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Second Real/Virtual  作者:
54/72

第53話-夜明けの月光、追い詰める陽光-

 

 8歳――ボルトという名を得る

 12歳――ディマという同族に出会い嫌いあう関係が始まる

 19歳――ディマよりボルト・パルダンの記号を得る

 28歳――ディマを姉として慕い始める

 69歳――度が過ぎるとディマに怒られて独り暮らしを学ぶ

 209歳(?)――ディマとの同棲再開

 573(±10)歳――第一次記憶喪失

 1022(くらい?)歳――ディマと共同魔術開発開始

 1887(と推測)歳――第二次記憶喪失

 20??歳――“魔女狩り”と呼ばれる事件発生。ボルト、永い眠りにつく



 どんな経歴があろうと、彼女がかけがえのない存在であることに間違いはなかった。時には小憎らしく、時には煩いことこの上なく、時にはまともなことを話すが、それでも稚拙な人間味は滅多に抜けない。



「起きて、ボルト」



 優しく話し掛け、椅子に座ったまま部屋中に光を振りまくボルトを覚醒へと導く。

 無人の食堂を照らす光は暖かさと虚しさを同時に振りまきながら、あらゆる生物にその光を等しく知覚させた。


 しかし、ディマだけが乱れた黒髪を直すことさえ忘れるほど特別な感情に浸っていた。


 果たして彼女を起こしていいのだろうか。

 協会の所望に反するこの行為は未来を壊してしまわないだろうか。

 もし、覚醒して最初に抱く感情が圧倒的憎悪、取る行動が感情に伴う破壊行動だったら止められるだろうか。


 数えることはできても、計り知れない被害を伴うイフに悪寒が止まない。しかし、心の底にはこれを望んでいた自分がいるのもまた事実。



「――あ、お姉ちゃん」



 光に包まれていたボルトが立ち上がり、瞼をこする。

 寝起きと勘違いする者もいるだろう。

 しかし、いま目の前にいる長い金髪を揺らすボルトは、数分まではボルト・パルダンという年少魔法使いの少女でしかなかった。数百年前に“夢の殻”という封印によって長い眠りについていた魔女が、今目の前にいるボルト・A・パルダンであり、SRという人種の歴史の中において、特に多くの人命を消して見せた最上級の魔女である。



「おはよう」



 ボルトを夢の殻に閉じ込めたのは複数のバグと妖精と魔法使いだった。

 その1人の中にはディマも入っており、報復や恨みつらみをぶつけられないかとディマは懸念していた。だが、覚醒したボルトは負の感情を見せることなく、むしろ仕草の一つ一つからある懐かしい雰囲気を醸し出していた。



「おなか空いたけど、何かある?」



 かつて、食卓を共にした頃の親しげなボルトだけがそこにいた。



「朝食の準備は出来ているわ。

 さ、こっちよ」




 

 

 静寂の戦場。

 それは戦争が膠着状態に陥って初めて迎えるべき光景であり、開戦・武力衝突から経過した11時間という、規模と苛烈さを抜きに言えば始まったばかりと言える時間帯を迎えながらも、両軍は一時ながらも戦争を忘れていた。


 明確に分かれた攻守、圧倒的な物量差、激しい衝突と無数の因縁に渦巻かれている戦場。

 ここには静けさを吹き飛ばす要因は無数に転がっている。

 それなのに人々は四肢のみならず思考すら止めていた。



「嵐の内側に……魔力を含んだ光を確認」



 戦乱に染まる海上で、線を超えて人々は霞むような妖しい光を見た。

 濃密に圧縮された巨大旋風は、内の閃光すら外側に届けないほど厚い壁である。そんな厚い壁の内側に確認された魔女の光は、誰の目にも等しく届いており、不思議と人々の視線を引いて釘付けとする。

 遥か地平線には微かな青色。

 今朝に染まり始めていると言っても、海上はまだ闇が蔓延る暗黒のフィールドである。しかし、多くの人間にとって三等星が如き淡いその光は、不思議と平静に似た何かを錯覚させた。

 一方で、少数の者には関心よりも得体の知れない恐怖を腹の底から呼び覚ましていた。



「あの光は、魔女か!?」



 この戦場で初めて、四凶軍各艦隊は後退を始め、包囲網を崩さないようにしながら後退する四凶軍艦隊を見て、協会の司令部では士気高揚に伴う歓声が上がっていた。

 しかし、いくら四凶軍が包囲陣の中に退路を用意していようと、ボルトの光を確認したところで後退を始めたのでは手遅れであり、それを理解している司令部は勇んで次の指示を待ち、ジャンヌは一層警戒を強めた。



(相手が悪かったわね)



 オペレーターに反撃の合図を送る指示を出す。



「リデアに嵐の“一時停止”を要請。

 ボルト及びディマへの連絡系統、非武装派の各部隊へ準備状況を最終確認。

 第一目標、防衛海岸四凶軍。

 第二目標、敵主力艦隊中枢。

 第三目標、敵補給艦――」



 その光は芹真や藍、トウコツやコルスレイ、メイトス達にも等しく映っており、やはり彼ないし彼女らを例外なく足を止め、腕を下ろし、朧月のような静かな光に視線を奪っていた。



「レーザー砲台:フォルトの修復状況を確認して。

 南部から生活エリアに侵入した敵部隊の排除状況を送れ。

 グラント隊に交代命令、休息支援部隊は展開用意。

 次に、ベクター・ケイノスに蝶々の用意を。

 瀬賀駆滝(せが くろう)には大量の火の粉を準備するように通達」


「リデアから時間指定を求める通信があります!」

「5分以内と返して」

「了解!」


「影光の魔女から連絡、朝食が終わるまでもう少し時間を要する、とのこと」

「急がなくていいと返して」

「了解」



 戦場に爆炎と轟音が戻るのと同時、ジャンヌはボルト・パルダンがディマの食事に付き合うほどに本来の姿を取り戻していることを認めた。



「ナイトメア非武装派、配置につきました!」


「それでは現状を維持。指示が下り次第攻撃を開始せよと返して。

 NM:Lチームは艦隊の奥に引っ込む敵主力艦隊への強襲、

 NM:Mチームは敵補給艦を主目標として遊撃、

 NM:Sチームは第一から第二、第三までの防衛海岸を占領する四凶軍の殲滅」


「了解、伝えます!」



 その光が消える頃、サーカスの団長であるマスクの男:ヒラリー・マトンはこれまで飾り続けてきた笑顔を忘れていた。

 賑わいを忘れた舞台をつくったのは小さく淡い光。

 暗闇の中に浮かぶそれは蛍光にすら及ばないであろう程、輪郭に乏しい弱光であった。

 しかし、マトンがその光を見て表情を忘れたのには理由があった。いま何が起こっていて、これから何が起ころうとしているのかを。



「レーザー照射砲:フォルトの復旧率現在66.2%との報告」

「修復を終えた砲台はある?」

「はい。北部の砲台は機能・外装共に完全修復を完了したとのこと」

「予備電力での緊急照射モードによる準備を急がせて」

「了解」


「南部生活区の敵四凶軍の除去率80%強!」

「100%まで急げと返して」

「了解、生活区の敵排除を急げ!」


「ベクターから連絡!準備完了、指示を待つとのことです」

「了解。2分待てと返して」

「分かりました!」


「セガクロウから火の粉の量に細かな指示がないかと連絡が入ってきました!」

「雨のように火の粉を降らせてと返して」

「了解です!」



 新たな指示と状況確認を更新したところでジャンヌは別の場所の様子をオペレーターに訪ねた。



「トウコツと哭き鬼の様子はどうですか?」

「現在トウコツが南西の海上で4隻目を撃沈。

 哭き鬼は、長兄が南の海上で敵艦隊の中心に飛び込んで善戦しています。

 3姉妹はそれぞれ、長女が西で艦砲射撃を引き付けており、三女は北西艦隊を焼いており、次女はそれぞれ長女と次女の支援をしつつ西艦隊を叩いています」


「東の海に動きは?」

「ありません」


「北部のペルセウスや芹真ら5人は?」

「健在です!今のところ接近してきた四凶軍艦隊全てを跳ね返しています!」



 再開する戦闘の一角、協会が重要とするSRの中でも一際異彩を放つ人物の現状を問う。

 ジャンヌではない、もう1人の司令官が。



「……色世時は?」



 司令部の根元で戦っていた2人を見守っていたナイトメア非武装派代表――衛星千里と呼ばれる千里眼所有者のミギス・ギガントは2人の生存を確認しながらオペレーターに聞いた。



