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Second Real/Virtual  作者:
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第59話-激変-

 拾い上げた手紙を読み通すと、価値の無いモノと判断したメイトスは散乱した廊下に捨てた。

 協会内部。

 コントンが侵入したという話を耳にし、その真偽を確かめようか悩んでいた矢先、偶然にも迷い込んだ司書室の中にその傷跡を見つけていた。四凶軍の誰もがまだ海岸で手間取っているというのに、ここだけ内乱でもあったかのような激しい破壊痕があった。壁に埋め込まれた書棚から無数の資料が散らばり、一部の棚は飛び血や銃弾によって汚れていた。



(コントン……あの男の目的も掴めんな)



 司書室を出て、メイトスは当初の目的であった協会長室へと急ぐ。

 今度は道を間違えない。

 百数年生きていながら、未だに方向音痴な自分に毒を吐きつつ閑散とした廊下を進む。

 嵐の中で男は熱に駆られていた。

 得意の闘志と、初めて出会う激情の怒炎に巻かれ、眼前の明確な敵へと剣先と銃口を向ける。



「テメェ! なんて事をしやがる!」



 もう一人、余計な口を開かず突撃する少年は、死角を狙って四凶に接近する。冷静を保っているようで、実のところは不安や疑問、加えて恐怖と怒りを綯い交ぜに己と四凶とに向き合っていたのだ。



(ジャンヌさんを、協会の司令官をずっと狙っていたのか! 一体、何処から現れたんだ!?)



 前後から挟撃する二人を前に、オールバックを乱したコントンは笑顔で迎えた。不敵の笑顔でトウコツに銃口、背後に迫るトキへ時間緩制で対抗する。

 展開される低速世界の中で、風と共に迫るトウコツに銃弾を放つ。通常時間速度が戻る頃には眉間を貫き、新たな死体がこの戦場に転がるだろう。

 そう確信して背後のトキへ向き直るコントンの、



(トキが居ない!?)



 背後、黄金の刃は迫った。

 右耳を掠める。

 次に黒刃白峰の剣、双剣の一振りである左手の畏天(いてん)による心臓目掛けた一突きを躱したコントンは、銃口を背後へ回り込んだトキへと向ける。発砲と同時にコントンはトウコツへ放った銃弾が消滅している事に気付き、同等速度で行動するトキに驚いた。



「俺に用事があるようだな!」

「あんたのリクエストは見つかったが、忘れて来た!」


「ハ……!?」



 二連撃を躱す。

 二連射を避ける。


 全身のばねを利用し、上半身の運動だけで首を狙った軌道と手首を斬り落そうとする斬撃を躱す。

 拳銃の射線上に一刀を置き、もう一刀で頸動脈、或いは肩か心臓を狙う。


 目的がコイツに変わった今、殺さずにある程度削る必要はある。

 最善の結果はここでコイツを仕留める事。そのためには、トウコツの助けが要る。


 二人が同時に姿勢を変える。


 ジャンヌを攻撃したことにより、執拗に追撃してくる可能性の高いトウコツが現状で大きな障害。

 コントンを早いうちに抑えるためにもトウコツを今すぐにでも行動可能にしなくてはならない。


 二挺目のデザートイーグルを抜いてトキとトウコツそれぞれに弾丸を放つ。

 畏天を手放し、トウコツを中心に半透明の白色半球を展開する。


 低速世界に散る火花は、コントンの弾丸を固定された時間空間に掴まれた畏天の刃が、その鋭利を失いがらも銃弾を弾き反らしたために起こったもの。 トキに向かった銃弾は躱され、コントンに向いた剣先と手中に作った拳銃の弾は、回避行動を強制させながら左手に持っている大型拳銃を盛大な火花と共に飛ばす結果となった。


 通常時間が戻りくる中でトウコツとトキの二者から距離を取るコントンは、負傷した左手をかざして二人に静止の声を掛けた。



「クククッ……コントンなど居、ない」



 眼前にて落下を始める畏天の“柄”を、時間を取り戻してトキの展開した状況へ瞬時に対応するトウコツが口に(くわ)えて取る。右手のトゥーハンドソードを投げ放ち、左手の大剣と右手に移し持った畏天、更に全身に斬撃の風を纏ってコントンに追撃を掛けた。

 トキも続く。

 回転して迫る大剣をコントンは屈んで躱しつつ銃口を向ける。狙いはトウコツだが、それを阻害するために地面へと手を伸ばす。トキが足を止めて創造したモノは(かい)、ボートを漕ぐために使うオールとも呼ばれる長く重たい金属製に創造された棒である。櫂そのものに、デザートイーグルの大型弾頭を防ぐだけの強度はなくとも、平らな面に斜めから侵入して衝突する弾道を辿る銃撃は、完全に止められずとも軌道を反らすことは十分に可能だった。トウコツの右肺を狙った弾丸は櫂に反らされ当初目標を見失い、背後の地面に傷跡を刻む。

 血眼になるほど憤激したトウコツが、射程圏内にコントンを捉える。



「やめろ――!」



 笑顔を表面に出したまま、コントンが踵を返す。

 行動表現に矛盾する言葉を放ちながら、再びデザートイーグルが火を噴く。が、正面からの対峙ではトウコツに分があり、見切られていたその銃撃、銃弾は右手の畏天に反らされてしまう。

 ジャンヌを傷つけられたことに酷く怒りを覚える中、トウコツは片隅でトキが使っていた便利な“畏天の能力”に機嫌を回復しそうになっていた。


 “カマイタチの能力が、剣を伝った”


 握って初めて知るその剣の能力を――SRの力を伝播し、刀身から放つ事が出来るという機能を――最大限に利用し、斬撃突風を横薙ぎに放ちながら、畏天自体の刃でコントンの顔面を狙い、もう一本の大剣で左肩狙いの袈裟を喰らわせる。

 が、コントンもただでは喰らうわけがない。低速世界に入る事によってトウコツの斬撃各種から避難しつつ、再び銃撃の距離へと移る。だが、引き金の反応が皆無である事に気付き、斬撃突風が大型拳銃を破壊していたことを知る。同じ低速世界に入って来たトキに視線を向けると同時に、原形を失ったデザートイーグルがグリップを残してコントンの手を離れる。



『トウコツ、トキ! 攻撃を、やめて下さい!』



 トウコツに次なる投擲をさせまいと、トキを盾にするよう懐に飛び込んだコントンを注視しながら、二人は突然響いたジャンヌの声に耳を疑った。



『それはコントンじゃない!

 ドールズ・フリーフォーム、というSRの“投影”です!』



 鳩尾への肘打ちを喰らいながら、トキはジャンヌの言葉に困惑した。


 こいつはコントンじゃない?






 同時刻。

 協会長室で完全否定のSR:メイトスは、かつてない衝撃に見舞われていた。

 SR界の頂点に立つオウル・バースヤードは、協会という巨大組織を束ねる長であり、その絶大な力に信頼を寄せる者もいれば、恐怖を抱いて従う者も少なくはない。だが、事実として様々な感情を大勢の人間に与えるだけの影響力を持っている。



「何故貴様ほどの者が敗れた!?」



 声を張り上げ、四肢を切断された協会長に否定の力を掛ける。



(この損害を否定する!)



