その中で、発生した人災:ボルト・A・パルダンの無差別光撃。
「ならば問う。
お前がホウセンカで果たしたいこととは何だ?
広範囲を長時間に渡って攻撃することで何が起こるか理解しているのか?」
「……はい」
私は協会の側に付いて戦っている。
芹真も一人で戦い、一つの戦線を押しとどめていた。ボルトだって、誰にも制御できない状態になってしまってはいるし、協会四凶の軍勢問わずに光撃を只管続けるだけだが、それでも協会の誰よりも四凶軍に損害を与えている。
「協会の勝利を望むか英雄気取りか?
それとも、誰でもない少数を勝利に導くための気まぐれか?
果てまた四凶という言葉を忌むあまり、嫌悪から目を反らしての八つ当たりか?
或いは、同じ異能力者というカテゴリーの中で、どうしても救いたい誰かの為か?」
「はい。私は――」
おそらく、それらのほとんどが当てはまるだろう。
地に足が付いていないと言われても間違いはなく、かといって定めるべき目標も少なくはないが、無限と言う訳でもない。
芹真のように活躍したい。パワーはあっても、広範囲を駆け巡るスピードを持っていない。ボルトのような攻撃術を持ってもいないし、仮に私に魔力があったとしても鬼に使いこなせるものか妖しい。下手をすれば自分を殺すだけだ。
私は、この戦場に来て何が出来ただろう。四凶軍の船舶や兵器を少し破壊し、特定の少数と戦っただけである。貢献したい、私の力を協会に知らしめたい。誰が協会を糺そうとしていながらも協力しているのか、見せつけてやりたかった。それなのに、この戦場で私は地味だ。芹真のような超高速戦闘ができるわけでもない、ボルトのように便利な術もなく、カンナ姉様やスミレちゃんのように連携して戦う事もできない。トウコツのような嗅覚だけでの殺戮もできない、中途半端な腕力で金棒を振うだけ。
「ところで、色世時とはもう戦ったのか?」
「……え?」
突然に兄は言う。
「アイは昔から戦いを見るのが好きだったからね。君自身は気付いていないかもしれないが、君はどちらかと言えばカンナ寄りだ。
それより、色世時とはもう戦ったのか?」
「それは……まだ」
色世時と、瓜二つの兄の顔を一度見て、視線を反らす。
そうだ。
まだ。
まだ、やっていないことがあった。
トキも、この戦場に来ている。
私ほどの力もなく、芹真ほどの速度維持も出来ず、ボルトのような広範囲攻撃など到底できない。
だが、そんなトキでも強敵と戦う事はできる。現在も交戦中らしいが、その直前には隊員たちの支援がどうのという通信も聞こえた。
タイムリーダー以外の取り柄がないトキが、だ。
訓練で数え切れないほど殺されていた少年が、今では多くの注目を受けている。
それは、大勢の敵を止めていたとか破壊を行ったという過程を経たというわけでは決してない。
自分の能力を全力で駆使しただけだ。
トキには時間を操ることができるんだ。人も、人の傷も、物も、壊れた物も、破壊創造自由自在。
時間さえ流れ続けていれば、何だって出来る。
「時間は決して多くないぞ」
「はい……あの、アサ兄様」
額に結晶の一角――SRを解放しながら藍は呼吸を整えた。
「ホウセンカは後回しでもいいでしょうか?」
「………………素晴らしい度胸をしているね。出来れば、納得できるワケが欲しい」
不満を満面の笑顔で示すアサに応えるよう、空中に展開された防護空間に光線が当たって弾け流れる。
爽やかな朝日が照らす空間を完全なる不快に仕上げている血の香りも気に障るが、会話を中断される間接的且つ外部的要因となったそれがアサの意を完全に引いた。いまの光撃で、自分たちがどんな状況の最中にあるかを思い出したアサはゆ、っくりと光撃の主へ視線を送って大きく一息吐いた。
「なるほど、先に止めてからでも四凶軍は料理できるというわけだね。
確かに同感だ。
彼女の協力を得られれば、未完成なホウセンカでも十分な戦果を期待できる」
「はい、そこで」
ボルトの協力を得る為に、まずアサの力を借りたい。
そう切り出した藍の眼前で蒼い炎が世界を揺らす。
「言うようになったね。異論はないが、回数に制限は儲けさせて貰うよ」
「はい、構いません」
反論は最初から諦めている。
アサと言う人間の頑固さは知っている。彼を制するには提示された条件を飲む以外、私に出来ることはない。逆に、それをこなせば兄は協力を渋らないし、こちらが期待以上の活躍をすれば特別な褒美を放つ可能性だってある。
「いいだろう。
僕に要求する君の姿には感心した。
君はボルトを止めろ、僕は勝手に君に術を施す」
頑固でなく“シスコンなのでは?”と今更ながら気付いて藍はほんの少しだけ肩の力を抜くことができた。
-Stage.2:Blood Silver-
北部エリア。
罪悪感は、悲鳴によって押し潰されていた。
猛りを経過した感情が到った領域は混乱とも言える危険域であり、冷静を見失って蜃気楼揺らめく自我は、戦闘本能の解放を手伝っている。飛び散る赤色も、暗闇に煌めく閃光も、無意味な抵抗の銃撃も、全てが破壊衝動の前には無意味。
銀色の体毛に弾かれる魔法の光よりも、死を恐れずに突撃して来る死んだはずの人間達の方がよっぽど愉快だ。その現象は物理的であり、非科学的で、それでも現実的且つ戦略的で、心の奥底ではこの作戦を立案したであろうキュウキに賛辞のひとつでも送ってやりたい気分だった。
光撃とアヌビスの砲撃を避けつつ、人の壁を破壊し続ける。
両手のアンチマテリアルハンドガンの一撃は、何重にして何十もの人型を軽く吹き飛ばせるが、その範囲はあくまで直線的であって壁の全面前進を阻止するには針ほどの心細さ。
それを脚力とバネで補う。
一っ飛びで百メートル近い距離を移動する。跳躍なのにその軌道はほぼ水平。その間に引き金を絞り、死者を数人力任せに掴んで投げ飛ばす。あまりの速度に空中分解する人体が、散弾の如く同じ死者の雪崩に細かな衝撃を与えた。
着地し、ミドルキックを放つ。直撃した死人が前者同様人肉散弾と化して波間に赤い飛沫を立てる。
対物魔銃を最前線に向けて速射する。横一線に穿たれる大穴は、人間が数人嵌ってやっと塞がる程のサイズであり、それが溝のように連なり、目論見どおりに死者達はそこでも足止めを食らった。思考もなにもない死者たちをトラップの類に嵌めることは容易だが、その分数が多いから罠など有って無いようなもの。
「……?」
アヌビスが両脇の群れを抑える。ボルトの攻撃もあって、少人数であるにも関わらず死者の大群を止められている。
だが、いつまで保つ?