「色世トキはアンノウンと交戦中!」

「2人の戦っているあの辺りは何だ?」


「西北西の軍事演習エリアです。現在配備されている部隊は居ないので問題はありません」

「いや、問題だ」



 若き司令の言葉に、人生において先輩であるジャンヌは同意の言葉を掛けた。



「2人の魔女は高確率で広範囲攻撃魔法を用いるでしょう」

「下手をすると巻き込まれるかもしれないぞ」



 ここに来てジャンヌはミギスの、またミギスはジャンヌに共通した認識を抱いた。

 色世時というSRの重要性。それを巡る小さな戦いが水面下でのみ行われてきた。これまでには。それに比べ、今はこうして明確な敵が目の前にいる。メイトスを絶命させると予言されたトキを巡っては多くの命が消費されてきたのだ。トキの親族であった佐倉躑躅(さくら つつじ)や、パンドラプロジェクトの第一人者であるマティス・フォーランドなどその一例であり、彼らは協会に与することはなくとも世界を調整していく上で、また進化させるために欠かせないSRであった。トキとその未知なるSRを巡る戦いに巻き込まれて命を落としていなければ、共に戦っていたかもしれない者達。

 そんな彼らの、人種や年齢のみならず勢力まで問わずに命を奪って消すのは、いつも協会で注意していなかった新たな誰か。


 そして、その裏には共通した名前が上がったことはただの一度もない。



(唯一、佐倉躑躅とマティス・フォーランドの2件を除いては……)


(“コト”という人名だけ)



 現在確認されている数少ないキーワードは、何処の誰とも分からない者の名前だけであった。

 しかし突如、トキの前にヒントが現れた。姿なき新たな敵の正体を掴む数少ないチャンスとなる人物が。トキとアキの2人を生かすことが影に佇む敵の目視に繋がるかもしれないであろう人物、織夜秋が。



『急いでトキに連絡を!』



 司令官2人が同じ指示を出すのと同時、各方面からの情報を収集するオペレーター達に衝撃が走り伝っていた。






 -協会本部 食堂-


 朝食と言うには空が暗すぎた。

 場の明度を理由に口を尖らせた彼女を宥めたのが5分前。しかし、今では笑顔で並んだ皿をゆっくりと消費しているほど機嫌は回復している。



「それでね、新しい色が見えたんだ」


「色?」



 -AM 03:22-


 過去に協会本部の中でこの第一食堂を貸し切った人物は協会長を除いて他にいなかった。この食堂を使用するのは主にジャンヌのような高級文武官や特殊作戦部など、言ってしまえば重役達や協会創設メンバーのような年寄りばかりである。

 そんな場所を貸し切りにしているボルトとディマは、会長やジャンヌに許可を得た訳でないが、しかし、誰も不平不満を漏らすことがなかったため気兼ねなく2人きりの食事を満喫できた。これまで幾度かこの食堂を目にしてきたディマも、食事が必要と言う理由を得て便乗。本当の目的はボルトの最終調整だが、共に食事をし、言葉を交わし、互いを感じ合うことで知った。


 “最終調整の必要が見い出せない”


 微温(ぬるま)湯を一口含み、ボルトはゆっくりと味わいながら飲みつつ頷いた。



「あれじゃトキが皆に狙われるのも納得できるわ。

 私やお姉ちゃんみたいに、他の人に比べて持っている色がとても濃いんだもの」


「相変わらず素敵ね、SRの違いを色として視覚できるなんて。

 それで?」


「芹真さんや藍ちゃんも濃いけど、トキの色はそれ以上。

 しかも、これって言う特定の色を持たないから見ていて飽きないの」


「定色を持たない?

 でも……いえ、それでじゃあトキが多重人格者だというの?」



 白い紅茶が揺らめくカップを置き、ディマは手元のサンドイッチを口に運ぶ。

 ボルトもガーリックトーストを口に運び、口でパンを挟んだら姉の推測に首を振って答えた。



「違うよ」



 横に振られる首。

 ディマは真剣な面持ちでボルトの返答について考えた。



「私にもよく分らないけど、トキが持っている色はたくさんあるんだ。

 それでね、もしかすればそれが――皆がトキを欲しがる理由、なんじゃないかなあと思うの」


「SRが一つじゃない……確かに、前例があるからそうかもしれないわね。

 “複合SRの創造” それを量産する目的がパンドラプロジェクトの過程にはあった。

 マティス・フォーランドが提唱した新型SRとしての進化系統としてね」



 長い金色の髪を耳にかけたボルトがスプーンを取る。

 湯気の上るスープに銀製の食器を入れ、淡いオレンジの照明に変色を見せるコーンを掬う。



「タイムリーダー、クロノセプター、クリエティヴィティクロノ、クロスセプター。

 今トキが使える技はこれだけ。

 これだけ、なんだけど……」


「なるほど、明らかに複合SRね。

 時間静止、時間奪取、時間による創造、外界との時間共有。

 タイムリーダーは己を加速させているのか、或いは世界を止めているかで大きく意味と価値が変わってくる。 時間奪取はある意味で最高峰の火力と言えるし、時間による創造は幅広い応用が利く。 クロスセプターに至ってはサイコメトリーまでできる優れた術と言うに相応しい効果を持っている。

 つまり、総合して色世時という人間の持つSRは極めて強力且つ、特異」


「うん」



 指先のパン屑を皿の上で掃い、ロイヤルミルクティーの注がれたカップを取る。


 流麗な黒髪に目を奪われながらも、ボルトは向かいに座って話を聞いているだけのディマに自分の考えを打ち明けた。



「ねぇ、お姉ちゃん。

 私はトキのSRが昔研究していたアレなんじゃないかって、時々思うの」


「アレって、まさか……」



 否定の言葉を返そうとするが、熱い紅茶を流し込んで留める。

 言われて言葉に詰まりながらも、数か月前まで自分も同じ考えであったことを思い出す。

 カップを置いたディマは顎に手を当てて考えた。



「しかし、それでは会長が黙っているはずがない。

 それに予知部隊の誰かが気付くはず」


「でも、トキが例のSRならそれを覆すことは――」



 決して不可能ではないのだ。


 事実、幾人かのSRがトキという人間の重要性に気付いて接触を試みた。それもごく最近の事である。

 仮にトキが生まれついてのSRなら生誕以前に予知されている上、協会から厳重管理されるが、規模こそ小さいもののそれが実行されたのも接触者同様につい最近だった。


 姉妹が共有するその可能性が、直接言葉として口から出てこない理由は、単に姉妹揃ってそれを認めたくないからであった。トキのSRは未知だが、“あのSR”であることを容易に認めることは出来ない。