 いずれ殺害する対象であるオウル・バースヤードだが、メイトスにとって、また世界にとって今ここで逝去されるのは大変な問題である。なぜなら世界中の力あるSR達が、それら個々の持つ強大な力に酔うことなく秩序の中に収まっているのは、協会長と言う絶対支配の力が彼らを抑止しているからに他ならない。協会と言う巨大組織の存在や、ナイトメアとの対立バランス、小規模集団との繋がりも然り。

 それを束ねる男の死は、世界の暴走を意味するのだ。



「コントンに支配を掛けなかったのか!?」



 分離していた四肢を、そもそも負傷自体がなかった事として繋ぎ戻され、神経に信号を通わせる。零れた血液までもが体内へと時間逆流した。

 ほどなくして協会長の重傷自体が“無かった事”の完成に近付く。

 が、完全ではない。

 メイトスは力を残しつつ、協会長を完全には回復させない。メイトス自身が協会からは追われている立場にあり、表面上は協会と敵対関係にあるのだ。バースヤード個人との関係はそれほど深くもないが、決して皆無とも言えない中途半端な関係である。だから、半ばと少しだけの回復を施したのだ。

 そもそも協会長という人間を信用しきっているわけではない。



「不可……」

「何?」


「……Outta control」



 会長がもらした制御不能という言葉に、肩を貸して会長を椅子に座らせようとする。

 メイトスは眉間に皺を寄せて問いた。



「もう一度言え」

「奴は、支配しきれん……」



 何処かへと消え去った静寂を惜しみつつ、メイトスはバースヤードの言葉に耳を傾ける。



「支配しきれないとはどういうことだ?」

「――お前と同じ。強力すぎるSRが特定の可能性と言う枠を、大きくはみ出しているからだ」



 椅子に深く体を預けながら、協会長が大きく一息つく。



「それは、色世トキのようにか?」

「…………そう。

 現在の色世トキのように、だ。

 彼の関わる所、未来へと繋がる道が先見出来なくなり、現実にそれが起こって予測不可能なアクシデントとサプライズが起こっている。

 例えばコントンや、メイトス――君がその最もたる該当者だ」



 視線をメイトスから外して割れた窓の外、閃光絶えぬ地獄を覆っている朝空へ向ける。



「ならば問う。二人の実力は、様々な状況を無限の未来へと繋げるほどの可能性を秘めているというのか?」

「認めたくないだろうが、事実はまさしくその通り」



 視線を部屋の中に戻し、肘かけに置いた腕を上げて右手の甲を眼前に持ってくる。


 潮風が生ぬるいような、冷たくもあるような。

 これが現実のような、夢のような。



「……」

「信じられん。まさかコントンがお前に制御できぬほどの力を持っていたとは――」



 果たして、力とは現実か。



「――なぁ、メイトス。

 俺の独り言を聞いてくれはしないだろうか?」


「独り言、だと?」

「そうだ」



 手首を翻して掌を見つめる。

 どこか上の空な協会長を見つめ、メイトスはその独り言というものが始まるのを如何を答えることなく待った。



「この世界がニセモノだったら、お前はコントンのようにリセットボタンを世界の何処かに求めるか?

 俺は、求めない。

 俺と言う自我を持った個体は、今、此処で、こうして無数の文化に巻かれて、本来無意味であったはずの音を紡いでいる」


「偽物の世界だろうと、そこに自分が居るならその形や振動、熱や信号、自由と輪郭を否定する理由にはならん。

 我思う故に我在り。

 こんな有名すぎるフレーズを言わせたいのか?」


「独り言は素晴らしい。

 勝手に解釈の可能性を与える事もできれば、心の中だけで(わだかま)るだけだった違和感を輪郭化させてくれる。

 例えば、完全支配という俺のSR――それが何故コントンに効かなかったのか。支配無効だったSRは過去他にも居た。それなのにどうして、俺は今日まで完全支配であったのか。もしかすれば、俺自身がその理由を忘れていただけなのかもしれないし、思い出したくなかったからかもしれない」


「必ずしも相手するとは限らん」



 仏神にでも祈るようにして両手を揃えて眺め続ける会長。

 静かに、全身の力を抜いて立ち尽くすメイトス。



「本当にこれは偽物の世界か?」

「何を根拠に偽物の世界と言う?」


「現実にそう言う奴が居る」

「俺にそいつを否定せよと言いたいのか?」


「解釈は自由だ」

「ならば、判断材料となる言葉を所望しよう」


「それはない。

 これは俺の独り言――でも、少し聞いて欲しい悩み。

 “極災式”は俺だけでは手に負えない」


「――何?」



 ゴクサイシキの単語にメイトスの眉が上がる。



「文明だけが進んでいた世界に、“SR”という力を(もたら)した一族は強大だ」

「それは四凶と違うのか?」


「“四凶の形成”をしたのがソイツらだが……その言葉でも間違いと言えない」

「手に負えないとは?」



 独り言ではなくなる。



「“極災色”は現在、3人」

「……コントンか?」


「いや、色世境(きょう)、時、織夜秋の3人。

 中でも異色はトキ――彼はまだ、他の極災色と比べると小さな脅威ではあるが」

「小さい? アレほどの力を持ちながら?」


「そう。

 肝心なのは――」


「――――ッ!!」



 小さな呻きが漏れた。

 静寂が不思議を煽る。

 物理接触の摩擦音や人体の破壊音が今、確実に響いていなかった。


 言葉を止めたメイトスが、己の腹を貫いた赤染まりの手と、そこに握られた刃物を見つける。

 遅れてやってくる衝撃は、オウルが物理速度を超えた速度で行動をした証。

 背後から伝う声を間近で聞かされつつ、拳を握りしめて激烈な痛みと身体の震えを堪える。



「トキほどの力でさえ、前例の極災色と比較すればその影響力は果てしない差も明確に、小さ過ぎるというのが現実。君とトキを比べるならば、世界の未来に与える影響など君は遥かトキに劣る」


「貴様……な……っ!」



 呼吸さえ困難な状態で、メイトスは辛うじて膝を曲げることなく立ち続けた。

 違和感を覚えたのだ。

 いつもの協会長ではない。



「色世色の“万に著す個別”から始まり、

 色世界の“線化具現”

 色世平の“同時への発成”

 “矛盾呑む因果”から世界に共通する本質を知らしめた色世繋、

 それらを隠した色世事の“根源隠蔽”

 カオスの中で希望を育んだ色世誠――その“乱流結束”――世界は幾度も死に、蘇生を繰り返すうちに、排他的概念を見出すが、それを捨てきることはできなかった。

 後に続く、

 色世夢の“活力と境界限度”が安定を見せかけた世界に更なる混乱を呼び込んだ。

 絶望に続く希望など、いつでも小さい。

 だが、その安堵感もただならぬ感染力を持つ。

 “始終繋綴”色世岸は、私を安堵させてくれた数少ない人間にして、SRという異能力者の暴走を収めて統治(協会)の礎を築いた」


「なに……モノだ……!」


「何者でもいいのだ。

 ただ、私はあいつらが気に入らない!

 この世界も、前の世界も、これからの世界も――その真実を知りながら黙認している男も――このままで在ることは絶対に許さない!!」



 赤に染まっていた腕が、胴体を貫いた凶手とその主が消える。

 何事もなかったかのように存在がひとつ、忽然と消える。

 残されたメイトスは、死出の半券を片手で抑え、この戦場で初めて片膝をつく。



(オウル・バースヤードだったのか、あれは?)



 それとも、これまで隠れていた新たな人格が発現したのだろうか。

 元々掴めない男の謎が更に深まってしまう。



(探さなくては……!)



 しかし、決意と同時。困惑するメイトスの答えに近付く人間が居た。

 前線で戦うトキとトウコツである。

 二人は似通った疑問を抱きながらも、メイトスの一歩先を行く状況に遭遇していた。



 -南西部エリア境界線付近-



『思い出しました!

 そのコントンは本物のコントンではありません! “ドールズ・フリーフォーム”という、能力転写によって映されたSRです!』

「じゃあ、会長でもコントンでもないって言うのか――っていうか喋るな、ジャンヌ!