そんな泥濘の中で、芹真は異変に気付いた。
(…………何故?)
一体の死人を頭頂から踏み潰して引き金を引きまくる。狙いはない。乱射でも無駄弾は有り得ない。なぜならこれだけの敵がいるのだから、どこに銃口を向けようと外れることは滅多にない。それこそ、空にでも撃たない限り。
しかし、芹真にとっての問題はそこではない。
ボルトの無差別攻撃よりも、アヌビス達の援護よりも、無駄弾の懸念よりも、いまこの戦場に流れている異変こそ大事であった。
(この曲は――)
協会本部全域に、突如として流れ出した音楽。
それは、あまりにも場違いであり、この惨状の中で最大限の嫌味とも取れた。
(“華麗なる大円舞踏”)
音楽が誰の為に流れているのか分からない。
四凶軍の死者達は無感動に前進を続けるだけだし、アヌビス達に到っては耳に親しくない曲調と執拗な人波に苛立ちを隠せずに声を荒げている。
だが、
(乗らせてもらう)
銀色狼が咆哮と共に、アヌビス達の視界から消える。
「あ――!?
隊長、銀狼が!」
人間の目で辛うじて追えるほどの速度で、
体術と銃撃と飛翔を、
音楽に合わせて狼は踊った。
『セントラルプールから前線北へ!
音楽はこれでいいのか!?』
「いいぞ!」
「駄目だ!!!」
『こちらジャンヌ。
セントラルプール、いますぐ曲をチェンジ。ジャンルは問いませんから出来るだけ多種の楽器を使っていたり、曲調が速かったり、激しい曲を流して下さい!
それが――!』
爆音に通信が途絶える。
その直後、戦場に流れる音色ががらりと変わった。
『3■Gの“T○me of dy○ng”でどうだ!?』
「銀色の格闘能力が上がったみたいだが、でもなんかスピード落ちてる!」
アヌビス達はジャンヌからの密命で芹真の援護を承ってこのエリアに集結した。
芹真という狼が持つ最大の破壊力、それがデストロイマーチと呼ばれた戦闘方法である。
「しかし、ワケわかんねぇ曲流されるよりも合わせやすくていいぜ!」
『だったらリクエストしやがれ!
こちとら音楽にゃ暗ぇんだよ!』
逆切れするセントラルプールのオペーレーターにアヌビス達も怒声で応える。
「Na-g○yahの“Go○ng ■own”!」
「Paul Elstak流せ!」
「いいや……!」
「スコット・ブ――痛ッ!」
「アートコアにしろ!」
「却下ぁ!」
趣味解放気味に叫び続けるアヌビスらの中で、
「“B.Y.●.B.”」
一同が沈黙し、その曲名を言い放ったアヌビスチェーンソーは興味を失ったかの如く、大きな嘆息を漏らしてゾンビの波間へと斬り込んでいった。
オペ―レーターは応える。言われた曲名を検索に掛け、画面上に表示された下向きの矢印をクリックしてストリーミング再生。ボリュームを最大限にまで上げ、戦場の阿鼻叫喚に負けないよう、普段は埃を被っている音響スタジオWAGG(協会製オリジナル)をフルに活用した。
程なくして、最大音量でラウドロックが戦場をノックし始める。
狼はその始まりに咆哮を交え、猛り巻く破壊衝動を最速と最高破壊力を以て人波の中に瞬いた。
「よし、銀狼のスイッチが完全に入ったぞ!
アレを活かすも殺すも俺たちのサポート次第だ、全員曲に合わせて攻撃を繰り出せよ!
それが銀狼の“デストロイマーチ”だ!
音楽に乗って無駄なき殲滅を踊り続ける超高難度連携わ――!」
「喋ってねぇで手を動かせよ隊長!
曲が速くて追うのがきついぞ!」
辛うじて、アヌビス達は芹真の速度に付いていけている。
問題はポジショニングと、ボルトの光撃を避けること、それから知らないうえにあまり気に入らない曲に合わせなければいけないということだった。
「だが、押し返しているぞ!
このペースで芹真を手伝え!」
言葉通り、芹真自身止められないリズムにボルトの暴走を他人事と言えない程に親近感を覚えた。
この戦場でこそ力を発揮できる。
抑え続けて来た怒りを、今日ここで晴らさせてもらう。そのつもりでSRを解放し、耳を音楽の為だけに解放し、身体はリズムを刻んで破壊を実現する衝動に委ねる。
たったの一曲で、北部エリアの侵攻は止まりかけていた。
-Stage.3:終結へのオープニング-
西部エリア、海上。
音楽が流れ始めたことに最初ははてなと首を傾げたサーカス団長ヒラリー・マトンも、北部海岸に殲滅舞踏をのぞけば納得せざるを得ない。芹真事務所の狼を動かすために流した曲だと理解した所で、サーカス団員全員に、直接頭に響く声をかける。
『皆、北部を手伝おう。
ぶっちゃけ、そこに敵も集中しているし』
『了解』『了解』
『異議なし』
『待たんか! 俺は反対だ!』
賛成の中に反対が一。
『どうしてだ、ポルシカ?
まさか万獣王の異名をとる君が銀色の狼に恐れを抱いている、とかじゃないよね?』
『動物的に、生理的に受け付けぬだけのことよ。恐れなどない』
反論したのはサーカスの髭もじゃ――もとい、動物使いであり自身も半獣と言うSR、芹真事務所の銀狼に並ぶ破壊力を持つ筋肉老人。
『わかった、じゃあ君だけ先に帰っていてくれ。
ナナナ、亜空間をいくつか用意しておいてくれ』
『りょっかいりょっかい、わかってたよっと』
常に目隠しした細長男が空中をふらふらと歩いて北部へ向かう。
『ラブ兄妹、君たちは狙撃部隊の足場を手伝ってあげな。ステージにたくさんの綱を渡してやるんだ』
『はい』『はい』
全く同じ声音、背格好、タイミングの子供兄妹二人がどこからともなく取り出したロープを、何もない空中に渡して協会本部へ伸ばす。
それを滑り伝って移動する二人を見送りながら、ヒラリー・マトンは次々と指示を飛ばした。
『それでは』
ボルト・パルダンへと向く。
『父が世話になった魔女に挨拶してから合流するよ。
もちろん、光を纏ってね♪』
上機嫌を装いながらもヒラリー・マトンは不愉快極まりなかった。
大切な部下を各エリアの援護に向かわせたのも、向けようのない怒りを独りで発散し、それからその大本を解決しに行くためだ。
(あの、ボルト・パルダンが目覚めたまではいいが、寝惚け過ぎだって!