「それでね、お姉ちゃん」



 口の周りについた汚れをナプキンで拭い、ボルトは朝食の終わりを告げた。



「場合によってはトキを消そうと思うの」


「……その理由を聞かせて」



 ボルトの思案に質問してみたものの、ディマの中にもトキを排除しなけるばならないという危機感はあった。



「トキは似てるの」


「それは、色世 (さつき)に?」



 再び横に小さく頭を振りながら、ボルトは椅子の背もたれに預けていた自前の白い戦様ローブを掴み取り、立ち上がって羽織り袖を通す。


 心開く妹の中を覗き、ディマはそこに控えている名前を読んだ。



「フィング・ブリジスタスに?」


「お姉ちゃんの部下だったよね? クリーニング店の」



 同意せざるを得ないその名は、完全再生又は完全再現と呼ばれる危険なSRである。協会でもブラックリストの最高クラスに分類され、ナイトメアや無所属集団などにコネクションを多数持っているという噂もまことしなやかに囁かれている。

 しかし、何よりも厄介なのは完全再現・再生というSRだった。



「フィング・ブリジスタスは20人以上のSRを再現・再生(リプレイ)できる。

 それに等しく、トキはあらゆる時間に触れることが出来るの」


「確かにあの2人は危険なSRではあるけど、彼らだって影を持ち、光を纏っている」


「今は、ね」


「……どういう意味?」



 静かに質問しながら立ち上がり、ボルトと対を成す黒色の戦様ローブを羽織って椅子を食卓の下に押し込める。



「2人共まだ、成体じゃないってことだよ」



 椅子を戻して薄闇の中に出入り口を探すボルトの顔は、どこか物寂しい形をしていた。

 ボルトとトキが芹真事務所で時間を共にして1年と経っていない。それなのに、トキを排除する件が出た時点で表情は曇っていた。ボルトと長く付き合ってきたディマは、それが惜しみを帯びた顔であること知っているが、過去にこれほど大人びた顔を見せたことがなかったために動揺した。



「行こうお姉ちゃん。皆が待っている」



 朝食と言うには空が暗すぎた。

 しかし、夜明けを迎えるであろうこの海は、日の出とともに地獄へ変わる。

 生きて日の目を見ようとするのが人間だが、ボルトを相手にする人間に関しては全くの逆と言えた。


 今この瞬間こそが最後の静寂となるやもしれない。

 何故なら、ボルト・A・パルダンは誰の妨げを受けることもなく、またディマの微々たる助力を受け、自ら封の印となっていた夢の殻を破壊して目覚め、本当にただの寝起きであるが如く現在にいるのだから。










 Second Real/Virtual


  -第53話-


 -夜明けの月光、追い詰める陽光-










 飛来する火線に対し、青く輝く光線が協会本部から走った。

 レーザー照射砲:フォルトによる攻撃は一瞬にして四凶軍の兵隊数百人を焼き殺して見せるが、それでも四凶軍の強みが数にある以上、協会の数的不利は覆しようがない。

 それでも協会守備部隊のSRたちにとって、フォルトの閃光は大きな鼓舞となり、防衛者たちの指揮を高く奮った。


 だが、戦場の一角ではその光を意に介さない人間が僅か、トキやアキなどのような戦争そっちのけで戦闘する者達もいた。


 片の名を色世時、片の名を織夜秋と言う。

 数分前まで初見であったこの2人は名前を巡って術と言葉を掛け合っていた。



「どういうことだ!?」


「私がトキになれば……何でもできるようになる」



 鋭い前蹴りを打ち落すように防ぎ、胸部に反撃の掌底を見舞うがどんなに攻めてもアキは怯まない。確実に打撃を加えているにも関わらず顔色一つ変えないし、激しい運動を連続しているのに息一つ切らさないどころか、汗一つ浮かべない。



(どうなっているんだ!)


「お願いだから抵抗しないで死んで。あなたが足掻くと私がトキになれない、何も出来ない」



 大振りの右手を屈んで躱し、そのまま懐に体当たりを決める。が、アキは想像を遥か上をいく背筋とバネでトキのタックルを止め、持ち堪え、遂には押し返し始め、驚愕に彩られたトキが我に返ると、身体は異様な膂力の前に投げ放たれて空中にあった。


 単純な力でトキの攻撃を受けて止め、瞬間的な隙を見せたトキを両手で掴み、空中に投げ放ったアキ。

 左手は消滅黒球を展開する準備を終えている。

 後は――



(振るだけ……!

 アキのSRの強さはそこだ、あの黒い球を近いトコから離れたトコまで簡単に作りだす!

 片手一本で必殺が成立する!)


「母さんに認めてもらえないの」



 十数個の黒球が包囲する。

 対抗策はクロノセプターと時間による創造の複合技。

 相殺。



(時間がないんだ!)



 光が弾ける。記憶と言う名の紫電に目を細めながら、働く重力と注がれるアキの殺意に汗が噴き出す。

 宙で回転する身体がどれだけの高さにあるのか、落下しながら暗闇に紛れる地面を探した。



(どうして俺が――!)



 “まだ、本命の敵とすら遭遇していないのに”


 ひとつ、この状況に至って頭に浮かんだことがあった。訓練でも試したことのない本当の思い付きであるが、無意識に近いところでトキのその思い付きは僅かな予想と、その結末が生む“NEXT”を思い描いていた。



(初めて会う奴に――!)



 体内に残っている時間を両手に集め、残量を感覚で把握したらそれを均等に、全身を包むよう巡り走らせる。

 視界の中に映ったアキは次の攻撃を始めようと腕を曲げていた。

 黒球が来る。



(ワケも分からないまま――!)



 重力は忠実に働く。


 アキはそれを本能的に理解し、トキの落下する軌道を予測してその先に黒球を配置した。

 特別に濃度の高い消滅黒球である。

 それは触れた個所から瞬時に形を奪うほどの威力を有しており、密度の高低や性質に左右されることもない。アキ自身がその高濃度黒球で多くのモノを消して来たのだからその威力は完全に把握済みである。



(――殺されなきゃ、いけないんだ!)



 アキが前に出る。トキの抵抗は予想済みだが、違和感を覚えたからだ。

 自ら前に出て消滅黒円球を追加展開し、白い空間の展開による相殺へ備えた。

 今度こそ仕留めると強く出る。



「聞いてくれ!」



 それまで滅多に表情を崩さなかったアキの顔が驚愕に崩れる。

 落下軌道の予測は間違いなかった。

 自信はあった。

 だが、落下軌道がおかしい。

 トキは黒に触れるどころか、掠りすらしていない。

 風に吹かれたり、横から何かに押されたり、何か別の力が加わったわけではない。



(とんだ……?)



 黒球を避けるように空中で身を翻すトキ。

 その姿にアキは羨望と憎悪の念を同時に覚えた。

 やはり、トキ。

 その名を得るだけの意味は大きく、恩恵も尋常ではない。



(飛べた!)



 驚きつつも本心は飛べるだろうという予感を持っていた。

 黒球を避けるように空中を移動し、数秒以内に体の動かし方を全力で把握しながらアキの眼前にまで迫る。

 延命が実現したところでトキは喉にまで持ち上げて用意していた言葉をアキに伝えた。

 この場で彼女を倒すことが出来ないなら、止めるまで。

 敵を倒すだけがクリア条件ではない、ここはそういうステージなのだと言い聞かせて怒りを堪える。



「俺の名前が欲しいならやる!あげるよ!

 名前を交換しようじゃないか!」


「――え?」



 アキは驚愕から無、無から呆然とした面持ちへと、完全に予想外な言葉に混乱し、思案し――後ろに躓き、すぐに立ち上がり――空中から迫るトキに無防備を晒しながら言葉の真意を求めた。



「こう、かん?」


「そうだ。

 俺の名前が欲しいなら君にあげよう。

 俺がアキで、君がトキだ」



 身振り手振り、トキは必死にアキに近付きながら提案する。

 両肩から力が抜けているとは言え、険しい剣幕でいるアキを警戒しながら返事を待つと、アキは一言、吹き飛ばしてはいけないこの場の空気を吹き飛ばすような記号と共に質問を投下し、返してきた。



「“こうかん”ってナニ??」


「…………ぇ?」


「コウカンって、何をするつもり?」



 現実はいつも思いの逆さを読んでくれると誰かに――誰かではなく親戚の叔父だ――に言われたことを思い出し、トキはアキの正気と頭を疑った。



「いや、なに、何と言うか……似た物を取り換える?

