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Second Real/Virtual  作者:
56/72

第55話-暴食、飢餓、全身過食! vsトウテツ!-

 

 10日か11日に投稿すると宣言しておきながら この遅滞――ちょっと正座してきます。遅れて申し訳有りませんでした。


 奨学金の返還誓約書さえなければ……ちくしょう(;ω;)


 言い訳をしても見苦しいので、


 口下手だし、


 上手に伝えるなんてことも出来ない、


 でもやらなければイケないことが溢れている事実から目を逸らせば、


 また同じ事を繰り返す。


 ――悔しいで――


 きっと、そう漏らすだろう。


 何が、ということではなく、


 何かで必ず悔しい思いをするだろうという予想が頭の片隅から離れないから。


 一つの事さえ満足に出来ず、


 そんな無能に二つを捌くことなど到底出来ず、


 上手く事が進んでもそれは偶然。


 実力ではない。


 それなのに、馴染みの友人は運も実力の内と言う。


 それが本当なら、運を掴み取れる人種の実力は大国の首相やプロのアスリートらと同格の努力家であり、実力者なのだろ言えないだろうか。


 理解は求めない。


 全てを理解できる人間は居ない。


 それらを理解しようとしたものならば、人間は無限にも等しい情報の前に己が情報の全てを正常なまま保つことはできないだろう。


 ならばと、飛びに飛ぶ話の中で一つだけ結論を最もらしく綴って締めるとするのならば――


 人が全ての情報を眺めるには虚無、それから忘却を備えていなければならないということだ。


 ……

 ……

 ……あれは確か、男だった。


 戦線の状況を逐一頭で計算しながら次々と采配を振るう協会司令官:ジャンヌの頭の片隅でそんな文句が蘇生していた。


 一体どれだけ昔のことか思い出せないが、解離性障害を煩ったSRが怯えながらにして協会を脅迫した事件があった。

 破綻に破綻した持論を撒き散らす中、その男は狙撃によって破壊され、ジャンヌはその事件の途中から後始末に渡って立ち会っていた。


 頭部を破壊された名も知らぬ男の残骸を処理する最中、突如現場を視察しに来た会長は嘆息の言葉を残していった。



「貴重な痛みが費えたか……ジャンヌ、今後彼と同じような痛みを持った人間がいたら俺にも知らせてくれ」



 正直、長年補佐を務めてきたジャンヌにも会長の指す“同じ痛みを持った者”の定義が理解できなかった。


 痛みを持つ?

 それはどんな痛み?


 如何なる傷を抱いている者を指すのか分からない。



「痛み?」



 激務の最中に幾度か頭を働かせて見たものの、ついにジャンヌは答えを見つけることなく、いつしか会長のその忠告を忘れ去ってしまったのだ。



 

 

 -15分前-


 トキが眠りについてすぐ、ボルト・A・パルダンとの連携を誓ったアキはレーダー塔からの降下を始めていた。



「危険だけど大丈夫?」



 魔女の光を借りた自由飛行だが、初めて体験する行動に若干ながらもアキは恐怖を感じていた。

 トキは戦いの最中に飛んで見せたが、その行為がこれほど不安を付き纏うものとは思ってもみず、重力に反するという不安に注意力が散漫となる。



「ねぇ、大丈夫?」



 アキの異変に気付いてはいるが、敢えて同じ一言だけを連呼する魔女の口端が吊り上がった。


 地面から目を離さないほどに緊迫するアキは矛盾に満ちていた。

 協会長から聞いた話の中で彼女はトキと共に空中落下を既に経験している。ファーストコンタクトの直後だと。

 いま、一体何が彼女の中で恐怖を創造しているのか、心を覗いても明確な答えは見つからない。

 だが、逆に何も答えを持ち合わせないという事実が“答え”なのかもしれないともボルトは思った。



(驚くほど人としての経験が欠如している。

 その所為でボキャブラリーも少ないし、言動の人称や語尾、興味の対象もろくに選定・判断できない。1を理解して9だけを理解していないほど不安定で不完全。

 中でも特に良くないのが、自分のSRに対する理解度。使い方も中途半端、相性の善し悪しもわかっていない……)



 魔女に観察の目を向けられていることに気付くこともできず、アキは下ばかり見ていた。


 地面に向かって急降下しているわけではない。

 レーダー塔の壁面に沿って螺旋を描くように、自由落下のそれよりも緩やかに高度を下げている。

 これは魔女の力、地面に激突することはない――そう自分に言い聞かせながらも震えは止まらない。

 何か予期していなかったことが起こっていて、その原因は自分にもあるということが理解の追いく限界であった。



「大丈夫~?」



 三度目の問いに辛うじて頷きが返ってくる。

 代わりに声を上げたのは大爆発と人屑、及び気まぐれな血の雨だった。

 爆心地を炎すら飲み込んだトウテツが駆け、立ちはだかった防衛部隊を苦もなく食い散らかす。後に続くインスタントSR達も勢いに乗って防衛海岸とSR部隊を突破し、次々と湾口エリアに(なだ)れ込んだ。

 四凶軍の南西から突入した部隊が海上戦から市街地戦に切り替える。



(これ以上勢い付かれたら煩いな~)


「何を、すればいい?」



 視線を戻すと、不安で満たされかけていたアキに余裕が戻っていた。

 地面から目を離し、横へ配る視線からは自らの役割を問う意志と、目的のためにどんなことでも成して遂げようとする曲がらぬ闘志が宿っており、それはボルトにとって何よりも有り難い“駒”であることを証明した。

 唯一の誤算と言えるのは、アキがそう言った目論見に対して鋭い嗅覚を持っていたということである。下手に邪な考えを抱けばすぐにでも嗅ぎつけられるであろう。



「まずはトウテツの前に立つの。全てはそれから」


「すべて?」


「任せて。アレの止める方法はあるから」



 目前に迫った地面に光を集めて絶対安全の着地点を作る。

 協会本部、地表入口前へと降り立った二人は、互いの体に重力が戻ったことを触れ合うことで確かめ、それから視線を戦場のトウテツへと向け直した。



「会うだけでいいのか?」

「詳しいことはもう少ししてから教える」



 歩み始めるボルトと頷くアキ。


 そんな二人の背中には、戦場を一望しようとレーダー塔の根元付近まで登って来た鬼の――但し藍を除いた――兄妹が言葉を失い佇んでいた。

 潮風に金髪を揺らめかせて光を放つ魔女:ボルトと並ぶのは、虚無と圧倒的な冷たさを凝縮したような少女。

 顔を見合わせ、目の前の女性がボルトであることを認める。そして、ここが戦場である事を再認識し、戦争のために普段なら有り得ないSR同士のマッチングが想像以上に発生しているのだ。鬼の兄弟にとって目の前の二人がそれだった。



「何だぁ?」

「ボルト……?」



 同時に、初対面同士だろうが力を合わせなければ勝てない程、それこそSRだろうが即死しかねないレベルの戦をしていることに気付かされる。



(ペアか?

 ならば、ボルト・パルダンが慎重になる理由とは……まさか、四凶か?)



 怪訝を露わにする鬼達の行動をボルトは予見しており、ここを着地地点として選んだのも理由それに準拠する。

 魔女にとって、これから実行する作戦に於いて、アキの次に不可欠な人因がこの哭き鬼四兄妹であった。



「さぁて、大切な“力と技”が揃ったね。

 この6人でトウテツを討つよ」


『え?』


「いいよ」

「……」



 ボルトが沈黙を守ったかのように思えたアサに目を向けると、現実には唖然として硬直している鬼を見つけた。



(やはりか)


「トウテツって、四凶のか?」

「作戦は?」



 敵を確認するカンナに背を向け、アキは戸惑う素振りすら窺わせずに作戦というものを肯定する。

 燃え上がる戦場へ光の指し棒を向け、明確な敵がその先に舞っていることを示した。

 四凶トウテツ。

 それだけでカンナは同じ質問を繰り返さなくなる。



(これだけの面子で討てるのか?)



