第51話-戦場の禍央-
ふと、キュウキは思いつきで小さな謎に気付いた。
(あぁ、なるほど)
それはこれまで滅多に気に留めることのなかったナゾナゾのようなもの。
深く考えることもなかった。
(確かに。
彼が人類最初のSRにして、人類最長寿のSRであるという話は聞いたことがある。
それで彼のSRが支配。
仮にその力が原因で多数のSRが生まれたとしたら、彼が全てのSRの親とも言える。
“オウル・バースヤード = All・Birth-Yard”
と名乗っているのか)
雑念に駆られた飛翔中のキュウキは、飛んできた死体と頭同士をぶつけた。
『ジャンヌ司令!
特殊工作員のフィング・ブリジスタスより連絡!』
『フィング・ブリジスタスですって?
ホートクリーニング店に所属しているとはいえ、今までなぜ連絡を怠っていたか……音信不通だった理由を最優先で聞いて』
後に、四凶の乱と呼ばれるこの戦争。
最も激しい戦域に集うイレギュラーに混じり、その男は協会の地を踏もうとしていた。
-協会 ロシア支部-
本部から下された命令が四凶軍の猛攻を防ぐ全SRに伝えられた。
“コード 7-58:Going Down”
その命令コードの内容を知らない下級SR達は上官の命令でその内容を知らされた。
ミッションレベル7のケース58――それは、全員が可能な限りSRを常時解放しておけというもの。
これが会長より下された命令である。普段から穏便な姿勢を貫く協会のものとは思わせない凶悪で、理不尽を覚えさせるような命令のために抵抗を覚える者はたくさん居た。いくら敵が四凶だからと言っても、そのほとんどが武装しただけの民間人。
『全員、解放せよ』
それでも、殆どのSRは四凶軍に解放状態で臨み始めた。
世界を二分する境界の混濁。
当然、それは協会本部でも起こっていた。
-協会本部 海上-
ただならない気配にコントンが動く。
人ごみに紛れ、海上から火の手上がる防衛海岸と協会本部を見比べる。予想通りの進軍具合と、予想外な協会の反撃気配に携帯電話を取り出してリダイヤルボタンをプッシュ。協会本部から漂ってくる気配で、向こうの本気が窺えた。ほぼ全員がSRを解放している。
「キュウキ、コントンだ」
『コン――今までどこに?』
「北極だ」
『北極?
どうやってここまで?』
「ちょっと前に知り合った奴がいてな。
そのテレポーターに頼んでここまで連れてきてもらった」
『……舟は?』
「なかった。だからこっちに来たんだが、やばい状況だな」
第一防衛海岸を上り、船の残骸を超えて双眼鏡を構える。
突撃した第三防衛海岸の光源が全てダウン。協会本部の明かりも、必要最低限の非常灯を残して港湾部から司令部へかけて順に消えてゆく。闇が第二防衛海岸まで伝播する。協会の光源設備だけでなく、四凶軍の用意した野戦装備も悉く光を失っていく。
「狙撃だ!」
どこからともなく飛来する弾丸に闇が広がり、恐怖が軍隊を麻痺させてゆく。
「キュウキ、これはマズくないか?」
『本気が来るわね、協会の。
ところで、舟が両極になかったら次にあると予想すべき場所と考えるのは、協会本部なの?』
「あぁ、ちょっとした証拠も得た。
おそらく協会本部――あそこの、どこかに隠しているはずだ。ノアが」
不機嫌を表情に零す。通信端末の向こうからキュウキの舌打ちが聞こえた。本部、協会本島から溢れる気配は人間以外の存在から放たれるものだ。
まさしく渾沌と呼ぶに相応しい渦に、興奮が疲労を吹き飛ばした身体を向ける。
そんな、ただならぬ存在感に多くの四凶軍SR達は気を取られ、僅か数秒でも戦場に静寂が降りたことに気付き、遅れた。
「何――?」
いくら渾沌に慣れていると言っても、戦場の最前線に訪れる静寂に不気味さを感じずには入られない。
コントンが走り出した直後、第二防衛海岸が紅蓮に包まれた。右から左へ炎の波が移り、海面に火炎色を映す。高熱と破壊力を持った突風が走り抜ける。爆発に飲まれた人影が宙を舞い、残骸と化した者物が海面に触れて水飛沫を上げる。
レーザー砲充電装置である溝に転覆したタンカーに達すると、今度は背後で爆発が起こった。
(フククククッ!ジャンヌめ、予め防衛海岸に爆薬を仕掛けていたか!)
振り返ると第二防衛海岸と同じ大火、破壊と殺戮の光景が広がっていた。苦労して制圧し、奪い取った攻撃拠点がたったの一手で覆されたことを自覚する。同時にそれが狼煙代わりであることも。
「協会のSRだ!
SRが来たぞぉ!」
協会本島を取り巻く3つの巨大リング:防衛海岸、その内の2つが赤に染まった直後、陸海空とおよそ人が交通手段を得たフィールドに敵の正規戦力が堂々たる出現を果たした。
彼らの出現によりキュウキも自軍のSRを中心に編成した部隊を前面に出した。後退を見せては突き崩される恐れがある。
そういう意味で四凶に選べる行動は限られていた。
近代兵器と神話と理想が混じり合い、消し合い、奪い合いを繰り広げる戦場は、阿修羅であろうと長生きは難しい。どんな強力な殺人兵器があっても等しくSRに通じることはないし、どんなSRを持っていようと、皆がそれを無限に展開させることが出来るわけでもない。長引けば長引くほど、多くの死者がでることに間違いはなく、その中で人はSRより命を落としやすく、SRは人より多くの他人に影響できる。
しかし、そんな渾沌の渦中において誰よりも長生きする者達がいるのもまた事実であった。
「おやおやおや?」
コントンの知る限り、頭上に現れた男もそういった類のSR――エースとでも言えばいいのか、とにかく人よりも生き残る力に長けている人物だった。
「こんなところに“渦”が巻いているじゃないか!」
「ヒラリー・マトンか……渦はあそこで、だろ?」
燕尾服に赤いマント、銀色のマスクという変態劇団長の目線と言葉に付き合い、協会SR部隊による蹂躙が始まった第三防衛海岸を指差す。
真に渾沌が渦巻いていると言えよう景色。
先制攻撃を仕掛けた四凶軍に言えることではないが、あれは明確な侵攻、そして虐殺である。
「いやいやいやいや。本物の渦はゆっくりと、穏やかに回るものだよ。
時に激しく回ることはあっても、回って回しているならそれが渦という役になってしまう。果たして君がそれに気付かないということは有り得るのか、或いは――」
「何が言いたい?」
第一防衛海岸に降っていた雪が第二防衛海岸まで降雪範囲を変える。
雪の降る夏の夜、太平洋上で完全魔術師と呼ばれる男が仕掛けた。
虚空から手に取ったナイフを、粗暴ながらも四凶の急所を狙って投げ放つ。一度に複数本。途中で分裂し、倍増した多数のナイフがコントンに迫った。が、この攻撃が挨拶程度の仕掛けでしかないことを双方理解していた。
デザートイーグルとMAC10サブマシンガンの銃弾が迫るナイフの大半を落とし、無限の刃弾激突を繰り広げる。
スローイングモーションからナイフを取り出す素振りを一切見せずに新たなナイフを手に取り、投げ飛ばす。対するコントンもリロード動作を見せずに二つの銃器を酷使する。
遠距離戦では勝負が進展しないことを悟った2人は急激に距離を詰める。落としきれない相互の得物がそれぞれ、コンマ数秒前に体のあった空間を駆け抜ける。
無傷のまま2人の距離は一気にゼロへと変わった。
互いの得物が空中に弾け飛び、雪に混じって金属の破片が降る。
「君のタネは空間操作か時間操作といったところかな?
