第54話-Half Time to Hell-
確かに戦場にいて、四凶と戦っているはずだった。
「こちら芹真、後退する……!」
「こちら作者!
気付けば戦争辺だけで10話近くなりそうだ、応援頼む!」
「!?」
「ぎゃああああああああ!!」
と、現実で爆風に巻き込まれ、僅かな時間気を失っていた芹真は、変な生き物が登場する何とも言えない夢を見た。
(何だったんだろう、あの生き物は混合成獣か?)
爆風で圧し掛かってきた死体を押し退け、芹真は軍事演習エリアから協会内部へと撤退するのであった。
「こちら銀狼、後退する」
撤退の間際、戦線に輝きを放つ夥しい妖光と陽光を芹真は見た。
最初に味わった人間は、唯一無二の親友だった。
不思議な味は口でない別の感覚へと広がり、あらゆるものの排泄を促した。確かに覚えていることと言えば、真心を以て食べることに感謝したのが、後にも先にもそれっきりであるということ。
その食事に殺意があったわけでなく、ある意味で安楽死を望んだ人間とそれを承った人間が、生きる為に違えた選択を行っただけ。むしろ、生を望んだ者は、救いたいと思う一心が、後の四凶となる人間に最後の涙を与えた。
最後の別れは覚えていた。
二度無き別れは、同時にあるものとの別離でもあり、誕生でもある。
幾度の飢餓を越え、繰り返す拒食と過食を骨にまで染み込ませ、そうして四凶――現在のトウテツは生まれたのだ。
-協会南部 第二防衛海岸-
男の背中は大量の海水をかぶり、朝日に照らされ輝いていた。
長い前髪を書き上げ、全身を波と戦場の空気の中に堂々と晒し、羞恥心の欠片もなく胸を張って食欲を満たすべく獲物を探している。波間に揺れる味方の死骸をつま先で摘み食い、不発ミサイルの上から海上へと足場を移す。
久しく全裸で迎える朝日と海での朝食は、若干の寝不足ながらも目移りするほど大量の御馳走を前に機嫌は上々。飛来する銃弾すら美味しい。
『アースイーター作戦を始めて』
普段なら食事の妨げになるであろう仕事は後回しにするが、この卓での仕事なら働きながらでも十分な食事を楽しめるので文句は皆無。
潮水で全身を濯いだところで海上を走る。
今まで幾度となく水の上を走ってきた故、海上を走破することに別段問題はない。あるとするなら、若干海水で全身が塩辛くなってしまい、これから口にするモノ本来の味を楽しめなくなるかもしれないという懸念だけであった。
「何だあの変態野郎は!?」
協会正規部隊の1人が気付く。
「どうし――うおっ、裸!?」
「敵か――って、全裸!?」
5人編成の新米チームがひとつ消滅する。
最初に接触した者は四肢の先だけを残して食われ、2人目は手にした銃器ごと両腕と胸部を、3人目は頭部を掌に食われ、4人目と5人目は背後から腰と胸を食われて絶命した。
「ジャンヌ司令!トウテツが止まりません!」
単独の四凶による突撃は第二防衛海岸まで飲み込んでいた。
自動銃座、砲台などで構成された第一防衛海岸の5%を食し、レーザー照射砲台の充電施設である第二防衛海岸を守備する少数のSR部隊を飲み、その次に控える大規模なSR部隊が控えていた第三防衛海岸へ差し迫る。
キュウキの打った奥の手、その内の一つにより防衛SR達は防衛海岸よりも前に出撃しており、完全に陣形は乱れている。
トウテツはそこへ突っ込んだ。
「そやつがトウテツだ!
その男を殺せば四凶軍には然程強い奴は残っておらぬぞ!」
四凶軍唯一と言える格別な破壊力の持ち主――それがトウテツだと見抜いたSR達は、一斉と連携を以ってトウテツに挑んだ。
しかし、四凶にとってその行為は攻撃や防衛行動として映らず、ただ食べ物が向こうから口に向かって飛んできたという程度にしか映らない。
海水を使った水撃も、落雷に匹敵する電撃も、協会独自に開発した対SR用無反動ロケットランチャーだろうが、トウテツの頂点にいる男の前では全てが等しく無力であった。唯一、海の上を走って止まらない四凶を止めたのは超能力者によるサイコキネシスだが、二度目の干渉を四凶は食い破って見せる。
空間を歪めて物体に干渉するサイキックも、物質ではないにしろ人という不完全な混合物質が飛ばした遠隔思念。一般人に見えない干渉の力もトウテツには視覚化でき、また四凶の中でも比較的長寿のトウテツは、過去に幾度もサイキッカーと交戦した記憶を持っているがため、一方的に触れてくる力に対する食し方を心得ていた。
「やばいぞ隊長!レルネルが……!」
食事で得たエネルギーを一気に消費する――昔覚えた体操術の延長線上に会得した技は、四凶の瞬発力を完全に人外のそれと変え、超能力者は防御する間もなく頭部を食われ倒れる。
トウテツを包囲した十数人が報復を兼ねて一斉攻撃を再開するが、やはり四凶の身体に触れたものから順に全てを喰われ消化される。
食してはエネルギーに変換して爆発力を生んでは消費し、また食してエネルギーを得る。
無限に食って消耗して卓の皿が消えていく。
(アースイーター作戦……この作戦の大事は協会内部での破壊活動だったな。
その中でも情報中枢機関:データコアとかなんとかの破壊工作は協会の情報手段を強制限定させることになって、連携を奪うことに繋がるから味方が有利になる、はず。
でもなぁ……面倒臭ぇ~)
トウテツは第三防衛海岸のSRを相手にしながらキュウキの経過を思い出していた。
協会に反旗を翻すために着々と水面下で努力し、一大作戦:エラー2708を決行。対抗してくる協会に対し、またそれに呼応するかもしれない無所属や小規模集団への牽制として各地での反乱扇動作戦:ホワイトナイトや、協会支部攻略用作戦のブルーレイン、エアストリーム作戦を強行した。本部攻略として急ごしらえのSR部隊によるオーロラ作戦、内部への強攻突撃と内部での破壊工作を兼ねたアースイーター作戦を号令。
正直、トウテツはこの戦争の勝敗に興味がなかった。ただ、多くのモノを食べられると聞いて参戦しているだけである。
この四凶の中には敵味方という概念が希薄程度にしか存在しないのが真実であった。
