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Second Real/Virtual  作者:
53/72

第52話-Air of a Confrontation-

 

 戦闘開始から10時間経過した時点での両軍の損害はそれぞれ――


 協会:178

 四凶:259,694,417


 ――となっている。


 これを見た協会司令官のジャンヌは芳しくないと口元に手を当て、四凶軍最高司令であるキュウキは仕方がないかと妥協を織り交ぜつつも笑みを浮かべた。



(第一から第二までの防衛海岸は四凶の手に落ち、第三防衛海岸もトウテツによって甚大な被害を受け、結界部隊にも被害が出ている。

 この嵐で前線部隊とキュウキらを分断出来た。この嵐の内でまず前線部隊を叩く。

 おそらく、嵐を解く前にキュウキは前線に移動しているはず……そこを見つけて頭を叩く)


(突破した防衛海岸もあの嵐じゃ長くは持たない。レーザー砲台の再生も時間の問題。

 あちらにとって結界部隊が頼みの綱ということはよく分かった。

 徹底防戦――と見せかけて大規模な反撃に出てくる確率は強。そうなると人間だけの部隊では太刀打ち不可能。駒の無駄遣いになる。

 あの策を使うしかないか……ならば、私が前線に出て囮になって時間を稼ぐしかない!)



 ジャンヌが海上と海中の状況をオペレーターに確認する。

 数が頼みの四凶軍は手変え品変え攻略法を持ち出してくるだろう。四方八方に加えて上下からの一斉攻撃。

 嵐の壁で敵が見えないのはお互い様。感じ合えこそするものの、フェイクという可能性も十分に考えられる。



「再生部隊はレーザー砲台の修復急げ」



 一方でキュウキは水平線の彼方に控える本主力艦隊に通信を入れた。



「現時刻を以てアーツ部隊を解放。

 四方より本艦隊前方に“城塞艦”を構築せよ」



 嵐が晴れるその一瞬を勝負不沈の分かれ目と見た2人の司令は、想い描いて揺るがない勝利を確かめるためにそれぞれ次の行動へ移るのだった。




 

 

 -嵐外 西側-



 右の血溜まり。

 左に死神。

 真ん前に絶望を眺め、背後では業火がさあさおいでと手招きしていた。


 逃げ場を失った者から消えていく戦場は、ある意味神隠しのスポットとも言える。血肉の一片も残さず死に逝く者など、神隠しとでも言って誤魔化さなけば救いようがない孤独な終わりを迎える。



「まぁ、死人を助ける奴なんかいないけどさ」



 海上に火柱が上がる。

 炎上したタンカーが太平洋の暗闇を切り裂き、周囲の惨状に輪郭を灯し、突風は鳴き声を上げながら艦隊を薙ぐ。

 洋上の大火が誘う無数の声を背景に、随所で激闘の火花が散った。

 嵐流に拐われて消える音声。

 まるで火炎の如き燃え盛っては散る無数の命。


 四凶軍と協会ナイトメア連合。

 イレギュラーと四凶。

 イレギュラーと協会。

 嵐に護られた協会本部を取り巻く彼らは、一切の躊躇を持ち合わせずに戦争を進めていた。



「……なぁ、ここまで来たのはいいけどさ」



 艦隊を薙ぎ払う者、近代兵器の悉くを紙細工に変える者、死体と残骸の壁で侵攻を阻む者。

 津波と爆炎が景色に色を塗り、銃火と無数の剣戟が暗闇に線を引く。

 旋風の壁を突破するために船を再生する者や部隊を立て直すのに必死な者。

 黄金と透明の結晶に埋め尽くされた一帯だけは風が穏やかだった。



「あたしらどっちの味方すればいいと思う?」

「私は芹真事務所の助勢をすれば良いものかと。藍姉様もお世話になっていますし」

「……」



 無数の光に切り裂かれた闇の中、三姉妹の視線は一方向に注がれていた。

 その先には当然だが戦場が広がっており、あらゆる残骸が大量に宙を舞い、海上に漂っている。

 ただそれだけなら別段、三人が三人揃って注目することもないのだが、そこに共通して姉妹の意識を惹きつけるモノがあった。



「なぁ、藍。

 あたしが思うにあの気配はやっぱり――」


「はい。アサ兄様のものかと思われます……」

「私も藍姉様と同じ意見です。気配の中心に感じたイメージは、以前のアサ兄様のものと同じです」



 嵐に高まる波の挟間、鬼3姉妹は海面で膝を上げて立ち上がった。塩水の上に立って臨む嵐は、夢も絶望も全てが溶け合い混沌としているかのようだった。



「アサの野郎を説得するぞ。本人だったらな」

「はい」

「では、私が周囲を足止めします。お姉様達は説得を」



 3姉妹の向う先に吹き荒れる烈風は圧縮台風だけが原因の破壊ではなかった。



「いい加減に本気だせよ哭き鬼!」



 鎌鼬(かまいたち)が戦艦を細切れに刻む。

 ばらけた人間大の破片を鬼の金棒が殴り飛ばし、闘志の四凶が纏う風により金属の塊は野球ボール大のブロックに細切れにされる。


 血飛沫舞う海上で鬼と鎌鼬は激闘を繰り広げていた。

 銃器と刃物、鈍器がぶつかり、それぞれの手段を陰陽術と(あや)し風が潰し合い、互いの拳足が身体を捉えて衝撃を与え合う。残骸や船団を足場として跳び、時には海上を走り、残骸を武器とし、人ごみを壁としながら破壊力の限りを尽くして戦場を走り回る。



「ほぼ全力だ。

 ただ、風纏斬魔(ふうてんざんま)と呼ばれる君の実力を知りたかった」


「だからどうしたぁっ!!」



 人間弾丸を見舞うトウコツ。人間を意思なき肉塊に変えるアサ。

 トウコツはアサを知らないが知ろうという気は皆無。ただ勝てればよかった。興味があるのは生死を賭した勝負のみ。自分が生き残れるかどうかだ。

 どうすれば鬼に勝てるのか。

 一方でアサはトウコツの実力に興味こそあったが、本心は協会本部へと向いていた。命を救い、死者を匿ってくれたサーカスの団長は、会長の判断でSRが一般人への攻撃が許可されていると漏らしていた。



(会長に何があった?

 かつての会長も人間としてどこか分離した思考の持ち主だったが、ここまで突飛な判断と命令を下すような人間とは思えない。

 測り損ねていたのか、僕は?)



 本体の陰陽術で生み出された2体の写し身がトウコツに仕掛ける。

 正面斜め上と背後は海中から。

 しかし、流石はトウコツ。高い戦闘能力に豊かな戦闘経験、加えて動物並かそれ以上の嗅覚を以て正面の攻撃を受け流し――体中に纏った風がワンテンポ遅らせて正面から仕掛けたアサの腕を切り刻む――背後のアサへ斬撃と銃撃を同時に叩き込んで回避と反撃を同時にこなした。



「なるほど、風を纏う魔物か。納得せざるを得ない」


「だから何だ!」


「君たち四凶を経験しておきたかっただけだ。

 “風纏斬魔”

 “全身過食”

 “凶翼虎口”

 “時限脱存”

 僕の結論はこうだ、単純な戦闘力なら君は4人の中でトップだろう」


「ヘッ、ボケがっ!」



 トウコツから発せられた突風がバランスを崩したアサの分身を吹き飛ばす。トウコツ本体が迫る一瞬前に体勢を立て直して金棒の一撃を躱し、完全接地した姿勢から鳩尾狙って肘打ちを放つ。だが、アサもただでは喰らわない。肘打ちを金棒を持った側の手の甲で受け止め、もう片方の手でトウコツの髪を掴んで引く。

 衝撃と反動。

 姿勢を崩した2人が海に落ちる。

 強風に荒れる太平洋の波に飲まれ、水に取りつかれながらも殴り合う2人。

 水の抵抗が鬼の筋力を減衰させ、トウコツの手刀と纏った僅かな風が水を切り裂き、減衰を無きに等しい状態まで変える。



(うっ……海での殴り合い!?)



 入水してすぐは意識しなかったものの、戦闘に若干の余裕が生まれた途端にアサは置かれた環境を意識するようになり始めた。

 アサの攻撃速度が鈍り、その隙をついてトウコツは鬼の胸元に肉刃を突き立てる。

 初めて抉る鬼の肉体から離れた指が、海水中に違う色の液体を導く。

 だが、微々たるダメージすらない。

 速度こそ落ちている者の、鬼から闘志が消えうせたわけではない。



(何でいきなりトロくなってやがる!

 舐めてんのかよぉ、哭き鬼!)



 海中と言う理由だけに収まらないアサの減速に不思議が尽きないトウコツ。

 何故スピードが落ちた?

 学がないなりに考えられる理由は二つ、金槌かあるいは暗所恐怖症か。しかし、夜間戦闘をそつなくこなしていたアサに暗所恐怖症は考えられない。



(もしや鉄鎚野郎なのか!?)