でも、本質はもっと別のようだね」
海上から空中へと高度を変え、第二防衛海岸頭上を通過する2人。
飛来する銃弾も意に介さず、躱すなり無力化するなりして質疑応答を始める。
銀のマスクが光り、混沌を正面から見抜く。そこにはタネも仕掛けもない。
混沌に言葉による奇襲は通じない。何故なら混沌。既に己の中にソレは過去として渦巻いている。
「分かるのか、この嘘が」
睨み合いながらも2人は備えていた。
弾け飛んだ武器、それぞれが落下して戻ってくるのを。
「さぁ、どうだろうか」
得物が入れ替わっても、獲物が入れ替わることはない。
デザートイーグルの銃口から吐き出された9発のショットシェル。コントンはタイムリーダーで加速し、幅広く襲ってくるそれらを最低限の斬り落としで躱し、一気に間合いを詰める。
魔術師も詰める。銃を頼りに遠距離を保とうなど考えてはいなかった。今夜のメインパーソンが目の前の混沌であろうと“マジシャン”の自分が行うべきことは唯一、来客を楽しませ、歓待することだった。
「クククッ!
そういう貴様のタネは全くワケが分からんな、ヒラリー・マトン!あ」
「ヒント。
巷で“完全魔術師”なんて呼ばれているんだ。
君も聞いたことがあるだろう?」
ナイフを魔術師の心臓に突き――立てた感触はあった。
だが、残された結果は予想を裏切った。一瞬腕を伝った刺突の手応え。
しかし、ヒラリー・マトンという魔術師はその瞬間にコントンの背後に回っていた。
「コレをお返ししよう」
低速世界を展開。
振り返りざまの斬撃。逆手に握ったナイフの刃先がデザートイーグルを弾き飛ばす。
胴体部分に大きな隙が出来た。 一瞬の停止世界で、腕を外側に開いた魔術師の頭上に回り込む。踵落とし。二度目の違和感は手応えの消失とはまた違う感触だった。
(風船!?)
ヒラリー・マトンが一瞬で風船に代わり、破裂音を立てながら形を失う。
次の出現は眼前だった。
但し、殺意を纏うわけでもなく、僅かに覗く口元を笑みと浮かべ、言葉を述べるだけという不思議な行動である。
「種も仕掛けも、仕込みもありません。それでは、良き夜を」
微動だにしない2人の頭上を、負傷したヘリが通過してゆく。
(あのヘリは、協会の?
何故今頃?)
(おや?
シキヨトキの匂いがするぞ?)
潮風にマントをはためかせながら、空中をスライドバックで退いてゆく。
協会本部の、しかも会長室があったと記憶している場所に向かって墜落していくヘリを見て、コントンは無言で魔術師に別れを告げた。
「ハ、ハハハッ!来たわけだ!」
ヒラリー・マトン同様、ヘリの搭乗者を見破った四凶は走った。防衛海岸を通過し、協会本島の地を踏み、しかし其処で我に返る。
待て、いまはトキの相手をしている場合じゃない。
優先すべきは舟だ。全ての隠れ家を探りつくした。ならば、残されている場所は本部以外に有り得ない。
(もしかすれば、トキの方から出向いてくるかもしれない……)
笑みを零して着地、同時に周辺のSR5人を静止世界に入ることで暗殺し、コントンは誰の目に留まることなく協会本部へ侵入を果たす。
その直前、コントンは色世時を目指す別のSRを感じ取った。分かる者には取り巻く殺意に含まれる個人名さえ、目で見る以上に理解の速い執着心が名を結んで伝える。 それがキュウキから聞いたオリヤという少女であることを悟り、舟探しに邪魔者が入る可能性が減ったことにツキ回りの良さを自覚した。
-AM 02:33 協会-
突然安定を失ったヘリはまっすぐ協会本部司令塔に向かって墜ちた。
閃光の絶えない戦場のある意味中心部に突っ込もうとするヘリの中、トキはクロスセプターで白色半透明の半球を創り出し、ヘリの全搭乗者を半球内に収めた。機内で騒がしいほどに働く警報に戸惑いつつも、ヘリの操縦者らは色世トキのSRがどういうわけか発動している、と理解していた。
夜景に薄ら浮かぶ塔の輪郭が迫る。衝突までわずか数秒しか残されていなくても、トキにとってそれは十分な時間であった。
「シートベルトを外して!」
騒音に負けないように大声で呼びかける。
タイムリーダーの発動。
低速世界の中で動くローター、移り行く景色、否定のSRで低速世界に入り込んでくる崎島。
「何をする気?」
「脱出だ!」
白色半球が色素を失い始める。
質問したばかりの崎島はすぐにその意図に気付いた。ヘリのパイロットはSRとはいえ弱小なSRの持ち主で戦闘に向いた人物ではないし、ヘリの墜落に耐えられる人物でもない、免許を持っているというだけで協会内のこの職にありついた人間だ。 そんな人間が今、トキの白色半球内で、色世トキ同様に“動けている”のだ。
(時間の共有……見た所、トキと同じ体感速度になるようね)
否定のSRを解除し、トキの時間に触れて気付く。
低速化している世界では音の伝わり方も、物の動き方も違って見える。それなのに、自分というモノは低速世界に縛られない。
激突するであろう壁の接近が僅かに遅れている。すぐに来るべきだったものが来ないという事態に僅かな戸惑いを覚えつつも、いますべき事を理解したし、良き手段だと思った。考察している最中にパイロットらが後部へやってきた。
「装備はいるか!?」
慌てながらメットを投げ捨てた軍服がトキらに問う。申し訳程度といいながらも榴弾発射機付突撃銃と拳銃を取り出して渡す。
金属のひしゃげる鈍い音が機体全体に伝う。回転羽はすでに衝突を始め、ついで操縦席がつぶれ始める。低速だった世界が徐々に時間を取り戻し始めたことに気付き、トキは最終確認ということで次の行動を説明する。
ヘリはいま、丁度中間のガラスが張ってある階に突入しようとしている。これは、壁に阻まれて下に落ちるよりも非常に生き延びやすい状況であると。
「やるべきことは簡単だよ。
ヘリが半分でも建物の中に入ったのなら、そのまま部屋に飛び移るんだ」
それはいとも簡単に、言った通りに実現した。
壁面を破壊して協会本部の中央塔に突っ込んだヘリから、妙に広い部屋へと飛び移り、急いで部屋の外へと避難する。不時着の轟音が戦場の演奏を瞬間的に掻き消し、直後の爆風は外より伝う振動よりも強く内装を震わせた。