 大人しくメディックを待て!」


『聞いてください!

 ドールズ・フリーフォームというSRは既に亡者です! 昔、私が殺害しました!』



 コントンの姿をしていた誰かがトキと格闘を繰り広げる。

 一瞬足を止めたトウコツは耳を疑った。

 ドールズ・フリーフォーム、他界しているSR、だが目の前にそれが居る。

 容姿は紛れもなくコントンのそれだし、口調や雰囲気も、四凶仲間であったトウコツからは別人のものとは到底思えなかった。



「じゃあ、コイツはなんだ!?」


『間違いなくコントンではなく、そしてドールズ・フリーフォームであると断言できます!

 その証拠はいくつかあります。まずは影、それから接触時の輪郭です!』



 トキに加勢しようとしたところで、反撃の平手打ちがコントン――ドールズ・フリーフォームの目を掠める。

 上体を反らした偽コントンの輪郭が、ほんの一瞬だけ歪み崩れたところをトウコツは確かに目撃した。



『ドールズ・フリーフォームというSRは“自分自身が変身”することは出来ない!

 その代わりに、自分の記憶にある他人の像を誰か別の人間に“投映/着せ替える”事が出来る!』


「つまり、他人の皮を着せては取り替えられる――そういうことか!

 どうすりゃいい!?」


『ドールを操っている本体を討つか、着ている他人と纏っている本体の両方を眠らせる事ができれば、ドールズの呪縛から解放することが出来ます!』


「トキ、そいつを眠らせろ!

 俺は本体を探す!」

『トウコツ、おそらく本体は居ません!』



 インカム越しに伝わるトウコツとジャンヌの怒声に耳を傾けながら、偽者らしきコントンの攻撃を躱すトキ。

 なるほど、と納得する。本物とは程遠いという感触を手に、次弾の回し蹴りを屈んで避けつつ、軸足を打ち折るように右足を繰り出す。確かに危険度は高い相手だが、鳴り止まない警鐘の大きさと間隔の短さが連続して教えてくれる脅威の度合いは、本物の比ではなく低い。しかし、それでも警鐘が教えてくれる危険度、それを的確に読み取れる今、眼前のコントンが偽物であろうとも戦車や戦闘機に匹敵、或いはそれを上回る戦闘力を有していることに間違いはなかった。


 低空に放った反撃の蹴り足を受けて体勢を崩す偽コントンが、咄嗟にデザートイーグルを取り出して防御の銃撃を見せる。

 弾道上に右手を置く。銃弾をクロノセプターで消し、低速世界の中で偽コントンに追撃を仕掛ける。

 桜色雪中で戦ったコントンなら難なく覆しているだろう低速世界だが、このコントンは低速世界に捕まったままであった。

 仮にこのコントンが本物だったとして、常速世界の中でのみ抵抗を続ける意図がトキには分からない。

 要求した黒い物体を受け取りたいが為に殺そうとしないのか、それとも何らかの理由で意図的に低速世界を展開しない、或いはできないのか。



(本物をコピーしているのなら、どうして能力を使わない?

 それとも使えない?

 まさか手加減? そんなことが有り得るか?)



 ドールズ・フリーフォームというSRがどんな力を秘めたSRなのかトキは知らない。インカム越しに会話するジャンヌとトウコツの大声に耳を傾け、戦いながら相手の情報を待った。



『ドールズ・フリーフォームを殺害したのは私です!

 ナイトメア武装派に対して極秘裏に武器を提供していたので、粛清が必要と会長が判断し、私が実行隊として討伐にあたったのです』


「姐さんが動くってことは、相当強いSRなのか?」


『はい、記憶にある人間すべてを何体でも着せ替える事の出来るSR――つまり、戦争中毒者がSR本人の記憶中にあるのなら、それを老人にでも投影すれば戦争中毒者が新たに1人コピーされたことになりますし、更に増やすことも可能です。

 ドールズ・フリーフォームというSRは、そうやって私設軍隊を所有していた“大学生”です。

 最期を見届けたのが私ですから、疑問は多々あっても相手の能力に間違いはありません!』



 どうやら絶望的に外道なSRがいることだけは理解できた。










 Second Real/Virtual


  -第59話-


 -激変! トキvsコピープレイヤ!-











 ジャンヌの話に耳を傾ける振りをしながら、トウコツはトキと偽コントンの間に刃を差し込む。

 ドールズ・フリーフォームの過去よりも、ジャンヌ本人が喋れる程にはダメージを受けていない――耐えているだけかもしれないが――戦中に在って楽観や油断は許されないものの、全力での殺人は許可され、しかも大勢の人間に死を望まれる人間が、SRが、例え偽物だろうと眼前にいる。しかも、ソイツはジャンヌに面倒臭い疑問を抱かせている最新の存在。ジャンヌの手足となって働くと覚悟を決めた以上、悩みの芽を刈り取ることも仕事であり、最優先突破事項にして、四凶のトウコツとして応えべき義務。



「トウコツ、トキ!」

「あいよ!」

「!?」



 トウコツと同じように協会の司令官であり、またヒーローズを束ねる者として立ち上がったジャンヌが、飛来する斬撃を放ってドールズの足元を抉る。

 十二分な距離を取ってそれを回避したドールズ・コントンをトキが追撃する。



「二人以外の者は四凶軍残兵を掃討してください!

 本部へ、こちらジャンヌ! 負傷した者の収容準備と、防衛システムを起動してください、レベル3で!」



 口と傷口から鮮血を零しながら、ジャンヌは負傷を思わせぬ速度で飛翔・拡張斬撃、拡大斬撃を一度ずつ放った。

 暴風壁の中に取り残された数千の敵最前列――上陸艇・船から降りて港の地を踏んだ四凶軍――を横薙ぎの斬撃で刻み飛ばす。赤い飛沫が風に浚われ、風壁の混色に参加してゆく。

 新たに駆けつけた防衛部隊の救護員によって緊急措置を受けるジャンヌだが、それでも深刻なダメージを受けた身体を休めることはない。



(あれが偽物のコントンだとしても、ドールズ・フリーフォームで投影されたコントンなら、その再現率は最低でも49%、最悪70%の再現率を誇る!)



 トウコツだけでは勝てない。

 トキが居てやっと止められるが、それでもドールズ・フリーフォームの犠牲者(なかみ)を殺さずに確保する為――確実に殺人処理した筈のドールズ・フリーフォームを、誰が使役しているのかを突き止めるためにも偽コントンを殺すわけにはいかない。


 偽コントンがトキとトウコツの攻撃を凌ぎながらステージを変える。

 南西丘陵部から南部倉庫エリアへ。キメラと化したトウテツが一切の障害物を飲み込んで平地へと(なら)したシンプルな戦場へ。



「逃げるな!」


「逃げちゃ……いないさ!」



 振り返っての銃撃を屈んで躱す。

 低姿勢からのタックルで組みつこうとしたトキを跳び箱の要領で避けつつ、銃口を背中に向ける。

 射撃。

 が、銃弾はトウコツの投擲したクレイモアによって防がれる。

 飛来して銃弾を防いだ大剣を、地面に落ちる前にトキは柄を取って踏ん張り、背後に移ったコントン目掛けて振る。

 時計回り。

 避ける。

 上体を反らし、左足で大剣を握るトキの右手を蹴って武装解除。同時に銃口をトウコツへ。

 発砲、と同時に二人の同時攻撃が軸足と銃手に掛かる。銃弾はトウコツが投げ放った4本目のクレイモアと激突して双方が軌道を失う。蹴り飛ばした筈のトキのクレイモアはクロノセプターの分解・再構築の過程を一瞬で経過し、手を離れる瞬間に新たな得物を作りだすだけの時間を奪われており、一回転分の勢いを味方につけたトキが星黄・畏天の二振りを両手に構えて中と下、足腰の高さにて振るう。



「トキ!」



 トウコツの一声。

 もちろん、光撃のタイミングは分かる。

 トウコツも今だと叫んだのだろう、数か月前なら実現できなかった攻撃だが、今なら――



「ああ、こいつを!」



 やれる。



「違う!」

『後ろです!』



 インカム越しにジャンヌの声が響くのと同時に警鐘が鳴る。

 攻撃を中止して背後へ振り向いた途端、銀色の閃光が額を掠めた。



「ちがッ!!?」



 辛うじて上体捻って躱す。

 背後から襲いかかって通過して行った攻撃は――銀色の爪――SR界隈における芹真事務所の社長、芹真が得意とするまさにそれであった。

 そして芹真だけが持つその武器は、まさしく芹真が放ったもの。



(芹真さん!?)



