第5話-急襲!vsアヌビス!-
音が聞こえる。
それはとても大きな音。
耳を塞いでいても届く、何者にも遮れない不思議な音。
これは何の音?
ドコから届いてくるの?
―――
残響。
まるで、頭の中に直接響いているような音。
(ああ。これが、いつか私を救ってくれる力……)
そう直感が告げ、また音が響く。
これが。
同時刻……
夕刻の中、彼は全力で走り続けた。
後ろを振り返る余裕はない。
追跡者…がいる。
そう。
確かにいるのだが、目的がわからない。
(……者っつうか、バケモノだしな)
追跡者複数を相手に、自分1人で立ち向かうのは厳しい。
仮に、立ち向かったとして、生き延びることは出来ないだろう。
それらを頭の隅で考えながら走り続けた。
やがて目的地が目に入る。
それと同時に妙な疲労感に見舞われる。
体力に自信はある。なら、これは憂鬱からくる疲労感なのだろう。
最も、何で憂鬱になるのか自分でもわからないが。
Second Real/Virtual
-第5話-
-急襲!
vsアヌビス!-
芹真事務所。
藍の説明を聞いたトキは、自分を落ち着かせようとコーヒーを啜った。
自分を落ち着かせる理由は何か?
それは、藍の説明に出てきた男:メイトス。
そして、新聞の海外記事。
そこにはSRになら理解できる事件が載っていた。
孤児院で火事。
その真相が魔法使いの施設を破壊だ。
しかも、メイトスという男、たった1人で。
ソイツに自分の命が狙われている。
(狙われている…
……のか)
少しずつ冷静を取り戻し、落ち着いて考えてみる。
今すぐ、その男が殺しに来るわけじゃない。
藍や芹真さん。それにボルトだっている。簡単に殺されはしないだろう。
(……)
他力本願はいけないが、自分ひとりの力じゃどうしようも出来ないこともある。
が、やはりわかっていてもドコか嫌になる。
「ハァ……」
とにかく、今の自分ではどうしようも出来ないことは確かだろう。
小学生が巨漢レスラーをリアルで倒せないように。
あるいは、それ以上の実力差が自分とメイトスの間にあるんだろうとトキは考えていた。
(それまでに俺が力をつければいいんだ……)
大分落ち着きを取り戻したトキは改めて自分に言い聞かせる。
(大丈夫だ。それまでに力をつければ。
それまで護ってもらうにしても、一生懸命になれば…)
ところで――
SRの力って、どうやってつけるんだ??
(……)
重要な問題点に差し掛かり、思考が滞る。
“どうすれば、SRの力は養われるんだ?”
考えに考え、
(後で、聞こう)
早速壁にぶち当たった。
いや、これくらいの壁、当たって当然!なら、前向きに考えよう!
まず、コーヒーで頭の回転を――
(ァッ、うめぇ〜…)
と、久々に飲むブラック以外のコーヒーを口の中で存分に堪能するトキ。
そしてそれは突然やってきた。
何の前触れもなく、破れんばかりの勢いで開く事務所の扉!
静寂空間に響く騒音。
「ブふぉッ!」
驚き、口に含んだ分のコーヒーを吹き出してしまう。
(な、何!?)
吹き出したコーヒーの直撃を受け――る直前で咄嗟に躱わす藍。
彼女が眼中に入らないほど、トキは焦り、ビビった。
「………」
藍は何も言わず。
何もせず――
(こ、の……!)
心の中で声を震わせ、額に青筋浮かべていた。
幸い、コーヒーは1滴もかかっていない。
「は、ハンズ……!?」
開いた扉の向こうには、鉄パイプ両手に持ち、険しい表情の浮かべているハンズの姿が見えた。
それを確認し、藍は制服の上だけを脱ぎ、投げ捨てる。
表情が変わる。
(敵ね!)
「気をつけろ……来るぞ!」
扉を閉め、ハンズはトキの前まで移動する。
何が来るのか理解できないトキ。
「お前らを狙ってるのかもしれない」
ハンズは入り口の方を確認し、再び2人に向き直る。
その間、藍の手に何枚かの符と、1本の大きな金棒が握られた。
「俺達?じゃあ、メ……!?」
「アヌビスの奴等だ」
遮り、説明するハンズ。
ちなみに、ハンズの服装はいつも同じだ。
迷彩のバンダナに、黒い特攻服。どうやっても見た目が――
街中をそんな格好で歩いていたから見つかったんじゃないかと、トキは思った。
「何体?」
藍の質問にハンズは左手の指を4本立てた。
(4体も……)
ハンズも持参したらしい鉄パイプを錬金術で銃器とナイフに変えた。
(アイツら相手なら、サブマシンガンの方がいいか)
鉄パイプが形を変え、ハンズがイメージしたものを形作る。
「ここじゃ狭すぎる」
ハンズの注文に藍は準備を続けながら答えた。
「屋上は?」
ハンズは頷いた。
了承。
すぐ行こう、そういう意味で。
「おしっ!急げ!」
藍はトキを引っ張り、裏の扉を開いた。
芹真事務所には、建物の裏路地へと繋がる裏口がある。
裏路地は車一台なら余裕で通行できるほどの広さだ。
裏口をくぐり、すぐ右側に階段がある。
時計回りの構造。
階段の幅は大人2人が悠々と歩けるだけのスペースを有していた。
「おい!」
階段を目の前にし、ハンズから声がかかる。
引っ張って先行する藍と、引っ張られるトキは足を止めて振り返った。
「持っていけ」
ハンズはトキに向ってある物を投げた。
そう言われ、投げ渡された物は、
「銃……」
リボルバーだった。
受け取った時、バレルを握っていた。グリップを握り持ち直す。
「行くわよトキ」
少しでも装備しておけば気休めになるだろうというハンズの心遣い。
藍は再びトキを引っ張って行こうとした。
が、トキはそれを拒み、今度は自分ひとりの力で屋上を目指した。
実のところ、藍の握力が強すぎたのもある。
痛くてたまらない。
「行こう」
言って、階段を上り始める。
ハンズは2人が進み始めたのを確認し、事務所内へと目を向ける。
(ゲッ……見誤った)
階段を踏みつける乾いた音が少しずつ小さくなっていく。
そのことから、今のところ順調に進んでいることがわかるが――
(ぃやべっぇ…!)
藍は階段の折り返しまで進んでいた。
トキも必死になって藍の後を追う。
(どうしてだ?)
それはいきなり訪れた。
階段を駆け上がり始めてすぐ、トキの頭に疑問が浮かぶ。
(本当に、敵が来ているのか?)
実感が湧かない。
(敵の姿が見えないから?)
移動速度がやや下がり、トキの目が周囲の建物や裏路地、建物の合間から見える景色へと移ってゆく。
人の姿が無い。気配さえしない。
今のハンズや、前のボルトにしてもそうだが――
(流されっぱなしだな、オレ)
本当に敵が来ているのか?
藍とハンズはそうだと言っている。
が、それがもし、間違いだったら?
