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Second Real/Virtual  作者:
59/72

第58話-Outta Control-


【四凶(漢字表記)】


  とう てつ

『号虎 歹珍 

  食  食 』

(右の漢字、珍の部分から王を抜く)


『渾沌』


『窮奇』


 とう こつ

『木壽 木π』



 今更ですが、本編で四凶をカタカナ表記にしている理由は上記の漢字にあります。一般的に携帯やパソコンでは表示不可能なためです。

 特に、食いしん坊のトウテツと、戦闘中毒のトウコツの漢字は確実に文字化けするので、統一するという意図もあって全員カタカナ表記となっております。(もしかすればトウコツの漢字はこれでも文字化けするかもしれません……)





 




 -レーダー塔頂上-


 黒煙を誘った爆発を知らずとも、立ちのぼる黒色の数が大きな異変を伝えた。

 塔の頂上から見下ろすと、海岸線を基準に設けられているであろう防衛線が突破されていることは直ぐに分かる。南西方面を除き、防衛線を突破された場所は他に見られなかった。最も深く入り込まれている南部海岸でさえ、未だに司令塔と湾口部の中間程度までしか――それも巨人が一体のみ――侵攻されていない。 東部エリアに上がった黒煙が、トキに異常を判断させた理由は一つ。四凶軍は海上で煌々と輝く黄金なのか結晶なのか、遠目には判別できない何かによって侵攻を阻まれているからである。北西南部とは明らかにその侵攻の具合は悪く、海岸にさえ到達していない。その所為で戦火は多方面に流れているため、唯一戦場と成っていなかった場所と推測できた。海上では未だに距離を取って東部海岸の様子を窺う艦隊が見られた。


 四凶軍が近づいても居ない場所に、突然爆発痕が刻まれ黒煙が立ち込めたのだ。しかも、海岸ではなく中心部寄りの居住区エリアの真っただ中に。

 未だに盛る火炎も見られ、混濁の戦場音に乱れて確かにそのエリアからも銃声が聞き取れた。



「よぉ、こんな面倒臭い場所で何をしている?」



 ぐるりと戦場を見渡したトキの背後に、一人の男が現れては挨拶もなしに質問をぶつけてきた。



「……トウコツ、コントンが現れたのか?」



 振り返り、刃物と銃器で出撃支度を済ませた四凶に、同じように挨拶なしで質問する。



「いいや。その可能性はあるが見つかっていない。

 さっき聞いたが、あの煙は裏切り者の証明だ」


「反逆の狼煙、とか言うのか?」



 寝起きでありながらも明瞭な意識を持ったトキは、戦時中の裏切り行為の怖さを想像した。

 この戦場を見渡した時に理解したことは、協会と四凶軍の間に明確な攻守が成立していること。協会本部という人工島を四凶軍は何重にも囲み、対策として協会は防御の姿勢を維持している。協会に勝利を掴むチャンスがあるとしたら、それは鉄壁の守備で相手の自壊を待つこと。兵糧が尽きるか、主力部隊ないし攻略策を全て跳ね返すことができるまで、只管に耐えることが出来れば数で圧倒的不利な協会が戦争に勝利することも不可能ではない。

 つまり、協会は鉄壁かそれ以上に堅牢な守備陣を維持しなければならない。

 だが、現実に防御具合は良しと言えるほど守りの態勢を維持できてはいない。



「そうだ。

 裏切り者を止めようと名乗り出た馬鹿が一人いるんだが、そいつがまんまと危地にダイブしちまったんだよ。

 寝起きで悪いが、一緒に救援行こうか」


「一人で戦っているって言うのか?」

「あぁ、放置すりゃもうじき死ぬ。

 個人的に好かない野郎だが、貴重な戦力を失うわけにもいかねェ」


「……救援は俺達二人の他は?」

「いない。まずは俺達二人だ。

 細かく言えば俺達が先行、時差で処理部隊が迎える手筈になっている」



 背中に携えた四本のクレイモアの柄を一本ずつ手で触れて確かめ、風向きを肌で感じてからトウコツは片足を上げる。レーダー塔頂上の鉄柵を登り、眼下に東部の火炎と狼煙を定める。 四凶の背後に立ったトキは戦闘が好きでやまない男が、一体どんな行動に出るのか見守った。



「俺達の任務を言うぞトキ。

 しっかりと聞いておけ。こいつはジャンヌの姐さん直々の任務なんだからよ」



 不安ばかりが募る中で、トウコツは両足に備えた銃を手に取ってそれを見向きもせずに投げ渡す。

 見たことのない銃を受け取ったトキは、トウコツとの任務に同行を誓った。



「俺なんかでいいなら」


「おう、死ぬなよ。

 こっからは状況を教えるが、いいか?

 まず救出対象敵は妖狐のSRで、『からす商事』『黒羽商会』『クロウ運輸』など、多数の名義で世界中に銃器を密売している小規模集団のボス:セガクロウ。

 次に敵は吸血鬼。東部の生活居住区は吸血鬼によって完璧と言えるレベルで制圧されている。あの近辺に味方は居ないから、当然援護も無ぇ」



 更に拳銃を手渡される。今度渡された銃は見慣れたもので、イタリア製の自動拳拳銃:ベレッタM9 であった。

 世界的にも有名なその得物を片手に、レーダー塔屋上の手すりから時間を奪ってもう一丁の銃を生成する。

 Sphinx3000。

 ベレッタと同じ9mmパラベラム弾を使用するスイス製の自動拳銃であり、トキにとっては黒羽商会との戦いで使用して以来練習に何度も用いてきた馴染みある拳銃である。

 両手に伝わる冷たい金属の感触を確かめると、間違いなく何時も訓練で使っていたものであることが、拳銃を構成するパーツの一つ一つから感じられた。



「残念なことに、あっちの数は30で、こっちは二人だ。単純にどっちが不利か分かるよな?

 そこで俺達は可能な限りあいつらの謀反を妨害する。

 さて、飛ぼうか」



 空中に向かって一歩、トウコツは踏み出すが落下することはない。



「俺の風に乗れ。

 移動しながら手順を教える」



 言われたトキは、鉄柵から更に時間を奪い、トウコツのように空中へ踏み出していくための空間を作る。

 が、直ぐには一歩を踏み出せなかった。

 眼前でトウコツが上下することも無く、まるでコンクリートの上に立っているかのように直立できている仕組みがトキには理解できず、いまいち信用が出来なかったのだ。冷静に考えてみればトウコツも四凶であり、本来は敵対関係にあっても不思議はないはず。それがあべこべに味方として剣を振ろうとしているのは何故か。



「信用ねぇなぁ……俺はジャンヌさんの為に大将首が欲しいんだよ。

 別に協会を裏切りはしねぇ。こっちの側について戦うのが面白そうだしな」


「え?」


「より面白そうな戦いができるから、ここに居る。

 それから姐さんがここに居る。

 俺の理由なんてそんなもんさ。それよりも味方の狐を助けたいんなら急げよ」



 躊躇いながらも、深呼吸しながら一歩踏み出す。

 地上までどれだけの高さがあるのか分からないが、少なくとも自由落下した結果に即死以外の結末はありえないであろう高度ではあった。冷たい潮風の中で覚える冷や汗が緊張を報せるが、トウコツの言うことに嘘偽りがないのであれば、味方を疑うという行為が相手の思う壺となってしまう。

 味方を信じられなくなったら、その時点でこの戦争の勝率は下がる。

 両手の銃を強く握りながら踏み出した一歩、トキの身体は重力の枷を抜けて空中の何もない空間を確かに踏んだ。



「救出任務って、味方がヤバいのか?」


「ああ。対象は瀬賀駆滝(セガクロウ)。開戦直前に大量の銃火器を協会に提供してくれた“ナイトメア中立派”の筆頭密輸人だ。援軍に先駆けて俺らが介入、救出の槍を投げる。