 鬼の長兄とボルトの中には共通の予備知識があるものの、他の四人にトウテツに関する詳しい情報はない。

 アサの懸念はまた、ベクトルこそ違えどボルトと同じ個所に向いていた。

 敵の攻撃を知らない者を抱えての戦闘で犠牲や損失を避けることは至極難しいことである。だが、それを理解したところでアサに妹達を見捨てるつもりはないのだ。言ってしまえば、予備知識の無い彼女らを抱えて戦うことは非常にリスキーなのだ。



「討てるよ。手順を間違わなければ」



 このメンバーの脆さを理解しているのは唯一、ボルト。

 しかし、それ以上の相性を秘めているメンバーが、自身を抜いたこの5人であった。力も、技も、それらに眷属――或いは源泉となる理も、驚嘆に値するほど揃ってしまうのだ。



「本当か?」



 南西方面中心部に集まったメンバーの誰もが抱く疑問に、魔女は頷いてから素っ気なく答える。


 現代の四凶の中で最も討伐に手間を要するのがトウテツである。

 あらゆる攻撃を無効化する全身過食は、万物を飲み込む力で外からの攻撃を防ぎ、侵入など儘ならない。内部からの破壊まで不可能にするSRはまさに“攻防一体”と言える。

 トウテツのSRは、ボルトの光撃すら飲み込む可能性を秘めているのだ。



「私が終わりをやるから、それまでを貴方達にお願いしたいの」


「僕ら4人と彼女で?」



 長兄の目が横へと流れる。

 出撃の出鼻を挫かれた姉妹らと並ぶアキ。

 その雰囲気に重厚な危機を感じ取ったアサは、魔女に言葉で従いつつも集まったメンバーに怪訝を隠しきれなかった。



「しかし、四凶のトウテツは――」


「大丈夫。

 最初は貴方達の役割じゃない。彼女がやるの」


「……具体的にお願いしたい。私たちは何をすればいい?」



 アサ、藍と続く質問に一度ボルトの口が塞がり、視線は光を受け始めている戦場へと流れる。


 潮風と朝日の混じり合う海上に降り注ぐ飛沫雨。

 幾つも上がる大きな爆炎と水柱が人や物を飲む。

 衝撃波は不可視の壁となって島全体に振動を呼び起こす。

 塵の如き飛び散る肉片に、深海へ藻屑と消えゆく金属。


 紅に染まった港湾の波間に、トウテツは身を投げ出す。


 助けを求めた声は途絶え、海中に逃れていた者々が逝く。

 赤く彩られた水面にトウテツが顔を覗かせ、岸壁を食い荒らして登り、再び湾岸部からの侵攻に戻る。


 そんな光景を目の当たりにした5人は一斉に走り出し、その最後尾にアキは付いて行った。



「最初にアキちゃんにコンタクトを取ってもらうわ。

 いい? アキちゃんは何を話してもいいよ」



 走りながら魔女は説明するため、ボルトは全員に僅かな光を配った。

 耳周りから雑音を除去できる光振フィルター。

 クリアに聞こえる魔女の声に驚いたのはスミレのみ。

 その間、頷くアキへアサに続き、カンナの冷たい視線が刺さっていた。



「もし、会話の途中でトウテツが攻撃を仕掛けてきたら、今度は貴方達4人の番よ」



 ボルト・A・パルダンには自信があった。織夜秋という未知ならトウテツを釘付けに出来、上手くいけば通じ合えるかもしれないという自信が。



「トウテツにはなるべく同時攻撃を仕掛けること。1人が中心線を攻めるなら、もう1人は必ず末端を攻撃しなきゃ、あっさり食べられちゃうから。

 それから、直接触れることも出来るだけやめた方がいいよ」



 その説明に納得できず、真っ先に不利を感じたのが長女のカンナ。



「直接がダメって……あんたはトウテツを知っているのか?」


「うん。5分分だけ」


「あぁ?

 ごふんぶん――って、どういう事だ?」


「現代のトウテツがどんなのか“あんまり”知らないけど、私が知っている中では間違いなく最強と言えるトウテツだよ。簡単な原理は理解しているつもり。

 あ~、話が前後しちゃったけど、私まだ寝起きなんだ。それで、長い間寝ていたから今の四凶がどんなものかよく分かっていなかったの。けどまぁ、5分くらい前から観測始めたから、トウテツなら少しは理解できたよ~」



 スロ~ペィスに、聞き手の頬を引き攣らせるほど暢気に魔女はハクジョウする。現実に白状という分には語弊を否めないが、それでも薄情という意味では戦線へ赴く4姉妹らには絶大な不安を抱かせるだけの連続的意味はあった。



「本当はこっちの意図を気付かれないように、距離を問わずに連携で攻め続けて欲しいんだけど、相手が相手だし、無理は禁物――」


「無理はしてやる。

 問題はアンタだよ、魔女さん。

 あたしらが四凶の足止めてる間あんたはどうすんだ?」


「チャージ」



 彼女の作戦は実に単純だった。

 まずは、織夜秋という少女がトウテツと接触する。

 邂逅を果たした2人が会話している最中、周辺の戦場に4兄妹が紛れ込む。

 トウテツの攻撃でアキが危機に陥っていると見られたのら、間髪入れずに4兄妹がトウテツの意を引くように攻撃を仕掛ける。

 それから――



「何をチャージすんだ? PA○MOか、WA○Nか?」

「カンナ姉様、それ以上財布の無様は晒さない方が良いかと……」



 説明を求めるカンナの横で、藍はボルトが繰り出そうとしている術を予測し、鳥肌を覚えながらも姉を納得させるために一本の金棒をボルトに手渡した。

 一本の金棒を、ボルトは直に受け取らずに光を纏わせて宙に浮かべる。そして、有無を言わずに長女の眼前に対象物を持っていった。



「これだよ」



 ボルトの言い訳は姉鬼を納得させた。

 何の前振りもなく金棒が消えて無くなる様を見ながら、アサも魔女の力に納得しつつ、残る疑問を自力で解決しようと知能の限りを尽くして四凶討伐のプランを検討。その結果導き出たモノはイエスのみ。

 不安と危険は大きいが、それ以上に計り知れない損害を敵軍に与えることができる。



(信頼と連携……課題はこの二つ。

 織夜秋という彼女がどれほどの力の持ち主か、それが分かるだけでも大分作業が楽になるのに、魔女は僕らに時間を与えないだろう)



 未解決の問題としてまず、ボルトの攻撃がどれ程のものなのかという点がある。

 先に目の前で見せた光撃も果たしてトウテツに効くのだろうか。

 金棒を消すことができても、同等か或いはそれ以上の消滅力を持った四凶に果たして効果は見られるのか。



(光撃が無力だとすれば、必然足止めの僕らは敗北の憂き目に遭うことだって……)



 商店街を駆け抜けて向かう先は港エリア。

 そこで健闘している守備隊も長くは続かない編成であった。インスタントSRには対応できてもトウテツを止めながら他のSRも相手にするなど、骨が折れるというレベルの問題ではない。そもそも物理的に止めることが叶わないのだ。


 だからボルトは役割を分担する。

 守備隊はインスタントSRを、トウテツをアキが止め、それらを鬼兄妹が臨機応変に支援し、終止符をボルトが打つ。



(あの少女、アキとか言ったが――どんなSRを持っていればあれ程信頼を寄せられるのだ?)



 正面から吹き付ける風は強風。

 まるで四凶軍の勢いを運ぶかのように吹くソレに悪寒を覚える。ボルトが4兄妹をカンナとスミレ、アイと自身という二手に分かれた理由を理解し、先行し始めたアキの顔を思い出して冷や汗を浮かべた。


 ――アレと上手く共闘できる気がしない。


 そんな不安をアサとアイは同時に抱き、どうしても懸念を拭えずにいた。










 Second Real/Virtual


  -第55話-


 -暴食、飢餓、全身過食! vsトウテツ!-










 魔女は告げた。

 何を話してもいいと。



(でも、何を言えばいい?)