 コピープレイヤも一瞬足を止める。

 どうしてか、芹真がSRを僅かながらも解放した状態で攻撃を仕掛けて来たのだ。

 その事態にジャンヌもトウコツも、混乱はせずとも多少ながら危機は感じていた。



(芹真、だよな!?)

(ドールズじゃない! どうして芹真が……いや、それよりも!)



 銀爪を並べての突きを放った芹真がトキの居た空間を通過し、高速で踵を返して再攻撃を仕掛ける。

 と、同時にドールズ・コントンの手が迫った。

 二者の狙いはトキ一択。

 トウコツが間に入る時間はすでにないほど二人の攻撃は速い。



(止まれ……!)



 しかし、それよりも低速世界。

 トキの持てる最大の防御能力が発動した時点で状況は変わる。圧倒的不利を、不利へ。

 低速世界の中で異常速度を失った二人の攻撃――ドールズ・コントンの掴みかかりと、芹真の銀爪左下よりの突き上げ――を、トキは冷静に受け止めた。

 ドールズの右手グラップルを星黄の刃で攻防両立し、芹真の銀色斬撃を畏天の柔軟鋭利で受ける。それら二種の攻撃を両手の剣と身体の回転によって流し、芹真の背を蹴って体勢を崩す。それから裏拳を放つドールズの拳に被せるよう斬撃を狙って繰り出す。

 フェイントにかかる。

 刃をがっちり掴まれるのと同時に、早くも体勢を立て直した芹真が高速低姿勢で急接近した。

 ドールズが懐へ入り込み、芹真が背後を突く。



(あれ……?)



 攻撃してくる芹真に疑問を抱いていたトキだが、ここで大きな謎に気付いた。



(コーヒー臭くない!?)



 そんな謎を抱きつつ、ドールズに掴まれた畏天の能力を発動する。

 刃を通し、クロスセプターのネクストレベル――Lv.4:CC(クローズド・クロノ)――触れているモノの時間を一時凍結することにより、2対1の状況を一瞬だけ1対1に持ち込む。

 凍結したドールズの手中から畏天を引き抜き、突撃してきた芹真のタックルを横に飛び退いて避ける。

 停止したドールズにぶつかって跳ね返される芹真。

 体当たりを避け、一秒の凍結に捕まったドールズと芹真から距離を取るトキだが、芹真を振り切ることができない。

 凍結から醒めたドールズも冷静に追ってくる。



(逃げていたドールズ・フリーフォームがトキを狙い始めた)

(何故突然トキを?)



 窮地と解釈できるトキの状況。その援護にトウコツが追いつく。転がり落ちているマシンピストルを拾い上げ、零距離フルオートで芹真の背中へ弾丸を見舞う。効果がないことは分かっている。それでも、芹真の意識が“トキのみ”から“トキとその他”へ変えることには成功するだろうと確信があった。

 こいつは脅威を追っている。

 長年培ってきた嗅覚が直感させた。


 トキの剣はドールズへ、トウコツの剣は芹真へ、それぞれ向かって弾き返される。



(こいつはコントンの偽物……もしや!)



 解放。



(この芹真も偽物だ! 全く本人じゃねぇ!)



 低速世界同士の衝突。

 銀爪と靭尾が絡み合い。


 弾丸以上のスピードで繰り出される斬撃と打撃の攻防に、時間と言う環境が絡み合う。

 トウテツが横薙ぎに飲み込んで出来た完全なる平地で、銀色狼と長尾難訓がそれぞれの単純腕力を衝突させる。


 変化はその中で発生した。


 ドールズは、トキの持つ剣がクロノセプターやクロスセプターが刃を経由可能な代物と感付き、大雑把ながらも双剣を警戒しつつ、新たな拳銃を拾って近接格闘を挑む。近距離銃撃格闘を予測して双剣を構えるトキだったが、しかし、ドールズ・コントンは突然“行動を停止”してしまう。その様子に驚きを隠せなかった。足を止めるだけではなく、視線や指の動き一つと言ったレベルでの動作を一切止めたのだ。呼吸が止まっていないことから意識があることは窺える。が、トキとしては理解に極まる行動だった。油断を誘っているのかもしれない。ともあれ、警戒して距離を取りつつ、脇目でトウコツの方を確認する。



「ハァッ!?」



 その先にもう一つの変化が生じていた。

 トキの視界に飛び込んだ映像はトウコツがクリーンヒットを貰い、空中に浮く瞬間であった。



(今度は藍!?)



 芹真が消え、今度姿を現したのは見慣れた事務所員、黒髪の長髪を靡かせながら金棒を振り回す哭き鬼の藍。

 トウコツを殴り飛ばした彼女は、再びトキへ向かって二振り金棒を唸らせた。



(芹真が消えて鬼が出た!

 やっぱりコイツは本物じゃねぇ! しかも……!)



 空中で姿勢を整える。

 紛れもない偽物だが、トウコツは本物同様の攻撃力と速度に押されている現実も認めた。

 ある意味でドールズ・フリーフォームを凌ぐ危険度を持った何かが新たに参入。久々すぎる強敵の連続にペースが乱れ、攻防のタイミングに誤差が生じる。しかし、それも含めて血沸き肉踊る感覚が全身にしっかりと覚醒を喚起するのだ。


 トウコツのSR覚醒は、芹真と同じ体形変化を現す。

 脇目を振ったトキは空中で風を纏ったトウコツが、背後からドールズ・フリーフォームに仕掛ける姿を見て、ならばと標的を藍に変える。



「藍、君も偽物か!?」

『トキ、その質問は無意味です! ドールズ・フリーフォームのコントンとは違って、そのSRは喋れていないみたいです!』



 ジャンヌの指摘も空しく、トキは藍を攻撃出来ずに回避と牽制を続けていた。

 同時、ドールズ・コントンに背後からの奇襲を察知されながらも、SRを対集団戦闘レベルに解放したトウコツの尻尾が右足に巻き付く。



「偽物に決まっんだろ、ドールズ・コントンみ――ッ!」



 鋭い回し蹴りがトウコツの左頬に突き刺さり、言葉が途切れて意識も一瞬飛びかける。

 また同時、トキの心臓目掛けて金棒が迫る。牽制しているつもりが、逆に追い詰められていた。トウコツが攻撃されないよう、ドールズとの戦闘に集中できるようにと、戦場で無意味な気遣いをしてしまったが故に己の危機に気付くのが遅れた。迷いと気遣いが判断を鈍らせ過たせた。