 当たらずとも遠からず、トウコツの予測は事実に近いモノがあった。

 同時刻、海上にてそれが証明され証言されようとしていた。



「華創実誕幻。一段:(よもぎ)



 気配のした戦場に辿り着いた藍が最初に行ったことは術は発動だった。

 その妨害をさせまいとカンナ、スミレの姉妹は周囲を蹴散らしていた。

 数メートル先に感じた兄の気配。だが、視界の中にその姿を捉えていない。

 必然的に至る答えは“海中”である。



「急げ藍!」

「分かってるわよ!」



 捕縛の術が海中の中に激しい生命二つを感じ取り、絡め取る。

 そしてその二つを海上まで引っ張ってみると、



「何だこりゃぁ――って、テメェの仕業か哭き鬼ぃ!

 って、増えてるし!?」



 最初に水揚げ――ではなく、捕縛の術によって海面に現れたのは四凶のトウコツだった。

 戦好きの男がここにいることは十分に理解できる。

 何故なら戦場での狂喜こそトウコツと呼ばれる人間の所以であり、SRである。彼らにとって戦を差し置いて好まれるモノなど考えられないのだ。



「おい藍、これ敵か?」

「はい」


「ちょっと待て! 俺は協会所属のSRだぞ!」


「で?」

「戦死ってことにしてあげる」

「カンナ姉様、思い出しました。この人は私達の村に制裁と称して攻撃を仕掛けてきたSRの一人です」


「おぉぉぉいっ!」



 天地の逆転した視界の中、トウコツは哭き鬼姉妹の殺意がビジョンを顕わにする錯覚を覚えた。

 手が早いであろう雰囲気をこれでもかと言うほど醸し出していた哭き鬼――カンナと呼ばれた女の手が伸び、首根っこを掴む。



「ぬっ殺してやろうか?」



 しかし、一方的な展開が眼に見えている状況にありながらも、トウコツは怯まない。

 鋭い視線二つがぶつかり合う最中、完全に姉妹の視線を集めたトウコツとカンナの真横に海中から2人目のSRが引き上げられて来た。

 そこには見慣れ、懐かしく、そして誰よりも再会したかった鬼の――若干情けないが――確かな気配を纏う兄弟が居た。



「あ、アサ兄様!」

「アサ兄様! 大丈夫ですか!?」


「なんだぁ、アサ。まだ克服してなかったのか?」

「なんなんだ?」


「……げほっ……」



 水揚げされたアサのへたり具合を見て、藍は生存をひたに喜び、スミレはアサの容態を見て心配し、カンナは呆れながらも嬉しさを顔に出さないよう堪えていた。


 この姉妹が離れ離れになっていたことを知るトウコツは、カンナという鬼の言葉が気になって仕方がない。

 そこで思い切って質問してみた。

 鬼は水が苦手なのか、と。



「はっ、冗談!

 あたしらどっちかと言うと泳ぎは達者な方さ!

 ただ、アサだけちょっとした事情があってな」


「泳ぎが苦手なのか?」


「違います!

 アサ兄様は“暗い水の中”が苦手なだけです!

 ちゃんと泳げますから!」


「あぁ? 暗い水の中が苦手ぇ?」


「カンナ姉様が昔見せたホラー映画のせいで……」


「あれな、“仄暗いみ――」



 瞬間、5人は同時に目つきを変えた。

 タイトルを思い出しながら言葉を続けていたカンナの口が閉じる。アサを絡めた捕縛の術を解こうとしていた藍の手が瞬間的に止まる。図上から迫るそれに気付いたスミレはトウコツを持ち上げつつ、オリジナル陰陽術の詠唱を始めた。



「ミサイル来たぁ!」



 真っ先に動いたのはカンナだった。

 頭上から迫る無数のミサイル群が狙う場所はここ。四凶でありながら協会に与するトウコツと、イレギュラーの中でも恐ろしく高い火力を有したアサを抹殺するための艦砲射撃である。



「華創実誕幻、三段:覇鼓辺(はこべ)!」


「華創実誕幻!天段:亜時砦(あじさい)!」



 藍の援護が届くと同時、カンナはそれら金属の爆発物を素手で破壊し始めた。

 殴り潰し、蹴り曲げ、抱いて鯖折る。

 爆炎もなんのその。

 不可視の膜に守られた姉鬼が空中を跳びまわる。



「やるじゃねぇか!負けねえぞ!」



 トウコツも飛ぶ。

 風を纏い、背中に背負った4本の大剣を武器に、ミサイル群を切り落としていく。



「大丈夫ですか、アサ兄様?」

「藍……君か?」



 青褪めた顔の兄を確かめ、藍は数枚の白い術符を取り出した。



「どこか痛む場所はありませんか?」

「大きくなったな」


「え……ぁ、ありがとうございます。

 負傷はないですか?」


「そうだな、怪我はないよ」


「……出来れば教えて欲しいことがあるのですが」


「どうして僕が生きていたか、ということかな?」



 周りで水柱が上がった。

 海面とぶつかったミサイルの残骸が起爆して風と水柱を立て、爆発は周囲を照らす。



「あの夜、招いていなかった客人は“2人”いた」

「犯人ともう1人、誰かが?」


「僕を救助したのはそのもう1人――セブンスヘブン・マジックサーカスの団長だ」

「サーカスが? サーカスがどうして?」


「彼が僕に密かに会いにきた理由は“華創実誕幻”だ。

 当時、僕らだけが取得に成功していた陰陽術の秘訣について質問しに来ていたんだ」



 見れば見るほどトキと姿の重なる実兄。

 その眼が空中のカンナとトウコツに向いたことに気付き、藍は最も肝心な質問を思い出した。

 どうしてここに居るのか。

 どんな理由でこの戦いに参加しているのか。

 そう聞かれたアサは数秒の間を空けてから答えた。抵抗も逡巡も無駄と知り、観念しての白状だった。



「僕はまだサーカスに何の恩返しもできていなかった。だから団長の意向に従い、四凶と協会の戦場に居る。

 でも……私用も少しだけある。

 少し、だけどとても大事なことだ」


「大事なことというのは一体?」


「藍、君は芹真事務所にいると聞いた。

 おそらく聞かされているだろうから話すが、今僕が身を寄せているサーカスも芹真事務所と同じ秘密を手に入れた。

 まず、協会長が多重人格者であること。

 それから、その会長の中には二つの異なる意見が存在し、常に対立し合っているということ」



 視線を藍に戻し、更に言葉を続けようとしたアサだったが、開いた口はそのまま静止した。

 あれ?

 傍らで膝をついて身を寄せていた藍の表情には、なんのことやらと疑念が言葉でなく表情としてはっきりと浮かび上がっていたのだ。



(知らなかった……のか?)


(芹真さんは時期が来たら教える、って言っていつも誤魔化していたけど……もしかして、この事?)


「2人とも避けろぉぉ!」



 戦場の真っただ中、唖然として向き合う鬼の兄妹を見つけて叫んだのはトウコツだった。

 兵器の立てる轟音を上回る大音声に、会話を中断した2人は緊急姿勢へと移る。

 瞬時に切り替わる頭、姿勢は一気に危機へ向き、両手にはそれぞれ得物――アサの理壊装円破解、アイの理壊双焔破界――二振りのリカイソウエンハカイが破壊兵器に向き、空中から迫る大凶器に備えた。



『天段――』



 空中でミサイル相手にしていたカンナでも、分裂するクラスター爆弾の全てを破壊することは叶わない。

 トウコツが手伝っても物量の前に完全に阻止することは叶わなかった。スミレも空中の2人を陰陽術で強化しつつ、自身も魚雷の破壊に専念するがラインは押されるばかり。

 だが、そこにアサとアイが加われば、



緒深苗刺(おみなえし)

鎖斬渦(さざんか)



 助勢に加わる2人の術。

 唱えられたオリジナルの陰陽術が海中と空中に多大な衝撃波を生む。

 アサのオミナエシが水中から迫る魚雷群を不可視の(とが)り糸で細切れにし、空中のクラスター群を藍のサザンカという斬撃突風が切裂きながら駆け抜けた。



「カンナ姉様!理壊双焔破界(りかいそうえんはかい)を!」

「三段:蕗之薹(フキノトウ)



 クラスターの全てを空中で解体したものの、子弾の半分は残っており、いまだに爆発力を有している。

 だが、半分だけである。トウコツの風纏と剣術、カンナの徒手空拳に加えて藍から投げ渡された炎の金棒によるバッティング、アサとカンナの陰陽術等の破壊手段の前に、爆弾はほぼ全てが無力化されていった。