 アキはとにかく困っていた。

 これから敵と向かって何かを話さなければいけないのだが、一体どんな言葉を掛ければいいものか思い浮かばない。


 ――どう話しかければ相手は足を止めてくれる?


 敵前に向かう前に聞けば良かったと後悔しても後の祭り。

 進むと決めた足は後退を知らない。止まって鬼を待つことも出来るが、果たしてそこから答えを得ることが出来るのだろうか。


 ――信用していいのか?


 アーチをくぐって商店街から離れる。

 そこから単独で港に向かい、トウテツとあわなければイケない。

 主要道路を横切り、新たに黒煙を吹く港湾のオレンジ色が視界に飛び込む。

 絶えない銃声と爆音、それから悲鳴の波。

 相変わらず絶えない血の香りが混じる潮風に、肉の焦げる強烈な匂いが混じり始める。

 ふと頭に浮かぶ感覚は“ジゴク”それから“ゼツボウ”であるが、それを感じた瞬間からアキの進行速度は上がっていた。


 トキになるため、ためらわずに進まなければいけない。


 脳裏をかすめるトキの寝顔、入れ替わるように現れる写像は先ほど顔を合わせたばかりの他人。

 その中に居た男――トキに似た誰か。

 しかし、中身が全く違う誰か。

 名をアサと言った人。


 再び爆音が鼓膜を蹴る。

 防衛拠点になっていた係留コンテナ船の内と外から火の手が上がった。

 連続した爆発が物語る戦闘の熾烈さを前に、アキの頭から邪念が薄れるように消え始める。



(目標はトキ、1人だけ)



 そっくりな誰かが居ようと、中身を覗き間違える心配はない。故に写し身のような他者が居たとしても、それは別段不安を覚える程、真贋を問う程に酷く類似した存在とは思わないし見えない。

 自分に言い聞かせるようにアキはトキと、トキに似た別人の顔を思い描いて比較し、違いを見つけては平静を取り戻す。



(敵も1人……)



 眼前の火炎が潮風に煽られて踊る。

 銃火、閃光、轟音――破壊の意が飛び交うその中心に四凶が居る。

 真っ直ぐ港へと続く緩やかな斜面を駆け下りながら、熱に揺れる船上へと意識を集中する。



(見えた!)



 アキは気の利いた言葉やその回しを知らず、そもそも社交的な接し方というものを学んでいない。

 その特殊なステータスがある意味彼女の強み。

 だからこそ、先見の眼を持つ魔女でさえアキの一言目は予想することが出来なかった。


 “無言”である。


 織夜秋の繰り出すファーストコンタクトは、言葉という文明には遠く及ばないものであり、しかし人間的なものかと問えば遠からずとは決して言えない。

 放ったのは黒球。

 大きさは成人男性一人を易々と丸飲みしてしまうほど――消滅範囲(拡散):大、消滅速度:早――の濃色消滅大黒球。それも単発ではなく散弾のように複数個、船の上で展開される乱戦舞台に放ったのである。


 距離にして1.1km――それだけ離れた舞台で暴れるトウテツだが、熱で揺れる戦場の最中に有りながら異常に冷たいモノを背筋に感じた。


“見られてる? やラれる?”


 既に、瞬間的に湧いてきた疑問を解く前に――生と食を求めることを細胞単位にまで染み込ませた四凶の身体は跳躍を選択。跳んでいた。

 頭上のガントリークレーンのアームに手を伸ばしてぶら下がり、視線を視線を感じた足下に移す。

 弾薬を積んでいたコンテナが爆ぜて、壊滅した守備隊の亡骸を宙に投げるその一瞬、空中に退避したトウテツはこの戦場に来て初めて我が目を疑った。

 危機を察知して飛ぶ所までは別段今日初めての選択ではない。しかし、飛来して襲ってくるモノを銃弾か榴弾、或いはミサイルの類と僅かな時間の中で予測していたのだが、現実に来襲したものはそういった金属の類とは全く別のモノ。



「何だあの黒いの……?」



 得体の知れない黒球は、皮蛋(ピータン)よりも黒くて丸い。

 だが、本当に目を疑ったのは黒球が触れた場所が跡形もなく消失してから。

 ガントリークレーンのアームにぶら下がりながら、足元のコンテナ船を見守るトウテツ。その四凶の視界に、黒球の触れた個所だけが消滅するという事態が輪郭と色彩を持って飛び込んだのだ。見たこともない力、SR。眼下に敷き詰められていたコンテナは協会が防衛目的に強度を高めて詰めた装甲コンテナである。徹甲弾クラスになれば防御など叶わないものの、歩兵やLAB(軽攻撃艇)が積載する突撃銃や機銃程度の弾丸は容易く弾き返す強度を誇る。



(それなのに、コンテナを簡単に食い千切りやがった……!)



 問題は、それを散弾銃でも扱うかのような感覚でやってのけたSRが居るということだった。


 ガントリークレーンから手を離して重力に身を任せる。

 落下の中で先鋭化する視覚を最大限に活かし、飛び込む景色に集中して敵を探す。


“黒球を魅せてくれたのは誰だ?”


 四凶の意を集めたことを知る術のないアキは、黒球を見せて直ぐに第二撃の準備を整えた。


“黒がもたらす感触の中に狙った男のモノが混じっていない”


 まるで予知でもしたかのように、余裕を持って飛び逃れたであろうトウテツに驚き、ならば今度はと更に小さな黒球、更に多くの消滅力を用意し、腕を前へ掲げて横へ――



「当たれ」



 薙ぐ。

 対象地点は約1km先の港、コンテナ船とガントリークレーン周辺。

 標的はSR。


 消滅を発現させる。



「小っさ!?」



 無数に展開した黒球の幾つかが、落下中のトウテツを捉える。

 雨のように空中のあらゆる場所に出現した黒球は、完全に回避するどころか数えることすら不可能なくらい多い。


“もしかすれば触ったらやばいかもしれないからなるべく触れないように攻略していこう”


 これが2秒前の目論見であり、現実にそれを許されず回避不可能な状況に陥ったトウテツは耐えるという選択肢を初めて頭に思い浮かべた。

 長らく感じることのなかった悪寒を催す攻撃がどれほどのものか。

 最悪の場合即死だろう攻撃に挑む。

 死んでもいい。

 喰ってやる。

 喰える分だけ喰ってみせる。

 この意思がトウテツなりの抵抗であった。


 空中に出現した黒球のうち、四凶の身体を捉えた球は4つ。

 頭部の左こめかみを捉え、次に右腰、右太股の内側と続き、右足の(くるぶし)と連続して触れる。



「マ……」



 その感触は一般に言う“死”に近づいてゆく感覚に間違いなかった。

 黒球は徐々に近づく終焉への道のりを、触れたその一瞬で与える効果を持っている。まずトウテツが理解できた黒球の性能がそれ。


 しかし、黒球に触れたトウテツの全身から冷や汗が引いた。

 この黒球は死である。

 触れたモノを終わりへ誘うのではなく、触れた瞬間から死を展開してしまう力。そうであると同時に、四凶になって唯一求めた理想の力が目の前にあった。



(マジかよ!)



 この黒い球は死を展開することにより触れたものを消滅に至らしめる。

 だが、それだけじゃない。

 本当に肝心な黒球の性能はその先にあった。


 これは殺すばかりの力ではないのだ。

 だからこそ、トウテツは二度と訪れないと思っていた他人への興味を示したのである。

 間違いない刺激。

 マンネリとした、それでもやめきれずに続けてきた生の中に吹き込まれた新たらしい風。

 緊張は緩み、口端は吊り上がり、湧きかけていた必殺の意は完全に感情の深淵へと退く。



(まさかコイツも食えるのか!?)



 驚愕と歓喜を同時に覚え、次いで僅かな悲しみと多大な羨望に身を震わせながらも、黒球との接触によって強く弾かれて崩れた体勢の修正に努める。

 球体に触れた部位に走る電撃は脅威と言える威力はないものの、反発力だけはショットガンのスラグを全て至近距離で受けた時の衝撃に近かった。

 弾かれて頭を中心に回転し、上下左右の感覚が狂う。

 回転する景色の中で次の散弾が姿を見せ付けていた。



(これだけの遠距離でよく届く!)