「その私は偽モノよ、トキ!」



 致命傷の被弾を予知した、当にその時だった。


 二振りの金棒が横から差し込まれた金棒によって止まり、攻撃の不自由に気付いた藍の偽者が間髪いれずに全身から自由を奪われたことを悟る。

 全身に巻き付いているものは、茨の蔓。

 狼狽する彼女を視界に置いたまま距離を取ったトキの横に、もう一人藍が着地し、ドールズ・コントンの飛び蹴りを金棒の十字で受け止め、そのまま押し飛ばす。



「あ……えっ、今度は本 物?」


「真偽を見極める手段なんて――!」


「オラアァッ!」



 右足に絡んだトウコツの尾が、藍に押し飛ばされたドールズ・コントンの身体を引き寄せる。

 銃と剣が向き合う。

 得物に次いでコントンとトウコツ、二人の視線が交差する。弾丸が鋼と弾けて彼岸花を散らす。

 その一瞬を狙い、トキと藍が同時にドールズ・コントンを挟み込む。


 トウコツの大声と第三の手をとも言える尾を用いた攻撃に、完全に注意を反らされていたドールズ・コントンは、三方を囲まれて初めて追い詰められたことに気付く。

 危地に立っていると感じたのは前後からの衝撃に、意識を闇の底に沈められる直前であった。ドールズ・コントンの背後から藍が、正面からトキが、拳による打撃で鳩尾と後頭部を強撃した。二人の衝撃を逃がさないようにとトウコツの尻尾がドールズ・コントンの身体をしっかり掴んで逃さなかった。



「ジャンヌ! トキと哭き鬼がドールズを撃破!」

「こんなんで――?」

「こんなのが難しいものよ」



 三人の前で白目を剥いたドールズ・コントンの輪郭が崩壊を始める。



「え――この人って?」

「は?」

「ちょ、マジか!?」



 始めに会長の姿として現れ、医療班を謎の爆発で吹き飛ばした後コントンへと姿を変えたドールズ・フリーフォームは今、前後からの衝撃によって意識を失うとともにその再現力を完全に失った。代わりに現れるのが誰か。尋問が叶わないような人物だったら保護する以外に術はない。何故なら、ドールズ・フリーフォームというSRは赤子を軍人に化かすこともできるのだ。



「――会長?」



 だが、ジャンヌやトウコツの予想に反し、中に覗いた顔は見紛うことなき重要人物。

 “協会長本人”のもの。

 仮定としてやられたフリをしているだけなのではと勘繰る面々の中、トキだけが一歩前に出る。

 うつ伏せに倒れる会長の背中に触れ、時間を分け与える。



「本物です!」



 警鐘はなかったのだ。つまり、完全に気を失っている。

 会長からは。しかし、一瞬の安堵を吹き飛ばすように警鐘の連鳴が頭の中に強烈な焦りを煽る。



『本物ですって!? まずい!』



 ジャンヌがスーツのポケットに手を急がせる。同じように、藍もジーンズの後ろポケットに左手を運ぶ。

 協会長がドールズの中身であることの何がまずいのか、通信機に呼びかける前にトキとトウコツに藍が注意を促した。



「耳を塞いで!」



 直後、協会本部を隔絶する赤い風壁が強く、瞬間的に輝いた。

 海の上にいるのに明確な地震のような震動にバランスを失いかけ、何事かと周囲に目を配る。



『すぐに、前線の者はただちにヘッドコートを装着してください!

 一時的な理由で会長が戦域の轟音処理を緊急解除することになりました!』



 ジャンヌの叫び声が、戦場全体をノックする通常轟音と共に各々の耳に痛みを思わせながら大事を伝える。



「そういうことか!」


「しっかりトキ!」

「――っ!」



 右耳に通信機をはめて反対側には耳栓を押し込んだ藍が、同じものをトキに施す。

 突然の大音量と衝撃に脳を叩かれたトキは何がどうなったのか理解できずにいた。三半規管の麻痺もあって膝が折れ、藍の施した耳栓と通信機に両手を当てられて冷静を取り戻そうと努める。そんなトキとは対照的に、トウコツは興奮に3メートルもの尻尾を激しくうねらせていた。



(戦争にしては物足りないと思ったら会長の野郎、戦場全体のボリュームをコントロールしていたってワケか!

 おそらく理由は……)


『轟音による指揮系統や前線員の集中力に問題が生じる可能性がありますので注意して下さい!』



 兵器を知る人間は、ジャンヌのその言葉を聞いて“音響兵器”というものを思い出していた。


 四凶軍の艦隊や歩兵による砲音や銃声に加え、ナイトメア非武装派のリデアとケイノスが創り出した超圧縮台風の摩擦音や人々の絞り出す阿鼻叫喚など、あらゆる『音』がぶつかり合って一種の混沌を作りだす。



『ちょ、ま……緊急緊急! ねぇ、ちょっと!

 魔女のボルト・パルダンが大音量で気絶しちゃったよ!』



 会長の気絶が最初に影響を受けたのは、間違いなく協会側の最大火力でるボルト・パルダン。光の魔女であった。



『雪でも降らせるか?』

『やめて下さい、Mr.シーズン。

 余計な行為はこの緻密な作戦に大きく影響し――危ないトキ!』



 戦場の異変を誤魔化したジャンヌが叫ぶ。

 誰もがそのインカムに違和感を覚えたが、トキとその周辺の者達にはその余裕がなかった。



(もう一人のコピープレイヤーが動き始めた!?)



 芹真から藍へ変貌し、突然行動不能になっていたSRが、活動を再開していたのだ。

 しかも今度は、ボルト・パルダンの姿で。

 光撃までしっかりと再現しながら襲いかかって来た。光の剣を両手で。



(ちょ、待て! 無理過ぎるだろ!)



 トキが行動しながらも目を見張った理由は二つ。

 二振りで防御の構えを取った所でビームソードを防ぐことは出来ない。薙ぎ払うよう横に一線走る光撃を前に、トキは咄嗟に防御を諦めて飛び退いた。その判断で星黄畏天の二振りは微塵の防御力も発揮することなく焼き断たれたが、代わりに直撃だけは免れることができた。焼け焦げた服の煤が風に浚われる中で、ボルトに扮した敵が相当な再現率を誇るSRであることを認めた。それがもう一つの理由である。最初に現れた時は芹真。直接戦ったことはないが、銀爪という武器を使うという話は聞いたことがある。戦闘スタイルがスピード重視であるということも。それから次は藍に変身した。金棒を使っての近接戦闘や単純な鬼の腕力はオリジナルである彼女のそれと大差がない。本人と全く変わらないパワー重視の戦闘スタイル。

 三度目の今度はボルト・パルダンである。光撃を使ったり、自身を光で包むことで自由飛行したりと、本当にその再現率は高い。



(まるっきり本人だ……!)



 何よりも、身長や筋肉の量、髪の長さから癖毛の付きやすい個所に至るまで再現されていた。三度、三パターンとも。

 斬撃から射撃へと光線の性質が変わる。

 ビームが地面に焼け痕を残しながら迫り、トキはそれを避けながら距離を縮める。反撃の糸口にならないものかと手元にBul-5を創造して一発だけ発砲。結果は予想通り、右手から放たれるビームとは別に、左手から噴射されたビームソードが銃弾に触れて空中で蒸発させた。



「援護すっぞ、トキ!」

「華創実誕幻――!」


「来るな!」



 掌から放たれるビームを右手のクロノセプターで防ぐ。

 辛うじて叫んだ一言を最後に、余裕が一切合切消える。

 頭上から数本のビームが一斉に放射。トキを中心に数メートル内が乱射光で焼け焦げる。



(落下光跡の絨毯爆撃バージョン……! あれが本当に偽者だって言うの!?)