しかし、それがトキと藍たちの間にある経験の差だった。
トキは気付いていない。致命的な実戦経験不足だということに。
だから“戦い”がもつ独特の雰囲気を読めない。
しかし、さすがのトキもハンズの姿が裏口に見えたと同時に、闘いの始まりを認識した。
サブマシンガン:マイクロUZIを事務所内に向かって乱射するハンズ。
激しいマズルフラッシュ。
作り出すされる閃光。
同じく生まれる影。
「マジ急げっ!!」
向きを変え、ハンズは叫んだ。
階段全体の中間まで来たトキが足を止め、ハンズの方に目を向けていたからだ。
「トキ!」
服を引っ張られ、トキは再び走り出す。
周囲が闇に染まっていく。
すでに夕日はほとんど見えないが、空はまだ明るさを残している。
建物の影に位置するこの場所。
直接夕日が見えない。
どれだけ暮れているのか、頭上の空で判断するしかない。
電気の灯り始める周囲のビル。
ほとんど漆黒に染まった裏路地。
ふと、奇妙なひっかかりを覚えた。
(あれ?何か…)
いま、裏路地で何か――光った?
そんな疑問を抱いたのも一瞬。
銃声で我に返った。音が近付いている。
(ハンズも昇ってきたんだ!)
再び昇りだす。
トキはつまづかないように注意し、出来る限り全力で階段を駆け上った。
「一段:」
その時だった。
折り返しを通過した時だった。
突如、トキの方へと振り返り、藍は術を唱えた。
「薄!」
「え!?」
訳も分からないトキは走り続け、途中で僅かに振り返る。
そこには、
(な!)
黒ずむ夕空。
溶けていくような薄闇に紛れ、漆黒の衣装に身を包んだソイツは居た。
数秒前にトキが通り過ぎた場所へとカトラスを振り下ろそうとしていた。
カトラスとは、海賊や船乗りが使ったとされるサーベルのことだ。
いま、ソイツがスローモーションで動いているのは、藍の術のおかげだ。
「なんだ!?」
わめきながらもトキは再び走り出した。
ふと、藍の術はソイツを対象に発動されたものだと理解する。
もし、藍が術を発動しなかったら――
「ボゥっとしないで!」
一喝を喰らい、トキは考えるのをやめた。
そうだ。振り返っている暇は無い。立ち止まっている場合ではない!
一刻も早く、屋上へ!
(敵が追いついてきている!)
最後の折り返しを通過し、駆け上がる。
自然と前へ進む足が速くなる。
(こんな狭い所じゃ……!)
いざとなったら逃げる場所がない。
そうなれば本当に終わりだ。
急げ。
もう少し、あと少し――
(広い場所なら、藍だって有利に戦えるはず!)
そして、トキは屋上の足場を最初の一歩が踏みしめる。
到着。
――と同時だった。
「飛べ!」
「飛んで!!」
2人の声がトキに浴びせられる。
トキは咄嗟の指示に反応できなかった。
自己判断しか残されてない!
急ぎ横へとサイドステップ。
(何なんっ……!?)
自分のとった判断が正しかったのか確かめる暇は無い。
直後――
金属同士がぶつかり合う音と――
サンドバックか何かを思い切り殴りつけたような音が響いた。
《間に合った!》
そして判断は正しかった。
トキの場合、負傷を免れたことがその証拠。
藍の場合、ナイフを打ち落とせたことと、前に出ていたこと。
そうでなければ、上から襲い掛かってきた奴の攻撃をまともに喰らうところだった。
2人は急いでその場から離れた。
屋上の中央。
そこで足を止める。
後ろから追ってきたハンズは2人のそばへと急ぎ――
3人は屋上の中央で足を止め、互いに背中を向け合う形となっていた。
「ハンズ……本当に4体だったの?」
ハンズは昇ってきた階段の方にいる敵へ。
藍はハンズの左後方。
トキは右後方へ背中を預けていた。
「ルせぇよ。俺の眼には4つしか映らなかったんだ」
「明らかに……10体はいるわよ?」
(囲まれた!?)
リボルバーのグリップを両手で握り、トキは銃を構える。
不安がないハズはない。
「何なんだコイツ等!?」
トキの嘆きを2人は黙殺し――
2人に代わりに、敵のリーダー格が1歩前へ出て自らの正体を口にした。
「我々はアヌビス。
お前達に用があって来た」
褐色の肌。
黒いボロキレのようなマント。
体のあちこちに見える刺青。スキンヘッドの頭にもそれが彫られている。
全員が同じ格好、同じ刺青をしていた。
唯一、所持している武器だけがそれぞれ違う。
「お前等の正体なんざブッ倒してから教えてやろうと思ってたのに、手間省いてくれて助かったよ」
「目的は何?」
(今度はアヌビスかよ……)
自称(本当かどうか知らないのはトキだけだが)アヌビスを前にした3人の感想がそれらだった。
リーダー格の男が両手に持っている武器はキングコブラナイフという物で――
それは見た目でわかる程凶暴そうなナイフなのだ。
そんな物を持つ男に嫌味同伴で言葉を返すハンズ、単刀直入に質問する藍。
トキは呆れ半分、現実逃避半分……
正直、トキが想像していたアヌビスとは大分違う。
どう見ても外国人――にしか見えない。
リーダー格の説明をトキがどう受け止めたのか、藍は気になっていた。
(ショーテル、ファルシオン、モーニングスターに……)
ハンズの目がアヌビスたちの装備へと映る。
ショーテルとは、大きく弧を描いたよう刀身の武器。
ファルシオンは、“中国で言う青竜刀”の西洋版。
モーニングスターは棍棒トゲ鉄球のことだ。
同じく、藍も敵の装備を観察してゆく。
(マチェット、カトラス、シィアー、スローイングナイフ、スピア)
更に同じく、トキの目もそれらの装備へ向いてしまい、
「ナイフに、ボウガンまで……」
刀剣系が5 遠距離系が2。
鈍器が1 そして長物が2。
「大人しくしていれば苦しまずに逝けるだろうし、居られるだろう」
1体……いや、1人の男が言う。
それに対して、またしてもハンズが…
「生憎、俺は死ぬ気がしねぇんだよ」
強気な態度で言い返す。
正直、いつも強気な奴だ。
ここ数日でそれを知ったトキは、知ったばかり故に軽く驚いていた。
この状況でも虚勢でなく、本心から胸を張って言い返している。
今のトキには到底出来ない行為だ。
「貴様は存分に苦しめてから殺す予定だ。安心しておけ」
「ぁんだとこの――」
「もう一度聞くけど、目的は何?」
完全に無視されていた藍が再び質問する。
その質問にはスピアを持った男が答えた。
トキは息を呑んだ。
いつ襲い掛かってくるかもわからない緊張。
(まさか、俺?)
メイトスの話を聞いたばかりのトキはそう思った。
アヌビスたちにも狙われている?