彼女の復活は予想の範疇だし、そもそも永遠結界なんて錬成できる魔法使いはもう存在しないし、術陣を組むことだって永久不能というルールをこの世に残されている以上、ボルトの結界も時間消滅を迎えたことは必至。遅いか早いかの違いだ!)
両手の指の隙間から無数のカードを潮風に遊ばせるよう零しながら、ヒラリー・マトンは十指を忙しなく蠢かせた。何もない場所でタイピングでもするかのような、関節の動きを確かめるかのような小さな運動。だが、それだけで足元のゾンビたちは絶大な被害を受けていたりする。
(しかし、面白くないな。
トウテツの敗北とキュウキの撤退が早過ぎるし、そもそもトウテツが協会の側に付くなんて……っていうか、四凶最後の1人はどこに行った?
何故コントンがもっとも大人しいんだ? 奴の目的が協会転覆なら協会長を狙うが、それも既に失敗に終わっているらしいし……遠目に見た感じだと、協会長は負傷で気を失ったみたいだが、アレで奴の目標達成なのだろうか?
そうだとしたら、奴の目的は協会長が普段から管理している最重要事項の何かだな。会長の管理下を離れない限り近付けない物、場所、者……まぁ、魔女に聞けば少しは発展する話かな)
指の隙間から零れたカードの総数8991枚、最後の一枚を見送りつつ両手に宝石を握るヒラリー・マトン。
(彼女の光撃を何度躱す必要が生じるか分からないが……これだけあれば足りるかな)
準備を終えたところで前進を始める。
いつも通り停滞したまま前進することも出来なくはないが、命の保証が約束されているのは前進の姿勢で臨む前進である。
それが終わりへの秘訣であるのだから。
-Stage.4:退却の翼-
西部エリア海上。
選択は二つだった。後退か自害。
そしてキュウキが選んだのは後者、だが数秒後に前者へと変更し、最終決定は撤退と言う方針で固まった。
決断するや予備の後退作戦を発令。SRを優先して後退させ、一般兵を前面に押し出し盾とし、退却の時間を稼ぐ。
(ボルトの、光刀無形さえなければあと三日間は攻め続けられたものを……)
例え、ボルトの姉を名乗るディマや秘蔵っ子のコルスレイがいても対応は十分に可能であり、防御の対策も万全で作戦展開に問題はない。
だからこそ、例外のボルトが発現した時点でこの戦争を捨てるのだ。
ボルト・パルダンとは、言ってしまえば光の使いである。
生きとし生けるものの視覚を制する自然界の一種、絶対と言える現象である光を自由自在に操れる。その矛先を無差別に向けた魔女が暴れまくっているのだ。しかも射程距離は水平線の果てまで効果があると聞いたことがある。一気に地球の裏側までテレポートしてやっと逃げられるくらいだろう。
(ふん……ここの処理を全て協会に押しつけるのも悪くはないか。それに)
風向きの変わった海上でキュウキは得体の知れない不安に駆られていた。
原因は分かる。
味方ではなくなりながらも、明確に敵対関係となったわけでもない、曖昧な男の存在がそれを煽っているのだった。
「まだ、コントンは何もしてはいない、か」
負け惜しみのように呟くキュウキが感じている悪寒は、それまでの人生で一度だけ経験した、臨死体験するほどの事故に遭遇した時の感覚に酷似していた。厳密には、似てこそいるものの、絶望の度合いは今回の方が上だろうと動物的直勘までもが告げる。
(……セントラルに到達した可能性は極めて高いわけね)
この戦争の目的は協会の転覆。その為には頂点に立つ協会長オウル・バースヤードを心身どちらか、或いは両方を制圧する必要があった。
コントンがそもそも四凶でなかったら素直に群の一駒として、ポーンとしてでも扱えただろう。それが出来ないのは、彼は同じ敵を見ながら四凶の括りにのみ存在した繋がりを利用し、しかし、単独と言う最大限の自由をここに来て行使したからに他ならない。言ってしまえば戦場での離反・別離。しかし、SRの絶対数が不足している四凶軍にとってその欠落は見過ごし難い誤算であった。
(せめてコントンの目的さえ分かっていれば)
握り潰したトランシーバーを投げ捨てる。
今では叶わぬ夢に打ちひしがれ、キュウキは翼を畳んで甲板上で深呼吸をするのだった。
何にせよ、協会と四凶軍の決着はついた。持久戦に持ち込めなかった四凶軍は、有象無象の集団へと為り下がり、しかもリアルタイムに数を失っている。ボルト・パルダンの覚醒で被る協会側の被害が少なすぎることもあり、勝敗は火を見るより明らか。SRのバリエーションに乏しい四凶軍に光撃乱舞を防ぐ手段はごく僅か。
「今回は、ここで退かせてもらうわよ……ジャンヌ」
忌々しげに協会本部を睨みつけながら、キュウキは隠し持っていた小さな通信機、ランニングというロゴの入った、切り札の一つを取り出した。
-Stage.5:starry sky-
戦場に音楽が流れてから僅かな時間のうち、戦況は一転していた。
数で攻めていたはずの四凶軍が撤退の姿勢を見せ、その殿としてゾンビ群およびインスタントSRの部隊が物量任せの突撃や遠距離からの狙撃戦を主体に構えをとった。だが、対する協会は狙撃に対して全方位障壁魔術を駆使して遠距離攻撃を無力化し、ゾンビ群の肉津波を上位ランクSRの高速近接戦闘や広範囲攻撃などで押し返した。
北は銀狼とアヌビスに加えてアキやMr.シーズン、リデアらが津波を破壊。東ではコルスレイの黄金侵食とディマの闇が創り出した影人形が動体を例外なく飲み込んで広がり続け、南部はトウコツ(南東)とジャンヌ(南西)という協会における最高ランクの猛者二人を指揮官とした無駄が見られない部隊単位での遊撃が展開されていた。
それら四方の中で、最も混沌としているのは西であった。哭き鬼の三女スミレを中心に、セブンスヘブン・マジックサーカスの団長:ヒラリー・マトンやベクターケイノスらがそれぞれの役割を的確にこなしながら最低限のチームワークで戦線へ貢献していた。
「理壊双焔破壊、生死繋綴」
兄妹から離れて単騎突撃。
ゾンビの群れに臆することなく立ち向かう小さな彼女に、誰もが奮い立った。