『こちらジャンヌ。聞こえますか、トウコツ』

「あぁん? どうした!?」


『南及び南東、北東より防衛海岸を突破した部隊が現れました。

 現在、嵐で四凶軍を分断していますが、内部にいる軍隊だけでもこれだけの進行を許している現状です。

 後方に控えている戦力全てに侵攻されてはひとたまりもありません。そこで――』


「“突撃”それから“足止め”せよってか?」



 視界の中で鬼の姉が特攻する。

 艦隊に向かって一人、それを追って妹が一人。

 おそらく単身艦隊を潰す気だろう。



『5分後にナイトメア非武装派による攻撃が始まります』

「非武装派の連中が?」


『なるべく敵陣深く潜り込んでください。

 風の障壁間際まで敵が移動してくるように、突出し過ぎと見せかけるために“あなた方5人”はそのまま西部で暴れまわってください』


(5人って、こっちの現状が見えてんのかよ……)



 相変わらず底の知れない司令を嵐の内側に思い浮かべる。

 突撃していった2人の鬼へと向きを変え、集中砲火に晒されている女性2人の援護を頭に思い浮かべた。

 その途端、一刀の冷たい物が喉元に突き付けられた。

 戦火に()る刃を追い、柄の先に見える鬼の手は白州唯の街でさんざん見てきた彼女のもの。



「最終確認よ」


「今はお前らと遊んでやれねぇな。俺さ、任務は更新されたわけよ」


「……つまり?」


「一旦協定でも結ぼうか。

 共闘して、余計なこと全部終わったら話着けようじゃねぇの」



 先行した2人の鬼をアサが追う。

 どんなに離れていたと言っても、彼と彼女たちの関係が兄妹であることに間違いはない。

 それを知ってトウコツは藍にもう一押し、共闘を申し込んだ。



「お前はどうすんだ?

 確か、俺が嫌いなんだろ?

 理由は分かるけど、また身内を見殺しにする気か?

 俺はあっちへ行く。

 そこにはお前の兄妹もいる。

 どうする? お前だけここで足を止めるか、それとも一緒に邪魔者を排除するか?」


「アサ兄様達とは一緒に戦う。

 でもトウコツ、私はあなたを信じられない」


「何でだ? 俺が四凶だからか?」


「それもあるけど……もし、あそこに飛び込んであなたに裏切られでもしたら、いくら私達でも命を落としかねない」



 別段、藍の言葉を理解するのに難はない。だが、皆無に等しい信頼を得るための手段を持たないトウコツにとって、共闘を受け入れさせるのは至極困難なことであった。



「俺はなぁ――――なら、ちょっと待て」



 一度顔を不機嫌に歪めたトウコツ。

 四凶の右手を追うと、右耳の通信機に伸びた。その間、左手は腰のトランシーバらしきものに。

 呼び出しボタンを押し、トウコツは鬼の目の前で通信を始めた。



『こちらジャンヌ。

 どうしました、トウコツ』



 腰の通信機がスピーカの代わりとなり、藍にも協会司令官の声が届くように調整したトウコツは、本題に移った。



「ちょっといいか?」


『はい、何です?』


「ジャンヌの姐さん……じゃなくて、ジャンヌ。

 好きだ」


『駄目です』



 この瞬間、藍の頭上には二つのクエスチョンマークが“縦長いモノ=!!”付きで跳びだした。

 どこか頭の捩子でも吹き飛んだのかと怪訝にトウコツを観察する。

 何が起こっている?

 どうしてこうなっている?

 理解できるものが兎に角足りない。



「いや、冗談とかじゃなくて、マジに好きだ、です。

 一発惚れだ、した」


『……ト、トウコツ。言葉使いが変になってますから、まず普段みたいな――』


「あぁ!もう我慢できねぇんだよぉ!

 俺はアンタに惚れてんだ!

 俺なんかで悪いが、ジャンヌあんたマジ可愛いんだよチクショォオオオ!」


『はいぃ!??!!??

 落ち着きなさい! ま、まず――!』


「俺はあんたの為ならどんな命令にでも従うぜ!

 パシられても文句はねぇ!

 靴だって舐めてやる!

 ムカつく奴らは全部叩きのめしてやる!

 経済学だって勉強してやるぜ!

 だから、言わせてくれ――いま、俺は!戦争よりもジャンヌが好きだ!」



 目の前に狂人を見て、藍は放心した。


 同時刻、協会司令部では誰も見たことのないジャンヌ司令の赤面と、初めて直面するトウコツの告白シーンにほぼ全員が戦争を忘れかけた。


 それを冷静に見守っていたミギス・ギガントだけが、“あぁ、彼もある意味四凶だ”と違う意味で納得していた。



『じ……………却下です!

 何ですかアナタは!?

 非常識にも程があります!

 まずは状況を考えて眼前の脅威を排除してください!

 それに今のあたなの発言でどれだけ我々が害を受けるか考えていたのですか!?

 ほらソコ、手を止めない!

 いいですか?まずは課せられた仕事を誰もが納得するほどに完遂してから人に物を言いなさい!なんなんですかイキナリどうしてそんなことになったんですか!?あなたの言い分や理由や言葉とか本性とかは後でたっぷり聞いてあげますから、まず鬼の方々と艦隊を沈めてください!まずそれが出来なければお話になりません!

 あ、そう!そうです!先ほどのあなたの真意を確かめるためにも、鬼の方々とうまく連携しなければいけないこと!それを前提条件として、直ちに戦艦を30隻以上沈めてきなさい!それがノルマです!それができなければ帰ってこなくて結構です!

 それでは通信終了しますよ!変なことで掛けないで下さい!敵を倒すまでそちらからの通信は一切禁止です!わかりましたか!?』


「――はい」


『わ・か・り・ま・し・た・か!?』


「はいはい!分かったって!OKだ!

 ミスったら割腹でも(いと)わねぇ!

 良い返事待ってるぜ!」



 通信終了。

 気のせいか戦場の音量が元通りの大きさに戻ったような感があった。

 もしや、全ての回線と繋がっていたのかという疑問を抱かざるを得ず、しかしまったく理解できないトウコツの行動に頭上の記号が消えてくれない。



「……というワケだ。よろしく敵をぶちのめそうぜ!」


(どういうワケなのかしら?)



 疑問を抱きつつも赤面気味のトウコツが“共闘を望んでいる”ことだけは、とりあえず理解した。










 Second Real/Virtual


  -第52話-


 -Air of a Confrontation-










 -嵐外 東-



 刻々と変わる戦場の中で眠ってみると、やはりいつもと同じように夢へ落ちることは出来なかった。

 文明の爆ぜる音に、嵐で渦巻く乱風。

 駆使する兵器の鳴き声もさることながら、人の阿鼻叫喚も騒音以外の表現に適さない音量に達している。


 それでも、結晶に埋め尽くされた海上は他方の海岸に比べて格段に静かだった。有機も無機も関係なく石の中に飲み込まれ、光を放ち続ける光源結晶の数々が夜海に現れた無数の宝石を照らした。

 東の海、海上に突き出した巨大な黄金結晶の上から眺めるは協会本部。

 風の障壁の向こうに懐かしい光を感じ取り、結晶を生み出した主:コルスレイは瞼をあげた。



「誰だ?」



 黄金結晶から海上を覆うエメラルドの上に降り、単身で歩み寄って来た男の名を問う。



「メイトス・シュラヴァイトフ・ジヴィア。

 お前に話があって来た」


「聞いたことがある。

 否定のSRだったな。

 どんな話があって俺の前に来たって?」


「言いたいことが少々と、聞きたいことが2、3。

 それについてどんな意見を持ち合わせているのか、参考にさせてもらいたく足を運んだ」



 結晶の上を歩きながら無防備な風を見せつけて歩み寄り、正面に至って足を止めて腕を上げる。否定のSRが何を聞きたいのかが手に取るように分かる。

 先ほどから戦場の中央に零れ始めている光だ。

 メイトスは上がった腕の先で指が一本、協会の中心部に向いていることを目で追って確認した。コルスレイというSRに読心術の能力があったのか、記憶の中から目の前の個体に関する情報を思い出しつつ頷いて応じる。



「先生が起きようとしている」


「その通りだ。

 協会はボルト・H・パルダンを利用して四凶軍を消し去るつもりだ。

 しかし、私には協会がボルトを制御しきれるなどとは到底思えない」


「それで?」


「ボルトを御すことは可能か?」


「無理だ。

 前例(まじょがり)があるだろ」



 艦砲射撃が再開し、協会本部を取り巻く旋風の壁に無数の炎が灯る。

 その光景を眺めながらメイトスは、予想通りの回答を即答してくれたコルスレイに次の問いを渡す。



「次の質問はお前自身だ。

 この東部方面の四凶軍は結晶侵食のおかげで壊滅状態に近く、この海からの接岸と侵入を遅れさせた。言ってしまえば――」


「俺の行為は協会に利をもたらした、とでも?」


「その通りだ。

 コルスレイ、そんなお前を会長は一時であろうが協定を結ばないかと思案し、考えてているようだ」


「断る」



 二度目の即答を前に、メイトスは理由を問う。

 この戦場で、協会にも四凶にも属さずに、只管(ひたすら)これだけの事を続けるつもりなのか。

 結晶に飲まれた人々から欲望を集め、何をするつもりなのか。



「協会と四凶の戦争は、俺になんら利害ももたらさない。

 ただ、死体を大量生産してくれるというなら、それらからも欲望を集められる俺としては大いに有難い話だ。これまで大量の欲を集めてきたが、目標まであと少し欲が足りないんだ。だが、この戦場の欲望全てを集めることができたのなら――」