 トキの静止を聞きいれた藍は偽ボルトの観察に努めた。確かに、偽者であろうとあのボルト相手に自分は足手纏いでしかない。助けに行ったところで逆に助けを受ける可能性は大。ならば、ここでトキの足を引っ張らない方法は偽者との対峙に集中させること、それから敵を見極めること。



(大概、コピータイプのSRはその変身対象に触れるなり言葉を交えるなりしないと、その姿を得ることはできない。

 私や芹真に変身した所から、過去に接触した可能性のある誰かなのでしょうけど……一瞬でも本体の姿が見えれば!)


「おい、哭き鬼!

 俺達で艦隊を減らすぞ!」



 観察の構えを見せる藍の腕を、トウコツは引っ張って湾口へ向かった。



「な……離しなさい!」

「うるせぇ!

 俺達に出来る援護は、下の邪魔者共を片付けることくらいだろうが!

 さっさと終わらせりゃいくらでも援護できんだろ!」


「藍姉様、その人に賛成です!」

「おう、私も異議なしだぁ!」



 異議なしではなく、異議申し立て一切拒否である。

 しかし、戦闘に於いては高確率で正しい選択を直感によって定めることができる姉を持つ藍としては、反論を挟む余地などなく、また偽者だとしても限りなくオリジナルに近い敵ボルトに立ち向かうのも気が引ける。本音を言うなら苦戦は必至だろうし、心苦しい。

 協会ナイトメア非武装派連合の数的不利と言う状況下、個々が貴重な戦力と自覚して然るべきと姉のカンナは言って聞かせた。



「でも、トキにボルトは……」



 藍の懸念に答えるかのように、偽ボルトのビームがトキの前髪を僅かだが焼き削ぐ。回避が遅れていたら頭頂を切断されていたかもしれない。

 防御もままならないトキの元に駆けつけたい、せめて光に触れられる術を施してあげたい。だが、藍の願いは万力さえも握り砕くカンナの握力によって束縛を受け、どんな抵抗を試みたところで無駄だと直ぐに悟った。



「それに、私らよりもずっと強力な味方が居るんだ。」

「私たちより?」

「アサ兄様に任せて私たちは前線を有利にしましょう」



 トウコツとカンナを先頭に4人は走り、同時に彼らの願いはそれぞれ異なる方向へと事転を始めていった。

 まず最初に起こった差異は、哭き鬼姉妹と長兄アサの思考からくる行動、その範囲である。



(色世時とボルト――ではない、あれは四凶の切り札か。

 トウテツの中に、恐ろしい速度で他人を取り込む人間が居ると聞いたな。我を持たず、他人を得て、初めて人と成る個体。確か、呼称は“コピープレイヤ”とか)



 二人の戦いを眺めるだけでアサは動こうとしなかった。姉妹の誰もがトキの応援を期待していた戦力筆頭だが、現実に彼は動かないし、そもそも大規模な攻撃に備えて下手に動けない。


 それと同時に前線に大きな水柱が上がる。

 ジャンヌを含め、大勢が視線を注いだその先では圧縮台風の防壁を弱性亜空間を纏った新たな城砦艦が突破して姿を現した。甲板に搭載する大砲を湾口部に向けて放ち、その衝撃で再編成したての防衛部隊を周辺士気ごと吹き飛ばす。


 新たな衝撃波は、海に浮く人工島の上部へ隈なく伝った。

 多くが狼狽する中、トキとボルトは風を受けながら攻防を再開する。理解の難しい放送を背景に。



『必聴! これより、この放送を通じて各戦地に戦力選抜を発表する!

 名前の上がった者は該当地区に赴き、直ちに戦闘を開始すべし!』


『ジャンヌより全員へ通達!

 現在最高指揮権を有するミギス・ギガントの命令を傾聴し遂行!』



 聞いたことのない男の声が、合流した非武装派のミギス・ギガントの作戦であることをジャンヌが無線に呼びかける。

 それと同時に二本のビームが前後から襲いかかってきた。

 躱してすぐに読み上げが始まった。



『北部エリア!

 芹真事務所の芹真!

 からす商会のギムレットとウラフ!

 ――ポルシカ!

 アヌビス隊からチェーンソー、2ハンダー、アロー!

 ヒーローズのペルセウス!

 非武装派、シーズン!』



 激しく振動する足元にバランスを崩しそうになりながら、踏ん張ってボルトの懐を目指す。

 せめてコイツの中身を知りたい。

 知ることが攻略にも繋がるし、探している人物の居場所特定にもなる可能性だってなくはない。



(クロスセプターさえ届けば……!)


『東部エリア!

 サーカスの陸橙谷アサ!

 無所属のコルスレイ!

 ――ディマ!』



 右から左側へ、横薙ぎに瞬間展開するビームソードを膝を折って避ける。一刀、二刀目が右膝の高さから脇腹目指して迫る。

 左手でボルトの右手返しビームソードを時間凍結――実際は遅延が精一杯――右手でボルトの左手斬撃を遅らせる。



『南部エリア!

 非武装派、リデア!

 協会、セン!

 ――ジャンヌ!

 哭き鬼のカンナ、スミレ!』



 トキの右手を、体を光化することで躱し、すれ違いざまに脇腹へ一刀を走らせる。対してトキは攻撃がはずれるのと光撃が警鐘を鳴らすのと同時に前方へ重心を傾けて加速。右脇腹の背中よりを僅かに焼かれて再びボルトとの距離を認識する。焦げた服が、皮膚が、伝わる痛みが敵の強さをダイレクトに感じさせる。額や背中に浮く汗は、外気温の高さと光撃のダメージだけが原因ではない。

 警鐘が鳴るころに反応してもギリギリ間に合わない。それだけ光撃は速いのだ。文字通りの光速に対抗する手段は低速化しかない。



『西部エリア――協会のトウコツ、芹真事務所のトキとアイ!

 以上、名前があった者は直ちに移動および戦線維持に努めよ!』



 一瞬、自分の名前を呼ばれたような気がした。

 偽ボルトとの間に空いた距離を、互いに認識し合って中距離戦になる前に先手を打つ。タイムリーダーを展開しての低速世界を移動。音すら重く鈍く伝わってくる世界の中を、トキは常速移動で以て偽ボルトとの距離を詰めた。しかし、偽者とはいえそれなりの再現率を誇る“コピープレイヤ”はボルトの低速世界境界をいとも容易く突破し、トキに近い時間域に入った。ほんの僅かだがボルトの速度が落ちる。落ちたと言っても素人が竹刀や木刀、身近な例えで更に言うなら、野球のバッドをスイングする時と然程変わらない速度での光撃に変わっただけだ。実際効果は微々たるもの。

 だが、その僅かな差異がトキの自信に変わった。

 低速世界の中でお互いを目指して、正面から、真っすぐに眼前の敵目掛けて走る二人。ここでボルトに変化が生じ、それを事前に察知していたトキは変化が完遂する前に左手を伸ばす。それを迎えるコピープレイヤの左手が、トキの同側手指と激突。トキは眼前に自分の姿を見た。



(本体は、コピープレイヤというSR!)



 “クロス”セプターが互いの情報を覗き合う。

 名前は、シキヨトキ、コピープレイヤ。

 国籍は、日本、不明。

 年齢は、18歳、不明。

 目的は、コントン、強力な者全て。

 SRは、時間、再生再生(コピー&プレイ)。

 最大火力は、右手のクロノセプター、コピーボルトの“コウトウムケイ”。



(やっぱり、相手をコピーするSRなんだ!)



 衝突した指の付け根が痛む中、両手に二振りの剣を創造する。



(星黄畏天!)