鬼の片手は金棒、もう片手には日本刀が握られていた。
「二門四扇の点に、八谷六四納の鏡、我大火の力と揺らめきの無垢を捧げて双炎代し、生死の狭間を紅蓮に繋ぎ綴る熱へと夢想魂画す。
来たれ――」
光撃も恐れず、肉の津波を持てる最大の腕力で吹き飛ばしてゆく。
片腕を振るだけで十人以上が粉々に砕け飛ぶ。他エリアのパワー要員と同じように、ヒューマンミートショットガンである程度の範囲を攻撃するが、完全にそれで津波を止められるわけじゃない。
「――双焔生死繋綴」
人津波が、無空から発した炎の壁と衝突する。
浄化の炎が熱だけで死者を止める。
が、圧倒的数を完全に止めきれない程には浄化火炎の効果速度も早くはなかった。
死体が死体を踏み越えて殺到する。その光景は、常人が見る分には卒倒するかもしれないし混乱するかもしれないほど、矛盾し現実離れした光景であった。
「速度が落ちた!」
「死体で壁を作るんだ! そうすりゃゾンビどもの速度はもっと落ちるぞ!」
明確な援護を受けていないとはいえ、ボルト・パルダンの光撃も確実に四凶軍を喰いとめていた。
そこに上手く便乗できれば効率的な、理想とも言える防御態勢が整う。直ぐにそれが実現されなかったのはボルトを制御できる人間が、そもそも存在しないという理由があった。しかし、ジャンヌやその他光撃に対して回避の術を持つSRのおかげでその問題はある程度なら解消された。ボルトの現状を変えることが出来ないのなら、こちらから光撃を避けるまで。力技ではあるが、四凶軍の減少速度はその力技を行使するにあたり、お釣りがくるほどに見返りがきた。
世界中の人間がここに殺到しているのに、海上と言う条件を除いても協会側に対処しきれる数ではないのに、今では優位にさえ立っている。
『ジャンヌ司令!』
優勢に立ったとはいえ、協会の被害も決して軽いものとは言えなかった。
それら数ある被害の中で特に大きく響いているのが、専用回線の断絶である。現在復旧中のその回線は、ジャンヌや協会長のみへと繋がる特別な思念回路であり、電波とは異なる原理で動作するそれは、傍受される心配が極端に少なく信頼度は高いと言える。が、代わりにそれを実現するSRが負傷すれば否応なしに回線は途絶し、使用不可能となってしまう脆さを持っている。
『緊急事態です!』
だから、普段は全員に伝わることのない緊急通信も、混沌としたこの戦場に更なる混乱をもたらす結果になるのだ。
『監視衛星が世界中で核ミサイルの発射を捉えました!
千里眼部隊からも同様の報告が入りました!』
当然の如く、誰もがその内容に言葉を失った。
『総数1146!
うち半数の573本が、全世界から準備されていた核ミサイルが、“本部”に向かってきます!』
それがキュウキの用意していた逃亡用の“捨て駒/作戦”だと即座に気付く人間は一人として居なかった。ジャンヌでさえ。それほどに衝撃的な事態なのだ。一発でも十分な威力を持つ、近代兵器最強とも言える代物が数百本もこの人工島目掛けて飛んできているというのだ。
『了解、なんとかします!
前衛部隊は前線を維持、或いは押し返してください!』
普通に会話を拾える状況でも、スミレの顔には焦り一つ、汗少し程度の変化しか浮かんでいなかった。
周りに炎を灯し過ぎた後悔しか心にはない。
核ミサイルが飛んでこようと、どうにか生きていられる自信があった。同じエリアで戦っているヒラリー・マトンを見かけたせいかもしれない。或いは、協会にそのミサイルが向かっているからかもしれない。SRだらけの場所にそんなもの撃ちこまれてもどうにか対処は出来るだろう。
「どうしようもないね、この状況だと」
が、そんな多くのSRが抱き始めていた、気付き始めていた楽観を、真っ先に破壊したのはサーカス団団長のヒラリー・マトン本人であった。
言われて多くの者が気付く。
僅かな休息を挟んでこそいるものの、今の協会が疲労していることに変わりはない。
つまり、ジャンヌからの具体的な指示がない場合、それは明確なゲームオーバーを意味してしまうのだ。
無意識暴力と光刀無形、そして熱核兵器。
例え、協会総動員で迎撃したとしても、それらを全て無力化することは不可能であった。
……同時、には。
-Stage.6:織夜秋vsフォルトン・ドラーズ-
北西部。
第三防衛海岸に接したまま燃える城砦艦の甲板には二つの生命があった。
「お前……」
地を這う死にかけの五体不満足と、直立不安定な五体満足。
その視線、瞳は互いに向き合ってこそいるものの、必ずしも両者を捉えあっているという事はなかった。
「夢を見たことがないのか!?」
叫ぶ男の名前をフォルトン・ドラーズと言う。
元ナイトメア非武装派の夢使いであり、この戦争には四凶軍の特殊部隊隊長として、“ボルト・パルダン攻略部隊隊長”として参戦した――また、SR界隈において五指に入る幻想使いであり、精神干渉を得意とするSRである。
例えば、一週間に一度は染め変える髪の毛がこの戦場では異色極まるショッキングピンクだったり、ド派手なラメが施された場違い甚だしいスーツを着込んだりしているのも、彼のこの戦場での生存率の高さへの自信に因る間接的証明であった。隊長でありながら、部下にはボルト以外を狙え、などとチームヒュプノさえ拒む干渉スタイルも、自分の精神干渉力の高さを信じているが故。
「あるよ?」
ゆっくりと、彼女の死人のような目が向いた。
冷た過ぎる視線は軽蔑するわけでも、見下すわけでもなければ、生命としての価値を見出しているわけでもない。
無機質な殺人鬼。
それが夢幻術師の率直な感想だった。
フォルトンの催眠作用は、対象との距離が近ければ近いほど高い効力が期待できる性質のSRだ。その為に、未だ持ちこたえていた城砦艦にテレポーター伝手で潜ませてもらい、デッキの影から密かにボルトへとアクセスを試みていたのだ。が、そんなフォルトンの潜んだ城砦艦が、突如現れた一人の少女によって沈没寸前にまで破壊された。
(こいつは何者だ!)