「死人でも蘇らせるつもりか?」


「――それも出来る。

 その為にも組織に縛られることなく、どこへでも自由に行ける立ち位置が必要不可欠なんだよ。

 この戦争が一方的になったらより多くの死体は望めない。可能な限り中立を貫き、より多くの上質な欲望を持った者達に死んでもらい、俺がそれを回収して回る。それが俺の理想、この戦争で唯一参加するに値する理由だ」


「お前の収集を認可すると会長が言っていたとしても、か?」


「有り得ない」


「当たり前だ。“特別”なのだから。

 本来ならあり得ない話だ。

 だが、ボルト・パルダンに関して、お前が今のところ数少ない直々の弟子であるのだ」



 コルスレイは言う。

 彼女がどんな人間であり、SRであるのか。初めて見せる怒りの顔で否定のSRにデータベースに無い話を語り始める。



「いいか、メイトスのボウヤ。

 ボルト・パルダンは昔から孤児や浮浪者を相手にしてきた女だ。

 素質のある者には例外なく生きるすべとして魔法を教えてきた魔女なんだよ。

 いいか?

 17世紀の魔女狩り――ボルト・A・パルダンと協会の戦争がどういう結末で終わったかお前は知っているのか? データで知ったか? そもそもどこまで知っている?」


「魔女狩りの原点となったボルト・パルダンは十字軍に軍事支援をしていた協会の殲滅を目論み、単身協会支部に殴りこんだ。

 挙句、自らの行為が無数の人間に卑しき心を芽吹かせた責任と言い、協会のSRのみならず、魔女狩りに参加していた多くの市民を大量に焼き殺した」



 それが協会のデータベースに残る数少ないボルトの情報である。

 だが、実際に決着の場にいたコルスレイと、データでしか魔女狩りを知らないメイトスの間には見方に大きな違いが生じていた。



「数多の焼け野原をつくった後、対となる闇影の魔女:ディマとの対決でボルトは敗れた」


「そう、それが協会だ。

 平気で事実を歪曲させる」


「……しかし、ボルトは完全に消滅することなく、厳重な封印によって長い眠りにつき、十数年前に突然原因不明の覚醒に至る。

 協会本部から零れ流れていった。

 それから中国でボルト・パルダンと同行しているというSRからの連絡で本人を確認。

 数年後にその小規模集団――芹真事務所を協会本部は一時的に傘下に組み込み、現在は協会の下を離れて小規模集団として芹真事務所に所属するに至る」



 現在のボルトがどうなっているのか、実際に白州唯の街を訪ねたコルスレイは知っていたし、それよりも協会の魔女狩りのことが気になって仕方がなかった。

 訂正を求め、一度下した手を再び上げる。



「先生はディマになど敗れていない」


「そう言いきるのは、その場に居たからか?」


「あぁ。

 17世紀、先生の元には2人の弟子がいた。

 それが俺ともう1人の魔女だ。

 戦場について行くことを先生は許さなかったが、どうしても恩返しをしたかった馬鹿な俺達2人はしっかりとその戦場にいた」



 ちょうど、こんな暗い戦場だった。

 黒煙で陽光は遮られ、漂う死臭が正常な精神を蝕み、怒号と信仰が人々を狂気に陥れる。存在する悉くを消し、勝手な思想のために無差別な蹂躙が場所を問わずに繰り広げられる。

 決まって彼らは言った。

 主のために、神のためにと。



「宗教の風潮が強かった時代ということもあって、協会の抵抗は現代のものに勝らずとも劣らない気概を持っていた。

 それに対して先生は1人……俺とエイリスも光の魔法使い」



 上げた手の中に光の球体を作り出してメイトスに差し出す。



「この光は先生に貰ったもの。

 やっと叶う恩返しと、喜び勇んで赴いた先は戦場だ」


「そこでボルト・パルダンの敗北を目にしたと?」


「自爆だ」


「何?」


「先生は誰にも負けちゃいない。

 開発中だった新しい魔法の発動に失敗し、自分の形を保てなくなっただけだ。

 二度と間違えるな。

 先生は誰にも負けていない」



 頷いて了承し、最終確認を取る。

 協会に与する気はないのかと。



「俺は誰にも与さない」


「四凶にもか?」


「当たり前だ」


「……そうか。

 ならこの件、これ以上は問うまい。

 最後になるが、これは私からの進言だ。

 この結晶による人間の再生、うまくは行かないぞ」


「ボウヤに何が分かる?」


「分かるのには理由があるからだ。

 それでは、邪魔をしたな」



 背を向けて去る否定の男。

 コルスレイは光球を作った掌を男の背中に向けて放った。

 攻撃ではない光。

 それをメイトスは受けて足を止めた。

 与えた光は攻撃ではない。

 情報であった。



「ソレが先生の使用した虐殺魔法だ」


「……まさに、荒唐無稽(こうとうむけい)

 こんな事が出来るのか?」


「出来るから知る人間全てに危険視されるんだよ。

 先生はそれが悲しいって何度も言っていた。

 そもそも使う気もしない、開発を再開する気も起らなかったという新術。

 とにかく、もしそれが発動しそうだったら直ぐに暗闇へ逃げ込み一切の光から身を眩ませることだ。それが叶いそうにないなら空間を操作できるSRと一緒に行動しろ。少なくとも即死は免れる」


「――感謝」



 結晶の影に消えてゆくメイトス。

 真っすぐ協会本部を見直すコルスレイだが、そろそろ愚痴を零したくなるほど不愉快な事実が、メイトスとの会話中に協会内部では進んでいた。

 零れてくる光から分かることがいくつかある。

 まず、いま協会内には覚醒したボルトがいること。間違いなく。

 そして残念なことにボルト・H・パルダンであること。協会が望む最高火力を彼女には望めない。



(確かに瞬間火力は高くない方だが、その分長時間光撃を持続することができる。

 ある意味で、最も望ましい力を持った先生が出てきたってことか?)



 しかし、ボルト・H・パルダンの状態でメイトスに伝えた魔法を使おうと準備をしていることも事実だった。

 協会内部に莫大な魔力の流れを感じた。まるで密林の中にいながらナイアガラのように荘厳で巨大な滝を耳や肌で感じるように。



(広域探知に優れたボルト・S、 予知に優れたボルト・N、 持続力に優れたボルト・H、 破壊と再生に特化した ボルト・A――最も安定していた最上のボルト:Aでさえ発動に失敗した光撃を、Hの状態で撃とうなど、協会はよっぽど自爆したいとみえる)



 死体からの欲望収集急ぎ、コルスレイは最悪の事態に備えた。






 -協会本部 会長室-



 銃を突きつけるという行為がどういったものか、非銃器社会が日常の日本に住みながらも、一個の生命体としてトキはその意味を理解していた。引き金に指を掛けた者が突き付けられた者の生命を左右し、それは同時に行動の制限にも繋がる。

 そんな状況が目の前にあるはずなのに、銃を突き付けられている協会長が凶弾を受けるイメージが全く湧いてこない。加えて、突き付けられている会長からは自由が消えていなかった。再びポッドの中身を注ぎ、挙句飲まないかと引き金に指を掛けたフィングに勧めてきたのだ。



「自慢の茶葉だが?」


「遠慮だな!

 包み隠さずトキに話せ、お前の本音! 計画を!」


「まぁ、慌てるな。

 トキ。俺の机にインカムがあるからそれを取ってきてくれ」


「動くなトキ!

 インカムで何をさせるつもりだ?」



 銃を脇のホルスターに収めたトキをフィングは呼び止め、会長に目的を訊ねる。

 罠でないという保証がどこにあろうか。

 協会長はこの段階にあって尚、自分の手の内を味方にさえ明かしていない。フィングはそんな会長を信頼できなかった。



「急いだ方がいい。

 “彼女”が来る。それにインカムを付けていれば少し離れても会話は出来るだろう」


「彼女?」


「――どのみちココが分岐点だ。

 それをより確実なものにする為にも、今からお前たちに教えてやろう。

 何故この俺が四凶の持ちかけてきた戦争に応じたのか」



 その名は挙がらずとも、トキは衝撃に駆られていた。

 彼女がここに来る。

 予言されただけで体は会長の机に向かっていった。フィングが会長の解説に苦しむ中、手を伸ばして会長の支配でそこに置かれたインカムを掴む。



「まずは俺達の意見だ。

 この世界にはSRという本来流れの中に存在しなかったものが存在する。原因は間違いなく俺だ。俺自身がこの世界にとって流れの中に組み込まれていなかったモノ。それを無理矢理支配した結果、無数のSRを蔓延らせることになった」


「ケッ、何様のつもりだよ」


「――神様になったつもりは無いが、近づいた自覚ならある」



 銃口を強く押しあてられながらも会長は続ける。



「――人が育ち、文明を築いて科学を進め、文学を生み、宗教を広め、誰もが支え合い、貢献し合う人間の社会が構成された。

 私の中で二つの意見が対立を始めた原因はそれにある。

 人が育つのはどこの世界でも同じだ。成長しない人間など存在しないし、全く他人に貢献しない人間も有り得ない。誰もが貢献していると言って過言でないこの世界は、ある意味で完成度が高い。

 ――それでも、その影で消えていく人々……理不尽に(まみ)れた人々の割合が、常に過去最低を更新しているの。残念なことに、それは予想外の悲劇でしかなかった。原因は先述したように、この世界に不穏の流れを創った私にある。SRという力が、元々混沌を内包した世界に更なる混沌を招いた」


(女?)