 え〜、今の状況でいうなら、俺の名前を君にあげる。だから、君は君の名を俺に渡すってことだよ」



 アキが構えを解いたのには理由があった。

 トキの名を有する男がこれまで見せてきた姿勢には、少なからずとも殺意のような触れ心地悪い気迫があり、それを本能的に認識して敵と認めることができたからである。しかし、初めて聞く言葉を発すると同時に、トキの中からそう言った不快なモノが影を薄めた始めたのだ。これまで出会ってきた大抵の人間は、自身を前にして殺意を放ってそれを怠ることなどなかった。それなのに、トキを名乗るこの男はそれまでの人間と違っている。

 どこかおかしい。

 本能的にしか状況の理解が追いついていないアキだが、それでもトキが自分に対して何か良い施しをしてくれるという雰囲気だけは確かに感じ取っていた。


 不愉快が消える。

 しかし、それでもまだ拭えない不安はあった。

 それを確かめるため問うのだ。

 眼前で急に浮遊を始めたトキに、浮いたまま顔を近付ける男に。



「それがコウカン?」


「――そうだ、俺を殺さなくても名前を手に入れる手段だ」



 予想外の言葉に目を白黒させるアキだったが、正直なところ驚く以外のリアクションを知らないのはトキも同様であった。

 思ってもいない方向からの攻略法発見を素直に喜んでいいものなのか、それが些事とは言え納得如何は人間心理において重要な分岐要因である。


 そもそも名前を交換することが前提で話は進んでいるのだ。



「本当なの?」



 そしてアキは本気でそれを飲み込もうとしていた。



「あ……あぁ」



 断ればどんな展開が待っているのか、そのビジョンが脳裏を掠めた。

 否定は戦闘の再開を意味する。

 彼女の行動や言動からその未来予測は容易に行え、それはコントンと対決する前に命を落としかねないリスク高き選択であった。アキの戦闘能力は高い。それを直に交戦し、体験して知った今、なおさらその選択肢を選ぶことはできない。



「ただ、どうしても聞いてほしい願いがあるんだ」



 アキはトキの名を欲している。

 理由は知らない、経緯も分からない、彼女が何者で何を企んでいるのかなど知る余地もない。

 しかし、トキはトキで居なくてはならない理由があった。



「この戦争が終わったら必ず俺の名前を君に渡す。

 だからせめて、コントンという男を討つまで俺をトキで居させてくれ……!」



 この瞬間、少女の耳には戦場の轟音が届いていなかった。

 唯一トキの声だけが木霊して――トキになれる――眼前の男が地面に降りるのをただ呆然と見つめていた。



「頼む!」



 トキが、何故頭を下げるのか分からなかったが、アキはその条件に頷いた。



「コントンを消したら、コウカン」



 微かな笑みを口元に浮かべるも、アキの頭は疑問で溢れそうになっていた。


 ――本当にコウカンしてくれるのか?


 疑問というより疑惑。


 ――どうしてさっきとは違う顔をしている?


 疑惑と同時に困惑。

 それは、アキにとって嬉しい流れであったハズ。

 気付けば名前のコウカンを持ち出され、相手を殺すという順を飛ばせるという、ある意味での僥倖。



「あぁ……絶対だ」



 トキは初めて気付いた。

  アキは本能的に理解を始めていた。


 今日、ここに至って自分が何を手放そうとしているのか。

  目の前の男が顔を変えた理由はおそらく自分との約束だと。


 親から与えられた名前。

  自分の望み欲する名前。


 その名前が今日まで生きてきた自分という人間を表すラベル。

  自身が大切に想い、欲し、願ったそれは、相手にとっても重要なモノ。


 あらゆるステータスを内包し、共に育ってきた掛替えのない存在証明。

  手に入れるためならどんな手段も厭わず躍起になれたステータス。


 手放してはいけなかった、亡き母が残した数少ない思い出。

  名前に育った自分を手放すという行為、それがもたらす――


 “同じ”


 それが、名前の入手を確定したアキに笑顔を作らせない理由だった。



「カナシい?」



 悲痛を表したトキの顔を見ていると響くものがあった。

 見知った表情作りに、どうしてか伝わってくる心。痛み。

 失ってしまい傷つく、目に見えない痛み。悲しさ。


 アキの異変はクロスセプターによるものだった。

 人命を破壊してもなお入手を(はばか)らない執着心。会長室での衝突を初見とし、落下中に執着の度合いを知り、地面の上を走り移りながら戦って気のせいじゃない物悲しさを覚え――ここに来て、織夜秋という“人間/SR”にも人並の感情があることを初めて知った。

 目の当たりにした彼女の顔は、それまで見せていた狂人のものとは思えないほど人間味を醸し出しており、まるで同情しているかのようにさえ思わせたし、現実に同情していた。



「悲しみが……分かるのか?」



 言ってから己の無礼に気付いたトキだが、謝罪の言は出てこなかった。



「わかるかもしれない」



 その理由は、困惑をわずかに混ぜたアキの表情だった。

 狂気と困惑の中に僅かな喜びの微笑みが混じるも、その目には明るみが無く、どこか虚しさを訴えているかのようにも見える強がって浮かべる消えかけの笑み。



「なら、君も人間だろう……俺を殺す必要なんて元々ありはしないんだ」


「必要――ないの?」



 質問の上書きは、再びトキのペースを崩す。

 知りたいことが若干増えた。


 ――アキさん、あまり頭の良くない俺に言う資格があるかどうか怪しいが、とりあえず言わせてくれ。


 “あんた学校は行っているかい”



『色世トキ、聞こえますか色世トキ』



 あまり言葉を知らないアキに気を取られていたトキを我に返したのは協会部隊最高司令官:ジャンヌからの直接脳へ語りかけるという、文明の利器を無視したSRならではの機密通信であった。



『オリヤアキも』


「……え?」



 突然頭に響く声にアキの両腕が上がり、周囲へ警戒の線を配る。

 視界に移る闇、闇、閃光、時、闇、闇。

 2人は一度視線を合わせてから害がないことを無言で感じあった。



『私はジャンヌといいます。

 急な話ですが、これから修復作業に取り掛かります。

 そこであなた達2人の協力が必要となります。

 数十秒後に迎えのSRが見えるので、その者の誘導に従って現場に向かってください』


「え?え?」

「キョウリョク?」



 あまりにも唐突過ぎる任務にトキは固まり、アキは新たな単語に戸惑っていた。

 予想だにしなかった和解と、早過ぎる協力要請。

 ともあれ、奇妙な形で出会った2人はジャンヌの計らいによって手を取り、まず最初に殺し合わないように努力と協力を始めたのである。






 キュウキにとって、嵐の向こう側に隠された部隊が悲惨な結末を迎えたことは既知だった。

 しかし、トウテツが知らぬ間に嵐の外側へと移動していたことは全ての部隊に伝わっていなかった。特に綿密な情報網を敷いておいた司令官らにとって、その伝達速度の遅さにはただ驚くばかりである。

 余計な混乱が生じ、敗走と誤解した者達は士気を挫かれ、ただでさえ苦しい状況が拍車を掛けて厳しく傾いてゆく。



(これほどの情報遅延が発生したのは何故?)