 俺は吸血鬼の相手をするわけだが、お前はセガを確保して回復してやれ。

 それが終わったらセガを護衛しつつ吸血鬼を攻めろ」



 トウコツの第一目的は見敵速殺で、トキの第一目的は対象の回復、それから護衛である。

 戦争という状況を思い出しトキは頷く。

 セガクロウという、一度は敵対決したSRも、現状では手を組んで共通の敵に立ち向かおうとする味方に他ならない。見殺しにする理由がなく、またその戦力は協会のヒーローズの上位クラスに匹敵するとも言われ、協会と四凶軍の数的差が圧倒して四凶の有利だという状況下、少しでも戦力の減少を抑えることは必須と言える。こんな状況で裏切り者が出て、しかも内から味方が減らされていけば敗戦の色は塗り替えられないものになってしまう。

 戦略ゲームではあるが、トキはこんな状況を何度か見て、味わったことがある。ゲームによってはプレイヤーの腕だけで覆すことができない、絶対分岐の戦況というものが存在するのだ。



「吸血鬼どもは硬いぞ」



 空中に踏み出し、トウコツは目標地点に向かい直ちに滑空移動を始めた。

 移動に伴う不思議な旋風を感じながら、トウコツのアドバイスに耳を傾ける。



「お前の銃だと拳を弾くか体勢を崩すのが関の山だ。相手を倒すにゃ“人体の穴”を狙う以外ない!」



 風運滑空に身を任せてレーダー塔を降り始めたトキは、小さな警鐘を聞いた。



(何か居るのか?)


「吸血鬼のボスはニルチェルト・エンデバー、元伯爵だ」



 風を新たに纏わせながら、眼前の東部生活エリアの乱れ具合を確かめる。

 トキと自身の2人で、30もの吸血鬼を相手にする――雑魚は雑魚として問題ないが、ニルチェルト・エンデバーだけはクリアしづらい問題であった。トキを抱えたまま、伯爵を避けながら雑魚を削っていくのは骨が折れる。ただでさえ、回避だけは得意な吸血鬼たちなのに、一体も削れなかったら間違いなくジャンヌに叱責されるという予感がある。


 トキが警鐘に疑問を抱き、トウコツがニルチェルトの脅威とその他吸血鬼の逃げ足の才能に面倒を感じると同時だった。 “赤炎/積怨”の蜃気楼に揺れる住宅地空中から、黒い翼を持った人影複数が2人に姿を知覚させるなり急速接近してきた。



「早速来やがったか! いけるなトキ!」

「やるしかないんだろ!」


『こちらジャンヌ。トウコツへ。

 現在西部海岸より南部海岸へ向けて移動中、そちらは吸血鬼と遭遇しましたか?』


「今からカチ合うぜ!」



 前に出たトウコツが、すれ違いざまに2体の吸血鬼に斬撃を捺す。目で追いきれなかったその斬撃は、的確に相手の翼と頚動脈を切断し、しかもそれを背中の止め具から抜いてすらいないままにやって見せたのだ。

 果たして体の回転だけでこうも上手く敵を、的確に急所だけを狙って倒すことが出来るものか。人外じみた剣術を見せるトウコツに比べ、トキは自分にどんなことが出来るのか考え、出し惜しみしている場面でないことを認めて低速世界を展開した。滑空速度が緩やかになり始め、伝わる音が鈍り、頬にきつくぶつかってきた速度対空は鋭さを失う。

 敵の銃弾がトウコツ目掛けて飛来を始めているこの状況、自分にならそれを防ぎつつ敵を牽制できるという自信なら、トキにあった。



「トウコツ! 俺の世界に入れるぞ!」



 銃弾が脇腹を掠める。

 先行するトウコツの足首を掴み、放たれた弾丸を視認できるほど低速化させた世界を施す。

 拳銃を一度時間に分解し、空いた左手を介してトキ自身が体験している低速世界を与えられたトウコツの視界は、突如として速度を失った不可解な世界へと変貌を遂げた。銃弾さえ余裕を持って見切れる世界の中、僅かに明度を失った色調の中で一度だけ振りかえって聞く。混乱も少なからずあったが、それよりも便利、また面白いという感覚がトウコツの中であらゆる負を上回っていた。



「五秒!」



 多分。



「十分過ぎんぞテメェ!」



 ショットガンの銃口を向け、トリガーと同時に背中の大剣を抜いて銃弾を叩き切る。

 ウクライナ製ショットガン:FORT-500の口から吐き出される18ミリの実包が吸血鬼の顔半分を吹き飛ばし、撃ち抜かれたソイツのすぐ背後から連携を狙っていた吸血鬼の手元目掛け、銃身上部へ逆様に備え付けたソードオフショットガンを鳴かせる。手にしたアサルトライフルを砕き、持ち手の指をも吹き飛ばす。同時に大剣の切っ先はトキへと飛来しようとしていた銃弾を防いでいた。

 守られている、援護されていることに気付いたトキは低速世界を展開するだけでなく、自らも吸血鬼の銃器破壊に乗り出してトウコツの援護へ臨んだ。

 進路上に現れた吸血鬼は2体。どちらも銃火器で武装している上に、体格はトキの倍。トウコツよりも身長があってしかも筋肉質なのだが、これを正面に据えたトキに恐れはない。



「止まれ!」



 低速世界を停止世界に変え、重機関銃から繰り出される金属の横雨を避けるように移動し、一方に銃器で銃撃の破壊を行いもう一方ではクロノセプターを用いた時間分解による機能的破壊を施す。彼らが手にした銃器の無力に気付く頃に、こちらの弾丸ないし剣刃があべこべに彼らを襲っていた。

 トウコツが腕を振れば重傷、トキが撃てば軽傷、しかし、双方確実に戦闘力を奪う方法で襲いかかっていた。それに気付いた吸血鬼達はそれまで持ち合わせていた作戦を捨てた。短期決戦は逆に不利、数の利を以て毒の如く削るが最上とフォーメーションを選択する。


 が、距離も人数も意味を成さなかった。

 銃火器の火線を確保しても、トキの低速世界と静止世界によって銃弾を無効化される。上下前後左右から同時に襲いかかっても間合いを外される。銃撃での削りに焦れて斬りかかろうにも、剣術の腕でトウコツに圧倒的差を見せつけられ、斬りかかった者がその瞬間を感じることもなく斬り捨てられる。離れればトキの銃撃が命以外の力を狙い、近付けばトウコツの斬撃が逆に翼を斬り落とす。



「また貴様か、トウコツ!」



 時間が戻る。

 そんな事態を見かねて動き出したニルチェルト・エンデバーは、吸血鬼神と呼ばれるSRであった。

 服の上からでも隆々とした筋肉が解る肉体に、年季の長さを醸し出す厳つい顔つき。中でも闘志で刃物のように変形した目つきは、トキに過剰な戦闘力の所有者であることを認めさせている。だが、トウコツと言う闘うことに半生以上を費やしてきた経験者には過大でも過少でもない戦力評価を、グラフないし現代兵器の個数による代数で正確に測られていた。



「よりにもよってこんな大事な時にお前と剣を交えるとは思ってもみなかった!」


「交える気なんてねぇクセにやたらと吠えるんじゃねぇ!

 そいつは狼の専売特許だぜ?