衝撃が収まってすぐ、崎島は安全確認と部屋の位置を確認するため周辺に目を配り、そこで初めて感情を表情に表した。目線を追うと、そこにはネームプレート『Room 0』という文字。
「か、会長室……!」
暗闇の廊下を照らす火炎と短絡電光の中、崎島の発言と共にパイロットの2人が倒れこんだ。何の前触れもない2人の傾倒に、トキと崎島は周囲への警戒を最大限にまで高めた。まだ四凶軍が協会本部に侵入したという報告はない。だが、まだ謀反という可能性が残っている限り、決して四凶軍の仕業でないと確信することはできない。
「やっと来たか」
暗闇に溶ける“何か”が崎島の警戒を解かせ、トキに多大な危機感を与えた。何もなかった空間に突如として存在を現した人物の、その声から協会長:オウル・バースヤード本人のものであることは分かっていた。
分かったからこそ、トキは彼に対して違和感を覚えたのだ。前に会長と話した時は、もっと無垢で清々しい人間と言う印象があった。しかし、暗闇の中で輪郭を得始めた会長からはどうしてか、渾沌とした雰囲気が真っ先に感じられた。どうしてなのか見当がつかない。人として最低限の輪郭を得た会長のつま先から毛先まで改めて見回しても、明確な変化はないはずなのに雰囲気的な違和感を拭えない。
「さて、パーティーの主役2人がやっと揃ったわけだ」
「……会長?」
暗がりから一歩踏み出した会長に、崎島も違和感を覚えて気を引き締める。ここにきてドッペルゲンガーというSRを思い出し、今目の前にいる会長がそれではないかと疑った。
ゆっくりと、時計の秒針よりも緩やかな歩幅を刻む会長の眼はまっすぐにトキだけを捉え、口は理解を求めない言葉を物静かに語り紡いでいる。
「俺の予想が当たっていれば織夜秋のSRは全てに対するサインであり、同時に大きなきっかけとなるだろう。
織夜秋を確立させるために必要な者は彼女に求められた人間でなくてはいけない。且つ終焉に対するある程度の知識と経験値を有し、それに抗ったり覆すことのできる力の持ち主であること」
距離4メートルの位置で足を止める。
彼がSRを使っていることに気付いたのは、ヘリの不時着場所である室内からの煙がはたと止んだ時である。火炎の熱も遮断されて冷たい空気が張り詰め、短絡による電光も途絶え、しかし、会長の立っている通路の壁に埋め込まれた非常灯だけが通常作動していた。
「色世時を連れて来てくれてありがとう。崎島、君は帰ってもいいぞ」
「え?」
「さて、トキ。
君に会ってもらいたい人間がいる」
暗闇の中、上下を黒のスーツで飾った会長の顔から一切の表情が消える。切れ長の目は金属のように無機質で、いままで気に留めることもなかったウェーブが若干掛っている少し長めの髪は非常等の光を受けて4色に輝いていた。
何が起こっているのか分らないが、確実に会長は以前に言葉を交わした人物とは同一でないと分かった。
「待ってください会長、パイロットの2人が――」
「あぁ、じゃあ一緒に寝ていてくれ」
時間を止める。
トキがSRを発動することを予測していた会長はトキの感覚を盗み、制止世界の中に侵入して行動を始めた。一気に距離を詰めて当て身を狙う会長の前に立ち、肩と腕を正面から押える。
「待ってくれ!
どうして崎島さんを攻撃するんだ!?」
「これから起こること、その結果選ばれる未来、知った人々がどういった行動に出るか予想に苦はない」
冷たい瞳を正面から見返し、まず最初にその色が絶望によって塗られていることに気付いた。会長が何に絶望を覚えているのか、逡巡した隙を突かれ、掴まえた会長をあっさりと後退させてしまう。幸いにも会長は次を仕掛けることはなかったが、不幸なことに崎島は否定のSRを用いて会長の言葉を聞いてしまった。
「世界中にSRが発生した」
崎島の疑いはますます強まり、目の前の会長を偽物と確信し始めた。 横に並ぶトキは会長の瞳に新たな色を見出していた。業火というレベルを超越した怒り。まるで、それが足元からなる全てを作り上げているような錯覚を伝えるほど濃密な憤怒。
「四凶も増え、戦争を始め……」
拳銃と金棒を構える。
「ついには“色世時/織夜秋”という名前で始終が形を持った」
大きな振動が協会本部司令塔を揺らす。
気付けば解除している制止世界に驚き、トキは慌てて照準を会長に合わせた。照門と照星が重なる向こうで、会長は更なる変化を見せていた。
絶望から憤怒。
怒りから悲しみ。
「でも、まだ織夜がそうと決まったわけではない……だから、これは賭けになってしまう」
劇的な変化を繰り返す会長の様子に、崎島の疑問は爆発的に増えた。 彼は本当に会長なのか、そもそも偽物ならなぜこんな戯言を繰り返すのか、トキに何を伝えようとしているのか。
何一つ理解できない状況だからこそ警戒態勢を簡単には解かない。これが罠でないと言い切れない限り。 それなのに、
「織夜秋がここにいる?」
トキは警戒を解いていた。
「そう。
君の対は確かに居る」
虚ろ目ながらも会長はトキを観察している。
どう考えても目の前にいる会長はいつもと様子が違う。本人であることを証明する力を使ってこそいるが、様態の異常さは今までに例を見ないし、聞いたこともない。渾沌とした戦場の中心に在りて、会長の中にも渾沌が生じたのかと懸念する。それと同時に会長は、
「会ってみないか?」
トキが知っているあの時の――遠足先で知った会長に戻っていた。
Second Real/Virtual
-第51話-
-戦場の禍央-
協会本部。
この巨大な人工島を上空から見れば菱形をしていることがわかる。
北西のエリアに軍事施設。
南東のエリアに生活(娯楽を含む)施設。
その中央に聳え立つ司令塔。
対角線で分かたれた境界線。
この巨大な人工島を囲むのは3重の防衛海岸。
北西エリアの防御力は一国の軍隊を簡単に跳ね返すだけの仕掛けがあり、南東エリアは軍事施設以上に凶悪な防御機構が待ち構えている。司令塔にもレーザー照射砲が隠されており、防衛海岸も艦隊や航空戦力から潜水母艦に至るまで、あらゆる敵に対応できるように作られ、配置されていた。
だが、それはあくまでも限定された数に対応できるという家庭の話で、つまり非現実的な数に対する対応の可否は含まれていない。どんなに出方を先見できようと、数億という大軍を相手取るシミュレーションは行われない。