「――そこで、我々の中に希望と絶望、この両端から世界に下す結末を論議する瞬間が生まれた。

 絶望が生むSR、SRが生むSR、SRが生む絶望。

 この連鎖。これは誰にも止めることができない激流だ。


 ――でも、人の強さを最後まで見守りたい。

 こんな禍々しい生き物が跋扈する世界だろうと、それが生命であることに変わりない。だから、


 ――俺の中では二つの意見が対立しているんだよ。

 この世界に絶望した、だからこの世界にピリオドを打ってやろうという俺達。一方で、この世界のパターンを体験するのは初めてだ、それにどんな理由があろうと、この事態を理解していない者達を皆殺しにするのは人が作り上げてきた道に反する事。

 同じく人の道を歩き、その道中でSRになって今に至るだけの俺達にリセットボタンを押す価値などないと主張する俺達」


「リセット……それって、人間を滅ぼすってことか?」


「違うぜトキ。

 会長が滅ぼそうってのは人間じゃない。

 この世界“そのもの”だ」


「――Yes」



 立ち上がり、ジェリコの銃口を前にゆっくりと席を離れ、窓際まで歩くバースヤード。火器を持つフィングを意にも介さず、穏やかなその眼は外の台風に向いていた。



「俺様が消そうとしているのは全部の命、色、線、流れ、連続、熱。

 この世の全てを消す。

 リセットとは次を考えての発言だ。

 その中に君たちは予定していない。何故なら、まだ君たちを評価しきれていないのだから」


「何言ってやがるんだテメェ!

 それじゃあまるで“もう一回世界をつくる”みたいな口ぶりじゃなねぇか!?」


「……本気なんですか、会長」



 静かなる支配者に怒りの表情を向ける完全再生。

 その傍ら、トキは真偽を問いた。



「――何故この力を“セカンドリアル”と呼ぶのか教えようか、フィング?

 まぁ、教える気など皆無だがな。禁忌に等しい。

 私が本気かどうかと問われても、答えは本気以外に用意されていない。それに私が言ったようにそれを試験するため、我々だけでは下せない決断を世界中の君たちに判断してもらおうと戦争に応じたんだ。

 ここは差し詰め試練会場。

 四凶が私に何を見せてくれるのか、協会に従う者達がどんな未来を導くのか、イレギュラー達が何をもたらすのか。

 私はそれを見て決断を下す。

 その中で、色世時と織夜秋の邂逅は特に大きな判断要因だ。死を具現としたSRと、創造・生存を叶えるSRの対決。世界の流れが望むのはどちらなのか、それを踏まえてこの戦争の結末を臨み、流れの先にある結末を吟味熟考して、リセットの如何を決める」


「それは、結末まで生きていられたらの話だろ!」



 銃弾が心臓めがけて飛ぶ。

 弾け飛んだ空薬莢がテーブルの上で跳ね、銃火にカップの水面が光る。

 空を切った弾丸はガラス面を直撃し、白く小さな弾痕を防弾使用の面に残す。



「当たらずと分かっていながら撃つか。

 ――しかし、その行為。抵抗は絶望に対する無謀な挑戦だが、明確な未来を(こいねが)う足掻きだ。我々にとって望ましい姿勢だよ

 ――足掻いて足掻いて、足掻ききった先に、君たちの未来はあるのだからな。もっと必死になるべきだ。特にフィング。こそこそ逃げ回らず、男らしくこの戦場で戦功の一つでも上げてみたらどうか?」



 会長は硝子辺から机の傍まで移り、弾道上から退いていた。


 険しい剣幕で銃を向け直すフィング。涼しげな顔で微笑む会長。2人を見守っていただけのトキだが、この部屋にいるだけで会長のSRによる効果を受けてしまうことを、直後に身をもって知ることになった。


 フィングの照準とトキの抜き撃ちが重なる。

 この場に割って入って来たフィングに、トキは別段敵意を覚えているわけでもない。そもそもこの場で、この面子に銃を向ける理由などない。



(腕が……なんだ!?)



 オウルの完全支配が動く。

 直に味わう強力な支配が上げようと思ってもいなかった腕を持ち上げ、掌は銃把を握り、指は引き金を、照準は次弾を撃ち出そうとしているフィングに向いていた。



「何っ!」



 思わぬ場所から飛来する銃弾にフィングの照準がずれる。

 こめかみの髪を攫って壁に埋もれた銃弾は、少しでも回避が遅ければ確実に頭部を破壊していたであろう一撃だった。

 トキの拳銃――サルシルマズST10の銃口が完全再生を追う。

 そんな銃撃が間断なく続いた。



「トキ!何を!?」


「――フィング・ブリジスタス。

 お前の目的はノアだろう。何故遠回りをする?

 トキに代役を期待するは無意味。

 直接聞けば俺の中のいずれかが答えたであろうものを……」



 これまでにないほど冷たい口調で告げる会長の眼がフィングを追う。

 言われたフィングは歯を食いしばった。9mm弾が腕の肉を抉り、会長の言葉が心に刺さる。これ以上ないほどの図星。

 テーブルを足場に飛び、ソファを盾とし、ジグザグに後退して銃弾を躱す。

 それでも壁際に追い詰められ、死を覚悟し、壁を背にした瞬間銃撃は止んだ。



「――テメェがトロトロしてっからよぉ、来ちまったじゃねぇか」


「え?」


「何ぃ?」


「――Angekommen」



 気の抜けたトキの声と同時、フィングの足も止まる。

 支配が解けたことを五体に確認したトキは、急いで銃のマガジンを取り換えた。

 会長の口からついて出た到着という言葉に体中の細胞が連動する。協会長の支配は終わっていない。全身に警戒を喚起し、この部屋中に最後になるかもしれない平穏の時間を意識させた。

 フィングも無意識的にそれを感じ取り、壁際から飛ぶように離れた。


 同時だった。


 大きな振動は外のもの。

 だが、一切の音もなく部屋の隅に生まれた黒く大きな球体は確かな、振動以外の衝撃を伴っていた。

 壁と言う物を飲み、触れたその部分だけが黒の中に溶けるように消える。

 壁に開いた穴を潜って現れたのは少女。

 両手に血まみれの銃器を持った、独りだった。



「見つけたよ、トキ!」


「アキ……」



 黒髪の、雰囲気だけで暗く黒い物を連想させる不思議な圧力を持った少女。

 両手のPP-90M1サブマシンガンが咆哮を上げる。

 一拍ずらし、視界の中にアキは黒い何かを放った。

 直感でそれが壁に穴を開けた球体にまで膨れて大きくなるのだと感づいた。


 明確すぎる脅威を前に、初めて聞く、頭が割れそうなほどに巨大な警告音が痛むように響いた。コントン以上の脅威。

 自分の真正面から迫る少女――会長にも、フィングにも横目を振らず、ただ正面だけを見据える――敵。

 銃弾が無造作に放たれては通過していく。

 照準も何もない乱射。

 一見無暗な銃撃に思えたが、退路は確実に限定されていた。



(何だこれは――闇!?)



 黒い球状の空間がトキの視界、トキの顔に触れる。

 急いで顔を反らしてみると、球体は黒色を増していることがわかった。



「やっと逢えた……!」



 薄暗い部屋の中。

 突撃してくる初見の少女。その顔に戦慄を覚え、背中には冷たいものが走った。

 咄嗟に後ろへ飛ぶ。同時に黒い空気に触れた拳銃が壁同様に触れた部分だけを失う。

 少女の銃弾が痛めつけた防弾ガラスをクロノセプターで分解し、会長室から協会本島上空へ飛び出す。


 数秒前まで立っていた場所に大きめの黒い球体が現れ、室内の闇を一か所に集めたかのような錯覚を催した。



(アレに触れちゃいけない!)