 再び黒球が触れてトウテツの身体を無作為に弾き回す。

 錐揉みしながら落下する最中、体内を駆け巡る悲鳴がトウテツに黒球の細かな威力を伝えた。

 黒球に重力が手助けし、人としての体型を崩しにかかり、悲鳴が増大する。

 回転が催す錯覚が着地の成功率を低め、連続する衝撃に関節が軋み、体中がこの状態での着地行為に疑問を抱いている。


 しかし、嘔吐感を催すほど神経を刺激する回転景色だが、トウテツの表情が崩れない。

 突破してきた防衛海岸も、身体の部位を削られて息絶えるインスタントSR達も、協会本部も味方艦隊も、景色が思考の中に入り込む余地など既にない。

 吐き気はある、怒りも内で再沸の音を立てている。

 だが、それ以上に嬉しい現実と出逢ってしまった。



「まだまだ食い方が汚ぇ!下手糞だ!」



 この瞬間、横手から差す朝日よりも強く、トウテツはアキに対して眩さを錯覚させる存在感を示した。

 それは挑発と同時に生存を伝える、アキの挨拶同様に言葉という文明を介さぬ原始的な、攻撃による接触・返答である。


 アキにとって、その一喝は完全に予想の外だった。

 これまでに放ったことのない数の黒球に晒されながら、全くの無傷である四凶に脅威を感じずにはいられず、またその存命が信じられない。

 間違いなく黒球はトウテツの身体に触れていた。周辺に散りばめた消滅力は確かに物質を消し去っているし、SRだって消せている。



「あれが四凶……」



 トウテツへ、アキへ。


 二人の視線が交差。

 着地したトウテツが先に斜面を進む。


 表面を飾る灰色レンガ道の上で二種の消滅が向き合った瞬間であった。

 対する敵が正面から迫ることを知り、アキは距離の修正を行い再度黒球を繰り出す。

 腕を横に払う少女を遠目に見つけたトウテは、減速することなく一直線にアキへと向かう。

 全身に纏った食欲が牙を覗かせる感覚、混じり合う空気。


 大きな球体が左右に建並ぶ倉庫の壁面を巻き込みながら、壁のごとく横一列に並ぶことによってトウテツの進路を阻んだ。



「効かねぇよ!」



 全裸に近いトウテツの全身から水飛沫が跳ねる。

 直後、黒球に突撃したはずの四凶は消滅に遭うどころか、弾かれることすらなく黒球のバリケードを突破した。



「……」

「来やがれ!」



 再び弾道無き消滅の散弾。

 だが、これもトウテツは問題なく走るだけで抜ける。

 散弾は広範囲だが一つ一つの破壊力は弾の大きさと色の濃さに比例する。取り柄と言えば相手の意表を容易に突ける発生速度とまともに食らった時の殺傷力のみで、持続力の悪さはある意味銃弾以上。


 だが、早くも攻略法を見つけたトウテツにそれが効かないことは、アキも理解していた。

 そこで試してみたのだ。

 ばら撒いた散弾黒球の中に、中ほど大きい消滅球を織り交ぜてトウテツの前方左右にそれぞれ配置し、



(建物の壁――!)



 球により建物の基礎となる根元部を多く削がれ、壁面が両側よりトウテツに向けて倒れる。

 壁を繰り抜き、時間差を用いて倒れる方向を操作し、二枚の壁が四凶の眼前に倒れかかった。しかし、全身で万物を食せるトウテツにとって、この壁面2枚も障害として成りうる物ではない。

 巻き上がる粉塵が物語る倉庫の長き仕様歴は、同時にトウテツに腕力での破壊突破も可能である事実を告げる。単純な腕力だけでも突破は可能。

 視界を粉塵が遮る直前に見た標的までの距離は約700m。

 粉塵の中に突入し、そこに潜む散弾黒球を全身過食で通過する。

 速度は緩めない。寧ろここで一気に加速――



「じゃあ、こっちは?」



 黒い散弾を抜けた直後だった。

 前方だけに視線と意識を集中していたトウテツの前方、斜め上から声が掛かったのは。



「はぁ!?」



 アキは、トウテツに黒球が効かないことを理解した。

 しかし、目的は排除であっても自身に課せられた任はトウテツとの会話であり、必ずしもこの瞬間に射止める必要などなかった。

 ボルトのチャージが終わるまでトウテツに付き合えばいい。

 殺す必要はない。

 必要はない。

 ……だが、現実には殺せそうにない。

 肌で感じ、頭に喚起されるその未来予想が無性に腹立たしく、その結果、たった今アキは思い付きだけでの攻撃で足掻くことを試みた。

 トキが自分の前で思い付きで飛んで見せた時のように。


“彼がトキなら私にも出来るはず”


 完全な思い付きであり、実戦でのぶっつけ本番。

 粉塵で四凶の目を眩ませた直後に急接近。

 顔面を打ち抜くつもりで拳を放つ。


 全身過食の頬にアキの黒色消滅を纏った拳が突き刺さる。

 久しく味わう他者からの電撃にも似た感覚を伴う痛み。

 その感触は、少女のSRは思い描いた通りに凶悪なものであった。

 間違いなく食べていることを自ら証明していた。


 拳打は外したものの確かな感触――自分のSRが四凶にも通用する――という事実が手に残った。

 証明される接触の可否。



「お前も相当な四凶を持っているな!」



 空中からの奇襲を躱したトウテツの腕が、背後へと着地したアキに伸びる。

 捕縛のために迫った腕を裏拳で打ち弾くアキ。

 すかさず繰り出される四凶のもう片手。

 トウテツの腕が経過した空間から、風に流される粉塵が除去されているところを見て、四凶のSRを展開していることを知る。


 消滅 対 消滅。

 これはそういう戦いであった。


 裏拳を放った時に生じた回転を殺さず、もう一回転進みながら左手を出す。

 トウテツの拳をアキの掌が止める。

 上体を引き寄せ、近づけ、頭部を繰り出す。

 頭突きをヘッドパッドで返す。

 どちらも繰り出したのは頭、反発力が生む強い衝撃で視界が揺れた。

 額か頭かの僅かな違いでも、脳へのダメージはほぼ平等。

 衝撃で仰け反る上半身を力だけで前へと傾ける。


 次に繰り出される互いの右拳。

 横払いの裏拳は同時に空を切った。


 空振りの回転から立て直しすのはトウテツが僅かに早かった。

 両足で回転を止めつつ、制動の反動を生かして踏み込む。

 制止から一瞬、中心線の内側へ向いた回転を加えた左掌底を放つ。


 鳩尾に食い込む掌底にアキの身体が浮く。

 見た目以上の威力を有した掌底の衝撃に後足を強制され、整列から迫り出たレンガに踵を引っかけ、背中から転んだところで初めて減速、停止に到る。

 トウテツも同様、SRを纏わせて放った少女の拳と、全身に開いた自らの口が衝突した瞬間に生まれた反動で身体を後ろへと押されていた。



「おい、お前何? 何モノだ?」



 後転してすぐに顔を上げるアキを、潮風の浚う塵が(かす)める。

 しかめる顔を覗くトウテツが言葉を続けてきた。



「見たところ……いや、実際にお前の拳食らって実感したんだけどさ――お前も喰っているよな?」


「?」



 戸惑いを見てとられたか、乱れた髪をかき上げ、トウテツが一歩前へ踏み出した。

 黒球の次手を備えて手をかざすと、トウテツも同じように手をかざす。

 が、先に掛けられたストップの一言。

 それと同時に、苛立ちの原因たるトウテツを消去しようと考えていたアキの脳裏に魔女の言葉が蘇った。

 発動しかけの黒球を、眼前のトウテツを避けて後方のコンテナ船上に発現させる。コンテナやガントリークレーンとその周辺を無数の金属を飲み込んで消し、あらゆる事象を中途切断する。落下を始める巨大な金属アームが戦場の一角に土煙と共に新たな混乱を与えた。



「俺は万物を喰う力、お前のは存在や概念まで喰っちまう力――と、まぁ俺たちの違いはこんな感じだが、根本は似ている。

 その力をどうやって手に入れた?」


「……前からあった」



 魔女は何を話してもいいと言った。

 ならばこの程度の会話でもいいのだろうと、アキは包み隠さぬよう、また怖気づかぬよう四凶を正面から見据えて言う。

 嘘は抜きだ。


 ガントリークレーンの凄惨な落下に意を向けることもなく、二人は視線を固く結ぶ。



「あった?