 よぉ、トキ。あいつの右腕に救出対象が居る。見えるよな、人の形には」


「そりゃ、見えるけど……」



 部下が減ったことと、またしても芹真ではない他人が現れたことに対する失望からくる怒りに滾り、ニルチェルトは狐を掴んだ右手を掲げる。



「あれがセガだ。助けっぞ。

 セガを持っているのがニルチェルト・エンデバーっていう、吸血鬼共の親玉だ。

 戦闘力は中の中、戦闘機2つ程度だ。

 あいつのSRは吸血鬼。 んで、身体能力強化と自由飛行が大きな特徴。

 もうひとつ――あいつだけの特殊能力がある」


「戦闘機2機って、相当なんじゃ――?」



 兎に角、吸血鬼とトウコツは昔から意見が合わなかった。



「それよりも厄介な、アイツだけのSRオリジナル能力がアレだ」



 話を聞いてもらえることもなく、戦闘機2機に匹敵する吸血鬼の親玉に目を向ける。するとニルチェルトは、右手に掴んだ逆様の狐に牙を立てた。



「時間制限付きの“SRコピー能力”。

 セガの野郎から血吸ったもんだから、火炎攻撃に気をつけな! セガと同等の熱いヤツが操れるはずだ!」



 疑問に苛まれている余地はなかった。一体どれだけの時間、血を吸った相手の能力を使用できるのか、それを言葉にして聞く前にトウコツは頭上の吸血鬼へ斬りかかり、ニルチェルトの放つ火炎が手にした拳銃を溶かして殺す。



(こいつをどうにかしないと、セガを救出することは不可能!)


(だが、ニルチェルト本人の力にセガの発火・生炎能力が加われば実質遠距離技を獲得することになって死角は急激に減る!

 しかも、クソどものオマケ付きと来やがった!)



 雑魚を躱して道を開こうと飛ぶトウコツを、四凶の前で無に等しくなることを理解した吸血鬼達は数の利と自慢の逃げ足で撹乱し、牽制してトウコツの突破口を塞ぐ。せめて後3体、配下を斬り落としてからニルチェルトに取りかかるのがトウコツの算段であった。



「こっちに来い! シキヨトキ!」



 自ら翼を動かし、ニルチェルトは真っすぐトキへと迫る。

 そもそも芹真を呼び込む為の作戦にセガが現れ、次に期待するも四凶が現れ、しかもトキという予想外の邪魔者まで付いてきた。 敵の陣中半ばで謀反を始めたまでは良かったが、多く目的を達成もしていないのに余計な時間ばかりを浪費している。そんな現状にニルチェルトはトキを人質として敵中を混乱させながら四凶軍の合流艦隊を目指そうと目論んだ。

 数の利と撹乱および、隙有らば致命傷を与えられる打撃力を有する部下たちに翻弄されるトウコツは、まさしくニルチェルトの思惑通りに手こずり、時間稼ぎと誘いと妨害を同時に行われていることに気付いて舌打ちした。



(いくらトキが居るからと言っても――!)



 切っ先が銃火器の先端だけを捉え、逆に捕捉された頭部を撃ち抜かれそうになった所を上半身を横にずらすことによって危うくも躱す。

 同時に、トキもニルチェルトの掴みを避ける。



「貴様程度小柄でも弾避けぐら――いヌッ!?」



 首根っこを捕まえようとしたニルチェルトの手が掴んだ空間には、ウニ。

 海で採れる棘皮(きょくひ)動物のまさしくアレである。



(やばい! スナック菓子みたいに握りつぶした!)


「何だコレは!?」



 トキの居た空間に現れたウニと、代わって消えたトキの行為を侮辱と感じとり、吸血鬼は怒りと疑問を覚えた。



(時間に関係するSRとは聞いた……新人とも!)



 これまで多くのSRを老若男女問わずに葬って来たニルチェルトは、例外無く新米SRは秒殺していた。純粋な戦力差だけでなく、戦闘経験の有無などが作り出す決定的差を武器とし、時には相手に指一本触れさせる暇も与えずにその命を刈り取ったことさえある。



(これが新人――これで新人だっていうのか!?

 キュウキめ、古い情報を寄越しやがったな!)



 戦闘での慣れ方が既に新人のものではない。

 SRの使いどころが鬱陶しいほどに正しく、何よりも無駄のなさが新人のそれとは思えないほど少ない。

 そのことにニルチェルトは驚いた。トウコツと言う障壁を前に、トキと言う新たな壁を認めなければならない現実がこの上なく気に入らなかったし、ここまで成長に脅威を覚えるSRは久しぶりだった。



(こんな……)



 振りかえりざまに放つ蹴り足は、トキの側頭部を目掛けていた筈だが、かき分ける空気の抵抗だけが空しく伝わるのみ。

 トキの反撃のワンツーパンチらしき微々たる打撃が脇腹に痒い。が、それよりもむず痒いのはトキの高速移動である。繰り出せば確実に側面か背後を取られ、蚊が刺すような攻撃を的確に、機械のように繰り返す。



(馬鹿な! こいつは天才なのか!?)



 救いはダメージが無いことのみ。

 裏拳、ボディブロー、回し蹴り。どんなに力を込めて手足を伸ばし、振ってもトキには当たらず、怒りと反比例していた冷静が徐々にニルチェルトに錯覚をもたらした。


 しかし、現実にトキは天才でなんかない。



(やっぱりこのSRは、パワーで攻めまくってくるタイプ!

 ビビった瞬間にこっちが瞬殺される可能性は大!)



 果敢に攻めながら、心は己の中に潜む恐れと互角の戦いを繰り広げていた。

 吸血鬼との戦闘経験は皆無だが、筋力や行動の自由度を武器に闘ってくる相手との戦闘経験は、ある。

 飛行できる相手の厄介さは身を以て知っているし、今はトウコツの力である程度自由に空を移動できる。機動力に関して言えば、決して不利ではない。



(パワーで崩せないなら、焦りを作って――って!?)



 突如、拳足の嵐の中に炎が混じった。

 が、低速世界の展開は一瞬。

 予めこちらが回り込むであろう死角に炎を設置したニルチェルトに、トキは戦慄を覚えつつそれを押し殺した。



(相手も戦闘経験豊富なんだ!

 やっぱり動きを予測されている!)



 炎を躱し、懐に潜り込む。

 リーチの短さを活かした打撃を繰り出すが、効いているようには思えなかった。鳩尾に討ちこんだはずの両手が、まるで膝でも突いているかのような感触に痺れる。鍛えようのない鳩尾でさえ、堅甲な骨を思わす丈夫さを持っているのだ。



(俺のすべきことは、セガの回収。倒すことじゃないなら…………やるか)



 常速に戻る最中、ニルチェルトの翼に高速創造した銃で衝撃を与えながら背後に回る。

 目で追ってくるニルチェルトが右手に掴んでいるセガを鈍器とし、振り向きざまに勢い良く振ってくる。

 回避は出来ない。ニルチェルトが振った反動でセガの体が崩壊する恐れがある。

 それに破壊することも出来ない。物が金属や岩石なら破壊は選択肢として正しいだろうが、今目の前に迫っている凶器は生命であり、味方であり、救出対象である。

 任務を続行する理由は、軍人でも警察でもないトキには有り得ない。ただ、SRだからという理由だけでここにいて、自分よりも強大な吸血鬼に立ち向かわざるをえない。それでも、目標や目的がそこにあるなら、それを黙って手中から逃す理由もないほどにトキは充実した人間ではなかった。


 だからこそ、躊躇っていたこともあるし、訓練期間中にその反応は正しいと言われたことも留め具としてトキを踏みとどまらせていた。



(クロノセプター)



 野球のバットのように高速で迫るセガと言う肉の凶器を飛んで回避し、セガを飛び越えた瞬間に超低速世界を展開する。

 トウコツが分け与えてくれた風は空中での自由に一役買ってくれていた。地上での跳躍と違い、自由意思で風が空中に足場を作ったり、自由落下を戻してくれたりと、普段は実現不可能な行動を現実にしてくれた。