-協会 司令部-
その原因が圧倒的数であることは理解していた。むしろ、それを踏まえて始めたシミュレーションと比較してみた現実の被害は実の所小さい。まだ許容範囲内である。
「ナイトメアの皆さん、よろしくお願いします」
協会長秘書でありながら、司令官でもあるジャンヌの合図に彼らは動き出す。
「ケイノス、頼む」
『了解です』
現ナイトメア非武装派のリーダーが指示を飛ばす。
まず最初に応えたのは空間を操る魔法使い、次いで風使いと四季使いだった。
「リデア、台風をインターセプト。
シーズンは雪を続けてくれ。
各員の圧縮が終わり次第、ケイノスはリデアの台風を出来る限り凝縮。それを防壁として1時間保て」
『了解!』
受けた命令を、3人は直ちに実行して見せる。
不安定な大気をリデアの風が一つの流れにまとめ、突風を生み出す。
ナイトメアの“たった3人”により、四凶軍は前線部隊と後続部隊を分断されてしまった。
リデアの台風が完成するまでに要した時間は2分。300km級を空間圧縮で10kmという超小型台風に変え、同時に破格の破壊力を有した風の壁が成立したのである。
-西部 前線-
特に後続と最前線の挟間に位置する部隊は、全滅に等しい結果を迎えようとしていた。協会本部からの攻撃に加えてイレギュラーの出現、悪化し続ける天候は雪から雪嵐へ。転覆する船舶が進退を窮める害因となり、突如として途絶えた通信に指揮系統は麻痺して怖気逃げ出す者達を作り始めた。簡単なコントロールを植え付けられた一般人だけでなく、自我を以て協会に挑んでいるSR達もである。
何故なら、協会の“本命”部隊は未だに確認されていないのだから。通常戦力だけで数千万もの被害が出ている。いくら味方の数が圧倒的に多かろうと、消費される命の殆どが無意味に等しい死を辿るなら自ずと士気は下がるし、逃亡者が出てくることも至極当たり前の反応であった。
「こちら西部艦隊!
敵SRのものと思われる台風により被害拡大!」
「弾幕も一向に弱まる気配がねぇ!」
「最前線の奴らから応援要請!」
「泣き言は後にして突っ込め!」
「怯むでない!
南西からの侵攻が比較的容易ぞ!」
「……何だ? あの、たくさんの小さな光は?」
暴風が壁となる。
前後で分断されて混乱する艦隊。
眼前の嵐はすでに風ではなく鉄壁と変貌を遂げ、触れるもの全てを呑み込み、切り刻み、すり潰し、あらゆるものを跳ね返す巨大な兵器となっていた。
異変はその中。外からも内からも見ることは出来る、とても小さな光の群れ。
レンズ越しに観察したそれは光の蝶々。
それを目撃した四凶軍の誰もが疑問を抱いた。
なぜ暴嵐の中を羽ばたけるのか、あの蝶は一体何なのか。
疑問と旋風が渦巻く戦場で、嵐の内側に閉じ込められたキュウキは報告でその蝶のことを聞かされて驚愕した。
「もうか!
全軍構えろ! 協会の英雄部隊だ!!」
衝撃波が嵐――すでに巨大竜巻と化している旋風の障壁を揺るがせた。
『こちら北部艦隊。
敵は鏡装、ペルセ……――っ!? 撃ち返せ!』
『南艦隊。部隊がシンドバッドとその直属部隊により甚大なダメージを受けています。
指示を……求む』
「北部艦隊!ペルセウスに銃器を向けるな!体術で挑め!
南部艦隊はまず船長を孤立させることだけを考えて行動!捕獲や殺害は二の次!」
『東部艦隊ですが、英雄とイレギュラーが戦闘を開始。これより潜航して協会本島への侵入を試みます』
『キュウキ司令!西部だけど、桃太郎の奴が来やがった!
悪いけど援護出来そうにねぇ!』
「東部艦隊、侵入が成功したらそのまま市街地を抜けて協会本部まで侵攻。分断されることに注意し、後続部隊のためにも侵攻ルートを確保・死守せよ。
西部艦隊は桃太郎を引き付けつつ、後続部隊が建造中の島の作業を急がせろ。そこで無理は禁物よ。分かった?」
協会の第一防衛海岸に風の壁。
八方から囲む四凶軍。
四方に現れたイレギュラーと英雄。
現状を把握してキュウキは翼を広げた。
この暴風が協会のものでないことは通信で分かった。協会最高の風使いであるシンドバッドは嵐の外で戦闘中。それならば考えられる人物は1人――直前に協会と協定を結んだナイトメア非武装派の自称:特級風司、リデア・カルバレーをおいて他にこれだけの嵐を生み出せる魔法使いはいない。
(こちらの本命部隊はまだ後方……ちょうど良い位か。
しかし、分断されてしまった以上、これから数時間は指揮系統に難が生じることは確実。この台風の継続時間如何に拠るか)
第2防衛海岸を通過して協会本島の港を目指す。
本部頭上の結界魔術部隊が急激に結界を縮めた理由は嵐の他にもあると睨み、速攻でそれを攻略するために飛翔した。
リデア・カルバレーが居るとしたらより風を身近に感じ、且つ操作しやすい場所と限定される。何せ、これだけ巨大な嵐を手繰り、協会本島を護るという大技を繰り出している以上無駄な消費を抑える。そのためにより力を長時間駆使できる場所に陣取っているはず。
(レーダー塔の頂きか!)
大風の障壁が海上に現れてから3分、キュウキは特級風司の居所をすぐに看破した。
-西部 嵐外-
嵐の中で輝く光の蝶々を目にしたサーカスの団長は、目を輝かせながら四凶軍の無力化を続けていた。
今まで思いつきもしなかった光る蝶。しかも、一羽一羽に人と同じ重さの命を感じる。
嵐に揺らぐこともない蝶のなんとも幻を想わせることか。
つい部下から目を離してしまい――我にかえって部下を思えば、不思議なことが起こっていた。
「見つけたぜぇ! アサァ!」
四凶軍を蹴散らす鬼に、同じく四凶軍を蹂躙する協会の個人が挑もうと突撃してきた。
空母のデッキで戦闘機が爆ぜる。
タンカーから空母へ飛び移るアサ。甲板上の四凶軍を金棒の一振りで無力化し、無駄なく人体を叩いて人肉ショットガンを見舞う。十度もそれを繰り返せば甲板上には広いスペースが出来上がってしまう。
武装した四凶軍の大半は人間。銃器を用いても倒せない哭き鬼を前にし、残された人々は逃げ出した。我先にと艦内に逃げ込み、海に飛び込み、甲板は人骸と無数の塵屑、血溜まり、鬼のSRを残して無人と化した。
そんな場所にトウコツは着地したのである。
「おぅ、テメェよく見りゃトキにそっくりだな!」
「何の用でしょうか?