 最初から持っていたって言うのか?」



 頷くとトウテツは頭を抱え、後頭部を後ろへと垂らすように上半身を反らした。

 両手で頭を押さえてはいるが、いつでもこちらに襲いかかって来れる実力を持っていることが先ほどの接触で測れたトウテツの強さである。

 それなのに攻撃が来ることはなく、トウテツは十分に間を置いてから両手を垂らして頭部も元の位置に戻し、アキの額から爪先までを見直した後に質問を再開した。



「お前はその力を何だと思っている?」

「私だけのモノ」


「うん。そりゃそうなんだけどね、具体的に“何のSR”なのか考えたことがあるかって聞きたいんだよ、俺は」

「…………」


 わかりません。

 それ以外の答えが浮かばないし、アキとしてはむしろ教えて欲しいくらいだった。



「考えたことナシ、か――じゃあ、俺なら“死配”のSRと呼ぶな。

 お前は俺の口を塞いだり、触れた人や物を一瞬で消して見せたり“死”そのものを飛ばしてみたりしてよ。

 近・遠距離を問わずに死を振りまいて配れるなんて、死神か悪魔そのものじゃねぇか」


「アクマ?」


「デビルだよ、デビル。

 しかも、お前はさっきその力で消し去ったモノらを自らの内に取り込み、パワーとして消費してみせた。

 自覚あるか? さっきの飛びかかり際に打った拳、それから裏拳に掌底。

 下手すりゃ人間の肉体なんて一発損失ものの威力だったぞ」



 もしも金属の板でも殴っていたものなら、確実に変形を遂げていただろう。

 少なくともトウテツが受け止めた打撃は、最低でもそれだけの威力を有していた。


 ならば、トウテツは何なのか。

 普通なら死ぬであろう攻撃を受けて無傷な敵は何なのか、アキはトウテツのSRに疑問を抱かざるを得なかった。

 相手の力が分からなければ勝ちはない。

 分からないわけではないが、分かりたくない。そんな警告が何処からともなく告げられている気がした。


 微かに頭を過ぎる疑問を解こうと、アキの身体が行動を始める。

 小さい濃色黒球でトウテツの視界を防ぎ、更に膝の消去に球を1つ、上と左右への逃げ場を防ぐように3つ、背後の退路を遮断するために2つの黒球を設置する。

 目眩ましから始まる奇襲。

 狙いは上半身を反らせて小黒球を避けるトウテツの隙、そこを突く。

 一気に跳躍して接敵、至近距離での黒球拳乗。

 視界を遮る黒球を貫く直拳。


 消滅の能力を纏った黒い拳がトウテツの――狙いは顔面、口元――迎撃に繰り出された右手の手刀で打ち落とされる。



「しかしだ、あんだけ食っておきながらお前はソレっぽっちしか消費しないのな。

 ハラ壊すぞ?

 つか、それじゃ“痛み続けるぞ”お前」


「な――!?」



 二重、三重とアキは衝撃を受けた。


 当てられない。

 消せない。

 話していないのに知られている。


 視界を塞いだはずなのに完全に拳打を防がれ、しかも触れた右手を消すことも出来てない。

 直に触れてもトウテツに黒色消滅が通じないことは予測していたが、全くの効果無しとう事態は想定していなかった。



(目を防いでも止めてくる!

 それにこの感触――!)



 叩き落された拳に起こった異変は、一般に言う倦怠の状態だった。

 あまりにも突然すぎる機能低下。

 訪れる意図せぬ脱力感。

 それが意味することは“逆に存在を食われた”ということ。

 だが、それ以上に深刻な現実として、会長だけに打ち明けた頭痛を見抜かれたことが大きな衝撃であった。



「これが現実よ。

 お前のその動揺は、図星から来るものだろ」



 突き出る四凶の顔面への左ストレート。

 トウテツは頭部を反らして避け、胴に出来た隙へ蹴り足を走らせる。

 前蹴りを防ぎつつ飛び退き、黒を乗せた反撃の拳を繰り出す。

 踏み込みに合わせて少女の鳩尾に肘が食い込む。


 確実に動揺が見られるアキの首根っこにトウテツの手が伸びる。

 触れれば後は食べるだけ。

 そうすれば少女アキのSRが手に入る。



『華創実誕幻、三段――』



 しかし、消滅が始まる一瞬前、トウテツは舌打ちして追撃を中止した。



向日葵(ひまわり)!」

蒲公英(たんぽぽ)



 苛立ちと、悔いの表情を向かい合わせた消滅持ち二人の距離が開く。

 やがて突風の如く横から流れ込む大量の火炎が、睨み合う二人の交差を遮った。


 藍の炎と、アサの無限増幅による火炎放射が大通りを火の海に変える。

 飛び退いたトウテツを火炎は追い、高温でその生命の削ぎを試みた。が、



(ダメ!?)

(やはりトウテツは無傷か!)