失った右手首の断面を抑えて出血を止めながら、視線を上空へ向けている少女を睨む。
催眠念波を送っているのに一向に睡魔は起きないし、ハイレム催眠で行動を制御しようと挑むも効果がない。その事態にフォルトンは困惑してしまった。
「私が時になる。それが私の夢。
あなたの夢は?」
殺意もなく、淡々と物や者の破壊を展開するアキの内側を、せめてもの抵抗と思ってフォルトンは覗き込む。
(オリヤアキ17歳学歴なし)
黒い何かが真横で起こった爆発を飲み込み、まるで何事もなかったかのように爆風を飲み込んで忽然と消える。
(家族は母親の名前はコト父親不明住所不明(覚えていないという意味で)色世時に名前を奪われている)
情報が頭の中に流れ込んでくる。
止めどない痛みと怒りを堪え、意識を他人潜行に集中する。
どうせ死ぬんだ。
それならば、せめてキュウキの脅威になるであろうSRの情報を一人でも多く集めて彼女に贈らなくてはいけない。それがナイトメア非武装派を見限って彷徨っていた自分を仲間として迎えてくれた四凶への恩返しだ。
(母親に言われて日本に来た目的はトキの殺害名前の入手色世時とは…… ……!?)
ある一面を覗いた後に情報が途切れる。
思わず目を見開くフォルトンの視界で、彼女の背後から迫ったゾンビ達が黒い半透明の球体に触れて消えた。見向きもせずに殺し続ける彼女に戦慄したのも確かだが、それ以上に深層記憶にわずか残っていた母親との会話がフォルトンに衝撃を叩きつけた。
(嘘だ、似て――――いや、よく見れば僅かに面影がある!)
破壊が広がる。
甲板が蓮根のように穴だらけになり、ゾンビも艦内に隠れていた生存者も、例外なく黒球に触れて絶命するか爆発に巻き込まれて焼け死ぬか、或いは落下し、溺れ、潰されて死んでいく。
(そうか、この娘は母親に騙されてここまで来たというワケか!)
最後の最後、フルパワーで覗きこんだ彼女の中に、とてもしっくりくる言葉を見つけてフォルトンの思考は完全に凍結する。
(お前が“全てに等しき死”という)
夢使いの最期を一瞥してアキは飛び去る。その胸の内はトキへの情熱と、与えられた自由に抱く恐怖で輝いているばかりであった。
協会に絶夢と謳われるほどの実力者であることを自慢に思っていたフォルトンにとって、初めて遭遇した数秒前の彼女には怒りを覚えることも出来た。だが、仄かに薄く黒い球状の何かに包まれた瞬間から生命の減少を止めることができなかった。その時点で敗北は決定していたのだ。濃色黒球による手足の消失と、傷口からの流血が死への加速を助けて、痛みに悶える時間は思いの外短かった。オリヤアキが残していったドーム状の半透明の黒い領域が、風前の灯を吹き消さずに削いでゆく。
「光?」
(SR……)
最期の瞬間、彼女の居た場所に爆発とゾンビと海水の柱と、美しい朝日が映し出すオレンジ色の雲が、気のせいか見えた。黄金のような輝きと共に。
-Stage.7:起衝転傑-
この戦争を理想形で終わらせる手段の中に“ボルト・パルダンの制御”という項目が両軍ともにリストインしていた。
その理由を今にして疑問に思う者などいない。光刀無形などと言う破天荒な虐殺技を放った魔女の力は明らかに並のSRを超越しており、協会に於いてさえも多くが逃げるか隠れるかの対抗手段を持たない。
「ボルト!」
そんな彼女には近付くことさえ困難なのだが、
「あ、お姉ちゃん」
惚けた眼のまま下界を見下ろしていたボルトに呼びかけたディマは、同じ魔女のSRでありながら異なる分野の魔法に特化した者である。同時に、血がつながっているわけでもないのに姉として光に慕われていた。
闇影の魔女と同時に、ボルトを師として仰いでいた過去を持つ男も空を駆る。彼女の前に立ち、改めて起床した“先生”を観察する。
「コルスレイも一緒なんて珍しいね」
柔らかな笑みを向けながらも、その両手は仄かに光り、殺戮陽光の操作を止めることはなかった。
一秒ごとに船が沈み、巨大な水柱が立ち上る。爆炎を誘発して恐怖を煽り、命を吹き飛ばして殺し、斬り飛ばして殺し、斬り落とし潰す、阿鼻叫喚に焼け焦げた戦場を地獄そのものへと変える。
ボルトを止める為、かつて敵同士だった二人の魔女が朝日の空をゆく。
「はい、おはようございます先生。朝食の準備は出来ています。一度休まれては如何でしょうか?」
「できてるの?