今は協会に弓を引く気はないのですが?」
金棒を二振り構えた鬼に向かうのは四凶――そいつの戦闘力がどれほどのものか思い出して胸が躍る。どちらかが死ぬ。それを理解しているトウコツからこそ余計に興奮が冷めず、頭だけが戦う為冷静になっていく。
背中に四本の大きな剣、両太腿には軍用拳銃。右手には双刃剣、左手にマチェットバヨネット付リボルバー:コルトパイソン。両のリストバンドに一個ずつ手榴弾を備えて佇む四凶のトウコツ――彼がどんな四凶で、なぜそんな男が自分の前に現れたのかは考えるまでもない。
「俺も協会に協力しているテメェらを皆殺しにするつもりはねぇよ!
それでもな、わかんねぇか?
どうしてもテメェと闘りてぇんだよ!」
「次回にしてもらえませんか?」
面と、死体の海に立って向かい合うアサの金棒、左手の理壊装円破解(リカイ ソウエン ハカイ)の切っ先が空母の管制を向き、直後に謎の爆発で管制から大炎が噴き上がる。
「僕はいま、四凶の大軍を抑えることに忙しい」
静かに話すアサの死角から奇声があがる。
果敢にも生身でSRに挑もうと、声をあげて仕掛ける四凶軍の人間たち。
アサは飛ぶ。破壊して炎上する管制塔の上に足場を移し、次なる船へと移動する。
当然、逃げるように移動を始めたアサを追うトウコツ。と、その前――本命とぶつかる前の準備運動として湧き出てきた一般人を片付ける。
こんな奴らに弾丸がもったいないと、全てを刃物と体術で命を奪ってゆく。近接戦で挑む人間の攻撃を躱して斬撃を与える。流れるように、風に乗った落ち葉のように、誰にも触れることなく全ての攻撃を避け、隙間を掻い潜って移動しながら、剣を振りながら、殺しながら、アサを追う。
――戦争も何も関係ない
良くも悪くもそれがトウコツ。
戦い続けることに意味を見出した者達が辿り着く四凶属性。
「……それだけに、戦い方に関しては詳しいと思っていたが」
漁船の上に着地したアサは振り返り、血飛沫を散らしながら追ってきたトウコツを視界に入れて疑問を抱いた。
誘い出されていることに気付いているのか、いないのか。利用されようとしていることに気付いているのか、いないのか。
正直分からなかった。トウコツという種類の人間には相手の作戦を知識や直観によって看破する者が比較的多い。
「だから若輩と呼ばれていたのか」
「逃げんなオラァ!」
鬼は覚悟を決めて足を止め、金棒を握りなおし、上空から仕掛けてくる四凶の挑戦に応じる。理由はいくらでも後付けできるが、落した命を二度も救ってもらえる保証はない。
ただでさえ、不自由な魂になってしまったのだ。これ以上死にたくはないし――もし、機会があるのなら、姉妹たちにもう一度遭いたい。
「華創実誕幻:天段」
銃弾をはじき落としながら、トロール漁船の舳先でオリジナルの陰陽式を唱える。
より簡単化された、調和を目指す鬼――ひいては妖怪なら誰にでも使えるようにと生み出された簡易陰陽術。それが華創実誕幻。
「大紋慈双」
激突。
金棒と双刃の剣が火花を散らした瞬間に、その術の効果で新たに2人のアサがトウコツの両サイドに生まれた。
(マジか!?)
左右のアサはそれぞれ頭部と脚部を狙って金棒を振る。
リボルバーと双刃剣を捨て、咄嗟に右金棒の上段攻撃を素手で受け流し、左側の下段攻撃を最低限のジャンプで躱す。が、その行動は決定打の回避でこそあって、アサ本体の攻撃を躱せないほどの隙を作る行為でもあった。
胸に入った攻撃は蹴り足。金棒による攻撃でなかったことは幸いだが、火力は鬼のソレ。吹き飛ばされて艦橋外周の鉄柵に激突し、変形させたら今度は金属の壁を破って艦橋内の設備を変形させる。それだけの衝突を経て、吹き飛ばされたトウコツはやっとのこと止まった。
起き上がって大剣2本を手に取ると同時に、3人のアサがトウコツを囲んだ。
「少しだけ相手をしよう」
「へぇ! 嬉しいじゃねぇの!」
四凶と協会の戦争そっちのけで互いの得物をぶつけ合う。
そんな男2人の舞闘を眺め、マトンは声を出して笑った。
-東部 嵐外-
黄金の結晶で埋め尽くされた第一防衛海岸東部。その海岸から四凶の艦隊、最前線まで伸びる黄金結晶の道。
その上を光の魔法使い――ボルト・パルダンの教え子であった男は悠々と歩いていた。
(協会の本格的なSR部隊攻撃はまだまだこれからだな。
四凶軍はどこまで攻めることができるか、見物させてもらおう)
輝く石の上に腰を据え、飛来するクロスボウの矢を光で包んで溶かす。
狙撃手など眼中にない。
例え相手が英雄だろうが、それでも自分の実力を知っている魔法使い――コルスレイは遠慮などしないし、大きな目標を達成していない今、死ぬつもりなどなかった。
(ん?
この気配は、先生か?)
多くのSRが戦う戦場の中に、微かな光を感じ取った。
懐かしい光。
見知った光。
恐ろしく、純粋な光。
(いや待て、何でこんな状態なんだ?
協会は自滅するつもりなのか?
こんな混濁した場所で先生を起こしでもしたら――)
嵐に伴う強風で転覆する戦艦が高波を立てる。
多数の人間が一瞬の内に死に、或いは一瞬の内に多数の人間が死ぬ。
いったい開戦から今までにどれだけの人間が死んだのか、最早カウントできる域を超越している。
それなのに、協会はボルトを起こそうとしている。
レーザー照射砲の光もつい数分前から完全に途絶えたことを思い出し、それらのエネルギーを先生に集めているだろうという予測していた。
戦場の渾沌が気に入らないコルスレイではあったが、自分の目標を達成するためには理想的と言える収集環境がここには出来上がっている。問題は、先生が目覚める前にこの戦場を立ち去るか、それとも説得して収集を続ける許可を貰えるかだ。
(数十万の“欲”を集められたから良しとするか?