 戦場の最前線をあらゆる方法を用いて高速移動しながら情報を収集する。

 各方面に配置した情報官と接触して直に状況を知り、移動し、テレポーターに配置換えを依頼してはまた走り、次々と指示を飛ばしながら新たに戦略を練るなど、キュウキは戦場の一か所に留まらずに協会に縫い込む場所がないかと目を光らせた。



「キュウキ司令、西部艦隊より入電!

 “城塞艦の具合は80%超! 直ちに起動す!”」


「まだだと伝え!」



 北部海上で西部からの連絡を受けたキュウキへ、次にやって来たオペレーターは不可解な報告を始めた。



「協会司令部の通信を傍受しました!」


「……何ですって?」



 艦砲射撃に照らされているであろう鉄塔――司令部の場所に目を向けると、ジャミング装置と電子戦特化の結界SR部隊はいまだに健在であることが感じて取れた。

 それなのに通信を傍受できるとはどういうことか。



「傍受した通信隊には千里眼所有者がいるのかしら?」



 翼のはためきを止め、キュウキは駆逐艦のデッキに降り立つ。

 潮風に髪を抑える女性オペレーターが提示したものは音声の録音記録であり、それをヘッドフォンで確かめ、間違いなく協会オペレーターの聞き覚えある声であることを認めた。



(電子戦用SRを控えさせておきながらこの情報管理の甘さ……本部直下に灯った淡光と何か関係が?

 ……しかし、この戦力差を覆すには堂々の反攻などあり得るのか?

 頼みの綱である英雄部隊は二分されているし、光学兵器も復活したとは言え明らかに性能が落ちている。非武装派のメンバーもすでに掌握済みだから、向こうの防衛手段はほとんど予測の範囲内。無所属や小規模集団にも脅威は認められるが、それでも戦局に大きく響くほどの要素ではない)



 特に気になるのが向こうの大きな目標3つ。

 主力艦隊、補給艦、占領した防衛海岸への攻撃。

 防衛海岸はまだしも、主力艦隊と補給艦を叩きに出てくる手段が如何なるものなのか、キュウキはそこに重点を置いた。



(海中部隊で足元は完全に埋められているからあり得ない。

 空も同様、制空権はこちらにある。

 考えられるとすれば――テレポーターや水使い、あるいは超長距離砲台による狙撃。

 背後からの挟撃は対策済みだから問題ない。対空警戒も抜かりないよう徹底している)



 色の変わり始めた空の端に目を奪われながらキュウキは初めて、これまで予想だにしなかった最悪の事態を想定し始めた。



「……魔女か?」



 白い闇の現れた空が思い出させてくれたのは、協会が管理する最高級と謳われた魔女2人の後ろ姿だった。


 1人は戦影魔装と呼ばれた漆黒の闇。

 もう1人は、神攻聖女と恐れられた閃白の光。



(まさか、あの2人――いや!

 どちらか1人でも出てくるというのか!?)



 言ってしまえば悪夢、そう呼べるだけの事態が起こったものなら最早全力投球すらも危惧すべき選択肢となってしまう。例え全軍を投入できても協会本部に辿り着ける者はごく僅かだろう。辿り着ける者が少数ならば、会長を討つ確率は零と断言できる。



「急いでトウテツとコントンに連絡を!

 単独でもいいから突入させなくては!突破口すら開けなくなる!」



 或いは、すぐにでも切り札を切らない限り状況は最悪から動かない。

 数分前に嵐の中に灯った淡い光も、それがボルトの発光によるものなら納得がいく。稀代の魔女:ボルトは万人に等しく光を見せることができると噂される時期があった。昼夜どころか天候、視界の良し悪し、目の開閉すら問わない根本的に自然のそれとは違う光。

 元は迷い人を導くための光だったそれは、今では導く始終が逆になっている。



(協会は自滅も想定している?

 しかし、ジャンヌがそれほどリスキーな選択をするとは思えない。

 ボルト・パルダンは芹真事務所で安定状態にあったそうだが、それはあくまで弱体化したボルトであって、いまこの戦場にいるボルトがその状態である可能性は極めて低い。

 かと言って昔の状態を取り戻したところで精神と肉体の調和、記憶が安定しない限りあの時の二の足を踏むだけ――何か予防手段でもあるのか?

 そもそも本当にボルトか?)



 考えるのを止めて部下から拳銃を受取り、スライドを後退させて薬室に弾丸を確認する。視線を上げて協会が敷く嵐の障壁が消失しつつあることを見てとり、頭の中で作戦に伴うタイミングを書き直す。



(光の魔女:ボルト、制限解除で焼け野原を作れるが不安定――安定化に必要な光、影でも代替できるとか……ヴィラ・ホート・ディマか。

 そうなると朝焼け間際である今は最悪、光と影の両方が成立する。間違いなく“光撃”と“影絵”の両方に晒され、こちらの損害は計り知れない。

 切り札の武装派から受け取ったアレを使わざるを得ない。 もっと状況が進展してから使おうとした物だったのに……これでチェックメイトの可能性は限りなく低くなった)



 SRを解放して4枚の白翼を広げる。



「各方面旗艦に通達、協会のSR部隊が来る、大規模な反撃が本格的に開始されると!

 それに伴い我々は予てよりの作戦、“オペレーション・ダウンスプライト”を5分後に早める!

 トウテツ以下、サーベルポインツは協会部隊を引きつけよ、その間、次段階の“アースイータ”の大地を完成させよ!」


「了解!伝えます!」



 超短期戦をさらに早めることはある意味で自滅を意味していた。

 それだけ強力な火力を持っている敵に対し、こちらは貧弱な装備で挑むしかないということを認めることにもなるのだ。

 キュウキにとって、協会側から烏合の衆と見られることだけは何としても避けたい、おそらく体面を冷めたままにはしておけないだろう、それほどに耐え難く絶対に誇りが許すことなきもの。

 それを覆すための作戦、重要な一手だったが故に最も重要な局面にまで温存しておきたかった。



「半日から6時間前にEvan-10を服用し発現が認められた艦隊と兵隊は第1から3戦線に移るように。

 それ以降にEvan-10を服用した者の中に発現した者がいたら主力艦隊に集合せよと」



 通信兵の返事を確認してキュウキは艦を飛び立った。

 鉄の香混じる潮風を嗅ぎ、流れるウェーブのかかった髪を見て風向きと強さを把握する。

 海面の波は敵SRの嵐によって荒立ち、跳ねる飛沫は鮮血と交じって青い舞台を赤黒く染めていた。

 咽返るような悪臭は前線に近付くにつれて強烈さを増す。



(思い切ったボルトの投入――予想外もいい所だ。

 やはり、私はジャンヌに及ばないか。

 いや、逆に考えれば協会にはそれほど打つ手がない。協会にとってもボルトは出来る限り触れたくない手段のはず……)



 朝日を迎え始めた明けの空に飛び立ったキュウキの顔は不安に染まっていた。

 この戦場をコントロールする者、コントロールに従う者、抗う者。

 同じ制する側に居るはずなのに、何故かいつもジャンヌに遅れをとってしまう。それが、今後世界の命運をかけたこの一戦でまで現れてしまうことに不甲斐無さと悔しさが同時にこみ上げ、それまでどんな抵抗にも自信を保っていたキュウキを不安に陥れた。例え艦隊が沈められようと、SRが減ろうと、人数という強みが消えない限り戦い方はいくらでもある。

 但し、ボルトとディマ、2人の魔女さえいなければ。



(あの規格外相手にどこまで戦力を保てる?)