今日は何?」
「くるみと一緒に焼いたパン、それからレモンとミルククリームで作ったスープです」
崩壊したレーダー塔上空でボルトを前にしたコルスレイの手は、脳裏に蘇ってしまった忘れ去ろうとしていた過去に止まない痺れを覚え汗ばんでいた。ボルトの光撃を、先生であった実力者の魔法を、自分の黄金侵食で反らしている反動も少なからずあったが。言ってしまえば、彼女の光撃を、自分の手に集中させて他のSRの被弾を極力回避しているからであり、一手に光刀無形を受け止めているからというところが大きい。その手にボルトの力を受け止め、その異常な魔力量相手に冷や汗をかかずには居られなかった。
そんなコルスレイだけに任せるわけにいかないと、ディマもボルトを二度目の朝食へ誘う。
「そうね。コルスレイの用意したスープが冷める前に行きましょう」
「お姉ちゃん……でも、彼らが煩いとご飯が不味くなっちゃうし」
四凶軍艦隊の、前線部隊が城砦艦だけを残して消滅する。
寝ぼけているボルトが眉をひそめて言う。食事はハエを落としてから、清潔に楽しもうと。
「彼らはもう騒げないから十分よ。私が夜に落とすこともできるから、あなたは休みなさい」
「いいよ、いっつもお姉ちゃんにばかり大変なことさせているんだし。たまには私がやらないとダメだよ。
あ、ところで……」
光刀無形の勢いが落ちる。
コルスレイがボルトの肩に手を当て、もう片方の手で防御結晶を発動させる。四凶軍のこれまでの動向から、メンタルジャックの危惧からボルトを護るにはこれが最適な方法だとコルスレイは力を解放した。SR界で最高峰の攻撃力と範囲を誇るボルトだが、精神攻撃への防御力は界隈ワーストレベルと言える程に弱い。右手に生まれた小さな楕円宝石のルビーは即座に対外魔法に反応し、左手に取り出した三角宝石のルチルクォーツがこれを阻害し始めていた。早くも四凶軍の夢使いがボルトをメンタルジャックしようと接触を試みていたらしい。
光の魔女の頭が上手く働いていないのが敵の夢使いのせいなのか、それとも長い封印から解放されて間もないからか、そのどちらが真相なのかコルスレイには分からない。そして――
「エリスとマヌエラはもう起きている?」
先生の放ったその言葉は本当に寝ぼけての一言なのか、それともアクセスを阻害された夢使いの嫌がらせなのだろうか。
ボルトの言葉でコルスレイの心が暗がりに沈みかけることがディマには分かった。その理由もわかる。
ボルトの弟子は三人居た。三人とも、魔法使いを目指す者同士とは思えないほど仲が良かったのだ。マヌエラという少女は途中でボルトの元を離れて私の所へ、エリスと言う少女は、
「マヌエラもエリスも死にました。先生の、光で……」
その事情を知っているからこそ、ディマは敢えてボルトを抱きしめる。
唯一生き残ったコルスレイの口から告げられる真実に、ボルトは光撃の一切を止めた。
「へ?」
今にも落ちそうだったボルトの瞼の奥から、はっきりと瞳が覗く。
それは抱かれたことによる驚きがもたらすものではない。
この場にいない二人の魔女の現実に、初めて夢から覚めて見開いた目が戦争と言う現実を捉えただけである。
「死んだ?」
軽く抱いた腕を通じてボルトの中に闇を流す。
彼女が圧倒的に不足しているであろう現実を、今この場で、夢から覚めたばかりの、現実を忘れた彼女に与える。
「先生、光を当てる人を間違えています」
「どうして?
どうしてエリス達が……?」
現実が彼女を侵攻する。
だが、それでいい。
ボルト・A・パルダンに必要なものは絶望であり、全力の光撃を引き出すためには動機を抱えなくてはならない。制御を得るためにも悲しみを知る必要が不可欠。そしてその不幸は、彼女自身の過去と罪悪を認めさせることで補いきれるのだ。
「彼女たちの為にも休みましょう、ボルト」
「ねぇ、お姉ちゃん」
光として生き、その結果強烈な我を身に付けたボルトが、暗闇を飲み込むことで均等の取れた理性に辿り着く。もはや、朝日を全身に浴びているはずのボルトに先程までの眩しさはない。万物の消滅を当然とは言い切らず、終わりの一つ一つに感情を抱くほどにボルトは満たされた。
「分かっているはずよ、ボルト。
あなたの“敵”は、あなたとコルスレイ達の光によって消え去った。
残ったあなた達も自然の流れのうちに消えていこうとし、抗い、結果消し合ってしまった」
「先生、話があります」
あまりにも分かりづらい、ボルト・A・パルダンの完全起床。
それに気付いた魔法使い二人は完全に第三者を無視した会話を展開した。
それを盗み聞きしていた否定のSRで自分の存在感を殺していたメイトスや、作戦を考案しつつも耳を傾けているミギス・ギガント、闇の中の光に魅かれる虫のよう夢遊が如く現れたヒラリー・マトン、更には諸々の盗聴器具で会話を拾ってしまったチームアヌビスとそのバックアップであるジャンヌ、セントラルプールの誰もが頭の上に共通した記号を浮かべた。
『?』
「……マヌエラを殺したのは覚えている、でもエリスが分からないの。
本当、なんでだろう……それと、お姉ちゃん。私はまだ“本当の敵”に触れてすらいないよ?」
「そう。
なら、本当の敵を炙り出す手段を潰さないために、光を集めましょう。
あなたが未だに近付くことさえできなかった敵なら、おそらくこの大きな戦闘も予測の範疇にあると見て間違いないでしょう。ところで、ボルト」
優しく告げるディマに、ボルトは輪郭に光を灯しながら聞き返す。
「……うん。いまこの話なら、聞かれた所で “誰にも理解されないから大丈夫” だよ」
(大丈夫じゃないわよ)
腹に力を入れて姉と慕うディマを安心させようとするボルトだが、それがかえって不安を煽いだ。
サーカスの団長やメイトス辺りは確実に真相を探ろうと接触して来るだろう。四凶軍と正面衝突しているにも関わらず、本当の敵は外にいると断言しているのだ。聞き込みなどという、そんな事態を避ける為にはそいつらから遠ざかり続けるか殺すかの二者択一である。なんせ、ボルトに近付くためだけに接触して来るなど目ざわりこの上ないし、そもそもディマ自身がボルトの言う本当の敵とやらを知らないし、触れるつもりもない。
「そう」
ディマの肯定と同時に彼らは現れた。
足元のレーダー塔倒壊部に立つ鬼とトキや、空中であるにも関わらず左右にアサと藍、それから背後のヒラリー・マトン。鏡の世界から覗き見るキョウとアリス。
「ボルト」
「光の魔女、ボルト・パルダンに相談があるんだけど」
最初に彼女を呼んだのはトキ、要件の有無を発したのはヒラリー・マトンだった。
「父がお世話になったね。
この世界について本格的な話し合いを設けたいと思っているんだ」
「どんなの?」
マスク男の言葉でトキは口を閉じ、発言のタイミングを逃したことを自覚する。
「組織の垣根を越えた無限の会合だよ。
四凶が今回狙ったモノと、そもそもこの世界に隠された矛盾、起点にして根源たるカオス。この世界に組み込まれたバグについてだ」
「いいけど、お願いはそれだけ?」
ボルトは覗き見る。
彼らが本当に望むものは、乱射光の停止であり、光の制御にある。すなわち、己の安全確保だ。
しかし、視線を移した先には違う感情もあった。
「藍ちゃん、あなたはこんな私にも、またご飯を作ってくれる?」
「こんなって、どんなのよ?