しかし、内容が薄いからすぐに無くなるだろう……さて、どうしたものか)
頬杖をついて、組んだ足の首先を遊ばせる。
英雄とその部下たちが海上の四凶軍を射抜く。四凶軍は黄金から距離を置いて海中からのアプローチを続ける。
そんな戦況を暇つぶしに眺めながらコルスレイは強大なSRの出現を願った。
出来れば、協会本部にかすかに感じた黒い誰かと、つい先ほど出現した色世トキとの遭遇を、切に願って溜息をこぼした。
(無理だろうな)
-北部 嵐外-
銃声どころか砲撃音すら掻き消される嵐の中、四凶軍艦隊は他方面部隊よりも甚大な被害に遭っていた。
「銀狼が来たぞ!」
「そっちは駄目だ!ペルセウスがいるぞ!」
艦隊列に火の手が上がる。
嵐を破ろうと放たれた艦砲射撃が、弾道を逆走して戦艦を襲った。
「銃を使うな!返されるぞ!」
「剣で挑むな!とても太刀打ちできるレベルじゃねえ!」
『じゃあ、どうやって戦えってんだよ!?』
四凶軍を防ぐ北部防衛戦力は、SR5人。
芹真事務所社長、銀狼:芹真
協会所属の鏡装英雄:ペルセウス
黒羽商会の古参の霊装銃士:ギムレット
協会のアヌビス執行部隊のエース:アヌビスチェーンソー
SHMサーカス副団長、万獣王:ゲイリー・ポルシカ
対する四凶軍は300万。
だが、戦況は一向に四凶軍の有利に変わる兆候を見せない。
「相手はたったの5人だぞ!
臆せず進めっ!」
300万の大軍が5人によって止められていた。
芹真の銀爪が夜と肉を切裂き、対物拳銃が船舶を穴だらけにして沈め、人狼特有の瞬発力を活かして目にも止まらぬ速度で人間を消し飛ばしてゆく。殴り、蹴り、投げ飛ばし、斬り、撃ち、嵐の轟音の中で咆哮を上げて恐怖を呼び起こす。
眼前に在るは人に非ず、肉を喰い、血を啜る人狼なり。
同じように、サーカスのゲイリー・ポルシカの戦いぶりも芹真のものと大差はなかった。但し、破壊力と速度という点では芹真よりも一段と速く、そして肉体が繰り出す火力は幾分も強かった。
一撃の拳で十数人が吹き飛び、投げつける人間がボーリングのピンの如く人を弾いて空中に投げ出される。右を抑え、左を潰し、頭上を飛び越えようと試みた者の喉を食いちぎる。ハイエナのようにしぶとく、豹のように素早く、ゴリラやゾウのように力強く、広い視野の中に移る全ての四凶を嗅ぎ分けて噛みつく。
「速ぇ!」
「人間じゃねぇ!」
押し寄せた者から順に死んでゆく。
だが、この海岸には隠逃静観していても死んでいく場所があった。
「後退させないよ。
ブレン・ゴースト」
霊装銃士:ギムレットのディフェンスゾーン。
芹真とポルシカの中間より少し下がった場所。まさにそこであった。弾道亡き銃撃が攻め手達の体に弾痕を刻んで絶命に追いやる。体感速度に自信のあるSR達でさえ、この銃撃を避けることには失敗していた。
何故ならそのエリアの銃撃には弾道亡し。ギムレットが武器として扱っている銃器が浮遊しているのも銃器自体が幽霊であるからこそであり、もちろん弾丸に至るまでが霊体であるのだ。
しかし、弾痕だけは実弾のそれと同じという異常。加えて1人の射手に100近い銃口という悲劇――
「MG42・ゴースト」
それは黒羽商会古参のSR、ギムレットという男の通り名につながっている。
右手を敵の群に向けて翳すと、数十もの銃口が一斉に光を放った。
厄介なことに、弾丸はリロードを必要とするも、その数量は無尽蔵に等しい。過去に世界中で使われてきた分だけ弾丸を撃ちまくることができるのだ。
加えてギムレット自身がSRを解放した現状で幽体化しているため、物理攻撃に対しては無敵状態という、まるでチート・裏ワザ。
霊装銃士の攻撃が行動を制限し、制限された道をさらに獣人たちが塞ぐ。人狼とアヌビスとキメラ。
そんな面子の支援をこなしているもう1人が、鏡装英雄:ペルセウスであった。
飛来した弾丸を、同じ弾道を通わせて射手に返す。
銃器を封じるという他のSRにない特殊な力で相手の銃撃跳ね返していたのだ。弾道を逆走する銃弾は、密集して仕掛けてくる四凶軍の誰かに必ずと言っていいほど当たった。
牽制の銃撃も味方に返ってくる状況を理解できないほど四凶軍も馬鹿ではない。すぐさま銃撃を返す元であるペルセウスに白兵戦を仕掛けた。だが、元々ペルセウスは武術家である。鈍器や刀剣を持ったところでペルセウスに傷を与えることは困難だった。慣れていない近接武装戦、窮屈な密集戦法などが折り重なり、大半の人間が攻撃を防ぐ間もなく切り殺された。血肉がこびり付かないほど低摩擦な剣と、銃弾のみならず斬撃まで跳ね返す銀色の鏡の如き輝きを放つ盾。
「駄目だ!
後退しろ!体勢を立て直すぞ!」
戦艦が轟沈し、揚陸ボート群も藻屑と化し、嵐に混じって血の雨が降り注ぐ戦場。
恐怖が極限に達した集団が、個々を我先にと後退させる。が、
『逃がさん』
銀狼と万獣王が追撃を開始する。
それに加えてアヌビスと銃士も、
「カラビナー・ゴースト」
「俺にも何か貸してくれ」
「ミニガンで我慢しておくれ、アヌビスや」
血飛沫が海面の赤を深く塗りたくったのは言うまでもなく、5人の戦闘時間が僅か10分だけだったにも関わらず四凶軍の損害は1万に軽く達していた。
-嵐内 協会本部 会長室-
完全支配というSRの存在を、実は信じている人間は少なかった。それは単に会長がSRを使い続けているということに気付けないということ、その影響が今日を地球規模で駆け巡っていることなど誰にも理解できない所が大きかった。
物心付いた時から協会のSRとして戦っていた崎島恵理もその1人。会長という人物がどんなことをやっているのか、時折耳にしたことはあってもそれらの中で信憑性を欠いたものなどなく、素直に信じることが出来なかったし、出来ることなら夢であって欲しいと願いもした。
「さぁ、片付けは終わったよ。
座ってくれトキ」
つい数分前、この場所にはヘリが墜落した。
「崎島、君は倒れた2人を医務室まで運んでおいてくれ。頼む」
「……了解」
会長に勧められたソファの座り心地は最高と賞賛できるだけの造りをしていた。それなのに、部屋に2人残った瞬間から居心地の悪さがどうしてか消えない。
会長はワークデスクに、トキはソファに、それぞれ座して沈黙して時の経過を見守った。
何故2人きりなのか。
沈黙している理由は何か。
「俺は別に何も待っていない」
何度目か分からない変化を見せた会長の顔が冷たい。嘲笑する笑みの方が幾分も熱を感じさせるし、作り物のそれよりも寒気を覚えさせる表情は不気味さと不思議も併せて呼び起した。
「紅茶でも飲まないか?」
返答を待たずに動き出した会長が指差した先にはティーカップ、更にグラスポットと受け皿、角砂糖とミルクの控えた小さな瓶が2つ、確かに何もなかった空間に有無を歪めてしまうほどハッキリと輪郭と現実を纏って並んでいた。
「会長、俺は――」
「例えゲームでも、操作を中断するシーンというものは必ず挿入されるだろう?