「今行くよ、トキ」



 オウル・バースヤードとフィング・ブリジスタスの視線を釘付けにした織夜秋の、その眼には空中に飛び出したトキしか映っていなかった。

 躊躇することなくトキを追って乱流潮風吹き込む硝子辺を蹴り、混沌とした戦場の空へ躍り出る。


 オウルの知る限り彼女に飛行の能はない。

 フィングもトキに対して同じ考えを示し、2人の飛び出した先を急いで確認した。

 自殺は考えられない。

 トキはコントンに勝つ為努力をしてきた。それを棒に振る行動を取るとは考えられない。



(飛び出して大丈夫なのか!?)


「聞こえるか、トキ」



 消えた防弾ガラスの尖鋭な消滅痕の端に手をかけ、落下していく2人を真下に見つける。



(こいつがオリヤアキ!)


(トキを殺せば私がトキになれる!

 母さんとの約束を守れる!)



 SMG(サブマシンガン)の放つ弾丸をクロノセプターで吸収して落下し、潮風から僅かずつでも時間を奪って力をためて両手を広げ、再び現れた黒い球体に備える。

 見た目からクリーニング店のディマのように闇や影を司るSRと思ったが、銃が飲み込まれたところを目の当たりにして違う気がした。



(黒い球に触れて消えたという事からどちらかというとディマではなく、エミルダの神隠しと似通った性能)


「聞こえているだろトキ。

 織夜秋はお前を殺すことで自分が色世時になれると信じている。

 それも宗教のような信仰レベルで、それは十分に人が殺せる域に達している」



 落下の最中、高速摩擦する空気にインカムの音は遮られていた。

 それにも関わらず、会長の言いたいことはしっかりとトキに伝わっている。

 どうしてか分からないが、直感で理解できることがあった。


 彼女は止まらない。

 織夜秋は色世時になるまで追いかけ続けてくる。



(冗談じゃない!)



 両腕を広げ――2人は同時に目を疑った。

 トキは表情に驚愕を浮かべ、アキは狂気の笑みをそのままに固め、目を見開いていた。


 同じフォーム。

 両手に武器を持ったまま、お互いに何かを発動しようとした構え。

 初見。

 そのはずなのに、相手はまるで鏡映し。


 だが、それで一手を控えるほど余裕のある2人ではない。

 両者手中に得物を握りながら掌を小さく開閉する。



「消えろ!」

「止まれ!」



 祈りの呪文は結末への原因。

 片や深い漆黒の夜空を思わせる冷たい消滅の黒、片や悠久を思わす温かな日差しの如き静止の白。


 二つの展開された世界が溶け合う様を眺めていたオウルは、一歩引きながらフィングの肩を引いた。

 理解できない行動を取ったオウルに疑問を抱くフィングだが、直後にその理由が飛来する。

 硝子辺の足元が音と紫電、炎を以て小さく爆ぜた。


 オウルはそれを見て記憶か、と零した。



「何だ今の電撃は!?」


「――やはり」



 二度目の空間展開が始まる。

 アキの展開する黒。

 対抗して白色空間を展開すると、黒色空間は侵攻を緩める。ついには停止を迎えるがそれは一瞬のこと。

 次の瞬間、二色の空間は接触して混色状態となり、混色部位に向けて縮小を始める。



「――やっぱり織夜のSRは消滅だ。

 ――対するトキも、予想通りタイムリーダーが根底じゃないことはこれでハッキリした。

 ――あぁ。オリヤの展開するあれは直接有機・無機を問わず全てのモノから形や時間を奪う口。トキのクロノセプター左手と同じように、触れたモノの全体から時間を奪うこともできれば、クロノセプター右手のように触れた場所だけを消滅させることも可能なようだ。

 ――本来ならそれを打ち消すことは不可能。おそらく、ディマやボルトにだって対抗術はないだろう。それを完全に止めているトキは何だ?」


「それよか今の電流みたいなの何だ!?」



 2人の展開した空間が混じり合い、消滅し、紫電を生む。

 二度目の電撃が壁を走って登ってくる。

 それは最初の空間消滅時と同じ条件で発生し、空気中で四方に散り、物体に触れては爆発を誘った。



「――触れるな!」



 電撃が防弾硝子を完全に砕いて炎を散らす。



「憶測だが、アキの“死”を殺しているのはトキの“創”だ。

 その対衝突が混じり合った場所に生死の概念を生む。

 本当に恐ろしいのは、そこにメモリーを形成していること!」


「その記憶がこれだって言うのか?」


「そう、記憶は容器を求める。

 だから人に向かって走るんだ! しかし……!」



 近づく地面に白色空間の展開を中断し、クロノセプターで時間を集める。

 着地の衝撃をどれだけ耐えるか、その覚悟で次の一手が大きく変わってくる。


 両手の銃を黒で分解、肉体を強化して着地と同時にトキへ仕掛ける準備を整える。



(トキ……トキ!)


「間に合え!」



 気掛かりはアキの行動だった。

 両手の火器を自らの力で消すという行動が、クロノセプターでの時間奪取と酷似していた。ならばアキも着地に備えている。やはり着地前後に仕掛けてくるだろう。

 地面はすぐそこ。

 柔らかい土など存在しない。金属で出来た人工島でそんな場所は望めない。しかもここは協会本部。頑丈な金属に固められた高強度区。

 タイムリーダーでほんの少しの間低速世界を展開し、手中により多くの時間を集める。それら収集した時間で肉体を時間の膜で包む。訓練で見出した高所から落下した時の対処法だが、正直役に立つものとは思っていなかった。



(まずは着地!)



 無数の船と上空の爆発が起こっているのを存分に確認できた空中から地面へ。着地と言うよりは落下。

 背中から地面へ。

 数cmの隙間を空けて、トキの時間の膜で覆われた身体は落下運動を止めた。

 莫大な時間を用いて作り上げたクッションが空気中に時間分散する。



(それで!)



 急いで状態を起こし、すぐ頭上に迫ったアキを黙視する。

 右手を黒い球体と共にかざし、一直線に消滅を狙ってくる。

 真っすぐ過ぎる落下。

 着地のことを一切考えていないと思える無謀な攻撃。



(何か着地の術でも持っているのか!?)



 自分に出来ない芸当をこなそうとしているアキに驚きを覚えた。


 若しくは、あまり考えられないことだが、着地のことを考えていないのか。

 どちらにせよこの攻撃はまだ躱せる。回避は間に合う。

 回避は。



「さよなら」



 考慮すべきは逃げる手段ではなく、相手がどうこの回避を潰してくるか、だった。

 警鐘が周囲に危機を伝える。

 逃げ場は上下にしか残されていないと。

 目前まで迫ったアキから目を離せない今、直感で周囲の状況を掴むしかなかった。


 目を閉じるに等しい。


 右手でクロスセプターナックル、左手はクロノセプター。

 左手を掲げ、アキの右手を止める。

 黒球の消滅をクロノセプターの時間供給で相殺し、右手の金棒を握った拳で左手の拳を打ち止める。

 瞬く間に左手から予備時間を奪うアキの消滅力に寒気を覚えた。

 骨を伝い走る右手の電撃は、顔を歪めるほどのダメージを受けたもののアキが敷いた回避対策の攻撃を読み取ることに成功する。16の黒球を周囲に配置して包囲、逃げ場を上下に限定するというもの。そこにアキ自身が上方から攻撃を仕掛けることにより、実質残された逃げ道は地面すれすれの僅か十数cmの隙間のみとなっていた。



(止まれ!)



 左手と右手の指が絡み合った瞬間、白色空間を展開してアキを瞬間的に止める。

 欲を言えば数秒間はアキを止めていたかった。だが、本能が不可能というサインを出していた。


 ――彼女には通じない、突破される、油断を生むな、隙を見せるな


 それならば、彼女を止めるのは一瞬だけでもいい。

 とにかくこの囲いを抜けるタイミングは今を逃せばもうないだろう。



「――ッ!?」



 白い球状空間に触れたアキが止まる。

 その間に絡まった指を解き、両手を引いて黒球の下を急いで滑り抜ける。

 だが、静止から低速へ戻るアキの速度は、これまでの誰よりも早く、異常だった。

 静止が約0.5秒、低速状態から通常時間帯に戻ってくるまで僅か3秒足らず。



(逃げるな!)


(早い!?

 しかし、大抵こういう能力系をメインに仕掛けてくる敵は肉弾戦の火力が乏しい!

 なんとか組み付ければ……!)



 黒球を潜り抜けたトキを目で追う。

 右手を伸ばし、拳を作る。

 距離を開けるトキの進路上に新たな黒球を生み出し足を止める。

 今度はUの字を描くように配置し、更に上下に逃げ場を作らないように上中下の三段で構える。

 トキを逃がさない。

 その為だけ、殺すためだけに追走する。



「おっ!」



 黒い球体が形成した壁を前に足を止める。

 自ら衝突して命を落とすという失敗は許されない。どんなミスでも起こりうるのが戦場(げんば)だと教えられてはいたが、コントンを討つまで命を落とすわけにはいかない。クラスメイトや協会の人々の命がかかっていることを再認識し、反撃の意に熱が加わる。


 アキが駆けて詰める。

 足を止めたトキが身体を向け直す。黒壁に阻まれ、己に問い直し、未来に備えて何をすべきかを考え直した結果だ。


 加速するアキの姿勢が攻撃のものへと移る。跳躍からの蹴り足。

 それを受け止め――ることに失敗する。

 予想外の衝撃力に前方防御のため交差させた腕は弾かれ、その勢いで足は踏鞴を踏み、後ろへと体は押され傾いた。

 黒い球の壁は妨害と攻撃を同時に実行できる力を持っていることを知り、初めて織夜秋というSRのタイプを理解した。



(この火力……万能設置型か!)