いや、メイトス以外の奴らにも狙われているんじゃないか、と。
「ひとつは、藍。貴様だ」
「……私?」
「ふたつ」
疑問を浮かべ、呆気に取られた藍を放って置き、今度はショーテルを持った女が口を開いた。
ハンズの視線がその女とぶつかり合う。
「色世 時の拘束 あるいは殺害」
つうか、捕まえるか殺すかハッキリしろよ。
トキは、自分の率直な考えに対し、その殺害対象が自分であることを思い出して震えた。
自分から死のうとしてどうするんだよ!
アホかオレ!
そんなトキの心境が誰かに伝わることはなく――
3人目。
ボウガンをトキに向けている男が言う。
「みっつ、お前らの足止めだ」
(足止め?)
トキとハンズが疑問を浮かべている時、藍は1人、ある方角へと慌てて顔を向けていた。
頭の中に考えうる限り、最悪のシナリオが描かれていく。
藍が見つめるその先にあるものは――
(まさか!)
そう、病院。
「私に、何の用なの!?」
顔を向け直し、藍は質問した。
「分からないのか?」
マチェット。
一番距離が近い敵が、それを持ったアヌビスだ。
「例のサムライソードを――」
「断るわ」
即答。
トキの頭の中、サムライソード=日本刀と繋がった。
「ならば殺して奪うしか……」
「それは無理よ」
藍は即座に否定した。
2人の会話を聞きながらハンズは苛立っていた。
「“生死繋綴”を使いこなせる者は、この世に存在しない」
「ならば何故、お前が持ち、使い続けている?」
トキに今の会話を理解するだけの余裕は無い。
目の前にはボウガン構えた奴がいるんだ。
いつ撃たれるかわからない。
余裕をもてないのが当然だろう?
藍はリーダー格アヌビスの質問に答えをつまらせていた。
「それは――」
「おい!
今日は女みてぇによく喋るじゃねぇか!? えぇ?」
ハンズが叫び、会話を中断させた。
(チッ!何だかんだ結界まで張ってやがる!)
アヌビスたちの背後を見て、それを確認する。
「足止めも任務のうちだからな」
リーダー格の放った一言を聞き、ハンズは完全に口を閉じた。
――足止めが目的。
藍もハンズに倣い、口をつぐむ。
(そうだ。理由なんてどうでもいい。
それに、彼女が目的なら急がないと)
頭の中を整理する。
敵はアヌビス。
まだ、力を解放していないようが、チームワークに手こずることは必死だろう。
(“生死繋綴”は使えない……)
奪われるわけにはいかない。
仮に、奪われたとしたらのなら、命に代えても取り返さなければいけない。
だが、戦いながらトキを護ることも同時に出来るか?
(戦いながら、全てを護ることが、本当に今の私に出来るのか?)
いや、出来ることをすればいい。
いつも通り、全力で。
「そう。それなら、終わりの音を聞かせてあげる」
言い終えると同時に、藍が右手に握る棍棒:理壊双焔破界(リカイ ソウエン ハカイ)に黒い符を張る。
それを垣間見たハンズは……
(へぇ〜、やる気満々じゃん〜♪)
軽く驚いた。
その瞬間――
アヌビス全員が仕掛けてきた。
(戦闘開始ぃ!!)
真っ先にクロスボウの矢が放たれ、真っ直ぐトキに向かう。
更に同時。
複数のスローイングナイフがハンズに襲い掛かった。
「なめんよ!!」
飛来したナイフを全てナイフ1本で捌き、マイクロUZIの引き金を絞る。
銃声!
ファルシオンという反り返った刀身の剣を持ったアヌビスが、正面からハンズの銃撃をまともに受け、崩れていく。
「理壊“奏淵”破界(リカイ ソウエン ハカイ)」
戦闘開始直前――藍は理壊双焔破界を変化させた。
“双焔”から“奏淵”
炎から、崩壊音詩へ。
“理壊奏淵破界”を形成し、1本の奏淵を2本へと分割。
「華創実誕幻。一段:茨!」
藍の足元から10本のツルが生える。
死角防御と対空迎撃、援護の時によく使う術だ。
(トキを護って!)
トキめがけて放たれたクロスボウの矢は、間一髪のところでツルに突き刺さり、トキへの直撃を妨げる。
茨の発生するサークルがトキの足元へと移動する。
「トキ、ココを動かないで!」
理壊奏淵破界の片方をトキの背後に突き刺し、藍はアヌビスの群れに走っていく。
「はぁ!?ちょっ」
「大丈夫!私の術が護るから!」
「護るって、無理ねぇか!?」
トキの背後に刺さっている理壊奏淵破界ならともかく……
足元に描かれるサークル。
そしてサークルを作り出している線から生えるツル10本。
対峙している敵はアヌビス。
強さの程は分からないが、間違いなくハンズや藍のような力を持っているだろう。
アヌビスのSRとか言っていたし。
それを護ってくれるって……
ツル10本で?
(無理じゃねぇ?)
と、その矢先。
何かがツルに弾かれた。
(え?トゲ鉄球……?)
モーニングスターという武器(“柄に鎖でつながれた、トゲ付き鉄球”)を持ったアヌビスだ。
ジャンルは鈍器。
そのアヌビスを弾いたのはツルだった。
うち1本のツルがトキの方に先端を向ける。
もし、ツルに口というものがあったのなら、『これでもか?』と言っていただろう。
「ぅおらぁぁぁ!!」
マイクロUZIを乱射するハンズは、スピアとシィアーを持った2人のアヌビスを相手にしていた。
(弾切れ!)
UZIが弾切れを告げる。
が、長物の近接武器のスピアとシィアーが一定の距離から同時に襲い掛かってくるため、錬金術を使う余裕が無い。
(……隙が)
変則的攻撃パターンとコンビネーション。
だが、
(そうでもねぇか!!)
ハンズの手の中で、マイクロUZIが形を変えていく。
マシンガンにこだわる事は無い。
手元にあるものだけで道を切り拓く!
(芹真に出来て、オレにできねぇことは……!!)
錬金と同時に、スピアが心臓狙いの一突き。
回避、ナイフでスピアの軌道を左に反らし…
同時。
シィアーが横薙ぎで襲い掛かってくる。
シィアーは薙刀に形状が似ている武器であり、薙刀との違いと言ったら、シィアーの方は刃の反り返っている側で斬撃を加える武器だ。
ジャンルでいうなら『長鎌』。
内側が刃物。
ハンズはその斬撃も後ろへステップし、躱わす。
スピア、顔面狙い。
上半身を左へ。
躱わす。
シィアー、右肩狙い。
(クソ!前言撤回!やっぱ隙が少ねえ!)
身を屈める。
ギリギリのところでシィアーを躱わす。
ハンズが2人を相手にしている時、藍は1人でナイフ、カトラス、ショーテル、クロスボウのアヌビスを相手にしていた。
藍の攻撃は一つ一つが一撃必殺級の威力に限りなく近い。
下手な攻撃を仕掛けることが出来ないアヌビス(×4)は、コンビネーション変則一撃離脱戦法をとり、入れ替わり立ち代り、藍 に攻撃を加え続けている。
正面、クロスボウ。
狙いは、心臓。
理壊奏淵破界でクロスボウの矢を弾く。
左、ナイフ。
がら空きの左肩に斬撃を受ける。
が、ダメージは無い。
奏淵、横薙ぎ!