何故なら連続してのプレイは遊び手の消耗を早めるだけで、急いだところで望める結果を得られるという保障はないんだからな」
突如現れたテーブルにティーセット。
それらがオウル・バースヤードのSR:完全支配と如何に関連するのか考えてみたが、複雑に現象を捉えられるほど落ち着き払っているトキではない。冷静の欠如だけでなく、今の一言で集中力にも亀裂が入っていた。
「でも、最近のゲームじゃシナリオスキップやリザルトスキップなんて当たり前で、結構コアな人たち向けの糞ゲーとも呼ばれるような物もありますよ?」
「知らん。
俺が何と言ったのか興味ないが、まずは落ち着け。紅茶を飲め。そして」
次にトキが気付いたことは、会長が向い側で新たに出現したソファに腰を落ち着けていたこと。
やはり移動に気が付けなかった。デスクワークから数メートルもの距離を一瞬で、しかも物音立てずに素振りさえ感付かせない。
「織夜について話そう。互いの知る限りな」
「……織夜を、知っているんですか?」
「トキはどれだけ知っている?
僕は微々たるもので、彼女に関するデータの殆どが憶測だ」
手にしたカップの湯気で、自分の手が何を持っているのか知る。
完全支配というSRを前にし、意表を突く事が次々と起こってやまない。
それまで無かった家具、ティーセットやそれをいつの間にか供にしている会長、付き合う自分。
「織夜秋が欲しがっているモノは俺の名前」
「あぁ、それは知っている。
ついでにその執着も」
ダージリンを一気に飲み干した会長から協会の損害が伝う。
監視衛星まで落とす織夜のトキに関する固執は明らかに常軌を逸していた。
「いいかトキ。
ここからが私の推測であり、確信への一手を欠いた説だ」
「一手……」
「大きな欠片が足りない。
彼女のSRは四凶でいうトウテツだ。それも、現在最高峰と言われる破壊力を持つトウテツに並ぶほど凶悪なものだ。
――正直、アレは僕にも制御しきれる存在ではない。少しは分かってもらえると思うが、現状でトキやボルト、コントン達のように全人類を支配しきれているわけじゃない。それなのに、ナイトメアのように完全なる支配を僕個人に求める人間がいる。
――だから望んだのかも知れねぇ。終わりって奴を。その果てに現れたのが織夜なんじゃないかって睨んでいる」
「すいません、もう少し分かりやすく」
「馬鹿が……つまり、この世界の大半を支配してんのが俺なの。
――自ら望んで世界を再構築したというのに、今度は自身の消滅を望んでしまったんだ。それも過去に前例が無いくらいに渇望してしまった。
それがいけなかった。
支配という私の力はある程度の創造力を持っている。その為にこうしてテーブルや紅茶を体験できるんだが、厄介なことに私の支配は世界の未来さえ左右してしまう。その為に人を創り出してしまうこともあるのだ」
「創ることも支配、なんですか?」
カップに注がれる液体の音が戦場の轟音を上回る不思議。
落着きを取り戻して改めるこの環境は細かい所にまで異常を垣間見せていた。
さっきよりも小さく伝わる振動、爆音、阿鼻叫喚。いつの間にか回復している照明。
「本来の流中において、概念レベルから存在しなかったものがこの世界にはある。
それがSRだ。
十人十色どころじゃない種類の現実が実現してしまうのもそれが原因だ。
君の時間操作、私の支配、メイトスの否定、ボルトの魔法、鬼やアヌビスのような伝承の存在。どれもが存在を許されたモノではない」
「会長、それはつまり、SRの起源がアンタだってことですか?」
頷きながら時計を確認するオウル。
挙動の一つ一つに不審を抱くトキ。
刻々と変色を続ける戦場。
まだ静かなその中央部。
しかし、不穏の最中。
そんな場所での告白。
SR全誕の庭を知らせた。
年齢を問わず誰も信じないという自信があった故の回答。
非現実という言葉以外が不相応な現実の仕組みの解説。
「――あぁ、俺が人類最古のSRで、他のSRという概念への根源となってしまった禍央だ」
「あんたがSRを?」
「トキ、今の問題はそこじゃない。
俺のせいでお前と織夜を成立させてしまったということだ。まぁ、まだ欠片が揃ったわけではないけど」
「そうだな、その辺を詳しく聞きたい。
揃ったというのはどういう意味なんだ?