 タイムリーダーで数メートルの距離を取ろうが、それを先回るようにして黒球を設置したり、自分を中心に広域をカバーする黒色空間を展開したり、腕に纏わせて直接消滅に乗り出す。

 加えて、アキ自身の身体能力もずば抜けて高い。

 跳び蹴りの威力、そこから更に繰り出す空中からの足技。



(滞空時間が長い、長過ぎる!)



 空中で蹴り足を連続で放ち、そこから宙返りで高度を上げ、視界にトキとその周辺を捉えて腕を横薙ぎに払う。黒の壁を背にするトキを更に包囲する。黒色円陣。

 再び黒で囲んで頭上にも黒球を配置し、包囲の輪を一斉に移動して包囲を狭める。



(この黒は移動もするのか!)


「これで私が――」



 黒に触れれば消滅は必至。

 だが、これを止めることができると分かっている今、アキ本体の攻撃力に比べれば黒球は余力を残しても対処できる攻撃と速度だった。

 両腕を広げる。


 それを消滅黒球の外側から知覚したアキはトキと同じ構えを取り、白い球体を発生しようとする敵目がけて距離を詰める。

 半透明の黒色球体だが、夜の闇と上空で起こる(まば)らな爆炎の生み出す光の移ろいは、黒の向こう側にいる人間を視認させ辛くするのに十分な阻害効果を併せていた。

 頭に響く警鐘を頼りに、トキは可能な限りアキを目で追う。


 包囲黒色をクロスセプターとクロノセプターの白色空間で止める。


 展開され、球体を止めたトキの白色空間にアキは新たな球状黒色空間をぶつけた。

 双方向衝突ではないから記憶は発生せず、しかも後発の黒が白い時間空間を呑み込む。

 黒に飲み込まれた白が、アキの中にエネルギーとして吸収されていく。


 右手の拳に乗せる黒球。

 対して、それを迎え撃ったのは右の掌。


 消滅空間に飲み込まれているにも関わらず消滅の兆しが見えないトキがいて、それでも消滅を疑わない自身を貫くアキ。

 再び結ばれる視線がそれぞれの願いを訴える。



(何故その名を奪ったの?)

(どうして“トキ”という名前が欲しい?

 それを得ることに何の意味があるんだ?)



 先に動いたのはトキ、次にアキだった。

 消滅から身を守ったトキの術――左手の全体からの時間奪取による消滅空間の高速弱体化を見せつけ、更に持ち替えた金棒でアキの腕を狙う。



(トキになって、私は人間になれる!)



 金棒の打撃を防ぐアキの一手は、消滅させてきたあらゆるモノを掌中に集めて物体として再構築するというもの。

 トキの得物が腕ではなく、日本刀の柄に阻まれて止まる。



(君は人間だろ!

 なのに、どうして人間を目指す必要がある!?)

(じゃあ、どうして私の名前を奪ったの?)



 二色の空間がそれぞれ消滅する。

 包囲黒球が消え、静止空間が消え、互いに奪い合い、吸収し合った力から2人は武器の構築した。

 金棒:リカイソウエンと黄金剣:星黄(せいこう)

 アキは上下逆様のまま、黒を纏わせた日本刀で突きを繰り出す。



(俺は君から何も奪っていない!)

(いいや、奪った)



 防御に掲げた星黄の刀身が消滅を纏った日本刀によって折られ、咄嗟にアキの攻撃を真似て静止の白を纏わせた金棒を繰り出す。

 衝突は灰色。

 火花とともに紫電の記憶が夜闇の中を走った。


 交差を見せない心の声にトキは焦りを、アキは静かに怒りを思い出していた。



(今の君が人間じゃないのなら、一体なんだって言うんだ!?)

(分からないから怖い。だから分かるようになりたい)



 牽制も偽装もなく、ただただ感情のままに刀を振る。

 小賢しくもそれを悉く防いで躱すトキに空いている掌を向け、顔面に至近距離で消滅小黒球を放つ。上体を反らして避けたトキへ斬撃の追跡をかけ、邪魔なトゲ付きを排除しようと黒を創りだす。

 だが、どんなに攻めてもトキは紙一重で躱し、防ぎ、未だに血を流すこともなく無傷に立ちまわっていた。


 しかし、一発だけ確実に響いている。

 先ほどアキに見舞われた蹴りがそれであった。

 防御した腕の感覚がおかしい。相当な衝撃があったことは間違いないが、それでもクロノセプターを使って消しきれない戦闘での痛みはこれが初めてだった。時間を充てての回復も、治癒促進を施しても痛みは引く気配を見せない。


 走る得物に、生まれる電光。

 無人の軍事演習エリア間際に剣戟の音が響き、周囲を警戒状態で待機していた協会SRらの視線を集める。

 会長オウルも移り戦う2人を空中から見守った。トキとアキというSRの持つ可能性について、傍らのフィングを話し相手に語った。



「どうします隊長?」

「いま司令部に問い合わせた」



 剣戟と紫電は多くの兵に不安をもたらした。

 風と爆音に混じり、金属の衝突音は次第に大きくなっている。はっきり電光と分かるそれがもたらす小爆発も、すでに視界の中に入るほど近くに生じていた。



(アキ、君は誰にそんなことを言われたんだ?

 俺を殺しても、君が得るのは名前だけだ)


(誰も私を知らなくていい。

 私がトキになれればそれだけでいい。それだけでいい……!)



 大黒半球の範囲外に逃れ、時間操作し一気に距離を詰めながら黒を相殺しつつ、アキの特性に新たな能力を見出す。

 近くにいればSRの効果が気のせいか弱体化してしまう。

 それである程度納得は行く。

 コントンのように時間の流れの中から抜け出すのとは違う方法で同じ時間の中に戻ってくる。

 低速時間から回復するアキの刀の軌道を読み、金棒を軌道上において防御。同時に再構築した星黄の一撃を見舞う。今度は消滅を受けないようリカイソウエン同様の時間処理を施す。が、消滅されずともアキはそれを難なく流して見せた。



「エリアWS、6から8を担当する防衛部隊は直ちにSエリアへ移動せよ」

「いいのか、トキを援護しなくて?」



 上空から眼下の兵士たちの耳元へ直接声を飛ばすオウル。

 その背中で若干の不安を覚えながら、視線を自分の足よりも低い場所で得物を交える2人へ戻すフィング。

 同じ高さで見るのとは違ったものが交戦する2人の間に発生していることがハッキリと見え、フィングはそれに寒気と興奮を覚えた。



(仮にトキが生、オリヤが死を具現化したSRだというなら、この周囲への影響も頷ける)



 星黄を持つ手の首を柄で殴り、刃でソウエンを持った腕の斬り落しを狙う。

 実力は拮抗。

 だが、オリヤには躊躇がなく、トキには殺意が皆無という決定的な違いがハッキリと現れていた。

 2人の注意は周囲に漏れず、ただ互いだけを意識の真ん中に置いて剣を振るう。

 剣戟に伴う金属音と、生じる記憶の炸裂音が周囲に少しずつ間近な恐怖を募らせてゆく。



(どう考えても巻き込まれるのが当たり前の距離……それなのに、2人の衝突で放たれる記憶ちおう紫電と爆発は未だ誰にも触れていない)



 会長は叫ぶ前に言った。

 記憶は容器を求めると。

 電撃が最も近くに在る物ではなく、もっとも近くに居る者を目指すのも容器を求めているからだと。記憶はそれ自体に意思がなく、意思を得て初めて記憶として存在を始めることができる。

 何もない伽藍には0も1も書き込めない。

 理屈でわかっていてもフィングは府に落ちなかった。



(そんなモノが何故あの2人の衝突から生まれる?)



 不謹慎と心の底で僅か思いながらも、好奇心は顔に笑みを思い出させていた。

 つくづく理解不可能なSR2人を前にネクロフィリアの知的好奇心は最高潮に達していた。会長の存在も、その周囲、更には己が戦場にいるということさえ忘れるほどに。



(生と死がぶつかって記憶?

 トキが生を創り、オリヤが死を導くから?

 記憶が容器を求めるなら生をトキを優先するのでは?

 なぜに無差別に記憶は飛ぶ?

 オリヤがトキを死地に立たせているからか?

 それともトキが一度死んでいるから記憶はトキに向かって走らないのか?)