協会も四凶軍も大差なく、自分達が築いてきた食卓を守るためだけに戦っている。
ならば、四凶――トウテツと言われる悪食は、人種どころか敵味方の枠さえ越えることができるある意味での平等主義者。今はキュウキと袂を分かつ気になれない故に、全身過食と呼ばれる四凶は協会の卓を食い散らかすことに意義があった。キュウキなら、戦争が終わっても世界のどこかに食卓を示してくれる。
「はい、殲滅!」
第三防衛海岸、南部。
そこに協会守備隊SRの残滓が散らかる頃、協会司令部からはトウテツを避けるように伝令が下った。
水平線の彼方に目を向けると半ばほど姿を覗かせた太陽、塔の天辺には光の魔女が見られ、確実に外出は危険と踏んだトウテツは急いで第三防衛海岸から協会内部へ南部湾口部へ移ろうと目論んだ。
Second Real/Virtual
-第54話-
-Half Time to Hell/侵攻-
-AM 04:10 協会内部 第二休憩室-
四凶協会間の開戦より半日以上が経過。
開戦当初から戦っていたSR達はみな、戦線から離れた協会内部に設えられてある第一休憩室で息を抜いていた。
方角で言うなら北部、島の中央よりの場所である。
大きな休憩室は協会内に二箇所あった。
その内のもう片方がここ、第一休憩室と同じく島の中心部に近い西部の第二休憩室である。
ここではファーストアタックを防いでいたSRらに続き、協会へ貢献したSR達が腰を下して休息に勤しんでいる場所であった。
半数は床の上に敷かれたマットで仮眠を取り、残り半数の者は食事や読書、娯楽、談話による休息を大事に消化している最中である。そんな中に、明らかに他とは違う空気を漂わせる卓があった。
「まず四凶軍の先制攻撃を結界部隊が防いだ」
コーヒー、紅茶、赤ワイン。そこに添えられるナンと辛口カレー、そしてスティックベジタブルの盛り合わせは、誰が見ても変態な献立であった。
既存の献立に載っていない皿を盛り合わせ。大量の資料用紙、それに目を落としながら傾くカップやグラス。摘み食い、話し合いながら食卓を囲んでいる面々は、銀色人狼を始めとした猛者4人である。
「次に防衛海岸だ。無人攻撃ラインやレーザー照射砲を使用して四凶軍に損害を与えた」
休憩室の出入り口を背にするのは銀狼の芹真。その右側には九尾の狐こと瀬賀駆滝、左手には協会の隠しSR:崎島恵理、正面にはヒーローズの1人――老シンドバッド氏が刺々しい金髪を整えながら話し合いに加わっている。
「そんで本命のSR部隊だな」
「それでも四凶軍はビクともしない。
時間を稼げているということだけが唯一の戦果。向こうにはまだ十数億の人間がいる」
機嫌の良いシンドバッド。
それとは反対に、崎島の顔は不安に曇っていた。普段の彼女を知っている人間であれば、これほど珍しい表情を見せることなど滅多にないと驚く。
だが、芹真や瀬賀は戦争の渦中に巻かれながら、一切の破壊や熱狂に不安を見せない人間こそ珍しいものという考えをしっかりと持っていた。加えて、崎島恵理という人間が歳不相応の大人びた雰囲気を見せているのは、単に場数が一般人のそれとは異なるということに起因するだけで、それでも協会所属のSRとして、暗殺者と一般人の生活を両立していながらも、やはり彼女には歳相応の女子高校生が持つ思考もそれなりにはあるのだ。
芹真は一瞬の目配せを悟られないように、手にコーヒーカップを取るアクションで偽装しながら話を戻す。
彼女の不安は正しい。
協会の総勢はせいぜいが1万と中ほど。対する四凶軍は50億を超える大軍。
「彼女の言う通り、今までの協会の防衛行動が四凶軍にもたらしたものは、最悪なことに“自信”と僅かな被害だけだ」
「主力SRは依然として健在。肝心要のトウテツ、キュウキも未だ討てていない」
この卓で主に会話をしているのは狼と狐。
葡萄酒を一気に煽るシンドバッドも2人の意見には否定の言葉を返せない。
覆しようのない事実として、協会は四凶軍の雑兵を多数削りこそしたものの、戦略の中心となるだろうSRは数えるほどしか減らしていないのだ。そんな極小の戦果に対し、被った損害は防衛海岸とレーザー砲台、それに貴重なSRを数人。
「状況を見るに四凶軍の優位は揺るがない」
「100万の兵隊を削ってもか?」
「英雄さんよぉ、戦争の経験はないのか? えぇ?
数は二の次だろう。一番肝心のは、主力の潰し合いと、次にその結果が大事なんだろうがよ。それくらいわかるよな?」
指先に感情の籠った炎が灯り、揺れては殺意をシンドバッドに伝えた。
「……瀬賀、四凶が次に仕掛けてくるとしたらなんだと思う?」
「あれだけの大軍を動かすからには道が必要だ。全軍での速攻突撃じゃないか」
「理由は?」
「俺を試しているのか?
軍隊を遠征させるにあたって大きな問題となるのは“食料の確保”だ。それも大軍になるほど食料問題も深刻の度を増す。
それで、芹真社長はどう考えてんだ?」
「お前も社長だろ。
四凶軍はどうにかして長期戦を仕掛けてくるつもりだと考えている」
「しかし……芹真さん、あなたはたった今、瀬賀さんに速攻の可能性を訪ねたばかり。それなのに長期戦の可能性を挙げるのは何故?」
口を噤んだ英雄の隣で、崎島の口は潤滑油でも得たかのように普段以上に言葉を紡いだ。
「敵の総司令官がキュウキなら、正攻法には則らないはずだ。
あれだけの大軍も、ただの兵隊として用いるだけとは考えにくい」
「どうにかして“食料を得る”ということを言いたいのか、それとも今のうち世界各地に隠れ家でも作るとかでもするってのか?」
狐に言われて狼は頭部を横に振った。
しかし否定ではない。
わからない。
むしろ両者の可能性が十分に考えられるからこそ、芹真は意見を求めたのだ。
大鵬は既に網中、あとはこれをどれだけ確実に得るか。それをキュウキは行動する。
「なぁ、シンドバッドさん。あんたが四凶ならどうする?」
「俺が四凶ならか?」
「あぁ。船乗りのあんたならどうする?