空振り。
「……」
(――後ろ!)
カトラスの振り下ろし。
理壊奏淵破界で防御、反撃。
また空振り。
休む間もなくショーテルが続けざまに襲い掛かる。
足元から腰部めがけての斬撃。
奏淵の防御が斬撃を防ぎきった。
(結界か何かが――
あれ、この角度……)
ちょっとしたことに気付き、藍はすぐさま行動に出た。
それは、僅かなチャンス。
「薄!」
ショーテルのアヌビスは横っ飛びでそれを回避する。
一瞬の隙を利用し、藍は遅滞効果のある『薄』をかけた。
が、その対象はショーテルのアヌビスじゃない!
――シィアーの刃が掠める。
ハンズの目に、次の攻撃を仕掛けてくるアヌビスが写った。
スピア、狙いは頚動脈!
(く!スピ…あ?
動かない?
遅……藍か!!)
ハンズの左脇を突こうとしたアヌビスの動きが止まっていた。
それは、藍がかけた薄を受けた所為だ。
ショーテルのアヌビスの斬撃を防いだ藍は、ショーテルとスピアのアヌビスが偶然にも一直線上に位置していることに気付いた。
それをやった藍は、再び4体の相手に戻った。
ペアを組んでいるシィアーのアヌビスも驚き、何とかその埋め合わせをしようと猛攻をしかけてくる。
「遅ぇんだよ!」
同時に、マイクロUZIの錬金が終わる。
左手で新たに創生したナイフを、逆にスピアを持ったアヌビスの頚動脈に突き立て、
シィアーの斬撃を右手のナイフでいなす。
体勢を崩したアヌビスの脇腹を蹴り・・・
その一瞬。
ハンズの集中力は極限に達し、右手で最高の錬金術に成功した。
それにより生まれたものは、最強靭・最硬質の――
バタフライナイフ。
「そらぁ!」
横薙ぎにナイフを滑らせ、シィアーの柄を切断。
落ちたシィアーの先端が独特の落下音を響かせ――
同時。
銃声が響いた。
「いっ!」
藍とハンズがそれぞれ戦っている一方で――
スローイングナイフ、マチェット、モーニングスターを持ったアヌビスは、トキをなるだけ無傷で手に入れようと必死に(ツルと)奮闘していた。
トキは、ハンズに渡されたリボルバーを使った。
狙いを定め、引き金を引く。
藍の言ったとおり、トキはしっかりツルに護られている。
おかげで慎重にと狙いをつけることが出来た。
が、しかし……
(なんて、反動だ!)
1発。
たった、一度の銃撃の反動・音・衝撃に戸惑っていた。
銃撃を甘く見ていた。
(でも、俺だけが……)
1人、足手纏いになりたくない。
その思いがトキの中にあった。
いつも、除け者にされているような感覚があった。
喧嘩が起こっても“結局自分に関係の無い”と自分に言い続けてきた。
他人が倒れている。
泣いている。
叫んでいる。
睨む。
困っている。
笑う。
知ったこっちゃない。
――どうせ、他人事。
弾は真っ直ぐアヌビスへ。
しかし、構えられたマチェットの厚い刀身によって簡単に防がれてしまう。
衝撃で手が痺れる。
(くそっ!あと、何発撃てる!?)
全弾撃ち切る自信は無い。
たった6発のリボルバーなのに。
――カチ
生活の中に何かが足りないと感じ、閉じ篭った。
自分を見つめ返せば、何かが見つかるかもしれない、と。
だが、
「くそっ!」
引き篭もっても、何かを見つけることは出来なかった。
アヌビスたちは余裕を持って死角を探っている。
(後、4発)
すでに手が震えて止まらない。
痛い。
自分の非力さを克明に感じる瞬間。
(ここでもか?)
手に伝わる衝撃で汗が滲み出した。
トキの手に握られているリボルバーは、威力が高い。
故に、反動も強い。
(銃さえロクに使えないなんて)
ふいに、脳裏に自分のクラスが浮かんだ。
クラス内での決闘。
引き篭もる前にトキも一度はあの場に立っている。
自分が『主役/決闘者』になれるその瞬間、何かが見えそうな気がした。
こうなりたかったのか?
――違う。
自分に言い聞かせた。そうじゃないハズだ、と。
どこかズレている。
自分の中のもどかしさが増す。
瞬間、アヌビスが立ち止まった。
(止まっ、今なら!)
痺れる両の手。
全神経を指に集中し、引き金を絞る。
銃撃!
しかし、フェイント。
余裕を持て余したアヌビスの1人が、トキに銃撃をさせるためわざと止まったのだった。
(ちくしょう……)
クラス内での決闘。
結果はトキの完敗だった。
相手はクラスのナンバー4、“ジェイソン”こと:佐野代悠弥。
《戦いを理解できてねぇ奴がしゃしゃり出るな》
今でも、その一言が頭のどこかで渦巻いている。
そう。
(戦い……)
改めて、これが本当の戦いなのかと考える。
指が震える。
動かない。
正直、何十秒かは引き金を引きたくない。
(生死を賭けた戦い)
それが目の前――
自分の周囲で繰り広げられている。自分を巻き込んで。
全員の目に灯る殺意。
何がそれを灯し続ける原動になっているのか?
場の雰囲気に当てられたトキに理解するのは不可能だった。
まして、つい最近セカンドリアルの世界を知ったばかりのトキには。
(来る!右、いや!
左か!?)
アヌビスたちの動きを目で追う。
が、すぐに見失ってしまう。
(疾い!)
アヌビスたちはフットワークを駆使して茨の隙を作ろうと考えていた。
トキを護る茨。
トキの手にあるリボルバー。
ガンナーとして、トキの腕は素人。
だが銃は一級品。
そのためアヌビスたちは迂闊に踏み込めない。止まらない。
――もう、やめたい。
再びツルによってアヌビスが弾かれる。
が、あらかじめ防御の姿勢で向かってきたらしく、弾かれた後すぐ体勢を直した。
――頃合か。
ナイフ、リーダー格のアヌビスが、場の状況からそう判断した。
「全員、解放せよ!」
宣言し、それと同時……
倒れたはずのアヌビス達は復活した。
(マジかっ!?)
ハンズがシィアーのアヌビスを仕留めたのと同時にその宣言がされた。
セカンドリアルの開放。
最悪の展開。
全てのアヌビスが纏っていたマントを取る。
そこにしなやかな筋肉が見られたのも束の間・・・
次の瞬間、三人が相手するアヌビスに異変が起こった。
(何なんだよ!?)
トキの目の前で、一体のアヌビスが変態していく。
筋肉は盛り上がり、次第に漆黒の肌へと変わってゆく。
顔は人間のものではなく・・・犬や狼のような形を作っていた。
(二脚の狼……いや、犬!?)