 トウテツの目が右側倉庫の影に潜む二体の鬼を捉える。

 足の裏が炎を飲む。

 燃えた衣服の炭を味わい、炎を摘む。

 鬼を睨みながら味わう火炎は形容しがたい不味さ。


 不愉快極まりない。

 邪魔者の排除への一歩を踏み出したトウテツへ、今度は別の鬼がトウテツに仕掛けた。

 最初の二人との明確な違いは、新たに出現した三、四体目の鬼が肉弾戦を仕掛けてきたという点にある。



「まだ居るのかっ!?」



 得手不得手を問わなければそれは奇襲だった。

 が、行為に対して溢れる殺気は、何かの手違いかと敵味方問わず疑わせるほど濃密で、背後から攻めたにも関わらずトウテツに反応されたのはその殺気が仇となったからだ。

 しかも個人の放つ殺気であり、闘気である。


 しかし、その攻撃を苦もなく飲み込む予想しかしていなかったトウテツにとって、まともに触れ合うことの出来る相手というのは驚異であった。

 脅威に成り損ねている分性質は良いが……



「こんなモンかよ!」



 ……性格は好戦的。

 ある意味で性質が悪かった。

 気に食わない、滅さなければ気が済まない、という意味で。

 女鬼の拳が腹部に食い込む。

 軽い衝撃を意中から反らし、反撃の目潰しを繰り出す。

 が、横より振り降ろされた金棒に手の甲を打たれて反撃を阻まれる。

 痛みはないが煩わしい。

 金棒の現れた方へと蹴り足を放って牽制する。


 トウテツの中に形ある殺意が芽生えたのは数年ぶりだった。

 食せないことへの怒りは、周囲を荒野に変えるほどの力に変わる。

 目の前にメインが在るのにサイドから出てきたメニューが酷い。

 食べ難い上に味も期待できそうにない。



「カンナお姉様!」



 金棒はカットイン、それからフェイクの二重行為。

 相手を確認することもなく、この戦場の全て食せると驕り上がった四凶だが、それは間違いだった。

 その蹴り足を片手で受け掴んだのは鬼の三女。


 足を力一杯に捻り、つい折られまいと足首の回転に体を同調させるトウテツ。

 中空。

 高速だが、回転する最中に確かに見た。

 両足を開き、重心を固定。左右の手は現状と未来に備えて配置され、バランスを取る為適度に身体を傾ける。

 回避不可能な空中、しかも防御さえままならない状況下に置かれた四凶の顔面に、狙い澄ました長女の拳が――下段突き――放たれ、正確に中心線の死線を捉えた。

 地面へ押しつけるような拳撃。

 焦げたレンガの破片がトウテツの後頭部に圧迫され、地面という枠から飛び出す。



「テ……こんなモンなワケねぇだろ!」



 直ぐに上体を起こすトウテツの顔面にもう一撃。

 だが、今度は鬼の拳が押し続けることはない。


 と、その矢先、金棒と拳を同時に叩き込まれて再び後頭部に割れたレンガの感触を味わう。

 叩き押されたのは分かる。

 敵は二度も押してきた。

 ならば今度は引いて見せようと、後頭部で地面を食らい味わう。



「下がれカンナ、スミレ!」



 鬼は四人居た。

 その中の一人をトウテツは知っている。

 哭き鬼の長兄、亡者となったと噂を聞くアサ。

 そこから共に闘っているのが哭き鬼の姉妹だろうと予測も付いた。


 下がれの一声に従っているあたりがいかにも信頼し合っている関係を思わせ、実際に引く鬼たちが本当に信頼し、互いを理解し合っていることを窺わせる。

 普通これだけ押しているなら一気に勝負を決めるだろう。

 SR界隈でもよく見られる攻防だが、はっきり言えば四凶の餌でしかない戦法。

 アサはそれを知っており、堅実にそれを回避しようと声を挙げた。

 寄せ集めのチームならおそらくアサの実力を知っている者は少ないだろう、素直に従えるとは思えない。更にアサという鬼は率先して集団の頂点を務める人間ではないことも有名であり――でなければ哭き鬼と銀狼間の戦闘はなかった――そんなアサに従う数少ないSRと言えば、彼の姉妹を除いて他に思い浮かばない。



「どうだカンナ?」



 炎が消え、視界が晴れると哭き鬼と肩を並べるアキを見つけた。

 攻撃を始める仕草こそ見せずにいるが、明らかに殺意を抱いていることが分かる。

 立ち上がりながら地面を摘み食い、全裸の自分を見下ろして溜息を一つ。



「思った以上にヤベェな。一応幽霊にも触れられるような術使ってんだけど……」



 四凶、トウテツが立ち上がる様子を警戒しながら、トウテツを直に殴ったカンナは素直に脅威を認めていた。



「皮膚がちょこっと、消されちまったぜ」

「アサお兄様、私の金棒も術の効果を失ってしまいました。一発です」

「炎もまるで効果がなかったわ」



 続くスミレ、それから藍も四凶のトウテツという男が持つSRの危険性を十分に理解した。



「触れた都度術を掛け直せ。押し切られれば死ぬぞ」

『はい』「OK」


「……死ぬ……」



 得物を構える鬼に挟まれ、アキの視線はトウテツを通過し、背後の朝日へと向く。

 眩むことなく直視した太陽に悪寒を覚え、同時に四凶の熱すぎる視線が織夜秋という人間の理性に触れた。


 触れるだけで死に到らしめる敵の男に、力に身体が反応する。


 死は目の前に在り、この身を欲して止まない。

 あれはシキヨトキへの明確な障害。


 殺せ、さもなくば死ね。



「私が奴を殺す」



 瞬間、アキは鬼の狭間を飛び出した。

 四兄妹の目が追いつく時にはトウテツへ殴りかかっていた。



『な――!?』

『無茶な!』



 おそらく殺せないだろう。

 ひとりでは。


 頭の片隅でそれを理解したアキは先制を仕掛けたのだ。

 物質から奪った大量のエネルギーを両足と右肘に分配し、爆発力と質量を得て、姿を晒して壁を作るように並んだ鬼らを抜き、視界に収めた四凶の鳩尾に高速エルボータックルを極める。

 まともに突撃を食らったトウテツの体が数十メートルも後方へ打ち飛ばされた。


 肘や踵が触れる度に煉瓦道に小さな穴を点々と穿ち、そうして触れたモノを食って回復しつつ、停止してすぐ体勢を直す。


 思わぬ奇襲を許した理由はある。

 単純に鬼達に気を取られていたからだ。



「って、もうかよ」



 トウテツが視線をリセットするのと鬼達が援護に向かおうとするのは同時。

 しかし、それよりも早くアキの次弾は濃色を露に右手で滾っていた。

 再び見せる瞬間接近の歩。

 足を止めることなく、零からトウテツへ辿るまでの間に得た加速力殺さずにして拳を突き出す。

 脇腹への速度とエネルギーを得たボディブロー。

 自分よりも大柄なトウテツの身体がくの字に折れる。



「下がれ織夜!」



 四凶に追加攻撃を加えようとするアキを、鬼の長兄は諌めた。

 トウテツの顔面に余裕が戻っていることを悟り、まともに渡り合えるアキの負傷を極力抑えようと叫ぶのだったが、しかし、アサが叫ぶより、攻撃者がそれに反応するよりも早く、痛み無き衝撃を受けただけのトウテツはアキの視力を奪おうと、不安定な体勢ながらも手刀を放っていた。



「三段:鳥兜(とりかぶと)!」



 そこでカンナの唱えた陰陽術もどきがアキの身体を後方へと弾き、辛うじて接触と負傷を免れる。

 一方でトウテツは、立て続けに顔面を打たれて鼻から流血が始まり、同じく後方に仰け反るほど不可視の反発力に強く頭部を打たれたアキも鼻血を流す。

 辛うじて藍とスミレの腕に支えられて転倒せずにはいた。



「鬼共が、人の食事を邪魔しやがって!」



 舌打ちしてから再び仕掛けるトウテツ。

 真っすぐにアキを目指して全身という口を開ける。

 SRの完全解放。

 全身過食で攻め。

 味の是非は問わない。

 メインディッシュの為なら仕方なし。

 下が溶けて千切れるほど不味い物でも我慢して喰ってやろう。



「二人とも避けろ!」



 腕を前で交差させながら体当たりするトウテツを前に、2本の金棒がアキの眼前で交差した。

 突撃者とアキを護る金棒十字。

 衝突してみると、トウテツは鬼達の腕力に、藍とスミレはトウテツの突進力に驚いた。

 人外という域に達している腕力や脚力は、常人にとっては万力も同然の圧倒的パワー。

 ならば、ここで相手を効率良く削るに力だけでは不十分。

 個性という名のオリジナルが必要不可欠であり、それこそがSR。必ずしも似ることなく、オリジナルと成りうることもないアビリティ。



(そうでなければ、その消滅力が手に入らねぇ!)


(彼女を護るどころじゃない!こちらまでやられる!)



 突進を止められたトウテツが金棒を掴む。

 さっきから煩い黒髪の三姉妹、まずはこれらを除ける必要がある。



「邪魔ぁ!」



 金棒を握り掴んでそのまま鬼二体をそれぞれ片手で持ちあげる。

 交差した掴み、鬼を持ち上げた腕を戻しながら鬼同士の頭部をかち合わせ、そのまま放るように奥へと勢い良く押し投げ捨てる。

 押し飛ばされた二体が倉庫の扉に窪みを作ると同時に、背後から迫る鬼を知覚する。

 右から女、左は男。

 身体的特徴からしても兄弟の下っ端であろう2人の腕力はまだ力押しで誤魔化せる範囲内だった。

 問題は後方より迫る2人と――



(早いな、コイツ)



 美味しそうな少女――織夜秋である。


 アキは一歩踏み出していた。

 援護してくれた鬼の二人をトウテツが相手している間に、肉体強化の準備は完了している。

 地面の密度を奪うことによって己の体に蓄積される密度分のエネルギーを、トウテツの行動を上回れるだけの瞬発力と、同じく密度を高めている敵以上の密度を以て喉元に拳を付き立てる。



(流石に、コイツの攻めは口を開けとかないと、いや、まめに打ち消さないと痛てぇナ……)



 激痛に四凶の顔が歪む。

 正面からアキの攻撃が入ったことに気付き、助走を付けたカンナが背後から後頭部へと追撃を加える。

 アサも続いた。



「――~……駄だって、わかnないのかよ!?」



 棘の付いた得物での打撃。

 金棒:理界蒼炎把回(リカイソウエンハカイ)を右手に、前屈みに折れたトウテツの背中に蒼炎を点す。カンナの打撃とほぼ同時にである。

 打撲による痛熱に炎熱を加えるつもりでいた。

 しかし、打撃や斬撃が効かないならばと、術による火炎とも違った別の炎での攻撃を試みたアサだったが、先ほど陰陽術によって放射した火炎同様に、やはり金棒が纏った鬼火もトウテツの中に消える。

 その光景を目の当たりにして後悔した。



「お前らの攻撃はどれもこれも“味付け”でしかねぇんだよ!