長期戦で敵は陸、あんたは船の上だ」
考え込むシンドバッドの傍ら、崎島と瀬賀も同じことを考える。海上という食料に制限の生まれる地形で実行できる長期戦への備え。そうなると3人の考えは合致してしまう。
「やはり船だろう。食糧貯蔵船か、足の速い輸送船を使った兵站確保とか」
「俺もそのどれかの可能性が高いと思う。敢えて付け加えるなら空輸という可能性もあるだろう」
「……食料問題」
「崎島、無理はするなよ。
知り合いから君が強い人間であることは十分に聞いている。かと言って無理矢理に俺たちの会話に入ってくる必要はあまりないんだ」
「協会で暗殺者勤めるくらいなら当然強いんだろうな」
芹真はあくまでも崎島恵理という少女を高校生として、瀬賀は協会に要求を叩きつける際に体の良い回線となることを期待していた。
しかし、彼女の精神は芹真が思っているほど華奢でもなければ、瀬賀が考えるほど知に欠けているわけでもない。
「それでも、何か思いついたことがあるなら言えばいい。俺たちにそれを聞き流す余裕なんかないんだ」
「では遠慮なく。呪術師の可能性は?」
最初に彼女が上げた可能性は男3人の意見とは違い、同時にそれは疑問としていた敵の食糧問題を解決する有効な手段として、男達の脳裏に苦々しい記憶を蘇らせる現実として焼き付いた。
「大量の死体を用意し、それを食わない、寝ない、滅多に止まることすらない兵隊として使役すれば――」
「なるほど」
正直、思い付かなかった攻法である。
船乗りはその意見に感嘆の手を打ち、なるほどと何度も頷く。
そんなシンドバッドの横では全く別の、狐と狼の反応が新たに質問を投げていた。
「四凶軍にそんなSRはいるか?」
「何で俺に聞くんだ芹真? 知るわけねぇだろ」
突然の質問に不快の炎を口の端から零す化け狐。
「撤退間際に大量のSRが押し寄せてくるのを見かけた。
ざっとみて1000人は超えていたが、向こうが全軍と言えるほど大量のSRを、重要とも思えないこの局面で打ってくるとは考え難い」
「どうしてそう言い切れる? 虚を突くなり出し惜しみをやめるなりしたとは考えねぇのか?」
「じゃあ聞くが、お前が大群の指揮官だった場合、この拮抗――或いは反撃によって数万を失った後にこんな博打をしかけるか?」
「気でも狂えばそうするさ」
「まぁ、キツネだからな。死んだ振りもするだろうがもう少し真面目に答えろ」
「死んだ振りが得意なのは狼じゃねぇか? あぁん?」
獣同士で視線をぶつけ合う。
それは目に見えて熱を放ち、溢れる殺意は食器によって表れ、しかし互いに腰を上げる気が起こらないのは戦闘による疲労と利益皆無という未来が火炎以上にハッキリと見えているから。
「お前なら知っているはずだ。器実験……旧、パンドラプロジェクトの遺産。
人を人でなくする魔薬:EVAN-10の効力を」
まともな返事が期待できないだろうと直感した芹真は本音を明かした。
自分が最も警戒しているのは四凶ではなく、四凶が所持しているであろう薬物であることを。そしてそれは、瀬賀もよく知っている劇薬であり、かつて商品として扱っていた品物である。この男から何らかのヒントを仕入れておくことが何処かで活きる時が来るだろうと考えていた。
「何だいそりゃ?」
疑問を視線と言葉に乗せて送るシンドバッドに、溜息を挟んだ瀬賀が答える。
「一般人をSRにする薬だ」
「……パンドラの遺産ね。まだあったの?」
白状した狐の後に続く存在否定。
しかし、今は彼女がどう関わったかが重要ではなく、シンドバッドほど名のあるSRが薬や実験のこと自体をあまりよく知らないという事実の方が同席した3人には衝撃だった。
「マティス・フォーランドという男が生み出した悪薬だ。
薬を服用した人間の77%はSRと成ると聞いた。
“どんなSRになるか”
それはハッキリと言えんが、敢えて言うならその人間の記憶がSRを作り出す」
「記憶から?」
「願望、夢想、傷心、絶望。
何がその人間を構成しているのか、構成内容によって変わる。
だからこればかりはランダムとしか言いようがない。
狼にもなる、犬面人にもなる、サイコメトラーやバグ、ゴブリンだってあれば、妖精や鬼――果ては、純粋な四凶にだってなることがある」
皿の上の最後の一切れを神速で摘み食い、改めて狼は狐に問いた。
「呪術師も生まれるのか?」
「あぁ、できる。
前例もある」
死者が兵士となる可能性を書き留め、崎島は皿の上が綺麗になっていることに今さら気付く。
「マティス・フォーランドと言えば、崩壊のSRよね?」
「そうだ。何をトチ狂ったのか、SRと人間の境界線を破壊しようとしたらしい。それで誅殺されたと聞く」
ホットグラスを新調する芹真と瀬賀。
マティス・フォーランドという人物は、SR界隈に在ってはそれなりに名の通った人物であった。特にナイトメアの参謀を担った人物として知られる面と、SR研究者として知られる二面性を持った初老の男性であった。彼のSR自体も相当の破壊力を有するため、多くの組織や集団からスカウトされたという記録が協会のデータベースに正式記録として残っている。
「……崩壊のSRがこの事態を見越していた可能性は?」
「俺に聞くなよ瀬賀」
「マティス・フォーランドの死亡は確か、芹真の街で真夏の雪が降った日と同じだったはず」
「そうね。協会からのエージェントが任務として彼を討ったという話だけど」
全員が手元の飲料で喉を潤し、一息ついたところで、芹真を除いた3人は手元に新たな白紙を用意する。
話を戻すため、最初に口を割ったのはシンドバッドだった。
「マティス・フォーランドのことは一旦置いておこう。
それで、呪術師の可能性は?」
「“ない”とは言い切れない。むしろ高いと言った方がいいかもしれん」
呼吸が重い。
頭を振って考え直せば、重いのは溜息が混じっているせいだと気づく。
芹真はその可能性が非現実で、実現ではないという未来を全力で支持していた。
「ゾンビ、落武者、首なし、夢遊人……etc、etc。呪術師やそれに類似した能力を持つSRの効力は、術者本人を討つことによって消滅する」