 数ある懸念のうち、最も恐れる事態が人数の激減であった。魔女2人が相手となれば、一瞬の内に数億が消される可能性も捨てきれない。震える手を押さえながらシミュレーションを重ねる。

 勝ちたい。

 しかし、叶わない可能性が圧倒している。

 どんなにシミュレートを繰り返しても、データだけでしか戦闘力を知らないボルトに戦力の半分以上を消されてしまう。



(魔女狩りの時、最後に使っていた超広範囲魔法――それを使わないモノと考えても被害は深刻の一言。

 南北の艦隊はどんなに持ちこたえても2時間が限界。

 どうすれば……)



 久しく顔をあわせていなかった絶望が肩を叩いていた。

 不安、恐怖、焦燥、遺憾。

 我に返って辛うじて表情から不安の色を塗り消す。暗澹として晴れない心情は誰にも悟られてはならない。

 第一防衛海岸に到着する頃には辛うじて対抗策が2,3浮かんではいたものの、どれもが不安定なものばかりであり、悩めるキュウキを見た親衛隊員は物言えぬ不安に伝染してしまう。部下の問いを受け、自身の態度が全体の士気に影響することを改め、心晴れないままに辛くも言い繕ってその場を凌ぐ。恨心の眼差しを嵐の壁が消えて姿を晒しつつある協会へと向けた。


 “こちらが先に切り札を晒すことになるとは”


 胸いっぱいに広がる無念――しかし、この判断は切り札相応の影響力を以って協会を震わせるのであった。





 -AM 03:25 協会本部 レーダー搭頂上-


 強風は走り回っていた。

 潮風は若干の熱を帯び、命の匂いを乗せて多方向から2人の魔女に吹き付ける。

 リデアの嵐壁が完全に消えるまで、まだ数分の時間を有すであろう事実をボルトは感覚で掴み取っていた。


 キュウキの第一防衛海岸到達と時を同じくして、魔女2人はジャンヌからの最終確認に耳を傾けていた。

 数億という大軍勢に囲まれながらも、協会はすでに反撃の砲弾を装填し終え、射線も確保済みであった。問題と思われた四凶軍側の抵抗もまだ緩やかと言える程度で、作戦の決行に障害はない。


 この狼煙は終焉の合図ではなく、終戦への決定打を作る布石。



『お願いしますボルト・パルダン、ヴィラ・ホート・ディマ』


「うん!

 行くよお姉ちゃん、さっき言った通りにすれば成功すると思うから!」


「そうね。

 急いで送り先を確保しましょう」



 “光/薄闇”に包まれた魔女の身体が金属の床を離れて宙に浮く。


 ジャンヌから全ての準備が整っていると承諾を受け、ディマの冷たさを隣に置き、東の海に生まれかけの陽光を感じ、ボルトはこの戦場にある光の殆どを自分の元へ集めた。

 光を奪い取られた戦場は完全な暗闇へと変わり、視界を失ったも同然の敵味方問わずに困惑の悲鳴が上がる。けたたましく咆哮と共に光る銃火さえ、その明りを徴収されて照明代わりにはならない。



「殆どが止まったよ、お姉ちゃん」


「これがボルトの言うサテライト・フルムーン?」


「ううん。こんなの前準備だよ。本番はここから」



 一瞬で戦場から光が消えて失せて一点に集約する。

 それだけでも四凶の意気を挫くには充分な効果があった。

 果敢に攻めても辿り着くことさえ叶わない防衛線、そこに未知の光が煌々と輝いているのだから不気味を抱かずにはいられない。レーザー照射砲:フォルトという猛威を振るった大量破壊兵器の前例が、より一層四凶軍の恐怖を扇動した。ここで四凶軍は恐怖に膝を折らないためにも前進すべきだった。或いは後退や別部隊と合流して対策を練るべきだった。しかし、それも戦場から光が消えうせてしまうという、恐らく協会側の仕掛けと予想出来るで攻撃で行動に制約が生じて動けないでいるのだ。特に戦艦船舶の残骸が夥しく漂流する海域を航海中の小型船舶や、大型船の間を航行している船などは特に暗視装置を積載、準備していないものが多く、随所で衝突や転覆による被害を出している。悲鳴が下手な行動に待ったの手を掛けていた。



「お姉ちゃんならこの中でも十分見えるよね?」


「前方に北部艦隊、左右にそれぞれ東西艦隊、背後に南部艦隊。

 芹真、コルスレイ、トウコツ、哭き鬼をそれぞれ発見。

 前者2人は後退済みだけど、北西から南方にかけて哭き鬼とトウコツの撤退が遅れている」



 真っ暗闇の戦場を覗き、ディマはボルトが作り出した暗黒舞台の広さに心から驚いていた。

 地平線付近までこの暗闇は続いている。

 それも四方に等しく、また陽光ばかりか星光まで阻害して完全な暗闇を形成しているのだ。

 遥か図上――宇宙から見下ろせば、おそらくこの海域一帯は巨大で真四角な暗闇に隠れている。そんな形をしているのだろう。



「それじゃあ、やりましょう。

 私が敵補給艦を担当するわ」


「じゃあ、私は防衛海岸!」


「そうね。敵主力艦隊への部隊転送は協会のテレポーターとその部隊に任せましょう」



 背中を合わせてボルトは腕をあげる。



「まずは、転送先の掃除だね♪」


「1分で終わらせましょう」



 魔女2人が魔方陣を宙に描く。

 たったそれだけの行動で、見上げていた幾人かのSRは悪寒に駆られていた。

 例えば芹真は、ボルトが攻撃することを聞き、大事を取って協会本部の屋内に避難した。また、メイトスは可能な限り現象を否定できるようSRを解放。暗闇の中で戦っていた哭き鬼の長兄:アサは、足を止め、姉妹を呼び集めて直ちに避難を開始、ついでにトウコツも一緒に回収した。嵐の障壁を操作し終えたリデアとケイノスは、自分たちの頭上で魔方陣を作り出した大先輩2人に目を奪われて立ち尽くし、逃げることを完全に忘れている。立ち尽くしながらも、本能からの警告は止まない。だが、身体は動かない。


 諸々のSRが敵味方という概念を超えた脅威に直面する中で、若く未熟ながらもトキとアキという2人のSRは足を止めて光を眺めていた。



「何だ?」



 警鐘が響く。

 暗闇に支配された戦場で唯一光を放つ協会レーダー塔の天辺。



「あれって光の魔女か!?」



 海の上を走りながら、哭き鬼の長女は叫んだ。

 あらゆる因果を破壊する光が輝いているという事実だけで遁走の理由は十分だった。それが数分前の通信で言われていたボルト本人によるものだとしたら、本格的に逃げて隠れる準備をしなくてはならない。それこそ、避難できる穴があるなら今すぐにでも飛び込んで頭を抱え込みたい。



「うわ〜、こりゃ逃げた方が無難だろうな〜(棒読み)」

「チッ!やっぱり来るんじゃなかったぜ!」



 黒羽商会の社長である妖狐と副社長の幽霊もボルト・パルダンの攻撃から身を守ることが叶わないと知っているが故、腰と本能は闘争でなく即刻この戦域から離脱することを実行したがっていた。

 が、協会と提携を結んでいる以上手遅れで、仮に協会本島の空域を脱したところで四凶軍への降服者と誤認されて消し墨にされかねない。



『問題は、これほどの暗闇を造りだしておいて何をする気か、だ』



 それぞれが異なる勢力に属していながらも、フィングとコルスレイの抱く意は同じ点に到っていた。

 ボルトもディマも、どちらも並大抵のSRではなく、単独で世界と渡り合えるだけの実力者であることを2人は知っている。 故に2人が手を組んで始めようとしている魔法がどれほど危険なものなのか、数多の修羅場を駆け巡って今日まで生き長らえてきた2人にも想像がつかない。


 ただ、核兵器並か、或いはそれ以上に危険な何かが繰り出されるであろう予感はあった。



「交差(Cross)心繋(Links)化別(Time)同存(Exam)照隠(Matching)広氾(Localize)――」


(なるほど、ボルトの魔力が私の中で混じり、溶け合っている。

 これなら私でも一時的に光撃魔法が繰り出せる)