 だからこそ、思いついた攻撃でもあるし、セガの救出に対して超高難易度を感じなくもなったのだ。



(ニルチェルトさん、悪いけど片腕離すよ)


 

 吸血鬼の正面に移動した後、トキの右手は吸血鬼の右肘に触れた。

 触れたモノ全体から平等に時間を奪う左手とは違い、右手のクロノセプターが現す脅威は“触発即滅”である。

 音もなく、痛みもなく、右手で触れた個所だけが白で塗りつぶされたキャンパスの絵画が如き消滅を果たす。



「トウコツ! セガを確保した!」



 右手がニルチェルトの肉体を通過するにあたり、体温と血液の温かさに触れながら肩と手を分断してセガを解放することには成功した。

 落下するセガの体を両腕で抱え、ついでに右手に獲得した時間を流し込んでセガの傷を癒す。

 低速世界の終了と同時に大声でそれを告げた。



「アァ゛!?」

『何ぃ!!?』


「こんな……こんな事、馬鹿な!」



 静寂が一瞬。

 トキの叫び声にトウコツや吸血鬼達、ニルチェルトら全員が一点に意を向け、その内容に驚き困惑した。

 吸血鬼神から単身でセガを奪えないだろうとトウコツは予測しており、四凶の相手を務めていた吸血鬼たちはトキが粘りこそすれどいずれ掴まるだろうと予測していた。だが、最も予想の外から来た脅威に戦慄したのは、蚊ほどの攻撃しか繰り出せないとタカを括っていながら、現実に重傷を負ってしまったニルチェルト自身である。



「トキ! こっから離――!」


「全員撤退!!」



 トウコツの声をニルチェルトの声が掻き消す。

 ニルチェルトの負傷は、右肘から先の消失である。切断された右手は未だにセガの足首を掴んでおり、そのセガは集合住宅の屋上付近に着地しようとしているトキに介抱されていた。

 予想だにしなかったトキのミッション達成に、トウコツは我に返るまで数秒を要し、その間にニルチェルトは東部エリアから中央レーダー塔付近を通過する西部エリアへの非常逃走用ルートを進み始めていた。



「お前はセガを回復してやれ! 増援が来たら追って来い!

 ホレ、ちっちぇ無線だ!」



 足元に転がる小型通信機を耳にはめ込みつつ、建造物全体から時間を奪って回復に当てる。

 号令一下で迷わず逃走を開始した吸血鬼達を、一人で追撃し始めたトウコツの小さな後ろ姿を見守り、トキは大きく深呼吸した。



(ぉげえぇ…………)



 吸血鬼達が去ってゆくのを黙認し、それまで押し殺していた恐怖や焦燥が全身に発汗と震えを呼んだ。



「あぁ、怖かった……」



 気付けば涙目になっている自分に気付く。

 それが恐怖から来たものなのか、或いニルチェルトの右腕を切断したことへの罪悪感か、果てまたセガと言う仲間を救えたことに対する安堵感なのか分からない。潮風に興奮した全身を冷やされながらも、落ち着いて頭の中を整理しようとしても混乱するばかり。そんな頭で考えても、トキ自身であろうとその涙が一体どんな感情から零れたものなのか理解できなかった。






 -協会中央 会長室-


 どんな感情で、一体何を眺めているのか。

 協会長:オウル・バースヤードの背中に視線を注ぎながら、四凶のコントンはゆっくりと、割れた窓ガラスの大穴から潮風吹き込む会長室を進んでいた。



「どんな気分だ、お前の築いてきたモノ全てが水泡と化す光景は……クッハハハ!」



 崩れたオールバックを左手で撫でつけて整えながら、こちらの存在を知覚しているはずの会長へと近付く。

 愉快を装いながらもコントンの警戒は過去最大とも言えるレベルにまで高まっていた。どうしてか会長は反撃する気配もなく、言葉を返すと言った雰囲気、反応の素振りさえない。協会長の沈黙は今に始まったことではないとはいえ、ここまで逼迫した事態を前にして尚沈黙を貫くという姿勢が気に入らないし、理解できなかった。



「さて、舟は貰う。

 異論が無いならそのまま黙っていろ。

 俺がこの世界を混沌からリスタートさせる」


「……リスタート、それならとうの昔にやっている」



 背を向けたまま、バースヤードは口を開いて戦場を見つめる。



「もしや気付いたのか、と一時は本気で懸念していたんだ。

 けど、残念だよ。

 結局この混沌を目指す君たちの謀反も、オリジナルでしかなかったのだから」


「ククッ、何を言っている? ついに頭がイカれたか?」



 大型拳銃をホルスターから抜き取り、その口をバースヤードの背に、心臓の真後ろに置く。

 支配者を前に四凶は笑う。この大犯罪者が何を支配してきたのか、それを情報として独自に掴んだコントンは嗤う。

 しかし、



「――断言しよう。

 コントン、君は失敗する」



 口調の変化が人格の切り替わりを気付かせ、コントンはデザートイーグルを強く握った。

 バースヤードの発言に対する怒りと、ふと浮上する不思議な予感が余裕を消し飛ばす。



「どうしてそう言える?」

「オリジナルだから、だと言っただろう」


「ならば、貴様もここで消え去るべきだろう、オリジナル」

「それは違う。この世界でコピーなんて滅多にいない。オリジナルの意図が別のオリジナルをコピーすることはあってもな。

 ――そもそも、初めからコピー体ということ自体が、コピーと言う概念を捻じ曲げている。そういった意味でもこの世界は完全なオリジナルだ。生産や疑似とはかけ離れている存在だ」


「理由になっていないぞ。

 何故オリジナルは失敗しなければならない?」


「失敗を作るのがオリジナル―――逆に、その失敗を糧に成功へと辿り着くスペシャルが居るんだよ」


「……トキか?」

「――正確にはその“家系”よ」


「家系? 色世境に何が出来るというのだ?」

「――あの男ではない。が、あれもその家系」


「どういうことだ?」

「いいわよ、教えてあげる。但し――」



 女性の声音に代わった会長が振り向く。拳銃などあって無いに等しいが、会長対策を終えているコントンには欠かすことのできないカードであった。

 それを知ってか、バースヤードは振り向くことと口を動かす以外行動を表さない。



「聞く準備と覚悟は出来ているの?」

「ハッ! 覚悟が必要とは、何を今更――!」


「“極災色(ごくさいしき)”」



 声を張り上げるコントンとは逆に、バースヤードの声はボリュームを落として言った。

 風音こそ支配のSRで無音化されているが、それでもしっかりと耳を傾けなければならないほど会長の声は小さい。また表情はどこか寂しげでいながらも若干の怒りを含んでおり、それは滅多に見ることのできない協会長の負の感情。



「最初の世界で、崩壊を招いたのは彼らだったわ。

 リスタートした世界でもその秩序や倫理を破壊したのは彼ら。

 意図もせずに全ての支配や関係を断ち切るのが彼ら。

 非道な話よ。

 あなたが目を付けた色世という人間も全く彼らの系譜。

 トキと、トキの名前を欲しがっている彼女もその系譜。

 あなたが一度だけ会った、心に病気を抱えた女もその系譜。

 私の世界は彼らによって砕かれた。

 アレらは、

 一つだったものを小さく別離させ、

 個を小さすぎる集に変えて線を引き、

 それらを同時に成立させた。

 無限の矛盾を果てしなく繰り返し、

 それだけのことをしながら根底だけを隠してしまう。

 でも、あなたのように気付く存在は結束を固めることになるけど、

 そこに抱いた野望はどんな活力があっても、彼らには届かず、無限に有限は追いつけない。

 無意識に絶望と希望の両極端をその終始を綴り繋いでは、

 形成の過程に相違を創り出す。

 でも、

 そんな世界にも“可能の連続性”を巡らせている。

 ……あなたには分かる?