「でも、彼らは的に姿を晒さないことを戦術の第一としている。簡単に解決できる問題ではない」
シンドバッドとしてもその可能性が実現しないことを願うばかりだった。過去にミイラ相手に戦った経歴を持ち、蘇生する敵の面倒臭さは嫌というほど、現実に嫌と言った経験者であるがために非現実を願った。同様に崎島にも似通った体験があり、是非とも想定の内に留まってほしいところだった。
しかし、そう願っている自分がいると知るや、狼と否定の内には高確率で術者による蘇生人形による攻撃が行われるという予感が発生していた。
「ならよ、海戦での常套手段としては相手の食料を分捕ったり、魚を捕りにきた船を捕まえるとかの食糧確保――」
「無理だろう」
「それは有り得ない。開戦前にジャンヌに問い合わせたが、海に毒を投げ込むようなことはしないらしい。それどころか協会は予め蓄えておいた食料だけで籠城するつもりだ」
口の閉じないシンドバッドが二人の獣によって言い潰される。
「テレポーターは反撃思念の膜状空間を一枚展開するだけで防げるから盗難の心配はない。
ただし、四凶の軍が内部に入らない限りな」
「敵の艦隊はなるべく早めに潰しておかないと結界部隊が困るな」
辛うじて口を閉じる。そのために使った右腕が、卓上から数枚の紙を落とした。
テーブルの上に広げた紙の余白を見つけては会話の一部始終を書き留める。
4人の中で唯一速記のスキルを持つ瀬賀は簡潔にメモをまとめながら言葉を再開させた。
「本当に備蓄の食料だけで籠城するつもりなのか?」
僅かな沈黙の間に芹真が放った言葉を思い返し、その中に信じがたい計画が含まれていたのを思い出したのだった。
瀬賀が書き終え、次いで芹真、崎島とペンを置く。
コーヒーを体内に装填し、休憩室の空気を肺一杯に補充したところで瀬賀に答える。
「会長に秘策があるらしい」
「秘策? またか?」
「あぁ、“また”だ」
背もたれに体を預けて天井を仰ぎ、もう一度肺を限界まで使役しての深呼吸。
去年も見上げた天井。
協会はその頃と何も変わっていない様を装い、その内面では大きな変化を遂げている。
事務所――日本に戻った時から協会の頂上にはあからさまな異変が起こり、それまでの規律は無きに等しくなった。協会の一般人への積極的な干渉。それ自体を許可したこと。ナイトメアが身振りを大きくするのも当然だ。
「なぁ、芹真。会長の言う秘策ってのが何なのか考えたことはあるか?」
「一度は考えたが見当付かずでそれっきり……」
「俺はない」
「シンドバッドさん、聞いてませんよ」
「あぁ、知っている。ついでに俺はお前に言っているつもりでもない」
冷たい視線も形無くとも熱は生む。
その熱い視線にいち早く気付くのは瀬賀で、敢えて無視するのが芹真の態度だった。
「喧嘩するなよ2人とも。
人が来るんだ。彼らも交えて話を進めようじゃないか」
そもそもこのメンバーでの話し合いは、正直言えば芹真の望む面子ではない。
“不確定要素/閃き”に欠け、自身も含めて底が予測できる者ばかり。頭の回る人間は2人ほどいるが、最低でも後3人は欲しいところ。
シンドバッドは素直過ぎ、逆に瀬賀はひねくれ過ぎて両者共に扱い辛い。かと言って崎島も、休憩室に足を運んでいたのを呼び止められて一緒にいるだけであり、本来この話し合いに誘おうと考えていたメンバーではない。その上、物静かな雰囲気や真面目な態度から下手に摘み出す理由すらこじつける事が出来ない、その方法が考えとして浮かぶこともない。
だから、まず不確定要素がどこかに転がっていないかと、廊下へ耳を傾けたところ――
「隊長、ここみたいですよ。第二休憩室って」
「うむ」
「ゆっくり休めよ2人とも。また数十分後には戦場に臨まねばならんのだからな」
丁度良いところに人が巡ってきた。廊下から小さく響いてきた声は男3人のもの。
更に、
「おっしゃ!次に備えてメシ喰うぞ!」
「でもカンナ姉さま、彼は……」
「スミレちゃん、今は一緒に戦う仲間よ。やり切れない気持ちは分かるけど、今は抑えましょう」
「ヘッ!そじゃ悪いが一緒させて貰うぜ。そんでアサ、後で俺と立ち会えよ」
「いいですよ」
……留守番を頼んだはずの、聞きなれた鬼の声と初めて聞く声が2、3。
聞き間違えるはずもない藍の声に、クラスメイトである崎島が顔を出入り口へと向ける。芹真と同じくらいに気付いていた瀬賀に関しては、すでに会話に編入させるつもりでいるらしく、1人でも聞き覚えありと声から判明した瞬間に、別席のイスを担いで運び込んでいた。
しかし、狐はケチな性格を剥き出しに、イスは運んでもテーブルは運んでこないので、代わりにシンドバッドが妙なテーブルを運び込んでしまう。
「ムっ!」
「あ……」
果たして芹真は疑った。
彼らはここが休憩室であり、同時に仮眠室として多くの人間を収容している場所でもあるということを、まさかとは思いたいが瞬時に忘却していしまってはいないものか、と。
「貴様はアサ!」
「隊長、それだけじゃありませんよ。その妹のアイも居ます」
「ほぅ、鬼と四凶が並び歩くとは。面白い光景だな」
魔法使い3人は主に1人の男に意識と視線を注いでいた。
「久しぶりですね、リデア隊長さん」
「リデア? まさか、風使いのリデア・カルバレー?」
「何者?」
「何だアサ、こいつらはよぉ?」
「ナイトメア非武装派の魔法使い3人か。お前らも食事か?」
特級風司こと、眼帯で左目を覆うリデア・カルバレー。その両翼に控える青年と老人はそれぞれ空間使いのベクター・ケイノスと、自由四季の異名をとる奇術師:Mr.シーズン。ナイトメア非武装派の中で彼らほど有名なピースメーカーはいない。唯一、この世を去った若き指導者:マスターピースを除いて。
揉め事を起こすのは大抵リデア。その始末とツッコミに追われるのがケイノスとシーズンである。
まるで会敵でもしたかのように剣幕を強張らせるリデアに対し、鬼と四凶のグループは穏やかな面持ちで距離を詰め、言葉で対峙し、同時に食堂の芹真達に気付いた。