 及ばなかった理解がいま、ディマはボルトの試してみたいと言っていた魔法を実感した。

 言葉では解せなかったこれが完全な殲滅術であることにまず気付く。次いでこの術は単独でやるよりもディマのような闇影を司る魔法使いがいれば相当な効率化を図れる殲滅術である。

 だからボルトは、共に繰り出そうと言ってきた。そのこと理解し――実行し――ディマは後悔した。


 暗黒の戦場を照らす、光を放つ小さな月が四方にそれぞれ一つずつ出現すると、戦場はまるで日の出を思わせる明るさに照らし出され、夜の影を微塵も感じさせない。

 東西南北の四方に光。その挟間、北東、南東、南西、北西の四方は未だに影の中に沈んだままであった。協会本島を中心に、パラソルの如き交差する光域と闇域。

 最初に四凶軍が受けた被害は光の四方だった。



光塵晩浄(こうじんばんじょう)



 光に照らされた場所で人間が消滅を始める。

 無尽蔵に差し込む光の粒子に触れた人々が姿形を維持できなくなり、崩れるようにして細胞組織単位から消えてゆく。

 頭上に現れた、ごく小さな人工の満月より放たれるそれは陽光と言えるほど明るい光線であった。闇を照らすその光は見るもの全てに安堵を錯覚させ、光を求めて集まり始める者たちへそれぞれ圧力を与える。

 光を目指した者達は目の当たりにした。光の中で、綺羅と輝く粒子に触れ、暗黒を切り裂く過剰月光に照らされた味方の焼かれるわけでも、溶けるわけでもない、細胞単位で塵となって潮風に攫われて行く死に様を。


 人だけではない。船も、プラスチックの盾も、日傘も、あらゆるものを分解していく。消え行く者達に痛みも不快感も、何もない。それ故に消え行くことにさえ最期まで気付けない者だっている。四肢がなくなろうとも、頭部が欠け始めようと認識できない静かな死。両足を失って地面に落ち、初めて両足の異変に感付く者も少なからず居る。ひたすらの無常なる分解。

 それが浸食性破壊光子による無差別光撃、光塵晩浄。


 ボルトの魔法が成った所でディマは自分の術を唱える準備を終えた。


 “光の中に居ては危険、影に逃げ込め”


 闇から這い出そうと明かりを求める蛾のように人工満月を目指していた者達は、本能的に危険を感じ取り、自らの足で闇の中に退避を始めた。


 光の範囲は動いていない、触れさえしなければ消滅することがない。


 所見でボルトの光塵晩浄に気付く、そんな人間がいるからこそ2人でのサテライト・フルムーンは効率化を図れるのだ。

 光が人々を分解する中、闇の中に逃げ戻った人間の処理にディマは取り掛かった。



「影絵・空腹の土」



 次に莫大な被害を受けたのは影の四方だった。

 ボルトの光撃から逃れた者達、ボルトの攻撃を見て怖気づいた者達をディマの操る影が襲った。暗闇に逃げ込めば光は襲ってこないという特性を見抜いてしまったが故、攻撃を免れた者達はそれぞれ己の影に飲み込まれて消える末路を辿ってしまう。

 足もとの影に沈む者、寄りかかった壁に背中から飲まれてゆく者、人工満月の作り出す無数の影が人を呑む。まるで沼に沈むが如く消える人々は縋る藁さえ見つける猶予もなく、暗闇の中で忽然と姿を消した。

 各防衛海岸の闇が、後方の補給艦隊を取り巻く夜闇が、無数の質量を何処かへと攫う。


 時間にして数十秒の光撃と影芝居。


 しかし、この数十秒で四凶軍が受けた被害は大きく――500万強という――両軍合わせて畏怖を抱かせるに充分過ぎるキルカウントを挙げた。



「スペースつくったよ、ジャンヌ司令さん」



 ボルトが司令部へと合図を送る。

 ゴーサインを受けたジャンヌは待機中の部隊全てに指示を飛ばした。


 魔女2人が確保した四凶軍の隙間へ協会のテレポーターと各部隊が一瞬で移動し、反撃を始める。

 防衛海岸の残党、敵補給艦、主力艦隊、それぞれに協会とナイトメア非武装派のSRによる混成チームが逆襲を仕掛ける。

 防衛海岸の四凶軍は協会の正規SR攻撃部隊少数と非武装派の支援部隊、その他にも無所属SR達による怒涛の攻めで蹂躙され、補給艦も次々と炎上を始めた。



「リデア・ケイノスへ。

 直ちに休息へ移行し、一時間後の障壁再開に備えてください。

 黒羽商会へ。

 セガクロウが火の粉を降らせたら後退を許可します。休息が必要なら今すぐにでも後退を開始してください」



 随所で水柱が上る。

 火炎と煙を噴き上げながら船が沈む。

 波に飲まれ、数多の残骸に揉まれる。

 銃や剣、爪や牙、殴り殺され、蹴り殺されて消えゆく無数の命。

 敵の数を減らすは戦闘に於いて欠かせない手段だが、それを手伝う芹真は抵抗を感じずに入られなかった。



(やはり異常だ。

 いくら世界中の人間が四凶軍に与したとはいえ、どうして会長は簡単に大量殺人を許可したんだ?)



 拭えない疑問が晴れないものかと銀の爪を振るう。対物拳銃の照準を合わせて抵抗する四凶軍兵士を粉砕する。だが、いくら敵を減らしたところで味方の真意が読めるようになるということはない。


 包囲した四凶軍の攻撃に耐え、意表をついた反撃を仕掛けた次は本格的な逆襲に移り、四凶軍の頭脳であり首謀者である四凶を討ち取ろうと“ジャンヌは”考えて行動しているだろう。だが、肝心の協会長にその意思がうかがえない。

 協会本島の北側軍事演習場に佇む芹真の横には同じ感想を抱く男――いまは火炎狐だが、SRが1人。



「どう思う?」


「黙れ。これから俺は仕事だ」



 海上に上がった無数の爆炎に睨みを効かせ、九尾のSRは戦場の火炎全てを支配下に置いた。



「協会長がここに来て民間人への攻撃を許可することも明確な異変なのに、会長が策を施しているという気配は皆無だ」


「芹真……たかがお前に看破されるような策なら最初から用いないモンだろ」


「それならお前は何か気付いているのか?」


「いま仕事中だ」


「言うだけ言ってそれか。

 まぁ、聞くだけ聞いたんだ。この場はあんたに任せるさ」



 銀色の爪をしまう狼が踵を返す。傍目にその姿を見ていた瀬賀は鼻を鳴らした。



「今度は何をやる気だ?」


「調べる」


「会長をか? それともジャンヌをか?」


「いや、防衛システムをだ」



 無愛想に去っていく若社長を背中で見送り、瀬賀は不愉快にもう一度鼻を鳴らして火の粉の雨を戦場に降らせた。


 暗闇と異常月光に照らされた戦場に赤い粉が降る。

 それは混乱の渦中にあった四凶軍の恐怖をより一層に煽った。

 雨のように降る火の粉が視界を阻み、運が悪ければ眼球や傷口に触れて痛みを喚起する。



「これでいいのか、ジャンヌ司令」


『充分です。

 こちらの数少ない火炎魔術師隊で味方への被害は完全に対処しきれていますから問題ありません。量にも、見栄えにも問題はないようなので、5分~10分ほど継続したら後退してください』


「了解。オーバー」



 同時刻。

 西の海上から南湾口へと逃げ込んだトウコツと哭き鬼4兄妹は港エリアから中央エリアへと繋がるメインストリートの緩やかな斜面を歩きながら息を整えていた。


 ――皆大丈夫か?