勿論作ってあげるわ。それより――」
「邪魔者の排除を手伝ってほしい」
藍の反対から声をかけて来たアサを無視しつつ、今度は視線と右手を足元のトキへと向けた。
「ねぇ、聞かせて。
私にこれ以上の時間が許されると思う?」
その問いは、ボルトの過去を知る者知らぬ者の類両者にあらゆる感情を抱かせた。
「ボルトの時間?」
光に包まれて浮かんだトキは、光刀無形の発生源に到着するや否や、どうにも回答に困る問いかけに頭を傾げた。
二人の問い応えを見守るアサは、時間を武器とするものの人間として未熟なトキの“回答不可”を予測し、藍はトキと同じ視点に立って考え、ヒラリー・マトンは面白い応えを予測する。
その面々の中で、コルスレイは昔のボルトと同期の死者達を思い出した。
明らかに大量殺戮という言葉を超越した破壊と殺人を重ねたボルトは、死刑どころか終身刑ですら生ぬるい犯罪者とも言える。時代の都合にもよるが、殺した人数でひとつの国家を作ることだってできる程の魂を焼いてきたのだ。どんな理由があろうと彼女は犯罪者だ。
「別にいいんじゃないの?」
トキにとって問題はそこじゃなかった。
そもそもその過去を知らないということもあるが、知っていたとしてもトキはそれを重要視しない。
「私たくさん殺しているんだよ?」
「でも、たくさん救っているだろ? 帳消しくらいにはならないか?」
この場にあって、トキは現状を理解していなかった。
口から出る言葉は真剣を装いながらも実は出まかせで、とにかくボルトが寝起きっぽいからということと戦場にいるという緊張感から機嫌を取るようにと最大限に考えての発言であった。しかし、その中に僅か数パーセントほど事実が混じっていたりする。
「俺とか、藍とか、結構ボルトに救われていると思う。
色んなアドバイスしてくれるし、元気を見せてくれるし」
「ふふ、やっぱりトキはこの世界に生きていながら死んでいるんだね。
じゃあ聞くけど、トキに全く関わっていなかったと仮定しても、私は生きていてもいいのかな? 人殺しに間違いはないし、国を滅ぼしたことだってあるんだよ?」
それが現実だと魔女は言うが、トキはどうしても侵略者や殺戮者としてのイメージをボルトに被せることが出来なかった。
「悪い、俺にはボルトはボルトでしかないんだ。光しか見えないんだ……」
それも現実だった。
トキは呟くように喋る。
最初に出会った芹真事務所のメンバーにして、自分をSR界に招いた魔女。
どんな時でも絶望を忘れさせてくれ、どんな時でも輝き続けた希望の光。それがトキにとってのボルト・パルダンであった。何度命を救われ、何度窮地を助けられ、どれほどの言葉を貰い、心身共に変化する契機を与えられたのか。
「……そっか。私はまだ輝いていてもいいんだね?」
溜息と笑顔を同時に示すボルトへ、コルスレイが話しかける。
「先生」
「光は、全てと出会う最も平等たる存在、でしょ。大丈夫、覚――」
が、そこを先読みしていたボルトはコルスレイの言葉を遮り、そんなボルトの台詞を遮るように今度はヒラリー・マトンが言葉を投げかけて来た。
「ボルトさんボルトさん、生命の上に生命が成り立つなど、君だけの個性ではないよ。勘違いでなければまだ寝ぼけているということかな?」
「あなたの口からそんなことが告げられるなんて思ってもいなかったし、そもそもアナタがそれを口にしても説得力皆無だよ?」
光の魔女と道芸魔術師の交わらない視線が衝撃波を生み出す。
誰が見ても険悪以外のなにものでもない空気に、残念ながら空気読み取り機能が若干麻痺しているトキは質問で斬り込んだ。
「食物連鎖のこと?」
「うわぁ……」
「間違っていないけど、う~ん……」
「当たらずとも遠からず、しかし幻影なりけりと言ったところか」
「――――ま、まぁ、確かにシステムのことではあるよ、うん。それもそれで平等だし」
空気を読めとは言わないが、トキの的外れな一言でボルトはリアクションに窮した。
魔術師が言いたい事と、説得力がないといったのは単に上下関係の問題ではない。
「そうさ、トキ君。システムの中で僕らは間接的に破壊と殺人を繰り返している。
人間の命はそういった約束された罪と共に存在し得るんだ。生命である限り、その宿命から逃れることも出来ないし、特別に誰かがその枠から抜け出すということもない。必ず何かを犠牲に成立する“存在/時間”それが生命だよ」
トキの疑問に同情を抱くボルトと、明らかに何言ってんだコイツという目で見るカンナら。
しかし、今のボルトに飛びかけの会話は調度良かった。
沈み過ぎず、浮き過ぎず。
はからずしもトキとヒラリーの二人がその決定点を作ったことに気付き、ディマは光の魔法使い二人から離れて安堵の息を漏らした。
(もう、この空にいる理由はない)
「あ……それよりもボルト、手伝ってくれ!」
空をボルトに任せ、ディマは海底へと潜行する。
「周りのアレを片付けるのを?
それとも足元の彼らを助けるのを?」
「助ける!」「助ける方よ!」
「わかった」
光のメッセージとも言える意思を受け取った者達が、それぞれ最適と思える行動を取るか指示を待つかなりして応えた。
例えば芹真のように止まることなき者もいる中で、ゾンビを喰い止めつつもジャンヌからの指示を待つアヌビスらのような者もいたし、初夏の海上で巻き込まれまいと一目散に退散するトウコツのような者もいれば、トキや藍のように戦況の(正確にはボルトの)激変に振り回されて戦場をただただ走りまわる者達もいた。
「有難う、お姉ちゃん。
お姉ちゃんのおかげで感覚を掴めたよ、コウトウムケイ」
『結界部隊、ミサイル到達まであと2分!