余計な騒ぎを始められる前に手招きし、廊下の8人を同席を勧める芹真。
その申し入れに呼応して藍とケイノスが、リデアやカンナを食堂に誘導する。
流石のリデアも、第二休憩室で横になって休む人の多さを目の当たりにするや、直ちに口を噤んで用意された席へ足早に移動した。
「お疲れ。何か持ってこようか?」
リデアが口を開く一瞬前、芹真は手早く注文を聞いて機嫌を窺った。
しかし、注文は白紙。
驚愕を隠せないリデアや、長女であろう哭き鬼の女性は、初めて言葉を交わす銀狼の事を知っていた。それも鬼の方は指を向けたまま言葉を失うほどに。
そんな狼の苦労を察した狐が着席を促し、藍とその妹らしき少女は飲料運搬の手伝いを申し出ながら簡単に自己紹介始めた。
「陸橙谷スミレです」
「姉のカンナだ」
「長兄、アサ」
「芹真事務所所属、哭き鬼の藍です」
礼儀正しい三女に、不敵な態度の長女が続き、その後に物静かな長兄と貞淑さを持った次女が名乗る。
「ナイトメア非武装派のリデア・カルバレーだ」
「同じくベクター・ケイノス」
「Mr.シーズン」
どこか納得のいかないという面持ちで名乗る隊長に、最年少の青年が続く。最後に名乗った老人は面白いと笑みを浮かべ、必要最低限の名乗りを終える。
「四凶のトウコツだぜ、ヨロシク」
「協会所属のSR、崎島恵理よ」
「ヒーローズ所属のシンドバッドだ」
「黒羽商会の代表取締役、瀬賀駆滝だ。夜露死苦」
「……俺は芹真事務所社長を務める芹真。よろしくな」
挨拶が済んだらドリンクバーへ急ぐ。
12人分の飲み物を3人で運べば一往復だけで済む、それをもう少し多めの人数で運べば一人当たりの負担も軽減されたが、あえて誰もそれを愚痴として零さない。
改めて全員が腰を降ろすのを見計らい、第一の質問がリデアより挙がった。
「これは一体何の集まりだ?」
魔法使いの前に白紙を差し出す瀬賀は、無言を貫き視線だけで理解を求めた。
新たに置かれた楕円に近い「く」の字をした変則大型テーブルに座る12人。
その中で狐は屈折の地点の外側に陣取り、内側に座る芹真と向かい合った。
ふんぞり返って紅茶を飲み干す瀬賀の右手には非武装派の魔法使い3人とシンドバッド、それから崎島が着席。
反対側には哭き鬼4兄妹とトウコツが腰を下ろし、運ばれたばかりの飲料で喉の渇きを癒した。
「なぁに、普通の井戸端会議さ」
「こら化け狐、嘘を言うな」
早くも方向性を曖昧にしかねない発言に狼は手近なカップの氷を投げつけた。
「これまでの戦果と今後四凶軍がどのように動くか予測し検討、それを元に対策を練り、司令部へ献策するための話し合い――といったところでしょうか?」
「その通りだアサ。四凶の軍勢を打ち破るには策を用いるしかない」
敢えて交えない視線と、この集まりの必要性に共通の意を覚えたアサは、配られた白紙の使い道が情報を記すという本来の用途だけのために配られたことに安堵し、一息ついて瞼を下ろした。
この卓での目的を全員が飲み込んだところで、芹真はこれまでのまとめを新たに加わった8人と共有することで再開の緒とした。
-AM 04:34-
改めて、ここが戦場であることと戦争をしているという現実を理解した。
随所で継続される激戦。
進退繰り返す命の攻防。
1人の勝ちが全員の勝ちとならない高難易度のやり取り。
最も重要なのは生き延びること。
他人を殺してでも自分が生き延びなければいけいない矛盾。
敵はもちろん、時には味方も殺さなくては生き延びれない。
「なぁ……」
そんな地獄とも言える場所に、自ら足を運んだトキ自身の口からため息が止まらない。
素直に後悔を認めた。
潮風に乗る血の香りも、波間に漂う残骸の諸々も、朝日に照らされた鮮血の海も、立ち上る黒煙の数々も、何もかもが嫌気を振り込んでくる。
こんな時こそゲームでもやって気を紛らわしたいものだと、壁に背を預けたまま立ち尽くすアキに声を掛けながら、心の奥底で弱気な本音を漏らす。
「君は座らないのか?」
「どうして?」
協会本部の司令部は人工島の中央に位置していた。
頭頂部のレーダー塔天辺は海面から200メートル以上という高さを有しており、そこから見下ろせない海面など人工陸面に隠れた直下海面以外にない。
十数分前――協会司令官:ジャンヌの指示により、2人はテレポーターの力を借りてこの場所にやってきた。
ジャンヌ司令より指名されて向かった作業場で、トキとアキの2人を待ち構えていたのは数十人の怪我人だった。
レーダー塔頂上に隠れていた彼らには国籍や年齢による共通点はない。
怪我人は等しく苦悶に顔を歪めるばかりである。
彼らの唯一共通する点は、彼らのSR:結界部隊だった。その存在の重要性を説かれたトキは急いで時間による治療を施した。
「君は、さっきみたいなSRの使い方に慣れていなんだろ? 疲れたりしないのか?」
「つかれ……」
数十人の負った傷を癒す作業を、トキは急ぎ、アキは見守っていた。
途中までは。
トキ独りでなら15分程かかる作業だったが、アキという交渉前には命を狙ってきた人物の助力を得て、全怪我人の治療は10分と掛からずに終了した。
その成果あって、現在2人の目線と同じ高さの空中で強固な結界を再展開していた。
(オリヤアキ……織夜秋。
戦ってみた時の印象だと、消すことばかりが力だと思っていたけど、俺と同じ“再生の力”も持っていたなんて)
「トキはつかれている?」
右側に立つアキは潮風を受けて疑問を抱き、質問を投げ、理解困難の続く現状に終止符を求めた。
潮風に冷めた金属のなだらかな壁面から背を離し、座りこんで片膝を立てているトキを見下ろす。
質問の答えは首の縦振りによって返った。
「あぁ、疲れるよ。
こんな場所に来るのはほとんど初めてなんだ」
「だからつかれる」
沈黙が寂寥と安堵を同時に運ぶ。
二人揃って黙り込むこの瞬間が、トキにある種の平静を教えた。
眼前には戦場があって、無数の命が一秒ごとに擦り減っていく。まるで命の擂鉢を思わせる渾沌とした光景である。