どちらも似たようなものだと感じた瞬間、そいつらの変態は完了していた。
暗闇に溶ける漆黒の肌。
異常に膨らむ筋肉。
人間離れした作り、体躯。
(アヌビス――この形態相手だと厄介なんてものじゃねぇ!)
ハンズは焦りを感じる以外なかった。
藍も舌打ちする。
「改めて言い渡そう。
我々は協会の“死魂管理局担当者”アヌビス」
最初にナイフを持っていたアヌビスが言う。
姿形は変わったものの、声や話し方に変化は無かった。
「ひとつ。元哭き鬼族の藍。
貴様の持つ刀:生死繋綴は『死』の定理を覆す。
“重罪”
よって、力尽くで奪取させてもらう」
藍の眉がピクリと反応を示した。
続いて、ショーテルの女。
「ふたつ。色世 時のテロリスト加担・加入を防止。
よって、捕獲あるいは抹殺」
(テロリスト?)
その単語を聞き、藍の言っていたことを思い出し、ふと思う。
コイツ等はテロリストを恐れているのか、と。
藍から聞かされたテロリストの割合はごく僅かなもの。
それに対する協会の割合は非常に多い。
結局、数だけの集団なのか?
「現時点でテロリストと共に戦っている。
有罪――
だが、存在価値は大いにある」
「色世 時を捕まえる?」
「いや、殺そう」
「だが、価値はある」
アヌビス達だけの会話が飛び交った。
その間、ハンズと藍は初期位置……トキの傍まで戻ってきた。
「捕まえよう」
「ツルが厄介だ」
「問題ない」
「問題は――」
結果が出るまでそうかからない。
相手はアヌビス。
統一されたかのような意志の持ち主たち。
故に、セカンドリアルの世界では群を抜いて連係プレーに長けている者達だ。
『鬼の姫』
最初の標的が決定する。
アヌビスが動いたことを五感で悟った瞬間――
正面から強力な衝撃が藍に襲い掛かる。
「うっ!!」
辛うじてガードが間に合った。
というより、勘で行ったガードが的中した。
速い――見えない!
どのアヌビスがやったのかさえ検討がつかない。
今のが『打撃』であることはわかる。
が、何による打撃なのかはわからない。見えなかった。
「おい!」
ハンズが声をかける。
まだ、トキの手から痺れが取れていない。
付け加え、変態したアヌビスの姿に軽く動揺している。
引き金を引こうにも引けない。
「クソッ」
小声でそんなことを漏らしても、痺れが早く抜けてくれるわけじゃない。
止まっていたアヌビスも銃声と共に動き出す。
ハンズは新しく作ったサブマシンガンで弾をばら撒く。
「舐めんじゃねぇ!!」
が、それより早く、何かが顔の高さを横切る。
ハンズの側頭部へ何かが一撃。
何が打たれたのか分からない……
アヌビスによる何らかの一撃は、ハンズの意識を夢の彼方へと持っていき――
藍とトキが残された。
背中を合わせ、それぞれアヌビスに目を向ける。
向き合わなければ負ける。そんな気がした。
そんな2人を見てリーダー格が言う。
「少し順番が変わったが――
次は貴様だ」
宣言と同時に、リーダー格を抜く全てのアヌビスが2人に襲い掛かった。
「二段、下:紫苑!」
ツルが複数のアヌビスを弾く。
同時に藍の術で2体のアヌビスの動きが緩やかになり、術が成功したことが分かる。
二段、下:紫苑の効果は、視覚奪取。
術をまともに受けた者は視覚を奪われ、闇の中を彷徨うことになる。
ある意味藍の中では獄段と同じ、便利かつ凶悪な印象を持つ術なのだ。
が、それだけで止められるアヌビスではない。
(いや、諦めんの早ぇって……)
藍に背中をあずけたままトキは怯えていた。
数秒前、アヌビスの変態を目の当たりにしたトキは自分の死を想像してしまった。
まだ、何もしていない、何もされていないのに震え上がる自分。
(藍が戦ってる……)
背中合わせの状態。
藍と藍の術がトキを護ってくれる。
護られている。
ハンズには錬金術があり、
藍は、陰陽術。
敵のアヌビスの力がある。
(オレには何も無い)
渡された銃一丁に頼るしかない現実。
非力。
歴然とした力の差。
ただの人間である自分がここにいる理由。
(わからない)
もはや自分以外の者は、人の域に留まることをやめたものだとしか思えない。
ふと、そんな思考が湧いた。
とにかく――
とにかく、恐い。
全員の殺気が。
その場の空気が。
自分ことは自分が一番良くわかる。
震えが止まらない。
(これが実戦!?)
自分の取る行動ひとつひとつが、死に直結する。
そう考え下手な行動が出来なくなる。
慎重に考えようとしても、頭がうまく働いてくれない。
しかし、トキが縮こまっている間も時間は流れ続ける。
それが現実。
早く終わってしまえと願いたくなる。
いや、すでに望んでいる。
(もう少しで)
痺れがだいぶ引いていた。
何とか自分を持ち直す。
それでも――恐くてもやらなきゃいけない時がある。
それが今だ。
次にアヌビスが隙を見せたら、迷わず引き金を引こう!
運良く当たるかもしれない。
そう決意した時だった。
「くっ!」
ふと気付く、自分のものじゃない呻き声。
自分が安心して前を向いていられる理由。それが藍の存在。
背中をあずけられる確かな人間。
その藍が片膝をついた。
(やばくないか!?)
いくら藍が強くても、超高速移動中のアヌビスたちの攻撃を凌ぎきれない。
数の利、力の差。
集団戦術に長けているのは一目瞭然。
そんな奴らを相手に、藍はたった一人で立ち向かっている。
ツルの動きが、僅かに緩んだ。
カチッ
「やめろよ」
ほとんど無意識的に、つぶやいていた。
これ以上……
震える肩。
こみ上げる怒り。
誰に対する怒りなのか、時々わからなくなる。
ただ、黙ってはいたくなかった。
「トキ」
藍は、トキに自分の心配をしないよう言おうとした瞬間だった。
藍の目に、トキの肩越しにそれが見えた。
(クロスボウ!)
トキは気付いていない。
茨――弱っている。
間に合わない!
反応できない、大きな隙。
一瞬、藍の頭の中は後悔で溢れそうになった。
ココでトキに死なれたら、自分はどう償えばいい?
まだ、目標を果たしていない。
また、誰かの死に立ち会うことになるのか?
記憶の中で最も親しかった者。
その者と瓜二つのトキ。
また、何も出来ないの?
(いや、何とかしろっ!)
藍は自分に言い聞かす。
死んでほしくない。
どんな状況に陥っても、どんな奴と組もうと、どんな事になろうと……
とにかくトキには死なないでほしい。
死なせるものか。
(動け!)
何故か利かなくなってきた腕に意識を集中させ――
一瞬後、藍は混乱した。
命中。
(ト……キ?)