 この“禍央”が誰なのか。

 さっきの反応だと知らないようね、極災色。

 ――色世色(しきよ しき)を始めとするファーストリアル、最初の世界で四凶を極めた一族だ」


「……お前、それを現実と言うのか?」


「あぁ。

 ――本気で言うほどに悩んでいるのだ。正直なところ、この世界にもリセットの必要性が認められた。

 ――と、同時に試験的観察の余地も十二分に認められているのさ。それが今の色世三人と、古い色世一人」



 バースヤードの口調が目まぐるしく変わる。

 その変化は行動にも現れ、それまで静かだった男は自らのデスク目指して歩み、その上に置かれていた一冊のノートを手に取った。



「――色世の(きょう)、色世の(とき)、それから織夜の(とき)

 君の誤解はトキから始まり、アキで終わりを迎えている」


「俺が、誤解?」


「――コレ見ればわかるさ。

 根源は“シキヨ”という術式にあって、それを力に変えるのがその後に続く名前。

 そこに込められた意味と、実際に経験した時間が極災色をこの世界に示すんだ」



 手渡されるノートを片手に、銃を向けたままノートを宙で開いて視線を移す。



「法則?」

「彼らは名前に色を持たない」


「……これか。

 色世色“万に著す個別”

 色世界(さかい)“線化具現”」

「これまでに確認された極災色は11人。

 うち現役は3人、隠遁が1人」


「隠遁――それはこいつか、色世事(シキヨ コト)“根源隠蔽”。

 こいつらは、つまるところ何なんだ?

 俺たちのような四凶とはまるで別モノじゃないか。

 根源隠蔽?

 このコトという女が何を隠したって言うんだ。万に著す個別とは何だ、こいつらは詩人の集まりなのか?

 生憎と――」


「彼らに目を付けられたのかな、ご愁傷様」



 冥福でも祈るかのように、脱力して目を瞑るバースヤードの胸のあたりで、小さな爆発が起こった。

 80デシベル以上の音は無音化されるこの空間では、大型拳銃の泣き声も例外なく消音の対象になり、それは同時に暗殺を成功させやすい空間の生成に一役買ってしまう。



「だからこそ、お前がリセットしきれないそいつらも含め、俺が新しくこの世界をリスタートさせてやろうってんだよ」



 衝撃に開いた眼は、正面の四凶を捉えたまま。震える体、恐ろしい寒気、その原因となっている胸の大穴に指を当てる。止めどなく溢れる血が、一生命であるバースヤードという人間の人格を切り替える。

 怒りあらわに発砲してきたコントンは、間違いなく思い通りに動いている。ならば、ここで重要な分岐を与えるのが己の役目だと、激痛を胸にバースヤードは厳粛に心構えた。



「――いいだろう。起動まではいかなくとも、乗る為の特別手段なら教えてやろう。

 ――ただし、我々の中には君に賛同するものと、激しく反対する者達が、大差ある意見で陣営を分かたれている。

 納得させてくれ。手負いだが、君を殺せるだけの力は残っているはずだ」



 胸を二本指で撫でる。

 それだけの動作でバースヤードは銃痕から始まる流血を止めた。



「つまり、闘えと? 死に体とか?」

「その死に体相手に君が死んだら、命と共に舟を諦めてくれ」



 その断言に滑稽さを覚えずにはいられない。

 これは笑える。

 何で今日に限って協会長という人間は理解が易いのか。

 そう思えるからこそ、これまでの努力に価値を見失ってしまう。



「クククッ、有難う」



 二人の会話が途切れたのは五秒後。

 同時に動き出した二人の勝負は一瞬で、大差を以て勝負に幕を下ろした。









 

 Second Real/Virtual


  -第58話-


 -Outta Control-










 セガの回収より6分が経過した時、協会支給の通信機に全域の戦況を知らせる通達が入った。各戦場の最前線で戦う者、その後ろに控えて準備を進める者、全員がその通信に耳を傾けて戦況の把握に努める。



(北部エリア、芹真の奮闘だと?

 1人で戦線を押し返すとは……)



 上空で集まった雲に夏色を急いで与えていたMr.シーズンは北部の戦況に目を輝かせた。

 殲滅行進と呼ばれる銀色狼、芹真の戦力が自分の予想を遥かに上回っていたことは、味方として戦っているこの状況下では好都合この上ない。

 また、



(東部エリアの謀反はかなり計画されていたもののようだな)



 通信機を拾ったアサは、姉妹らと共に中央へ後退しながら東部エリアの様子を直に観察しに行こうか悩んでいた。

 もしもの話である。そこに緊急処理班や、戦力的に欠落してしまったそのエリアに、爆弾の一つでも置いて逃げ去ったとしたら。それは四凶にとって都合良く、協会にとって厄介な置き土産であろう。爆弾の一つくらい処理できないSRがいないという可能性も考えられなくはないが……



(南部エリアも東部エリアも、言ってしまえば四凶軍側の侵入を許したことになる。そこに毒棘が刺さっていないか確かめるべきか。

 もし見つかったとしたら大変な時間稼ぎを食らうことになる。しかし、西部エリアの混戦状況も気になるな……)



 こっそり北部エリアから中央に撤退してきたアヌビスチェーンソーは、東部と西部のどちらに出向こうか迷い、口元を隠すバンダナを外して溜息をついた。



(南部エリアは四凶の1人、トウテツを討って士気が高騰しているか。数で押されているのにこの好転、後々大事に繋がらなければ良いが……)



 協会司令塔、会長室前。

 北部と南部の善戦、東部の沈黙、西部の大乱戦を耳にし、否定のSR:メイトスは可能性として来るべき不足に備え、一度意見を仰ごうと会長室に向かって歩んでいた。協会本部の戦力に対し、城塞艦がいかほどの戦果を望めるか考えた場合、ボルトやディマのリミッターを解除してしまえば巨大艦であろうが無きに等しい。それなのに四凶軍は遠目にも分かるほど自信に満ちて城砦を接岸させようとしている。



(確実に策だ。考えられるのは魔女二人のいずれかを誘き出し、催眠術や幻惑で無力化しようというものだろうか)



 考えを巡らせるうちに暗く長い廊下の壁際に――色の違う壊れた扉から――壁の向こう側を覗ける空間に達する。

 しかし、最悪の事態はメイトスが予測する二大魔女の無力化よりも、遥かに性質の悪い現実として視界から飛び込んできた。



(これは……!)



 そこに転がる影に、その異様さにメイトスは思わず足を止めた。

 うつ伏せに顔を隠す誰か。

 一切の支配が解けた空間に、血で濡れた頭髪を潮風で乾かす横体のソレ。部屋中に飛散した赤は、先程までなかった色。



「誰だ?