沈黙は心地良いのに――しかし、ここが戦場の中心だからだろうか、トキにはここの静寂が不快だった。
人を助けるため、四凶を討つためこの戦場に出向いてきたにも関わらず四凶と対峙する機会がない。
それが焦燥を募らせ、更に織夜秋と勢い余って交わしてしまった約束と、その約束を疑っているから離れることがないのであろうアキが、出逢って間もないのに付き纏うために自分のペースを取り戻すこともままならない。
これまでの生活に問題があったのだろう。
誰かと居ることが、力付くでも排除したいほど鬱陶しく感じたのは初めてだった。
「分からない」
トキも、現実にはアキも理解が追いつかないことで一杯だった。
四凶を討てば戦争は終わるのか。どうしてつかれないのか。
コントンは果たしてこの戦場に居るのだろうか。彼はわたしにつかれを求めているのか。
そもそも協会は四凶軍という、人類史上例を見ない超大軍に勝てるのだろうか。
もしや、トキは逃げるためにツカれをうかがっているのだろうか。
「コントンを探さないの?」
「…………頼む、少し休ませてくれ」
戦場の空気に呑まれていたトキは、それまで僅かに意識していた睡魔の手招きを許した。
思い返せば寝ずにここまで来ている。
翼が住む廃工場で目を覚まし、ナイトメアの3人と戦って帰宅。
帰ったら一切の予告もなしに父が居り、次に芹真事務所に行ってボルトらと話し合い、叩かれ、突然響いた電話で学校へ急行し、類家を戦って止め、そのまま崎島さんに導かれて協会まで同行。
ヘリの中でも睡眠をとることはなく会話に時間を費やし、夜を迎えた太平洋上に協会本島を捉え、不時着。
着地先では会長と遭遇し、会話を進めていたら再生のSR:フィングが乱入し、更にアキが乱入してきてそのまま会長室から落下。
暗闇の戦場でアキを説得してしまい、コントンを討った暁には名前を彼女に明け渡さなければいけないことになってしまった。
(どうしてこうなった……)
瞼を閉じ、両膝を折って腕を回す。
金属の足場と壁、吹き込む潮風の冷たさが妙に心地良い。疲れのままに身体を預けて意識を沈める。
一気に湧き上がる疲労は体のみならず、心からも力を奪う。
睡魔はすぐに意識を拉致し、トキはあっという間に夢の中に降りていった。
僅かな眠りでもいい――半日以上のSR使用は時間による回復だけでは補いきれない消耗があった。
「……」
残されたアキは眠りにつくトキを見守り、潮風に寝息が混じる頃、初めてトキの隣で屈んでみた。
「疲れているから寝る――それなら」
織夜秋は学校に行った経験がない。
そのことは十分に理解している。
学の無さ、治し方の分からない非常識、少ない持ち言葉。一般の同年代と比べて学力が低いのは言うまでもない。
だが、そんな彼女でも信仰の一つは持っている。
「おやすみ」
膝を抱えるトキの右手に顔を近づけ、軽い口付けをし、立ち上がって目線を泳がせる。
――どうかまた、目を覚ましますように――
寝前の儀を終えたアキは一気にやる事を失ってしまった。
(トキは名前をくれるから殺せない。そう約束した)
と、状況を頭の中で再確認し、寝てしまったトキを見下ろし、何かやるべきことがないものかと戦場を眺める。
再びトキを覗く。
自分のそれよりも短い黒髪の彼を、最初は殺す予定でしかなかった。
それがどうして殺さないことを認めたのか、正直、それを認めた自分が理解できず、困惑は深刻なほど深い。
気晴らしに向けた視線の先は、残念ながらどこへ向けても戦場が飛び込んできた。
(この様子を見て、このトキは嫌そうな顔をした)
戦場に目を向ければ絶え間ない轟音と火炎が凄惨を彩り、四凶具の新たなSR部隊投入によって生じた雷光や空間の歪みさえ、ただ眺める分には綺麗であった。
海面より浮上する無数の残骸が、ひとつ残らず塵へと変わる。
捻じれる戦艦。
自然に逆らう火炎と潮流。
人が舞う宙が一瞬だけ鮮血飛沫で埋まる。
しかし、わからない。
あそこに居るのは同じく何らかの力をもった者たち。
言ってしまえば同類なのに、どうしてトキは嫌悪するのか。
何が気に入らないのか、アキは戦場と空とトキを見まわしながら考えた。
力が嫌なのか、あるいはそれを使うことが嫌なのか。
どれだけ考えようと答えが見えてこない。
まるで分からない。
一つ分かる事といえば、この広い場所からトキの目的を探すことが大変であるということ。探しては休むということが繰り返されるのであれば、トキの名を手に入れるまでに多大な時間を費やするということ。
それはあまり好ましくないことだった。
「ここで何をしている?」
悩む彼女に男の声が掛かる。
この瞬間、アキは確かに体感したことがある。
それまで休むことなく吹き続けていた潮風が、男の声がかかる一瞬前から完全に停止していた。
「誰?」
「お前こそ何者だ?」
右手、陽光の中より現れたその男は不敵な笑みを浮かべながら銃を向けていた。
壁に寄りかかっている状態とはいえ、アキの凶器もすでにそちらに向いている。
両者共に畏縮することなく、相手の姿恰好から挙動に至るまで、目を光らせて出方を観察していた。
片や少女、片や青年。
共に黒装束をベースに、アキはホテルのボーイから奪った制服、男は防弾チョッキを着込んで沈黙を続けていた。
「……見境なし、ってワケじゃないみたいだな」
「?」
ジェリコの銃口を下げ、男:フィング・ブリジスタスは肩をすくめた。
「フィング・ブリジスタス。
協会所属、ホート・クリーニング店店員。
で、色世トキを探してここにやって来たわけだが、寝てるのかソレ?」
アキは言葉を用いずに頷くだけで返答した。
漆黒の髪を掻き揚げジェリコをホルスターに収納するフィングは軽い驚きを窺わせながら聞いた。
「寝てる」
「殺さないのか?」
「え?」
「だってさっきは殺そうとしていただろう。
俺なら今殺すが――もしかして、仲直りしたのかな?」
寝ているトキを見守るフィングは水平線の彼方に視線を移した。
「彼は、私と名前を交換してくれると言った」
「へぇ、じゃあ今の君はトキか?」
「違う、まだ。
コントンという人間を見つけて倒してから」