その事態に驚くトキと藍。
両者にとって、予想外。
(いや、私……)
深く突き刺さった矢。
文字通り痛感した。
左肩。
そこから伝わる痛み。
気付けば、ほぼ一直線上に2人は位置している。
クロスボウの矢先が、トキの背中向いているように見えたのだ。
(見誤った――?)
らしくもない自分に違和感を覚える藍。
いつもなら、こんな仕掛けを見破るのは造作ないハズ……
「叩き伏せろ」
リーダーアヌビスがトキを睨み、他のアヌビスに号令を下す。
藍の右手が左肩に刺さった矢にかかる。
同時だった。
動揺している所につけこまれ、藍は矢を引き抜く時間を奪われた。
――スターフレイル。
藍の右足首の骨が砕ける音が響き、バランスを崩す。
が、何とか腕で持ちこたえたところに、
――ショーテル。
背中に切り傷が生まれる。
電撃に似た鋭い感触。 それが痛みとなって体を走り抜けた。
――スピア。
藍の左肘を骨ごと貫通。
――再び、スターフレイル。
鈍く、重たい衝撃が右脇に走る。
「やめろよお前らっ!!」
叫んだ。
だが、
――スローイングナイフ。
複数の鋭い刃のナイフが藍の背中に突き刺さる。
叫びながらもトキの目にはしっかりと藍の姿が映っていた。
立て続けに喰らう斬撃と打撃。
体中を染めていく流血。
――マチェット。
左アキレス腱、切断。
両足に深刻なダメージを貰ってしまう。
(死ん…じまうのか?)
周囲に飛び散った血の量。制服に滲む血の量。どれもが致命的だ。
トキは、自分だけが無傷であることに気付いた。
切り傷から覗く肉はとても痛々しく、初めてそれに気付いたトキは目を反らした。
藍は声を出さず、アヌビスの攻撃に耐え続けている。
(やばい……かも)
見えない攻撃が容赦なく続いた。
藍ひとりに。
集中して、連続的に。
同時にトキは連続的に痛感した。 自分の無力さを。
「そこまでやる必要ねぇだろ!?」
少しでも、この現実に抗議せずにはいられなかった。
自分の目の前で展開されている一方的な戦闘。
最早、弱い者いじめや私刑のようにしか見えない。
胸糞悪い……
アヌビスの取る行動、それ以上に苛立つ自分の非力さ。
「わたし達からも聞きたい」
トキの叫びに、ショーテルとリーダーアヌビスが応えた。
「どうしてアナタは一歩も踏み出そうとしない?」
(一歩……)
「何故いま引き金を引かないの?」
「叫ぶだけのキサマに我々の行為を止める術は無い」
ツルがギリギリ届かない場所まで歩み寄った2体のアヌビス。
対峙した瞬間、トキはまともに目を合わせて睨み合うことが出来なかった。
――恐い。
「何故、口で抗議しかできない?」
(何だ……なにを言いたい?)
疑問を抱きながらも、トキは震え続けた。
この距離なら、弾は当たるんじゃないか?
引き金を引け!
今しかないだろう?
……だが、体が言うことを聞いてくれない。
「安心しろ。震えるだけのキサマは一番最後だ」
言い終えて振り返るリーダーアヌビス。
それと同時だった。
――藍が地面に伏す。
「………大した生命力だ」
アヌビス全員の動きが止まっていた。
藍は生きているが、立つことさえ出来ない重傷を負っている。
逃げ場もない。
この状況を打開する知識も、力もない。
「――キ」
声が届いた。
首にまで矢が刺さり、力なく弱った藍の声が。
「――となしく――て―ば」
大人しくすれば傷つくことは無い。
そう言いたい。 そう伝えたい。
だが、言えない。
伝わらない。
ノドに斬撃をくらっていた。その所為でうまく声が出ない。
(やっぱり、ダメか……
この結界内だと解放もできない)
思っていた以上のダメージを受けた藍は、アヌビスの実力を思い改めた。
「さぁ、その状態では何も出来まい。
刀を渡せ」
両手両足をつぶされた藍は立ち上がることも出来ずに、地面に伏している。
1体のアヌビスが屈み、藍の体を探った。
「符術士の真似事か?」
他のアヌビス達から笑いが漏れる。
カチンッ
それは藍が戦闘用に自作した術式の符だった。
「――し―に―――れた」
藍の手が伸びる。
横たわった状態でも、右手がアヌビスの手に握られた術符へ。
藍が掴むよりも早く、蹴りが入った。
顔面。
口の中が切れた。
広がる鉄の味が、それを教えてくれる。
でも、諦めない。
「―――れが―んてん」
聞き取れない声で、藍は何かを言っていた。
トキを護るツルが弱体化していく。
藍の手が符を掴み――
それを見逃さない。 スローイングナイフが符を握った藍の手に突き刺さったのは、ほぼ同時だった。
「いつまでも嘗めてっと、そのまま死ぬぜ」
投擲したアヌビスが藍に言う。
アヌビスにとってこの場で一番厄介な存在が藍だ。
下手をすれば、自分達が大きな損害を被りかねない。
それ程の戦力を持つ。
SRじゃないトキは眼中になく、故に、アヌビス達は彼女に意識が集中し――
――ハンズを甘く見ていた。
「ぅおぉぉらぁぁぁぁぁぁ!!!」
その光景と大声にアヌビス全員が驚いた。
予期せぬ咆哮。
銃撃、奇襲。
「なめんじゃねぇっ!!」
ザコと決め込んでいたSRの復活。
殺したわけではないが、確実に麻酔を撃ったはず。
張本人であるクロスボウのアヌビスが一番驚いた。
ファルシオンを持ったアヌビスのフェイクヒットとなった、側頭部への平手打ち。
バレないタイミング。
感付かれないポジションからの、狙撃。
頚動脈をほんの僅かにかすり――
それでも十分矢に塗られていた麻酔が全身を回ったはず。
それなのにハンズ――錬金術師は動いている。
しかも、麻酔を撃たれたにもかかわらず、まで驚異的な身体能力を示していた。
(USAS-12を両手持ち――
それも走りながらこれだけ正確な射撃を)
USAS-12。
銃器の中ではショットガンに分類される代物だ。
12番ゲージのシェル使用のセミオート・ショットガン。
ボックスマガジンで10発。ドラムマガジンなら20発。
いまハンズが使っているのはボックスマガジン。
10発の両手持ちで計20発。
一丁6Kgオーバーのショットガンを軽々と振り回し、アヌビス4、5体にダメージを与える。
乱射のようにも見える超精密射撃!