 しかも薄味が過ぎるんだよ!」



 物の怪さえ焼ける炎が消える。

 飲み込んだ熱を消化し、アキとカンナに殴られたダメージを相殺する。

 そもそも、炎でさえトウテツにとってダメージには成らない。

 寧ろ食料。傷を癒したり新たな力となったり、多様に変化するエネルギー源でしかない。



(触れちゃダメか!

 アサの炎で駄目なら、ウォーターカッターだろうが毒ガスだろうが持ってきても結果は同じ!

 こいつは――!)



 右手がカンナの脇腹を殴り、左手がアサの金棒に悲鳴を(もたら)す。



(あらゆるモノを喰って自分のエネルギーにしていやがる!

 触れた分だけ飲み込んで強くなる、そういうSRか!)



 トウテツから離れる2人の兄姉に代わって藍と菫がトウテツの妨害を再開する。

 足止めの為の妨害。

 自分たちが不利な状況に立たされていることは十分に理解できる。

 過去幾度も羨望を覚えた兄妹、上の2人を、多大な実力を持つ鬼に対して四凶は慄くこともなければ、明確な敵として認識することすらない。

 ただの邪魔者程度にしか鬼を見ていない四凶は、明らかにSRという枠の中でも突出した破壊力を持っている。


 人を超えたという次元の話ではない。

 そもそも理さえ食い荒らすソイツは、極端な話しを言えば世界の真理と言える。


 蹴り足。右の足刀がスミレの振り降ろした金棒を弾き飛ばし、更に並んで仕掛けてきた藍の左頬を打つ。足の返しで左腕に踵を加え、三撃目に空いた胴体の鳩尾へと爪先を突き立てる。

 一本足で2人を止めたという事実を認めたくない菫に、二度爪先が突き刺さる。喉と、呼吸と体勢が共に乱れた所で下腹部へ。



(四凶の全員が武芸者なんて、聞いたことがない……!)



 後ろ足を踏んで傾倒を堪え、金棒を強く握って構え直す藍と菫。

 その脇をアキが抜け出る。



(コイツは敵――)



 両足でバランスを取り戻す前に、不安定な状態にあるトウテツの顎へ黒拳で突き上げる。



(コイツは敵、トキへの障害――)



 二撃、三撃、中心線に沿って頭部から胸部への黒色連打。

 鬼の攻撃を悉く避けて見せたトウテツが防御の構えを取る。

 が、アキの連撃は的確に護りの隙間を突いていた。



(敵、コイツは敵、邪魔、障害、敵、コイツは障害、敵、ショウガイ――)



 一瞬で受けた三撃によりトウテツの身体が弾かれて宙に浮く。

 弾かれたトウテツの進路上から二体の鬼が退き、一方的に攻撃を加えるアキを見守る。



(敵、敵、敵――コイツが敵、敵だから邪魔、だから殺さないと駄目)



 倉庫の壁と激突する四凶に、大きな黒球が追撃する。

 訪れる最大級の反発。

 それに伴う音は落雷の如く大きく、耳に痛い。

 威力は大音量に比例して大きく、人体が鋼鉄の壁を突き破るという異常な反発を成し遂げる。


 押し込まれた者はSR、圧し潰そうとしたモノもSR。

 黒球と打拳が四凶の体を倉庫の中に押し込み、僅かながらも四凶の口元に新たな流血を誘った。



(オリヤアキ、この子のSRは一体……!)



 藍はボルトの思惑を疑った。

 本当に私たちの援護が必要なのか。


 対照的に、カンナはアキの攻勢に良しと言判を賜った。

 私たちが四凶の注意を散漫にさせることで押せている。

 自分たちの拳が届かないのは不本意だが、それをアキは代弁してくれている。


 それでもアサの疑問は晴れない。

 この面子でトウテツを抑止していられる時間は長くないのだ。

 魔女も理解しているだろうが、この面子にチームワークは有り得ない。誰かが合わせる事は出来ても、先を見越しての立ち回りが出来ない者の方が多い。

 連携なくしてトウテツに挑むのは無謀とも言える。

 何故ならトウテツは一対一という状況で無類の強さを発揮するのだから。



(本当の狙いがトウテツでないとすれば……)



 アサの目が共に戦う姉妹、それからアキへと向く。

 ボルトはこの面子に何を思い、何を望み、何処へ誘導しようとしているのか。


 視線をアキで止めると、彼女は倉庫の中へ消えたトウテツを追わずに両腕を広げて掌を開閉していた。


 魔女の言いつけを守ろうとしていた鬼達の中で、四凶軍最高の消滅力と対等に渡り合うアキの存在はとてつもなく大きなものへと変化を遂げていた。

 出会って間もないが、その力が等しく誰に対しても通じるという特性を持っていることに気付き、矛盾を抱えた鬼でさえも彼女の力には脅威と恐怖しか感じなかった。

 それこそ、トウテツへの追撃準備を始めたアキを、己の行動を忘れて見守るほどに。



「痛ぇ……ジリ貧、いや、イタチごっこか?」



 暗い、倉庫の中は格納庫だった。

 海上戦を想定したホバークラフトが二列に縦隊する室内で、トウテツは倉庫外のアキと同じことを始める。


 外からやって来る時に空けた穴から見えていた、日の出の中にある協会本部の一景色が、薄黒いフィルターで塗り変えられる。

 半透明のその黒が、触れた範囲のあらゆる物が消滅に追いやり、その現象を招いた本体のエネルギーへと変わって物質は跡形もなく消滅する。

 それが例え鋼鉄の重扉であろうと、器を越えて外界を食い荒らす力を持った彼女の前に、壁として立ちはだかれるモノは無い。


 だから、トウテツはアキを食べたいのだ。

 器以上のモノを食べられる力、それがあればどれだけの味を一度に楽しむことができるのか。



「なんというか――」



 そのために、ホバークラフトを急いで3台喰ってエネルギーを補充したのだ。

 ふと、通信で知った名前が織夜アキだったことと、キュウキが操作に失敗したと嘆いていた人物(げんいん)が同じ名前であることを思い出す。

 協会に対して埋伏の毒となるよう仕向けたらしいが、結果は眼前の有様である。消滅の散弾を撒き散らしただけに留まらず、明確に四凶への敵意を覚えている。

 どんな説得をされたのか検討はつかないが、オリヤが自らの意思で四凶に対して殺意を表現し、矛を持っては向けていることに間違いはない。

 キュウキが認めた以上、並大抵のSRでないことは簡単に予想できる。事実、彼女のSRはこれまで幾千幾万もの人間が求め、その悉くが力の輪郭に触れることすらなく終わって行くというほど実現の望めなかったSR。それがあの力の過去である。