「そうか。四凶を探しているのか」
風が止んだ所為もあり、トキの寝息がはっきりと耳に届く。
もしトキが約束を守らなかったら殺そうと、話しながら思いつくアキに、フィングは問う。
「倒せるといいが、勝算はあるのか」
「わかりません」
「そもそも混沌というものを君は知っているか?」
彼女へ始める説明は、フィングの興味によるものだった。アキの知的好奇心を試し、その結果、彼女がどれだけ学力的可能性を秘めているのかを見るもの。
「世の中のあらゆるものが混ざり合った状態をカオスという。
四凶の混沌は世界を攪拌する人的要素なんだ。乱世を招くこともあれば、混極まった世界をプラスマイナスで零にしてしまうこともある。
この特性を隠し持ったコントンには、あらゆるモノを――」
「????」
……やめた。
話しかけるタイミングの悪さもさることながら、彼女の四凶に対する知識の無さと、言葉ひとつひとつへの理解の浅さがありありと見て取れた。
ある意味でこれは手強い。
確実に学校へ通うが吉であろう彼女を、これ以上刺激しない為に別れの言葉を告げる。
「すまん。邪魔しちまったな」
「そうですね……」
不機嫌の色を隠さないアキの両手にはあの黒い球が。
小さくともその圧力は機銃と比較して遜色ない――どころか、弾道ミサイル並の脅威を醸し出していた。
「じゃあ、俺は戻るよ。
トキが疲れているようだったら、休息部隊の誰かを捕まえな。医療マークの腕章をした奴らだ。
そうすりゃ、こんな寝心地の悪い場所に付きあう必要はなくなる」
アキに返答の間を与えずに、フィングは再び陽光の中に消えていった。
神出鬼没という言葉を最近学んだばかりのアキだが、まさしく彼のような人間を言うのだろうと実感した――
「確かにあれは神出鬼没といえる人ね」
――矢先、新たな声が頭上から届いた。
天の声かと聞き違えるほど澄んだ声主を探し、視線を上げたアキの頬に何かが触れ、それを指だと理解することにその犯人は眼前に姿を晒していた。
「あ、私はトキの味方ね。
ボルトっていうの」
もう一人、神出鬼没な誰かが上空より姿を現した。
しかも、よく目を凝らせば二人居る。一人は白い外套、もう一人は黒い外套で、それぞれ金色と黒い長い髪をした、まるで対称的な印象を与える。
ボルトと名乗る女性が伸ばした手の暖かさを頬に感じ、こそばゆさに身を引くと背後の壁にぶつかった。
「トキ相当疲れているみたいだから当分起きないわよ」
「……誰、何の用?」
フィングという男も胡散臭かったが、ボルトと名乗るこの女もアキにとっては等しく怪奇な人物であった。
特別な力を持っていることは状況から見てよく分かる。そうでなければ空中を自在に飛びまわれるわけがない。学の無さを自覚しているアキでも重力の法則くらいは知っている。
戸惑うアキを楽しみながら、声を掛けたボルトは笑顔のまま顔を近づけ、まじまじと瞳を覗き込む。
「へぇ、そんなことが出来るんだ。
じゃあさ、私たちと一緒に四凶を倒さない?」
「……え?」
ボルトの読心術に気付けないアキでも、四凶という言葉がこの戦場においてどれだけの意味を持った言葉なのか、完全に把握していないものの、それが目的へ到る為に欠かせない障害であることくらいは十分に把握している。
トキの探す敵、約束までの道のりを築く者たち。
目の前の女性はそいつらを討とうというのだ。目的を果たすため、アキは惜しみなくその申し出を受け入れた。
「いいけど、どこに居るのかわかる?」
「隠れている四凶を見つけるのは骨だけど、隠れるつもりの無い武者も居るから、まずはそっちを倒したいの。
そこで貴女の力を借りたいんだ」
空中から塔の足場に降り立ったボルトはアキの手を取って引き、日陰から出て南西戦線を指差した。
そこは他の方面戦線よりも苛烈な激戦を繰り広げ、協会正規部隊の劣勢という形勢を見せる唯一の戦場である。
戦線も他の方面と比べればかなり深い所まで押されている。
その先頭に立つのは一人の四凶、後に続くは数え切れないインスタントSRの群れ。
「あそこ、先陣切って戦う全裸の男性が四凶よ。トウテツって言うの」
ボルトの光量調整により、トウテツだけが戦場の中で光の輪郭を纏い、大勢の目を引いた。
筋肉質の大柄な男は一直線に無数の障害物を食しながら進んでいる。人も金属も、銃弾も火炎放射も関係なく、あらゆるものを呑み込んで協会の中心部を目指す。
「あれを倒せば他の四凶も出てくるよ」
「コントンも?」
「えぇ♪」
目的に近付く。
そう確信したアキはトキが寝ていることを確認し、ボルトに二度目の返事を返した。
「やる」
遠目に見ても分かる強さ。
おそらくトキへの大きな障害となるだろう四凶を倒すには、実力こそ把握しきれないがボルトというSRの助力が欠かせない。
直感でわかる事は一つ、ボルトは目の前の四凶を止める秘策を持っているということ。
「どうすればいい?」
眠りこけるトキと名を交換するためにも、戦争の状況打破にも繋がる締結が確立する。
四凶、トウテツを討つ。
トキの、勝利の、あらゆる命の為に四凶を討つ。
少しでもトキに近付く為という、アキの心情を見透かしていたボルトは自分の考えが実現となることに一層明るい笑みを浮かべた。
-AM 04:58 第二休憩室-
12人会議が開始して数十分、協会本部の室内放送が全域一斉放送で侵入者の報を告げた。
『北部食糧庫で爆発、映像記録から敵侵攻部隊を確認。
今後の行動は必ず集団で取るように注意し、侵入者と遭遇してもすぐには撃退せず、可能な限り捕らえるように。なお、捕獲が不可能な状況ならば撃退も止むなし。
以上、各員注意されたし』
その放送に狼と狐は真っ先に疑問を浮かべた。
「何だこの放送?」
「敵の士気に貢献でもするつもりか?」
次いで、リデアが先の二人に同意を示した。
「うむ。わざわざ侵入されたことを全域放送で響かせるなど、外周の艦隊や上陸しようとする者達にも聞かれるではないか」
「いや、逆に敵を調子付かせようとしているのかもしれんぞ?」
放送に異論の3人に反論したのはシーズン。