弾が切れる前にUSAS-12の片方をリーダーアヌビスに投げつけた。
もう一つには、高速錬金。
叩き落されるショットガン。
ナイフを創り上げ、ハンズは勢いのままリーダーアヌビスへ突っ込む。
「遅すぎるなどという言葉で収まらないな」
その行為に落胆するかのように吐き捨てるリーダーアヌビス。
――最速の突き。
ナイフの刃先はアヌビスの胸元を目指していた。
「フッ!」
直前だった。
リーダーアヌビスの胸元にナイフが突き立てられるまでコンマ数秒というところ、それは起こった。
根元から折れるナイフ。
突き刺さる前に折れた。
いや、折られたとしか考えられない。
手に残る衝撃がその証拠だ。
「ハァ…
ハァ………」
眼力の限りでソイツを睨むハンズ。
「残念」
息を切らすハンズの左側。
それをやった張本人がいた。
「テメェか、クソっ!」
モーニングスターを持ったアヌビスを睨み続けて毒づく。
コイツがナイフを折った――
その瞬間、視界に異変が起こる。
「ズィ・エンドってね!」
何の前触れもない、超高速回し蹴り。
いつ近付いたかさえわからないカトラスのアヌビス。
ボディ――
そいつを喰らった瞬間、ハンズの肋骨が軋んだ。
(ヤベッ効きすぎ!)
高速で移る景色の中、ダメージの高さに気付く。
背中から着地と同時にハンズは自分に力が残されていないことを悟った。
体の調子がおかしい。
「ハァッ!ハァッ!ハッ!」
(毒?
……いつだ?
神経系?
何なんだ、ツボか?
クソがっ!!)
体がうまくいうことを利いてくれない。
いまの回し蹴り――確かに、特筆すべき威力はあったが、体が言うことを利かなく程の威力でもない。
3発くらいなら耐え切れる。
だが、アヌビスは、
「終わりだな」
リーダーアヌビス。
そいつはハンズに対し、永久の幕引きを望んだ。
カチンッ!
その瞬間、リーダーアヌビスがトキの目の前から消え――
同時にハンズも気付く。
いつの間にか、ハンズの目の前に移動しているリーダー。
握りなおされたキングコブラナイフ。
(やっべぇ……!)
息を飲むハンズ。
アヌビスはハンズの胸元を片手で掴み、軽々と持ち上げて見せた。
ガチッ!
それが目に入った瞬間――
トキは動いていた。
藍はすでに何も出来ない状態。
その時、思ったのだ。
もし、ここで動かなければ一生後悔するかもしれない。
オレが引きこもったのは、勇気が足りなかったからかもしれない。
1体のアヌビスがトキに気付かせたのだ。
“どうしてアナタは1歩も踏み出そうとしない”
自分から踏み込んでいく勇気。
トキが忘れていたもの。
人の流れに翻弄されず、自分の流儀を貫き通す力。
それを保ち続ける勇気。
自分を曲げないこと。
その表層をトキは思い出していた。
何となく……
感覚的に。
(助けないと!)
走り出す。
意識がナイフのアヌビスと、今にも殺られそうなハンズに集中する。
「ト――!」
藍は同時に叫ぼうとしていた。
トキが目に映る。
無防備に走り出そうとするトキ。
同時に、何体かのアヌビスがトキの行動に気付いた。
「させな――!」
更に同時、リーダーアヌビスのナイフも動いていた。
「さらば、錬金じ――」
ナイフが、片手で掴み上げられているハンズの体の一部に向かって走る。
逆手。
(首か……)
朦朧とする意識の中、ハンズは死を覚悟した。
(オレ、ダッさ――)
目の前でハンズが殺される。
いや、誰かが殺されようとしている。
それが嫌で走り出したのかもしれない。
いや、きっとそうだ。
だから、走り出しなんだ。
自分が傷つくのは嫌だ。他人が争うのも嫌だ。
それ以上に自分だけが蚊帳の外ってのも嫌だ。
とにかく夢中で。
必死に。力一杯。
茨の守備範囲内から踏み出す、第一歩。
その瞬間――
ガチンッ!
その瞬間――
トキだけが動いた。
「な!?」
一瞬体にかかった圧力。
異変に気付いたのはすぐだった。
「何だ……?」
静止。
それ以外の言葉が見つからない。
叫ぼうとして止まっている藍。
トキの側面の回りこんでいたアヌビス。
自分に攻撃を加えようとするアヌビス。
藍に攻撃を加えようとしているアヌビス。
ハンズを仕留めようとナイフを振るリーダーアヌビス。
放たれる瞬間のクロスボウの矢。
空中で静止するスローイングナイフ。
全ての“者/物”が止まっていた。
「止まっている?」
一切の物音が途絶えた世界。
周りの全てが死んでいるかのようにも思える不気味さ。
その不気味さがトキの決意を薄めた。
トキだけが動いている世界。
カチッ
また何かが頭に響いた。
(時計?)
思えば、さっきもこの音が響いた気がする。
と、その時――
「初めまして」
何の前触れもなく、ソイツは声をかけてきた。
そこに居たのは、1体のアヌビス。
(ショーテルの奴!)
リボルバーを向ける。
銃口を向けつつハンズの方へ体を移動させ、ソイツに目を向けて外さない。
この空間。
何が起こっているかわからないが、警戒するに越したことはなく――
早くもアヌビスの姿に異変が起こった。
(えっ!?)
歩いて来るアヌビスの姿が変わった。
犬のような頭をしたソイツの姿は、
(ディマ!)
一瞬でアヌビスからディマの姿に変形していた。
その風貌はどう見てもディマだ。
まだ短い付き合いだが(何度か顔を合わせただけ)――しかし、それがディマのものだと確信を持てる。
だが、何故ココに?
「ディマ……さん?」
「違うわ」
歩いてくるディマ。
しかし、そいつはディマであることを拒否した。
「どうしてディマたちが芹真事務所と組むと言い出したのか、理由がわかったわ」
その口調、声。
間近に迫り、その輪郭がいっそうハッキリする。
どれもがディマのものだ。
だが、何かおかしい。
「あんたは誰だ!
ディマじゃないのか!?」
銃口を向けられているにも関わらず、そいつは歩をやめない。
「色世 時君。
あなたに質問していいかしら?」
「質問してんのはオレの方だ!」
質問を逆に聞き返す。
「私の質問に答えたら包み隠さず何でも答える。
こんな条件じゃダメかしら?」
沈黙。
改めて、そいつを上から下まで見回す。
服装、風貌、動き方。
口調、声、顔立ち。
すべてを知っているわけではないが、それらがディマ本人のものだとわかる。
だが、ソイツはディマであることを否定した。
(誰だ!?)
何故、アヌビスがディマに?
――作戦か!?
「どうして、いま踏み出したの?」
ソイツの指が藍の発生させた茨の守備範囲を示す円に向く。
僅かな間をおき、応えようか戸惑いつつもトキは答えた。
「敵か味方かわからない奴に教える必要はあんのかよ!?」
ハンズの横にたどり着くトキ。
ふと、この空間を作り出したのが目の前のコイツなんじゃないかと思った。
「ハンズを助けるの?」
「当たり前だろ」
「何故他人を助けるのかしら?」
「なに?」
ディマが、ハンズを挟んで反対側に来た。
2人はそこで向かい合い――
「ハンズはね、過去に何度も死にかけているの」
ほとんどが自分から無謀な突撃を敢行したからである。
「ただの人だった時――
大きな事件に巻き込まれたの」
何故そんな話をするのか、トキには理解できなかった。
「その時、ハンズは一度死んでいるの。
それをあるSRが蘇らせようとした」
「それなら、尚更助けたいね。
それで、それが何だって言うんだ?」
ディマの姿をしたソイツは、歩き出した。
一度、ナイフのアヌビスの影にはいり、再びトキの視界に入る時には――
再び変化が起こっていた。
(なっ!藍!?)