 命はあるか?」



 本能によってブレーキが掛けていた足を、重くも一歩ずつ倒れ伏す男へ近付くために上げ進める。

 ここで何があった、まさか協会長ともあろう者が敗れる筈はないだろう。そう思いながら慎重に近付くメイトスと、確認の一声に答えるかのよう頭部を動かし、伏していた顔を向けようと男はゆっくり動いた。






 -西部エリア 海岸-


 同時刻、西部海岸に四凶軍の城砦艦は乗り上げていた。

 接岸したそれを見上げる防衛部隊の面々は、その呼称に間違いがないことを理解した。軍艦などの司令塔をシタデルと呼ぶことがあり、その由来が城砦というものに因るのだ。それが“城砦艦”となり、しかもそれが比喩でないことを直に思い知らされたとくれば、その呼称を否定することはできる者はいない。



「ミサイルが効かねぇ!」

「レーザーもダメだ!」

「見ろ! 反鏡の術文が刻まれているぞ!」


「遠距離攻撃が効かないぞ! 注意――!」



 前線は更なる戦火に揺らめいた。

 反撃の砲火は城砦艦の内側に存在する空間魔術師によって反らされ、乗り込もうとすれば銃眼とターレットからの弾幕で反撃、ターレットや大砲を潰そうにも、艦の前面に設えられた多数の装甲板による上陸突撃用デッキから繰り出される無数の火線により、防衛と反撃にあたっていたSR達は物陰から移動することさえ儘ならない状況に陥っていた。



「隊長がやられたぞ!」

「全員逃げろぉ! 大砲が来るぞぉ!」



 北部海岸と南部海岸の活躍による士気上昇もこの戦域では束の間。

 鉄壁の戦艦を前に士気も作戦も崩れていた。

 勝機を見失って後退を始める防衛隊に、トドメの城砦艦からの近距離砲撃が突き刺さる。2連装50cm砲を二門同時発射と言う脅威は、そこに上がる衝撃波と爆音、立ち上る爆炎と粉塵柱によって十二分に伝播した。



「突撃地点確保のための零距離砲撃装備ですか。

 なるほど、SRや策の存在ばかりに気を取られていた私たちに通常兵器で挑むことは奇策として効果大です。しかし……」



 混乱した戦場に一人、降り立つ。

 転がる屍には目もくれず、眼前の巨大な敵だけに意を集中して攻略法を練る。

 すると、それまで慌てふためいていた多くの隊員が目を見張り、逃げ足を止め、逃げ腰を据え、向けることをやめた武器を再び持ち直し始めた。



「ジャンヌ、司令!?」

「何故ここに!」



 防衛線を突破され、砲撃で設備を吹き飛ばされ、防衛部隊の撤退に合わせて歩兵の上陸が始まる。

 ロープや梯子を使って甲板から降りてくる武装市民、突撃デッキから蟻の如く溢れ出る兵隊、戦車と共に展開されたスロープから降りてくる兵士らに混じる少数のSR達。



「現時点よりこの方面の指揮は私が執ります!

 各自、まずは50メートル後退して下さい! それが反撃のカギです!」


「え?」

「了解!」

「後退だ!」

「50メートル後退しろ!」

「下がっていいのかよ!?」


「司令も早く!」



 銃火器で装備した、元市民達が押し寄せる。

 目には不思議な鈍い輝き。しかし、それが忠誠や己の欲を満たすためのものでないことは分かる。



(洗脳……これだけの人間を同時に操作するのは人間業ではない)



 右手に剣、左手に盾、両腰に脇差とレイピアを一本ずつ携え、眼前の人波に集中する。



(数ヶ月前に報告を受けたアレが、この為の実験だというなら、効率よくこの群生を鎮めるために討つべきは――)



 熱気と殺気が逆巻く人波。それを前に、防弾・防刃ベストのような防具一つ身に着けず、普段の仕事着である紺色スーツで柄を剣の握るジャンヌは冷静から冷徹へと自分を切り替える。

 これを戦争と認め、互いが命を欲して武器を取る以上、己の中に存在する万遍の概念を消し飛ばし、殺人を覚悟する。

 的確な一撃の為、改めて戦場の空気を肺一杯に吸い込み、左手の盾を体前に、右手の剣を肩と同じ高さに持ってきて腰を落とす。



「あなたですか」



 ジャンヌと呼ばれる、英雄の名を継ぐ彼女が協会で司令官を務める理由は多い。

 彼女が意図して上りつめた職位であること、協会長に最も信頼されているという事、同じく協会に所属する多くの人間から様々な意味で注目されている存在であること。

 しかし、何よりも武力という面での突出具合は欠かすことが出来ない。協会内に於いて、武力や集団での高い戦力を発揮するSR達で構成されるヒーローズの頂点に君臨しているのが彼女であり、元トウコツに染まりかけたというだけあり、武一片というわけでもない。


 人波は確かにジャンヌの居た場所を飲み込んだはずだった。

 が、彼女は兵隊たちの頭上を走ることによって人津波を回避し、同時に目標の人物を仕留めるに到っていた。



「な、何だぁあ!?」



 後退しながらも司令の後ろ姿に不安を覚えていた防衛隊員の不安は、不気味という形で各々の心に衝撃を走らせていた。

 人の津波が一瞬にしてドミノのように、押し寄せる四凶軍の大群は何の前触れもなく地面に伏していったのである。



「四凶軍のSRは簡易呪術者を護衛しています!

 呪術者を討てば、その支配下にある洗脳市民達を解放し、無力化できます! 各自呪術者を探し、これを討って下さい!

 但し――!」



 たった今、ジャンヌが討った術者がそうであるように、またジャンヌの指示を受けた防衛隊員らが早速発見した術者も、その多くが子供であった。

 それも五体満足、どんなに年長でも二十歳未満、若ければ護衛のSRに肩車される10歳前後の子供だっている。



「討つことが不可能なら最低でも護衛に就いているSRだけは排除して下さい! 護衛が剥がれたのなら術者の身柄を押さえるのは容易になります!」


「そうか、本部の設備には電波もSRも通さない軟禁室がある!」

「術者をそこにぶちこめば、この群生を止められる!」

「やれるぞ!」


「喋ってる場合か……」

「やってから喋れ!」

「数が多すぎてそれどころじゃないっての!」


「よっしゃ!

 減らすぞテメェら!」


『トウコツ!?』



 西部の士気と混沌が増す。

 東部エリアより逃亡した吸血鬼一団を追い越し、トウコツは防衛部隊と合流したのだ。



「オラオラ、吸血鬼共も迫ってるんだぜ!」


「な……!」



 西部海岸からは四凶軍、東部エリアからは裏切りの吸血鬼一団が、挟み撃ちにでもするような形で防衛部隊に迫った。



「あれがジャンヌだ!

 討てば勝ったも同然だぞ!」

「あの女を撃て!」

「指揮系統を潰せるんだな!」


『やらせるかぁ!』

「司令に遅れをとるな!」



 前線に咲く血の花が、爆炎に巻き上げられて雨と化す。

 ジャンヌの斬撃が人波を一閃にて絶ち隔て、防衛部隊の砲撃と銃火が敵艦隊からの上陸部隊を血の海に沈める。一瞬で力なく倒れる人群れ、一斉に首を飛ばされる一群れ。 続く戦火に四凶は滑り込む。風に乗って殺戮の手を止めず、足は得物を弾くために止まらず、細胞から望む止まない斬撃の風は有象無象の密度を無差別に減らしていく。



「止まれ!」



 そんな地獄とも言える戦場に、吸血鬼の一団は差し掛かった。

 防衛部隊のSRらが吸血鬼に気付いたように、吸血鬼の一団も防衛部隊の敵意に気付き、同時にニルチェルトは心の毒を口から零れないように堪えた。



(トウコツめ! 追撃を諦めたと思ったら我らを越していただけか!)



 東部離脱後、火炎と銃撃と斬撃の足留めで姿を見せなくなったトウコツと思っていたニルチェルト。

 不愉快に次ぐ不愉快に加えて右腕損失の重傷から下手な行動に出られないと進行を止めた。本当に腹立たしいのは、こちらを追い抜いておきながら今度はこちらに見向きもせず、接岸した城砦船から上陸し続ける雑兵の相手を楽しんでいて、尚且つ時折こちらに気付いたらしく目線を配ってくること。



(待てよ……何故俺たちを抜いてきた?)