「フィング」



 一際大きな衝撃が走る。

 ぶつかり合った金棒と刀はそれぞれ別の奪取力に包まれていながら、接触した部分にヒビを走らせていた。十分に踏み込み、振りかぶり、振って、その果てに激突を迎えて生んだ結果である。

 より大きな衝突を見せた金棒と刀、トキとアキの力がぶつかって生む紫電となって現れる記憶もより大きく、またこれまでになかった複数の同時発生を起こした。



「フィング・ブリジスタス」



 足場が平面から斜面に変わり、その変化に体勢を崩す。

 晒した隙をタイムリーダーの加速で立て直し、ついでに周囲の状況把握にも努める。

 これまでは本部司令塔周辺の何もない平面続きを戦いながら移動してきた。なだらかな斜面が始まったのは、中央エリアから別のエリアに入った証拠であった。

 暗闇の中、戦火に灯された人工島の上には軍事演習エリアが広がっている。

 大破した戦車の残骸、土と金属片の入り混じった丘陵、実践訓練用に設けられた塹壕、トーチカ等、様々な状況を想定して造られたバトルフィールドに踏み込んだことを意識し、再び視線をアキに戻す。



「聞いているか、フィング。完全再生」


「あ……? あぁ」



 トキの背丈が低くなった理由を解する。

 斜面に移ったのだと。

 気付けば消滅の力で消えていたフェンスを潜り、暗闇を切り裂く上空の爆炎に淡くも照らされる先には、不安定な足場を容易に連想させる錆色の小丘が連なっていた。

 後退しながら戦うトキを止めるならここしかない。

 上下、高さを生かした攻撃を繰り返せばトキを討てるという自信と予感が湧いてくる。

 この薄暗く凸凹した状況なら、母と何度も体験した。

 体勢を崩したかのように見えたトキが一瞬映る。



「“一応”協会所属の君に警告する。

 隠れろ」


「逃げろってのか――何?」



 妙な気配に足が止まる。


 ただならない悪寒に動きが鈍る。


 互いの行動に異変を見てとった2人でさえ、一度距離を取って顔を見合わせ、それから同じ方向へと視線を移した。


 嵐の内外問わず、多くの人間がSRの有無を問わずにその気配に行動を停止していた。


 銀狼、鬼、妖狐、魔術師、四凶、人間。強き者も弱き者も全て等しく。


 誰もが協会本島司令部に目を向けていた。



(戦場が静まり返った!?)

(嵐が止む……何が来る?)

(スッゲェ、極上の匂いがするじゃん)

(クククッ! どうするキュウキ!

 最悪の極みと言っていい魔女の出撃だぞ!)



 戦場全体の異変に驚くトウコツ。

 静寂よりも協会を包み護っていた嵐の壁が消えることに次の攻撃への対策を考えるキュウキ。

 命令を無視して食に徹するトウテツの鼻は新たに現れたSRに対し、とてつもない美味を感じ取っていた。


 コントンは、2人の魔女が制限を完全解除して現れたことを認識しながらも、目線は戦闘を再開するトキとアキから離さないように下していた。



 “魔女が来る”




 

 

(夢……夢?)



 最初に思い出したものがそれだった。


 何もない。

 何も持っていない。

 錯覚かもしれない心地は、気のせいか心地が良かった。


 それこそ、夢でも見ているかのように。

 体か心を包む浮遊感と居心地の良い暖かさ。



「ボルト」



 感覚が頭から次第に覚醒へと誘われ、寝ぼけ眼ながらも聞き覚えのある優しい声に僅か、瞼を持ち上げて自らの中に色の定義を送り込む。

 視界に映るは白、黒黒黒、闇。

 重力を感じない何処か。

 真っ暗闇の中に独り、眠っていたらしい自分の上体を起こして伸びをひとつ。

 欠伸の零れる口を片手で隠し、もう片方の手は眠りを要求する眼を擦るために上がった。



「おはよう、ボルト」



 半開きの眼で見る自分の手は光に包まれ白い輪郭を保っている。本当に薄い、光の膜が。



「おはようお姉ちゃん」



 頭を掻きながら姿無き彼女へ挨拶を返す。

 暗闇の中で自由に漂う長い金色の髪の毛先を手元に引き寄せて弄びながら瞼を下ろし――もう一度押し寄せる睡魔と格闘しながら――立ち上がって目を開く。

 深呼吸して目を開くと睡魔は何処かへと消え去り、重かった瞼も既に軽い。


 しかし、この闇はボルトにとって堪えた。



「あれ?

 お姉ちゃんどこ?」



 暗闇の中を泳ぐように走りまわって姿なき姉を探す。

 例え血が繋がっていなくとも、人間とは違う肉親概念を持っているボルトは必死に彼女の姿を探した。



「お姉ちゃんどこぉ?

 ねぇ……」



 心の底から姉を欲して叫び、走り、眼尻に涙を浮かべながらも必死で探しまわる。

 無限に続く闇の中、夢幻を忘れたボルトは無我夢中で闇の中を突き進んだ。



「お姉ちゃん!」



 瞬間、ボルトを包む光の膜が厚みを増す。

 姉である彼女はその光景を見て確信していた。

 ボルトを災厄として完成させてしまったのは“私”だと。



「置いていかないって、約束したのに!」



 ボルトを災厄とさせただけに留まらず、彼女を悪い方向へ深化させてしまった原因も自分の身勝手な思い込みによるものだと確信し、心苦しさばかりが増す。

 魔女狩りの原因となってしまったボルトを世に送り出してしまったのは外でもない、自分。



「ごめんねボルト――」


「うぅ……!」



 一声。

 たったのそれだけで、厚みを増していたボルトの光膜は瞬時に霧散した。

 必死に走り回っていたボルトの首に手を回し、背後から優しく抱き止める。



「ご飯の支度に時間がかかっちゃったの。怖かった?」


「ぅ、ううん!

 怖くなんかなかったよ。お姉ちゃんがいるから怖くなかったよ!」



 抱きしめたボルトから零れ出る力に、姉は忌まわしい記憶を呼び起こすほど懐かしい匂いを覚えた。



「……ボルト、よく聞いて」


「うん? なにぃ?」



 涙を拭うボルトに、闇影の魔女:ヴィラ・ホート・ディマは優しく、耳元でゆっくりを告げた。



「あなたは今、Nの状態にある」


「?」


「今から……Aの状態にするから、ちょっと我慢してほしいの」


「えー?

 ……でも、お姉ちゃん。みんなが欲しいのはHの私じゃないの?」



 首を捻ってディマの顔を確認するボルト。



「えぇ。協会の誰もがボルト・H・パルダンを望んでいる。

 でも私はそれを認めるわけにはいかないの」


「どうして?」


「髪が乱れているわね。

 梳いてあげる」



 その場に膝を抱えて座り込むボルトを、背後から見つめてディマは説明を再開する。



「協会が望んでいるのはボルトの高火力・広範囲光撃魔法よ」


「そうなの?

 じゃあ、Hでもでき――」


「あの魔法も?」


「う〜ん……たぶん“コウトウムケイ”はムリかも」


「失敗すれば、今度こそ私でも助けられないわよ。いいの?」


「いや!」


「でしょ。だから、コウトウムケイの知識が皆無に等しいHの状態じゃ駄目なの」


「うん。そうだね」



 手櫛で梳くボルトの髪は見た目以上に軽い。

 変わらない手触り。

 人間の髪とは違う、暖かさを持ったボルトだけの黄金。



「だから、外見だけをHの状態にして中身をAまで持っていき覚醒させるわ」


「イギな〜し」


「そう。

 最後に聞くけど、いまボルトはどれだけの魔法が使える?

 あまり無理はさせたくないんだけど……」


「大丈夫だよお姉ちゃん!

 百火光乱でしょ、落下光跡、一輝刀閃なんて余裕で使えるよ」


「他は?」


「えっと、他には光塵晩浄とか、軟光敷烙とか、光黎一火!

 あ、それから慟光囲曲や光爆夢致も!」


(コウトウムケイは無理のようね……)



 長い時間をかけて揃えるボルト自慢の長く、金色に靡き輝く髪がひとりでに流れを統一して揃い始める。



「あ、そうだお姉ちゃん!前に言ったあれ覚えている?

 後で一緒にやってみようって言ったあの魔法!」


「あの魔法?

 それって――」



 立ち上がったボルトが踵で回って向き直る。



「ほら、一緒に寝る時に何回か言ったじゃん。

 いつか“サテライトフルムーン”って呼べる魔法をやってみようってさ。

 もしかして、忘れちゃった?」


「……ごめん。忘れていた。

 でも、今思い出したわ」


「じゃあ、やろうよ。ね?」



 満面の笑みを浮かべたボルトがディマの手を引く。



「ほどほどに、ね」



 不安だらけの妹に引くがまま引かれていき、ディマは暗闇の中をボルトと共に飛び出す。

 いつまでも甘えてくる懐かしい妹に戸惑いながら、闇影の魔女は光の魔女を連れて現実世界へと舞い戻った。




 

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