背丈、風貌。
服装に、頭髪。
ディマに続き、藍の姿がトキの目に飛び込んだ。
自分の目を疑うばかりのトキ。
自然と目が、戦っていた藍へと向く。
そこに藍はいた。
静止したまま――何かを叫ぼうとしたままの状態で。
「鬼の姫候補だった藍にも辛い時期があった。
家族は戦闘で死に、兄姉妹は行方不明。
一族から追放。
一族の消滅――」
そいつが敵なのか、味方なのか――トキは混乱していた。
「それでもハンズも、藍も、目標を持って生きている。
正確には、辛い体験を潜り抜けた先で目標を見出した」
「……」
無言で睨み返す。
藍の姿を模しているソイツの真意はなんだ?
「芹真にもあるわ。一族の消滅。
ボルトやディマだってそう――魔女狩りや戦争。虐待。差別。全てを乗り切ってきた」
「ボルトが戦争?」
「肝心なのはそんなことじゃない」
(どんなことだよ……?)
手が震えていることに気付き、グリップを握りなおす。
コイツは、一体全体何が言いたいのか。
「トキは、逃げずに立ち向かった?」
「何に?」
「辛いこと」
「……知るか」
「そういう適当な答えも、逃避言動よ?」
――言葉で逃げる。
これほどうまい逃げ方は無い。それがソイツの考えでもあり、ソイツはそれを嫌う。
「ハンズや藍が人並みはずれて強いのは、SRという存在だからってのもあるけど――」
再びソイツの姿が変わる。
「どんなことからも逃げようとしなかった。
それが“共通する強さ”の秘訣なんだよ」
(お……オレ?)
トキと向かい合う、偽のトキ。
コイツも、SRだ。
それだけは確信を持って言い切れる!
「誰だ、お前!?」
「色世 時さ」
これは、夢か?
今まで出会ったどのバーチャリティ溢れる現象よりも強烈な気がした。
想像できるか?
自分の名前を名乗る、完膚なきまで自分に似た偽者。
少なくとも、トキは冷静でいられなかった。
それに、こいつはディマの姿でディマであることを否定した。
そのくせ自分の姿になった瞬間、オレの名前を名乗りやがったんだぜ?
焦る――というよりイラつく。
「そして、本当のオレは自分の力を知らな過ぎる」
「……オレのことか?」
「自分自身が一番わかっているはずだ」
カチッ
「そもそも、人は他人よりも自分を理解しやすい。
俺の言っていることに間違いがあると思うか?」
それは、ごく当たり前の事だ。
自分のことがわからない人間はいない。
自分を理解しているということが、どれだけ心にとっての安息になっているか。
それは、自分が何者で――何のため、そこに存在しているのか考えてみればいい。
僅かな沈黙の後、再びソイツは口を開いた。
「オレ(偽)からお前に聞きたい。
自分の価値に悩んだことはあるか?
あったとしたらそれは何時のことだ?」
「………」
コイツに対してまともに答えるべきか?
わずか悩み、応答を決した。
「いままでだ」
ソイツは笑う。
それが無性に腹立たしく……
それでも、引き金を絞ることは出来なかった。
カチッ
「自分の非力さ、にだろ?」
「どうしてわかる?」
ふざけた態度のソイツ。
自分と同じ姿のソイツに笑われたことが、苛立たしく、同時に気持ち悪さを覚えた。
「そういうSRだからな」
「これは、罠なのか?」
最悪、誰の支援もなしにコイツと戦うことになる。
勝ち目は無いだろう。
だが、
「コレって?」
ソイツは逆に聞いてきた。
ふざけている可能性は? ――そう考える前にトキは叫んでいた。
「ふざけるな!
どうしてコイツ等が止まっているんだよ!?」
トキがアヌビスを指差すのを見て、ソイツは溜息をついた。
何故味方ごと止める必要がある?
「人は、価値を得るために戦い続けるものだ」
一歩。
トキと向かい合って歩み寄ってくるソイツ。
その言葉にどんな意味があるのか?
或いは、無いのかもしれない。
カチッ
「色世 時。お前は自分を評価……
いや、自分の力をもっと信頼するべきだ」
トキの欲しい答えが返って来ない。
次第に詰まる2人の距離。
「動くなっ!」
咄嗟にそれだけが口から出た。
それを予想していたのか、ソイツはついに――
やっと、肝心なことを言った。
「安心しろ。オレは助けに来てやったんだよ」
「……信用していいのか?」
「無理だろう。少なくともこの空間を解かない限り」
ソイツはこの空間について知っている。
何となくそれがわかった。
「これはお前の仕業じゃないのか?」
「色世 時の仕業さ。
ただ、再生中のオレがその半分を担っているがね」
意味がわからない説明にトキは眉をひそめた。
ソイツはトキの目の前まで大股で歩み寄り、
「この空間を作っているのは“お前自身”なんだよ!」
…………
………
……ここ信じるトコ?
もしそうだとしたら――やってらんねぇ〜
そう言いたくなるような回答だった。
実際に、心の中ではもう叫んでいる。
「お前の力があれば、アヌビスどもを返り討ちに出来る」
そう言われたトキの目がアヌビス、ハンズに向いた。
助けられる。
ハンズ、それに―ー
(藍も)
静止した藍の姿が偽トキの肩越しに見えた。
「どうすればいい?」
一呼吸置き、トキは聞く。
聞かない理由はないが、聞く理由ならある。
「藍とハンズを頼めるか?」
「そうじゃなくて、どうすれば力が?」
「初心者は叫べ。ダメでも叫べ。
それがお前の力になるんだからな」
叫ぶことが自分の力になるなら……
(いくらでも叫んでやる!)
「トキ、勘違いするなよ。
お前の力は限られている。いまは、ある範囲までしか使えない。
しかし強力な力だ。お前の力は」
そして、トキは知ることになった。
自分の力――SR。
「“時間”だ」
聞いたトキはすぐに深呼吸を始める。
その間、ソイツは固まったハンズを移動させていた。
「叫べよ。“動け”てっ」
ソイツは知っていた。
目の前の男、色世 時。
コイツならアヌビスからハンズを救ってくれる。
それだけの力を持ちながら、自分の力を知るチャンスに恵まれない。
だったら、オレが教えてやろう。
そして今回だけ助けてやろう。
ついでに趣味も平行して。
――トキ。
その力は、長いSRの歴史の中でも2人しか目覚めたことのない、強力なSR。
下手をすれば無敵――世界の頂点に立つこともできる力。
使い方次第では、『死』さえも覆す。
それが、トキの力――
セカンドリアル:タイムリーダー
「さぁ、ラウンド2と行こうか」