 大量失血から朦朧と揺らぐ意識の中で、ニルチェルトは敵の策を考えた。

 トウコツがこちらを放っておいたのは何故か。失血死を悟って追撃をやめたのか、或いは待ち伏せの策があってソコへ誘い込む為に攻撃してこない、またはこちらに攻撃させるように立ち振舞っているのか。



「下の雑魚共を援護しろ。但し、罠の可能性がある」

「しかしボスは――!」



 弾丸が掠め始めた空中で、吸血鬼達は窮していた。

 下の上陸部隊を助けたい気持ちはある。そうすることによって、自分たちに注がれる銃弾は減るし、逃亡経路の確保にもなる。だが、彼らのリーダーであるニルチェルトの様態は確実に最悪へと向かっていた。色世時に奪われた右腕、その口から失われた大量の血液は既に致死量に達しており、そんな状態で追撃して来たトウコツ相手を足止めしていたのだ。体力的にも限界にあり、また作戦の悉くを上手く運べなかったこと、新米と言われていたトキに敗北したことなどで相当なストレスを抱き、精神的疲労も大きい。

 失敗に次ぐ失敗、そして敗北から繋がるであろう死を前に、それを証明するかのように部下たちの前でニルチェルトは1人、気付かぬうちに高度を落としていた。



「ボス、ここでお別れします!

 俺たちは下の部隊の援護に行ってきます!」

「ボスを頼んだぞ!」



 ふと、高度の低下に気付いたニルチェルトは自分の瀕死に気付いた。

 潮風に触れて痛む右腕の斬れ口からは、鈍い痛みと籠ったような熱しか感じない。急激に襲い来る倦怠感と眠気のような、過去に覚えのある恐ろしい感覚。死ぬ直前の体が覚えるあの温度が、今まさに認識の中にまで足を踏み入れている。



「馬鹿野郎! ボスを護らなくてどうする!」

「護る為に行くんだよ! 俺たちは対空砲を潰す!」



 論争を決着させた部下たちが二手に分かれるを見て、どこか安堵を覚えてしまう。勝手な行動を許すことは、統括する者としては見過ごせないが、まともに指揮できない現状では自分こそが足手纏いであることを理解している以上、部下たちの決して依存しようとせず、また素早い決断は有難味を覚えずには居られなかった。

 この死に掛けを放棄してまで逃げるべきだろうが、新米古参問わずに弱き有翼達は護りの陣を築く。



(部下を大事にしていた良かった……というワケか)



 両脇に滑り込んだ二人の部下に支えられ、ニルチェルトは自力での飛行を断念した。



「ボス!」

「負傷しているぞ!」

「対空砲だ! 下の対空陣地を潰すんだ!」

「ジャンヌが居るぞ!?」

「トウコツもだ!」



 右脇から支えていた吸血鬼が対空砲で胴体を分断されるのと同時だった。北部、南部でサボタージュを終えた部下たちがそれぞれ西部の合流地点に到達した。自分たちがボスと慕う人物の負傷を知り、その逃走を助けようと急降下して防衛部隊へと攻撃を仕掛ける。



「来たぜ姐さん!」



 頭上より迫る吸血鬼に気付いたトウコツが喚起を促し、大剣一本を吸血鬼目掛けて投擲する。

 その最中、拡散する斬撃を横薙ぎに放ったジャンヌは通信機に大声で呼びかけていた。



「非武装派の方々聞こえますか!

 始めて下さい、ウインド5!」



 海岸からは途切れることなき大軍、背後と頭上から吸血鬼の一団。

 三方向に敵を置いた防衛部隊は後退を始める。ただ独り、トウコツだけは前線に残って暴れていた。



「来た!」



 グレネードの雨を降らせる吸血鬼と、斬撃突風で血の雨を降らせるトウコツが同時に気付く。

 空中での軌道が反れる。

 潮風が変わった。

 強く、それも空中で絶命した吸血鬼の死体が本来の落下予測地点を大きく外れるほどの強風が。



(この風はもしや、ナイトメア非武装派の……!)



 吸血鬼達が異変に気付いた時、それは既に形成されていた。

 開戦してから間もなく、数時間に渡って四凶軍の接岸を許さなかった“暴風”が再開したのである。



「良い風だぜ! リデア・カレー!」

『私はカルバレーだ!!』


『隊長、四凶の軍勢は上手く嵌りましたよ!』



 AM 06:25

 現時点での数的優劣は開戦より一向に揺るがず、四凶軍の士気を高めることに一役買っていた。

 しかし、個別にみた場合の士気の高さ・戦意の濃密、成功した作戦の数では圧倒的に協会が押していた。

 どこに弾丸を放っても当たる状況ではあるが、それでも悉く四凶軍の策を阻害するは、協会とナイトメア非武装派による新生の連合である。望めなかったと思われた連携にも問題はなく、それが士気の高揚に一役買った。

 今また、一つの作戦が嵌る。



(協会司令の前線介入とは……当然、四凶軍としては何としても討とうとし、殺到するだろう。

 そこにリデアの虐殺暴風だ。

 被害は少なく見積もっても数千から数万と言ったところか)



 特急風司ことリデア・カルバレーが数時間に及んで集めた風は、海水を空高く巻き上げ、二足歩行を許さず、船を傾ける津波を生みだすほどの“超濃密台風”となって協会本部の各海岸に上陸した四凶軍を直撃した。

 厚さ5km、高さ22km、風速136ノット。この自然利用兵器を創り出すSRはリデア、その時に作られる風域を約800kmサイズから5kmサイズに圧縮して台風の破壊力を高めているのがベクター・ケイノスである。



(しかし、これがキュウキの作戦なのか?

 もっと知的な作戦で来ると思いきや、数を頼りに押し寄せるだけとは……何かあると見た方がよさそうだな)



 台風の中に直径4cmもの雹を混ぜながらMr.シーズンは考える。

 四凶軍の勢いは確かに激しい。

 だが、本当に数だけで本部を制圧できると考えてるのだろうか。

 台風の壁内に取り残された四凶軍を無力化させながらジャンヌもそれを考える。



(コントンが侵入したという話から、どこか四凶軍の動きが単調になった。

 考えにくい可能性として、内部分裂が起こった。または結末を焦って単独突入した。

 確かに、コントンというSRの力は未知数。これまでの検査を事あるごとに拒んでその詳細を知る者は協会には居ないと言っても間違いないし、私も知らない。ただ、強力であるということだけが断言できる唯一)



 一瞬にして数千の命を巻き上げた暴風が、血に染まった海水と無数の金属を取り込んで陽光浴び、さながらルビーのような輝きを放って両軍に一種の恐怖を思い出させていた。

 この戦争の主役はSRであること。 また、勃発の原因もSRであったこと。



(待って……まさか、これだけのことをしておきながらコントンの一件で“標的を変えた”ということはないわよね?)


「ハッーハッハッハッ!