 両者同時。

 右手の刀剣による左上から振りかぶって放つ袈裟。

 左手同士の激突を機に虚を突いて距離を取る――その間際に相手の動揺を誘う斬撃を見舞ったのだが、結果は左手同様。それぞれが右手に収めた二本の畏天が切っ先をぶつけ合って火花と鋼鉄の身を散らし(こぼ)す。角度も速度も力加減さえ同じ相手に、泥沼の展開が予想できた。フェイントをかけてみる。離れると見せかけて右足を踏ん張らせ、左足で前へ大きく一歩踏み出し、右手の返し刃を相手に向ける。狙いは肩。どちらか片方でも武装解除できれば状況を変えていくことに余裕ができるだろう。が、やはり同じ動きをするコピープレイヤに刃は届かない。再び黒刀の畏天同士が衝突、次の瞬間に繰り出す星黄の地面を切り裂きながらの逆袈裟も互いの刀身によって破壊速度を失う。


 警鐘。



(止まれ!)



 静止世界の展開と全くの同時だった。

 姿を変えることで静止世界の、トキが望む静止対象の枠からコピープレイヤは抜け出して光撃を再開する。至近距離目潰し光線。

 前傾して避ける。

 再び距離を詰めた所でコピープレイヤが藍へと変身を遂げ、星黄畏天の上下段の左からの横薙ぎを金棒一本で受け止める。反撃は左手に握る金棒。



(こんなところで、時間を喰ってなんか!)



 星黄畏天の刃に白い輝きが灯る。



「!?」



 悪寒を覚えたコピープレイヤは再びトキの姿に変わる。



(俺の、動きをコピーするなら!)



 同じ武器を手にし、動きを真似することでトキの攻撃を相殺しようと向かうコピープレイヤに、対抗の火炎を宿らせたトキはコピーにコピーで臨んだ。


 星黄畏天の二振りが一つの武器として融合し、右手に長刀――方天画戟(ほうてんがげき)――を形成。もう一人の自分よりも、間違いなく速い。初撃は右から左へ、方天画戟の月牙(三日月状の刃)がコピープレイヤの左腕を狙って、左足の踏み込みと同時に大きく振られる。が、敵対する自分が創り出した星黄畏天の十字受けが月牙を受け流す。反撃に転じようとするコピープレイヤトキへ、二撃目の左から右への斬り払いを放って攻手を許さない。二度目の十字受けだが、姿勢は崩壊しているといっても差支えない程に乱れた。そこへ三撃目。右手一本で方天画戟を振り上げ、頭上から質量加速を利用した唐竹割りのような縦一閃。辛うじて防がれる。



(これは俺の動きじゃないぞ!)

 


 頭の中に思い浮かべたものはゲームキャラクターの動き。

 敵がどこまで真似をすることができるのか分からないからこそ、トキはこの方法を試した。自分の中にある、自分のものではない動き。

 四撃目、もう一度左から右への斬り払いでコピープレイヤトキの持つ畏天が弾け飛んだ。胸にかすり傷を負いながらも星黄を握りなおすコピープレイヤに追撃を加える。



(トレースできるものなら……!)



 一回転しながらも手首と腕の動きにより、自分の頭上で方天画戟が全方位を斬撃軌道を定めるように振りつつ、その回転力を利用して五撃目を六撃目に繋げる。

 四撃目で一歩、五撃目で更に一歩後退することを強制されたコピープレイヤは、完全に自分のペースを失っていた。そこへ迎える六撃目は、回転の勢いのままに、片腕で力強く振られる右上からの袈裟切り。

 星黄を弾き飛ばす。

 コピープレイヤにコピープレイヤーとして対抗する。コピープレイヤが現実のトキを模して戦うように、トキも現実に存在しながら現実にない人物たちの攻撃で模写と並ぶ。その違いは現実の人物か、或いは“ゲーム”の人物かというだけの違い。



(呂○の通常攻撃6……やってみろ!)


『非戦闘員は直ちに退避せよ!

 繰り返す!』



 コピープレイヤの変身、トキの模倣キャラクター対象チェンジ。

 芹真に変わって後ろへ大きく跳躍する。それをトキは影となって追いかける。あらゆる移動速度にSRとして加護や特権を得ているはずの芹真に、トキは傍目奇妙な高速移動で追い抜いた。



(シャ○ウステップ!)



 コピープレイヤの着地と同時、黒い何かを通過空間中に残して背後に回り込んだトキが新たなキャラクターの準備を始めていた。両足を適度に開いて腰を落とし、低い姿勢のままに右腕を奪取時間によって硬質化させ、肘や手首に回転の備え、足腰や肩には瞬発を発揮する信号を叩きつけ、強烈な打撃の反動を覚悟しながらコピープレイヤとの決着を望んだ。



(キ○ングブl――ッ!)



 が、敵の落下地点を予想していたトキの意を突き、コピープレイヤは予め来ると分かっている強烈な打撃を擦り抜けることによって、無事トキの背後へと着地を果たした。






 同時刻。

 協会側の動きを知ったキュウキは一部の艦隊に後退命令を下していた。協会の前線部隊は部隊縮小を行い、特定のSR以外には即時後退を命令したという。明らかに大量殺戮兵器か、それに類する兵器の使用を前提とした動きだ。ブラフという可能性も考えられなくはないが、数的優劣が未だ覆ることのない現状でそれはない。風の障壁や防御に徹していた協会が攻勢に転じるとしたらもうじきだろうと、付けていた目星が現実になんらかの輝きを見せ始めた。鮮血と海水を吸って赤く染まった暴風の壁、その内側に大きな発光を確認できる。



(またアレか!)



 舌打ちするキュウキの降り立った戦艦目掛け、攻撃を指揮している協会側のミギス・ギガントは躊躇いもなく殺戮の光を放つよう命を下していた。



「レーザー照射砲、全門一斉照射!

 頼むぞ、ヴィラ・ホート・ディマ!」


『了解よ』



 暴風壁の内側で光が一層明るさを増す。

 そう感じた瞬間に、暴風の横っ腹にブラックホールを連想させる黒い空間が突如として現れた。四凶軍の誰もがそれに疑問を持つ――そんな思考よりも早く、協会の防衛設備であるレーザー照射砲:フォルトの閃光が黒い空間の奥から出現し、艦隊を蹂躙した。



「ディマか!」

「チームイカロスの制限解放を許可する! 上空より喰らいつけ!」



 鋼に隠された海原上に鉄の雨が降り注ぐ。

 艦隊が燃える。

 火溜まりに囲われながらキュウキは奥歯を砕かんばかりの強さに締める。協会最高峰の航空戦力が、こんなに遅く出てくるとは思っていなかった。完全にタイミングを外された。ジャンヌがイカロス隊の投入するタイミングに自信を持っていた分だけ、過剰だった自身の自信を振り返って認めなければいけないのが腹立たしい。だが、対応は変わらない。

 そんなジャンヌを千里眼で見つけたミギス・ギガントは微笑みを零して次の指示を飛ばす。



「対空砲火、予定通りイカロス共の翼を溶かせ! 奴らから空を奪い返せ!」


「対・対空砲火戦闘用意!

 ジャンヌ、ペルセウス、ギムレットは最大能力を持って任意に地対空施設の破壊を開始!」



 艦隊に上空から爆発物の暴風が襲いかかる。ミサイルやロケットランチャー等の重火器での攻撃の他に、協会自製のハンドクラスターガンによる広範囲焼痍爆撃、レーザーマーカーで合わせた照準に防衛海岸からのハープーン攻撃等、あらゆる兵器が四凶艦隊に少しずつ被害を与え、そのダメージは一秒増しに増大して行った。

 上空と半壊している防衛海岸からの攻撃だけで相当な被害が出ているのだ。そこにレーザー砲台の照射も加わり、四凶艦隊は反撃らしい反撃も出来ずに海水を味わうこととなる。



(イカロスは囮ね。狙いは回復……でも、何だこの違和感は?)