 ――あぁ

 ――問題、ありません

 ――アサお兄様は?

 ――兎に角、後退命令が出てんだ。中まで行ってゆっくり休もうじゃねぇの


 アイコンタクト終了。

 この5人、実はこの戦場で最も贅沢な誤射を僅か数秒の間に幾度となく受けそうになりながらも、どうにか味方(ボルト)の攻撃範囲から逃げ延びて来たのである。ボルトの光撃とディマの影芝居。2種類の魔法に晒されながら、力一杯飛んで走って四凶軍ともども撃破されないよう、2大魔法使いの魔術を遅延させて凌いでみせた。

 冷汗が噴き出すほど、心臓は未だに焦りの波に大きく脈打っている。


 切れ掛けの息は、魔法使いの攻撃に鬼を脅かすほどの威力が込められているという証拠になった。

 白状してしまえばボルトという魔法使いの光撃を甘く考えていたトウコツにとって、鬼達の反応は完全に予想外で光撃から身を守るだけで手一杯だった瞬間も見せられ、本物の脅威が光に込められていることを知った。



「逃げるなよアサ」


「え?」



 息が整う頃、5人は協会本島南側のメインである大型商店街の真ん中に差し掛かっていた。

 横道を進みながらアサを逃がさないようにトウコツは目を光らせる。



「ジャンヌの姐さんから極秘任務が入った。お前さんを連れて来いだとよ」


「……」

「何したんだよ、アサ」

「ジャンヌって、協会の戦略司令官では?」

「何があるのかしら?」



 哭き鬼4兄妹はそれぞれ得物を背負いながら協会内部へと続く連絡路に到る。



「哭き鬼のお前らが加わってくれなきゃ、正直ここまで都合よく戦況が運ぶことはなかっただろうな。多分、それを褒めてくれるんじゃねぇの?」



 トウコツが漏らすそれは素直な感謝を含んだ予想なのだが、しかし哭き鬼姉妹は決してトウコツを許しきったわけでもなく、寧ろカンナとアイは隙あらばトウコツを討てないものかと画策しているくらいだった。が、それを実現しないのには理由がある。まず、一時ではあるが背中を守ってくれた人物であること、次に魔法使いの攻撃を躱す時に回避経路を教えてくれたこと。恩二つも背負い込んだまま、それを返さずに恩人を誅殺するなどプライドが許さない。



「とりあえず案内するぜ」



 微妙な殺意が渦巻く5人グループは協会内部の司令部を目指した。






 ―AM 03:46―


 太平洋に差し込む陽光が空を青く染め、闇を南西へと追いやり始めた頃、戦場は新たに一転しようとしていた。


 四凶軍は東西からの侵入をサーカスとコルスレイの両者に阻害され、協会は南北へ戦力を集中。押し返し始めた協会軍は勢いに乗って第一防衛海岸を包囲する船舶の悉くを無力化し、新たな防壁として後方の部隊に防衛海岸を守備させ、制圧部隊は更に前進した。



「行けるぞ!進めぇ!」



 軍艦の砲撃は虚しく中空で阻まれ、海上の船舶部隊も海中からの潜航部隊もほぼ壊滅状態。更に復活したレーザー照射砲が時折海上に巨大な柱を作った。

 四凶軍は攻めどころか守りすらままならない状態にある。

 そう踏んで突撃した部隊は、先に四凶軍の主力艦隊へと攻撃を仕掛けた部隊の顛末を知ることなく、つまり予備知識皆無で突撃してしま立ったのである。言ってしまえば勢いだけで。



『ノック4小隊戻れ!』



 突撃部隊が通信に応じたのは敵主力艦隊を目前にしてから。銃火と黒煙に視界を阻まれた激戦区で、その部隊は夢にすら思っていなかった事実に直面した。



『先行したノック3、6、7、9正体は全滅した!』


「何だと!?」


『直ちに逃げろ!

 どういう訳か――!』


「隊長!敵が!」



 この時、協会司令部はキュウキの持ち出した一つで二つとなる切り札に驚愕を覚えていた。



『敵主力艦隊を守備しているのは、“10万以上のセカンドリアル”だ!』



 それはキュウキが秘密裏にナイトメア、武装派との取引で手に入れていたパンドラ・器実験の産物――常人にSRを発現させるという劇薬:Evan-10によるものだった。一般人が9割9分という割合を占める四凶軍が戦力の底上げを図るには武器を持つことと、単純に人外を増やすという選択肢が、協会を陥落させるためには必須。キュウキが出し惜しみしていたのは、薬の数に限りがあるのもさることながら、副作用の危険性を恐れていたこともあった。


 新たに協会の部隊が一つ、跡形もなく消滅するのと同時に2大魔女が繰り出した複合技が消え、正しい陽光が戦場に差し込んでいた。影に阻まれることもなく、触れても消滅することない正真正銘の太陽光が。



『キュウキ司令、今のところ暴走者は出ておりません』


「SR部隊を編成し、直ちに防衛海岸を“完全破壊”せよ。

 ボルト・パルダンは現在魔力の充填中途予測される。攻め討つなら今」



 一度優勢に傾いた協会の士気が再び四凶軍は戻り、新たに組まれた四凶軍SR部隊は鬨を上げて防衛海岸に殺到した。


 SR同士の戦闘が、夜明けの海上で幕を開いた。

 混沌を増す戦場で四凶は動きを止めることなく、協会は敵の攻撃を全て防ごうと、それぞれが必死になって生死を紡いだ。






 -3分前-



「ん?」



 協会司令部下、外周。

 背後に付きまとうアキを潮風避けと考えて有り難く思え始めてきたトキは、両手に時間を以て破損している巨大なレーザー砲の修理に勤しんでいた。



「どうしました?」



 通信機片手にアキとトキを見守る男はボルトとディマの後輩と言われる優男。協会の水を使う魔法使いとして筆頭を飾る青い髪の青年:センこと、オリベイル・セスナムであった。


 トキの異変にはアキも気付いていたが、それ以上に異様な悪寒に注意を削がれていた。



「なにかいる」

「あぁ……何だろう?」



 2人揃って顔を向けるその方角は西。

 数秒後、まさに協会のSR正規部隊と四凶軍新SR部隊が激突する海であった。

 センは知覚できなかったが、トキとアキはしっかり脅威となるSRの存在を認めていた。





 

 

 北部海上では協会が四凶軍を圧倒していた。

 東部海上は未だにコルスレイの侵食結晶と黄金が生命を寄せ付けずにいた。


 ……


 西部海上では協会・非武装派連合が新たに編成し繰り出された四凶新SR軍によって苛烈な消耗戦を繰り広げていた。 


 …………


 南部海上は、比較的に静かだった。ただ、戦火が大人しいのには理由があり、それは協会側の誇る最大光撃力と、四凶軍が誇る最凶消滅力がにらみ合ったまま動かなかったからだ。



『トウテツ、聞こえる?』


「どうした?」


『アースイーター作戦を開始できるか聞きたい』


「やってやれなくはないが、多分時間がかかる」


『ボルト・パルダンね。

 それなら問題はない。あの光の広範囲光撃が終わってまだ間もないから、今すぐ動けば成功率は上がる』


「よし、分かった」



 通信を終え、司令塔の天辺で威風堂々と朝日を迎えながらこちらに意識を向けていたボルトから視線を外し、自分のつま先から腹の辺りまでを視界に収めるように項垂れて呼吸する。



「じゃあ、始めるとするか」



 -AM 03:59-


 四凶の現最高級トウテツ、全身過食が任務に臨んだ。


 協会の攻略、中枢部への直進破壊侵攻である。


 朝日を乱反射する海の上で、全裸の四凶は一直線に突進を始めた。





 →NEXT [四凶攻略編]

 

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