俺と織夜に何かあるのか? 何を知っているんだ?」
身を乗り出す会長から距離を取る。
次に会長の口から出てきた言葉は謝罪だった。
織夜のような人物の出現を許してしまったのは自分の怠慢であると。
「いまこの世界は半ば程の暴走状態にある」
「暴走?」
「――四凶が主な原因では、決してない。
恥ずかしながら某の中に於いて、大きな二分した感情が衝突している故、完全な支配が出来なくなっておるのだ」
「支配が出来ない? 大きな感情って?」
「うむ。それはお主と織夜、2人の今のようなもの。
トキは織夜を正そうと願い、織夜はトキを誅したいと願う。無論、逢うたならばその場でだ。
某の場合はこれが一個体内で発生している。他人同士が抱くべき異なった観念と思想を己の内に閉じ込めているのだ。
違う意見が指の数ほどか、或いはそれ以上。彼の者達はそれぞれ思と志を持ち、日頃から議を重ねて論じ合っている」
鈍感なトキも、さすがにここまで来れば理解を始めた。
会長が1人じゃないこと。
複数の魂を持っていることを。
「じゃあ、意見が合致しないからって、完全に支配出来なくなったっての?」
「その通り。
――話が逸れたね。
トキとアキ。それぞれ2人は、違う考えを持つ僕たちの望み、そのどちらかを叶える力を持ったSRになってしまったんだ。ここで君は疑問を抱くだろうから説明しよう。
――我々の推測だ。トキの力をこの目で見て、言葉で以てアキに触れ、君たちを比較して気付いたことがいくつかあった。
――色世時のSRは未だ謎が多いが、その根源には“創造と再生”、未来を生む力が強く、
――その一方で織夜秋には“奪取と抹消”がSRの源泉となっていて、彼女の力は未来を破壊する事に特化している」
「抹消って、やっぱり織夜もそれなりのSRを?」
「――Yes.持っている。
それも君が今現在得意とするクロノセプターに匹敵、或いはそれを上回る強奪力を有しているのだ」
蛇足になるかもしれないが、相当なSRを持つ彼女にも当然四凶の気は一般人のそれよりも強い。トウテツという四凶の中では間違いなくトップクラスの実力を備えている。
「――私共の見立てでは、少なくとも一国の軍隊を相手にするには充分な実力者かと」
「彼女はどうして俺を狙う?」
「君がそれを知らないなら、恐らく私にも分らない。
ただ、アレがどういったものかなら教えることができる」
「どういったもの?」
「――SRだ。もし俺達の推測に間違いがなければアイツは相当厄介な相手だ。それこそ攻略本が欲しくなる程のな」
カップを手に取り、二杯目のダージリンを飲み干す。
「お前のSRが時間奪取なら、彼女のSRも時間奪取だ。
但し、お前は与える事に秀で、彼女は奪うことに秀でている」
「それが織夜秋のSR」
「――我らの中の臆病者は、彼女のことを“全てに等しき死”と呼んで怖れている」
トキは一杯目の紅茶を飲み干してから聞く。
何人いるのかという質問に、会長はそういう者も居ると言いながら自らの心臓に手を当てた。
会長の1人が見出した特徴を復唱し、そこから織夜のSRを予想する。
「全てに等しき、死……」
「――終焉のSRと俺は考えている
――もしくは死のSR
――だが、平等のSRとも考えられる
――純粋なトウテツという可能性も否めない
――もしくは渾沌
――あまり渾沌とは思えないが、某は神隠しに近しきものと思っている
――詰まる所、我々の織夜に対する評価は“絶大な消滅力”である。彼女が万物の死に触れることが可能ならば、世界を成立させる時間を操る君を求めるのも納得できる。過去が未来に追いつこうとする為、人と言う形を手に入れ、SRという力を手にした」
創造をトキが、終焉をアキが。
黒色短髪、翡翠の片目を持つ色世時はその内に母親を残している。オウル・バースヤードは織夜秋にも等しく魂のすぐ傍に支援者の存在を感じ取っていた。
解答はシキヨトキ。
可能性は一気に色世という苗字に向いた。
連鎖から外れていたと改めて思わせる連中の中に、オウル・バースヤードの1人が予測する核心犯は居た。確実に色世家の誰かであることまでは分かっているが、最後の一欠片はこの目で確かめなければ埋まらない。
「色世時にお願いだ。織夜秋に会ってくれ」
瞬間――カチリ――と、金属同士の噛み合う音。
視線を上げると、会長は後頭部に銃を突き付けられたまま三杯目の紅茶を注いでいた。
「何!?」
金棒と拳銃を両手に取り、トキは向かいの会長の背後に立つ自分の写し身に戒めの態度を示す。
ジェリコという拳銃のグリップを両手で握りしめ、銃口と目線を会長の後頭部に注ぎ、そのトキは言った。
「久しぶりだな、トキ。
アヌビス戦以来……かどうかは正確に覚えていないが、いま会長が喋っていることを信じるな」
「君か、完全再生」
「アンタはもしかして、フィング・ブリジスタスか?
再生のSRの」
トキの質問に完全再生されたトキは頷き返した。それと同時に、フィングは外見再生を中断。漆黒の髪が特徴的な白人が現れる。
落胆する会長に反撃の気配は見られない。
それどころか一瞬でも動揺による硬直を見せたことがトキにとっては驚きだった。
「フィングさん、信じるなってどういう事なんですか?」
「そのままの意味だ。
お前が会長の言葉に従うなら、直ちにリセットボタンは押されるだろうよ」
「――お前はそれをどこで知った?」
ポットを置いてカップの縁を指でなぞり遊ぶ。
「――我々を測りきったつもりか?
――僕らを見極めたつもりか?
――君の言葉を信じる価値は?
――何を根拠に不信を推す?
――というか、どうやってココに入ったんだ?
――――我々に弓を引くということは、存在そのものを消される覚悟を決めてやって来た、ということだな。良し、まず話を聞こう」
いや、聞かせて貰おう。
「お前は舟を知っている。だから、こんなことが言えるんだな?」
「あぁ、龍を知っているぜ」
銃口はそのままに、言葉だけが会長の心を撃ち抜いた。
フィングに向けていた銃と構えていた金棒を時間分解し、一切の騒音を排除した静寂に沈む部屋で同じ方向を見ながらも会話を成立させるオウルとフィングの2人を見守る。
「トキ、お前も聞いておけ。大事なことだ」
そう言って銃を構え直し――ホート・クリーニング店の店員であり、錬金術師:ハンズ・ブリジスタスの兄である彼は説明を始めた。
会長の計画していたことと、用いようとした手段について。
----------------------
どうも。
最近シナリオ分岐でやたらと頭を抱える鳥です。
ぶっちゃけ、集中力がやたら低下していたり、本々弱かった頭が拍車を掛けて弱くなってしまったこともあり、更に執筆時間もあまり取れなくなったりします。
そのために文体や表現がヘンチクリンだったり意味不明だったりというものが多多多々々々あります。
現在作成中のものに、
・キャラファイル
・外伝集(訓練編)
・外伝集(誰得編)
・外伝集(脇役編)
・本編(次話)
・本編(何十話か飛んだ後の話)
・本編(勢いだけで劇場版風味!編)
orz
ぶっちゃけ低迷中――というか、混乱中です。
それはそうと、日頃よりご愛読いただき誠に有難うございます。いまどれくらいの読者がいるのか確認する術がないですけど、皆様のおかげで何とかここまで書いてこれました。
本編の如く長くなってしまいましたが、これからも「SRV」をよろしくお願いします。
――ふぅ。これでいいのか、コントン。
……クックックッ、さあどうかな。
――約束通り喋ったんだ!俺の枕を返せ!
……こうでもしないと本音を喋れんカスが、それが人にモノを頼む態度なのか?
――え、ぁ!?
……ロクな口を持っていないようだな。クッ、フフフ。
――ちょ、金属の筒冷……ぐもっ!
……バン!てな
――(気絶)
……ハハハハッ!
アホが。誰に感謝もしないとは、愚の極みではないか。
SRV(?)の下剋上劇場(嘘)--終劇
次回:アキvsトキ!