(またキュウキが千里眼から消えた。どうやら専属のテレポーターをバックに付けているらしいな)



 高射砲が空に向かって咆哮を上げる。

 同時、各方面に展開した3人のSRが急いで高射砲搭載艦の破壊任務を開始した。



(ナイトメア非武装派に協会ナイトメアの連合を指揮できる人間は居ないのでは?

 …………待てよ……!

 アイツか、ミギス・ギガント!)


(――ん?

 新しい未来が見え……4分後に、倒壊!?)



 混沌の中で二人の指揮官は同時に動揺した。

 混乱を始める頭の中で、現状の打開策を導き出すべく各方面の細かな戦況把握に乗り出す。


 四凶の艦隊を襲っているSRの攻撃は3種類。ジャンヌの拡散斬撃と拡張斬撃、ペルセウスの広範囲反射領域による銃撃反射、ギムレット:霊装銃士のカラビナーゴースト5000挺同時射撃である。最も回避不可能な攻撃はジャンヌの斬撃、次いでギムレットのゴーストバレッツ、それからペルセウスの反射領域であった。ペルセウスのそれは自分たちから攻撃さえしなければ返ってくることはないが、その選択肢が有り得ない状況である。

 次の作戦の為にも制空権の掌握は必須。



「東部航空戦力を以て敵航空戦力を削れ!

 西部航空隊は搭載艦ごと後退、十分な距離と判断した後各々の判断で出撃! 即時投入だけには注意せよ!」


「協会の全部隊に告ぐ、本部レーダー塔は10分以内に倒壊の恐れがある。

 レーダー塔直下にいる者は直ちに退避、司令室を“セントラルプール”に移す! 待機中のオペレーターは至急配置に就かれたし! プールの準備が整い次第、現司令室を放棄。司令処をレーダー塔から地下中央のセントラルプールに移行する!」



 風の壁が攻撃力を完全に失う、その瞬間にキュウキは閃光に駆られた。

 今更ながら気付く敵の正体。これが協会との戦争ではなく、四凶を良しとしない者達との戦争であることを認め、奥歯を噛みしめてミギス・ギガントの可能性を自分に強く言い聞かせる。相手がいると分かっているなら対策はある。



「コピープレイヤ、私の声が聞こえている? ボルトに変わってあの光撃を使いなさい」



 焦りが消え、想定範囲内での策を命令する。

 一方でミギスは四方の状況に注意を傾けていた。



「各戦線の状況はどうか?」

「東部は依然変わりなし!」

「南部は戦線の後退が始まりましたが、予定通りです」

「北部海岸は芹真の奮闘により戦線を、戦線を維持!」

「西部海岸も後退開始! ただ、シキヨトキが敵SRと交戦中!」



 二人の頭脳が戦場に目を向ける。片や後方指揮を執り、片や前線指揮を執って大局を見極める。

 色世トキは、コピープレイヤは、いまどんな状況か。



(色世時と交戦しているのか!)

(あれは……ボルト・パルダンの偽者!?)



 二人のSRが互いに背中を向け合った状態から、一瞬で正面対峙、立ち位置の逆転を見せる。



「フォルトン!」

「アサ!」



 静止の命が走る。



「トキを眠らせろ!」

「コピープレイヤを止めてくれ!」



 だが、同時に二人はノーという回答を耳にする。



『現指揮者よ、悪いがそれは不可能だ……頭上のボルトを見てみろ』


『無茶言うな! ボルトがどうなっているか知らないのか!?

 “抑える”ことも不可能に近いってんだ! それをかなり遅らせているんだぞ! 俺がだ!』



 トキとコピープレイヤ、両者の激突に注目していた二人の司令官が、同じタイミングで一人の魔女に注目を移す。

 協会レーダー塔上空。

 会長の気絶と共に、会長が展開していた遮音結界と防震結界が消滅した戦場で、ボルト・パルダンは突然襲ってきた大音量と空間振動の波に気を失っていた。そんな彼女に注目していた陸橙谷アサと、元ナイトメア非武装派にして現四凶軍特別部隊隊長を務めるフォルトン・ドラーズ――夢使いのSR――は過去最強と呼ばれた魔女の覚醒を予言した。



『魔女は、闘志を残したまま夢に入ったぞ』


『協会が掛けた結界がもう殆どナイんだよ!』



 気を失いながらもボルトの体は宙に浮いたまま。

 そんな彼女を確認した指揮官二人は直ちに全生命への後退命令を発した。



『各員、いますぐ暗闇にッ――!』



 またしても同時、二人は切り札の一枚とも言えるトキとコピープレイヤに気付く。あの二人はボルトに意を向けることもなく戦闘を続けていた。トキ対コピープレイヤトキの双剣同士の“殴り”合い。生命寿命からしてボルト・パルダンの恐ろしさを知らないものだと気付くキュウキ。ミギスも知識の無さが二人の激闘を続行させている要因だと到達した。


 まさにそんな時だった。



「――今、すぐ逃げろぉぉぉ!!」



 ミギスの叫びが、キュウキには聞こえたような気がした。

 風の壁が消え、久々に直視する錯覚を覚える協会本部の中央にそびえ立つレーダー塔。

 その建造物が、塔の中間にある司令室も含めて内部から爆発を起こし、上半分が木端と散る。



「嘘……」



 唖然とするキュウキが通信機を、負傷しながらも前線に加わったジャンヌは拾ったクロスボウを手中から落とした。



「ミギス!」



 多くの協会員が絶望を覚える瞬間であった。

 風の結界を解いて間もなく中央レーダー塔、更に言うなら司令室が何の前触れもなく、炎も黒煙も上げずに吹き飛んだ。



「何だ!?」

「中央の高いのが吹き飛びました!」

「まさか、司令室が!?」



 哭き鬼姉妹は意識を傾けつつも体は破壊の限りを続け、共に闘っていたトウコツは視線と意識をそちらに向けながら殺戮を行っていた。



「オオオオオオオオッッ!!!」



 協会側の施設破壊。

 四凶軍がそう勘違いして士気を高める前に、完全なる銀狼へと変態した芹真が金属の砲音を上回る咆哮を以て意気を殺してみせ、アヌビス達が戸惑う中で独り、四凶軍の侵攻を食い止めた。


 そんな芹真と同じように、トキとコピープレイヤもボルトを気にすることなく剣を振う。それぞれ指揮官の命令も耳に入れず、意の向く方向のみに集中して戦意を立てる。


 光の異変が始まったのは、剣舞を続ける二人の周辺からだった。





 

「こうとう、むけい」



 それがヒミツの呪文だった。

 魔法使いの住む家に入る時、欲に染まった存在に絶望した時、何かを見失った時、必ずその言葉が3人の中に漏れた。



「……類似する日本語で“荒唐無稽”」



 ボルト、それからその弟子二人。

 三人だけの秘密の言葉。


 同時に、ボルト・A・パルダンが持つ大量瞬殺の祝詞。

 その恐ろしさを知っている数少ない人間がジャンヌ、それから直弟子であった侵食のSR:コルスレイ。



「だが、先生にとっては……」



 舞でも演じるかのような二人のSRを取り巻く光、その様子を見守りながらコルスレイは祈った。


 どうか、苦しまず逝けますように。


 そんな祈りを捧げる弟子が直下に居るとも知らず、寝起きのボルトはあくびのあとに不快な戦場の空気を嗅ぎ取り、眉をしかめてから呟いた。



光刀無形(コウトウムケイ)





 

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