「パンドラや器みたいにホイホイ植えて創れるSRじゃねぇ」



 言ってしまえば貴重、希少なSR。

 それでも彼女の力を欲した一人であるトウテツは、アキの消滅力を目の当たりにして垂涎(すいぜん)を堪えずにはいられない。

 どんな妨害に遭おうと、どれだけ拒絶されようとあの力を喰わずにはいられない。自分のモノにしないと気が済まない。



「さっきは、下手だったのに今度は上手に使いやがる。もしかして手加減でもしていたのか?」



 暗い倉庫内に光が差し込む。

 どうしたことかと瞬間的に疑問を抱くトウテツだが、アキの展開する黒い半円球が倉庫全体を丸々飲み込んでいることに気付いて納得した。

 この倉庫と周辺を一気に飲み込む心算だ。

 鬼も逃げ出すほどの消滅力が外壁を溶かし、鉄骨を折り、崩れたレンガの小山を砂より細かい粒子へと変え、差し込む陽光さえ濁らす。



「お前も俺を喰いたいのか」



 光の乏しい倉庫内に居て気付くのに遅れたが、外気と陽光のもと白日となったその攻撃は、非常に興味深い性能を秘めていた。

 一歩ずつ。

 殺意と力を増しながら歩み寄るアキのSRはトウテツが思っていた以上に酷い。

 遠距離戦に用いた黒球とは違い、半透明・半円球の黒色空間は触れた途端に全てを食い千切ったりせず、ゆっくりと咀嚼して消化する、言わば胃袋表現。


 それも範囲内の対象をアキ自身が選定できる。


 視線の往来する範囲内にある障害の悉くが優先的に消滅しているのが何よりの証拠。

 足元に転がる残骸は塵となって消え、未だ倉庫内から完全に消えない暗闇は天井や壁を排することで消え、そして敵対する四凶の身体からも徐々に質量を奪い、消した物々はエネルギーと変わってアキの中に消える。

 新たな力になる。



(逆光さえ消したワケか!)



 奇しくも昇りかけの太陽を背にしていたはずが、一瞬にしてそれを無力化するアキ。

 小細工が効かないのは互い様と気付くトウテツの顔が満面に笑む。


 太陽光の消滅まで可能なアキを取り込むには力で捩じ伏せ、少しずつ飲み込むしかない。

 ……というか、それ以外の方法を採れば確実にこちらが喰われる。


 消滅同士が向き合うことを理解したうえで、アキもトウテツに対して全力を持ちだす。

 それだけやって初めて同等レベルに近づける差があった。

 経験の差による使い方による上手と下手。

 決定的に戦力差を生んでいる要因はそれ。

 死ぬつもりで殺さないと無念すら残せない。何も出来ずに消えていくかもしれない。



(コイツ――)



 ただ、トウテツもアキも気付かない決定的相違点があった。


 目に見える違い、体験している違い。

 既に在るのに二人が気付かない事には勿論理由があり、それは二人のSRがそれぞれ出来上がる要因ともなっていた。

 そんな事情があるからこそ、二人は決定的な違いを抱いて向き合いながらそれらに気付けず、どうにかして対等、どうかすれば優劣とヒートアップしていく。


 しかし――間もなく、孤独と独力だけを頼りに生きてきた二人はその違いによる別離を辿ることになるのであった。




 

 

 どんな夢かを覚えているか、正直に言えばハッキリと答えられないほど多くの夢を見てきて、それら一々に覚えているだけの感情を傾けたことはない。


 故に答えは、Sorryに限る。


 ただ、最近は生きるためにあらゆることを覚えなければいけない状況が続き、その習性がキツイ訓練の成果、それとも死にに死にまくった所為か、夢の内容までちゃんと覚えられるようになっていた。


 現在、色世トキ、仮眠中。

 そこに、

 リアルタイムで、会長、侵入成功。

 夢の中で。



「……」



 一句目が出てくるまでが長かった。

 数秒前までトキは深海に沈む夢を見ていたのだが、それが突如として上下が転じ、慌てて手足をばたつかせた所で両足が地面を捉える。

 顔を上げれば会長が居た。



「時間が限られているから手短に話す。

 トキ、お前の選択は正しい。

 アキを殺せばお前はトウテツに殺されていた」


「……どうして?」



 警戒露わに聞き返すトキに会長は続ける。



「お前の知る痛みではトウテツに届かない。

 “死ぬほどの痛み”“死にたくなるほどの苦しみ”――トキが連想した痛みはこういったものだろうが、それは全く別モノだ」


「……」



 “何が痛み続けているのか”


 それが鍵だった。



「いつまで続くか分からない痛みを抱えたまま、お前は何年正常な人格を保っていられる?

 いつまで耐えられる?」


「長く持たないと思います」


「何故?」


「なぜって、出来ないものは出来ないから……」


「出来ない理由はなんだ?

 自分とは縁遠い仮定だけでしか体験できない話だからか?

 ――それとも絶対それにならないという自信があるからか? 確かにそれも大きいだろう。だが、現実的原因は、お前がその辛さを知らないからだろ。

 情報が全く皆無、環境もなく、自分を誤魔化して生きてきたから今更それを受け入れることも出来ない」


「……何が言いたいんですか?」



 海底なのか海面なのか分からない足場を進み、会長の前に移る。



「トウテツを倒してくれ。

 その為には奴に負けないほどの痛みが必要だ」


「トウテツって、四凶の?」


「あぁ。現代のトウテツは強い。ハッキリ言って歴代トウテツの頂点に立てるだけの力を持っている。

 そのトウテツを創ったものが痛みだ。

 食べることと生きること。

 この二つの行動に伴う矛盾と、そこから派生した痛みがトウテツの力の源泉だ。

 ――彼を討つには平等か、それに近い痛みを示さなければならぬ。トキ、ワシがこうして語るには理由がある」



 複数の人格が夢の中に入ってきていることを理解したうえでトキは耳を傾ける。

 会長は本格的に夢の中に介入している。

 そうまでして何かを伝えようとしている。

 ……それだけ、現実で何かが急変を迎えているということが伝わった。



「――貴様の望む相手が来たぞ」


「え?」


「コントンだよ。本部の内側に潜伏しやがった。

 全く……これ以上四凶に自由奔放やられちゃ後々が面倒なんだよ。つぅわけでさ、とっとと四凶を減らして欲しいワケ。トウテツ一人でもいいが、出来ればコントンとキュウキの二人も殺して欲しいワケさ」



 どんな夢が訪れたのか、トキは語らない。

 目標と定めた敵が来た。

 戦争に参加した。

 事実はそれだけでも十分な衝撃を有し、しかし会長はそれを理由に他の四凶も討てと言う。



「――同時に複数を相手にしても勝算はない。だから、まずは今一番葬りやすい状況にあるトウテツを、確実に無力化して欲しいんだ」


「会長――」


「ん?」


「コントンには気を付けて下さい。

 アイツも時間を武器にしています」


「あぁ。

 忠告有難う。

 目が覚めたら島全体を見渡してみればいい。

 何せトウテツは今……」



 深海に闇が下りてくる。

 ここが深海なのか、それとも海面近くなのかが分からない。上から降ってくる無数の水泡が一層頭に混乱をもたらす。



「織夜秋と戦っているからね。

 黒い球体が君の寝ている場所からよく見えるはずだ」


「……そうなんだ、有難うございます」



 現実世界でよく理解できない事態が連続していることを知りながらも、トキは僅かな睡眠時間で蓄積された疲労を僅かに抜いた。

 

 深海の暗闇が水の感触を消し、泡の流れを攫い、代わりに軽く冷たい感触を顔にぶつける。

 視界や感覚が一度闇に落ちる。

 全てが停止した感覚。

 直後に蘇る五感の、最初に労働を再開するのは聴覚であった。


 潮風の走る音と人工物が生み出す大音量。

 覚醒する触覚が背中と足元の冷たく堅い金属を知り、乾いた口の中を伝い、潮風が味覚を刺激、次いで鼻が海上で混じり合う異臭を嗅ぎ取る。


 瞼を上げると、物陰と陽光の狭間が飛び込んだ。

 上りかけの太陽は数十分前よりも高い位置まで顔を出し、物陰から立ち上がったトキを照らす。


 顔をしかめ、戦場に居ることを思い出し、軋む身体に鞭打って会長の言葉を実行する。



(四凶は何処だ――?)



 そして、一気に進展した戦場の様子を見下ろし、寝ぼけの手伝う頭に多大な混乱の渦を任せるトキであった。



「って、状況進み過ぎだろう!?」





 

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