最大出力で衝撃を防げ!』
海底の闇に届いた光線を受け取り、皮肉でも言われたものと受け取ったディマは、それでも静かに笑みを見せた。まるで感覚を掴む為に態と暴走していたかのような態度は気に入らないが、いまはボルトよりも気になるモノが飛んでくることに意識を傾けて集中する。イメージする物は、槍。
「ねぇ、ミギス・ギガントくん、全員に伝えて欲しいことがあるの。
“光は我らに有”って。
それから――」
崩れた司令塔に降り立ったボルトの言葉に、協会全体の士気は一瞬で最高潮に達した。
「お姉ちゃん、力を貸して――光刀無形」
朝日の差す青き晴天が、雲無き曇り空へと。
空の光が減ったと皆が気付くのは、ボルトの右手に光が集まっているという事を伝播によって伝えられてからだった。
間近で光を集めたボルトを見たアサは息を呑んだ。かつて、一度だけ刃を交えた魔女の本気を以てすれば、光を凝縮することも容易いのだと知らされ、重力さえ歪み始めた光球に眩暈を覚えた。どれだけの質量が収集されているのか見当もつかない。ただ、それが放たれたのなら核爆発どころでない破壊が展開されるであろう予測だけは容易にできた。
『良いけど、夜を創れる?』
「うん、いまやる」
腕を伸ばして右掌に光球を作ったボルトの目が、静かに閉じそれと同時に天を向いていた掌が、光球を手中に収めたまま下側へと返される。
その術こそ、本当の意味で戦場全体の度肝を抜いた。
一瞬にして朝夜が逆転したのだ。
『サテライト フルムーン」
光と闇の魔女が同時にそれを発動する。
海岸に殺到していたゾンビの半数は、突如として消えた地面とその闇に呑まれ、残り半数は月食の如く闇狭間を走る白光によって惨殺される。
僅か数秒の明暗逆転。
しかし、それだけで戦争の決着はついたも同然となった。
後はボルトが余力消化に努め、ディマは侵入者排除に協会内部へと潜っていった。
「さて、トキ」
逝ってしまえば超虐殺。
それを軽々とやってみせたボルトに呆然としていたトキは、呼ばれたことに気付くまで数秒を要した。
「光刀無形――っと、皆の願いは叶えたよ。ミサイルも全部撃ち落としておいたから。
ところで、あなたには行って欲しい場所があるの」
「はぃ……え、全部?」
再び超広範囲虐殺魔法を唱えたボルトがトキへと向き直る。
思わず息を呑んだ。
これまでのボルトとは明らかに違うボルト。大人過ぎるのだ。身長はトキよりも高く、踵にまで届く長い金髪に哀愁を含んだ端整な顔つき、温かい日差しを連想させる白い肌。モデルのような体つきはどこか艶めかしく、それでいて高い気品を備えているように思えた。こんな時に不謹慎だろうかと疑問にも思ったが、とにかくいつものボルトとは思えない高級感が存在そのものにあった。
「行って欲しいって?」
意識がハッキリしてきたところで改めて向き合った少年にボルトは息を呑んだ。
「あ…………うん」
この子に死を見つけた。
魔女狩りでも、魔術競争でも見つけられることのなかった己の死を、この少年は隠し持っていた。
自分よりも身長が低く、いかにも子供と言ったあどけなさが、学生の高学年ではあるだろうが、抜け切れないし隠せることもできていない青さが見られた。間違いなく子供のはずなのに、しかし、その内側に持つ器は彼の人格に対して大き過ぎる力であった。
「とっても強い敵だけど、トキにしか勝てないはず。
援護は無理だし、下手すれば逆に殺されるかもしれない……それで、確認の為にもう一度聞くけど、そんな奴の所に行ってもらえる?」
「敵って、やっぱりSR?」
「うん、SR。で、そいつを倒せば四凶軍はほぼ全滅」
「簡単に取る首ではない、ってことか。 ラスボスみたいなもんか?」
「ラスボスどころか裏ボスレベルの敵だよ、レベルマックスで挑んで倒せるかどうかっていう次元だよ。ラスボス倒してアイテムコンプリートして、パラメーターがマックスにならなければ出現しません~、くらいの」
思わず吹いてしまうトキだったが、それでも否定はしなかった。
ボルトはこう言っているのだ。超難易度高いステージが控えているけど、挑戦しますか、と。そして、その挑戦権は他の誰でもない自分にしかないと。
「本当は私が行くつもりだったんだけど――――」
向き合ったままボルトは右手の人差指で下を指す。
その動作にトキとボルトの会話を見守っていた一同が一斉に足元の異変に気付いた。
「手遅れみたいなの」
次の瞬間、トキだけを残して戦場の時間が凍りついた。
「え?」
空気が、ではなく。
「皆――なん、どうして止まったんだ!?」
“戦場に流れる時間そのもの”が、だ。
「ボルト?」
突如訪れた静寂に、トキは口から出した名前を確かめるよりも、目で周辺へと忙しなく警戒の線を配ることで異変を確かめた。
戦場が止まっているのだ。
初めてでないこの感覚は、まさしくタイムリーダーによる静止世界の展開。
だが、自分の展開などでは勿論ないし、限界時間を深呼吸しながら待ってみたものの静止世界が低速世界へと移行することがない。
「何だ、これ!?」
『何だと思う、色世時』
ついにはトキの思考が止まる。
しかし、それは世界の制止と同じモノ原因でない。
一瞬の思考凍結を経て、全てが制止した世界に自分を除いて唯一響く声の主を判別する。
聞き覚えのあるコントンの、余裕に充ち満ちた低音。
「お前……何処にいる、コントン!」
振り返っても静寂。
空中の爆発や舞い散るゾンビの破片、それどころか水柱が撒き散らす飛沫の一滴に到るまでが止まった混沌たる世界にコントンの姿はない。
「姿を――って!?」
見上げてもコントンは居ない。コントンは。
代わりに、別のものが、その巨大がトキの視界を塞いだ。
『ならばココへ来い、俺はこの箱舟で待っている』
見上げた先ではそいつが巨大過ぎる口を開き、そして目覚めのあくびと言わんばかりに咆哮を上げた。
「はこぶね?」
理解できない何か。
それが視界と思考の中に飛び込んでくることにはもう慣れている。
だが、眼前の現象を既成概念とは違うと言われれば戸惑いはする。
『ククク、お前にはそう映らないだろうな。
だが、この生き物はれっきとした箱舟なのさ。箱舟としての機能、その破片と残骸を飲み込むことで今日まで生きながらえた生物。こいつ自身が伝説的存在でありながら、更なる伝説を飲み込み、結果として協会の最奥に隠蔽されてきた生物兵器』
風さえない世界に、巨体の羽ばたく音が響いた。
「ドラゴン……?」
『秘龍“ノア”さ』
耳をつんざくような衝撃波が静止世界に広がる。
その瞬間、トキの現実が過去最大級の崩壊を見せた。