 良い子は台風の日に外出してはいけないものだ!」



 本来人間にコントロール出来なかったモノの手綱を得る、あの瞬間の喜びの大きいことを例えるに人は小さ過ぎた。

 しかし、現実に人間は制御不能を覆した時、人は喜び笑い、時に泣いては過去を嘆く。



「隊長、調子に乗りすぎです」



 そして、一つの克服が次への自信へと繋がり、また新たな制御不能な現実を克服するだろう。

 だが、我々は忘れてはいけないことが、制御不能という事実の中に確とあるのだ。



「冷たい眼差しで見守ってやりな、ケイノス」



 決して、人は全てを制御できるようになることはない。

 有限な種である以上、無限とも言える障害を超えきることは有り得ない。

 起源と期限である生死がその代表であるように、その二つを結ぶ“生”もそうであるように、個人制御できるは一個、意識を持った一生命体としての限界がそれなのだ。たった一人、多くても二から五人。



「常識的に考えて、その男にリミッターを戻す術など備わっているわけなかろう」



 どこにでも転がっている『常識』は、例えば小説の中の分節かもしれないし、映画のワンシーンかもしれない。或いは漫画の一コマという可能性だって十二分にある。

 無数に転がる常識を果たして誇ることが出来ようか。

 先人達が制御不能を――感情や意志を表すために言葉や行動から始まり――乗り越えた数々を、我々は文化と呼び、それに頼りきってはいないだろうか。いま手にある、眼前にある常識の集合体は過去からの贈り物だという常識を、認識できる人間が果たして何に居ようか。



「隊長、あんまり無理すればまた今夜もシチューですよ」


「グヌッ!?

 それはあまりにも酷な話ではないかな、ケイノス君!

 この、瞬間的かもしれぬがそれなりの功労者に、よりにもよって口内炎患者にカスピ海を飲み干せと言っているものであるぞ!」



 続く嵐の、内では蹂躙、外では逆転が起きていることも把握しきれず、ナイトメア非武装派の三人は笑顔で強風壁のコントロールを続けた。


 リデアの暴風が不安定領域に安定して達した時、キュウキは二枚の切り札を城砦艦より投入した。



「行きなさい、コピープレイヤ」






 ある者は絶望し、ある者は希望を得る。

 それら感情に共通が芽生えることもあれば、結ばれた認識を一瞬にして分かつこともありうる。

 戦況の打開に敵の撃破、味方の死や戦争の理由、目の前で立ち上る火柱の大きさや、死角で行われている虐殺の香り、それら戦場の感情事情が渦巻く時間帯に、協会やナイトメア非武装派、小規模集団に無所属の一部SR達は同時に気付いた。

 その中で、最初に口を聞いたのはジャンヌ、



「会長……?」



 西部海岸の四凶軍沈黙から直ぐ、真っ先に会長の異変に対応したのは防衛部隊であった。



「負傷しているぞ!」

「衛生兵!」



 -AM 06:31-


 戦況に余裕を作った西部海岸の防衛部隊は南北と、対吸血鬼、協会長救護に分かれ走った。

 暴風の壁も持って1時間。

 その間にどれだけの補給と備えが出来るかが大事、誰もがそれを理解している最中に不安を抱いた。



「何があったんですか会長!?」



 協会を小さな国とした時、その君主たる人物がまさに協会長:オウル・バースヤードなのである。そんな重要人物が何故、前線に居たわけでもなく全身に深手を負って前へと出て来たのか。

 彼の右腕であるジャンヌは真っ先に質問した。傍らの医療班の声に負けぬ大声で。



「トウコツ! 頭上の吸血鬼を牽制頼みます!」

「任せろ!」



 混乱の中に加わった混沌は、次第に個々へと負の感情を感染させゆく。



「コントンですか!?」

「……」



 右腕粉砕骨折、両手十指欠損、内臓破裂、四つの大きな刺創と七つの貫通射創、腰部右側骨折、左足アキレス腱断裂等々、酷く目に付く傷だけでもそれだけあった。それにも関らずジャンヌの質問にはイエスを示す頷きが表された。

 開戦以来最大とも言えるショックに絶望へと導く死神が部隊間の中に降り立とうとした、そんな時に会長は口を開いた。



「コントンという男は、もう居ない……」



 風を、暴風の喧しさを抜きにして言えば、確実にその瞬間は無音と化していた。

 四凶軍の名を示す四凶とは四人。

 内一人、トウコツだけは協会の側についている為、敵対している四凶は三人。


 現時点で、協会をベースにナイトメア非武装派、小規模集団、無所属SR達によって連合された軍が討った四凶はトウテツ。

 既に三分の一を失っている四凶軍に、重傷を負った会長は追撃の言葉を加えたのだ。



「コントンは……居ない」


「討ったのですか……!?」



 その言に誰もが奮えた。

 歓声が沈みかけていた各部隊の士気を最高潮まで高める。

 満身創痍ながらに浮かべる会長の笑みに、救護SR達も腕の依りを尽くす。



「ジャンヌ、耳を」

「はい」



 出血を止め、血液を補った会長の呼びかけにジャンヌは耳を貸す。この戦場における情報機密を考え、雰囲気的にも重要な話と見た救護SR達は少しだけ距離を置いて続行のサインを待った。



「“ノア”を使う」

「……ノアを、ですか?」



 耳打ちされて伝った言葉に、重大と言う単語と非現実を覚える感が同時に浮かんだ。

 協会本部設立、また協会長オウル・バースヤードと歩むと決めて以降、協会が所有する最終手段として覚えて欲しいとジャンヌはその名を教わっている。それがノアというモノ。

 協会最後の切り札であり、全人類に対しての最終手段であると。



「それだけ四凶は危険だと?」

「今しかない」



 しかし、ジャンヌが聞いたのは最終手段であるというレベルまでであり、詳細にどんな代物なのかを知らない。



「預けていた鍵を」

「はい、了解しました」



 周囲の部隊に円陣を組ませ、ジャンヌは会長が所望する鍵と呼ばれる“鉱石らしきモノ”を取り出す。

 会長の傍らで片膝立て、スーツの袖下に隠し持った短剣を自分の右肩に突き立てる。顔色一つ変えずに傷口から取り出したそれは、大きさ1cm程の針状の赤塗黒物。



「お約束通り、今日まで隠し通しました」

「ありがとう……」



 手渡すその瞬間、西部海岸に新たな呼吸が二つ、疑問を抱きながら現れる。



(何だ……?)



 僅か数秒の間に赤く染まった風の壁にばかり目を奪われていた色世トキ。

 西部海岸に出来あがっている異様な陣形に目を止めた。中心に人影が二つ、但し人相まではハッキリと見えない。

 何事かと近付くトキの眼前で突如、異様な雰囲気を醸し出していた円陣に異変が起こる。


 ざわめきは、微かな悲鳴を隠そうとしていた。

 掻き消されるかのようなその声を聞き、トキは低速世界を展開する。



(決闘? それとも誰かやばい人が重傷なのか!?)



 手中の武器を時間分解して回復に当てる準備を――だが、それよりも早く、大きな異変が起こった。


 無音衝撃波。


 円陣が中央から爆風のような風圧で吹き飛んだのである。

 大の大人が軽々と宙に舞うほどの風圧を、トキは地面に伏すことで飛散する破片らの直撃を免れた。その圧は瞼や頬を叩く砂塵が凶器とも成りうるだけの破壊力を有しており、更に視界まで遮ってしまう。



(何だ一体……何が起こった!?)



 同時、吸血鬼達を牽制していたトウコツも自分の足元で起こった異変に気付いた。激しく粉塵が巻き起こるほどの事態。

 記憶に間違いがなければ、あそこに居たのは協会長と、



「まさか、ジャ――!」



 懸念の結末をと、空中を下り始めたトウコツの視界で、風の障壁に巻き上げられていく粉塵の中に最悪の結末が、奇形となって出来上がっていた。



「なッ――!?」

「どうし……!?」



 円陣の中心だった場所には二人。

 心臓を手刀で貫かれたジャンヌと、左手を彼女の血で汚したコントンの赤き恍惚嗤顔。



「こんな所に隠していたのか、オウル・バースヤード。

 悪いが貰うぜ。フッ、フフフフ……ハハハッ!」



 謎の爆発、協会長の消滅、コントンの出現。

 急変する事態に防衛部隊の大勢は愕然とし、そんな中で二人のSRは、現れたソイツとその行為に対して激しい感情を露わにしていた。





 

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