あえて敵を内部に誘い込み、そこで討とうという作戦なのかもしれないと説く。
「海上戦から陸上戦へ持ち込むメリットは何だ?」
「四凶軍には高速揚陸艇や密輸艇はあるが、陸地を高速で移動する手段がない」
「金髪ジジイの言う通りじゃねぇか? 私なら得意の市街地戦に持ち込むが」
「カンナだっけ、君のやり方は素手か? それとも機銃掃射か?」
「確かに侵路は限定できますが……」
「ケイノス君。進路を限定しても重要なな内部への連絡口を敵にみすみす渡して、果たして良いものかな?」
全員が残った飲食物全てを一斉に処理する。
「或いは敵にそれを自覚させることが作戦という可能性も――」
「それはないぜアサ。
向こうは大軍、少しでも士気が高まってんなら、勢いがあるうちに多少の犠牲は覚悟して突撃する。それが戦のセオリーだ」
4体の鬼が立ち上がって金棒を手に取る。
トウコツも遅れんと意気込み、日本刀と散弾銃をそれぞれ腰と背中に装備する。
「すいません、協会内部には何か仕掛けとか、迎撃装置はありますか?」
「聞いたことがないな」
「うむ。何かあるとは聞いたことがない」
非武装派魔法使い三人も席を離れながら放送の意図を探る。
「単純に侵入者を見失ったから、とか?」
シンドバッドも最後のピザ一切れを飲み込んでから戦線へ戻る用意を始める。腰の両脇に収めたカトラスに手を伸ばし、樹皮を巻いた柄の感触を確かめる。
「敵が見つからないという説もあるだろう。しかし、発覚した敵の正体が四凶軍ではないという可能性もある」
二挺の対物拳銃を脇に確認し、コーヒーカップを片手に芹真も腰を上げる。
狐もそれに続く。
「反骨の士が居たな、そう言えば……」
全員が新たに浮上したその可能性を聞くために耳を傾けた。
埋服の毒という、戦争では欠かせない奇襲要素はこれまで何度も考えたが、明確に個人を指せるほど情報を有している者がこの中に殆ど居なかったし、誰も聞かなかった。
「芹真、お前が行けば下手な刺激になりかねん。俺が会って、奴の動向を確かめる」
「奴って誰だ?」
「その人は協会のSRですか?」
「吸血鬼神――現代のドラキュラと呼ばれる男だ」
狐の、瀬賀の賢明で懸命な判断に芹真は頷くしかなかった。
裏切る可能性の高い人物には早い所消え去ってもらいたいが、或いは協会に忠を誓って四凶を討つやも知れない。とにかく先の読めない人物故に、ただ煽るばかりの芹真には、状況からしても荷の重い役である。やはり適任は瀬賀、狐の仕事としてもうらことだ。
「それでは、私たち3人は西部海岸の援護に向かう」
魔法使い3人がグループから一歩、離れて時刻を確認する。
支給された夏用の戦闘服に着替えた魔法使いが休憩室を後にすると同時、
「じゃあ、俺はジャンヌの姐さんにこの資料を届ける」
トウコツが走り去り、一緒に休憩室から走って逃げだそうとしたアサを、カンナが殴り止める。
「おぅ、アサ。私らで南部海岸の手伝いすっぞ」
「一緒に来てください、アサ兄様」
「私からもお願いします」
「う……ぅん。そうしようか」
丁寧な言葉遣いとは真逆に、鬼の妹達はすぐにでもアサを袋叩きに出来る体勢をとっていた。
何故姉妹から逃げ出そうとしたのか、芹真は一瞬考えたが深く詮索しないよう早々に頭を切り替えた。気付けば崎島の姿がないことに若干戸惑ったが、彼女が特殊工作員であることを思い出して、多忙な身であることを察した。
そんな芹真の肩を叩き、瀬賀は通信機内臓のイヤホンを手渡した。
「俺に何かあったら後はヨロシクな、銀狼よ」
「それはこっちの台詞だ」
メンバーの最後に狼と狐が肩を並べて休憩室を後にする。
芹真は北部へ。
瀬賀は、吸血鬼の巣窟であると聞いた東部第二情報室へ急いだ。
誰もが必死で戦っている。
それを理解しているつもりでも、それを認めてくれる人が果たしているのだろうか。
「いや、認めてもらうことよりもまずは果たすことだな、うん」
夢の中で自分に言い聞かせながら色世トキは頷く。
確かに戦場にいて、四凶を探しているはずだった。
それなのに森の中にいる自身に、これが夢だという感覚を導き喚起させる。
どうしてか、森の中。
違和感はあっても、見渡す限りの木々とそれらが作り出す暗闇の深さがどこか真実を隠蔽しているようだった。
何かがおかしい。
何か、何が、何処かが。
足元の硬さに金属を思い浮かべ、触れた木からは確かな時間の流れを感じる。
「僕は認めよう。但し、君がコントンに辿り着くという点を除いて」
「じゃあ、納得させて見ます」
これが夢の中だという自覚はあった。
断片のように現れた景色の中、自分と同じ顔をした誰かが金棒を振る。
強まる違和感。
薄れる景色。
光る森の中で舞闘を繰り広げる2人を雨が冷ます。
(何だこれ?)
止まらない剣舞、敵対する彼の言葉。
何を言っているのか理解できない。
それなのに、どうしてかその言葉の一つ一つが聞き捨てならない。
聞き逃してはいけない気がした。
(何だこの夢は?)
白闇が足元から這い上がり、森林ごと2人を飲み込む。
それが夢の終わりだった。
光る森での戦う夢は、トキに様々な疑問を抱かせ覚醒に導いた。
「…………」
酷い目覚めだった。
潮風に冷えた体が軋む。潤滑油の枯渇した機械のように動いてくれない。
あくびを手で覆い隠しながら立ち上がり、背筋を伸ばして周囲を見回す。
アキが居ない。
「あれ?」
レーダー搭の足場をぐるりと一周してみても、やはりアキの姿は見るからない。
代わりにトキは、自分の足元から火の手があがってることに気付き、戦況が大きく動いたことを知った。
手摺りから身を乗り出して下を覗き込むと、東部の居住エリアから無数の煙が上がり、南西の海岸では奇妙な生物が戦線で大暴れしていた。
「いや、状況進みすぎだろ……!」
特に南西海岸の、10メートルはあろう巨大生物。
寝ている間に何が起こったのか。
理解の追いつかないトキは兎に角、情報を求めてテレポーターか階段がないかと探し回った。
(戦争って、本当に何でもアリなのかよ!?)




